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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
19.金勝座2






 河原の方から、いくらか涼しい風が入って来るが蒸し暑かった。

 じっとしていても汗が流れて来た。

 西の空が真っ赤に焼けている。明日も暑くなりそうだった。

 太郎は一人『浦浪』の薄暗い部屋の中で、播磨の国の絵地図を眺めていた。

 一体、宝はどこに隠されているのだろうか‥‥‥

 まごまごしていると、楓の弟、赤松政則が帰って来てしまう。何としてでも、帰って来る前に捜し出さなければならない。

 今、笠形山に金比羅坊と八郎、瑠璃寺に次郎吉と風光坊が行っているが、何か、つかめただろうか。

 台所の方から、うまそうな匂いが流れて来た。金勝座の女たちが夕飯の支度をしている所だった。昨夜、飲み過ぎて食欲がなかったので、今日はまだ何も食べていなかった。今頃になって急に腹が減って来た。太郎は匂いに誘われて部屋から出ると台所の方に向かった。

「おい」と後ろから声を掛けられて振り返ると夢庵が立っていた。

「あっ、夢庵殿、お待ちしていました。どうぞ」

 太郎は夢庵を部屋の中に迎え入れた。

「なかなか、いい部屋じゃな‥‥‥おぬしの弟子とかいう若いのはどうしたんじゃ」

「あいつは、今、ちょっと旅に出ています」

「そうか。おぬしも旅に出るのか」と夢庵は広げられた絵地図を眺めながら聞いた。

「いえ、ちょっと見ていただけです」

「ほう、なかなか詳しい地図じゃのう。こんなのを赤松家の者に見られたら間者(カンジャ)に間違えられるぞ」

「はい。気をつけます」と太郎は地図をたたんだ。「ところで、わたしに話があると言ってましたが、どんな事です」

「おお。まあ、ゆっくり酒でも飲みながら話そうか」と夢庵は手に持っていた瓢箪(ヒョウタン)を差し出した。

 太郎は台所に行き、二つのお椀と、ちょっとした肴(サカナ)を持って来た。夢庵の持って来た酒は実にうまい酒だった。太郎のすきっ腹に沁み渡って行った。

「実はのう、楓殿の事じゃ。はっきり言えば、楓殿の亭主殿の事じゃがな」と夢庵は言うと太郎の顔を見ながら酒を一口飲んだ。そして、また話し続けた。

「わしが先月の末、おぬしたちと別れて別所屋敷に行った時、すでに楓殿は別所屋敷に滞在していた。まあ、わしが今回、この城下に呼ばれたのも楓殿の事だったんじゃが、屋敷に着いた途端に、加賀守殿より楓殿の事を聞いた。

 お屋形様の姉君だという事。そして、御亭主を戦で亡くされたばかりだから、その事には触れないでくれと言われた‥‥‥初めのうちは、わしもその事を信じていた。確かに、初めの頃、楓殿は悲しみにくれているような暗い感じだった。しかし、同じ屋敷内で何度も顔を合わせているうちに、どうも、腑に落ちないような気がして来たんじゃ。そこで、わしは加賀守殿に、楓殿の御亭主の事を詳しく聞いてみた‥‥‥それが、どうもはっきりとしない。加賀守殿も正確な事は何も知らんのじゃよ。

 加賀守殿の話によると、京にいる浦上美作守殿がすべてを自分で決めて、楓殿を城下に送って来たと言うんじゃ。加賀守殿にしてみれば、急に、お屋形様に姉君がいたと言われても困ってしまったわけだが、すでに、在京の重臣たちには姉君として紹介した、と言うので、加賀守殿も仕方なく、お屋形様に連絡をした。お屋形様は自分の身内がいたと聞いて、大変、喜んだらしい。

 加賀守殿も一応、楓殿を姉君として預かってはおるが、加賀守殿にしてみれば、浦上殿が送って来た楓殿を本当の姉君だとは、まだ信じてはいないようじゃ。浦上美作守殿が何かをたくらんでいるに違いないと考えておるらしい‥‥‥まあ、楓殿が本物にしろ偽物にしろ、お屋形様が帰って来次第、楓殿の披露式典が盛大に行なわれる事は確かじゃ。

 加賀守殿も馬鹿じゃない。楓殿の存在をうまく利用して、赤松家を固めようというわけじゃ‥‥‥まあ、加賀守殿がどう考えていようが、この際、どうでもいいが、わしは楓殿に御亭主の事をそれとなく聞いてみた。楓殿もなかなか話してはくれなかった。そこで、今度は子供に父親の事を聞いてみた」

 夢庵は話を止めると、太郎の顔を見て、酒を一口飲んだ。

「そしたらな、子供は言った。お父さんは子馬や人形を彫るのが、すごくうまいんだよ。観音様やお地蔵様も彫るし、木剣だって彫ったりするんだよ、とな」

 そこで言葉を切ると、夢庵はまた、太郎の顔を窺った。

 太郎は夢庵の顔を見ながら、すべてを知っているなと思った。

 太郎は夢庵に酒を注いだ。夢庵は一口飲むと話を続けた。

「わしは子供の話を聞いて、すぐにおぬしの事を思い出したんじゃよ。その子の顔が、おぬしに似ていたのかもしれんのう。わしは、それから、おぬしの事を捜してみたが見つからなかった。やはり、ただの人違いだったかと諦めていたんだが、今日、金勝座の舞台で、おぬしを見つけたんじゃ。天狗の面をかぶってはいたが、あれは、まさしく、おぬしに違いないと思い、楓殿を誘って、あの小屋まで行った‥‥‥もう、これ以上は言わなくてもわかるじゃろう」

 太郎は頷いた。

「どうするつもりじゃ」と夢庵は聞いた。

「この事は夢庵殿以外は知りませんね」

「ああ、今の所はな」

「もうしばらく、黙っていて下さい」

「いいだろう。しかし、おぬし、これからどうするつもりじゃ。もしかしたら、おぬし、命を狙われているんじゃないのか」

 太郎は頷いた。「浦上美作守に狙われています」と正直に答えた。

「多分、そんな事だろうと思った。最近、別所屋敷の回りを山伏たちが、やたら、うろうろしていたようだが、おぬしの命を狙っていたわけじゃな。そいつらはやっつけたのか」

「ええ、今の所は安全です」

「そうか‥‥‥それで、楓殿をどうするつもりじゃ」

「まずは、お屋形様が帰って来て、楓が弟と会ってから何とかします」

「何とかするとは」

「まだ、わかりません」

「うむ、難しい問題じゃのう‥‥‥ところで、金勝座の連中たちはおぬしの仲間なのか」

「はい」

「いい仲間を持っておるのう」

「はい。ところで、夢庵殿、今日はゆっくりできるのですか」

「ああ。もう、わしの役目はほとんど終わった。あの堅苦しい屋敷から、そろそろ、おさらばしようと思っていたんじゃよ」

「そうですか。それじゃあ、今晩は一緒に飲みましょう」

「おお、いいね。久し振りに飲むか」

 その言葉を待っていたかのように、助六と太一が部屋の中を覗いた。

「お話は終わりました?」と助六が太郎に声をかけた。

「ええ」と太郎が答えるより早く、二人は酒と肴を持って部屋の中に入って来た。

 二人が入って来ると、その後から藤吉、左近、おすみ、三郎と金勝座の連中がぞろぞろと狭い部屋の中に入って来た。そして、ささやかな宴会が始まった。

 昨夜、飲み過ぎたので、今日は飲むまいと思っていた太郎だったが、夢庵となら無理をしてでも一緒に飲みたかった。

 やがて、金勝座の座員、みんなが加わり、明け方近くまで騒いでいた。





 小雨が降っていた。

 昨日とは打って変わって、肌寒く感じる程、涼しかった。

  詮ない恋を 志賀の浦浪 よるよる人に寄り候~

 助六は部屋の中から雨を眺めながら小声で歌っていた。

太一と藤若はまだ眠っている。

 助六は雨空を見上げながら、せつなそうに溜息をついた。

 昨日、太郎様の奥さんに会ってしまった‥‥‥会わなければよかったと思った。

 伊助さんが言っていた通り、楓様は太郎様にふさわしい奥さんだった。そして、あの時、二人は何も話さなかったけど、二人の様子を見ていたら、あたしなんかの出る幕はないとはっきりと感じていた。

「あ~あ」と助六は、また溜息をついた。

 どうしよう‥‥‥

  花見れば袖濡れぬ 月見れば袖濡れぬ 何の心ぞ~

 せつない恋の歌が自然と口から出て来ていた。

 助六が太郎の事を思って悩んでいると、当の本人が裏口から中庭に入って来た。

 助六の姿を見つけると、太郎は気楽に、「おはようさん」と声をかけて来た。

「あら、早いのね。まだ、寝てるのかと思ってたわ」

「ちょっと、夢庵殿と河原を散歩してたんだ」

「へえ、夢庵さんは帰ったの」

「ああ、帰ったよ」

「面白い人ね。夢庵さんて」

「ちょっと変わってるけどね‥‥‥助五郎さんは起きてるかな」

「まだ、寝てるでしょう。結構、飲んでたもの。お頭に何か用なの」

「昨夜、夢庵殿が言ってただろう。俺の事を舞台でやれば、城下中に俺の存在がわかるって」

「ああ、あの話、いい考えかもね。でも、きっと昼近くまで起きないわよ。ここの所、毎晩、遅くまで起きていたみたいだから」

「そうだな」

「久し振りよ。お頭があんなに酔うなんて」

「この間の小野屋さんの時も、そんなに飲まないで帰ったみたいだったしな」

「ええ、早く帰って本を直していたみたい。ねえ、ちょっと待ってて」

「えっ?」

「あたしも散歩したくなったの」

「濡れるぞ」

「濡れたいのよ」

 太郎と助六は小雨の降る中、河原を散歩した。

 丁度、『浦浪』の辺りで河原は区切られている。はっきりと境界線があるわけではないが、浦浪から南側の河原には紺屋と呼ばれる染め物職人たちが住み、北側には土木作業の人足たちが住んでいた。すでに、人足たちの姿はなかった。片目の銀左が言っていたように、新しい城下造りが始まったのだろう。いくつも建っている掘立て小屋には、怪我人や病人、腰の曲がった年寄りと、まだ小さな子供しか残っていなかった。働ける者は女子供までも総動員されているようだった。

 二人は当てもなく、のんびりと河原を北に向かって歩いた。

「今日は確か、四日よね」と助六が言った。

「そうだな」と太郎は答えた。

「市が立つ日よ」

 そう言われれば、確かに今日は北の市場に市の立つ日だった。この前、北の市場に市が立った日、二十四日は、太郎は南の市場で阿修羅坊と戦っていた。もう、あれから十日が経ったのか‥‥‥早いような気もするし、長かった十日だったような気もした。

「ねえ、市に行きましょ」と助六は誘った。

 人足たちの掘立て小屋が建ち並ぶ一画を過ぎると、東から夢前川に流れ込む川にぶつかる。川には丸木橋が架けられてあった。橋を渡ると芸人たちの住む一画となった。

 金勝座の者たちは木賃宿に泊まっているが、ほとんどの芸人たちは河原に小屋を立てて生活している。芸人たちは雨空を見上げながら仕事の準備をしていた。また、朝早くから市場の方に稼ぎに行っている芸人たちもいるようだった。

「ねえ。何か、向こう、賑やかよ」と助六が性海寺(ショウカイジ)の参道の方を見ながら言った。

 太郎も見てみると、確かに賑やかだった。あの界隈は遊女屋や料亭が並び、夜はいつも賑やかだが、今日は朝から賑やかだった。

「縁日かしら」

 助六の気が変わり、市場に行くのはやめて縁日の方に足は向かった。

 参道の両脇には露店も並び、子供たちが楽しそうに遊び回っていた。

 二人は露店を眺めながら、のんびりと歩いた。

 助六は楽しそうだった。はしゃぎながら露店を見て歩いている助六は、舞台であれだけの芸を見せる助六とは、まるで別人のように可愛いい女だった。

 助六が、ちょっとおなかが空いたと言うので、二人はまだ開けたばかりの団子屋に入った。客はまだ誰もいなかった。

「太郎様、また、宝捜しに出掛けるんですか」と団子を食べながら助六が聞いた。

「うん。どうしようかと思っている」

「一体、どこに隠したんでしょうね」

「どこだと思う」そう聞きながら太郎も団子を口にした。

「山の中とか、やっぱり人気のない所でしょうね」

「どうして」

「だって、隠す時、誰かに見られちゃうでしょ」

「成程、隠す時に見られるか‥‥‥」

「何を隠したんだか知らないけど、一人でやったんじゃないでしょ。きっと誰か、手伝った人がいるはずよ」

「そうだろうな」

「その手伝った人を捜せばいいのよ」

「そりゃそうだけど、それを捜す方が宝を捜すより、ずっと大変じゃないのか。なんせ、三十年以上も前の事だからな」

「そうか、もう死んじゃってるかもね」

「あるいは、殺されたかだな」

「殺された?」

「秘密がばれないように、口をふさいだのさ」

「そうね、あり得るわね。あたし、考えたんだけど、宝の隠し場所を知ってたのは、先代のお屋形様だけなんでしょう。でも、あの紙切れの入った刀を持っていた四人の人たちも、あの紙に書いてあった言葉が何を意味するかは知っていたんでしょう」

「それは知っていただろうな」

「でも、その言葉が四つ集まらなければ、宝の場所はわからない」

「そうだ」

「という事は、その四つの言葉の意味する物は、それを持っていた四人が、共通して知っていると言う事でしょ」

「まあ、そうだろうな」

「そうなると、場所は狭まらないかしら」

「うん‥‥‥」

「あたしの勘だけどね、城山城じゃないかと思うの」

「城山城? どうして」

「だって、あの頃、城山城が赤松家の中心だったんでしょ、今のここみたいに。今のお屋形様が宝を隠すとすれば、やっぱり、このお城下に隠すんじゃないかしら」

「そうかな。城山城には行ったけど、あの四つの言葉に関する物は見つからなかったよ」

「お城下は?」

「城下までは調べなかったな」

「お城下のどこかに隠したかもしれないわよ」

「そうだな‥‥‥落城前の城山城とその城下の様子がわかればなあ」

「どこかに、絵地図とか残ってないかしら」

「あるとすれば評定所(ヒョウジョウショ)か‥‥‥」

「あるいは奉行所(ブギョウショ)‥‥‥」

「普請(フシン)奉行か」

「そこにあるわよ、きっと」

 太郎は助六を見ながら頷いた。

「それと、あの紙切れの入った刀を持っていた四人の事も調べた方がいいな。当時の記録はほとんど残っていないと思うが、何かわかるかもしれない」

「そうね、調べる価値はありそうよ」

「やってみるか」

 いつの間にか、小雨が上がって日が差していた。

 二人は団子屋を出ると、散歩のついでに評定所と奉行所まで行き、偵察をして浦浪に戻った。





 噂を流し始めてから五日が経ち、効果は少しづつ出て来ていた。

 旅の商人たちが、まるで自分の目で見て来たかのように真(マコト)しやかに話しているのを、太郎も聞いたし、金勝座の皆も耳にしていた。

 ──戦で死んだと思っていた楓御料人様の旦那様が生きていて、もうすぐ、置塩の城下にいらっしゃるそうじゃ。何でも、その旦那様というのは、公方(クボウ)様と同じ源氏の流れを汲む由緒正しい家柄だそうじゃ。まさしく、御料人様にお似合いの旦那様だそうな。立派な御家来衆を引き連れて、何でも今月のうちには来るらしいのう‥‥‥

 などと噂は勝手に成長していた。この調子なら別所加賀守の耳に入るのも時間の問題だろう。

 残暑の続く暑い昼下り、金勝座の舞台が始まろうとしていた。

 今日は『楓御料人物語』を初めて演じる日だった。

 『楓御料人物語』とは、太郎が助五郎に頼んで作ってもらった楓と太郎の話だった。面白くするために、多少、話は変えてあるが、ほとんどが事実だった。場所も登場人物も、ほとんど実名を使っていた。城下の者たちがこの芝居を見れば、ますます噂を信じる事になるだろう。そして、この芝居通りに、太郎は楓の旦那様として、この城下に登場するというわけだった。しかし、その後の事はどうなるのか、芝居でも演じられていないし、実際、太郎にもまったく見当もつかなかった。

 第一幕、場所は甲賀の花養院、阿修羅坊が楓を訪ねて来る。太郎は戦に行ったまま行方不明。楓は尼になろうとして尼寺に来ていたが、阿修羅坊が現れ、赤松政則の姉だと知らせる。楓は迷うが、弟に会おうと播磨に向かう決心をする。

 第二幕、場所は京都の浦上屋敷、赤松家の重臣たちに披露される楓。

 第三幕、場所は置塩城下の別所屋敷、父親に会いたがる百太郎。

 第四幕、場所は置塩城下、太郎登場、親子の再会。

 助五郎は、阿修羅坊一味に狙われる太郎の場面も入れた方がいいと言ったが、太郎はやめさせた。そこまでやってしまうと金勝座が危険な目に会う可能性があった。これ以上、危険な目には会わせたくなかった。

 『楓御料人物語』の初演は成功した。最後の親子の再会の場面では、感動して涙ぐんでいる人たちも多かった。

 太郎は『楓御料人物語』の内容に満足して浦浪に帰った。

 太郎は毎日、調べ事に熱中していた。

 助六と縁日の散歩をしたその日の夜、さっそく、甚助を連れて評定所に忍び込んでいた。甚助は錠前(ジョウマエ)破りの名人で、どんな錠前でも開けてしまう腕を持っていた。図書(ズショ)奉行の図書蔵の鍵も、普請奉行の図書蔵の鍵も簡単に開けてしまった。

 その日から毎夜、太郎は図書蔵に通っていた。錠前の開け方も甚助から教わり、二日目からは一人で行っていた。やはり、古い文書は少なかったが、それでも、役に立ちそうな物はいくつかあった。太郎はそれを借りて来ては調べ、次の晩に戻し、また、借りて来るという事を繰り返していた。三回、忍び込んで役に立ちそうな資料は、もう、ほとんど目を通した。文書からは大した収穫はなかったが、城山城の絵図面を手に入れる事ができたのは大収穫だった。それも、かなり詳しい図面だった。置塩城は城山城を見本にして縄張りをしたのに違いなかった。

 文書類からわかった事といえば、嘉吉の変が起きる前、城山城にいたのは、今のお屋形様の祖父にあたる伊予守義雅。義雅は嘉吉の変の前年、将軍義教より所領を没収されて国元に帰っていた。京の赤松屋敷にいたのは性具入道の嫡男、彦次郎教康と弟の左馬介則繁。性具入道は狂乱を装って家臣の富田氏の屋敷にいた。という事くらいで、他の連中が、どこにいて何をしていたのかはわからなかった。性具入道がどこかに軍資金を隠したかもしれない、などというような事はどこにも書いてなかったし、例の四つの言葉に関係ありそうな事も何もわからなかった。

 城山城の絵地図はもうしばらく預かっている事にして、他の文書類は今晩、返して来ようと思った。

 太郎は体を伸ばして横になった。

 蒸し暑かった。

 疲れていたのか、いつの間にか眠ってしまった。

 目が覚めたら、風光坊が部屋の中にいた。

「お師匠、さすがですね」と風光坊は言った。「よく眠っているんで、もしかしたら、お師匠でも寝ている所を襲われたら、やられるかなと思って、試そうとしたら、やはり起きましたね」

「そうか‥‥‥」太郎は寝ぼけていたが、無意識のうちに杖をつかんで構えていた。

「宝は見つかったのか」と太郎は聞いた。

 風光坊は首を振って、腰を下ろした。「駄目でした。瑠璃寺の古文書類をすべて調べましたけど、手掛かりはまったく、つかめませんでした。あの辺りも隈無く捜してみましたが、岩戸も不二も合掌も見つかりませんでした」

「駄目だったか。噂の方は流したのか」

「はい、流しました。いくらか効果はありましたか」

「ああ、少しづつな」

「金比羅坊殿はまだ、戻って来ないのですか」

「ああ、まだだ」

「何か、つかんでいるといいですね」

「そうだな。次郎吉殿はどうしたんだ」

「多分、女の所でしょう。ずっと女っ気なしでしたからね。ところで、師匠はずっと、ここにいたんですか」

「ああ。この城下に何か手掛かりはないかと捜してたんだよ」

「見つかりました?」

「いや」と太郎は首を振った。

「ほんとに宝なんてあるんですかね」

「無ければ困る」

「これは何の地図です」と聞きながら、風光坊は部屋の隅に置いてあった地図を手にして見た。

「城山城さ」

「へえ、随分、大きな城だったんですね」

「当時は、そこが赤松氏の本拠地だったんだからな」

「あの山の上に、寺や神社まであったんですね」

「俺が思うには、寺や神社の方が先にあったんじゃないかと思う。飯道山のように、山の上に寺があって、そこに、新たに城を建てたんだろう」

「成程‥‥‥金剛寺に亀山(キノヤマ)神社か‥‥‥あの井戸があった所には『鶴の丸』っていうのがあったんですね。そして、庭園の跡が残っていた所が『藤の丸』っていうんですね‥‥‥ところで、この点はなんです。あちこちに打ってありますけど」

「さあな、わからん。縄張りする時の何かの目印じゃないのか」

「あの城に登る道は、俺たちが苦労して登った道の他にもあったんですね」

「あの時、泥だらけになった俺たちが井戸で顔を洗っただろう」

「ええ」

「あの時、阿修羅坊がすぐ側に隠れていて、俺たちを見ていたんだそうだ」

「えっ」と風光坊は驚いて太郎を見た。「本当なんですか」

「本当さ。俺たちの話を聞いて、四つめの言葉『瑠璃』を知り、慌てて瑠璃寺に帰ったんだそうだ」

「そうだったんですか」

「うん。しかし、阿修羅坊にも宝の隠し場所はわからなかった」

「阿修羅坊か‥‥‥手を引いたって聞きましたけど、もう、現れないですかね」

「さあな、懲りてるとは思うがわからんな。しかし、浦上美作守は新しい敵を送って来るだろうな。そろそろ、気を付けた方がいいかもしれない」

「これから、どうするつもりです」

「ここのお屋形様が帰って来るまでに、どうしても宝を見つけなければならん」

「いつ帰って来るんです」

「そろそろ、帰って来るだろうな。俺たちがこの城下に来て、もう半月も経つからな」

「もし、宝が見つからなかったら、どうするんです」

「どうするかな。成り行きに任せるしかないな」

「三十三ありますよ」と風光坊が言った。

「何が?」と太郎は聞いた、

「この点ですよ」と風光坊は地図の中の点を指差した。

「そんな物、一々、数えてたのか」

「ええ」

「三十三っていえば、観音様の数だな」

「ええ、この点は観音様ですかね」

「かも知れんな、寺の回りにあるからな」

「そういえば、あそこに石の仏さんが転がっていましたね。あれですかね」

「多分、そうだろう」

「確か、合掌してるのもありましたよ」

「瑠璃を持っているのも、あればいいがな」

「ええ」

 金勝座の連中が帰って来たようだった。どやどやと騒がしくなった。

「みんな、帰って来たんですね」と風光坊は部屋から飛び出して行った。

 どうやら、風光坊が次郎吉に付き合わないで、真っすぐここに帰って来たのは、お目当ての女がここにいるからのようだった。それは太一で、太一の方はどうやら次郎吉に参っているらしい。風光坊から次郎吉の事を聞いて荒れなければいいが、と心配した。が、太郎も人の心配などしていられる身分ではなかった。

 風光坊と入れ代わりに部屋に入って来たのは助六だった。助六が自分に好意を持っているというのは太郎にもわかる。そして、太郎も助六の事が好きだから始末に負えない。このまま行ったら、また山に籠もらなくてはならなくなるだろう。楓と百太郎を救い出すまでは、じっと我慢しなければならない太郎だった。





 次の日の昼過ぎ、金比羅坊と八郎が笠形山から帰って来た。

 二人とも疲れ切っているようだった。あのうるさい八郎がやけに無口だった。それこそ虱(シラミ)潰しに、笠形山中を捜し回ったが宝はどこにもなかったと言う。

 太郎は金比羅坊と八郎を休ませ、次郎吉と風光坊を呼んで、これからの事を考えた。

 播磨の国の地図を広げると、太郎は瑠璃寺と笠形山に大きく×印を書き込んだ。

「さて、瑠璃寺と笠形山にないとすると、今度はどこを捜したらいいでしょう」と太郎は二人に聞いた。

「赤松村じゃないか」と次郎吉が言った。

「赤松村? どこだ」と風光坊が地図を覗き込んだ。

 置塩城の西に城山城があり、さらにその西に赤松村はあった。播磨の国の西の端で、すぐ隣は備前の国だった。

「こんな所に本当にあるのかな」と風光坊は首を傾げた。

「可能性はある。赤松氏の発祥の地だからな」と次郎吉は言った。

「それと城山城下だな」と太郎が言った。「当時の中心地だったからな」

 三人が地図を睨んでいると、金比羅坊がのっそりと入って来た。

「金比羅坊殿、どうしたんです」と風光坊が顔を上げた。

「寝ておられんのじゃ。早いとこ、宝を捜さなけりゃ、お屋形様が帰って来てしまうぞ」

「ええ」と太郎は頷いた。

「一体、どこに隠しおったんじゃろうのう」と金比羅坊は座り込み、地図を覗いた。

「今、赤松村か城山城下じゃないかって話していた所です」

「ここと、ここか」と金比羅坊は地図上の二ケ所を指さした。「行ってみるしかないのう」

「ええ、今度は俺が行って来ます」と太郎は言った。

「いや、みんなで行って、手分けして捜した方が早い」と次郎吉が言った。

「そうじゃ。みんなで行った方がいい」

「こんなのを手に入れました」と太郎は次郎吉と金比羅坊に城山城の絵図面を見せた。

「おっ、どうしたんじゃ、こんな物」

「ちょっと、無断で借りて来たんです」

「うむ。よく、こんな物があったのう」

「ええ。しかし、宝捜しの手掛かりになるような物は何も出ていません」

「無残なもんじゃのう。これ程の城が跡形も残っていなかったとはのう」

「ついでに、城下町の絵地図もあればいいんですけど、そこまでは残っていないようです」

「そうか。あそこも昔は、ここの城下のように賑やかだったんじゃろうのう」

「ここ以上に栄えていたかもしれませんよ」

「そうじゃのう。すると、その城下に例の四つの言葉に関する物があったのかもしれんのう」

「おい、何だ、ありゃ」と次郎吉が外を見ながら言った。

 中庭に金色の角をした牛が入って来た。その背中に乗っているのは、当然のごとく、変わり者の夢庵だった。

「あいつはあの時の男じゃないか。まだ、この辺りにおったのか」と金比羅坊が言った。

「何者だ」と次郎吉が聞いた。

「茶の湯の師範の夢庵殿です」と太郎が笑いながら言った。

「茶の湯の師範? あいつがか」と金比羅坊は信じられないという顔付きだった。

「はい。ここのお屋形様にも茶の湯やら連歌やらを教えているそうです」

「ほう。あの男がのう‥‥‥」

「あれから、ずっと別所屋敷に滞在していたらしいです」

「なに、別所屋敷? 楓殿と同じ所におったのか」

「ええ。この間、別所屋敷で金勝座の舞台をやった時、それを見ていたんです。その晩、ここにやって来て、みんなと一緒に遅くまで飲んでたんですよ」

 太郎は部屋から出ると、中庭にいる夢庵の所に行った。

「やあ。わしをしばらく、ここに置いてくれ」と夢庵は言うと牛から降りた。

「もう、用は済んだのですか」

「ああ、済んだ。しかし、一応、楓殿の披露式典の当日までは城下にいてくれと言うんでな。あそこにいても退屈だしな。ここで、のんびりするつもりで来たんじゃ」

「そうですか。そうだ、夢庵殿にも乗ってもらいたい話があるんです」

「何じゃ、面白い事か」

「ええ、面白いといえば面白いけど、ちょっと疲れるかもしれません」

「わしは暇じゃからの、面白い話なら付き合うぞ」

 夢庵の牛を廐(ウマヤ)につなぐと、太郎は夢庵を皆の待つ部屋に連れて行った。

「おっ、懐かしい連中が揃っておるな」と夢庵は笑いながら、皆の顔を見回した。「一人、いや、二人、おらんようじゃのう」

「一人は疲れて寝てますよ。もう一人は、ちょっと怪我をして別の所で休んでいます」

「そうか。おぬしの仲間は皆、一癖ありそんな面構えをしとるのう」

 太郎は夢庵を次郎吉に紹介した。そして、宝捜しの事を初めから順を追って夢庵に話した。

「ほう、初耳じゃな。そんな物があったのか‥‥‥」

「今の所、浦上美作守しか知らない事です」

「美作守が、また、勝手な事をしているわけじゃな」

「夢庵殿、不二、岩戸、合掌、瑠璃、この四つの言葉が何を意味しているのかわかりますか」

「不二、岩戸、合掌、瑠璃か‥‥‥不二と言えば、やはり播磨富士じゃろうのう。岩戸と言えば天の岩戸かのう。しかし、播磨の国にそんな物はないし、合掌は合掌鳥居かのう」

「合掌鳥居?」と風光坊が聞いた。

「ああ、山王(サンノウ)鳥居ともいうが日吉(ヒエ)の山王社の鳥居だ。これも、播磨ではあまり聞かないのう。他にも合掌観音というのもあるのう」

「合掌観音?」

「ああ、よくある合掌した観音様だ。こんなのは別に珍しくもないな。残りの瑠璃と言うのは、やはり、瑠璃寺しかないだろうな。しかし、その瑠璃寺と播磨富士にないとなると難しくなるのう」

「ええ、また、初めからやり直しってわけです」

「これから、どこを捜すつもりなんだ」

「とりあえず、こことここです」と太郎は地図の上を指した。

「成程な。ありえるな」

「夢庵殿、合掌観音て言いましたよね」と風光坊が言った。

「ああ、それがどうかしたか」

「城山城に、その合掌観音らしい石仏があったんですよ。確か、この辺りです」と風光坊は城山城の地図を広げて場所を示した。「多分、この点がそうだと思うんです」

「さっき、おぬしが出て行った時、風光坊から聞いたんじゃが、この点は三十三個あるらしいの。三十三観音かもしれん」と金比羅坊は言った。

「三十三観音か‥‥‥」と夢庵も地図を覗き込んだ。

「そう言えば、岩戸観音というのもあるのう」と夢庵は言った。

「瑠璃観音と、不二観音というのはありませんか」と風光坊が聞いた。

「あるかもしれん。連歌に観音尽くしというのがあるんじゃ。観音の名前を歌に入れて詠むんじゃがのう。白衣(ビャクエ)観音とか、水月観音とか、楊柳(ヨウリュウ)観音とかは、よく使うが、わしも詳しくは知らんのじゃ」

「調べればわかりますね」と太郎は聞いた。

「ああ、大円寺で調べれば、すぐにわかるじゃろう」

「調べて来ます」と風光坊が、さっそく行こうとした。

「待て、お前が行ったからといって簡単に教えてはくれまい」と太郎が止めた。

「わしが行こう」と夢庵が言った。

「誰か、知っている人がいるのですか」

「あそこの主(アルジ)を知っておる」

「お屋形様の叔父に当たるとかいう和尚様ですか」

「ああ、あの和尚も連歌が好きじゃからのう。観音尽くしの連歌を作ると言えば、三十三観音の名前くらい教えてくれるじゃろう」

「夢庵殿、お願いします」

「なに、いい暇つぶしができたわい」と夢庵は出て行った。

「決まりだな」と次郎吉は太郎に頷いた。

「まだ、わかりませんよ」と風光坊は言った。

「いや、お宝は、この城の中に眠っているよ」

「しかし、あの四つが観音の名前だとすれば、大分、前進した事になるぞ」と金比羅坊は眠そうな目をこすった。

「ええ、そうですね」

「観音様か‥‥‥年中、観音様を拝んでいる、わしら、山伏が気づかんで、歌を詠んでいる夢庵殿が気がつくとはのう」

「阿修羅坊の奴も、四つの言葉の意味が観音様だとは夢にも思わなかったでしょうね」と風光坊が地図の上の点を眺めながら言った。

 やがて、戻って来た夢庵の顔は笑っていた。

 夢庵が写してきた三十三観音の中に、合掌観音、岩戸観音は勿論の事、不二観音も瑠璃観音も載っていた。
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