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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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13.置塩城下






 太郎と八郎、そして、夢庵(ムアン)と牛の一行は無事、赤松氏の本拠地、置塩(オキシオ)城下に入れた。

 太郎と八郎が甲賀を出てから五日目だった。すでに、楓の一行、そして、阿修羅坊の一行は三日前に到着していた。

 楓はまだ、弟、赤松兵部少輔(ヒョウブショウユウ)政則と対面していなかった。

 政則は忙しかった。新しい城ができても、その城に落ち着く暇もなく、領国内を動き回っていた。

 三十年もの間、敵の山名氏に支配されていたため、赤松氏の支配を徹底させるのが以外と大変だった。山名氏と赤松氏をはかりに掛けて身の保全と利害を考え、どっちつかずにいる国人たちがかなりいた。政則はそういう所に出掛けて行かなければならなかった。出掛けて行って、どうのこうのするわけではないが、赤松家のお屋形様がわざわざ来てくれたというだけでも、国人たちの心をいくらかでも、こちらに向ける事ができた。

 政則は今、美作(ミマサカ)の国に行っていた。美作の国は北側が山名氏の領国、伯耆(ホウキ)の国(鳥取県西部)、因幡(イナバ)の国(鳥取県東部)と接しているため、山名贔屓(ビイキ)の国人たちが多かった。政則は美作の国を統一するために大勢の兵を引き連れて出掛けて行った。

 阿修羅坊は太郎坊の人相書を作らせ、瑠璃寺から手下を十人程呼び寄せて城下に入る入り口を固めた。街道は勿論の事、相手が山伏なので、入れそうな山は道のない所まで見張った。また、太郎坊が変装して来る可能性が充分にある事も注意をし、怪しい奴はすべて捕えろと命じた。そして、阿修羅坊自身は楓が滞在している別所加賀守(カガノカミ)則治の屋敷の回りを見張っていた。

 そんな中を、太郎は無事に通過して城下へと入って行った。何気なく道連れになった夢庵が一緒だったので大いに助かった。夢庵が一体、何者なのかは知らないが、彼と一緒にいる事で誰にも怪しまれる事もなく、播磨国内をすんなりと旅ができた。国境でもそうだったが、あちこちに設けられた関所を難無く通過する事ができた。太郎と八郎はただ、夢庵の後ろを付いて行けばいいだけだった。誰も何も聞きはしなかった。

 城下の入り口の大門には阿修羅坊の手下で、鉄の棒を使う山伏が見張っていたが夢庵を一目見ただけで、その後ろにいた職人姿の太郎など見向きもしなかった。
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14.笠形山






 姫路から市川の流れをさかのぼって行くと、左手に置塩城の本丸が置塩山頂に見えて来る。さらに、さかのぼって行くと、左手に七種山(ナグサヤマ)、その後ろに隠れるように雪彦山(セッピコサン)があり、右手には播磨富士と呼ばれる笠形山(カサガタヤマ)が見えて来る。どれも皆、修験の山だった。

 市川から別れて岡部川をさかのぼって行くと、岩戸という小さな村に出る。ここに一の鳥居があり、ここから笠形山山頂にある笠形寺(リュウケイジ)への参道が始まった。

 岩戸村から岡部川に沿って、参道を一里程登って行くと大きな鳥居があり、鳥居をくぐると賑やかな門前町があった。薬師堂を中心に、僧院、僧坊が建ち並び、茶屋や土産物屋、遊女屋なども並んでいる。先達山伏に連れられた参詣者たちは皆、白い浄衣(ジョウエ)を着て、金剛杖を突き、薬師堂を拝んでから笠形寺への山道へと向かって行った。

 笠形寺は天竺(テンジク、インド)から来たという法道仙人の開基と伝えられ、喜見山(キケンザン)と号し、薬師如来を本尊とする天台宗の山岳霊場だった。近江の飯道山ともつながりがあり、飯道山の先達山伏たちも、ここを中心に但馬の国や丹波の国まで活動していた。

 その門前町に、金比羅坊、風光坊、探真坊の三人が着いたのは、太郎たちと大谿寺で別れた次の日の昼過ぎだった。太郎たちが牛の歩みに合わせて、のんびりと姫路に向かっている頃だった。

 金比羅坊たち一行は大谿寺の大先達、遍照坊から聞いた嘉吉の変の当時の状況を頭に入れ、赤松性具入道(満祐)が隠したと思われる軍資金を捜しに、播磨富士、笠形山に向かったのだった。

 『富士』『岩戸』そして『合掌』、この三つの言葉の意味する物を探り出し、阿修羅坊より先に軍資金を手に入れなければならなかった。

 三人は門前町に入る前、岩戸村で『合掌』に関する手掛かりはないかと捜してみた。岩戸村の奥の方には岩戸神社という古い神社があり、その回りには岩戸神社の神宮寺や笠形寺の末院などが並び、参道はちょっとした門前町として栄えていた。

 ここに何か、『合掌』に関する物はないかと捜したり、聞いてもみたが、これという決め手になるような物は見つからなかった。合掌というからには仏様に関係するのだろうと、すべての寺を巡り、石仏なども訪ねてみたが、これだ、という物は何もなかった。とりあえず、山頂の笠形寺に行ってから、改めて、この辺りの事を詳しく調べようと、三人は山に登った。

 参道は山の中に入るにつれて急な登りになって行った。勿論、三人にとっては何でもない山道だったが、三人は一団の参詣者たちの後をのんびりと歩いていた。ここまで来れば急ぐ必要もなかった。今日は笠形寺の中を捜し、明日、山の中を捜せば、何か見つかるだろうと、三人共、軽い気持ちでいた。
15.河原にて1






 赤とんぼが飛び回っていた。

 毎日、暑い日が続いているが、少しづつ秋の気配が漂って来ている。

 置塩城下の夢前(ユメサキ)川の河原に建てられた舞台の上で、助六と太一と藤若の三人娘が華麗な男装姿で踊っていた。舞台の回りは見物人たちで一杯だった。

 金勝座がこの城下に来てから六日が経っていた。

 初日は、舞台を作っただけで興行はしなかった。次の日、片目の銀左が佐介という男を連れて来た。興行に関しては、この佐介に任せろとの事だった。

 佐介は頭を丸めてはいるが僧侶ではなさそうで、普通の格好をした小柄の男だった。年の頃はよくわからない。二十代から四十代まで何歳にも見えた。足が悪いのか片足を引きずるようにして歩いていた。

 座頭の助五郎は佐介と相談して、一日おきに午後に二回、公演するという事に決めた。さらに、京の都から来た一座という事にして都振りの芸を演じるようにと決められた。そして、売上の三分の一は場所代として支払う事になった。

 約束事が決まると、さっそく、佐介は手下の者を使って金勝座の宣伝を開始し、河原者を連れて来ると、あっと言う間に舞台の回りに竹矢来(タケヤライ)を組んで筵(ムシロ)を張り巡らし、入り口には木戸まで設けた。

 次の日から興行は始まった。佐介の宣伝のせいか人気は上々だった。

 今日で六回目の公演だった。

 佐介が一日おきの興行と言ったのは、この城下にもう一つの芸能座があって、その一座と交替で興行をするという事だった。もう一つの芸能座は関東の地から来たという触れ込みの一座で、『武蔵座』という軽業(カルワザ)や奇術を中心とした猿楽座(サルガクザ)だった。

 金勝座の出し物は、まず、三人娘の曲舞(クセマイ)で始まり、左近、右近のこっけい芝居、そして、助五郎が作った狂言を三人娘と左近、右近、見習いの千代も加わって全員で演じた。今回は都振りの物をやれというので、京都を題材にした物を選んで上演した。狂言の後に、また、左近、右近のこっけい芝居。そして、三人娘が一人づつ舞い、最後に全員で鉦(カネ)を叩きながら風流踊り(念仏踊り)を賑やかにやって終わりとなった。一回の公演は一時(二時間)位で、短い狂言の場合は二つ上演する事もあった。

 今まで六回の公演をやったが、助五郎はすべて違う狂言を演じさせた。京の公家たちを題材にしたものや、京で戦をしている田舎の武士たちを風刺したもの、京に集まる乞食たちを題材にしたもの、徳政一揆を題材にしたもの、叡山(エイザン)の法師を風刺したものなど、今現在の事を面白おかしく演じたり、義経と弁慶の話や西行法師の話、ものぐさ太郎の話なども助五郎は彼流に話を直して演じさせた。

 助五郎は唄も狂言に合わせて作っていた。京辺りで流行っている唄を処々にはさみながら自分で作った唄を歌わせた。また、唄作りには囃子方(ハヤシカタ)の弥助と新八や謡方(ウタイカタ)の小助も一緒になって作っていた。

 日を追う毎に、金勝座の人気は高まって行った。三人娘の人気もあったが、狂言の面白さが人々に受けていた。
16.河原にて2






 機嫌の悪そうな顔をして阿修羅坊が、置塩城下に戻って来たのは、太郎たちより二日遅れた八月の一日だった。

 二人の山伏を連れていた。美作の国の戦場から呼び戻した宝輪坊、永輪坊の二人だった。

 笠形山で自分の他にも宝を捜している者がいる事を知った阿修羅坊は、笠形山中を充分に捜し回り、何も得られないまま坂本城に向かった。

 もう一度、当時の事を詳しく調べようと、坂本城に残されている資料をすべて目を通してみたが、古い物はほとんど残っておらず、何の新事実も得られなかった。

 そして次に、赤松家の最期の地、城山城へと向かった。雨に降られながらも城跡まで登り、あちこち調べていると急に大雨に襲われ、これはたまらんと木の陰に隠れて雨宿りをしていた。すると、何と目の前に太郎坊の一行が現れた。目の錯覚かと思ったが、紛れもない事実だった。

 阿修羅坊は木の陰に隠れて、太郎坊たちの様子を窺った。幸いに雨のため、太郎坊たちに気づかれないですんだ。しかし、驚きだった。

 どうして、こんな所に太郎坊が‥‥‥わからなかった。

 やがて、雨も止み、太郎坊たちの声が聞こえて来た。宝という言葉が聞こえて来た。

 どうして、太郎坊が宝の事を知っている。

 阿修羅坊は頭の中が混乱して来て、何が何だか、まったくわからなくなって来た。

 太郎坊には何から何まで、やられ通しの阿修羅坊だった。

 一体、これはどうした事じゃ。まるで、悪夢でも見ているようだった。
17.白旗神社






 太郎は一人で白旗神社に向かっていた。

 吉次と右近と探真坊の三人を小野屋に移す事を金比羅坊と八郎と伊助に頼み、あとの者たちを木賃宿『浦浪』に帰すと、太郎は一人、阿修羅坊に会いに出掛けた。皆に言えば、一緒に行くと言い出すので、河原者の頭、片目の銀左に用があって、ちょっと会いに行って来る、と嘘を付いて来たのだった。

 これ以上、無駄な戦いは避けたかった。できれば話し合いで事を解決したかった。阿修羅坊にしても、ただ、浦上美作守に命令されて動いているに過ぎない。簡単な気持ちで、俺を殺す事を引き受けたのだろう。楓の話によれば阿修羅坊もそう悪い奴ではなさそうだ。話し合えばわかってくれるかもしれないと思った。

 白旗神社の境内は薄暗く、蝉(セミ)がうるさく鳴いていた。

 小坊主が二人、庭を掃いているが、あとは人影もなく、ひっそりとしている。

 白旗神社は赤松氏発祥の地、赤松村にある白旗明神を勧請(カンジョウ)して祀った神社だった。境内には神宮寺として大円寺の末寺である徹源寺(テツゲンジ)があり、その徹源寺の僧坊が五つ並んで建っている。阿修羅坊のいる霊仙坊は、その一つだった。

 薄暗い霊仙坊の中で、阿修羅坊は長卓の前の椅子に腰掛け、うなだれていた。

 長卓の上には、太郎たちの隠れ家の近辺を詳しく書いた絵地図が広げられてあった。

 壁に宝輪坊の汚れた薙刀が立て掛けてあり、阿修羅坊のらしい錫杖が土間に倒れていた。

 太郎は阿修羅坊の側まで行った。
18.金勝座1






 目をしょぼしょぼさせながら、久し振りに『浦浪』に戻った太郎は助六に迎えられた。

 助六は大通りまで出て、太郎の帰りを待っていた。

 太陽の光が眩しいのに、助六の姿はもっと眩しかった。

「どうかしたのですか」と太郎は助六に聞いた。

「いえ、何となく心配だったので‥‥‥」助六はそう言って、ほっとしたように笑った。

「俺がですか」と太郎は聞いた。

 助六は太郎を見つめたまま頷いた。「先程の太郎坊様の様子から、何となく、いやな予感がしたのです。もしかしたら、一人で阿修羅坊に会いに行ったのではないかと‥‥‥」

 太郎はじっと助六の目を見つめた。

「いやですわ。そんなに見つめて‥‥‥」助六は恥ずかしそうに視線をはずした。

「恐ろしいものですね、女というのは」

「では、やはり?」

「ええ、誰にも気づかれないと思ってましたが、奈々さんには気づかれましたか」

「阿修羅坊に会ったのですね」

 太郎は頷いた。助六に話すつもりはなかったが、気づかれたのなら仕方がなかった。

「大丈夫だったのですか」と助六は太郎が怪我をしていないか観察した。

「大丈夫です。阿修羅坊は大分、がっくり来てましたよ。もう、手を引くそうです」

「えっ、それじゃあ、もう、安心して御城下にいられるのですね」

「当分の間は大丈夫でしょう」

「当分の間ですか」

「阿修羅坊が手を引いても、浦上美作守が手を引くとは限りません」

「また、誰かをよこすと言うのですか」

「多分‥‥‥ところで、伊助殿は帰って来ましたか」

「ええ、帰っています。伊助さんも太郎坊様を待ってますよ」

「そうですか」

 二人は宿に入った。
19.金勝座2






 河原の方から、いくらか涼しい風が入って来るが蒸し暑かった。

 じっとしていても汗が流れて来た。

 西の空が真っ赤に焼けている。明日も暑くなりそうだった。

 太郎は一人『浦浪』の薄暗い部屋の中で、播磨の国の絵地図を眺めていた。

 一体、宝はどこに隠されているのだろうか‥‥‥

 まごまごしていると、楓の弟、赤松政則が帰って来てしまう。何としてでも、帰って来る前に捜し出さなければならない。

 今、笠形山に金比羅坊と八郎、瑠璃寺に次郎吉と風光坊が行っているが、何か、つかめただろうか。

 台所の方から、うまそうな匂いが流れて来た。金勝座の女たちが夕飯の支度をしている所だった。昨夜、飲み過ぎて食欲がなかったので、今日はまだ何も食べていなかった。今頃になって急に腹が減って来た。太郎は匂いに誘われて部屋から出ると台所の方に向かった。

「おい」と後ろから声を掛けられて振り返ると夢庵が立っていた。

「あっ、夢庵殿、お待ちしていました。どうぞ」

 太郎は夢庵を部屋の中に迎え入れた。

「なかなか、いい部屋じゃな‥‥‥おぬしの弟子とかいう若いのはどうしたんじゃ」

「あいつは、今、ちょっと旅に出ています」

「そうか。おぬしも旅に出るのか」と夢庵は広げられた絵地図を眺めながら聞いた。

「いえ、ちょっと見ていただけです」

「ほう、なかなか詳しい地図じゃのう。こんなのを赤松家の者に見られたら間者(カンジャ)に間違えられるぞ」

「はい。気をつけます」と太郎は地図をたたんだ。「ところで、わたしに話があると言ってましたが、どんな事です」

「おお。まあ、ゆっくり酒でも飲みながら話そうか」と夢庵は手に持っていた瓢箪(ヒョウタン)を差し出した。
20.城山城






 文句なしの秋晴れだった。

 前回はひどい天気だったが、今日は雲一つない快晴だった。

 太郎、金比羅坊、風光坊、八郎、そして、夢庵と金色の角を持った牛の一行は城山城に向かっていた。

 探真坊はようやく傷も治り、歩けるようになって『浦浪』に戻って来た。探真坊も一緒に行きたいようだったが、まだ長旅は無理だった。

 次郎吉も一緒に来るはずだったが、急に仕事が入って来られなくなった。次郎吉は、そんな仕事は断って一緒に行くと言い張った。仕事というのが赤松家の重臣からだったので、この機会に赤松家とのつながりを付けておいた方が、この先、いいかもしれない、と何とか納得させて置いて来た。

 一刻も早く、城山城に行きたかった太郎たちも、夢庵の牛が一緒ではどうしようもなかった。夢庵は、わしなど気にせず、先に行っても構わんとは言うが、そうもできない。夢庵の考えでは、お宝を運ぶのにこの牛が役に立つと言う。そう言われれば、太郎たちは宝を運ぶ事までは考えてもいなかった。宝が何だかわからないが、荷車か何かが必要な事は確かだった。牛がいれば、後は荷車をどこかから借りればいい。いや、買い取っても構わないだろう。

 太郎は金比羅坊と風光坊、八郎の三人を先に行かせて、夢庵とのんびり歩いていた。

夢庵は牛に揺られながら、のんきに横笛を吹いている。歌もうまいが笛もうまかった。

 夢庵という男は、太郎が今まで付き合って来た人たちとは、まったく違った種類の男だった。茶の湯だとか、連歌だとか、太郎とはまったく縁のない世界に生きていた。太郎の知らない世界の事を色々と知っている。あまり口数の多い方ではないが、夢庵と一緒にいると色々とためになる事が多かった。

 今回、旅をして金勝座や夢庵と知り合い、今まで、全然、興味も持たなかった歌とか踊りとかに、太郎も少しづつ興味を持つようになっていた。特に、大鼓打ちの弥助が吹いていた尺八を聞いて以来、太郎も尺八を吹いてみたいと思っていた。尺八は使い用によっては武器にもなるし、刀を腰に差しているよりも尺八を差していた方が楽しいだろう。そして、夢庵のように瓢々と、のんびり旅でもできたら最高だろうと思った。

 牛の歩みに合わせて、のんびり歩いていても、正午ちょっと過ぎには城山城の裾野に着いた。この辺りはかつて城下町として栄えていたのだろうが、今は、まったく、その面影は残っていない。山名軍に攻められて城下町は再起ができない程、壊滅してしまったに違いなかった。
21.松阿弥1






 太郎たちが城山城で宝を捜している頃、右手を首から吊った阿修羅坊が、渋い顔をして播磨の国に向かっていた。

 一人ではなかった。

 痩せ細った僧侶が一緒だった。年期の入った杖を突き、時々、苦しそうに咳き込んでいる。ちょっと見ただけだと、どこにでもいるような時宗の遊行僧(ユギョウソウ)に見えるが、死神のような、近寄りがたい殺気が漂っていた。

 僧の名を松阿弥(マツアミ)といい、浦上美作守が太郎を殺すために差し向けた刺客(シカク)だった。

 阿修羅坊は京に帰ると、事実をすべて打ち明けた。美作守は阿修羅坊から話を聞いて、とても信じられないようだった。

 山伏の小僧一人、消す事など何でもない事だと思っていた。すでに、太郎坊などこの世にいないものと思い込み、すっかり、太郎坊の事など忘れていたと言ってもよかった。久し振りに阿修羅坊が戻って来たと聞いて、さては例の宝を捜し当てたな、と機嫌よく阿修羅坊を迎えた美作守だった。

 ところが、阿修羅坊の口からは思ってもいなかった事が飛び出して来た。阿修羅坊の手下が四十人もやられ、太郎坊は無事に生きていて置塩城下にいると言うのだ。阿修羅坊が、いつものように戯(ザ)れ事を言っているのかと思ったが、阿修羅坊の表情は真剣そのものだった。しかも、右手を怪我している。

 詳しく聞いてみると、宝輪坊と永輪坊の二人も太郎坊にやられて、永輪坊は死に、宝輪坊は片腕を失ったとの事だった。美作守も宝輪坊と永輪坊の二人は知っている。彼らの実力も知っている。戦の先陣にたって、彼らが活躍している所を見た事もある。美作守が知っている限り、武士でさえ、あの二人にかなうものはいないだろうと思っていた。それが二人ともやられたとは、とても信じられなかった。さらに、この屋敷に忍び込んで、例の宝の話を天井裏から聞いていたというのだから驚くよりほかなかった。
22.松阿弥2






 みんなが帰って来て、急に賑やかになった。

 太郎は『浦浪』の一室から、外を眺めながら夢庵から言われた事を考えていた。

 いつまでも、こんな所に隠れていてもしょうがない事はわかっている。宝も捜し出した事だし、そろそろ、表に出る頃合だとも思っていた。夢庵が間に立ってくれれば、うまく行くような気もした。阿修羅坊が連れて来た松阿弥とやらを倒したら、思い切って別所加賀守に会ってみようと決心した。

 太郎がぼんやり外を眺めていると、見た事ないような職人が中庭に入って来た。どうも紺屋(コウヤ)の職人のようだった。その職人は太郎に軽く頭を下げると、「すんません。太郎坊様とかいうお方はおりますかいの」と言った。

「太郎坊というのは、わたしだが」

「はあ、そうですか。あの、行者さんが会いたいと言っておりますが‥‥‥」

「行者? どこにいるんだ」

「あの、あっちです」と職人は河原の方を指さした。

 一体、誰だろう、と河原まで出てみると、そこにいたのは阿修羅坊だった。

「やあ、元気か」と阿修羅坊は馴れ馴れしく、太郎に声をかけて来た。今まで、太郎の命を狙っていた事など、すっかり忘れてしまったような口振りだった。

「どうしたんです」と太郎は阿修羅坊の顔色を窺った。

「ちょっと、話があってのう」

「よく、ここがわかりましたね」

「ああ、偶然、おぬしの連れを河原で見つけてのう、後を付けて来た。あの金勝座とかいうのも、おぬしの仲間か」

「ええ」

「おぬしには色々な仲間がいるようじゃのう」

「話とは何です」

「まあ、立ち話も何じゃから座って話そう」

 阿修羅坊と太郎は川の側の石の上に腰を降ろした。
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