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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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20.帰郷






 春が来た。

 桜が咲き、飯道山の参道は花見の客で賑わった。

 やがて、桜も散り、若葉が芽を出した。

 風眼坊舜香はやって来なかった。

 太郎は四月一杯、風眼坊が来るのを待っていたが来ないので、言伝を松恵尼に頼み、五月になると、楓を連れて故郷、五ケ所浦へ向かった。

 楓は初めての旅でウキウキと弾んでいた。

 太郎は久し振りに山伏姿から武士の姿になっていた。楓が縫ってくれた着物を着て、智羅天の形見の太刀、来国光(ライクニミツ)を腰に差し、智羅天が彫った弥勒菩薩像を背中に背負っていた。

 楓は編笠をかぶり、杖を突いて、太郎の横を寄り添うように歩いている。

 天気は良かった。

 早乙女たちの田植えを見ながら、二人はのんびりと歩いていた。

 信楽の庄を通って山城の国に入り、和束川に沿って、岡崎で伊賀街道にぶつかり、木津川を渡って、その日は奈良まで行った。

 この二年の間、山の中で修行をしていたので、太郎は世間の事を忘れていたが、奈良に近づくにつれて、未だに続いている京の戦の影響があちらこちらに目に映った。

 田植えの時期なのに苗も植えられず、踏み荒らされたままの田畑、破壊されたり、焼かれたりして住めなくなった家々、街道に面した村々は皆、戸を堅く閉ざしたまま、ひっそりとしている。

 奈良の都にも焼かれた家々が並び、寺の門前には乞食が溢れていた。

 楓は南都、奈良に行くのを楽しみにしていたのに、実際、奈良に来てみると酷いものだった。大きな蔵や屋敷は打ち壊され、無残な姿で放置してあり、屋根の上にはカラスが群れをなして止まり、下を見下ろしては無気味な声で鳴いている。家々は戸を閉ざし、道をうろついているのは、餌を求めてさまよう痩せこけた野良犬や野良猫、それと、昼間から酔っ払っている浪人位であった。焼けた寺の境内には、人相の悪い足軽や浪人たちがたむろしていた。

 この辺りを支配しているのは興福寺である。四十余りの塔頭(タッチュウ)、子院を持つ興福寺は僧兵による強大な軍事勢力を持っていた。しかし、その僧兵によっても足軽たちの無謀を取り締まるのは難しかった。僧兵らに攻められれば彼らは戦う事なく四散してしまう。そして、隙を見ては金のありそうな蔵や屋敷を狙い、火を放って、奪い去って行く。奈良の都は荒れて行くばかりであった。
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21.水軍と陸軍






 師走の二十五日、最後の稽古を終えると太郎は金比羅坊と中之坊と一緒に里へ下りて行った。

 毎年、稽古仕舞いには師範、師範代が集まって宴を張るのだそうで、今年は太郎もそれに参加する事になっていた。皆はもう下で待っているというので、三人は急いで山を下りて行った。

 参道に面した『湊屋』という大きな料亭で、遊女らも何人か混じり、宴は一時ばかり続き、その後、皆、好きな所に散って行った。太郎は金比羅坊らと共に『おかめ』という遊女屋に行った。遊女屋に入るのは初めてだった。

 太郎も久し振りに酔い潰れるまで酒を飲んだ。金比羅坊たちはお気に入りの遊女を連れて部屋にしけ込んだが、太郎は遊女を抱く気にはならなかった。かと言って、一人で先に帰るわけにもいかず、ひばりという名の遊女を相手に明け方近くまで飲み続け、結局、酔い潰れてしまった。

 次の日の昼過ぎ、金比羅坊に見送られて太郎は五ケ所浦に向かった。

 二年振りに家族と共に迎える正月だった。

 太郎は飛ぶような早さで山の中を走り、楓の待つ故郷へと向かった。
22.多気の都1






 太郎と楓はのんびりと旅をしていた。

 とりあえず、目指す所は伊勢の国司、北畠氏の本拠地、多気の都だった。

 太郎はどうも後味が悪いとずっと気にしていた。

 自分では正しい事をしたつもりでも、五人もの生命を断ってしまった。他にもっといい方法はなかったのだろうか‥‥‥

 奴らを生かしておいたら愛洲家は分裂してしまう。それに、奴らは妹や弟の事も言っていた。俺がいなくなったら、奴らは俺の代わりに妹や弟に手を出したに違いない。やはり、殺すしかなかったんだ‥‥‥

 しかし、何かが引っ掛かっていて、自分で自分を納得させる事ができなかった。

「まだ、さっきの事を考えてるの」と楓が太郎の顔を覗いた。

「いや」と太郎は首を振った。

「ああするしか、しょうがなかったのよ。早く忘れた方がいいわ」

「ああ」

「あの五人がいなくなったんだから五ケ所浦も平和になるわ。きっと、水軍も陸軍も仲良くなって、一つになれるわ。あなたは新しい旅の門出に五ケ所浦の悪い鬼を退治したのよ。もしかしたら、天狗の太郎坊様があなたに乗り移って鬼退治したのかもしれないわ」

「天狗の太郎坊か‥‥‥懐かしいな」

「二人の新しい旅の門出なんだから、いやな事なんて忘れましょう」

「そうだな‥‥‥」

 楓の言う通り、新しい旅の門出だった。

 去年の五月、飯道山を後にして、五ケ所浦に帰って来た。まさか、こんなにも早く、故郷を後にして、また、旅に出るとは思ってもいなかった。しかし、『陰流』を完成させなければならなかった。『陰の術』もまだ完成してない。もっと、もっと修行を積んで、それらを完成させなければならない。それは五ケ所浦にいては無理だった。何かと忙しくて、そんな事をしている暇はなかった。また、もっと色々な人にも会いたいし、色々な所へも行ってみたかった。

 楓の言う通り、いやな事は忘れてしまおうと太郎は思った。
23.多気の都2






 太郎と楓が多気の都に来てから、すでに、十日が経とうとしていた。

 あれからずっと、無為斎の屋敷にお世話になっている。楓とお涼が仲良くなり、引き留められるままに十日も経ってしまった。

 太郎にしても、なぜか、立ち去りがたかった。

 無為斎という人間に、なぜか、惹かれていた。神道流の剣術の事もそうだったが、ただ、それだけではなかった。どこに惹かれるのかわからないが、無為斎が何かを持っていて、その何かに惹かれて行くようだった。それは人間的なもの、無為斎の人間的な大きさかもしれなかった。

 無為斎は毎日、百姓のように土にまみれて畑仕事をしていた。剣を持つ事はない。一度、太郎と立ち会った時以外、木剣さえ手にしなかった。

 太郎は無為斎と一緒に百姓仕事をやったり、町に下りて、川島先生の道場で町民や農民を相手に剣術を教えていた。川島先生もよく、酒を飲みにやって来た。

 太郎が夕方、町道場に行き、稽古が終わり、ここに帰って来る時は、いつも、川島先生は一緒に付いて来た。

 橘屋の旦那も時々、顔を見せた。そんな時はいつも、気を利かせて酒をぶら下げて来た。

 太郎は十日間、心の迷いについて考えていた。

 前に高林坊と立ち会った後、心の迷いが生じ、百日間の山歩きで、それを乗り越えた。しかし、また、新しい心の迷いが生じた。

 無為斎は人間、生きている限り、迷いは必ず生まれて来ると言った。それも一度や二度ではない。一つの迷いを乗り越えれば、また、新しい迷いが生まれる。それを次々に乗り越えて、人間は成長して行く。また、成長すればする程、難しい迷いにぶつかる。迷いにぶつかり、それを乗り越えて行く事が生きるという事なんじゃと言った。
24.百地砦






 太郎と楓は一月近くも滞在した多気の都を後にした。

 二人は赤目の滝に向かっていた。多気から赤目の滝はすぐだった。ついでだから、栄意坊行信に会って行こうと思っていた。

 途中、道にも迷ったが、のんびりと旅をしていたので、赤目の滝に着いた時には、すでに暗くなってしまった。さいわいに月が出ていたので助かった。

 不動の滝の側の庵には誰もいなかった。

 栄意坊の槍も錫杖も酒のとっくりも何もなかった。すでに、ここにはいないようだった。どこかに旅に出てしまったのだろうか。

 仕方がない。今晩はここに泊まる事にした。

 滝の音が聞こえていた。

 月明かりの下で、太郎と楓は酒盛りをしていた。

 昨夜、みんなで飲んだ酒が残ったので、持って行けと言われ、そのまま、とっくりをぶら下げて来たのだった。お涼が作ってくれた握り飯も残っていた。握り飯を肴にして、二人は酒を飲んでいた。

「おかしいわね」と楓が笑いながら言った。

「何が」と太郎は聞いた。

「昨日まで、あんなにすごいお屋敷にいて、今日はこんな所にいる。あまりにも差があり過ぎるわ」

「そう言えばそうだな。昨日まで、ずっと贅沢をしてたな。田曽浦の屋敷も立派だったし、橘屋も立派だったし、無為斎殿の屋敷ときたら、もう、愛洲の殿様の屋敷よりもすごかったもんな。あれ程の贅沢はもう、二度とできないだろうな」

「そうよね。あんなすごい御殿に一月近くも暮らしていたなんて、今、思うと、とても信じられないわね」

「うん。でも、まさか、あそこで松恵尼殿に会うとは思わなかったな」

「そうよ。びっくりしたわ。それに松恵尼様が先代の御所様のお妾さんだったなんて、もう、ほんと驚いたわ」

「うん。確かにな。しかし、俺は松恵尼殿が『陰の術』をやっていた、と言う事の方が驚きだったよ」

「陰の術?」

「そうさ。松恵尼殿がやっていたのは、まさしく、陰の術だよ。木登りなんかはしなくても、北畠殿のために敵の情報を探っていたんだから立派に陰の術さ。きっと、すごい組織を持って、あちこちに潜入させて情報を集めていたに違いないよ」

「そうね。今、思えば、あの花養院に色んな商人の人たちが出入りしてたわ。客間で松恵尼様と何かを話すと、また、どこかに出掛けて行ったわ。松恵尼様のお弟子さんの尼さんもあちこちにいっぱいいるみたいだし」

「そうだろう。北畠の殿様が後ろに付いていれば、人だってすぐに集められるからな。きっと、松恵尼殿は手下をいっぱい持っているんだよ」

「すごいわね‥‥‥」

「ああ。確かにすごいよ‥‥‥酒が終わっちまったな」

「あなた、お酒、強くなったんじゃない」

「毎日、飲んでいたからな、強くなるだろう」

「飲兵衛にならないでよ」

「酒も修行さ」

「もう、寝ましょ」

「そうだな。女子の修行もしなくっちゃな」

「そうよ」
25.岩尾山






 太郎と楓はようやく、飯道山に戻って来た。

 やはり、懐かしかった。

 楓はもう二度と、ここには戻れないだろうと覚悟を決めて、五ケ所浦に向かった。それが今、こうして戻って来ている。

 楓にとって、ここは、やはり故郷だった。飯道山の大鳥居があり、北畠氏の多気とは比べものにならないが、小さな市が立ち、茶店や旅籠屋が並んでいる。子供の頃、よく遊んだ小川には、すみれやタンポポの花が咲いていた。

 二人はまず、花養院の松恵尼のもとに挨拶に行った。

 黄昏時で人影もない花養院の庭に、牡丹の花と芍薬の花が見事に咲いていた。

「あら、まあ、随分と、ごゆっくりだったわね」と松恵尼は二人を迎えると笑いながら言った。

 一年間、留守にしているうちに、花養院の雰囲気がどことなく変わっているのに楓は気づいていた。以前は松恵尼の他、尼僧は一人か二人しかいなかったのに、ちょっと見たところ四、五人はいるようだった。

「百地殿の所にいたんですって」と松恵尼は知っていた。

「えっ? どうして御存じなんですか」と楓は驚いた。

「わざわざ、百地殿が使いをよこして知らせてくれたのよ」

「そうだったんですか」

 楓は百地弥五郎の家で、お祐に会った事や栄意坊の事など松恵尼に話した。太郎が口を出す間はなかった。太郎は楓の横でただ相槌を打っているだけだった。
26.早雲



 糸のような細い雨が降っていた。

 霞がかかったように朝靄が立ち込めている。

 境内の片隅に咲いている色褪せた紫陽花の花が雨に打たれて濡れていた。

 一人の僧侶が僧坊の軒先から、どんよりとした空を見上げている。

「早雲殿、今日は一日、雨降りですぞ、ゆっくりして行きなされ」

 僧坊の中から声が聞こえた。

 僧侶は振り返って返事をすると、また、空を見上げた。

 別に急ぐ旅でもなかった。目的があって、旅に出たわけでもなかった。ただ、雲のように、自由にフラリと旅に出ただけだった。しかし、ここまで来て、僧侶の足の運びは鈍っていた。

 別に雨が降っているからではない。雨が降ろうと雪が降ろうと、そんな事を一々、気にするような柄ではなかった。

 僧侶は何事か悩んでいるようであった。

 長い旅をして来たとみえて、僧侶の墨衣は色も褪せ、あちこちが破れていた。ただ、不釣合いに、頭と髭は剃ったばかりかのように綺麗さっぱりとしていた。

  愛洲移香久忠   太郎坊移香 陰流の祖  1452-1538
 愛洲伊勢守忠行   愛洲のお屋形様  1429-1469
 愛洲三河守忠氏   愛洲のお屋形様  1451-1514
 愛洲源三郎貞成   船越城主主水正行成の伜  1452-
 愛洲白峰重忠   太郎の祖父  1411-1475
 愛洲隼人正宗忠   愛洲水軍大将 太郎の父 田曽城主  1432-1512
 愛洲隼人正泰忠   太郎の弟  1461-1510
 愛洲兵庫助直忠   太郎の弟  1461-1510
 愛洲澪   太郎の妹  1457-1539
 芥川左京亮   甲賀の郷士 陰の術1期生  1452-
 足利義政   将軍  1435-1490
 足利義尚   義政の嫡子  1465-1489
 足利義視   義政の弟  1439-1491

  池田甚内   望月又五郎の手下 槍使い  1437-1469
  池田長左衛門   愛洲家臣  1447-1472
 石川小二郎   伊賀の郷士  1454-
 伊勢新九郎   北条早雲  1432-1519
 今川義忠   駿河国守護  1436-1476
 岩本坊三喜   岩尾山の山伏 棒術の師範代  1438-

 上野弥太郎   甲賀の郷士  1455-

 栄意坊行信   槍の名手  1433-
 円行坊義天   飯道山の山伏 槍の師範  1439-

 応如   書僧  1453-
 大滝坊紹玄   岩尾山の山伏 棒術の師範代  1439-
 小野屋長兵衛   奈良の商人  1420-

 快晴和尚   長円寺住職  1416-
    太郎の妻 薙刀の名手  1454-
 神尾坊月学   岩尾山の山伏 薙刀の師範  1437-
 火乱坊明覚   岩尾山の山伏 薙刀の師範  1437-
 河合彦次郎吉晴   愛洲宗忠の家臣  1432-
 川島与三郎   多気町道場主 飯篠長威斎弟子  1430-

 北畠教具   4代目伊勢国司  1423-1471
 北畠政郷   5代目伊勢国司  1449-1508

 倉田無為斎   神道流達人 飯篠長威斎弟子  1402-

 弘景 書僧   応如の師  1411-
 高林坊道継   飯道山の山伏 棒術師範  1432-
 コノミ   望月三郎の妹 芥川左京亮の妻  1454-
 小春   木地師の娘  1453-
 金比羅坊勝盛   飯道山の山伏 剣術師範代  1440-

 西光坊元内   飯道山の山伏  1441-
 酒井内蔵助時重   愛洲家家臣、御前試合の奉行役
 サクラ   弥五郎の長女  1459-

 柴田権右衛門   北畠家武術指南役 飯篠長威斎弟子  1431-
 春恵尼   松恵尼の配下
 松恵尼   奈美 花養院の尼僧 商人 北畠教具の元側室  1434-1506
 浄光坊智明   飯道山の山伏 剣術師範代  1438-
 勝泉坊善栄   飯道山の山伏 剣術師範  1435-
 浄泉坊周伸   岩尾山の剣術師範  1436-

 杉谷与藤次   甲賀の郷士 陰の術2期生  1453-
 杉山八郎   甲賀の郷士 陰の術3期生  1454-

 高倉坊真伝   岩尾山の山伏 槍の師範  1438-
 高畑与七郎   望月又五郎の手下 剣使い  1438-1469
 高峰左馬介   甲賀の郷士  1455-
 高山右近二郎   甲賀の郷士  1446-
 橘屋屋弥兵衛   多気の旅籠屋の主 愛洲一族  1428-
 楯岡五郎   伊賀の郷士  1455-

 智羅天   仏師三好日向 気合術 太郎の師  1355-1470

 寺田月翁斎   寺田月翁斎

 鳥居兵内   甲賀の郷士  1446-
 曇天   快晴和尚の弟子  1452-

 中之坊円学   飯道山の山伏 剣術師範代  1439-
 ナツメ   弥五郎の次女  1469-
 南光坊信空   岩尾山の山伏 (偽天狗太郎)  1443-

 西村藤次郎教弘   愛洲家家臣 太郎の弟子  1453-

 橋爪坊道因   飯道山の山伏 手裏剣の名手  1440-
 服部藤十郎   伊賀の郷士 陰の術1期生  1452-
 花岡主膳長忠   宗忠の弟 花岡城主  1435-1497

 東之坊安善   岩尾山の山伏 棒術の師範代  1440-
 日野富子   将軍義政の正妻  1440-1496
 平田右衛門尉   愛洲家の射場奉行

 風眼坊舜香   大峯山の山伏 太郎の師 風摩小太郎  1432-1502
 藤林十兵衛   伊賀の郷士  1454-

 細川勝元   東軍の大将  1430-1473

 三雲源太   甲賀の郷士 陰の術1期生  1452-
 宮田八郎   多気の百姓の三男  1455-
 明楽坊応見   岩尾山の棒術師範 高林坊の弟子  1434-

 望月三郎長時   甲賀の郷士 陰の術1期生  1452-
 望月彦四郎   甲賀の郷士  1445-1470
 望月又五郎   三郎の叔父 薙刀使い  1436-1469
 百地弥五郎   伊賀の郷士 手裏剣の名手  1439-
 百地小五郎   弥五郎の長男  1463-

 山崎新十郎   望月又五郎の手下 剣使い  1436-1469
 山崎五郎   新十郎の長男  1455-
 山名宗全   西軍の大将  1404-1473

 祐   百地弥五郎の妻 小太刀の名手  1441-

 蓉恵尼   松恵尼の配下
 芳野新五郎貞行   宗忠の家臣  1432-

 涼   無為斎の妻  1453-

 六角高頼   近江守護
 六兵衛   伊勢国を仕切る木地師の親方  1409-
第二部 赤松政則



1.悪霊



 雪が勢いよく舞っていた。

 昼過ぎから降り始め、もう、かなり積もっている。

 焼け跡のまま放置されている京の都も、雪化粧をして惨めな姿を隠していた。

 応仁の乱が始まって、すでに五年が経とうとしているが、戦はまだ、終わってはいなかった。京で始まった戦は地方にまで広がって行き、東軍、西軍が入り乱れて争い、東西の決着の見込みは、まったくわからない状況となっていた。

 ここ、京の都では相変わらず、東軍の細川勝元と西軍の山名宗全は睨み合っている。

 東軍は天皇と新将軍足利義尚を掲げ、西軍は南朝の皇子、小倉宮(オグラノミヤ)と足利義視を掲げ、睨み合っていた。

 辺りはすでに暗く、シーンと静まり返り、ただ、雪だけが音もなく舞っている。

 そんな中を一つの人影が急ぎ足で歩いていた。
2.赤松一族



 次の日の夕暮れ近く、丹波の国(京都府中部と兵庫県中東部)と播磨の国(兵庫県南西部)の国境を西に向かって、急ぎ足で歩いている阿修羅坊の姿があった。

 国境を越えると、まもなく、右手に御嶽山(ミタケサン)が見え、その山上に清水寺(キヨミズデラ)があった。

 清水寺は法道仙人の開基と伝える天台宗の大寺院で、末寺(マツジ)や子院が、播磨、丹波、摂津(大阪府西部と兵庫県南東部)の三国にまたがり、三十坊以上を数え、山伏を数多く抱えていた。修験道(シュゲンドウ)の本場、大峯山とも深い関係を持ち、東播地方における山岳信仰の中心をなしていた。南北朝以来、赤松氏と共に足利氏を助けて活躍し、足利氏が幕府を開いた後は赤松氏のために諜報活動や、戦ともなれば戦陣に加わって活躍していたのが清水寺の山伏たちだった。

 阿修羅坊は清水寺の山伏ではなかった。

 播磨の国には山岳寺院が数多くあり、東播地方では、御嶽山清水寺をはじめ、鹿野山(カヤサン)朝光寺、岩嶺山石峰寺(シャクブジ)、大谷山大谿寺(タイケイジ)、三身山太山寺(タイサンジ)などがあり、中部地方では喜見山(キケンザン)笠形寺(リュウケイジ)、柳山(ヤナギサン)楊柳寺、雪彦山(セッピコサン)金剛寺、七種山(ナグササン)金剛城寺などがあり、西播地方には船越山(フナコシサン)瑠璃寺(ルリジ)、高伏山(タカブセサン)長谷寺(ハセデラ)などがあった。

 阿修羅坊は西播地方にある瑠璃寺の先達(センダツ)山伏だった。
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歴史小説を書いています。
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