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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
20.城山城






 文句なしの秋晴れだった。

 前回はひどい天気だったが、今日は雲一つない快晴だった。

 太郎、金比羅坊、風光坊、八郎、そして、夢庵と金色の角を持った牛の一行は城山城に向かっていた。

 探真坊はようやく傷も治り、歩けるようになって『浦浪』に戻って来た。探真坊も一緒に行きたいようだったが、まだ長旅は無理だった。

 次郎吉も一緒に来るはずだったが、急に仕事が入って来られなくなった。次郎吉は、そんな仕事は断って一緒に行くと言い張った。仕事というのが赤松家の重臣からだったので、この機会に赤松家とのつながりを付けておいた方が、この先、いいかもしれない、と何とか納得させて置いて来た。

 一刻も早く、城山城に行きたかった太郎たちも、夢庵の牛が一緒ではどうしようもなかった。夢庵は、わしなど気にせず、先に行っても構わんとは言うが、そうもできない。夢庵の考えでは、お宝を運ぶのにこの牛が役に立つと言う。そう言われれば、太郎たちは宝を運ぶ事までは考えてもいなかった。宝が何だかわからないが、荷車か何かが必要な事は確かだった。牛がいれば、後は荷車をどこかから借りればいい。いや、買い取っても構わないだろう。

 太郎は金比羅坊と風光坊、八郎の三人を先に行かせて、夢庵とのんびり歩いていた。

夢庵は牛に揺られながら、のんきに横笛を吹いている。歌もうまいが笛もうまかった。

 夢庵という男は、太郎が今まで付き合って来た人たちとは、まったく違った種類の男だった。茶の湯だとか、連歌だとか、太郎とはまったく縁のない世界に生きていた。太郎の知らない世界の事を色々と知っている。あまり口数の多い方ではないが、夢庵と一緒にいると色々とためになる事が多かった。

 今回、旅をして金勝座や夢庵と知り合い、今まで、全然、興味も持たなかった歌とか踊りとかに、太郎も少しづつ興味を持つようになっていた。特に、大鼓打ちの弥助が吹いていた尺八を聞いて以来、太郎も尺八を吹いてみたいと思っていた。尺八は使い用によっては武器にもなるし、刀を腰に差しているよりも尺八を差していた方が楽しいだろう。そして、夢庵のように瓢々と、のんびり旅でもできたら最高だろうと思った。

 牛の歩みに合わせて、のんびり歩いていても、正午ちょっと過ぎには城山城の裾野に着いた。この辺りはかつて城下町として栄えていたのだろうが、今は、まったく、その面影は残っていない。山名軍に攻められて城下町は再起ができない程、壊滅してしまったに違いなかった。

 城への登り口の所で、八郎が太郎たちが来るのを待っていた。待っていたと言うより、道端で昼寝をしていたと言った方が正しいが‥‥‥

「大した弟子を持っているな」と夢庵が気持ち良さそうに眠っている八郎を見ながら笑った。

「ちょっと、うるさいですがね」と太郎は杖で八郎をつついた。

「誰だ」と八郎は刀に手をやりながら、太郎たちを見上げた。

「どこでも寝られるっていうのはいい性格だが、気をつけないとやられるぞ」

「お師匠、はい、すみません」と八郎は起き上がった。

「金比羅坊殿と風光坊は先に登ったのか」

「二人は先に行きました。ここから登るのが兵糧道だそうです。早く、行きましょう」

 牛を近くの農家に預けると、三人は兵糧道を登って行った。

 金比羅坊と風光坊が道を作ってくれたので楽に登る事ができた。この間、登った大手道と比べると距離も大分、短いようだった。

 ようやく城跡に着き、太郎は絵地図を広げた。太郎が自分で写した城山城の地図だった。元の地図は金比羅坊が持っていた。

 今いる所から、もう少し進めば『鷹の丸』跡に着くはずだった。その鷹の丸の回りに例の点が散らばっている。石でできた観音像のはずだった。とりあえず、鷹の丸に行ってから、その点を調べようと三人は進んだ。

 鷹の丸跡らしい平地はすぐにわかった。かなり広い平地だった。かつては立派な屋敷が建てられていたのだろう。しかし、今はただの草原だった。その草原の隅の方で、金比羅坊と風光坊が何やらしていた。

「おおい、風光坊、何かあったんか」と八郎が走って行った。

「おお、来たか。岩戸観音があったぞ」と金比羅坊が叫んだ。「その観音様の下に大きな穴が空いているんじゃ」

 太郎も夢庵も、金比羅坊たちの方に走り寄った。

 金比羅坊の言う通り、石でできた観音様がいた。しかし、どうして、これが岩戸観音なのか太郎にはわからなかった。金比羅坊に聞いてみると、その観音様は側にある、ちょっとした岩屋の中にいたと言う。最初は、その岩屋の奥に宝が隠されているのだろうと思ったそうだが、どう考えても、こんな小さな岩屋に宝が隠せるわけないと諦めた。しかし、風光坊がその観音様の下を掘ってみると、その観音様が大きな岩の上に乗っている事がわかった。もしかしたら、この岩の下に何かあるかもしれないと、二人がかりで持ち上げてみたら、何と、その岩の下に穴が空いていたというわけだった。

 五人は穴の中を覗き込んでいた。

「入れそうだな」と夢庵が言った。

「階段のようになっているみたいじゃのう」と金比羅坊が言った。

 さっそく、みんなで松明(タイマツ)を作り、火を起こして穴に入る準備をした。

 穴は以外に深かった。

 ちょっと入って行けば、すぐに宝を拝めるだろうと楽しみにしていた五人の期待は、すっかり裏切られた。宝らしい物など、どこにもなく、洞穴はいつまで経っても奥深く続いていた。

「一体、どこまで続いているんや」と八郎が文句を言った。

「きっと、地獄まで続いているんじゃろ」と夢庵が笑いながら言った。

「こんな奥の方に隠すんじゃから、よっぽどの宝なんじゃろう」と金比羅坊が言った。

「金や銀が、ざっくざくや」と八郎は浮かれた。

 何度も行き止まりにぶつかった。穴の中はまるで迷路のようになっていた。

 四半時(三十分)程、狭い穴の中を歩き回った五人は、やっとの事で光の下へと出た。

「どういう事だ」と皆が思った。

「ここはどこや」と八郎がキョロキョロした。

「地獄ではないようじゃの」と夢庵が空を見上げた。

 風光坊と金比羅坊は、ここがどこなのか、確かめに行った。

 他の者も後を追った。やがて、見覚えのあるような道に出た。しばらく行くと見晴らしのいい場所に出た。どうやら山の中腹らしい。

「抜け穴じゃ」と金比羅坊が言った。

「抜け穴か‥‥‥」

「戦の時、敵に囲まれた時に逃げるための抜け道じゃな」と夢庵が言った。

「と言う事は、あの時、逃げた連中は、あの穴を通って、無事、逃げたというわけか」

「多分な」

 もう一度、その穴の中をよく調べながら、元の入り口に戻ったが、結局、宝は見つからなかった。





 元の岩戸観音の所に出ると、五人は一休みした。

「よくまあ、こんな穴を掘ったのう」と金比羅坊は感心していた。

「もしかしたら、四つの観音様は宝の隠し場所なんかじゃなくて、抜け穴の入り口の事なんじゃないのかな」と風光坊が言った。

「そうかもしれんのう」と夢庵も言った。

「そんな事はないじゃろうとは思うがな」と金比羅坊は言った。

「そうや、抜け穴やったら、そんなに大事に持ってるわけないんや」

「すでに、ここも落城したんじゃからな」

「しかし、また、ここを本拠地にするつもりだったんではありませんか」と風光坊は言った。「抜け穴というのは、絶対に敵に知られてはならない重要な事でしょ。当時にすれば、宝以上に重要な事だったのかもしれませんよ」

「成程、そう言われてみれば、そうかもしれんのう」

「おぬしはどう思ってるんじゃ」と夢庵が太郎に聞いた。

「えっ? まだ、ここだけじゃわからないけど、この穴は一体、誰が掘ったのだろうと、今、考えていたんです」

「そうじゃよ」と金比羅坊が言った。「この穴は自然にできたものじゃない。誰かが掘ったに違いない。大したもんじゃ」

「多分、金(カネ)掘りじゃないか」と夢庵が言った。

「金掘り? この山で金か何か、取れるのですか」と風光坊が聞いた。

「わからん。そういう事は皆、秘密にしておくからの。ただ、この山の名前が亀山(キノヤマ)じゃろう。元は金の山だったのかもしれん。それを隠すために字を変えたという事もあり得る」

「そう言えば、迷路のようにあっちこっち掘ってあったのう」

「金の山か‥‥‥」と八郎は唸った。

「金か‥‥‥」と風光坊も唸った。

「とにかく、あとの三つの観音様を見つけてみない事には話にならんな」と夢庵は言った。

「金比羅坊殿、合掌観音は見つけましたか」と太郎は聞いた。

「いや、まだじゃ。場所がわからんのじゃよ。あの時、探真坊が見つけて、みんな、その観音像を見たはずなんじゃが、それが、一体、どこだったのか、はっきり覚えておらんのじゃ。風光坊はこの辺りだったと言うし、わしはもっと向こうのような気がするっていうんで捜していたら、合掌観音より先に、この岩戸観音が見つかったというわけじゃ」

「あれがあったのは、もっと、あっちや」と八郎が言った。

「俺は、向こうだったと思うがな」と太郎は八郎とは別の方を指した。

「な、みんな、覚えている場所が違うんじゃよ」

「観音様は全部で三十三もあるんじゃ。手分けして捜せば、何か見つかるさ」と夢庵は言った。

 太郎は絵地図を広げて見た。

 今いる鷹の丸の東の方に金剛寺と亀山(キノヤマ)神社があり、その回りに観音様を示す点は散らばっていた。鷹の丸の北の方に例の井戸のある鶴の丸があり、その西に藤の丸と姫の丸がある。そこから少し北に行くと、亀の丸、北の丸があり、大手道へと続いている。また、鶴の丸の北の方には蔵がいくつも並び、その先に菊の丸というのもあった。

 五人は地図を見ながら、大体の位置を頭に入れると手分けして観音様捜しを始めた。

 日が暮れるまで捜して、見つけた観音像は二十三体あった。五体満足なのはあまりなく、首が取れていたり欠けたりしていた。また、定位地にあった物も少なく、とんでもない所で、土の中に半分以上埋まっている物も多かった。その中で、何とか名前のわかったのが十三体だった。

 合掌観音を見つけたのは何と、夢庵だった。金剛寺の本堂の跡近くの草の中に倒れていた。以前は、側にある平らな岩の上に置かれていたに違いなかった。その岩の下にも抜け穴があるに違いないと、皆で岩をどけてみたが下には何もなかった。

 不二観音も見つかった。不二観音は城山城の本丸に違いない藤の丸跡のはずれの庭園の跡の中にあった。首が取れていて、その観音像を見ただけでは何観音だかわからないが、近くに富士山のような山が築かれ、回りには池もあったような感じだった。その富士山の裾野辺りに、やはり平らな岩が置かれてあった。富士山の側にある事と、藤の丸の中にある事で、これは不二観音に間違いないと皆も思った。岩をどけてみると、ここにも穴が空いていた。

 抜け穴だった。岩戸観音の所の抜け穴程長くはなかったが、こちらも迷路のように入り組んでいて、なかなか外に出られなかった。岩戸観音の抜け穴は山の東側、城下町の方に抜けていたが、こちらの抜け穴は、どうやら反対側の山の中の谷へと続いているようだった。穴から出た所は薄暗い山の中で、ちょっと下の方に細い谷川が流れていた。

 穴の中をよく調べてみたが、やはり、宝が隠してあるようではなかった。

 最後の瑠璃観音は見つからなかった。瑠璃観音が、どんな観音様なのか誰にもわからなかった。多分、宝石のような玉を持っているのだろうと、皆で捜したが見つからなかった。

 八郎が御手洗(ミタラシ)池の側で、瑠璃観音を見つけたと言って騒いだが違っていた。確かに、その観音様は両手に何かを持っていた。しかし、それはよく見ると玉ではなくて壷(ツボ)だった。施薬(セヤク)観音に違いなかった。

 鷹の丸、藤の丸に観音様がいたのだから、鶴の丸や姫の丸にもいるに違いないと捜してもみた。鶴の丸には確かに観音様はいた。しかし、瑠璃観音ではなく、蓮(ハス)を手にした持蓮(ジレン)観音だった。観音様の下の岩を持ち上げてみたが何もなかった。姫の丸には観音様はいなかった。その他、地図に点は付いていなかったが、亀の丸や北の丸、菊の丸も一応、捜してみたが、それらには、やはり観音様はいなかった。

 観音像が見つかるたびに、地図に印を付けていたので、あとの十体が、だいたいどの辺にあるのかはわかっていた。明日、そこを捜せば瑠璃観音も見つかるだろうと、食事を済ますと皆、早々と横になった。

 八郎は横になったと思ったら、もう鼾をかいて眠っていた。

「八郎の奴、相変わらず、馬鹿でいいな」と風光坊が八郎の寝顔を眺めながら言った。

「お宝の夢でも見るかのう」と金比羅坊は言った。

「この山に金があったというのは、本当ですかね」と太郎は横になったまま、隣で寝ている夢庵に聞いた。

「多分、間違いないじゃろう。金の山だったから、この山に城を築いたんだと思うがな。わざわざ、抜け穴のためにあれだけの穴を掘ったとも思えんしの。それに、やたらと迷路のように入り組んでいたじゃろう。抜け穴だけのためだったら、あれ程、複雑にはすまい。いつ掘った穴だかわからんが、後になって抜け道に利用したんじゃろうな」

「という事は、赤松家には金掘りの専門家がいたという事ですね」

「だろうな。全盛期だった頃の赤松家は、今とは比べものにならない程の勢力を持っていた。朝鮮や明(ミン)の国とも貿易をしていたに違いない。それらの国から優秀な技術者が入って来たのだろう」

「今は貿易はしていないのですか」

「貿易どころじゃない。国内をまとめるのが精一杯で、とても、そんな事まで手が回らない。それに、今の赤松家には人がいな過ぎる。一族も少ないし、優秀な家来も皆、死んでしまった。播磨一国を治めるのなら、今の連中たちでも何とかなるが、昔のように、備前、美作も治めるつもりなら、とてもじゃないが優秀な人材が少な過ぎるわ」

「そんなもんですか‥‥‥」

「ああ、そんなもんさ。まあ、宿敵の山名家の方も、赤入道(宗全)が亡くなったし、前のように、しつこく攻めては来ないとは思うがの。まあ、播磨だけでも、がっちりと固めておかん事には、せっかく再興した赤松家も長くはないかもしれんのう」

 太郎は夢庵の話を黙って聞いていた。平気な顔をして、赤松家は長くはないかもしれないと言っている。こんな事を赤松家の者に聞かれたら、その場で首を斬られてしまうだろう。そんな大それた事を平気な顔をして言う夢庵とは、一体、何者なのだろうか、と太郎は改めて、夢庵の横顔を見ていた。

 以前、同じような人間に会った事があった。

 伊勢新九郎‥‥‥平気な顔をして幕府の事を批判していた‥‥‥

 松恵尼の話だと、頭を丸めて坊主になって関東に下って行ったと言っていたが、今頃、どうしているだろうか‥‥‥もう一度、会ってみたい人だった。

 太郎は急に昔の事を思い出し、なかなか寝付かれなかった。





 次の日、ようやく、瑠璃観音は見つかった。

 見つけたのは金比羅坊だった。

 瑠璃観音は金剛寺から菊の丸に抜ける山の中にいた。この山の中まで戦火は及ばなかったとみえて、瑠璃観音は見つけてくれるのを待っていたかのように、大きな岩の上に乗って微笑していた。胸に掲げた両手の中には瑠璃と思われる玉があった。それは石でできた、ただの玉だったが、五人の目には、それは瑠璃色に輝いている宝石のように眩しく見えた。五人の男は我知らず、その観音様に合掌していた。

 観音様の鎮座していた岩をどけてみたが下には何もなかった。

 これで四つの観音様は見事に見つかった。それでも、宝がどこにあるのかは、まだわからなかった。

「一体、宝物はどこや」と八郎が瑠璃観音に聞いた。

 瑠璃観音は笑っていた。

「どこかのう」と金比羅坊は瑠璃観音の回りを歩いていた。

 太郎は地図を広げてみた。

「これが瑠璃観音だな」と、今いる場所の所に書いてある点に『るり』と書き込んだ。

 ここと、ここと、ここと、ここだなと太郎は地図上の四つの観音様を指した。

 瑠璃観音のある場所が、かなり高い所にあるので、他の三つの観音像のある場所を見下ろす事ができた。

「まず、考えられる事は、この四つの点を結んで交わる所が怪しいな」と夢庵が言った。

 誰もが、そう思っていたところだった。

 八郎が『鷹の丸』のはずれの岩戸観音の所に行って岩の上に立った。風光坊が『藤の丸』にある不二観音の所に行った。そして、金比羅坊が金剛寺の本堂の前にある合掌観音の所に行った。

 瑠璃観音の立つ場所からは、その三人の姿がよく見えた。太郎が四つの観音像の中心辺りに行って立った。まず、八郎と夢庵の指示によって岩戸観音と瑠璃観音を結んだ直線上に立ち、次に、金比羅坊と風光坊の指示によって合掌観音と不二観音を結ぶ直線上に立った。その辺りが丁度、四つの観音像を結んだ交点に当たる場所だった。

「何かあるか」と皆が、太郎の側に近寄って来た。

 草が伸び過ぎていて、よくわからないので、とにかく草刈りから始めた。

 その辺りを綺麗に刈ってみても何も現れなかった。

「おかしいな」と皆、首を傾げた。

「観音様の位置が違っていたのかな」と風光坊が言った。

 五人はまた、地図を覗き込んだ。

「点ひとつ違っていても、場所がずれるからな」と夢庵が言った。

「場所が違うとしたら、合掌観音しかないのう」と金比羅坊が言った。

 岩戸観音と不二観音は、観音様の下に抜け穴があったから確かなはずだった。瑠璃観音も山の中に昔のままの様子であった。

 合掌観音は草の中に転がっており、たまたま、近くにあった岩が台座だと思ったが、本当は別の所にあったのかもしれない。合掌観音の近くに点が三つあり、二つの観音様が見つかっていた。それらの観音様もちゃんと台座に乗っていたわけではなかった。もう一体あるはずだが、まだ見つかっていない。もしかしたら、違う台座の上に立っていたのかもしれないし、台座自体が移動してしまったのかもしれなかった。もう一度、確認してみる必要があった。

 みんなで合掌観音の方に行こうとした時、「ちょっと待て」と夢庵が声を掛けた。

 振り返ると、夢庵はさっき太郎が立っていた辺りを棒で刺していた。

「下に大きな石がある」と夢庵は言った。

「なに!」と皆、戻って来て、夢庵の言った事を確かめると土を掘り始めた。

 五寸程の厚さの土の下に、畳一枚程の大きさの岩が隠されてあった。

 かなり重い岩だったが、五人の力で移動する事ができた。思っていた通り、岩の下には穴が空いていた。この穴もかなり深いらしい。中は真っ暗で何も見えなかった。

 早速、松明を作って穴の中に入った。

 穴の中には階段があり、ずっと下まで続いていた。下まで降りると、そこは広くなっていて、穴はさらに奥の方に続いていた。奥まで行くと、ちょっとした部屋のようになっていて、その中央に石で出来た櫃(ヒツ)がおいてあった。

「あった!」と八郎が叫んだ。

 皆、光をかざして石櫃を見つめていた。

 確かに見つけた。

 赤松性具入道が隠したという宝が目の前にあった。

 今、やっとの思いで捜し当てた宝が、五人の持った松明に照らされていた。

 松明に照らされた、その石櫃は重々しく、そこに存在していた。

「さて、お宝を拝むとするかのう」と金比羅坊が言った。

「一体、何が入ってるんやろ」と八郎が目を輝かせた。

「金さ」と風光坊は石櫃をじっと見つめた。

「だといいがな」と夢庵は落ち着いていた。

「何か、昔の石の棺桶(カンオケ)みたいやな」と八郎は恐る恐る石櫃の蓋(フタ)にさわった。

「縁起でもない事を言うな」

 太郎と夢庵が松明を持って部屋の中を照らし、金比羅坊と風光坊と八郎の三人で石櫃の蓋を持ち上げた。

 石櫃の中の物は豪華な錦織りの布で丁寧にくるんであった。

 太郎はその布をゆっくりと剥がした。何枚もの布を剥がした後、中から出て来たのは金や銀ではなかった。何巻もの巻物がぎっしりと詰まっていた。

「何や、こりゃ!」と八郎が叫んだ。

 夢庵が一つの巻物を手に取って開いてみた。巻物には漢字がずらりと並んでいた。

「何だ、こりゃ」と巻物を覗いた風光坊が言った。

「お経じゃな」と金比羅坊が言った。

「そのようじゃな」と夢庵も言った。

 それぞれが巻物を開いてみたが、どれも、やはりお経のようだった。この中、全部がお経なのかと、下の方まで調べてみたが、巻物以外は何も入っていなかった。

「一切経(イッサイキョウ)という奴じゃな」と夢庵は言った。

「一切経?」と八郎が聞いた。

「ああ、大蔵経(ダイゾウキョウ)とも言う。お経のすべてが、ここにあるというわけじゃ」

「貴重な物なんですか」と太郎は聞いた。

「貴重じゃろうのう。この日本にも三つとはあるまい」

「ほう、そんな貴重な物なのか」と金比羅坊は手にした巻物を丁寧に巻き戻した。

「よくは知らんがの、これだけ揃っているのは珍しいじゃろ」

「成程な、これが赤松家のお宝というわけか‥‥‥」

「金や銀はどこにあるんや」

「金や銀が、これに変わったという事じゃ」と夢庵は言った。

「金銀で朝鮮か明の国から、これを買ったのですか」と太郎は聞いた。

「そういう事じゃのう」

「お経が宝だったとはなあ」と八郎は気が抜けたように腰を落とした。

「あ~あ」と風光坊も溜息をついて座り込んだ。

 あれだけ真剣に捜していた宝物が、予想に反して金や銀ではなく、お経だった。太郎も少々がっかりしたが、かなりの値打ち物らしい。この一切経は楓との取引きには使えると思った。

「何だ、これは」とお経を調べていた夢庵が言った。

 太郎が夢庵の見ている巻物を覗いてみると、それはお経ではないようだった。

「何ですか」と太郎は聞いた。

「うむ、これは連歌じゃのう。辞世(ジセイ)の連歌じゃ」

 歌が並んでいた。そして、その歌の下に、性具、義雅、則繁、教康、則尚と名前が並んでいる。性具を除けば、他の四人は例の刀を持っていた四人だった。

「賦何人(フスナニヒト)連歌、嘉吉元年九月五日。山陰(ヤマカゲ)に、赤松の葉は枯れにける、性具。三浦が庵(イオ)の十三月夜、義雅‥‥‥虫の音に夜も更けゆく草枕、則繁‥‥‥」

 夢庵は五人の連歌を読んでいた。

 途中まで読むと夢庵は巻物を広げ、最後まで目を通し、「これは、百韻(イン)ありそうじゃな」と言った。

「百韻?」と太郎は聞いた。

「ああ、百句あると言う事じゃ。普通、連歌は百韻詠む事になってはおるが、しかし、敵の大軍に囲まれている時期によく、百韻も詠んだものじゃ」

「五人で百句、詠んだのですか」

「ああ、そういう事じゃ」

「何かあるような気がするのう」と夢庵は連歌を眺めながら言った。

「何かある?」と太郎は聞いた。

「ああ、九月五日と言えば、城山城が落城する数日前じゃろう。すでに、城の回りには敵の大軍が押し寄せて来ている。そんな時期に、どうして百韻もの連歌を詠む必要があるんじゃ。百韻の連歌を詠むには、少なくとも四時(八時間)は掛かる。あの大事な時期に一族の者が連歌に熱中などしておったら、城兵の士気は落ちてしまうじゃろう。時世の歌だったら何も連歌にする必要はない。一人が一首づつ詠めばいいはずじゃ。おかしいと思わんか。それに、わしらもよくやるんじゃが、隠し言葉を入れる事があるんじゃよ」

「隠し言葉?」

「まあ、遊びじゃがな。この歌の一番上の字を読んで行くと、ある言葉になるとかな。これはそんな簡単なものじゃなさそうだが、絶対に何かが隠されているに違いない」

「隠し言葉か‥‥‥」と金比羅坊も覗いたが、あまり興味なさそうだった。

「さて、どうする。このお経、全部、持って帰るのか」と金比羅坊は太郎に聞いた。

「どうします」と太郎は夢庵に聞いた。

「全部、持って行く事もあるまい。ここに置いておいた方が返って安全じゃろう」

 皆の意見も一致し、お経を五巻と連歌の書いてある巻物一巻を持って行く事にした。そして、石櫃を元に戻して外に出た。風光坊と八郎は宝物がお経だった事に納得せず、他に何かがあるはずだと、穴の中を捜し回っていたが、結局、何も出て来なかった。

「金銀は初めから、なかったんやろか」と八郎は穴から出ると言った。

「いや、全然、なかったはずはない。嘉吉の変の時、全部、使ってしまったのかも知れんな」と夢庵は言った。

「全部ですか」と風光坊は不服そうに言った。

「いや、多分、かなり残っていたじゃろうが、負け戦というのは悲惨なものじゃからのう。味方の奴らに盗まれたのかもしれん」

「味方に?」

「ああ。大軍に囲まれて、もう負けるとわかれば、赤松家の被官となっていた国人たちは皆、寝返る。どうせ、寝返るのなら、何かを持ち出そうと思うのが人情というものじゃ。坂本城にいた時、相当の数の兵がいたが、ここに来た時は、わずか五百騎余りだったと言う。多分、坂本城で寝返った奴らが、軍資金を持ち出してしまったのじゃろう」

「軍資金は坂本城にあったのですか」と風光坊は聞いた。

「多分な。ここにあったとすれば、坂本城などに行かずに、真っすぐ、ここに来たじゃろう。守りを固めるとすれば、坂本城よりはここの方がずっといいからのう」

 太郎も夢庵の言う通りかもしれないと思った。

 穴の入り口は元のように岩でふさぎ、土をかぶせて、さっき刈った草で隠した。
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