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31.吉崎退去2
5
二十一日の夜明け前、空はまだ暗かったが、あちこちで燃えている篝火(カガリビ)によって、吉崎御坊は暗闇の中に浮かび上がっていた。
御山への入口である総門の両脇に続く高い土塁の前にも篝火が並び、大勢の門徒たちが、寝ずの番をしていた。
堅く閉ざされていた門が開いて、二人の男が外に出て来た。
二人が出ると、また、門は閉ざされた。
二人の男は篝火の光りを背に受けながら、濠に架けられた橋を渡って町人たちの町の中に入って行った。町人たちの住む町も、北潟湖と大聖寺川から水を引き入れた外濠で囲まれていたが、まだ、御山程の厳重な警固はされていなかった。
総門から出て来た二人は、空き家になっているはずの風眼坊とお雪の家に入って行った。その二人というのは、旅支度をした順如と荷物を担いだ下人だった。順如は縁側から家の中に上がると、真っ暗な部屋の中に声を掛けた。
「準備はできておるか」
「はい。大丈夫です」
暗闇の中で答えたのは、蓮如の執事の下間頼善(シモツマライゼン)だった。頼善の他にも部屋の中には人影があった。
「よし、行くぞ」と順如は言った。
部屋からぞろぞろと出て来たのは、蓮如の五人の子供と、蓮如の妻の如勝、頼善の父親の玄永、それと、蓮誓夫婦と慶覚坊だった。
蓮誓夫婦と慶覚坊は昨日の朝、まだ暗いうちに山田を出て、巳(ミ)の刻(午前十時)前に吉崎に着いていた。三人は蓮如たちと合流しようと思い、蓮誓夫婦を風眼坊の家に置いて、慶覚坊は御山に登った。
その頃、御山では蓮如と順如と頼善の三人が、どうやって吉崎を去るかを検討していた。いい考えが浮かばないようだった。
夜中に、ここを出ると簡単な気持ちでいたが、実際に、ここから、こっそり消えるというのは大変な事だった。抜け穴を使えば御山からは出られる。しかし、そこから先は無理だった。総門は勿論の事、船着き場にも大勢の門徒たちが寝ずの番をしている。そんな中を子供を連れて、誰にも気づかれずに外に出られるはずはなかった。
慶覚坊も一緒に加わって考えた。
「とにかく、総門の外に出る事ですね」と慶覚坊は言った。「総門から出てしまえば、後はどうにでもなります。陸路で行こうが舟で行こうが」
「そうじゃ、総門の外にも船着き場がある。そこから塩屋に向かえばいい」と頼善は言った。
「あそこの船着き場には門徒たちはおらん」と慶覚坊は言った。
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さっそく、総門の外に抜け出す作戦は実行に移された。まず、子供たちは昼間のうちから二組に分けて、頼善と頼善の父親、玄永の二人によって風眼坊の家に連れて行った。
吉崎を守っている門徒たちも、蓮如の子供たちとはあまり面識がないので、玄永の孫、頼善の子供として、ごまかして総門から出る事ができた。
問題は蓮如の妻の如勝だった。如勝の顔を知っている者は多かった。如勝が総門から出て行く分には何も問題なかったが、戻って来ないとなると問題になる。考えたあげく、如勝には化粧をさせ、派手な着物を着せて、遊女に扮して順如と一緒に出て行く事にした。順如の遊び癖は門徒たちの間でも有名だった。順如なら一晩位、戻って来なくても誰も心配しなかった。二、三日、戻って来なかったら、気が変わって、そのまま、近江に帰ったのだろうと思うに違いなかった。
順如は如勝を子供たちのもとに送ると、また、御山に戻った。頼善は船着き場に行って船の手配をした。塩屋の湊まで行けば、若狭の国、小浜(オバマ)まで行く船が待っているという手筈になっていた。
順如は御山に戻ると夜明け前を待ち、蓮如と共に御山を下りた。下人に化けていたのは蓮如だった。順如は女のもとに行くと言いながら門番にいくらかの銭を渡して総門を開けさせた。
蓮如の家族、蓮誓夫婦、それに、順如とお駒、慶覚坊、下間頼善の十三人と、荷物持ちの下男が三人、子供の面倒を見る下女が三人、合わせて十九人が船に乗り込んだ。
大聖寺川は吉崎の辺りでは、かなりの川幅があった。船は向こう岸を目指して川を横切り、対岸に沿って川を下った。
対岸から見る吉崎の御山は篝火に照らされ、そこだけが、まるで昼間のように明るかった。
船の中から皆、黙って、川向こうに浮かぶ御山を見つめていた。
文明三年(一四七一年)、吉崎に来てから四年余りの月日が流れていた。
蓮如は、初めて吉崎に来た時の事を思い出していた。
京で戦が始まり、堅田が叡山に攻められて焼かれ、堅田の住民が琵琶湖の中に浮かぶ沖の島に避難している頃だった。すでに、大谷の本願寺も叡山に焼かれ、当時、蓮如の家族は住む所もなくバラバラになって、近江門徒の世話になっていた。蓮如はしばらく、叡山のふもとから離れようと決心した。
蓮如は落ち着くべき場所を捜すために、東国へ布教の旅に出た。そして、この吉崎の地を見つけた。その旅の途中で会ったのが蓮崇だった。蓮崇は吉崎に移るための事前工作に奔走(ホンソウ)した。朝倉との交渉を初め、吉崎の地の木の伐採(バッサイ)から、寺の普請(フシン)、町割りなど、中心になってやったのが蓮崇だった。もし、蓮崇がいなかったら、蓮如が吉崎に来られなかったかも知れなかった。吉崎は蓮崇と共に始まり、蓮崇と共に終わったと言えた。吉崎を去る蓮如の側には蓮崇はいなかった。
慶覚坊も蓮崇の事を思っていた。
慶覚坊が初めて蓮崇に会ったのも東国への旅の時だった。蓮如の供をして北陸に来た慶覚坊は、二俣本泉寺にて湯涌谷から来たという蓮崇と出会った。蓮崇は蓮如にしつこく頼み込んで、東国への旅に付いて来た。
慶覚坊は初め、蓮崇の事を代々本願寺の執事である下間一族の一人だと思い、一緒にいた蓮如の執事の下間頼善同様に少し間をおいて付き合っていた。しかし、蓮崇はこまごまとした事にまでよく気づき、下人たちと一緒によく動き回っていた。下間一族にも変わった男がいるものだと思いながら眺めていた。やがて、蓮崇が一族には違いないが、下間一族の娘と一緒になって、婿に入ったという事を聞いた。
慶覚坊と同じ立場だった。慶覚坊は婿に入ったわけではなかったが、堅田の法住という近江門徒の中心をなす男の娘を妻にしたため、本願寺の門徒になったのだった。年は慶覚坊の方が二つ上だったが、同じ立場という事もあって、何となく気が合った。
吉崎に進出するに当たって、蓮崇と共に越前に来て下準備をしたのも慶覚坊だった。慶覚坊と違って、口がうまい蓮崇は常に表に立っていた。慶覚坊は蓮崇の護衛という立場だったが、蓮崇と付き合う事によって慶覚坊も少しづつ口が達者になって行き、加賀に来てからは山の中を歩き回って、門徒を増やす事ができたのだった。
蓮崇は武芸の方はまったく駄目でも、口を使う事と、普請や作事(サクジ、土木建築)に関しては驚く程の才能を持っていた。吉崎御坊の建設の中心になって職人たちをうまく使い、てきぱきと作業を進めて行った。勿論、蓮崇にとっても寺の建設など初めての事だったが、職人たちも驚く程の早さで工事は進んで行った。吉崎を去って、今度はどこに落ち着くのか、まだ分からないが、また、寺院を建てるのは確かだった。しかし、もう、蓮崇はいない。今更になって、慶覚坊は蓮崇を失った事が、本願寺にとって大きな損失だったという事に改めて気づき、噂を流したに違いない超勝寺の兄弟たちを恨んでいた。
蓮如の妻の如勝は、初めて吉崎に来た時の事を思い出していた。老いた母親と蓮如の子供たちを連れて、如勝は吉崎にやって来た。吉崎には、まだ町はなく、御山の回りに何軒かの多屋が建っているだけだった。
如勝は京都の商人の娘として生まれた。姉の影響もあって、十七歳の時、大谷の本願寺に行き、蓮如の法話を聞いて門徒となった。如勝は熱心な門徒だった。毎月の講には必ず、顔を出した。当時、蓮如の妻だった如祐とも親しくなり、時には台所に入って手伝いをしたり、子供たちの世話をしたりもした。
本願寺が叡山の悪僧たちに破壊された後は、近江の堅田や金森(カネガモリ)までも出掛けて行った。
やがて、応仁の乱が始まり、如勝の家は焼かれ、近江の坂本にいる親戚を頼って避難した。翌年、父親が亡くなった。戦騒ぎで婚期を逃してしまった如勝は、父親が死ぬと兄夫婦と別れ、母親を連れて金森に移った。金森には蓮如の家族が避難していた。蓮如はその頃、東国の旅に出ていて留守だったが、如勝は金森の門徒たちの世話になりながら暮らした。
翌年、大津に近松顕証寺ができると、如勝母子も金森から大津に移り、金森の道西(ドウセイ)の口添えもあって顕証寺で働く事になった。大谷の本願寺が焼かれてから家族がバラバラになって生活していた蓮如たちも、ようやく、顕証寺に落ち着く事ができ、蓮如の妻、如祐は幸せそうだった。しかし、その幸せも長くは続かず、顕証寺に移って二年足らずで、如祐は亡くなってしまった。まだ三十三歳の若さだった。如祐の側に仕えていた如勝は、自然と母親を亡くした子供たちの世話をするようになって行った。
二年後、蓮如は吉崎に進出し、御坊が完成すると家族を呼んだ。如勝も年老いた母親と蓮如の子供たちを連れて吉崎に移った。その頃の如勝は、すでに蓮如の子供たちの母親代わりだった。子供たちも如勝によくなついていた。如勝は蓮如の子供たちの世話をしていたが、蓮如の身の回りの世話をしていたわけではなかった。蓮如の世話をしていたのは蓮如の娘の見玉(ケンギョク)だった。
見玉は蓮如の四番目の子供だった。見玉は幼い頃、禅宗の喝食(カッシキ)に出されて出家し、蓮如の叔母、見秀尼(ケンシュウニ)のもとで修行していたが、見秀尼が亡くなると蓮如のもとに戻って来た。その見玉が吉崎に来て一年経った頃、二十五歳の若さで急に亡くなってしまった。見玉がいなくなると如勝は蓮如の世話もするようになった。執事である下間玄永の勧めもあって、蓮如は如勝を正式に妻とする事となった。
自然の成り行きと言えた。古くからの門徒たちは皆、如勝が熱心な門徒である事を知っていた。身分的にいえば釣り合わなかったが、阿弥陀如来のもとでは皆、平等であると主張し、寺院から上段の間まで取り払ってしまった蓮如に対して、その事を言い出す者はいなかった。その事を一番気にしていたのは如勝だった。如勝は何度も断ったが、蓮崇に説得されて蓮如の妻になる事に決めた。母親も蓮如のもとに引き取られた。母親は蓮如よりも若かったが、娘が蓮如の妻になる事に対して信じられない事のように喜んでくれた。
母親としては、娘の幸せが一番の気掛かりだった。婚期を逃し、すでに二十六歳になってしまった娘が嫁に行く事を半ば諦めていたのに、上人様の嫁になるという、奇跡に近い事が現実に起こり、阿弥陀如来様のお陰だと、一心に感謝の気持ちを込めて念仏を唱えていた。
戦で家を焼かれ、翌年、夫を亡くして以来、急に老け込み、心から笑うという事のなかった母親も、蓮如のもとで暮らすようになってから笑いが戻り、本当に幸せそうだった。その母も、すでに亡くなっていた。念仏を唱えながら静かにあの世へと旅立って行った。
吉崎という土地は、如勝にとって一生忘れられない思い出の多い土地だった。
如勝は七歳になる祐心(ユウシン)を抱きながら、篝火に照らされた吉崎御坊を見つめていた。
鹿島の森を過ぎた辺りで、ようやく、東の空が白み始めて来た。
塩屋の湊に着くと、一行は素早く大型の船に乗り移り、若狭の国、小浜を目指して海に乗り出して行った。
霧のような、小雨が降っていた。
八月の二十四日、肌寒い一日だった。
小雨の中、吉崎には各地からの門徒が続々と押しかけて来た。
時節がら各地の坊主たちは皆、数十人の兵を引き連れて吉崎にやって来た。連れて来た兵が吉崎警固に加わったため、門前町を囲む外濠まで警固を拡大し、また、大聖寺川や北潟湖の水上にも船に乗った兵が配置された。今日か明日にも、山川三河守が吉崎を攻めて来るとの噂もあり、今回、吉崎に集まって来た者の中に女子供の数は少なかった。
御山の山門は閉ざされたままだった。
山門だけでなく、御山へと続く坂道の入口に立つ北門も閉ざされ、坂道の両脇にある多屋に用のある者だけが通る事を許されていた。
どこの多屋も武装した門徒たちで埋まっていた。蓮崇の多屋は下間一族が管理する事となり、一族の者が加賀河北郡から来た門徒たちの世話をしていた。
蓮崇と慶聞坊の姿が見当たらなかった。誰もが御山にいるものと信じていたため、不思議に思う者はいなかった。吉崎は念仏一色に染まっていた。そして、誰もが、明日から始まるに違いない戦の事を考えていた。
夜になっても念仏は絶えなかった。篝火があちこちで焚かれ、祭りのように賑やかだったが、皆、緊張した面持ちでいた。
長かった夜が明けた。
結局、山川三河守は攻めて来なかった。
当日の早朝、各地の有力坊主のもとに執事の下間玄永からの知らせが届いた。講の始まる前に集まってくれとの事だった。
御山の太鼓が鳴ると同時に御山の山門が開いた。坊主たちがぞろぞろと入って来た。さすがに、武装したままの坊主はいなかった。皆、墨染めの法衣を身に着けていた。
坊主たちが案内されたのは御影堂(ゴエイドウ)ではなく、書院の広間だった。去年、戦の命が出された場所だった。いよいよだな、と思いながら、皆、広間に畏まって座り、蓮如の現れるのを待っていた。
この日、広間に集まったのは二十一人だった。
多屋衆の法実坊、長光坊、法覚坊、円光坊、善光坊、本向坊。
越前から、超勝寺蓮超の代理として定地坊巧遵。
加賀江沼郡からは、熊坂願生坊、黒瀬藤兵衛、庄四郎五郎、坂東四郎左衛門、柴山八郎左衛門、篠原太郎兵衛、黒崎源五郎。
能美郡からは、浄徳寺の慶恵、蛭川新七郎、中川三郎右衛門、宇津呂備前守、そして、山之内衆の河合藤左衛門と二曲右京進(フトウゲウキョウノシン)。
北加賀からは、代表として善福寺の順慶が来ていた。
戦となった場合、南加賀において武将となるべき者たちは、すべて集まっていた。
しばらくして、執事の玄永が現れて正面の脇に座った。
いよいよ、上人様の登場かと、皆、前回の時を思い出しながら、蓮如が現れるのを黙って待っていた。
確か、前回の時、笛の調べが流れていたのを何人かの者が思い出していた。今回も流れるだろうかと期待している者もあったが、笛の調べは流れなかった。
足跡が近づいて来た。
皆、固唾(カタヅ)を呑んで、入り口の方を見守った。
予想に反し、現れたのは本覚寺の蓮光だった。蓮光は集まっている皆を見回しながら、広間に入って来ると正面に座った。
静まっていた広間が、ざわざわとしだした。誰もが、蓮光が上座に座る事に納得しなかった。
「蓮光殿、そなたがどうして、その席に座るのか、まず、その事を説明して貰いたい」と浄徳寺の慶恵が言った。
喋り方は静かだったが、一門である我らを差し置いて、その席に座る事は許せないという気持ちがこもっていた。巧遵と順慶の二人も乗り出すようにして蓮光を責めた。
蓮光は落ち着いていた。
超勝寺の連中が騒ぐ事は前以て分かっていた。蓮如から直々に留守職(ルスシキ)を頼まれた蓮光にとって、たとえ、一門であろうとも恐ろしくはなかった。
「浄徳寺殿の質問に答える前に、発表すべき事柄が三つ、ございます。それをまず、お聞き下さい」と蓮光はよく通る声で言った。
順慶が何かを言おうとしたが、隣にいた慶恵が押えた。
「まず、一つは、前回の掟を破り、門徒たちを扇動したかどにより、下間蓮崇は破門となりました」
「何じゃと」と言ったのは定地坊巧遵だった。
あちこちから、「嘘じゃ」「信じられん」とか言う声が聞こえて来た。
「上人様はどうした。はっきりと上人様の口から聞かない限り、そんな事は信じられん」と言ったのは熊坂願生坊だった。
「そうじゃ、そうじゃ」と皆、熊坂に同意した。
「静かに!」と執事の玄永が言った。
この中でも、最年長である玄永の一言で皆、口をつぐんだ。
「二つ目は、上人様は急に吉崎を去る事となりました」
皆、信じられないという顔をして蓮光を見つめていた。
誰もが、黙っていた。
「いつじゃ」と慶恵は聞いた。
「二十一日です」と玄永が答えた。「上人様は門徒たちが戦をしようとしているのを嘆き、もはや自分の力では門徒たちを止める事ができない、とおっしゃって吉崎を出て行かれました。上人様は門徒たちが戦をしない事を願いながら、吉崎を去って行ったのです」
「蓮崇殿が破門になったというのは事実なのですか」と願生坊が聞いた。
「蓮崇は上人様に事実を伝えず、門徒たちを扇動し、戦をさせようとたくらみました。今日のこの日に、重大発表を行なうという偽の書状を書いて、門徒たちに武装させたのも、蓮崇がたくらんだ事です」
「偽の書状? あれは蓮崇が書いたと言うのか」と定地坊が聞いた。
玄永は頷いた。「しかし、松岡寺の蓮綱殿と光教寺の蓮誓殿がおかしいとお気づきになり、大津の順如殿をお呼びになって、蓮崇のたくらみはすべてばれ、破門となったのです」
玄永はそう説明しながら蓮崇に詫びていた。
玄永は蓮崇が本願寺のために身を引いて、破門になった事を知っていた。しかし、事実を言うわけには行かなかった。事実を言えば、蓮崇を破門に追いやった例の噂を誰が流したのかが問題となってくる。蓮崇派だった者たちは必ず、その犯人を見つける事になるだろう。はっきりとした証拠は上がっていないが、蓮如を初め、事実を知っている者たちは、超勝寺の者たちの仕業ではないかと疑っていた。もし、それが事実だった場合、本願寺は内部分裂を起こしてしまう事になる。今は事実を究明する事よりも、門徒たちに戦をやめさせる事がなによりも先決だった。蓮崇には悪いが、門徒たちへの見せしめとなってもらうより他はなかった。掟を破った事により、蓮如に一番信頼されていた蓮崇が破門になったと聞けば、門徒たちは戦をやめるに違いないと玄永は思っていた。
皆、俯いていた。
「三つ目は」と蓮光が言った。「吉崎御坊の留守職として、上人様より、このわたしが任命を受けました」
誰も何も言わなかった。
確かに、重大発表だった。誰もが予想もしていない程の重大発表だった。
蓮崇の破門‥‥‥
そして、上人様の吉崎退去‥‥‥
明日から戦だ、と誰もが張り切って吉崎にやって来た。ところが、戦どころではなかった。大将と仰ぐべき蓮崇は破門になり、上人様はすでにいない。蓮崇程の者が破門になるという事は、自分たちも破門になりかねなかった。
破門を言い渡されたら、すべてを失う事となった。寺の坊主は寺を追い出され、国人門徒は家臣を失い、土地も失う事になった。国人門徒たちにとって、破門という言葉は、門徒たちを威して兵に狩り出すための決まり文句だった。門徒たちは破門になる事を恐れて武器を手にして集まって来た。その決まり文句が、自分の身に懸かるなんて考えてもみなかった。ところが、蓮崇が破門になったという事で、そんな事は絶対にあり得ないとは言い切れなかった。皆、破門が自分の身に降り懸かる事を恐れながら御山を後にした。そして、皆、不機嫌な顔をしながら、引き連れて来た兵をまとめると吉崎から去って行った。
昼頃には、有力門徒たちは皆、吉崎を去り、今日の日が、講のある二十五日だとは思えない程、吉崎はひっそりとしてしまった。
御山では留守職の蓮光によって講が続けられていた。
昼頃には、吉崎中に蓮如の吉崎退去と蓮崇の破門は知れ渡っていた。誰もが信じられず、二人の指導者を失った門徒たちは、これから、どうしたらいいのか、まったく分からない状況だった。
本願寺が戦をしない、という事だけは門徒たちにも分かったが、吉崎を警固している門徒たちは、上人様のいなくなった御山をこのまま守り続けたらいいのか、警固をやめて家に帰った方がいいのか、誰も命じてくれなかった。もっとも、警固に加わっていた門徒たちは、自分の意志で上人様を守るために吉崎に来た者が多かったが、自分の意志で来たのだからといっても、警固兵の一員になったからには自分勝手に帰るわけには行かなかった。しかし、隊長といえる者たちはどこかに消えてしまい、警固兵たちは、これからどうしたらいいのかまったく分からず、混乱していた。この混乱を静めるべき立場にいた蓮光も弟の長光坊も、御山に登って来る門徒たちを静めるのに必死で、警固兵の事まで考える余裕はなかった。慶覚坊や慶聞坊がいたら警固兵の事も考えただろうが、二人とも蓮如たちの供をして吉崎にはいなかった。
次の日になって、ようやく、警固兵たちに撤退命令が下された。自主的に参加していた門徒たちはすべて帰され、初めから吉崎を守っていた警固隊だけが残った。そして、新たに本覚寺から来た門徒たちが蓮光を守るために配置された。
軽海の守護所の山川三河守は蓮崇と会った後、吉崎に探りを入れた。勿論、それ以前にも探りを入れていたが、武装した門徒たちがうようよいる事と、昼夜、厳重に警固されているという事しか分からなかった。山門は堅く閉ざされたままで侵入する事は不可能だったし、誰も、蓮如がいなくなったなどと疑いを持つ者もいなかった。
新しく吉崎に入った間者(カンジャ)は、まず、蓮崇がいない事を確認した。そして、何とかして御坊の中に侵入し、蓮如がいるかどうか確認しようとした。何人もの連中が挑戦し、忍び込もうとしたが皆、途中で捕まって首をはねられた。
しかし、一人だけ成功した者があった。その間者は大聖寺川の対岸から鹿島の森に渡り、夜を待って御山の下まで泳いで渡った。そして、切り立った絶壁をよじ登って御坊に潜入した。一旦、中に入ってしまえば後は楽だった。その間者は本堂、御影堂、書院、庫裏とすべてを見て回った。
蓮如の姿はなかった。蓮如の妻も子供もいなかった。庫裏にいたのは老人が一人と、坊主が二人、後は、下人たちの小屋に数人の下人や下女がいただけだった。間者は持って来た縄を使って絶壁を滑り下りると対岸まで泳ぎ、急いで軽海に知らせた。
その知らせを聞いた三河守は、二十四日の吉崎への出撃命令を中止し、軽海を守るために待機させた。
講の当日になり、次々に入って来る吉崎の状況を聞きながら、三河守は満足気に頷き、さっそく、野々市の富樫次郎宛に、自分の作戦が成功して蓮崇が破門となり、蓮如が吉崎を退去して行った事を告げた。そして、軽海の女のもとに帰って来ている定地坊を呼ぶと、祝い酒じゃと言って、定地坊を鄭重に持て成した。すでに、三河守は定地坊を初めとした超勝寺の者たちを手なづけて、本願寺を思いのままに操ろうという次の作戦を開始していた。
吉崎を守っている門徒たちも、蓮如の子供たちとはあまり面識がないので、玄永の孫、頼善の子供として、ごまかして総門から出る事ができた。
問題は蓮如の妻の如勝だった。如勝の顔を知っている者は多かった。如勝が総門から出て行く分には何も問題なかったが、戻って来ないとなると問題になる。考えたあげく、如勝には化粧をさせ、派手な着物を着せて、遊女に扮して順如と一緒に出て行く事にした。順如の遊び癖は門徒たちの間でも有名だった。順如なら一晩位、戻って来なくても誰も心配しなかった。二、三日、戻って来なかったら、気が変わって、そのまま、近江に帰ったのだろうと思うに違いなかった。
順如は如勝を子供たちのもとに送ると、また、御山に戻った。頼善は船着き場に行って船の手配をした。塩屋の湊まで行けば、若狭の国、小浜(オバマ)まで行く船が待っているという手筈になっていた。
順如は御山に戻ると夜明け前を待ち、蓮如と共に御山を下りた。下人に化けていたのは蓮如だった。順如は女のもとに行くと言いながら門番にいくらかの銭を渡して総門を開けさせた。
蓮如の家族、蓮誓夫婦、それに、順如とお駒、慶覚坊、下間頼善の十三人と、荷物持ちの下男が三人、子供の面倒を見る下女が三人、合わせて十九人が船に乗り込んだ。
大聖寺川は吉崎の辺りでは、かなりの川幅があった。船は向こう岸を目指して川を横切り、対岸に沿って川を下った。
対岸から見る吉崎の御山は篝火に照らされ、そこだけが、まるで昼間のように明るかった。
船の中から皆、黙って、川向こうに浮かぶ御山を見つめていた。
文明三年(一四七一年)、吉崎に来てから四年余りの月日が流れていた。
蓮如は、初めて吉崎に来た時の事を思い出していた。
京で戦が始まり、堅田が叡山に攻められて焼かれ、堅田の住民が琵琶湖の中に浮かぶ沖の島に避難している頃だった。すでに、大谷の本願寺も叡山に焼かれ、当時、蓮如の家族は住む所もなくバラバラになって、近江門徒の世話になっていた。蓮如はしばらく、叡山のふもとから離れようと決心した。
蓮如は落ち着くべき場所を捜すために、東国へ布教の旅に出た。そして、この吉崎の地を見つけた。その旅の途中で会ったのが蓮崇だった。蓮崇は吉崎に移るための事前工作に奔走(ホンソウ)した。朝倉との交渉を初め、吉崎の地の木の伐採(バッサイ)から、寺の普請(フシン)、町割りなど、中心になってやったのが蓮崇だった。もし、蓮崇がいなかったら、蓮如が吉崎に来られなかったかも知れなかった。吉崎は蓮崇と共に始まり、蓮崇と共に終わったと言えた。吉崎を去る蓮如の側には蓮崇はいなかった。
慶覚坊も蓮崇の事を思っていた。
慶覚坊が初めて蓮崇に会ったのも東国への旅の時だった。蓮如の供をして北陸に来た慶覚坊は、二俣本泉寺にて湯涌谷から来たという蓮崇と出会った。蓮崇は蓮如にしつこく頼み込んで、東国への旅に付いて来た。
慶覚坊は初め、蓮崇の事を代々本願寺の執事である下間一族の一人だと思い、一緒にいた蓮如の執事の下間頼善同様に少し間をおいて付き合っていた。しかし、蓮崇はこまごまとした事にまでよく気づき、下人たちと一緒によく動き回っていた。下間一族にも変わった男がいるものだと思いながら眺めていた。やがて、蓮崇が一族には違いないが、下間一族の娘と一緒になって、婿に入ったという事を聞いた。
慶覚坊と同じ立場だった。慶覚坊は婿に入ったわけではなかったが、堅田の法住という近江門徒の中心をなす男の娘を妻にしたため、本願寺の門徒になったのだった。年は慶覚坊の方が二つ上だったが、同じ立場という事もあって、何となく気が合った。
吉崎に進出するに当たって、蓮崇と共に越前に来て下準備をしたのも慶覚坊だった。慶覚坊と違って、口がうまい蓮崇は常に表に立っていた。慶覚坊は蓮崇の護衛という立場だったが、蓮崇と付き合う事によって慶覚坊も少しづつ口が達者になって行き、加賀に来てからは山の中を歩き回って、門徒を増やす事ができたのだった。
蓮崇は武芸の方はまったく駄目でも、口を使う事と、普請や作事(サクジ、土木建築)に関しては驚く程の才能を持っていた。吉崎御坊の建設の中心になって職人たちをうまく使い、てきぱきと作業を進めて行った。勿論、蓮崇にとっても寺の建設など初めての事だったが、職人たちも驚く程の早さで工事は進んで行った。吉崎を去って、今度はどこに落ち着くのか、まだ分からないが、また、寺院を建てるのは確かだった。しかし、もう、蓮崇はいない。今更になって、慶覚坊は蓮崇を失った事が、本願寺にとって大きな損失だったという事に改めて気づき、噂を流したに違いない超勝寺の兄弟たちを恨んでいた。
蓮如の妻の如勝は、初めて吉崎に来た時の事を思い出していた。老いた母親と蓮如の子供たちを連れて、如勝は吉崎にやって来た。吉崎には、まだ町はなく、御山の回りに何軒かの多屋が建っているだけだった。
如勝は京都の商人の娘として生まれた。姉の影響もあって、十七歳の時、大谷の本願寺に行き、蓮如の法話を聞いて門徒となった。如勝は熱心な門徒だった。毎月の講には必ず、顔を出した。当時、蓮如の妻だった如祐とも親しくなり、時には台所に入って手伝いをしたり、子供たちの世話をしたりもした。
本願寺が叡山の悪僧たちに破壊された後は、近江の堅田や金森(カネガモリ)までも出掛けて行った。
やがて、応仁の乱が始まり、如勝の家は焼かれ、近江の坂本にいる親戚を頼って避難した。翌年、父親が亡くなった。戦騒ぎで婚期を逃してしまった如勝は、父親が死ぬと兄夫婦と別れ、母親を連れて金森に移った。金森には蓮如の家族が避難していた。蓮如はその頃、東国の旅に出ていて留守だったが、如勝は金森の門徒たちの世話になりながら暮らした。
翌年、大津に近松顕証寺ができると、如勝母子も金森から大津に移り、金森の道西(ドウセイ)の口添えもあって顕証寺で働く事になった。大谷の本願寺が焼かれてから家族がバラバラになって生活していた蓮如たちも、ようやく、顕証寺に落ち着く事ができ、蓮如の妻、如祐は幸せそうだった。しかし、その幸せも長くは続かず、顕証寺に移って二年足らずで、如祐は亡くなってしまった。まだ三十三歳の若さだった。如祐の側に仕えていた如勝は、自然と母親を亡くした子供たちの世話をするようになって行った。
二年後、蓮如は吉崎に進出し、御坊が完成すると家族を呼んだ。如勝も年老いた母親と蓮如の子供たちを連れて吉崎に移った。その頃の如勝は、すでに蓮如の子供たちの母親代わりだった。子供たちも如勝によくなついていた。如勝は蓮如の子供たちの世話をしていたが、蓮如の身の回りの世話をしていたわけではなかった。蓮如の世話をしていたのは蓮如の娘の見玉(ケンギョク)だった。
見玉は蓮如の四番目の子供だった。見玉は幼い頃、禅宗の喝食(カッシキ)に出されて出家し、蓮如の叔母、見秀尼(ケンシュウニ)のもとで修行していたが、見秀尼が亡くなると蓮如のもとに戻って来た。その見玉が吉崎に来て一年経った頃、二十五歳の若さで急に亡くなってしまった。見玉がいなくなると如勝は蓮如の世話もするようになった。執事である下間玄永の勧めもあって、蓮如は如勝を正式に妻とする事となった。
自然の成り行きと言えた。古くからの門徒たちは皆、如勝が熱心な門徒である事を知っていた。身分的にいえば釣り合わなかったが、阿弥陀如来のもとでは皆、平等であると主張し、寺院から上段の間まで取り払ってしまった蓮如に対して、その事を言い出す者はいなかった。その事を一番気にしていたのは如勝だった。如勝は何度も断ったが、蓮崇に説得されて蓮如の妻になる事に決めた。母親も蓮如のもとに引き取られた。母親は蓮如よりも若かったが、娘が蓮如の妻になる事に対して信じられない事のように喜んでくれた。
母親としては、娘の幸せが一番の気掛かりだった。婚期を逃し、すでに二十六歳になってしまった娘が嫁に行く事を半ば諦めていたのに、上人様の嫁になるという、奇跡に近い事が現実に起こり、阿弥陀如来様のお陰だと、一心に感謝の気持ちを込めて念仏を唱えていた。
戦で家を焼かれ、翌年、夫を亡くして以来、急に老け込み、心から笑うという事のなかった母親も、蓮如のもとで暮らすようになってから笑いが戻り、本当に幸せそうだった。その母も、すでに亡くなっていた。念仏を唱えながら静かにあの世へと旅立って行った。
吉崎という土地は、如勝にとって一生忘れられない思い出の多い土地だった。
如勝は七歳になる祐心(ユウシン)を抱きながら、篝火に照らされた吉崎御坊を見つめていた。
鹿島の森を過ぎた辺りで、ようやく、東の空が白み始めて来た。
塩屋の湊に着くと、一行は素早く大型の船に乗り移り、若狭の国、小浜を目指して海に乗り出して行った。
6
霧のような、小雨が降っていた。
八月の二十四日、肌寒い一日だった。
小雨の中、吉崎には各地からの門徒が続々と押しかけて来た。
時節がら各地の坊主たちは皆、数十人の兵を引き連れて吉崎にやって来た。連れて来た兵が吉崎警固に加わったため、門前町を囲む外濠まで警固を拡大し、また、大聖寺川や北潟湖の水上にも船に乗った兵が配置された。今日か明日にも、山川三河守が吉崎を攻めて来るとの噂もあり、今回、吉崎に集まって来た者の中に女子供の数は少なかった。
御山の山門は閉ざされたままだった。
山門だけでなく、御山へと続く坂道の入口に立つ北門も閉ざされ、坂道の両脇にある多屋に用のある者だけが通る事を許されていた。
どこの多屋も武装した門徒たちで埋まっていた。蓮崇の多屋は下間一族が管理する事となり、一族の者が加賀河北郡から来た門徒たちの世話をしていた。
蓮崇と慶聞坊の姿が見当たらなかった。誰もが御山にいるものと信じていたため、不思議に思う者はいなかった。吉崎は念仏一色に染まっていた。そして、誰もが、明日から始まるに違いない戦の事を考えていた。
夜になっても念仏は絶えなかった。篝火があちこちで焚かれ、祭りのように賑やかだったが、皆、緊張した面持ちでいた。
長かった夜が明けた。
結局、山川三河守は攻めて来なかった。
当日の早朝、各地の有力坊主のもとに執事の下間玄永からの知らせが届いた。講の始まる前に集まってくれとの事だった。
御山の太鼓が鳴ると同時に御山の山門が開いた。坊主たちがぞろぞろと入って来た。さすがに、武装したままの坊主はいなかった。皆、墨染めの法衣を身に着けていた。
坊主たちが案内されたのは御影堂(ゴエイドウ)ではなく、書院の広間だった。去年、戦の命が出された場所だった。いよいよだな、と思いながら、皆、広間に畏まって座り、蓮如の現れるのを待っていた。
この日、広間に集まったのは二十一人だった。
多屋衆の法実坊、長光坊、法覚坊、円光坊、善光坊、本向坊。
越前から、超勝寺蓮超の代理として定地坊巧遵。
加賀江沼郡からは、熊坂願生坊、黒瀬藤兵衛、庄四郎五郎、坂東四郎左衛門、柴山八郎左衛門、篠原太郎兵衛、黒崎源五郎。
能美郡からは、浄徳寺の慶恵、蛭川新七郎、中川三郎右衛門、宇津呂備前守、そして、山之内衆の河合藤左衛門と二曲右京進(フトウゲウキョウノシン)。
北加賀からは、代表として善福寺の順慶が来ていた。
戦となった場合、南加賀において武将となるべき者たちは、すべて集まっていた。
しばらくして、執事の玄永が現れて正面の脇に座った。
いよいよ、上人様の登場かと、皆、前回の時を思い出しながら、蓮如が現れるのを黙って待っていた。
確か、前回の時、笛の調べが流れていたのを何人かの者が思い出していた。今回も流れるだろうかと期待している者もあったが、笛の調べは流れなかった。
足跡が近づいて来た。
皆、固唾(カタヅ)を呑んで、入り口の方を見守った。
予想に反し、現れたのは本覚寺の蓮光だった。蓮光は集まっている皆を見回しながら、広間に入って来ると正面に座った。
静まっていた広間が、ざわざわとしだした。誰もが、蓮光が上座に座る事に納得しなかった。
「蓮光殿、そなたがどうして、その席に座るのか、まず、その事を説明して貰いたい」と浄徳寺の慶恵が言った。
喋り方は静かだったが、一門である我らを差し置いて、その席に座る事は許せないという気持ちがこもっていた。巧遵と順慶の二人も乗り出すようにして蓮光を責めた。
蓮光は落ち着いていた。
超勝寺の連中が騒ぐ事は前以て分かっていた。蓮如から直々に留守職(ルスシキ)を頼まれた蓮光にとって、たとえ、一門であろうとも恐ろしくはなかった。
「浄徳寺殿の質問に答える前に、発表すべき事柄が三つ、ございます。それをまず、お聞き下さい」と蓮光はよく通る声で言った。
順慶が何かを言おうとしたが、隣にいた慶恵が押えた。
「まず、一つは、前回の掟を破り、門徒たちを扇動したかどにより、下間蓮崇は破門となりました」
「何じゃと」と言ったのは定地坊巧遵だった。
あちこちから、「嘘じゃ」「信じられん」とか言う声が聞こえて来た。
「上人様はどうした。はっきりと上人様の口から聞かない限り、そんな事は信じられん」と言ったのは熊坂願生坊だった。
「そうじゃ、そうじゃ」と皆、熊坂に同意した。
「静かに!」と執事の玄永が言った。
この中でも、最年長である玄永の一言で皆、口をつぐんだ。
「二つ目は、上人様は急に吉崎を去る事となりました」
皆、信じられないという顔をして蓮光を見つめていた。
誰もが、黙っていた。
「いつじゃ」と慶恵は聞いた。
「二十一日です」と玄永が答えた。「上人様は門徒たちが戦をしようとしているのを嘆き、もはや自分の力では門徒たちを止める事ができない、とおっしゃって吉崎を出て行かれました。上人様は門徒たちが戦をしない事を願いながら、吉崎を去って行ったのです」
「蓮崇殿が破門になったというのは事実なのですか」と願生坊が聞いた。
「蓮崇は上人様に事実を伝えず、門徒たちを扇動し、戦をさせようとたくらみました。今日のこの日に、重大発表を行なうという偽の書状を書いて、門徒たちに武装させたのも、蓮崇がたくらんだ事です」
「偽の書状? あれは蓮崇が書いたと言うのか」と定地坊が聞いた。
玄永は頷いた。「しかし、松岡寺の蓮綱殿と光教寺の蓮誓殿がおかしいとお気づきになり、大津の順如殿をお呼びになって、蓮崇のたくらみはすべてばれ、破門となったのです」
玄永はそう説明しながら蓮崇に詫びていた。
玄永は蓮崇が本願寺のために身を引いて、破門になった事を知っていた。しかし、事実を言うわけには行かなかった。事実を言えば、蓮崇を破門に追いやった例の噂を誰が流したのかが問題となってくる。蓮崇派だった者たちは必ず、その犯人を見つける事になるだろう。はっきりとした証拠は上がっていないが、蓮如を初め、事実を知っている者たちは、超勝寺の者たちの仕業ではないかと疑っていた。もし、それが事実だった場合、本願寺は内部分裂を起こしてしまう事になる。今は事実を究明する事よりも、門徒たちに戦をやめさせる事がなによりも先決だった。蓮崇には悪いが、門徒たちへの見せしめとなってもらうより他はなかった。掟を破った事により、蓮如に一番信頼されていた蓮崇が破門になったと聞けば、門徒たちは戦をやめるに違いないと玄永は思っていた。
皆、俯いていた。
「三つ目は」と蓮光が言った。「吉崎御坊の留守職として、上人様より、このわたしが任命を受けました」
誰も何も言わなかった。
確かに、重大発表だった。誰もが予想もしていない程の重大発表だった。
蓮崇の破門‥‥‥
そして、上人様の吉崎退去‥‥‥
明日から戦だ、と誰もが張り切って吉崎にやって来た。ところが、戦どころではなかった。大将と仰ぐべき蓮崇は破門になり、上人様はすでにいない。蓮崇程の者が破門になるという事は、自分たちも破門になりかねなかった。
破門を言い渡されたら、すべてを失う事となった。寺の坊主は寺を追い出され、国人門徒は家臣を失い、土地も失う事になった。国人門徒たちにとって、破門という言葉は、門徒たちを威して兵に狩り出すための決まり文句だった。門徒たちは破門になる事を恐れて武器を手にして集まって来た。その決まり文句が、自分の身に懸かるなんて考えてもみなかった。ところが、蓮崇が破門になったという事で、そんな事は絶対にあり得ないとは言い切れなかった。皆、破門が自分の身に降り懸かる事を恐れながら御山を後にした。そして、皆、不機嫌な顔をしながら、引き連れて来た兵をまとめると吉崎から去って行った。
昼頃には、有力門徒たちは皆、吉崎を去り、今日の日が、講のある二十五日だとは思えない程、吉崎はひっそりとしてしまった。
御山では留守職の蓮光によって講が続けられていた。
昼頃には、吉崎中に蓮如の吉崎退去と蓮崇の破門は知れ渡っていた。誰もが信じられず、二人の指導者を失った門徒たちは、これから、どうしたらいいのか、まったく分からない状況だった。
本願寺が戦をしない、という事だけは門徒たちにも分かったが、吉崎を警固している門徒たちは、上人様のいなくなった御山をこのまま守り続けたらいいのか、警固をやめて家に帰った方がいいのか、誰も命じてくれなかった。もっとも、警固に加わっていた門徒たちは、自分の意志で上人様を守るために吉崎に来た者が多かったが、自分の意志で来たのだからといっても、警固兵の一員になったからには自分勝手に帰るわけには行かなかった。しかし、隊長といえる者たちはどこかに消えてしまい、警固兵たちは、これからどうしたらいいのかまったく分からず、混乱していた。この混乱を静めるべき立場にいた蓮光も弟の長光坊も、御山に登って来る門徒たちを静めるのに必死で、警固兵の事まで考える余裕はなかった。慶覚坊や慶聞坊がいたら警固兵の事も考えただろうが、二人とも蓮如たちの供をして吉崎にはいなかった。
次の日になって、ようやく、警固兵たちに撤退命令が下された。自主的に参加していた門徒たちはすべて帰され、初めから吉崎を守っていた警固隊だけが残った。そして、新たに本覚寺から来た門徒たちが蓮光を守るために配置された。
軽海の守護所の山川三河守は蓮崇と会った後、吉崎に探りを入れた。勿論、それ以前にも探りを入れていたが、武装した門徒たちがうようよいる事と、昼夜、厳重に警固されているという事しか分からなかった。山門は堅く閉ざされたままで侵入する事は不可能だったし、誰も、蓮如がいなくなったなどと疑いを持つ者もいなかった。
新しく吉崎に入った間者(カンジャ)は、まず、蓮崇がいない事を確認した。そして、何とかして御坊の中に侵入し、蓮如がいるかどうか確認しようとした。何人もの連中が挑戦し、忍び込もうとしたが皆、途中で捕まって首をはねられた。
しかし、一人だけ成功した者があった。その間者は大聖寺川の対岸から鹿島の森に渡り、夜を待って御山の下まで泳いで渡った。そして、切り立った絶壁をよじ登って御坊に潜入した。一旦、中に入ってしまえば後は楽だった。その間者は本堂、御影堂、書院、庫裏とすべてを見て回った。
蓮如の姿はなかった。蓮如の妻も子供もいなかった。庫裏にいたのは老人が一人と、坊主が二人、後は、下人たちの小屋に数人の下人や下女がいただけだった。間者は持って来た縄を使って絶壁を滑り下りると対岸まで泳ぎ、急いで軽海に知らせた。
その知らせを聞いた三河守は、二十四日の吉崎への出撃命令を中止し、軽海を守るために待機させた。
講の当日になり、次々に入って来る吉崎の状況を聞きながら、三河守は満足気に頷き、さっそく、野々市の富樫次郎宛に、自分の作戦が成功して蓮崇が破門となり、蓮如が吉崎を退去して行った事を告げた。そして、軽海の女のもとに帰って来ている定地坊を呼ぶと、祝い酒じゃと言って、定地坊を鄭重に持て成した。すでに、三河守は定地坊を初めとした超勝寺の者たちを手なづけて、本願寺を思いのままに操ろうという次の作戦を開始していた。
32.再会1
1
雲一つない秋空が広がっていた。
近江の国の野洲(ヤス)川沿いをのんびりと歩いている旅人の一行があった。
風眼坊舜香、お雪、下間蓮崇、弥兵の四人だった。風眼坊と蓮崇は侍姿のままだったが、お雪は女の姿に戻っていた。
加賀の国、軽海郷を出てから十三日が過ぎていた。
一行は軽海から本泉寺に向かい、蓮崇は家族に別れを告げた。そして、湯涌谷に行き、そこで弥兵と別れるつもりでいたが、弥兵は、どうしても付いて行くと言い張った。蓮崇は、自分はすでに本願寺を破門になった身だから、一緒に来ても肩身の狭い思いをするだけだと言って説得した。弥兵は、それなら自分も破門になるから一緒に連れて行ってくれと言い張った。結局、蓮崇の方が負けて、弥兵は付いて来る事となった。
その後、越中に入り、飛騨(岐阜県北部)、美濃(岐阜県中南部)を抜けて近江に入り、ようやく、飯道山の裾野までやって来た。二、三日は、ここで旅の疲れを取り、播磨に向かうつもりでいた。
蓮崇は湯涌谷を下りてから、ずっと、沈んだ顔をして俯(ウツム)きながら歩いていた。風眼坊やお雪が冗談を言って笑わせようとしても、蓮崇はただ頷くだけで笑おうとはしなかった。旅の疲れもあるだろうが、この数日間で急に年を取ったかのように妙に老け込んでしまった。時が解決してくれるだろうと思い、風眼坊は蓮崇の事を気に掛けないようにしていた。
一行は飯道山の裾野を回って飯道山の門前町へと入った。
ここも昔のような活気はなかった。風眼坊が四天王として活躍していた頃は、毎日、信者たちが行き交って賑やかだったが、年が経つにつれて信者の数が減っているようだった。他の寺院と違って信者が減っても、武術修行者の数は年を追う事に増えているので、飯道山の財政が苦しくなるという事はないが、やはり、淋しいものがあった。
風眼坊はお雪と蓮崇たちに、この山の事を説明しながら花養院へと向かった。
蓮崇は風眼坊の説明を聞いているのかいないのか、時折、顔を上げて回りを見るが、暗い顔をしたままだった。
風眼坊は花養院に行くのに、何となく気まずい思いがあった。お雪を何と言って、松恵尼に説明したらいいのだろうか迷っていた。蓮崇の娘という事にして、何とか、ごまかそうとも思ったが、松恵尼は感が鋭い、騙(ダマ)し通せるとは思えなかった。成り行きに任せるしかないと覚悟を決めて、風眼坊は花養院の門をくぐった。
相変わらず、子供たちが賑やかだった。
「もしかして、あの子たちは孤児?」とお雪は聞いた。
「そうじゃ」と風眼坊は答えた。
「ここの院主さんは松恵尼殿といってな。孤児たちを引き取って世話をしておるんじゃよ」
「風眼坊様」と金比羅坊の娘、おちいが寄って来た。
「しばらくじゃな」と風眼坊は言った。
「風眼坊様は本当は何者なんですか」とおちいは聞いた。
「はあ?」
「昔は行者(ギョウジャ)さんでした。この前はお医者様でした。そして、今度はお侍さん、一体、本当は何なんですか」
「本当は何なんじゃろうのう」と風眼坊は笑った。「最近、わしにも分からなくなってしまったわ」
「おかしいの」おちいはフフフと笑った。金比羅坊の娘とは思えないほど可愛い笑顔だった。
「親父殿から何か連絡あったか」と風眼坊は聞いた。
おちいは笑いながら頷いた。「もう少ししたらお屋敷が完成するから播磨に来いって」
「ほう、お屋敷か‥‥‥凄いのう」
「お父さん、太郎坊様の年寄衆(トシヨリシュウ)っていう役に就いたんですって、年寄衆って偉いの?」
「年寄衆か、凄いのう。おちいちゃん、年寄衆っていうのは殿様の次に偉いんじゃよ」
「ほんと、凄い」
「おちいちゃんも播磨に行ったら、お姫様じゃのう」
「あたしがお姫様? やだあ、風眼坊様ったら」
「おちいちゃん、松恵尼殿はおるか」
「あっ、そうだ、忘れてたわ。楓様に女の子が生まれたのよ。それで、松恵尼様、播磨に行ったの」
「なに、楓殿の子供がのう。そいつはめでたい事じゃ。初めての子供か」
「いいえ。風眼坊様、御存じなかったの。上に男の子がいるわ。百太郎(モモタロウ)さんていうの」
「ほう。男の子もおったのか、知らなかった‥‥‥松恵尼殿はいつ頃、帰って来るんじゃ」
「よく分からないけど、お祭りまでには帰って来るんじゃない」
「お祭り? そうか、もうすぐ祭りじゃのう。そう言えば、去年、ここに来たのも祭りの前じゃったな。あれからもう一年か‥‥‥」
「風眼坊様。仲恵尼(チュウケイニ)様、御存じでしょう」とおちいが言った。
「仲恵尼? 誰じゃろ」
「仲恵尼様は風眼坊様の事、知ってるのよ。風眼坊様がお山で剣術を教えていた頃、ここにいたんですって」
「‥‥‥ああ、思い出したわ。懐かしいのう。その仲恵尼殿が今、ここにおるのか」
おちいは頷いた。
仲恵尼というのは、当時、まだ二十歳そこそこだった松恵尼を補佐していた尼僧だった。風眼坊も当時はまだ二十歳そこそこで、松恵尼に会うために花養院に忍び込んでは、仲恵尼に怒られていた。風眼坊にとって仲恵尼は鬼よりも恐い存在だった。
風眼坊たちは客間に通され、仲恵尼と会った。もう五十歳を越えているはずなのに、相変わらず威勢のいい尼さんだった。
「風眼坊か、懐かしいのう。何しに、また舞い戻って来たんじゃ」
「何しにと言ってものう。やはり、ここは、わしにとって故郷みたいなもんじゃからのう」
「何を言っておる、お目当ては松恵尼だろうが。生憎、松恵尼は留守じゃ。当分、帰って来んじゃろう。残念じゃったな」
「仲恵尼殿には、かなわんのう。松恵尼殿が目当てで来たわけじゃないわい」
「ふん、分かるものか。松恵尼はいくつになっても綺麗じゃからのう。男どもが擦り寄って来るのも当然じゃがのう」
「仲恵尼殿はいつから、ここに?」
「今年の春からじゃ」
「今までどこに」
「伊勢の多気(タゲ)じゃ」
「ほう、北畠の所におったんですか」
「そういう事じゃ。どうじゃ、わしがいなくなってから松恵尼とはうまく行ったか」
「何を言っておるんです。松恵尼殿は男なんか近づけません」
「そうかのう。あんな、うまそうな女子は滅多におらんのにのう。おぬしでも落ちなかったか。勿体ない事よのう」
「まったく、仲恵尼殿にはかなわんのう。松恵尼殿にも面と向かってそんな事言っておるんですか」
「ああ、言うとも。しかし、松恵尼は不思議な女子(オナゴ)じゃ。もう四十は過ぎておるはずなのに、どう見ても三十位にしか見えん。松恵尼と一緒におると、わしだけが年を取ってしまったような錯覚に落ちいるわ。わしが男じゃったら絶対にものにするがのう」
「手ごわいですぞ」
「分かっておるわい。ところで、そこにおる別嬪(ベッピン)は何者じゃ」
「ああ、そうだ、紹介します」
風眼坊は、お雪、そして、蓮崇と弥兵を紹介した。
「風眼坊の妻です」とお雪は言ってしまった。
「なに、おぬしの嫁御か‥‥‥ほう、若い女子をたらし込みおったのう」
「別にたらし込んだわけではないがのう。成り行きというもんじゃ」
「ほう、成り行きね‥‥‥そう言えば、栄意坊の奴も若い女子を連れて戻って来おったわ。どいつもこいつも若い女子に手を出しおって」
「栄意坊が戻って来た?」
「ああ。お山で槍を教えておるわ」
「ほう、栄意坊の奴、今、お山におるのか。あいつに会うのも久し振りじゃのう」
風眼坊はお雪を花養院に残し、蓮崇と弥兵を連れて飯道山に登った。
山の中に、木剣の打ち合う音が響いていた。
蓮崇と弥兵の二人は、不思議な所に来たというように辺りをキョロキョロ見回していた。風眼坊は二人に飯道山の事を説明しながら赤鳥居をくぐった。
不動院に顔を出してみたが、高林坊はいなかった。
道場の方に向かう途中で高林坊とばったり出会った。
「よう、どうした、また、武器の買い付けか」と高林坊は笑いながら言った。
「いや、あれはもう終わりじゃ。今日は栄意坊に会いに来たんじゃ。奴はいつ戻って来たんじゃ」
「おう。まだ来たばかりじゃ。二ケ月位前かのう、突然、フラッと現れてのう。わしはまだ、見てはおらんが女子と一緒じゃ。奴もようやく身を固める気になったようじゃのう」
「それで、奴は今、槍を教えておるのか」
「おお、そうじゃ」
高林坊は風眼坊の後ろにいる蓮崇をじっと見ていた。
「‥‥‥勧知坊(カンチボウ)殿じゃないのか」と高林坊は蓮崇に聞いた。
「高林坊、その勧知坊というのは何者じゃ。ここに来る途中で会った山伏も、蓮崇殿を見て、勧知坊じゃないかと言っておったが」
「人違いか‥‥‥そうじゃろうのう。しかし、似ておる。そっくりじゃ」
「何者なんじゃ」
「もう二十年も前になるかのう。一年間だけじゃったが、奴はおぬしの代わりに剣術を教えておったんじゃ。かなりの腕じゃった。その頃、勧知坊殿とおぬしがやったら、どっちが強いかというのが、よく噂になったもんじゃった」
「ほう、そんな奴がおったのか、初耳じゃな。一年間で山を下りて、その後、どこに行ったんじゃ」
「わしもその頃、葛城(カツラギ)山に戻っていたんで詳しい事は知らんのじゃが、六角氏の争い事に巻き込まれて戦死したらしい」
「何じゃ、死んじまったのか」
「ああ。しかし、よく似ておるわ」
「蓮崇殿も災難じゃのう、死んだ者に間違えられるとはのう」
「まあ、もし、生きておったとしても、もう六十に近いはずじゃ。いつまでも、あの頃と同じ顔をしておるわけないからのう。あの頃の勧知坊殿にそっくりなんじゃよ」
「ふうん。勧知坊ね‥‥‥そいつは髪を剃っておったのか」
「ああ。真言の行者じゃった」
四人は槍術の道場に向かった。
栄意坊の方は風眼坊を見て、すぐに分かったようだったが、風眼坊の方は栄意坊が分からなかった。栄意坊には髭(ヒゲ)がなかった。
「風眼坊!」と喚(ワメ)きながら栄意坊は飛んで来た。「久し振りじゃのう。どこ行っておったんじゃ」
「おぬし、髭を剃るとなかなかいい男じゃのう。髭のないおぬしの顔、初めて見たぞ」
「わしが剃ったら、今度は、おぬしが口髭を伸ばしたのか」
「ああ。ちょっと町医者をやってたもんでな」
「町医者?」
「おう。気楽に町人暮らしを楽しんでおったのよ」
「ちょっと待ってろ」と栄意坊は道場に戻ると師範に一言、言って戻って来た。
蓮崇は修行者たちをじっと見ていた。
「懐かしいのう。何年振りじゃ」
「さあな。おぬしと一緒に四国まで旅したのが最後じゃったのう。あれから色々な事があったわ」
「わしも色々とあったぞ」
五人は不動院の方に向かった。
槍術の道場の隣には剣術道場があった。蓮崇は剣術道場もじっと見ていた。
「高林坊、剣術道場に慶覚坊、いや、火乱坊の伜がおるはずなんじゃが知らんか」
「なに、火乱坊の伜? そんな事、聞いておらんぞ」
「やはりのう。洲崎(スノザキ)十郎左衛門という名じゃ。なかなか、素質のある奴じゃ」
「ほう、火乱坊の伜がここにおるのか」と栄意坊は驚いた。「火乱坊の奴は今、何をしておるんじゃ」
「後で教えてやる。わしはついこの間まで奴と一緒じゃった。この蓮崇殿も一緒じゃ。奴と一緒に戦をしておったわ」
「ほう」
不動院で一休みし、今夜、『とんぼ』で飲む約束をして、風眼坊と蓮崇と弥兵は山を下りた。
山を下りる前、蓮崇は風眼坊にもう一度、道場を見たいと言い、風眼坊は喜んで蓮崇を道場に連れて行った。棒術道場を見て、剣術道場に来た時、十郎左衛門が二人に気づいた。十郎左衛門は稽古をやめて、師範に何かを言うと近づいて来た。
「風眼坊殿と蓮崇殿、お久し振りです。一体、どうしてここへ」
「ちょっとな、用があってな」と風眼坊は言った。
「そうですか‥‥‥風眼坊殿、ここは凄いです。本当に来て良かったと思います」
「そいつは良かった。親父の名前は出しておらんようじゃな」
「ええ、親父は親父です。俺は親父を乗り越えるつもりです」
「そうか、親父を乗り越えるか、頼もしい奴じゃ。後三ケ月じゃ、頑張れ」
「はい。もうすぐ、天狗太郎とも会えます。頑張ります」
「おお、そうか、十二月になれば太郎坊が来るんじゃのう」
「はい。志能便(シノビ)の術を習います」
「志能便の術か‥‥‥」
「志能便の術とは何です」と蓮崇が聞いた。
「いつか、蓮崇殿に話したじゃろう。わしの弟子の太郎坊が編み出した『陰の術』の事じゃよ」
「ああ、陰の術ですか‥‥‥」
「ここで一年間の修行に耐えた者だけに、最後の一ケ月間、その志能便の術を教える事になっておるんじゃ」
「風眼坊殿、天狗太郎は風眼坊殿のお弟子さんなのですか」と十郎が驚いた顔して聞いた。
「おお、知らなかったのか。わしのたった一人の弟子じゃ」
「風眼坊殿が天狗太郎の師匠‥‥‥そいつは凄いや。その事を知っていたら、加賀におった頃、風眼坊殿からもっと教わればよかった」
「なに、加賀におった頃のわしは医者じゃよ。人を倒すのではなくて、人を助けるのが仕事じゃ」
「お二人は、しばらく、ここにおるのですか」
「そうじゃのう。長旅で疲れたから、二、三日はのんびりするつもりじゃ」
「そうですか、山を下りられないのが残念です」
「後三ケ月の我慢じゃ。頑張れよ」
十郎と別れると、三人は槍術、薙刀術の道場を回り、飯道寺と飯道神社を参拝して山を下りた。
山を下りる頃には日が暮れかかっていた。
蓮崇は、ずっと何かを考えているようだったが、風眼坊はあえて声を掛けなかった。本願寺のために、若い者たちをここに送って鍛えようと思っているのだろうが、本願寺を破門になってしまった蓮崇には、もう、それはできない。蓮崇に本願寺の事を忘れさせるには時の流れに任せるより他はなかった。
花養院に戻るとお雪を連れて、松恵尼の経営する旅籠屋『伊勢屋』に移った。
伊勢屋から『とんぼ』はすぐ側だった。風呂に入って旅の疲れを取り、夕食を済ますと風眼坊と蓮崇は『とんぼ』に向かった。弥兵も誘ったが、わしが行っても話が分かりませんからと遠慮して旅籠屋に残った。
旅籠屋『伊勢屋』の正面に『不動町』と呼ばれる盛り場があった。この一画には、小さな居酒屋が並んでいた。『とんぼ』という店は、この一画の中で一番古い店だった。小さな店のほとんどは、二、三年もすれば名前が変わって行ったが、『とんぼ』だけは変わらず、久し振りにここに来た山伏たちは必ず、『とんぼ』の親爺の所に顔を出していた。
『とんぼ』には、まだ、誰もいなかった。
「不景気そうじゃのう」と風眼坊は親爺に声を掛けた。
「おお、風眼坊か‥‥‥一年振りか。今度は医者をやめて侍になったのか」
「浪人じゃ。仕官口はないかのう」
「おぬし程の腕があれば、どこでも仕官できるわ。その気があればの話じゃがな」
「残念ながら、その気がないんで困っておるわ‥‥‥どうじゃ、景気いいか」
「最近はさっぱりじゃ」
「お山の連中もあまり来んのか」
「来ない事もないが景気は悪いのう。お山に登る信者たちの数が減っておるからのう。遊女屋なんか、かなり、こたえておるようじゃ。最近になって遊女の数が減って来ておる。ただ飯を食わせておくわけにはいかんからのう」
「そうか。不景気か‥‥‥」
「戦場が儲かるといって、遊女たちを引き連れて戦場に行った者もおったが、どうなった事やら」
「戦場に女子を連れて行ったのか‥‥‥確かに儲かるかもしれんが、女子たちが可哀想じゃのう」
「ああ、可哀想じゃ」
「ついこの間も遊女の一人が首を吊ったわ。可哀想な事じゃ」
「首を吊ったか‥‥‥」
「首を吊るのもおれば、足を洗って飲屋を出すのもいる。世の中様々じゃ」
「ほう。遊女が店を出したか」
「お山のお偉いさんが後ろに付いておるんじゃろ」
「じゃろうのう」
「戦で大儲けした奴もおるんじゃ。人々を救うべきお山が、先頭になって戦の後押しをしておるんじゃから世も末じゃ。まあ、そんな事は今に始まったわけじゃないがのう。わしは、おぬしが医者をやっておると聞いて嬉しかったぞ。あれだけの腕を持ちながら戦に参加しないで、戦の負傷者の治療をしておるとはのう。さすがじゃのう」
「なに、成り行きじゃ‥‥‥そうじゃ、親爺、聞きたかった事があったんじゃ」
「何じゃ」
「去年の暮れ、太郎坊の奴は来たのか」
「おお、来たとも。弟子を一人連れて、現れたわ」
「弟子? どんな奴じゃ」
「八郎坊とかいったのう。とぼけた奴じゃった。あれで、志能便の術など教えられるのか、と思う程の調子者じゃったわ」
「そうか、八郎坊か‥‥‥」
「今年も、もうすぐじゃな。今、播磨の方におるとか言っておったが、太郎坊の奴、一回りも二回りも大きくなったようじゃった。貫禄が付いて来たわ」
「そうか、貫禄が付いて来たか‥‥‥これから、播磨に行ってみようと思っとるんじゃ。会うのが楽しみじゃわ」
「太郎坊も、そなたに会いたがっておったぞ」
「奴はここに来たのか」
「ああ。最後に恒例の飲み会があるじゃろ。その帰りにフラッと来て、寄って行ったわ」
「そうか、ここで飲んで行ったか‥‥‥やはり、親爺に聞けば何でも分かるのう。親爺は、ここの主(ヌシ)じゃのう」
高林坊と栄意坊が揃って入って来た。
「ほう、四天王のうちの三人のお揃いか、珍しい事じゃのう。後の一人は全然、見んのう」
「後の一人の息子が今、お山におる」と風眼坊は言った。
「なに、火乱坊の息子がおるのか‥‥‥そろそろ世代交代の時期か‥‥‥みんな、年を取ったという事じゃのう」
酒を飲みながら、四人は別れて以来のお互いの事を話し合った。話はいつになっても尽きなかった。
蓮崇は興味深そうに三人の話を聞いていた。蓮崇にはまったく縁のない話だったが、黙って聞いていた。三人が羨ましかった。皆、一流の武芸者だった。ここの親爺が言う通り、武士になれば一角(ヒトカド)の武将になる事は確かだった。しかし、彼らは自分の腕を売るという事はしなかった。
慶覚坊(火乱坊)の話になった。蓮崇は本願寺の事を二人に説明した。蓮崇の話を聞いて、高林坊も栄意坊もようやく、火乱坊が何をしようとしているのか分かったようだった。
「火乱坊の奴、そんな事をしておったのか」と栄意坊は言った。
「羨ましい奴よ。奴は本願寺のために命を張っておる」と風眼坊は言った。
「そうか、命を張っておるか‥‥‥」と高林坊は言った。
高林坊は四人の中で一番真面目な男だった。
四天王と呼ばれていた頃、初めに山を下りたのは栄意坊だった。次に風眼坊と火乱坊が山を下りた。最後に残った高林坊は責任者として各道場をまとめなくてはならなかった。それでも、各道場にそれぞれ四天王に代わる後継者もでき、高林坊は風眼坊たちが山を下りた二年後には葛城山に帰った。他の三人は山を下りるとフラフラと旅に出たが、高林坊は旅には出ず、まっすぐに葛城山に帰った。葛城山に帰って嫁を貰った。
高林坊は葛城山の先達(センダツ)として信者たちの面倒を見ていた。やがて、子供も生まれ、高林坊は大先達となり、葛城山の修行者たちの面倒も見るようになった。そして、飯道山を去ってから十年後、飯道山に武術道場を作り、その中心となっていた親爺と呼ばれる山伏が訪ねて来た。親爺は高林坊に、自分の後継者となって飯道山の武術道場を盛んにしてくれと頼んだ。他の三人はどこにいるのやら、まったく、分からん。高林坊だけが頼りだと言われて頼まれた。
高林坊は飯道山に戻る決心をして、家族を連れて飯道山にやって来た。それから、すでに八年が経っていた。そして、このまま、死ぬまでここにいるだろうと思っていた。決して、ここでの仕事が嫌なわけではないが、高林坊にしても、火乱坊や風眼坊、栄意坊のような気ままな事がしてみたかった。火乱坊の話を聞いて、羨ましいと思ったのは高林坊も同じだった。ここにいて、毎日、同じ事をしているより、火乱坊のように命を懸けて何かをしてみたかった。
高林坊には三人の子供がいた。十六歳の娘と十四歳の息子と十一歳の息子だった。娘を嫁に出し、息子たちがもう少し大きくなったら、この山を下りようか、と最近、本気になって考えていた。別に何をするという当てもないが、ここを離れて何かがしたかった。蓮崇と風眼坊の話を聞きながら、火乱坊に会ってみたいと高林坊は思っていた。
「加賀か‥‥‥」と栄意坊が言った。
栄意坊は風眼坊と同じように、今まで、ずっとフラフラしていた。何かをしたいのだが、何をしたらいいのか分からず、一ケ所に長くいる事もなく、フラフラしていた。
二年前、百地(モモチ)弥五郎の所を去って東国に旅立った。そして、三河の山の中で一人の女と出会った。山奥に小屋を建てて、女は一人で暮らしていた。
栄意坊は不思議に思って、女に近づいた。女は警戒して小屋に逃げ、刀を手にした。栄意坊が何を言っても聞かなかった。女は自分の首に刀を当てた。栄意坊は女から離れた。女の住む小屋は小川のほとりに立っていた。栄意坊は小川を渡り、女の小屋の対岸に小屋を建てて、そこで暮らし始めた。
山奥に二人だけでいるのに、お互いに何も喋らずに一ケ月が流れた。
誰も、こんな山奥には入って来なかった。
一ケ月が過ぎ、お互いに何も喋らなかったが、次第に、気持ちは通じ合うようになっていた。栄意坊は川で魚を取ると女の方に放り投げてやったりした。時には、女の方から木の実などをくれる事もあった。
二ケ月が過ぎた。
ある日、大雨が降って川の水は増え、栄意坊の小屋は流された。女の小屋は大丈夫だった。雨がやみ、川の水が引けると、栄意坊はまた、小屋を建てようとした。女がそれを見ながら栄意坊を手招きした。栄意坊は川を渡って、女の小屋の方に向かった。
女はようやく、栄意坊を信用して自分の身の上を語った。
女の名前はお円(エン)といい、戦に負けて、家も土地も失い、亭主と子供を連れて山に逃げて来た。他にも家来たちが何人かいたが、途中ではぐれてしまい、お円と亭主と子供と家来の一人が、ここにたどり着いた。ここに小屋を建て、隠れて暮らしていたが、昨日のような大雨に会って小屋は流され、その時、子供も流されてしまった。
子供を失い、お円は悲しみ、亭主は跡継ぎを無くしたと半狂乱になったという。跡継ぎを亡くしてしまったら、お家の再興はできない、わしは一人でも敵と戦うと亭主は山から出ようとした。一緒にいた家来は亭主に命じられ、偵察をしに山から出て行った。しかし、それきり戻っては来なかった。亭主は家来が裏切ったと思い込み、お円に八つ当りをした。子供はまた作ればいいと慰めたが駄目だった。亭主はとうとう、お円を置いて山から出て行った。亭主が山から出て行ってから、もう四年も経っているという。
栄意坊は、まだ、亭主を待っているつもりか、と聞いた。
お円は首を振った。
二年目までは待っていたが、それから後は、もう諦めたと言う。山から出ようと思ったが、どうやって出たらいいのか分からないし、山から出ても頼る人はいない。ここに隠れていれば誰も来ないし、生きて行く事はできる。尼僧になったつもりで、子供と一族の菩提(ボダイ)を弔(トムラ)いながら、一生、ここで暮らそうと覚悟を決めていたという。
その後、二人は一つの小屋で、一冬を過ごした。
栄意坊もお円も幸せだった。誰にも邪魔されないで、二人とも子供に返ったように、二人だけの時を充分に楽しんだ。そして、春になり、二人は山を下りた。
お円の亭主の消息は分からなかった。両親は亡くなっていた。
栄意坊はお円を連れて飯道山に来た。高林坊に頼み、お円と暮らすために槍術の師範となった。二人は山のふもとの宿坊の立ち並ぶ一画に小さな家を借りて住んでいた。
火乱坊の話から、女の話になり、栄意坊は事の成り行きをみんなに話した。
「ほう。今が一番、幸せな時じゃのう」と風眼坊は言った。
栄意坊は照れながら頷いた。
「いつか、おぬしから死んだ女の事を聞いた事があったな。おぬしが女と暮らすのは、それ以来じゃな」
「ああ。そうじゃ。もう二十年も前の事じゃ。わしは、おれいが死んだ後、死ぬつもりじゃった。死ぬつもりで戦に出た‥‥‥しかし、死ねなかった‥‥‥」
「死ねなくてよかったわけじゃ。お円殿に会えたんじゃからな」
「まあ、そうじゃのう。しかし、お円はおれいにそっくりなんじゃよ。顔は似ておらんがのう。仕草とか、性格とか、そっくりなんじゃ」
「それで、おぬしはその女の側を離れなかったんじゃな」
「不思議な事に離れられなかったんじゃ」
「ほう、離れられなかったと来たか」と高林坊は笑った。
「実は、わしも若い女房ができたんじゃ」と風眼坊が今度は言った。
風眼坊はお雪との出会いから話した。蓮崇も知らない事だった。皆、面白がって風眼坊の話を聞いていた。
夜は更け、客たちは入れ代わっていたが、四人の話はいつまで経っても尽きなかった。一番最初から一番最後まで居座っていた。店の親爺は朝までやっていても構わんぞと言ってくれたが、親爺の言葉に甘えるわけにもいかないのでお開きにした。このまま、伊勢屋に行って飲もうと誘ったが、栄意坊は帰りたそうだったので無理に引き留めなかった。
高林坊と栄意坊の二人は帰って行った。
風眼坊と蓮崇は二人を見送る伊勢屋に向かった。
「みんな、いい奴じゃろう。わしらは若い頃、一緒に騒いだ仲間なんじゃ。三人が揃ったのは、もう五年以上前じゃったのう。慶覚坊の奴が来れば、二十年振りに四人揃うんじゃがのう。奴は当分、それどころではないのう」
「羨ましい事です」と蓮崇は言った。
「何を言っておる。わしは、そなたが羨ましかったわ。本願寺のために生きておる仲間が大勢、おるんじゃからな」
「もう、いません」
「いや、それは違う。そなたが破門になったからといって、たとえば、慶覚坊じゃが、奴はそなたが破門になっても、以前のごとく仲間じゃと思っておるはずじゃ。慶覚坊だけじゃないじゃろう。慶聞坊だって、蓮如殿だって、みんな、そなたの事を忘れる事はない」
「しかし、わしにはもう何もできません」
「そうかな。それは、そなた次第じゃ」
「どういう意味です」
「破門になったとしても、そなた次第で、本願寺のために生きる事はできる」
「それは、どういう意味です」
「それは自分で決めるしかない」
伊勢屋に帰るとお雪はもう寝ていたが、弥兵は寝ずに待っていた。
「さて、ゆっくりと寝るか。蓮崇殿、たまには、昼頃まで、のんびり寝てみるのもいいもんじゃぞ」と風眼坊は言うと、お雪の寝ている部屋に入った。
蓮崇は弥兵を連れて、隣の部屋に入った。
「もう、お前はわしの下男ではない。ただの連れじゃ。わざわざ、わしを待っておる事はない。先に寝ておってもいいんじゃぞ」
「へい」
「もう寝ろ」
「へい。蓮崇殿は、まだ寝ないのですか」
「わしも寝る」
弥兵は横になった。
蓮崇は坐り込んだまま、風眼坊の言った事を考え込んでいた。
風眼坊は、破門になっても本願寺のために何かがやれる、と言った。しかし、そんな事ができるとは思えなかった。
蓮崇は夜が明けるまで、考え続けていたが結論は出なかった。
風眼坊は昼近くまで、のんきに寝ていた。この地に来ると風眼坊はすっかり安心して高鼾(タカイビキ)をかいて眠っていた。
お雪は朝早くから起きて、弥兵を連れて町をブラブラと散歩し、花養院まで来て子供たちと遊んでいた。子供の中の一人が腹をこわしたというので、お雪は診てやった。
それを見ていた妙恵尼と孝恵尼は、お雪の適切な処置に驚いた。まだ若い娘が、これ程までも医術を心得ているとは信じられない事だった。さっそく、お雪の事は仲恵尼に告げられ、お雪は仲恵尼に呼ばれた。
お雪は仲恵尼に、風眼坊から教わったという事を話した。
仲恵尼はお雪から、加賀の国で戦の負傷者を治療して回ったという事を聞き、何度も頷きながら、あの風眼坊がそんな事をしていたのか、と涙を溜めて喜んでいた。まるで、母親が息子の事を聞いているかのように、お雪の話を聞いていた。
「そうか、風眼坊がのう‥‥‥そうか、そうか」と仲恵尼は何度も言った。
お雪は、そんな仲恵尼を見ながら風眼坊の昔話を聞いていた。
お客が訪ねて来て、仲恵尼は部屋から出て行った。
お雪は子供たちの所に戻った。しばらくして、お雪はまた呼ばれ、一人の僧侶と会わされた。その僧侶を風眼坊の所に連れて行ってくれと頼まれた。
その僧侶は風眼坊の事をよく知っていた。伊勢屋に行く途中、僧侶はしきりに、「懐かしいのう」と言いながら町を眺めていた。
お雪に向かって、「小太郎も若いのう」と一言、笑いながら言ったが、自分と風眼坊の関係は話してくれなかった。
お雪が僧侶を連れて部屋に行くと、風眼坊はまだ寝ていた。
起こそうとして、お雪が部屋に入って行こうとしたら僧侶は引き留めた。
僧侶はそおっと部屋に入って行き、風眼坊の頭の下の枕を蹴飛ばした。
風眼坊の動きは素早かった。
枕が飛ぶのと同時に起き、側に置いておいた刀を手に取ると、刀身を半分程抜いて構えた。僧侶の方も持っていた杖を構えていた。
お雪もとっさに帯に差してある笛をつかんでいた。
緊張していた風眼坊の顔がだんだんと緩んで、「新九郎か」と言った。
僧侶は頷いた。
「脅かすな」と言うと風眼坊は刀を納めた。
「若い女子を女房にして、腑抜けになってはおらんかと心配してやったんじゃ」
「余計なお世話じゃ。しかし、どうしたんじゃ、どうして、ここにおる」
「おぬしの方こそ、どうしてここにおるんじゃ。わしはおぬしが駿河に来るじゃろうと待っておったが、いつになっても来ん。まあ、こんな若い女子と一緒にいたら、それも無理ない事じゃがのう」
「まあ、焼くな。しかし、不思議な縁じゃのう。みんな、お山の力に引かれるように、ここに集まって来るのう。栄意坊も今、ここにおるんじゃ」
「なに、栄意坊もおるのか」
「ああ、夕べ、『とんぼ』で飲んだんじゃ。こいつは今晩も飲む事になりそうじゃのう。しかし、その頭、なかなか似合っておるのう。火乱坊の奴も今、そんな頭をしておる」
「なに! 火乱坊もおるのか」
「いや、火乱坊は加賀じゃ。ついこの間まで、わしらは加賀におったんじゃ」
二人はさっそく話し込んでいた。
お雪は側に坐って、二人のやり取りを聞いていた。そのうちに蓮崇も現れ、話を聞いていた。
蓮崇は一睡もしなかったと見えて、やつれた顔をしていた。
話が一段落すると、風眼坊は早雲と蓮崇と共に山に登り、お雪と弥兵は花養院に行った。
山の上では風眼坊が来ている事が噂になっていて、風眼坊は修行者の前で剣術を披露しなければならなかった。
風眼坊と早雲は木剣を持って試合をした。腕は風眼坊の方が上だったが、早雲の腕も大したもので、今いる師範以上の腕を持っていた。
修行者たちは目を見張って、二人の技の冴えを見ていた。
蓮崇も二人の動きをじっと見ていた。
蓮崇にとっても風眼坊の腕を見るのは初めてだった。実際にこの目で見て、驚かずにはいられなかった。越前の大橋勘解由左衛門(カゲユザエモン)の師匠だったと話では聞いていたが、凄いものだった。これだけの腕を持っていれば、戦に出ても向かう所、敵なしだろうと思った。慶覚坊が風眼坊を本願寺の門徒にしたかった訳も充分に納得できた。蓮崇は風眼坊の強さを見て、さらに自己嫌悪に陥って行った。
その晩、早雲も加わって、また『とんぼ』で一緒に飲んだ。その晩の話題の中心は、やはり、早雲だった。頭を丸めて東国に旅立って以来、四年振りに飯道山に来たのだった。
今回、早雲が戻って来たのは娘を嫁に出すためだった。
早雲には十七歳になる娘が一人あった。早雲は十八年前、居候(イソウロウ)していた伊勢駿河守貞高の薦めで、同じ伊勢一族の娘を嫁に貰っていた。子供は娘一人だけだった。妻と娘は京に戦が始まってから、妻の実家に預けたままだった。僧侶として駿河に行ったため、妻と娘を呼ぶ事はできなかった。また、呼んだとしても、知らない土地に来るような妻ではなかった。知らない土地に行くより、一族のもとにいれば何不自由なく暮らして行く事ができる。妻にとって、早雲など、いてもいなくてもいい存在だった。早雲の方でも妻の我がままを持て余していた。妻の所に戻る気はなかった。妻の所に戻れば、また、幕府に仕えなければならなくなるだろう。もう、幕府との縁は切りたかった。煩(ワズラ)わしい事など考えず、駿河で気楽に暮らしていた方が楽しかった。しかし、一人娘の事は気になっていた。その娘も、どうせ、一族の者の所に嫁いで、退屈な日々を送る事になるだろうが、早雲が口出しする事はできなかった。せめて、嫁に行く時位は祝ってやりたかった。
知らせを受けると早雲は駿河を後にして京に向かった。無事、娘も嫁に行き、早雲は早々と京から離れた。
早雲は今回、京に行くに当たって、是非、会いたい人がいた。
それは一休禅師だった。駿河では早雲は一休禅師の弟子で通っていた。しかし、面識はあっても弟子ではなかった。早雲は正式に弟子にはなれないにしろ、もう一度、一休と会って教えを受けたかった。
早雲は京を出ると、一休のいる薪(タキギ)村(京都府田辺町)の酬恩庵(シュウオンアン)に向かった。
一休は早雲の事を覚えていてくれた。しかし、教えを請う事はできなかった。一休はお森(シン)という盲目の女と一緒に暮らしていた。
早雲は一瞬、目を疑った。一休ともあろう禅師が女犯(ニョボン)を犯していた。早雲も一休の風変わりな行ないは知っていた。しかし、それは、今の禅宗の在り方を批判するための行動だと思っていた。まさか、実際に、女と一緒に暮らしているとは思ってもいなかった。
早雲は、一休とお森という女のやり取りを見ながら、見なければよかったと後悔した。
早雲はほんの少しの間、一休と話をしただけで酬恩庵を後にした。
一休を見損なった、と思った。
昔はあんな人ではなかった、と思った。
一休の禅こそ、本物だと信じていた。
一休は、どうして、あんな風になってしまったのだろう。
早雲は歩きながら考えていた。考えながら、本物の禅とは一体何なんだろう、と思った。
女と一緒に暮らせば、禅者ではなくなるのだろうか。
禅とは、そんなものではないはずだった。
禅とは何か、という答えを見つけるため、早雲はもう一度、酬恩庵に戻る事にした。
早雲は一休とお森の仲睦まじい生活を見守りながら、本物の禅とは何か、真剣に考えた。
座禅をするだけが禅ではない。
常住坐臥(ジョウジュウザガ)、すべてに置いて禅の境地でいなければならないはずだ。
禅は大寺院の中にいる坊主だけのものではない。人間本来の姿で生活し、その生活の中に生きていなければ無意味と言えた。
一休は本物の禅をさらに進め、それを実践しているのかもしれない‥‥‥と早雲は考え直した。
形式にこだわり過ぎていたのかもしれないと思った。世を捨て、禅の世界に生きようと、頭を剃って禅僧のなりをした。確かに禅僧の格好をしていれば、回りは早雲を禅僧と見てくれた。正式に出家したわけではなかったが、駿河では早雲禅師で通っていた。回りから偉い和尚さんだと言われ、得意になっていた。しかし、反面、偽者だとばれやしないかと心配した事もないわけではなかった。今回、一休を訪ねたのも、本当の所を言えば、一休の正式の弟子となって、できれば、一休から印可状を貰い、本物の禅僧になりたかったからだった。そんな思いで訪ねた一休の姿を見て、早雲は初め、失望した。しかし、そのうちに、一休に思いきり殴られたような衝撃を感じるようになって行った。
早雲は自分がかつて一休と共に語った堕落した禅僧というものに、知らないうちに自分が近づいていたという事に気づいた。二人が語った堕落した禅僧というものは、ろくに修行もしないで、師匠からの印可状ばかり欲しがり、禅僧とは名ばかりで俗世間において出世する事ばかり考えている者たちの事だった。
禅の世界は自力本願だった。自分の力で悟らなければならず、決して、人から教えられて分かるものではなかった。たとえ師匠であっても、助ける事はできるが教える事はできない。
一休から見れば、印可状などというのは、単なる自己満足でしかない無用な物であった。禅僧とはいえ、心というものは脆い。自分が開いた悟りを誰かに認められたいと誰もが思う。そして、師匠から印可状を貰って、初めて悟った事を確信する。しかし、一度、悟れば、それで終わりというわけではない。人間、生きている以上、次々に悩みは生まれて来る。それを次々に乗り越える事によって、さらに大きな悟りの境地に達する。悩み、悟り、そして悩み、また悟る、生きている以上、その繰り返しだった。
本物の禅には印可状など、ないはずだった。
早雲はその印可状が欲しいために、ここを訪れ、一休の姿を見て、思いきり殴られたような衝撃を感じ、そんな事を考えていた自分を恥じた。一休は自分が考えていた以上に先を歩いていた。早雲は俗世間における形式にこだわっていた自分を恥じた。
早雲も男だった。女を見ても何にも感じないような木偶(デク)の坊ではなかった。しかし、僧侶の振りをしているため、今まで色欲(シキヨク)を抑えて来た。禅僧として、それが当然な事だと思っていた。禅僧としては当然かもしれないが、それは、本物の禅とは言えなかった。
本物の禅とは、何事にも縛られない、融通無碍(ユウヅウムゲ)の境地の事だと思った。欲望を抑えて女を避けているうちは融通無碍の境地とは言えない。何人もの女に囲まれながらも、心を奪われないような境地にならなければならないのだった。
何事にも囚われず、まったくの自由な境地‥‥‥
その境地まで行くのは、決して簡単な事ではない。しかし、本物の禅の境地とは、そのようなものに違いないと悟った。
一休は八十歳を過ぎ、まさしく、その境地に達しようとしているのであった。すでに、融通無碍の境地の中で、お森という女と遊んでいるのかもしれない。
早雲は一休だけでなく、お森という盲の女も観察していた。この女も一休と同じ境地にいるように思えた。目が見えないため、一休のように苦労しなくても、その境地にたどり着く事ができたのかもしれなかった。
早雲は晴れ晴れした気持ちで酬恩庵を後にした。そして、久し振りに松恵尼に挨拶をして行こうと思い、飯道山に向かった。
「ほう。おぬし、一休禅師を知っておったのか」と風眼坊は驚いた。
最近、やけに一休禅師と縁のある風眼坊だった。本人には会った事はないが、一休と縁のある人間に何人も会っていた。彼らは皆、一休を慕っていた。越前の絵師の曾我蛇足(ソガジャソク)、茶人の村田珠光(ジュコウ)、彼らは一休の弟子で、蓮如も一休の事は気に掛けていた。そして、新九郎(早雲)までもが、一休の影響を受けていた。
風眼坊も是非、一度、一休禅師と会ってみたいと思った。
早雲は今回の旅の事を話すと、今度は駿河の事を話した。いい所じゃから、是非、来てくれと皆に薦めた。
風眼坊は行くと答えた。しかし、その前に播磨に行くと言った。
「播磨に伜がおるんでな。ちょっと、顔を見て来る」
「ほう。おぬしの伜が播磨におるのか、播磨で何をしてるんじゃ」
「武士になったらしい。そういえば、おぬしも太郎の事、知っておるんじゃったのう」
「太郎?」
「ああ、そうじゃ。応仁の戦が始まった頃、おぬしが京まで連れて行った小僧じゃ」
「ああ、水軍の小伜か‥‥‥確か、奴は花養院にいた娘と一緒になって、愛洲の里に帰ったと松恵尼殿から聞いたぞ」
「ああ。一度は帰ったんじゃがの。しかし、不思議な事があるもんじゃのう。わしがあいつに会う前に、あいつがおぬしと会っておったとはのう」
「ああ、わしも驚いたわ。あの時の小僧がおぬしの弟子になって、このお山で修行をしておったと聞いた時はのう。しかも、陰の術など編み出して、知らん者がおらん程、有名になるとはのう。まったく信じられん事じゃった」
「その太郎の奴が、また、ここに戻って来て、一騒ぎあっての、今、播磨で赤松家の武将になっておるんじゃ。わしの伜は太郎の弟子になって播磨に行き、太郎の家臣だそうじゃ」
「赤松家の武将?」
「ああ、そうじゃ。まあ、詳しい事は後で話す。それより駿河の事をみんなに聞かせろ」
その日の晩も、遅くまで『とんぼ』で飲んでいた。
伊勢屋に帰ってからも風眼坊と早雲は話し続けていた。夜が明ける頃になって、ようやく二人は横になった。
早雲は風眼坊たちと一緒に播磨に行く事になった。駿河に急いで帰る理由はなかった。早雲も太郎と再会したかった。播磨でのんびりして、どうせ、太郎は十一月の末には飯道山に来るはずだから、一緒にここに戻って来て、それから、今度は駿河に向かおうという事に決まった。
「もしかして、あの子たちは孤児?」とお雪は聞いた。
「そうじゃ」と風眼坊は答えた。
「ここの院主さんは松恵尼殿といってな。孤児たちを引き取って世話をしておるんじゃよ」
「風眼坊様」と金比羅坊の娘、おちいが寄って来た。
「しばらくじゃな」と風眼坊は言った。
「風眼坊様は本当は何者なんですか」とおちいは聞いた。
「はあ?」
「昔は行者(ギョウジャ)さんでした。この前はお医者様でした。そして、今度はお侍さん、一体、本当は何なんですか」
「本当は何なんじゃろうのう」と風眼坊は笑った。「最近、わしにも分からなくなってしまったわ」
「おかしいの」おちいはフフフと笑った。金比羅坊の娘とは思えないほど可愛い笑顔だった。
「親父殿から何か連絡あったか」と風眼坊は聞いた。
おちいは笑いながら頷いた。「もう少ししたらお屋敷が完成するから播磨に来いって」
「ほう、お屋敷か‥‥‥凄いのう」
「お父さん、太郎坊様の年寄衆(トシヨリシュウ)っていう役に就いたんですって、年寄衆って偉いの?」
「年寄衆か、凄いのう。おちいちゃん、年寄衆っていうのは殿様の次に偉いんじゃよ」
「ほんと、凄い」
「おちいちゃんも播磨に行ったら、お姫様じゃのう」
「あたしがお姫様? やだあ、風眼坊様ったら」
「おちいちゃん、松恵尼殿はおるか」
「あっ、そうだ、忘れてたわ。楓様に女の子が生まれたのよ。それで、松恵尼様、播磨に行ったの」
「なに、楓殿の子供がのう。そいつはめでたい事じゃ。初めての子供か」
「いいえ。風眼坊様、御存じなかったの。上に男の子がいるわ。百太郎(モモタロウ)さんていうの」
「ほう。男の子もおったのか、知らなかった‥‥‥松恵尼殿はいつ頃、帰って来るんじゃ」
「よく分からないけど、お祭りまでには帰って来るんじゃない」
「お祭り? そうか、もうすぐ祭りじゃのう。そう言えば、去年、ここに来たのも祭りの前じゃったな。あれからもう一年か‥‥‥」
「風眼坊様。仲恵尼(チュウケイニ)様、御存じでしょう」とおちいが言った。
「仲恵尼? 誰じゃろ」
「仲恵尼様は風眼坊様の事、知ってるのよ。風眼坊様がお山で剣術を教えていた頃、ここにいたんですって」
「‥‥‥ああ、思い出したわ。懐かしいのう。その仲恵尼殿が今、ここにおるのか」
おちいは頷いた。
仲恵尼というのは、当時、まだ二十歳そこそこだった松恵尼を補佐していた尼僧だった。風眼坊も当時はまだ二十歳そこそこで、松恵尼に会うために花養院に忍び込んでは、仲恵尼に怒られていた。風眼坊にとって仲恵尼は鬼よりも恐い存在だった。
風眼坊たちは客間に通され、仲恵尼と会った。もう五十歳を越えているはずなのに、相変わらず威勢のいい尼さんだった。
「風眼坊か、懐かしいのう。何しに、また舞い戻って来たんじゃ」
「何しにと言ってものう。やはり、ここは、わしにとって故郷みたいなもんじゃからのう」
「何を言っておる、お目当ては松恵尼だろうが。生憎、松恵尼は留守じゃ。当分、帰って来んじゃろう。残念じゃったな」
「仲恵尼殿には、かなわんのう。松恵尼殿が目当てで来たわけじゃないわい」
「ふん、分かるものか。松恵尼はいくつになっても綺麗じゃからのう。男どもが擦り寄って来るのも当然じゃがのう」
「仲恵尼殿はいつから、ここに?」
「今年の春からじゃ」
「今までどこに」
「伊勢の多気(タゲ)じゃ」
「ほう、北畠の所におったんですか」
「そういう事じゃ。どうじゃ、わしがいなくなってから松恵尼とはうまく行ったか」
「何を言っておるんです。松恵尼殿は男なんか近づけません」
「そうかのう。あんな、うまそうな女子は滅多におらんのにのう。おぬしでも落ちなかったか。勿体ない事よのう」
「まったく、仲恵尼殿にはかなわんのう。松恵尼殿にも面と向かってそんな事言っておるんですか」
「ああ、言うとも。しかし、松恵尼は不思議な女子(オナゴ)じゃ。もう四十は過ぎておるはずなのに、どう見ても三十位にしか見えん。松恵尼と一緒におると、わしだけが年を取ってしまったような錯覚に落ちいるわ。わしが男じゃったら絶対にものにするがのう」
「手ごわいですぞ」
「分かっておるわい。ところで、そこにおる別嬪(ベッピン)は何者じゃ」
「ああ、そうだ、紹介します」
風眼坊は、お雪、そして、蓮崇と弥兵を紹介した。
「風眼坊の妻です」とお雪は言ってしまった。
「なに、おぬしの嫁御か‥‥‥ほう、若い女子をたらし込みおったのう」
「別にたらし込んだわけではないがのう。成り行きというもんじゃ」
「ほう、成り行きね‥‥‥そう言えば、栄意坊の奴も若い女子を連れて戻って来おったわ。どいつもこいつも若い女子に手を出しおって」
「栄意坊が戻って来た?」
「ああ。お山で槍を教えておるわ」
「ほう、栄意坊の奴、今、お山におるのか。あいつに会うのも久し振りじゃのう」
風眼坊はお雪を花養院に残し、蓮崇と弥兵を連れて飯道山に登った。
2
山の中に、木剣の打ち合う音が響いていた。
蓮崇と弥兵の二人は、不思議な所に来たというように辺りをキョロキョロ見回していた。風眼坊は二人に飯道山の事を説明しながら赤鳥居をくぐった。
不動院に顔を出してみたが、高林坊はいなかった。
道場の方に向かう途中で高林坊とばったり出会った。
「よう、どうした、また、武器の買い付けか」と高林坊は笑いながら言った。
「いや、あれはもう終わりじゃ。今日は栄意坊に会いに来たんじゃ。奴はいつ戻って来たんじゃ」
「おう。まだ来たばかりじゃ。二ケ月位前かのう、突然、フラッと現れてのう。わしはまだ、見てはおらんが女子と一緒じゃ。奴もようやく身を固める気になったようじゃのう」
「それで、奴は今、槍を教えておるのか」
「おお、そうじゃ」
高林坊は風眼坊の後ろにいる蓮崇をじっと見ていた。
「‥‥‥勧知坊(カンチボウ)殿じゃないのか」と高林坊は蓮崇に聞いた。
「高林坊、その勧知坊というのは何者じゃ。ここに来る途中で会った山伏も、蓮崇殿を見て、勧知坊じゃないかと言っておったが」
「人違いか‥‥‥そうじゃろうのう。しかし、似ておる。そっくりじゃ」
「何者なんじゃ」
「もう二十年も前になるかのう。一年間だけじゃったが、奴はおぬしの代わりに剣術を教えておったんじゃ。かなりの腕じゃった。その頃、勧知坊殿とおぬしがやったら、どっちが強いかというのが、よく噂になったもんじゃった」
「ほう、そんな奴がおったのか、初耳じゃな。一年間で山を下りて、その後、どこに行ったんじゃ」
「わしもその頃、葛城(カツラギ)山に戻っていたんで詳しい事は知らんのじゃが、六角氏の争い事に巻き込まれて戦死したらしい」
「何じゃ、死んじまったのか」
「ああ。しかし、よく似ておるわ」
「蓮崇殿も災難じゃのう、死んだ者に間違えられるとはのう」
「まあ、もし、生きておったとしても、もう六十に近いはずじゃ。いつまでも、あの頃と同じ顔をしておるわけないからのう。あの頃の勧知坊殿にそっくりなんじゃよ」
「ふうん。勧知坊ね‥‥‥そいつは髪を剃っておったのか」
「ああ。真言の行者じゃった」
四人は槍術の道場に向かった。
栄意坊の方は風眼坊を見て、すぐに分かったようだったが、風眼坊の方は栄意坊が分からなかった。栄意坊には髭(ヒゲ)がなかった。
「風眼坊!」と喚(ワメ)きながら栄意坊は飛んで来た。「久し振りじゃのう。どこ行っておったんじゃ」
「おぬし、髭を剃るとなかなかいい男じゃのう。髭のないおぬしの顔、初めて見たぞ」
「わしが剃ったら、今度は、おぬしが口髭を伸ばしたのか」
「ああ。ちょっと町医者をやってたもんでな」
「町医者?」
「おう。気楽に町人暮らしを楽しんでおったのよ」
「ちょっと待ってろ」と栄意坊は道場に戻ると師範に一言、言って戻って来た。
蓮崇は修行者たちをじっと見ていた。
「懐かしいのう。何年振りじゃ」
「さあな。おぬしと一緒に四国まで旅したのが最後じゃったのう。あれから色々な事があったわ」
「わしも色々とあったぞ」
五人は不動院の方に向かった。
槍術の道場の隣には剣術道場があった。蓮崇は剣術道場もじっと見ていた。
「高林坊、剣術道場に慶覚坊、いや、火乱坊の伜がおるはずなんじゃが知らんか」
「なに、火乱坊の伜? そんな事、聞いておらんぞ」
「やはりのう。洲崎(スノザキ)十郎左衛門という名じゃ。なかなか、素質のある奴じゃ」
「ほう、火乱坊の伜がここにおるのか」と栄意坊は驚いた。「火乱坊の奴は今、何をしておるんじゃ」
「後で教えてやる。わしはついこの間まで奴と一緒じゃった。この蓮崇殿も一緒じゃ。奴と一緒に戦をしておったわ」
「ほう」
不動院で一休みし、今夜、『とんぼ』で飲む約束をして、風眼坊と蓮崇と弥兵は山を下りた。
山を下りる前、蓮崇は風眼坊にもう一度、道場を見たいと言い、風眼坊は喜んで蓮崇を道場に連れて行った。棒術道場を見て、剣術道場に来た時、十郎左衛門が二人に気づいた。十郎左衛門は稽古をやめて、師範に何かを言うと近づいて来た。
「風眼坊殿と蓮崇殿、お久し振りです。一体、どうしてここへ」
「ちょっとな、用があってな」と風眼坊は言った。
「そうですか‥‥‥風眼坊殿、ここは凄いです。本当に来て良かったと思います」
「そいつは良かった。親父の名前は出しておらんようじゃな」
「ええ、親父は親父です。俺は親父を乗り越えるつもりです」
「そうか、親父を乗り越えるか、頼もしい奴じゃ。後三ケ月じゃ、頑張れ」
「はい。もうすぐ、天狗太郎とも会えます。頑張ります」
「おお、そうか、十二月になれば太郎坊が来るんじゃのう」
「はい。志能便(シノビ)の術を習います」
「志能便の術か‥‥‥」
「志能便の術とは何です」と蓮崇が聞いた。
「いつか、蓮崇殿に話したじゃろう。わしの弟子の太郎坊が編み出した『陰の術』の事じゃよ」
「ああ、陰の術ですか‥‥‥」
「ここで一年間の修行に耐えた者だけに、最後の一ケ月間、その志能便の術を教える事になっておるんじゃ」
「風眼坊殿、天狗太郎は風眼坊殿のお弟子さんなのですか」と十郎が驚いた顔して聞いた。
「おお、知らなかったのか。わしのたった一人の弟子じゃ」
「風眼坊殿が天狗太郎の師匠‥‥‥そいつは凄いや。その事を知っていたら、加賀におった頃、風眼坊殿からもっと教わればよかった」
「なに、加賀におった頃のわしは医者じゃよ。人を倒すのではなくて、人を助けるのが仕事じゃ」
「お二人は、しばらく、ここにおるのですか」
「そうじゃのう。長旅で疲れたから、二、三日はのんびりするつもりじゃ」
「そうですか、山を下りられないのが残念です」
「後三ケ月の我慢じゃ。頑張れよ」
十郎と別れると、三人は槍術、薙刀術の道場を回り、飯道寺と飯道神社を参拝して山を下りた。
山を下りる頃には日が暮れかかっていた。
蓮崇は、ずっと何かを考えているようだったが、風眼坊はあえて声を掛けなかった。本願寺のために、若い者たちをここに送って鍛えようと思っているのだろうが、本願寺を破門になってしまった蓮崇には、もう、それはできない。蓮崇に本願寺の事を忘れさせるには時の流れに任せるより他はなかった。
花養院に戻るとお雪を連れて、松恵尼の経営する旅籠屋『伊勢屋』に移った。
伊勢屋から『とんぼ』はすぐ側だった。風呂に入って旅の疲れを取り、夕食を済ますと風眼坊と蓮崇は『とんぼ』に向かった。弥兵も誘ったが、わしが行っても話が分かりませんからと遠慮して旅籠屋に残った。
3
旅籠屋『伊勢屋』の正面に『不動町』と呼ばれる盛り場があった。この一画には、小さな居酒屋が並んでいた。『とんぼ』という店は、この一画の中で一番古い店だった。小さな店のほとんどは、二、三年もすれば名前が変わって行ったが、『とんぼ』だけは変わらず、久し振りにここに来た山伏たちは必ず、『とんぼ』の親爺の所に顔を出していた。
『とんぼ』には、まだ、誰もいなかった。
「不景気そうじゃのう」と風眼坊は親爺に声を掛けた。
「おお、風眼坊か‥‥‥一年振りか。今度は医者をやめて侍になったのか」
「浪人じゃ。仕官口はないかのう」
「おぬし程の腕があれば、どこでも仕官できるわ。その気があればの話じゃがな」
「残念ながら、その気がないんで困っておるわ‥‥‥どうじゃ、景気いいか」
「最近はさっぱりじゃ」
「お山の連中もあまり来んのか」
「来ない事もないが景気は悪いのう。お山に登る信者たちの数が減っておるからのう。遊女屋なんか、かなり、こたえておるようじゃ。最近になって遊女の数が減って来ておる。ただ飯を食わせておくわけにはいかんからのう」
「そうか。不景気か‥‥‥」
「戦場が儲かるといって、遊女たちを引き連れて戦場に行った者もおったが、どうなった事やら」
「戦場に女子を連れて行ったのか‥‥‥確かに儲かるかもしれんが、女子たちが可哀想じゃのう」
「ああ、可哀想じゃ」
「ついこの間も遊女の一人が首を吊ったわ。可哀想な事じゃ」
「首を吊ったか‥‥‥」
「首を吊るのもおれば、足を洗って飲屋を出すのもいる。世の中様々じゃ」
「ほう。遊女が店を出したか」
「お山のお偉いさんが後ろに付いておるんじゃろ」
「じゃろうのう」
「戦で大儲けした奴もおるんじゃ。人々を救うべきお山が、先頭になって戦の後押しをしておるんじゃから世も末じゃ。まあ、そんな事は今に始まったわけじゃないがのう。わしは、おぬしが医者をやっておると聞いて嬉しかったぞ。あれだけの腕を持ちながら戦に参加しないで、戦の負傷者の治療をしておるとはのう。さすがじゃのう」
「なに、成り行きじゃ‥‥‥そうじゃ、親爺、聞きたかった事があったんじゃ」
「何じゃ」
「去年の暮れ、太郎坊の奴は来たのか」
「おお、来たとも。弟子を一人連れて、現れたわ」
「弟子? どんな奴じゃ」
「八郎坊とかいったのう。とぼけた奴じゃった。あれで、志能便の術など教えられるのか、と思う程の調子者じゃったわ」
「そうか、八郎坊か‥‥‥」
「今年も、もうすぐじゃな。今、播磨の方におるとか言っておったが、太郎坊の奴、一回りも二回りも大きくなったようじゃった。貫禄が付いて来たわ」
「そうか、貫禄が付いて来たか‥‥‥これから、播磨に行ってみようと思っとるんじゃ。会うのが楽しみじゃわ」
「太郎坊も、そなたに会いたがっておったぞ」
「奴はここに来たのか」
「ああ。最後に恒例の飲み会があるじゃろ。その帰りにフラッと来て、寄って行ったわ」
「そうか、ここで飲んで行ったか‥‥‥やはり、親爺に聞けば何でも分かるのう。親爺は、ここの主(ヌシ)じゃのう」
高林坊と栄意坊が揃って入って来た。
「ほう、四天王のうちの三人のお揃いか、珍しい事じゃのう。後の一人は全然、見んのう」
「後の一人の息子が今、お山におる」と風眼坊は言った。
「なに、火乱坊の息子がおるのか‥‥‥そろそろ世代交代の時期か‥‥‥みんな、年を取ったという事じゃのう」
酒を飲みながら、四人は別れて以来のお互いの事を話し合った。話はいつになっても尽きなかった。
蓮崇は興味深そうに三人の話を聞いていた。蓮崇にはまったく縁のない話だったが、黙って聞いていた。三人が羨ましかった。皆、一流の武芸者だった。ここの親爺が言う通り、武士になれば一角(ヒトカド)の武将になる事は確かだった。しかし、彼らは自分の腕を売るという事はしなかった。
慶覚坊(火乱坊)の話になった。蓮崇は本願寺の事を二人に説明した。蓮崇の話を聞いて、高林坊も栄意坊もようやく、火乱坊が何をしようとしているのか分かったようだった。
「火乱坊の奴、そんな事をしておったのか」と栄意坊は言った。
「羨ましい奴よ。奴は本願寺のために命を張っておる」と風眼坊は言った。
「そうか、命を張っておるか‥‥‥」と高林坊は言った。
高林坊は四人の中で一番真面目な男だった。
四天王と呼ばれていた頃、初めに山を下りたのは栄意坊だった。次に風眼坊と火乱坊が山を下りた。最後に残った高林坊は責任者として各道場をまとめなくてはならなかった。それでも、各道場にそれぞれ四天王に代わる後継者もでき、高林坊は風眼坊たちが山を下りた二年後には葛城山に帰った。他の三人は山を下りるとフラフラと旅に出たが、高林坊は旅には出ず、まっすぐに葛城山に帰った。葛城山に帰って嫁を貰った。
高林坊は葛城山の先達(センダツ)として信者たちの面倒を見ていた。やがて、子供も生まれ、高林坊は大先達となり、葛城山の修行者たちの面倒も見るようになった。そして、飯道山を去ってから十年後、飯道山に武術道場を作り、その中心となっていた親爺と呼ばれる山伏が訪ねて来た。親爺は高林坊に、自分の後継者となって飯道山の武術道場を盛んにしてくれと頼んだ。他の三人はどこにいるのやら、まったく、分からん。高林坊だけが頼りだと言われて頼まれた。
高林坊は飯道山に戻る決心をして、家族を連れて飯道山にやって来た。それから、すでに八年が経っていた。そして、このまま、死ぬまでここにいるだろうと思っていた。決して、ここでの仕事が嫌なわけではないが、高林坊にしても、火乱坊や風眼坊、栄意坊のような気ままな事がしてみたかった。火乱坊の話を聞いて、羨ましいと思ったのは高林坊も同じだった。ここにいて、毎日、同じ事をしているより、火乱坊のように命を懸けて何かをしてみたかった。
高林坊には三人の子供がいた。十六歳の娘と十四歳の息子と十一歳の息子だった。娘を嫁に出し、息子たちがもう少し大きくなったら、この山を下りようか、と最近、本気になって考えていた。別に何をするという当てもないが、ここを離れて何かがしたかった。蓮崇と風眼坊の話を聞きながら、火乱坊に会ってみたいと高林坊は思っていた。
「加賀か‥‥‥」と栄意坊が言った。
栄意坊は風眼坊と同じように、今まで、ずっとフラフラしていた。何かをしたいのだが、何をしたらいいのか分からず、一ケ所に長くいる事もなく、フラフラしていた。
二年前、百地(モモチ)弥五郎の所を去って東国に旅立った。そして、三河の山の中で一人の女と出会った。山奥に小屋を建てて、女は一人で暮らしていた。
栄意坊は不思議に思って、女に近づいた。女は警戒して小屋に逃げ、刀を手にした。栄意坊が何を言っても聞かなかった。女は自分の首に刀を当てた。栄意坊は女から離れた。女の住む小屋は小川のほとりに立っていた。栄意坊は小川を渡り、女の小屋の対岸に小屋を建てて、そこで暮らし始めた。
山奥に二人だけでいるのに、お互いに何も喋らずに一ケ月が流れた。
誰も、こんな山奥には入って来なかった。
一ケ月が過ぎ、お互いに何も喋らなかったが、次第に、気持ちは通じ合うようになっていた。栄意坊は川で魚を取ると女の方に放り投げてやったりした。時には、女の方から木の実などをくれる事もあった。
二ケ月が過ぎた。
ある日、大雨が降って川の水は増え、栄意坊の小屋は流された。女の小屋は大丈夫だった。雨がやみ、川の水が引けると、栄意坊はまた、小屋を建てようとした。女がそれを見ながら栄意坊を手招きした。栄意坊は川を渡って、女の小屋の方に向かった。
女はようやく、栄意坊を信用して自分の身の上を語った。
女の名前はお円(エン)といい、戦に負けて、家も土地も失い、亭主と子供を連れて山に逃げて来た。他にも家来たちが何人かいたが、途中ではぐれてしまい、お円と亭主と子供と家来の一人が、ここにたどり着いた。ここに小屋を建て、隠れて暮らしていたが、昨日のような大雨に会って小屋は流され、その時、子供も流されてしまった。
子供を失い、お円は悲しみ、亭主は跡継ぎを無くしたと半狂乱になったという。跡継ぎを亡くしてしまったら、お家の再興はできない、わしは一人でも敵と戦うと亭主は山から出ようとした。一緒にいた家来は亭主に命じられ、偵察をしに山から出て行った。しかし、それきり戻っては来なかった。亭主は家来が裏切ったと思い込み、お円に八つ当りをした。子供はまた作ればいいと慰めたが駄目だった。亭主はとうとう、お円を置いて山から出て行った。亭主が山から出て行ってから、もう四年も経っているという。
栄意坊は、まだ、亭主を待っているつもりか、と聞いた。
お円は首を振った。
二年目までは待っていたが、それから後は、もう諦めたと言う。山から出ようと思ったが、どうやって出たらいいのか分からないし、山から出ても頼る人はいない。ここに隠れていれば誰も来ないし、生きて行く事はできる。尼僧になったつもりで、子供と一族の菩提(ボダイ)を弔(トムラ)いながら、一生、ここで暮らそうと覚悟を決めていたという。
その後、二人は一つの小屋で、一冬を過ごした。
栄意坊もお円も幸せだった。誰にも邪魔されないで、二人とも子供に返ったように、二人だけの時を充分に楽しんだ。そして、春になり、二人は山を下りた。
お円の亭主の消息は分からなかった。両親は亡くなっていた。
栄意坊はお円を連れて飯道山に来た。高林坊に頼み、お円と暮らすために槍術の師範となった。二人は山のふもとの宿坊の立ち並ぶ一画に小さな家を借りて住んでいた。
火乱坊の話から、女の話になり、栄意坊は事の成り行きをみんなに話した。
「ほう。今が一番、幸せな時じゃのう」と風眼坊は言った。
栄意坊は照れながら頷いた。
「いつか、おぬしから死んだ女の事を聞いた事があったな。おぬしが女と暮らすのは、それ以来じゃな」
「ああ。そうじゃ。もう二十年も前の事じゃ。わしは、おれいが死んだ後、死ぬつもりじゃった。死ぬつもりで戦に出た‥‥‥しかし、死ねなかった‥‥‥」
「死ねなくてよかったわけじゃ。お円殿に会えたんじゃからな」
「まあ、そうじゃのう。しかし、お円はおれいにそっくりなんじゃよ。顔は似ておらんがのう。仕草とか、性格とか、そっくりなんじゃ」
「それで、おぬしはその女の側を離れなかったんじゃな」
「不思議な事に離れられなかったんじゃ」
「ほう、離れられなかったと来たか」と高林坊は笑った。
「実は、わしも若い女房ができたんじゃ」と風眼坊が今度は言った。
風眼坊はお雪との出会いから話した。蓮崇も知らない事だった。皆、面白がって風眼坊の話を聞いていた。
夜は更け、客たちは入れ代わっていたが、四人の話はいつまで経っても尽きなかった。一番最初から一番最後まで居座っていた。店の親爺は朝までやっていても構わんぞと言ってくれたが、親爺の言葉に甘えるわけにもいかないのでお開きにした。このまま、伊勢屋に行って飲もうと誘ったが、栄意坊は帰りたそうだったので無理に引き留めなかった。
高林坊と栄意坊の二人は帰って行った。
風眼坊と蓮崇は二人を見送る伊勢屋に向かった。
「みんな、いい奴じゃろう。わしらは若い頃、一緒に騒いだ仲間なんじゃ。三人が揃ったのは、もう五年以上前じゃったのう。慶覚坊の奴が来れば、二十年振りに四人揃うんじゃがのう。奴は当分、それどころではないのう」
「羨ましい事です」と蓮崇は言った。
「何を言っておる。わしは、そなたが羨ましかったわ。本願寺のために生きておる仲間が大勢、おるんじゃからな」
「もう、いません」
「いや、それは違う。そなたが破門になったからといって、たとえば、慶覚坊じゃが、奴はそなたが破門になっても、以前のごとく仲間じゃと思っておるはずじゃ。慶覚坊だけじゃないじゃろう。慶聞坊だって、蓮如殿だって、みんな、そなたの事を忘れる事はない」
「しかし、わしにはもう何もできません」
「そうかな。それは、そなた次第じゃ」
「どういう意味です」
「破門になったとしても、そなた次第で、本願寺のために生きる事はできる」
「それは、どういう意味です」
「それは自分で決めるしかない」
伊勢屋に帰るとお雪はもう寝ていたが、弥兵は寝ずに待っていた。
「さて、ゆっくりと寝るか。蓮崇殿、たまには、昼頃まで、のんびり寝てみるのもいいもんじゃぞ」と風眼坊は言うと、お雪の寝ている部屋に入った。
蓮崇は弥兵を連れて、隣の部屋に入った。
「もう、お前はわしの下男ではない。ただの連れじゃ。わざわざ、わしを待っておる事はない。先に寝ておってもいいんじゃぞ」
「へい」
「もう寝ろ」
「へい。蓮崇殿は、まだ寝ないのですか」
「わしも寝る」
弥兵は横になった。
蓮崇は坐り込んだまま、風眼坊の言った事を考え込んでいた。
風眼坊は、破門になっても本願寺のために何かがやれる、と言った。しかし、そんな事ができるとは思えなかった。
蓮崇は夜が明けるまで、考え続けていたが結論は出なかった。
4
風眼坊は昼近くまで、のんきに寝ていた。この地に来ると風眼坊はすっかり安心して高鼾(タカイビキ)をかいて眠っていた。
お雪は朝早くから起きて、弥兵を連れて町をブラブラと散歩し、花養院まで来て子供たちと遊んでいた。子供の中の一人が腹をこわしたというので、お雪は診てやった。
それを見ていた妙恵尼と孝恵尼は、お雪の適切な処置に驚いた。まだ若い娘が、これ程までも医術を心得ているとは信じられない事だった。さっそく、お雪の事は仲恵尼に告げられ、お雪は仲恵尼に呼ばれた。
お雪は仲恵尼に、風眼坊から教わったという事を話した。
仲恵尼はお雪から、加賀の国で戦の負傷者を治療して回ったという事を聞き、何度も頷きながら、あの風眼坊がそんな事をしていたのか、と涙を溜めて喜んでいた。まるで、母親が息子の事を聞いているかのように、お雪の話を聞いていた。
「そうか、風眼坊がのう‥‥‥そうか、そうか」と仲恵尼は何度も言った。
お雪は、そんな仲恵尼を見ながら風眼坊の昔話を聞いていた。
お客が訪ねて来て、仲恵尼は部屋から出て行った。
お雪は子供たちの所に戻った。しばらくして、お雪はまた呼ばれ、一人の僧侶と会わされた。その僧侶を風眼坊の所に連れて行ってくれと頼まれた。
その僧侶は風眼坊の事をよく知っていた。伊勢屋に行く途中、僧侶はしきりに、「懐かしいのう」と言いながら町を眺めていた。
お雪に向かって、「小太郎も若いのう」と一言、笑いながら言ったが、自分と風眼坊の関係は話してくれなかった。
お雪が僧侶を連れて部屋に行くと、風眼坊はまだ寝ていた。
起こそうとして、お雪が部屋に入って行こうとしたら僧侶は引き留めた。
僧侶はそおっと部屋に入って行き、風眼坊の頭の下の枕を蹴飛ばした。
風眼坊の動きは素早かった。
枕が飛ぶのと同時に起き、側に置いておいた刀を手に取ると、刀身を半分程抜いて構えた。僧侶の方も持っていた杖を構えていた。
お雪もとっさに帯に差してある笛をつかんでいた。
緊張していた風眼坊の顔がだんだんと緩んで、「新九郎か」と言った。
僧侶は頷いた。
「脅かすな」と言うと風眼坊は刀を納めた。
「若い女子を女房にして、腑抜けになってはおらんかと心配してやったんじゃ」
「余計なお世話じゃ。しかし、どうしたんじゃ、どうして、ここにおる」
「おぬしの方こそ、どうしてここにおるんじゃ。わしはおぬしが駿河に来るじゃろうと待っておったが、いつになっても来ん。まあ、こんな若い女子と一緒にいたら、それも無理ない事じゃがのう」
「まあ、焼くな。しかし、不思議な縁じゃのう。みんな、お山の力に引かれるように、ここに集まって来るのう。栄意坊も今、ここにおるんじゃ」
「なに、栄意坊もおるのか」
「ああ、夕べ、『とんぼ』で飲んだんじゃ。こいつは今晩も飲む事になりそうじゃのう。しかし、その頭、なかなか似合っておるのう。火乱坊の奴も今、そんな頭をしておる」
「なに! 火乱坊もおるのか」
「いや、火乱坊は加賀じゃ。ついこの間まで、わしらは加賀におったんじゃ」
二人はさっそく話し込んでいた。
お雪は側に坐って、二人のやり取りを聞いていた。そのうちに蓮崇も現れ、話を聞いていた。
蓮崇は一睡もしなかったと見えて、やつれた顔をしていた。
話が一段落すると、風眼坊は早雲と蓮崇と共に山に登り、お雪と弥兵は花養院に行った。
山の上では風眼坊が来ている事が噂になっていて、風眼坊は修行者の前で剣術を披露しなければならなかった。
風眼坊と早雲は木剣を持って試合をした。腕は風眼坊の方が上だったが、早雲の腕も大したもので、今いる師範以上の腕を持っていた。
修行者たちは目を見張って、二人の技の冴えを見ていた。
蓮崇も二人の動きをじっと見ていた。
蓮崇にとっても風眼坊の腕を見るのは初めてだった。実際にこの目で見て、驚かずにはいられなかった。越前の大橋勘解由左衛門(カゲユザエモン)の師匠だったと話では聞いていたが、凄いものだった。これだけの腕を持っていれば、戦に出ても向かう所、敵なしだろうと思った。慶覚坊が風眼坊を本願寺の門徒にしたかった訳も充分に納得できた。蓮崇は風眼坊の強さを見て、さらに自己嫌悪に陥って行った。
その晩、早雲も加わって、また『とんぼ』で一緒に飲んだ。その晩の話題の中心は、やはり、早雲だった。頭を丸めて東国に旅立って以来、四年振りに飯道山に来たのだった。
今回、早雲が戻って来たのは娘を嫁に出すためだった。
早雲には十七歳になる娘が一人あった。早雲は十八年前、居候(イソウロウ)していた伊勢駿河守貞高の薦めで、同じ伊勢一族の娘を嫁に貰っていた。子供は娘一人だけだった。妻と娘は京に戦が始まってから、妻の実家に預けたままだった。僧侶として駿河に行ったため、妻と娘を呼ぶ事はできなかった。また、呼んだとしても、知らない土地に来るような妻ではなかった。知らない土地に行くより、一族のもとにいれば何不自由なく暮らして行く事ができる。妻にとって、早雲など、いてもいなくてもいい存在だった。早雲の方でも妻の我がままを持て余していた。妻の所に戻る気はなかった。妻の所に戻れば、また、幕府に仕えなければならなくなるだろう。もう、幕府との縁は切りたかった。煩(ワズラ)わしい事など考えず、駿河で気楽に暮らしていた方が楽しかった。しかし、一人娘の事は気になっていた。その娘も、どうせ、一族の者の所に嫁いで、退屈な日々を送る事になるだろうが、早雲が口出しする事はできなかった。せめて、嫁に行く時位は祝ってやりたかった。
知らせを受けると早雲は駿河を後にして京に向かった。無事、娘も嫁に行き、早雲は早々と京から離れた。
早雲は今回、京に行くに当たって、是非、会いたい人がいた。
それは一休禅師だった。駿河では早雲は一休禅師の弟子で通っていた。しかし、面識はあっても弟子ではなかった。早雲は正式に弟子にはなれないにしろ、もう一度、一休と会って教えを受けたかった。
早雲は京を出ると、一休のいる薪(タキギ)村(京都府田辺町)の酬恩庵(シュウオンアン)に向かった。
一休は早雲の事を覚えていてくれた。しかし、教えを請う事はできなかった。一休はお森(シン)という盲目の女と一緒に暮らしていた。
早雲は一瞬、目を疑った。一休ともあろう禅師が女犯(ニョボン)を犯していた。早雲も一休の風変わりな行ないは知っていた。しかし、それは、今の禅宗の在り方を批判するための行動だと思っていた。まさか、実際に、女と一緒に暮らしているとは思ってもいなかった。
早雲は、一休とお森という女のやり取りを見ながら、見なければよかったと後悔した。
早雲はほんの少しの間、一休と話をしただけで酬恩庵を後にした。
一休を見損なった、と思った。
昔はあんな人ではなかった、と思った。
一休の禅こそ、本物だと信じていた。
一休は、どうして、あんな風になってしまったのだろう。
早雲は歩きながら考えていた。考えながら、本物の禅とは一体何なんだろう、と思った。
女と一緒に暮らせば、禅者ではなくなるのだろうか。
禅とは、そんなものではないはずだった。
禅とは何か、という答えを見つけるため、早雲はもう一度、酬恩庵に戻る事にした。
早雲は一休とお森の仲睦まじい生活を見守りながら、本物の禅とは何か、真剣に考えた。
座禅をするだけが禅ではない。
常住坐臥(ジョウジュウザガ)、すべてに置いて禅の境地でいなければならないはずだ。
禅は大寺院の中にいる坊主だけのものではない。人間本来の姿で生活し、その生活の中に生きていなければ無意味と言えた。
一休は本物の禅をさらに進め、それを実践しているのかもしれない‥‥‥と早雲は考え直した。
形式にこだわり過ぎていたのかもしれないと思った。世を捨て、禅の世界に生きようと、頭を剃って禅僧のなりをした。確かに禅僧の格好をしていれば、回りは早雲を禅僧と見てくれた。正式に出家したわけではなかったが、駿河では早雲禅師で通っていた。回りから偉い和尚さんだと言われ、得意になっていた。しかし、反面、偽者だとばれやしないかと心配した事もないわけではなかった。今回、一休を訪ねたのも、本当の所を言えば、一休の正式の弟子となって、できれば、一休から印可状を貰い、本物の禅僧になりたかったからだった。そんな思いで訪ねた一休の姿を見て、早雲は初め、失望した。しかし、そのうちに、一休に思いきり殴られたような衝撃を感じるようになって行った。
早雲は自分がかつて一休と共に語った堕落した禅僧というものに、知らないうちに自分が近づいていたという事に気づいた。二人が語った堕落した禅僧というものは、ろくに修行もしないで、師匠からの印可状ばかり欲しがり、禅僧とは名ばかりで俗世間において出世する事ばかり考えている者たちの事だった。
禅の世界は自力本願だった。自分の力で悟らなければならず、決して、人から教えられて分かるものではなかった。たとえ師匠であっても、助ける事はできるが教える事はできない。
一休から見れば、印可状などというのは、単なる自己満足でしかない無用な物であった。禅僧とはいえ、心というものは脆い。自分が開いた悟りを誰かに認められたいと誰もが思う。そして、師匠から印可状を貰って、初めて悟った事を確信する。しかし、一度、悟れば、それで終わりというわけではない。人間、生きている以上、次々に悩みは生まれて来る。それを次々に乗り越える事によって、さらに大きな悟りの境地に達する。悩み、悟り、そして悩み、また悟る、生きている以上、その繰り返しだった。
本物の禅には印可状など、ないはずだった。
早雲はその印可状が欲しいために、ここを訪れ、一休の姿を見て、思いきり殴られたような衝撃を感じ、そんな事を考えていた自分を恥じた。一休は自分が考えていた以上に先を歩いていた。早雲は俗世間における形式にこだわっていた自分を恥じた。
早雲も男だった。女を見ても何にも感じないような木偶(デク)の坊ではなかった。しかし、僧侶の振りをしているため、今まで色欲(シキヨク)を抑えて来た。禅僧として、それが当然な事だと思っていた。禅僧としては当然かもしれないが、それは、本物の禅とは言えなかった。
本物の禅とは、何事にも縛られない、融通無碍(ユウヅウムゲ)の境地の事だと思った。欲望を抑えて女を避けているうちは融通無碍の境地とは言えない。何人もの女に囲まれながらも、心を奪われないような境地にならなければならないのだった。
何事にも囚われず、まったくの自由な境地‥‥‥
その境地まで行くのは、決して簡単な事ではない。しかし、本物の禅の境地とは、そのようなものに違いないと悟った。
一休は八十歳を過ぎ、まさしく、その境地に達しようとしているのであった。すでに、融通無碍の境地の中で、お森という女と遊んでいるのかもしれない。
早雲は一休だけでなく、お森という盲の女も観察していた。この女も一休と同じ境地にいるように思えた。目が見えないため、一休のように苦労しなくても、その境地にたどり着く事ができたのかもしれなかった。
早雲は晴れ晴れした気持ちで酬恩庵を後にした。そして、久し振りに松恵尼に挨拶をして行こうと思い、飯道山に向かった。
「ほう。おぬし、一休禅師を知っておったのか」と風眼坊は驚いた。
最近、やけに一休禅師と縁のある風眼坊だった。本人には会った事はないが、一休と縁のある人間に何人も会っていた。彼らは皆、一休を慕っていた。越前の絵師の曾我蛇足(ソガジャソク)、茶人の村田珠光(ジュコウ)、彼らは一休の弟子で、蓮如も一休の事は気に掛けていた。そして、新九郎(早雲)までもが、一休の影響を受けていた。
風眼坊も是非、一度、一休禅師と会ってみたいと思った。
早雲は今回の旅の事を話すと、今度は駿河の事を話した。いい所じゃから、是非、来てくれと皆に薦めた。
風眼坊は行くと答えた。しかし、その前に播磨に行くと言った。
「播磨に伜がおるんでな。ちょっと、顔を見て来る」
「ほう。おぬしの伜が播磨におるのか、播磨で何をしてるんじゃ」
「武士になったらしい。そういえば、おぬしも太郎の事、知っておるんじゃったのう」
「太郎?」
「ああ、そうじゃ。応仁の戦が始まった頃、おぬしが京まで連れて行った小僧じゃ」
「ああ、水軍の小伜か‥‥‥確か、奴は花養院にいた娘と一緒になって、愛洲の里に帰ったと松恵尼殿から聞いたぞ」
「ああ。一度は帰ったんじゃがの。しかし、不思議な事があるもんじゃのう。わしがあいつに会う前に、あいつがおぬしと会っておったとはのう」
「ああ、わしも驚いたわ。あの時の小僧がおぬしの弟子になって、このお山で修行をしておったと聞いた時はのう。しかも、陰の術など編み出して、知らん者がおらん程、有名になるとはのう。まったく信じられん事じゃった」
「その太郎の奴が、また、ここに戻って来て、一騒ぎあっての、今、播磨で赤松家の武将になっておるんじゃ。わしの伜は太郎の弟子になって播磨に行き、太郎の家臣だそうじゃ」
「赤松家の武将?」
「ああ、そうじゃ。まあ、詳しい事は後で話す。それより駿河の事をみんなに聞かせろ」
その日の晩も、遅くまで『とんぼ』で飲んでいた。
伊勢屋に帰ってからも風眼坊と早雲は話し続けていた。夜が明ける頃になって、ようやく二人は横になった。
早雲は風眼坊たちと一緒に播磨に行く事になった。駿河に急いで帰る理由はなかった。早雲も太郎と再会したかった。播磨でのんびりして、どうせ、太郎は十一月の末には飯道山に来るはずだから、一緒にここに戻って来て、それから、今度は駿河に向かおうという事に決まった。
33.再会2
5
風眼坊が起きたのは、今日も昼過ぎだった。
お雪はいなかった。
寝過ぎたかな、と思って、早雲の部屋を覗いたら、早雲は鼾をかいて、まだ寝ていた。
「幸せな奴じゃ」と風眼坊は笑った。
蓮崇の部屋も覗いたが、誰もいなかった。みんな、どこに行ったのだろうと思いながら厠(カワヤ)に向かった。
井戸端で顔を洗いながら空を見上げると、いい天気だった。
「のどかじゃのう」と風眼坊は独り言を呟(ツブヤ)いた。
台所にいた仲居に声を掛け、お雪や蓮崇の事を聞くと、お雪は花養院に行ったが、蓮崇の方は分からないと言った。
仲居の一人が笑いながら風眼坊に声を掛けて来た。
「風眼坊様、女将さんが留守でよかったですね」
風眼坊と松恵尼の仲を知っている女だった。
「まあ、それは言えるのう。もし、いたら、女将は何と言うかのう」
「さあ、分かりませんけど、女の嫉妬は恐ろしいですからね。風眼坊様が女将さんの見えない所で遊ぶ分には、女将さんも何も言わないでしょうけど、一緒に連れて来て、しかも、女房だなんて言ったら、女将さんだって怒るんじゃないですか」
「そうか、やはり、怒るか‥‥‥戻って来んうちに退散した方がよさそうじゃのう」
「そうですよ。お酒ばかり飲んでないで、そろそろ出掛けないと帰って来ますよ」
「うむ。女将には内緒じゃぞ」
「それは無理ですよ。あたしが内緒にしたって、町中、知ってますよ」
「まさか、大袈裟な事を言うな」
「風眼坊様は自分が誰だか忘れたんですか。この町では風眼坊様は有名人なんですよ。風眼坊様の事はすぐに噂になるのです」
「本当か」
「本当ですとも」
「それじゃあ、わしと女将との仲も町中、知っておると言うのか」
女は頷いた。「知らないと思ってるのは御本人だけです。町中、そんな事、知ってますよ。そして、今、みんなの注目を集めているのが、女将さんが帰って来て、どういう反応を示すかです」
「何じゃと。それじゃあ、わしらはいい見世物になっておるんじゃないか」
「そういう事です。有名人というのは、そういうものなんです」
「まいったのう‥‥‥見世物なんかになっておられるか。早いうちに、ここから出るぞ」
「その方がいいですよ」
風眼坊は花養院に向かった。
自分が町の噂になっているなんて、ちっとも知らなかった。どうせ、松恵尼も知らないに違いない。もしかしたら、松恵尼が伊勢屋の女将という事も町の連中は知っているのだろうか。わしらの仲を知っている位だから、どうせ、何もかも知っているのだろう。まったく、気が置けなかった。あの仲居の言う通り、松恵尼が留守で本当に助かったと風眼坊は思った。
お雪は子供と遊んでいた。
お雪に蓮崇の事を聞くと、弥兵を連れてお山に登った、と言った。
「お山へ?」と風眼坊は首を傾げた。
「蓮崇様、全然、寝てないみたい。今朝、あたしが起きた時、ずっと坐り込んでいたわ。昨日の朝もそうよ。何かをずっと悩んでいるみたい」
「そうか‥‥‥」
「相談に乗ってあげたら?」
風眼坊は首を振った。「自分で答えを見つけるしかないんじゃ。蓮崇殿は今まで、ずっと本願寺のために生きて来た。その本願寺が蓮崇殿の前から消えた。これからどう生きたらいいのか、自分で答えを見つけなければならん」
「でも‥‥‥」
「大丈夫じゃ。蓮崇殿はそんなやわな男じゃない。絶対に自分で答えを見つけるさ」
「そうだといいんだけど、このままで行ったら、蓮崇様、病気になっちゃうわ」
「病気になったら治療してやるさ。名医がここに二人もおるんじゃからな。それよりも、明日の朝、旅立つぞ。早雲も一緒に行く事になった」
「早雲様も‥‥‥早雲様って、あなたの幼馴染みだったのね」
「まあ、そういう事じゃな。播磨に一緒に行ってから、今度は駿河に行く」
「駿河?」
「ああ。しばらくは駿河に落ち着く事になるかもしれん」
「駿河って富士山があるのよね。見てみたいわ」
「綺麗な山じゃ」
「楽しみだわ」お雪は嬉しそうに笑った。
「うむ‥‥‥それにしても、蓮崇殿はどうしてお山に登ったんじゃろう」
「さあ、武術でも習いたくなったんじゃないの」
風眼坊は飯道山を見ながら頷いた。「しかし、あの年から始めるのは、言っては悪いが、ちょっと無理じゃな」
「蓮崇様って幾つなの」
「四十一だと思ったがのう」
「四十一からじゃ武術を習うのは無理なの」
「若い頃、少しでもやった事があれば、見込みがない事もないが、蓮崇殿はその経験はない。やる気があっても、もう体の方が言う事を聞かんじゃろうのう。吉崎におった頃、少し教えたが、まあ、ものにはならんな」
「そう‥‥‥残念ね」
夕方、風眼坊とお雪が帰ると、蓮崇と早雲が何やら話していた。
「よう。仲良くお出掛けか」と早雲は二人が入って来ると囃(ハヤ)し立てた。
「羨ましいじゃろう」と風眼坊は言って腰を下ろした。
「今、蓮崇殿から本願寺の事を聞いておったんじゃ。本願寺では坊主の妻帯を許しておるんだそうじゃのう」
「ああ、そうじゃ。蓮如殿には十人以上も子供がおるわ」
「十人以上もか、そいつは凄いのう」
「蓮崇殿、明日の朝、ここを発つ事にした」と風眼坊は言った。「今晩は、ゆっくり休んだ方がいいぞ。長旅になるからのう」
「風眼坊殿」と蓮崇は突然、大きな声を出した。
「何じゃ」
蓮崇は風眼坊を見つめていた。その顔は何かを決心したかのように感じられた。
風眼坊は改めて蓮崇の方を向いて、蓮崇の言葉を待った。
「わしを弟子にして下さい」と蓮崇は両手を付いて頭を下げた。
「弟子というのは、武術の弟子か」
「はい、そうです」
「弟子になってどうするつもりじゃ」
「わしは本願寺を破門になり、本願寺の事はすっかり忘れて、新しい人生を送ろうと思いました。しかし、加賀では門徒たちは苦しんでおります。破門になったからといって、もう関係ないと見て見ぬ振りは、わしにはできません。そんな事をする位なら、いっそ、死んだ方が増しだと思いました。どこか、遠くの山の中にでも行って死のうと決心しました。ところが、この前、風眼坊殿は破門されても本願寺のために生きる事はできると言いました。わしはそんな事ができるわけないと思いました。しかし、ようやく、風眼坊殿の言いたかった事が分かりました」
「分かったか」
「はい、わしは本願寺の裏の組織を完成させるつもりです」
「うむ。わしもその事を蓮崇殿にやってもらいたかったのじゃ。裏の組織というのは絶対に表には出ない。たとえ、破門の身であっても蓮崇殿ならできる。わしはそう思っておった」
「しかし、実際、破門された身で加賀に乗り込んでも組織作りなんてできません」
「いや、蓮崇殿ならできると思うがのう」
「いえ、まず、破門されたわしは門徒たちに相手にされません。生まれ変わらなければならないと気づいたのです」
「それで、山伏になるというのか」
「はい。山伏になって武術を身に付けます。まず、強くなければ誰にも相手にされません。裏の組織を作るにしても口だけでは誰も動きません」
「うむ、そうかもしれんのう。もう下間一族の蓮崇殿ではないからのう。口だけでは誰も動かんのう」
「風眼坊殿、お願いです。わしを弟子にして武術を教えて下さい」
「弟子にするのは簡単じゃ。しかしのう‥‥‥」
「わしも年の事は考えました。この年になって武術を始めても、ものになるかどうか分かりません。しかし、一度、死ぬ覚悟をしました。死ぬ気で頑張るつもりです。どうか、お願いします」
「うーむ‥‥‥」風眼坊は腕を組んで考えた。
「お願いします」と蓮崇は頭を畳(タタミ)にこすり付けて頼んでいた。
「蓮崇殿、こうしよう。蓮崇殿が死ぬ気で武術を習いたいのなら、まず、基本である体を作らなければならん。飯道山には奥駈けといって、山の中を修行する道がある。その道を百日間休まずに歩き通す百日行というのがある。雨が降っても、風が吹いても、体の具合が悪くても、一日も休む事はならん。今から始めれば、冬になり、雪が降る事もあろう。しかし、一日でも休めば、その行は初めからやり直さなくてはならん。蓮崇殿、まず、その行から始める。その行に耐える事ができれば、武術を身に付ける事もできるじゃろう。その行に耐えられたら、わしの弟子として、この山で一年間、修行を積むがいい。どうじゃな」
「百日行‥‥‥道のりはどれ位なんですか」
「一日、およそ十三里(約五十キロ)じゃ」
「山の中を十三里ですか‥‥‥」
「きついぞ。しかし、わしの弟子になるには、それが第一関門じゃ。わしのたった一人の弟子である太郎坊は、百日行を二回しておる。早雲も一回やっておるのう」
「ああ、あれには参ったわ。しかし、あれを経験しておくと大低の事には耐えられるのう」
「やります。やらせて下さい」と蓮崇は迷わずに言った。
「よし、分かった‥‥‥今日はゆっくり休んだ方がいい。そうじゃのう、明日、準備をして、あさってから始めるか。それまで体調を整えておけ、始めたら百日間は休めんからのう」
「はい。分かりました。お願いします」
「予定変更じゃ。どうするかのう、おぬし、先に播磨に行くか」と風眼坊は早雲に聞いた。
「いや、わしも付き合うよ」と早雲は言った。
「なに、おぬしも百日行をやると言うのか」
「ああ。どうせ、おぬしは最後まで付き合うつもりじゃろ。わしも負けられんわ」
「また、張り合うのか」
「そうじゃ。おぬしがやると言うのに、わしが見ているわけにはいかん」
「相変わらずじゃのう。そうなると問題は、お雪じゃのう」
「あたしは花養院で待っています。仲恵尼様が、あたしが子供の病気の治療をした事を聞いて、しばらく、いてくれたら助かると言っておりましたから、あそこで子供たちの面倒を見ています」
「そうか、あそこで待っていてくれるか」
「はい‥‥‥蓮崇様、頑張って下さいね」
お雪が百日間、いる所となると花養院より他にはなかったが、花養院にいれば、当然、松恵尼と顔を合わす事となる。まずい、と思ったが仕方なかった。成るように成れ、と開き直るより他になかった。
その日は皆、早く寝た。
次の日、風眼坊はわけを話して、お雪の事を仲恵尼に頼んだ。仲恵尼は喜んで、お雪の事を引き受けてくれた。何となく、仲恵尼が自分を見る目が変わったような気がした。以前のように、皮肉を込めた目付きではなかった。どうしたんだろうと思いながらも、たまたま機嫌がいいだけなんだろうと思って山に登った。
高林坊と会い、蓮崇の事を話し、百日行の許可を取った。
高林坊も話を聞いて驚いていた。あの年で、初めて百日行をやるとは信じられないようだったが、風眼坊と早雲が最後まで付き合うというので、高林坊も安心して許可をした。
高林坊から三人分の山伏の支度を借りると風眼坊は山を下りた。
明日から始めて、百日行が無事に終わるのは十二月の半ばだった。丁度、太郎が志能便の術を教えている頃だった。行が無事に終わったら蓮崇をお山に預け、太郎と一緒に播磨に向かおうと風眼坊は思った。
百日行が始まった。
初日から雨降りだった。
雨の降る中、山伏姿の三人は太神山(タナガミサン)へと向かった。初日から四日目までは足慣らしのため、半分の片道だけなので、別に問題はなかった。
風眼坊も早雲も、蓮崇に合わせて、のんびりと歩いていた。
蓮崇は真剣だった。しかし、体が気持ちに付いて行くかが問題だった。はっきり言って、蓮崇の体は武術をする体付きではなかった。今まで、体の事に気を配った事もないのだろう。体全体に余計な肉が付き過ぎていた。百日間、歩き通す事ができれば、見違える程の体になるだろうが、果たして、やり通す事ができるかどうか不安だった。
早雲は、まあ持って一ケ月じゃろうな、半分の五十日歩き通せば、大したもんだと風眼坊に言った。
風眼坊も五十日持てば、いい方だろうと思った。やるだけやって駄目だったら、本人も諦めるだろう。それでも諦めなかったら、来年の一月に、若い修行者たちと一緒に、一年間の修行をやらせようと思っていた。
五日目から本格的な抖擻行(トソウギョウ)が始まった。
蓮崇はその日から、もう危なそうだった。帰り道の途中から腹を押えながら、足を引きずり歩いていた。宿坊にたどり着いた頃には、もう真っ暗になっていた。
次の朝には、もう起きられないかもしれない、と風眼坊も早雲も思った。
次の日、蓮崇は気力を振り絞って起き、歩き出した。
風眼坊も早雲も何も言わず、蓮崇の後ろを歩いた。
それぞれの山の山頂には、その山の本尊が祀(マツ)ってあった。
飯道山頂には飯道権現と役小角(エンノオヅヌ)、地蔵山には地蔵菩薩、大納言山には虚空蔵菩薩(コクウゾウボサツ)、阿星(アボシ)山には釈迦如来(シャカニョライ)、金勝(コンゼ)山には千手観音、竜王山には八大竜王、弥勒(ミロク)山には弥勒菩薩、薬師山には薬師如来、最後の太神山には不動明王と役小角、そして、金勝寺の奥の院の狛坂寺(コマサカジ)には阿弥陀如来、弥勒山と薬師山の途中にある観音の滝には十一面観音が祀ってあった。
それらの所では決められた印(イン)を結び、決められた真言(シンゴン)を唱えなければならなかった。
蓮崇は風眼坊の言う通りに真似をした。本願寺の門徒であった蓮崇にとって、念仏以外の真言を唱えるのに抵抗を感じていたようだったが、「生まれ変わるのじゃ」と風眼坊に言われ、仕方なく風眼坊の真似をした。
七日目に蓮崇は歩きながら血を吐いた。
毎日、疲れ切っているので、食欲もわかず、ほとんど何も食べないで歩き通していた。目はくぼみ、頬はげっそりとして、すっかり顔付きが変わっていた。足の裏は血だらけになっていた。
早雲は、もうやめさせた方がいいと言ったが、風眼坊は、まだ死にはせんと言って、やめさせなかった。
「このまま続けたら、一ケ月で死ぬぞ」と早雲は言った。
「生まれ変わるには、一度、死ななくてはならん」と風眼坊は言った。
「きつい事を言うのう」
「わしの弟子になるには、それだけの事をしてもらわんとな」
「おぬしの名が落ちると言うわけか」
「いや、わしの事など、どうでもいいが、わしには太郎という弟子がおる。蓮崇殿がわしの弟子になれば、太郎とは兄弟弟子という事になる。蓮崇殿はどうしても、太郎と比べられる事になるんじゃ。このお山で修行する事になれば、常に太郎と比べられておるという事を意識しなければならん。それに耐える事ができるかが問題じゃ」
「成程な。できのいい兄貴を持った弟が肩身の狭い思いをするのと同じというわけか」
「そうじゃ。蓮崇殿が、そんな事を一々気にしなければ何も問題はないが、わりと繊細な所があるからのう。それに耐えるには、自分に自信を持たなければならんのじゃ。百日行をやり通す事によって、その自信は付くはずじゃ」
「百日間、歩かせるつもりか」
「あの姿を見ておったら、何としても歩かせたいと思うじゃろう」
「それはそうじゃがのう、後九十三日、先はまだまだ長いぞ」
「まあ、やってみるしかない」
蓮崇は荒い息をしながら、足元の道だけを見て、杖を突き、一歩一歩進んでいた。頭は重く、石ころが一杯詰まっているようだった。何も考える事ができなかった。ただ、やらなければならないという気持ちだけで動いていた。なぜ、こんな事をやらなければならないのか分からなかったが、この修行の後には必ず、浄土があると信じていた。しかし、浄土にたどり着くまでの道のりは辛く長いものだった。蓮崇は心の中で、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えながら歩いていた。
十日間が過ぎた。
相変わらず、蓮崇は苦しそうだった。
血を吐く事はなくなったが、金剛杖を頼りに足を引きずりながら歩いていた。それでも、歩く速さは少し速くなったようだった。蓮崇の速さに合わせて歩いているため、風眼坊と早雲の方が返って疲れが溜まって来ていた。
「おい、小太郎、わしらは何も奴に付き合う事はないんじゃないのか」と早雲は言い出した。
「ああ、無理に付き合う事はないさ」
「おぬしもそろそろ、お雪殿に会いたくなったんじゃないのか」
「そりゃ、会いたいさ」
「蓮崇なんか放っておいて、山を下りようぜ。わしも女子が恋しくなった」
「何を言っておる。おぬしは坊主になったんじゃろうが」
「正式になったわけではない。わしは本願寺の坊主になる事にするわ」
「いい加減な奴じゃのう」
「二人も女房を持っておる、おぬし程じゃないわ」
「それを言うな。成り行きで、そうなっただけじゃ」
「わしも成り行きで坊主になったが、これからは本物の禅をするんじゃ」
「ほう。おぬしの話じゃと、歩く事も立派な禅じゃろ」
「そりゃそうじゃが‥‥‥」
「百日禅じゃと思って続けるんじゃな」
「百日禅か‥‥‥そいつは面白い、百日禅か‥‥‥よし、わしは百日禅をするぞ。いいか、小太郎、これからは話し掛けるな。わしは先に行くぞ」
「何を言ってやがる。話し掛けたのはそっちじゃろ」
早雲は何を思ったのか、一人で先に行った。蓮崇も追い越し、一人でさっさと歩いて行った。
蓮崇は念仏を唱えながら、ただ、ひたすら歩いていた。
苦しかった。しかし、やめようとは思わなかった。やめたら、この先、生きて行く望みはなかった。たとえ、途中で死ぬ事になろうとも、その方がましだった。
蓮崇は死ぬか、やり遂げるか、自分に賭けていた。まだ九十日もあった。
早雲は蓮崇に付き合うつもりで百日行を始めたが、せっかくやるなら、人に付き合うより、自分のためにやった方がいいと気づき、百日間の歩く禅をやる事に決めた。歩きながら無の心境になろうと考えた。
その日から早雲は二人に付き合わないで、一人で歩き、二人よりも一時(イットキ、二時間)近く早く宿坊に帰り、座禅をしながら待っていた。
一休と出会い、本物の禅は分かったが、それをどうやって実行に移したらいいのか分からなかった。駿河において早雲は立派な禅僧という事になっている。今川のお屋形様(義忠)の義兄として、一休のような真似はできなかった。どうしたら、本物と言える禅を実行できるかを考えていた。
早雲の側にも女がいた。春雨という芸人だった。半年近く一緒に暮らして、お互いに惹かれている事に気づいていた。春雨はしきりに早雲に誘いを掛けるが、早雲はそれをかわして来た。自分が僧侶だからという理由で避けて来たが、それは本心ではなかった。
早雲も春雨が好きだった。抱きたいと思う気持ちをしきりに抑えていた。なぜ、そんな事をして来たかというと、外聞(ガイブン)をはばかっていたからに他ならなかった。皆から偉い禅僧だと思われている早雲が、女犯を犯したら、誰にも相手にされなくなるという事を恐れていたからだった。それは本物の禅ではなかった。ただの逃げでしかない。逃げている以上、本物の禅の境地に達する事はできなかった。かと言って、一休のように堂々と春雨を抱く事ができるか、と問われれば、今の早雲にはできなかった。
何もかも捨て、無一物の境地になって駿河に行ったはずが、いつの間にか、回りから偉い和尚だと思われる事によって、捨てる事のできない地位というものを身に付けてしまっていた。今、早雲が春雨を抱けば、その地位を失い、ただの生臭(ナマグサ)坊主になってしまう。この先、本物の禅に生きるつもりなら、それを覚悟しなければならなかった。偽坊主のままでいれば、今まで通り、人々から敬(ウヤマ)われる和尚でいられる。早雲はどっちを選んだらいいか迷っていた。
一ケ月が過ぎた。
山々が色づき始めた。
蓮崇は歩き通していた。
体付きや顔付きはすっかり変わって来ていた。髭や髪が伸びて来たせいもあるが、目がギラギラと輝き、一種の気魄(キハク)というものが感じられた。
風眼坊は、もしかしたら、蓮崇は百日間、歩き通すかも知れないと思った。なぜか、早雲の方がおかしくなって来ていた。ほとんど口も利かなくなり、苦しそうに歩いていた。
早雲も風眼坊も蓮崇よりも年上だった。風眼坊の方は一年半前までは大峯にいたので、まだ体はできているが、早雲の方は山歩きに慣れているとはいえない。蓮崇程ではないにしろ、かなり、きついはずだった。
早雲が一番先を歩き、蓮崇が歩き、風眼坊は一番最後を散歩している気分で歩いていた。
今が一番、きつい時だろう。今を乗り越え、半分の五十日を乗り越えれば、何とか歩き通す事ができるだろうと風眼坊は思った。
三十三日目だった。
怪石奇岩の並ぶ、竜王山へと続く道を歩いている時、突然、前を歩く蓮崇が崩れるようにして倒れ込んだ。
風眼坊は駈け寄った。
蓮崇は苦しい息をしながら目を剥き、風眼坊の方を見ながら手を高く差し延べ、何かをつかもうとしていた。やがて、その手は力なく落ちると蓮崇は目をつむり、『南無阿弥陀仏』と呟くと、ガクッとなった。
風眼坊は慌てて、前を行く早雲を呼んだ。
蓮崇は意識を失い、夢を見ていた。
蓮崇はお花畑の中に立っていた。
遠くの方から何とも言えない妙な調べが流れていた。
空には紫色した雲がたなびいている。
浄土だな、と思った。
やっと、浄土に来られた。辛い山歩きも、もう終わったんだな、と思った。
お花畑の向こうから女の子が蓮崇の方に走って来た。
誰だろう。
何となく、見た事あるような気がした。近づいて来るにしたがって、その女の子が蓮崇の娘だと分かった。流行り病に罹って七歳で亡くなった、あや、という娘だった。
あやは蓮崇に飛び付いて来た。そして、淋しかったと言いながら泣き出した。
蓮崇は娘と手をつないで、お花畑を歩いていた。
急に娘が蓮崇の手を引っ張った。蓮崇は引っ張られるままに娘に付いて行った。
娘に引かれて行った所には綺麗な大きな湖があった。湖の中央に円錐形の形のいい山が聳(ソビ)えていた。
娘は蓮崇を水際まで連れて行った。
水際に女がしゃがみ込んで何かを拾っていた。
女は蓮崇に気づいて振り向き、ゆっくりと立ち上がった。
その女は蓮崇の母親だった。しかし、蓮崇がまだ子供だった頃のままで、蓮崇よりも年がずっと若かった。
女は蓮崇を見て笑った。
蓮崇も笑ったが、変な気分だった。自分の母親が自分よりも若いという事がおかしかった。
母親は蓮崇の名を呼んだ。懐かしい声だった。蓮崇は子供に戻ったかのように母親に抱き着いて行った。不思議な事に蓮崇は母親に抱かれた瞬間、子供に変わった。
蓮崇は母親に聞きたい事が一杯あったが、母親に会った瞬間、そのすべての事が分かったような気がした。
子供に返った蓮崇は母親に舟に乗せられ、湖に漕ぎ出した。
蓮崇は、母親が湖の中央に聳える山に連れて行ってくれるものと思っていた。あの山にはきっと阿弥陀如来様がいらっしゃるんだと信じていた。きっと親鸞聖人(シンランショウニン)様も本泉寺の如乗(ニョジョウ)様もいらっしゃると思った。
湖の中程まで来た時、母親は舟を止めた。
「母ちゃん、どうしたの」と蓮崇は聞いた。
「左衛門太郎や、下をごらん」と母親は言った。
蓮崇は湖の中を覗き込んだ。
綺麗な水の下に何かが見えた。大勢の人々が苦しんでいた。
「地獄なんだね」と蓮崇は母親に言った。
「よく見るのよ」
地獄なんか見たくはない、と思ったが、蓮崇は母親に言われた通り、もう一度、湖の中を見た。
人々は血を流しなから苦しんでいた。地獄の鬼どもはひどい事をするな、と思ったが、鬼の姿はなかった。人々を苦しめていたのは同じ人間だった。何という悪い事をしてるんだと蓮崇は思いながら目をそむけた。
「駄目よ。よく見なさい」と母親は厳しい口調で言った。
蓮崇には母親がどうして怒るのか、分からなかった。
蓮崇はもう一度、湖の中を見た。
『南無阿弥陀仏』と書かれた旗が見えた。やられているのは本願寺の門徒たちだった。女や子供も逃げ惑っていた。門徒たちを苦しめていたのは守護の兵だった。兵たちは面白がって無抵抗の門徒たちを攻めていた。
「やめろ!」と蓮崇は湖に向かって叫んだ。
「左衛門太郎や、お前は、あの人たちを見捨てるつもりなの」と母親は言った。
「だって、俺にはどうする事もできないよ」
「左衛門太郎や、あのお山には親鸞聖人様や如乗様もいらっしゃるのよ。今のお前が、その方たちの前に行けるの。もう少しすれば蓮如上人様もいらっしゃるでしょう。お前は蓮如上人様と会って何というつもりだい」
「母ちゃん‥‥‥俺、まだ、やらなきゃならない事があるんだ。まだ、あのお山には行けないよ」
「分かってくれたんだね」
「母ちゃん、どうすればいいの」
「飛び込むのよ」
「この中に?」
「そう」
蓮崇はじっと母親の顔を見つめた。
母親は頷いた。
蓮崇は思い切って湖の中に飛び込んだ。
大きな渦に巻き込まれて、どんどん下に落ちて行くようだった。
蓮崇は目を明けた。
風眼坊と早雲の顔があった。
「おい、大丈夫か」と風眼坊の声が聞こえて来た。
「蓮崇!」と早雲は怒鳴っていた。
「大丈夫です」と蓮崇は言って体を起こした。
「よかった‥‥‥死んじまったんかと思ったわ。脅かすな」
「死んだ‥‥‥死んだのかもしれない」
「何を言っておるんじゃ。脅かすなよ」と早雲は言った。
「浄土を見たんじゃ‥‥‥」と蓮崇は言った。
「浄土を見た?」と風眼坊は聞いた。
「はい‥‥‥わしは生き返ったのかもしれん‥‥‥」
「蓮崇、大丈夫か‥‥‥もう、やめた方がいいぞ。もう、充分やったろう、もう、気が済んだはずじゃ」と早雲は言った。
「いえ、大丈夫です。わしは本当に生き返ったんです。生まれ変わったんです」
蓮崇は立ち上がった。
体が軽くなったような気がした。
蓮崇は杖を取り直すと歩き始めた。
「あいつ、大丈夫か」と早雲は風眼坊に聞いた。
「あれを見て見ろ」と風眼坊は蓮崇の歩く後ろ姿を見ながら言った。
「空元気というやつじゃないのか」
「いや。奴の言う通り、本当に一度死んで、生き返ったのかもしれん」
「そんな事があるのか」
「ある。奇跡と言われるもんじゃ。厳しい行を積んでおると信じられないような奇跡が起こるもんじゃ。三途の川を渡る所まで行ったが、戻って来て、生き返る事ができた、という話をよく聞く」
「奴もその経験をしたと言うのか」
「多分‥‥‥」
「ほう、三途の川から戻って来たか‥‥‥」
その時を区切りにして蓮崇は変わって行った。
急に身が軽くなったかのように歩くのが速くなった。
先頭を歩く早雲と同じ早さで歩く事ができるようになって行った。
紅葉(モミジ)の映える山の中を三人の山伏の行は続いていた。
お雪は子供と遊んでいた。
お雪に蓮崇の事を聞くと、弥兵を連れてお山に登った、と言った。
「お山へ?」と風眼坊は首を傾げた。
「蓮崇様、全然、寝てないみたい。今朝、あたしが起きた時、ずっと坐り込んでいたわ。昨日の朝もそうよ。何かをずっと悩んでいるみたい」
「そうか‥‥‥」
「相談に乗ってあげたら?」
風眼坊は首を振った。「自分で答えを見つけるしかないんじゃ。蓮崇殿は今まで、ずっと本願寺のために生きて来た。その本願寺が蓮崇殿の前から消えた。これからどう生きたらいいのか、自分で答えを見つけなければならん」
「でも‥‥‥」
「大丈夫じゃ。蓮崇殿はそんなやわな男じゃない。絶対に自分で答えを見つけるさ」
「そうだといいんだけど、このままで行ったら、蓮崇様、病気になっちゃうわ」
「病気になったら治療してやるさ。名医がここに二人もおるんじゃからな。それよりも、明日の朝、旅立つぞ。早雲も一緒に行く事になった」
「早雲様も‥‥‥早雲様って、あなたの幼馴染みだったのね」
「まあ、そういう事じゃな。播磨に一緒に行ってから、今度は駿河に行く」
「駿河?」
「ああ。しばらくは駿河に落ち着く事になるかもしれん」
「駿河って富士山があるのよね。見てみたいわ」
「綺麗な山じゃ」
「楽しみだわ」お雪は嬉しそうに笑った。
「うむ‥‥‥それにしても、蓮崇殿はどうしてお山に登ったんじゃろう」
「さあ、武術でも習いたくなったんじゃないの」
風眼坊は飯道山を見ながら頷いた。「しかし、あの年から始めるのは、言っては悪いが、ちょっと無理じゃな」
「蓮崇様って幾つなの」
「四十一だと思ったがのう」
「四十一からじゃ武術を習うのは無理なの」
「若い頃、少しでもやった事があれば、見込みがない事もないが、蓮崇殿はその経験はない。やる気があっても、もう体の方が言う事を聞かんじゃろうのう。吉崎におった頃、少し教えたが、まあ、ものにはならんな」
「そう‥‥‥残念ね」
夕方、風眼坊とお雪が帰ると、蓮崇と早雲が何やら話していた。
「よう。仲良くお出掛けか」と早雲は二人が入って来ると囃(ハヤ)し立てた。
「羨ましいじゃろう」と風眼坊は言って腰を下ろした。
「今、蓮崇殿から本願寺の事を聞いておったんじゃ。本願寺では坊主の妻帯を許しておるんだそうじゃのう」
「ああ、そうじゃ。蓮如殿には十人以上も子供がおるわ」
「十人以上もか、そいつは凄いのう」
「蓮崇殿、明日の朝、ここを発つ事にした」と風眼坊は言った。「今晩は、ゆっくり休んだ方がいいぞ。長旅になるからのう」
「風眼坊殿」と蓮崇は突然、大きな声を出した。
「何じゃ」
蓮崇は風眼坊を見つめていた。その顔は何かを決心したかのように感じられた。
風眼坊は改めて蓮崇の方を向いて、蓮崇の言葉を待った。
「わしを弟子にして下さい」と蓮崇は両手を付いて頭を下げた。
「弟子というのは、武術の弟子か」
「はい、そうです」
「弟子になってどうするつもりじゃ」
「わしは本願寺を破門になり、本願寺の事はすっかり忘れて、新しい人生を送ろうと思いました。しかし、加賀では門徒たちは苦しんでおります。破門になったからといって、もう関係ないと見て見ぬ振りは、わしにはできません。そんな事をする位なら、いっそ、死んだ方が増しだと思いました。どこか、遠くの山の中にでも行って死のうと決心しました。ところが、この前、風眼坊殿は破門されても本願寺のために生きる事はできると言いました。わしはそんな事ができるわけないと思いました。しかし、ようやく、風眼坊殿の言いたかった事が分かりました」
「分かったか」
「はい、わしは本願寺の裏の組織を完成させるつもりです」
「うむ。わしもその事を蓮崇殿にやってもらいたかったのじゃ。裏の組織というのは絶対に表には出ない。たとえ、破門の身であっても蓮崇殿ならできる。わしはそう思っておった」
「しかし、実際、破門された身で加賀に乗り込んでも組織作りなんてできません」
「いや、蓮崇殿ならできると思うがのう」
「いえ、まず、破門されたわしは門徒たちに相手にされません。生まれ変わらなければならないと気づいたのです」
「それで、山伏になるというのか」
「はい。山伏になって武術を身に付けます。まず、強くなければ誰にも相手にされません。裏の組織を作るにしても口だけでは誰も動きません」
「うむ、そうかもしれんのう。もう下間一族の蓮崇殿ではないからのう。口だけでは誰も動かんのう」
「風眼坊殿、お願いです。わしを弟子にして武術を教えて下さい」
「弟子にするのは簡単じゃ。しかしのう‥‥‥」
「わしも年の事は考えました。この年になって武術を始めても、ものになるかどうか分かりません。しかし、一度、死ぬ覚悟をしました。死ぬ気で頑張るつもりです。どうか、お願いします」
「うーむ‥‥‥」風眼坊は腕を組んで考えた。
「お願いします」と蓮崇は頭を畳(タタミ)にこすり付けて頼んでいた。
「蓮崇殿、こうしよう。蓮崇殿が死ぬ気で武術を習いたいのなら、まず、基本である体を作らなければならん。飯道山には奥駈けといって、山の中を修行する道がある。その道を百日間休まずに歩き通す百日行というのがある。雨が降っても、風が吹いても、体の具合が悪くても、一日も休む事はならん。今から始めれば、冬になり、雪が降る事もあろう。しかし、一日でも休めば、その行は初めからやり直さなくてはならん。蓮崇殿、まず、その行から始める。その行に耐える事ができれば、武術を身に付ける事もできるじゃろう。その行に耐えられたら、わしの弟子として、この山で一年間、修行を積むがいい。どうじゃな」
「百日行‥‥‥道のりはどれ位なんですか」
「一日、およそ十三里(約五十キロ)じゃ」
「山の中を十三里ですか‥‥‥」
「きついぞ。しかし、わしの弟子になるには、それが第一関門じゃ。わしのたった一人の弟子である太郎坊は、百日行を二回しておる。早雲も一回やっておるのう」
「ああ、あれには参ったわ。しかし、あれを経験しておくと大低の事には耐えられるのう」
「やります。やらせて下さい」と蓮崇は迷わずに言った。
「よし、分かった‥‥‥今日はゆっくり休んだ方がいい。そうじゃのう、明日、準備をして、あさってから始めるか。それまで体調を整えておけ、始めたら百日間は休めんからのう」
「はい。分かりました。お願いします」
「予定変更じゃ。どうするかのう、おぬし、先に播磨に行くか」と風眼坊は早雲に聞いた。
「いや、わしも付き合うよ」と早雲は言った。
「なに、おぬしも百日行をやると言うのか」
「ああ。どうせ、おぬしは最後まで付き合うつもりじゃろ。わしも負けられんわ」
「また、張り合うのか」
「そうじゃ。おぬしがやると言うのに、わしが見ているわけにはいかん」
「相変わらずじゃのう。そうなると問題は、お雪じゃのう」
「あたしは花養院で待っています。仲恵尼様が、あたしが子供の病気の治療をした事を聞いて、しばらく、いてくれたら助かると言っておりましたから、あそこで子供たちの面倒を見ています」
「そうか、あそこで待っていてくれるか」
「はい‥‥‥蓮崇様、頑張って下さいね」
お雪が百日間、いる所となると花養院より他にはなかったが、花養院にいれば、当然、松恵尼と顔を合わす事となる。まずい、と思ったが仕方なかった。成るように成れ、と開き直るより他になかった。
その日は皆、早く寝た。
次の日、風眼坊はわけを話して、お雪の事を仲恵尼に頼んだ。仲恵尼は喜んで、お雪の事を引き受けてくれた。何となく、仲恵尼が自分を見る目が変わったような気がした。以前のように、皮肉を込めた目付きではなかった。どうしたんだろうと思いながらも、たまたま機嫌がいいだけなんだろうと思って山に登った。
高林坊と会い、蓮崇の事を話し、百日行の許可を取った。
高林坊も話を聞いて驚いていた。あの年で、初めて百日行をやるとは信じられないようだったが、風眼坊と早雲が最後まで付き合うというので、高林坊も安心して許可をした。
高林坊から三人分の山伏の支度を借りると風眼坊は山を下りた。
明日から始めて、百日行が無事に終わるのは十二月の半ばだった。丁度、太郎が志能便の術を教えている頃だった。行が無事に終わったら蓮崇をお山に預け、太郎と一緒に播磨に向かおうと風眼坊は思った。
6
百日行が始まった。
初日から雨降りだった。
雨の降る中、山伏姿の三人は太神山(タナガミサン)へと向かった。初日から四日目までは足慣らしのため、半分の片道だけなので、別に問題はなかった。
風眼坊も早雲も、蓮崇に合わせて、のんびりと歩いていた。
蓮崇は真剣だった。しかし、体が気持ちに付いて行くかが問題だった。はっきり言って、蓮崇の体は武術をする体付きではなかった。今まで、体の事に気を配った事もないのだろう。体全体に余計な肉が付き過ぎていた。百日間、歩き通す事ができれば、見違える程の体になるだろうが、果たして、やり通す事ができるかどうか不安だった。
早雲は、まあ持って一ケ月じゃろうな、半分の五十日歩き通せば、大したもんだと風眼坊に言った。
風眼坊も五十日持てば、いい方だろうと思った。やるだけやって駄目だったら、本人も諦めるだろう。それでも諦めなかったら、来年の一月に、若い修行者たちと一緒に、一年間の修行をやらせようと思っていた。
五日目から本格的な抖擻行(トソウギョウ)が始まった。
蓮崇はその日から、もう危なそうだった。帰り道の途中から腹を押えながら、足を引きずり歩いていた。宿坊にたどり着いた頃には、もう真っ暗になっていた。
次の朝には、もう起きられないかもしれない、と風眼坊も早雲も思った。
次の日、蓮崇は気力を振り絞って起き、歩き出した。
風眼坊も早雲も何も言わず、蓮崇の後ろを歩いた。
それぞれの山の山頂には、その山の本尊が祀(マツ)ってあった。
飯道山頂には飯道権現と役小角(エンノオヅヌ)、地蔵山には地蔵菩薩、大納言山には虚空蔵菩薩(コクウゾウボサツ)、阿星(アボシ)山には釈迦如来(シャカニョライ)、金勝(コンゼ)山には千手観音、竜王山には八大竜王、弥勒(ミロク)山には弥勒菩薩、薬師山には薬師如来、最後の太神山には不動明王と役小角、そして、金勝寺の奥の院の狛坂寺(コマサカジ)には阿弥陀如来、弥勒山と薬師山の途中にある観音の滝には十一面観音が祀ってあった。
それらの所では決められた印(イン)を結び、決められた真言(シンゴン)を唱えなければならなかった。
蓮崇は風眼坊の言う通りに真似をした。本願寺の門徒であった蓮崇にとって、念仏以外の真言を唱えるのに抵抗を感じていたようだったが、「生まれ変わるのじゃ」と風眼坊に言われ、仕方なく風眼坊の真似をした。
七日目に蓮崇は歩きながら血を吐いた。
毎日、疲れ切っているので、食欲もわかず、ほとんど何も食べないで歩き通していた。目はくぼみ、頬はげっそりとして、すっかり顔付きが変わっていた。足の裏は血だらけになっていた。
早雲は、もうやめさせた方がいいと言ったが、風眼坊は、まだ死にはせんと言って、やめさせなかった。
「このまま続けたら、一ケ月で死ぬぞ」と早雲は言った。
「生まれ変わるには、一度、死ななくてはならん」と風眼坊は言った。
「きつい事を言うのう」
「わしの弟子になるには、それだけの事をしてもらわんとな」
「おぬしの名が落ちると言うわけか」
「いや、わしの事など、どうでもいいが、わしには太郎という弟子がおる。蓮崇殿がわしの弟子になれば、太郎とは兄弟弟子という事になる。蓮崇殿はどうしても、太郎と比べられる事になるんじゃ。このお山で修行する事になれば、常に太郎と比べられておるという事を意識しなければならん。それに耐える事ができるかが問題じゃ」
「成程な。できのいい兄貴を持った弟が肩身の狭い思いをするのと同じというわけか」
「そうじゃ。蓮崇殿が、そんな事を一々気にしなければ何も問題はないが、わりと繊細な所があるからのう。それに耐えるには、自分に自信を持たなければならんのじゃ。百日行をやり通す事によって、その自信は付くはずじゃ」
「百日間、歩かせるつもりか」
「あの姿を見ておったら、何としても歩かせたいと思うじゃろう」
「それはそうじゃがのう、後九十三日、先はまだまだ長いぞ」
「まあ、やってみるしかない」
蓮崇は荒い息をしながら、足元の道だけを見て、杖を突き、一歩一歩進んでいた。頭は重く、石ころが一杯詰まっているようだった。何も考える事ができなかった。ただ、やらなければならないという気持ちだけで動いていた。なぜ、こんな事をやらなければならないのか分からなかったが、この修行の後には必ず、浄土があると信じていた。しかし、浄土にたどり着くまでの道のりは辛く長いものだった。蓮崇は心の中で、「南無阿弥陀仏」と念仏を唱えながら歩いていた。
十日間が過ぎた。
相変わらず、蓮崇は苦しそうだった。
血を吐く事はなくなったが、金剛杖を頼りに足を引きずりながら歩いていた。それでも、歩く速さは少し速くなったようだった。蓮崇の速さに合わせて歩いているため、風眼坊と早雲の方が返って疲れが溜まって来ていた。
「おい、小太郎、わしらは何も奴に付き合う事はないんじゃないのか」と早雲は言い出した。
「ああ、無理に付き合う事はないさ」
「おぬしもそろそろ、お雪殿に会いたくなったんじゃないのか」
「そりゃ、会いたいさ」
「蓮崇なんか放っておいて、山を下りようぜ。わしも女子が恋しくなった」
「何を言っておる。おぬしは坊主になったんじゃろうが」
「正式になったわけではない。わしは本願寺の坊主になる事にするわ」
「いい加減な奴じゃのう」
「二人も女房を持っておる、おぬし程じゃないわ」
「それを言うな。成り行きで、そうなっただけじゃ」
「わしも成り行きで坊主になったが、これからは本物の禅をするんじゃ」
「ほう。おぬしの話じゃと、歩く事も立派な禅じゃろ」
「そりゃそうじゃが‥‥‥」
「百日禅じゃと思って続けるんじゃな」
「百日禅か‥‥‥そいつは面白い、百日禅か‥‥‥よし、わしは百日禅をするぞ。いいか、小太郎、これからは話し掛けるな。わしは先に行くぞ」
「何を言ってやがる。話し掛けたのはそっちじゃろ」
早雲は何を思ったのか、一人で先に行った。蓮崇も追い越し、一人でさっさと歩いて行った。
蓮崇は念仏を唱えながら、ただ、ひたすら歩いていた。
苦しかった。しかし、やめようとは思わなかった。やめたら、この先、生きて行く望みはなかった。たとえ、途中で死ぬ事になろうとも、その方がましだった。
蓮崇は死ぬか、やり遂げるか、自分に賭けていた。まだ九十日もあった。
早雲は蓮崇に付き合うつもりで百日行を始めたが、せっかくやるなら、人に付き合うより、自分のためにやった方がいいと気づき、百日間の歩く禅をやる事に決めた。歩きながら無の心境になろうと考えた。
その日から早雲は二人に付き合わないで、一人で歩き、二人よりも一時(イットキ、二時間)近く早く宿坊に帰り、座禅をしながら待っていた。
一休と出会い、本物の禅は分かったが、それをどうやって実行に移したらいいのか分からなかった。駿河において早雲は立派な禅僧という事になっている。今川のお屋形様(義忠)の義兄として、一休のような真似はできなかった。どうしたら、本物と言える禅を実行できるかを考えていた。
早雲の側にも女がいた。春雨という芸人だった。半年近く一緒に暮らして、お互いに惹かれている事に気づいていた。春雨はしきりに早雲に誘いを掛けるが、早雲はそれをかわして来た。自分が僧侶だからという理由で避けて来たが、それは本心ではなかった。
早雲も春雨が好きだった。抱きたいと思う気持ちをしきりに抑えていた。なぜ、そんな事をして来たかというと、外聞(ガイブン)をはばかっていたからに他ならなかった。皆から偉い禅僧だと思われている早雲が、女犯を犯したら、誰にも相手にされなくなるという事を恐れていたからだった。それは本物の禅ではなかった。ただの逃げでしかない。逃げている以上、本物の禅の境地に達する事はできなかった。かと言って、一休のように堂々と春雨を抱く事ができるか、と問われれば、今の早雲にはできなかった。
何もかも捨て、無一物の境地になって駿河に行ったはずが、いつの間にか、回りから偉い和尚だと思われる事によって、捨てる事のできない地位というものを身に付けてしまっていた。今、早雲が春雨を抱けば、その地位を失い、ただの生臭(ナマグサ)坊主になってしまう。この先、本物の禅に生きるつもりなら、それを覚悟しなければならなかった。偽坊主のままでいれば、今まで通り、人々から敬(ウヤマ)われる和尚でいられる。早雲はどっちを選んだらいいか迷っていた。
一ケ月が過ぎた。
山々が色づき始めた。
蓮崇は歩き通していた。
体付きや顔付きはすっかり変わって来ていた。髭や髪が伸びて来たせいもあるが、目がギラギラと輝き、一種の気魄(キハク)というものが感じられた。
風眼坊は、もしかしたら、蓮崇は百日間、歩き通すかも知れないと思った。なぜか、早雲の方がおかしくなって来ていた。ほとんど口も利かなくなり、苦しそうに歩いていた。
早雲も風眼坊も蓮崇よりも年上だった。風眼坊の方は一年半前までは大峯にいたので、まだ体はできているが、早雲の方は山歩きに慣れているとはいえない。蓮崇程ではないにしろ、かなり、きついはずだった。
早雲が一番先を歩き、蓮崇が歩き、風眼坊は一番最後を散歩している気分で歩いていた。
今が一番、きつい時だろう。今を乗り越え、半分の五十日を乗り越えれば、何とか歩き通す事ができるだろうと風眼坊は思った。
三十三日目だった。
怪石奇岩の並ぶ、竜王山へと続く道を歩いている時、突然、前を歩く蓮崇が崩れるようにして倒れ込んだ。
風眼坊は駈け寄った。
蓮崇は苦しい息をしながら目を剥き、風眼坊の方を見ながら手を高く差し延べ、何かをつかもうとしていた。やがて、その手は力なく落ちると蓮崇は目をつむり、『南無阿弥陀仏』と呟くと、ガクッとなった。
風眼坊は慌てて、前を行く早雲を呼んだ。
蓮崇は意識を失い、夢を見ていた。
蓮崇はお花畑の中に立っていた。
遠くの方から何とも言えない妙な調べが流れていた。
空には紫色した雲がたなびいている。
浄土だな、と思った。
やっと、浄土に来られた。辛い山歩きも、もう終わったんだな、と思った。
お花畑の向こうから女の子が蓮崇の方に走って来た。
誰だろう。
何となく、見た事あるような気がした。近づいて来るにしたがって、その女の子が蓮崇の娘だと分かった。流行り病に罹って七歳で亡くなった、あや、という娘だった。
あやは蓮崇に飛び付いて来た。そして、淋しかったと言いながら泣き出した。
蓮崇は娘と手をつないで、お花畑を歩いていた。
急に娘が蓮崇の手を引っ張った。蓮崇は引っ張られるままに娘に付いて行った。
娘に引かれて行った所には綺麗な大きな湖があった。湖の中央に円錐形の形のいい山が聳(ソビ)えていた。
娘は蓮崇を水際まで連れて行った。
水際に女がしゃがみ込んで何かを拾っていた。
女は蓮崇に気づいて振り向き、ゆっくりと立ち上がった。
その女は蓮崇の母親だった。しかし、蓮崇がまだ子供だった頃のままで、蓮崇よりも年がずっと若かった。
女は蓮崇を見て笑った。
蓮崇も笑ったが、変な気分だった。自分の母親が自分よりも若いという事がおかしかった。
母親は蓮崇の名を呼んだ。懐かしい声だった。蓮崇は子供に戻ったかのように母親に抱き着いて行った。不思議な事に蓮崇は母親に抱かれた瞬間、子供に変わった。
蓮崇は母親に聞きたい事が一杯あったが、母親に会った瞬間、そのすべての事が分かったような気がした。
子供に返った蓮崇は母親に舟に乗せられ、湖に漕ぎ出した。
蓮崇は、母親が湖の中央に聳える山に連れて行ってくれるものと思っていた。あの山にはきっと阿弥陀如来様がいらっしゃるんだと信じていた。きっと親鸞聖人(シンランショウニン)様も本泉寺の如乗(ニョジョウ)様もいらっしゃると思った。
湖の中程まで来た時、母親は舟を止めた。
「母ちゃん、どうしたの」と蓮崇は聞いた。
「左衛門太郎や、下をごらん」と母親は言った。
蓮崇は湖の中を覗き込んだ。
綺麗な水の下に何かが見えた。大勢の人々が苦しんでいた。
「地獄なんだね」と蓮崇は母親に言った。
「よく見るのよ」
地獄なんか見たくはない、と思ったが、蓮崇は母親に言われた通り、もう一度、湖の中を見た。
人々は血を流しなから苦しんでいた。地獄の鬼どもはひどい事をするな、と思ったが、鬼の姿はなかった。人々を苦しめていたのは同じ人間だった。何という悪い事をしてるんだと蓮崇は思いながら目をそむけた。
「駄目よ。よく見なさい」と母親は厳しい口調で言った。
蓮崇には母親がどうして怒るのか、分からなかった。
蓮崇はもう一度、湖の中を見た。
『南無阿弥陀仏』と書かれた旗が見えた。やられているのは本願寺の門徒たちだった。女や子供も逃げ惑っていた。門徒たちを苦しめていたのは守護の兵だった。兵たちは面白がって無抵抗の門徒たちを攻めていた。
「やめろ!」と蓮崇は湖に向かって叫んだ。
「左衛門太郎や、お前は、あの人たちを見捨てるつもりなの」と母親は言った。
「だって、俺にはどうする事もできないよ」
「左衛門太郎や、あのお山には親鸞聖人様や如乗様もいらっしゃるのよ。今のお前が、その方たちの前に行けるの。もう少しすれば蓮如上人様もいらっしゃるでしょう。お前は蓮如上人様と会って何というつもりだい」
「母ちゃん‥‥‥俺、まだ、やらなきゃならない事があるんだ。まだ、あのお山には行けないよ」
「分かってくれたんだね」
「母ちゃん、どうすればいいの」
「飛び込むのよ」
「この中に?」
「そう」
蓮崇はじっと母親の顔を見つめた。
母親は頷いた。
蓮崇は思い切って湖の中に飛び込んだ。
大きな渦に巻き込まれて、どんどん下に落ちて行くようだった。
蓮崇は目を明けた。
風眼坊と早雲の顔があった。
「おい、大丈夫か」と風眼坊の声が聞こえて来た。
「蓮崇!」と早雲は怒鳴っていた。
「大丈夫です」と蓮崇は言って体を起こした。
「よかった‥‥‥死んじまったんかと思ったわ。脅かすな」
「死んだ‥‥‥死んだのかもしれない」
「何を言っておるんじゃ。脅かすなよ」と早雲は言った。
「浄土を見たんじゃ‥‥‥」と蓮崇は言った。
「浄土を見た?」と風眼坊は聞いた。
「はい‥‥‥わしは生き返ったのかもしれん‥‥‥」
「蓮崇、大丈夫か‥‥‥もう、やめた方がいいぞ。もう、充分やったろう、もう、気が済んだはずじゃ」と早雲は言った。
「いえ、大丈夫です。わしは本当に生き返ったんです。生まれ変わったんです」
蓮崇は立ち上がった。
体が軽くなったような気がした。
蓮崇は杖を取り直すと歩き始めた。
「あいつ、大丈夫か」と早雲は風眼坊に聞いた。
「あれを見て見ろ」と風眼坊は蓮崇の歩く後ろ姿を見ながら言った。
「空元気というやつじゃないのか」
「いや。奴の言う通り、本当に一度死んで、生き返ったのかもしれん」
「そんな事があるのか」
「ある。奇跡と言われるもんじゃ。厳しい行を積んでおると信じられないような奇跡が起こるもんじゃ。三途の川を渡る所まで行ったが、戻って来て、生き返る事ができた、という話をよく聞く」
「奴もその経験をしたと言うのか」
「多分‥‥‥」
「ほう、三途の川から戻って来たか‥‥‥」
その時を区切りにして蓮崇は変わって行った。
急に身が軽くなったかのように歩くのが速くなった。
先頭を歩く早雲と同じ早さで歩く事ができるようになって行った。
紅葉(モミジ)の映える山の中を三人の山伏の行は続いていた。
34.百合と千太郎1
1
職人や人足が忙しそうに走り回っていた。
人足の中には、女の人足もかなり混ざって働いていた。
活気があった。
皆、新しい町作りに張り切って仕事に励んでいた。
播磨の国、大河内(オオコウチ)庄、赤松日向守(ヒュウガノカミ、太郎)の城下は完成しつつあった。すでに、太郎の屋敷と磨羅寺は完成し、小野屋を初め、大通りに面して建つ大手の商人たちの蔵や屋敷も完成していた。置塩のお屋形様、赤松政則より目付として派遣されている上原性祐(ショウユウ)入道と喜多野性守(ショウシュ)入道の屋敷ももうすぐ完成するので、二人は八月に置塩城下から下向して来ていた。
今、評定所(ヒョウジョウショ)と太郎の重臣たちの屋敷を建設中だった。
完成したばかりの太郎の屋敷の常御殿(ツネゴテン)の一室で、松恵尼と楓が楽しそうに話していた。
松恵尼は、今年の三月に生まれた百合という名の女の子を抱いていた。四歳になった百太郎は中庭で楓の侍女の住吉と遊んでいる。
京の浦上屋敷から連れて来た五人の侍女も皆、この屋敷に移って来ていた。さらに、政則からも五人の侍女を付けられ、楓は十人の侍女に囲まれて暮らしていた。楓にしたら侍女など必要なかったが仕方がなかった。
楓は三月、置塩城下の政則の屋敷内に特別に建てられた産屋において百合を産んだ。そして、八月に大河内の太郎の屋敷が完成すると、十人の侍女を引き連れて移って来た。
太郎の新しい屋敷は驚く程、大きな屋敷だった。勿論、置塩城下の政則の屋敷よりは小さかったが、最初に滞在していた別所加賀守の屋敷よりも大きいようだった。こんな大きな屋敷に住む事になるなんて夢のようだった。
百太郎は喜んで屋敷の中を走り回っていた。
屋敷の縄張りをしたのは夢庵肖柏(ムアンショウハク)であった。
南に面した表門を入ると、正面に主殿と呼ばれる接客用の建物がある。主殿には、上段の間付きの大広間としての機能を持つ部屋と、客との対面する会所(カイショ)、執事(シツジ)の部屋、客間などがあり、遠侍(トオザムライ)と呼ばれる侍の溜まり場とつながっていた。
門の右側には大きな廐(ウマヤ)と侍たちの長屋があり、左側の方には大きな台所があった。その台所の奥に、太郎と楓たちの住む常御殿があった。常御殿の後ろに、この屋敷の特徴とも言える三階建ての見張り櫓(ヤグラ)が建っていた。
見張り櫓と言っても、常にここに見張りの兵がいるわけではない。この見張り櫓は太郎が月見をしたり、考え事をしたりする時に使う個人的なものだった。
太郎は高い所が好きだった。屋根の上で昼寝をしたり、回りを眺めたりするのが好きだった。太郎は飯道山にいた頃、よく寺院の三重の塔の屋根によじ登り、一番上に坐り込んで回りの景色を楽しんでいた。ここに自分の屋敷を建てる事となって、どうしても、屋敷内に三重の塔のような高い建物を建てたかった。それは太郎の夢だった。そして、その夢は実現した。太郎はこの屋敷にいる時は、毎日のように月影楼と名づけた見張り櫓に登っていた。
月影楼を作ったのは金勝座(コンゼザ)の舞台作りの甚助だった。助六から、甚助が元、宮大工だった事を聞いていたので、太郎は甚助に相談した。甚助は太郎の話に乗って来た。久し振りに一仕事できると喜んで引き受けてくれた。太郎と夢庵と甚助の三人で相談しながら図面を引いて作った傑作だった。
一階は東西三間(約五、四メートル)南北二間(ケン)半(約四、五メートル)の板の間だった。その部屋の回りに半間幅の回廊(カイロウ)が付き、部屋の中央には太い柱があり、その柱は三階の床下までつながっていた。太郎はここで剣を振り、新しい技を考えていた。中央の柱に天狗の面が掛けられ、太郎はここを『天狗の間』と名づけた。西の端に階段があって、階段を登ると一階の屋根裏に出る。ここは二階に直接に階段を付けると急になり過ぎるため、階段の中継地だった。屋根の中なので、二階への登り口から光りが入って来るだけで中は薄暗かった。
この屋根裏部屋は中程から二つに仕切られていた。階段の側はただの通路で、仕切りの向こうに隠し部屋があった。仕切りは一見した所、ただの板壁にしか見えないが、甚助が細工した隠し戸が付いていた。その隠し部屋には、天井に明かり取りの小さな窓があり、畳を敷いた四畳半の座敷があった。そこは太郎が座禅を組む所で『瞑想(メイソウ)の間』と名づけた。
二階は回廊付きの畳敷きの六畳間だったが、部屋の中程を太い柱があるため、畳は五枚半敷いてあった。ここには北の壁に楓の絵を画く予定で『楓の間』と名づけた。北の壁だけでなく、部屋の回りの板戸にも山水画を描く予定だが、まだ、一枚も描かれていない。夢庵が、そのうちに知り合いの絵師を連れて来てやると言ったまま、未だに実行されていなかった。
二階の上には、また屋根裏部屋があった。ここは高さが五尺そこそこしかないので、階段から階段への通路としか使い道はなかった。太郎はこの部屋には特に名前をつけなかったが、百太郎を連れて来た時、太郎たちが頭をかがめなければならないのに、百太郎は平気で走り回っていた。太郎はここを『百太郎の間』と名づけた。
三階は回廊なしの四畳半だった。回廊はないが、北側に床の間と違い棚が付き、茶室のような構えだった。床の間には、夢庵が書いた『夢』という一文字の掛軸が掛けられ、夢庵が商人から貰ったという新茶の入った茶壷が飾ってあった。太郎はここを『夢の間』と名づけた。この三階の部屋は地上から約四丈(ジョウ、約十二メートル)の高さがあり、城下町を一望のもとに見渡す事ができた。天気のいい日、東西南の板戸を全開にして、大の字になって昼寝をするのが最高の楽しみだった。
三階の部屋の上にも屋根裏部屋があった。部屋という程の広さもなく、立つ事もできないが、最上階のその部屋には守り神として、太郎が彫った智羅天(チラテン)の像が飾ってあり、『天の間』と名づけられていた。
勿論、敵が下から攻めて来た場合の事も考えて、逃げ道も用意されている。各階の目立たない所に抜け穴があり、階段を通らなくても、そこから下の階に降りられるようになっていた。さらに、一階の階段の下にも抜け穴があり、そこを通ると屋敷の外の山の中に出る事ができた。
太郎はこの城下にいる時は、ほとんどの時をこの月影楼で過ごしていた。この楼閣のすべてが、太郎にとっては書斎だと言えた。
松恵尼は百合を抱きながら、庭で遊ぶ百太郎を見ていた。実際に、孫を抱いている祖母のようには見えないが、松恵尼は目を細めて幸せそうだった。
松恵尼がここに来たのは九月の一日だった。楓に引き留められるまま、いつの間にか八日間も滞在していた。松恵尼も久し振りにのんびりしているようだった。大河内城下にも、銀山開発のための『小野屋』の出店があったが、松恵尼は一度だけ顔を見せただけで、後の事はすべて藤兵衛に任せていた。
「御主人様は、また、月影楼に登っているの」と松恵尼は聞いた。
「いえ。今日は、朝早く出掛けました」
「へえ、忙しいのね」
「そんな事ないわ。有能な家臣が一杯いるから、飯道山にいる時より自分の時間が持てると言って喜んでるわ。暇さえあれば月影楼に籠もって剣術の工夫をしているの」
「剣術の工夫?」
「そう。飯道山にいた時は忙しくて、陰流を完成する事ができなかったでしょ。やりたい事ができなくて焦り始めて、おかしくなって大峯山に行ったんですって。こっちに来てから、もう二つの技を考えたって言ってたわ」
「へえ。そうだったの。あたしはまた戦の事でも考えていたのかと思ったわ」
「今の所、戦に行く予定はないみたい。とにかく、銀山を軌道に乗せるまではそれに付きっきりみたい。今年一年は戦には行かないだろうって。今のうちに、できるだけ陰流と陰の術を完成させるんだって張り切ってるわ」
「殿様がそれ程、真剣に剣術をやってるなら、この城下の者たちは、みんな強くなるわね」
楓は笑いながら頷いた。「道場の方も忙しいらしいわ」
「道場の方はあの三人のお弟子さんが見てるの」
「そう。それと、槍の名人の福井様と薙刀の名人の高田様が教えてるわ」
「ふうん。有能な家臣がたくさんいるのね」
「個性の強い人が一杯いるわ」
「そうね。次郎吉や伊助も重臣ですものね。でも、太郎殿の命を狙っていた阿修羅坊殿も、重臣になってるなんて驚きだわ」
「阿修羅坊様と金比羅坊様は主人の両腕とも言える人だわ。阿修羅坊様はこの前の但馬に進攻する時も大活躍したらしいし、今度、銀山を掘るのに中心となる生野という所にお城を作るらしいんですけど、そこのお城を阿修羅坊様が守る事に決まったんですって。生野にお城下を作るために、今朝早く、夢庵さんを連れて出掛けて行ったの」
「夢庵殿も変わったお方ですね。あの方も家臣なの」
「いいえ。夢庵さんはお客様。何となく居心地がいいんで、ここにいるみたい。あれでも御公家さんなのよ。お兄様は大臣をしている偉い人なんですって。ちょっと信じられないけどね、本当みたい」
「へえ、あの人、御公家さんなの? 見えないわね」
「あの人の乗ってる牛、見ました?」
「ええ、金色の角をした牛でしょ。あんな牛に乗って、のんきに歌なんか歌ってるんですもの、初めて見た時、びっくりしたわ。わたしも色々な人を見てるけど、あんなに変わった人は初めてだわ。あの人が御公家さんとはね、世の中も変わったものね」
「夢庵さん、あの牛に乗って、どこでも行くらしいわ。天子(テンシ)様や公方(クボウ)様にも会った事があるんですって、凄い人よ」
「そうなの、凄い人ね。その人も例の牛に乗って、太郎殿と一緒に新しいお城下に行ったのね」
「そう。夢庵さんは色々な事を知ってるの。幕府にも出入りしていて、お茶や連歌にも詳しいでしょう。色んな所から招待されたりして出掛けているので、色んなお城下の事を知ってるの。お屋敷に関しても、将軍様の花の御所にも入った事あるし、各地の大名のお屋敷の事も知ってるのよ。このお屋敷のお部屋の配置を考えたのも夢庵さんだし、御城下の縄張りをしたのも夢庵さんなんですって。それで、今度も、生野のお城下の縄張りを夢庵さんに頼むんじゃないかしら」
「へえ、あの人が、このお屋敷をねえ。人は見かけによらないものね」
「そうね。でも、主人もいいお人に巡り会ったわ。夢庵さんのお陰で、主人も別所様と会って話がうまく言ったの。夢庵さんに会えなかったら、主人は亡くなっていたかもしれないわ」
「大丈夫よ。太郎殿は運の強いお人よ、その運が付いている限り、決して死にはしないわ」
「そうね、運だけは強いわね」楓は頷いてから、フフフと笑った。「初めて会った日に、その事は分かったわ」
「雨乞いの天狗騒ぎね。懐かしいわね。あの日、初めて会って、もう、二人の子供がいるんですものね。わたしも年を取るはずだわ」
「何を言ってるんです。松恵尼様は全然、変わってないわ。松恵尼様といると、あたしだけが、どんどん年を取ってるように感じられるわ」
「そんな事はないのよ。わたしも最近、年の事が気になってるの。気はいつまでも若いつもりなんだけどね‥‥‥ねえ、楓、わたしの頼みを聞いてくれる」
「何です、頼みって。松恵尼様の頼みなら何でも聞くわ」
「実はね」と楓の顔を見てから、松恵尼は意を決したかのように、「太郎殿と楓の子供、女の子を一人、養子に貰いたいのよ」と言った。
「えっ、養子?」楓は松恵尼の突然の申し出に驚いて、松恵尼に抱かれて眠そうな顔をしている百合の顔を見つめた。
「わたしの跡取りに欲しいのよ」と松恵尼は言った。
「花養院のですか」
「花養院と『小野屋』の両方よ」
「小野屋の跡取りですか」
松恵尼は頷いた。「小野屋も大きくなり過ぎたわ。わたしが亡くなったら誰かが跡を継ぐ事になるけど、わたしの下にいる人たちじゃ駄目なの。誰を跡継ぎにしても『小野屋』は分裂してしまうわ。『小野屋』を一つにまとめて行くには、わたしの娘が一番いいんだけど、わたしには娘はいないし、楓が跡を継いでくれたらいいと思ってたけど、楓は太郎殿と一緒になっちゃったし、それで、あなたたちの子を養子にして、跡を継がせたいの。あなたたちの子なら間違いなく、うまくやってくれると思うの、どう、お願い、聞いてくれる」
「この百合をですか」
「ううん。百合はあなたたちの最初の女の子でしょ。あなたたちも手放したくはないでしょ。次の女の子でも、その次の女の子でもいいわ」
「‥‥‥分かりました。主人と相談してみます。きっと、喜んで松恵尼様の養子にすると思います。でも、女の子の方がいいんですか」
「ええ。女の子の方がいいの。男の人だと、どうしても危ない橋を渡りたがるでしょ。危ない橋を渡れば、儲けも多いかもしれないけど損する事も多いわ。その点、女の方が慎重だし、ケチな所もあるから『小野屋』を潰さないで続けて行く事ができると思うのよ」
「ふうん。商人の世界も難しいのね。うちの人には向いてないみたい」
「そんな事はないわ。太郎殿は人を使うのがうまいわ。そういう人は商人に向いてるの。これからのお侍さんは商人をうまく使いこなせるかどうかで、生き延びて行くか、滅びて行くかが決まると思うの。昔のように、ただ、お百姓さんから絞り取っていただけでは駄目だわ」
「ふうん。よく、分からないけど、うちの人、人を使うのがうまいのかしら」
「そりゃ、うまいわよ。わたしの所でも変わり者で通っている次郎吉が、太郎殿の家臣に納まってるのよ。あの人を使いこなしただけでも大したもんだわ」
「次郎吉さん‥‥‥そういえば、あの人も変わってるわね」
「まあ、太郎殿は人を使いこなしてるとは思ってないでしょうね。太郎殿には自然と人が付いて来るような魅力が、生まれながらにしてあるのよ。愛洲水軍の大将の息子さんとして生まれた事も影響してるかも知れないわね。生まれながらにして大将なのよ。たとえ、何をしていてもね」
「そうかもしれないわね。飯道山でも、すぐに有名になっちゃたしね」
「あなたは大したお人を旦那様にしたんだから最高の幸せ者よ」
「やだわ、松恵尼様。松恵尼様は、その旦那様の母親代わりなのよ」
「そうそう、太郎殿の本当の御両親の方は、ここにお見えになったの」
「まだなの」
「どうして、呼ばないの」
「呼ぶとは言ってるんだけど、まだ、何だかんだと忙しいでしょ。それに、お城下も完成してないから、来年の春になったら呼ぶって言ってたわ」
「そう。御両親に立派なお城下を見せたいのかしら」
「遠くから、わざわざ来てもらうんだし、そう何度も来られないでしょうから、完成したお城下を見せたいんじゃないかしら」
「そうよね。伊勢の国の一番南だものね。遠いわ。今、来て貰っても、あちこち普請(フシン)中で、うるさいものね。せっかく来るのなら完成した方がいいわね。どうせ、ずっと、ここにいる事になるんだろうし、焦る事もないわね」
百合は松恵尼に抱かれて、気持ちよさそうに眠っていた。
「ねえ、月影楼に登ってみない?」と松恵尼は言った。「一度、登ったけど、わたしもね、高い所って好きなの」
「本当? あたしたちもね、子供が寝た後で、夜、あそこに登ってお月様を見てるの。気持ちいいわ。子供たちを侍女に預けて行ってみましょうか」
「行きましょう」
「色んな仕掛けがあるのよ。教えてあげるわ」
「甚助さんが作ったんですって? 甚助さんならやりかねないわ」
百合を寝かせ、百太郎の事を侍女に頼むと、二人ははしゃぎながら月影楼の方に向かった。
どう見ても、親子というより仲のいい姉妹だった。
見事な紅葉だった。
太郎は一人、鬼山(キノヤマ)一族の村に来ていた。山伏姿だった。
夢庵を連れて生野に行ったが、太郎の用はなかった。夢庵と大沢播磨守(阿修羅坊)と小川弾正忠(ダンジョウチュウ、弥兵次)の三人で、城下の縄張りを決めていた。
今、生野には、大沢播磨守を大将として、四百人近くの兵が敵に備えて待機していた。勿論、すべてが太郎の兵ではない。太郎の兵はその内の百人足らずで、残りの兵は置塩のお屋形様が付けてくれた者たちだった。上原性祐入道、喜多野性守入道、別所加賀守らの兵だった。
太郎は今年の春、雪が溶けると同時に但馬に進攻し、生野を占領する事に成功した。生野より北にある鷲原寺(ワシハラジ)の協力もあって、大した苦労もなく、生野の地を落とす事ができた。
鷲原寺のさらに北にある安井の地を本拠地とする山名氏の武将、太田垣(オオタガキ)氏は一端は太郎たち赤松勢を播磨に追い出そうと攻め寄せて来たが、太田垣氏の支配圏までは攻めて来ない事を知ると、鷲原寺との勢力圏との境に百人余りの兵を残して、安井城に引き上げてしまった。
敵の大将の山名右衛門督(ウエモンノカミ)政豊は大勢の兵を率いたまま未だに在京し、安井城の城主、太田垣土佐守も京にいた。安井城を守る土佐守の息子、三河守は今、赤松氏を相手に戦をしたくはなかった。赤松氏がそれ以上攻めて来ない限りは、今のところは放っておこうと思っていた。山名宗全が亡くなって以来、山名氏の領国内も国人たちが騒ぎ始めていた。太田垣三河守を初め、留守を守っている武将たちは国人たちを静めるのに忙しかった。山名政豊が帰って来るまで、なるべく騒ぎを起こしたくはなかった。朝来(アサゴ)郡の一部を赤松氏が占領したとしても、政豊が帰って来れば播磨に追い出す事は簡単だった。今の所、放っておいても差し支えないだろうと三河守は判断した。お陰で、太郎たちは犠牲者を出す事もなく、山名側の砦を幾つか落として簡単に生野を占拠する事ができた。
太郎は後の事を大沢播磨守に任せると、今朝早く、一人で銀山に登って来ていた。
早いもので、この村に初めて来てから一年が過ぎていた。
山奥のこの村も銀山開発のお陰ですっかり変わってしまった。以前、この村の女たちが耕していた田畑はなくなり、大きな作業場が立ち、その回りに鍛冶師(カジシ)や大工などの職人小屋、人足たちの小屋が立ち並んでいた。
村を去って行った者も多かった。
銀太はおろくを連れて大河内城下に移り、町奉行になっていた。小太郎もおすなを連れて大河内城下に移り、銀太を補佐している。太郎は生野に城下ができたら、小太郎を生野の町奉行にするつもりだった。
男まさりだったおとくは、すっかり女らしくなって、小野屋藤兵衛の妾(メカケ)になり、盲目の小次郎はおくりを連れて金勝座の一員になっていた。おきくは山崎五郎(探真坊)と所帯を持ち、大河内城下で暮らしている。そして、おきさは太郎の子供、千太郎を七月の初めに産み、今、銀太の屋敷で暮らしていた。
銀山開発の方は小野屋藤兵衛と鬼山小五郎を中心にうまく進んでいた。
長老の左京大夫は一族の者以外、立ち入り禁止の作業小屋に入って、息子たちに銀の製錬の仕方を仕込んでいた。仕込まれていたのは助太郎、助四郎、助五郎、助六郎、助七郎、小三郎の六人だった。
一族以外の者に先進技術である銀の製錬術を教えないと言うのは、先代の赤松性具(ショウグ)入道(満祐)以来からの取り決めだった。それは明国(ミンコク、中国)から、はるばる異国に来た彼らの生きるための知恵だった。異国の地において生き抜いて行くには、身に付けている特殊技術を決して日本人に盗まれてはならなかった。盗まれてしまえば自分たち一族の者の値打は下がり、しまいには異国にて野垂れ死にするかもしれなかった。長老は銀山開発に当たって、その事をまず条件に出した。太郎はお屋形の政則に告げて許しを得た。
政則にとって銀山を開発する事は、どうしてもしなければならないという程、切羽(セッパ)詰まったものではなかった。赤松家は鉄の生産と販売を一手に握っていた。鉄は武器の原料であり、今の時勢、一番重要なものだった。銀はないよりもあった方がいいが、それ程の期待をかけていなかった。
銀が重要な物となり、大名たちが争って銀山を開発するようになるのは、もう少し時が下ってからの事であった。海外貿易が盛んになり、取り引きに銀が使われるようになると、大名たちは銀を獲得するために血眼(チマナコ)になって銀山の奪い合いで戦をするようになるが、まだ、銀の需要は低かった。
彼ら一族が明国から持って来た特殊技術とは『灰吹き法』と呼ばれるものだった。
当時、日本において銀を採掘する場合、天然に露出している銀鉱を砕き、細かくして水に流し、比重の重い銀だけを選んで、熱によって固めるという方法を取っていた。この場合だと、かなりの不純物が含まれ、しかも、一見しただけで銀と分かるような、かなりの銀を含んだ銀鉱でなければならなかった。すでに、それら天然の銀は取り尽くされていた。
彼らの持って来た技術は、銀を含んだ鉱脈の中から銀を取り出すもので、当時の日本においては考える事もできない程、進んだ技術だった。まず、地表に出ている鉱脈に沿って岩を掘り、掘り出した岩は細かくされて鬼山村まで運ばれた。運ばれた鉱石はさらに細かく砕き、粉状にして砂金を取る時のように、板の上に乗せた粉鉱を水中で揺すり、比重の重い銀だけを選び出す。これには熟練した技術を要したが、太郎の家臣となった金掘りの勘三郎が、砂金取りの仲間を使って慣れた手付きで行なっていた。揺り分けられた銀の砂は長老たちのいる立ち入り禁止の小屋に運ばれた。ここまでの作業は人足たちの手で行なわれたが、ここから先は鬼山一族だけで行なわれた。
ここまでの作業は金掘りである勘三郎も知っている。勘三郎たちが揺り分けた銀の砂を加熱しても銀の塊(カタマリ)になった。しかし、それには不純物がかなり含まれ、海外から来る銀とは比べものにならない程、お粗末な物だった。苦労して、そんな物を作っても銀としては扱われなかった。
長老の元に行った銀の砂はタタラを使って加熱され、どろどろに溶けている鉛の中に入れられた。砂の中の銀は鉛と一緒になり、この工程において、ほとんどの不純物が除かれた。この時使う鉛は前以て採ってあった。生野の山には鉛を多く含む鉱石もかなり分布していた。銀と鉛が一緒になった塊から鉛を取り除くのが『灰吹き法』と呼ばれる技術だった。灰を入れた炉の中に、その銀を含んだ鉛を入れ、タタラを使って加熱すると溶けた鉛は灰に染み込み、銀だけが残る、その銀は『灰吹き銀』と呼ばれ、かなり純粋な銀だった。しかし、その銀の中には金も含まれていた。灰吹き銀から、さらに金を抜き取る技術は、まだ、長老たちも知らなかった。
およそ、五十年後、この『灰吹き法』は博多の商人、神谷寿貞(ジュテイ)が朝鮮から連れて来た技術者によって、石見(イワミ、島根県西部)の銀山の開発に使用された。大名ではなく商人が中心になって開発を行なったため、その技術は各地の銀山に伝わり、銀山採掘の最盛期を迎える事になるが、この時期、日本において、この技術を知っていたのは鬼山一族の者だけだった。
太郎も小野屋藤兵衛も長老たちの作業小屋に入る事はできなかった。
今年の春から本格的に掘り始め、長老たちはすでに二十貫(約七十五キロ)近くの銀を製錬していた。銀一貫が銭にして百二十貫文(カンモン)だとして、二千四百貫文の銀を掘った事になる。米にして、およそ三千石(ゴク)余りという所だった。開発が軌道に乗って順調に行けば、年間、五十貫以上の銀が取れるだろうとの事だった。
取れた銀の半分は置塩のお屋形様に献上され、三割を太郎が取り、残りの二割を小野屋が取るという事になっていた。しかし、大河内城下を建設するために、小野屋に多額の借金をしているので、当分の間、太郎の取り分も小野屋の物となった。
置塩のお屋形様は、一旦、献上された銀を受け取るが、その銀は小野屋によって銭に替えられ、戦のための費用となった。小野屋藤兵衛は手に入れた銀を堺の小野屋伝兵衛のもとに送った。堺では近いうち遣明船を出す事に決まり、取り引きに使う銀を集めていた。その銀は明国に渡り、銅銭や生糸、高級な織物などと交換された。
太郎は、長老たちが作業する小屋から立ち昇る黒い煙を見ながら、この煙が敵に発見されはしないかと心配した。それと、村中に立ち込めた異様な臭いが気になった。
今年のうちは、ここでも仕方ないが、もっと大規模に開発が始まれば、ここでは狭すぎる。それに、銀を作る事によってできる鉱石のカスの量が思ったよりも多く、川の水も汚れていた。この村には山を掘る人足たちだけを置き、鉱石を砕く作業から長老たちの作業は別の場所に移した方がいいと思った。できれば但馬ではなく、一山越えた播磨側に移したかった。生野の地は鷲原寺の協力もあって占拠する事ができたが、生野に作業場を移す事はできなかった。生野は飽くまでも赤松家の最前線の軍事基地とし、敵に銀山を掘っているという事を気づかせてはならなかった。太郎は大河内城下に帰る途中、作業場を移すべき土地を捜そうと思った。
村の中央辺りに建てられた奉行所に寄って、鬼山小五郎から現場の状況を聞くと、太郎はお屋形と呼ばれる太郎専用の小屋に戻った。この小屋は以前、長老の小屋が建っていた位置に新しく建てられたものだった。長老の小屋の北側に建っていた古い三軒の小屋が壊され、長老と小五郎の小屋が新しくでき、鬼山一族の者たちは長老の小屋より北側に集まっていた。以前、きさたちが住んでいた南の方には作業場が並び、人足たちが住んでいた。
お屋形に戻ると、おこんが待っていた。
おこんは今、助四郎の妻になって、三人の女の子と共に助四郎と暮らしていた。
太郎がこの村に来ると必ず、一族の娘が交替で、太郎の世話をする事になっていた。皆、それぞれ夫婦となるという取り決めに従った今でも、長老は太郎に娘たちを差し出して、夜の世話までさせようとしていた。長老からすれば、おきさのように娘たちが太郎の子供を産んでくれれば、一族の将来が安心できるのだったが、太郎にしてみればかなわなかった。おきさが子供を産んだ事でまいっているのに、第二、第三のおきさが現れてはたまらなかった。太郎は、なるべく、この村には泊まらないようにし、どうしても泊まらなければならない時は、酔った振りをして先に寝てしまう事にしていた。
今日の太郎の担当はおこんだった。おこんは以前、光一郎と関係のあった女だった。色っぽく魅力的な女で、抱いてみたいとは思うが太郎は諦めた。
「お屋形様、あたしをお城下に連れてって下さいよ」とおこんは言った。
「この村が、いいのではなかったのか」と太郎は聞いた。
「前はよかったわ。でも、今は、もう駄目。臭くて鼻が曲がりそうだわ」
「確かに、臭いな」
「あたし、お城下って、どんな所だか知らなかったのよ。この村から出た事ないし、この村に残っている男たちは、村から出ればろくな事はないって言うし、恐かったの。でも、この間、帰って来たおろく姉さんから話を聞くと、とってもいい所だって言ってたわ。色々な物があって、色々な物が食べられて、綺麗な着物も着られるって。おろく姉さん、この間、来た時、綺麗なかんざしなんか髪に付けてたわ。あたしもおろく姉さんみたいに綺麗な着物を着てみたいし、綺麗なかんざしも欲しいわ。ねえ、あたしも連れてって下さいよ」
「まあ、城下に来るのは構わないが、助四郎さんはどうする。助四郎さんが許さないんじゃないのか」
「あんなのいいのよ。好きで夫婦になったわけじゃないし。お城下には一杯、いい男がいるんでしょ」
「いい男もいるが、悪い男もいる。長老殿の許しが出たら来るがいい。もう少しすれば生野に城下ができる。そうすれば、みんな、そっちに移る事になっている。今年の冬には間に合わないが来年には移る事ができるだろう」
「来年まで待てないわ。今すぐ、ここを出たいの。こんな所にいたら、子供だって病気になっちゃうわ」
「子供の具合が悪いのか」
「時々、ひどい咳をするの」
「そうか‥‥‥それはまずいな。長老殿と相談して子供の事は考えた方がよさそうだな」
「長老様は出て行った方がいいと言ったわ。ここは人足たちが増えて来るだろうから、女子供はお城下に移った方がいいって」
「分かった。考えておくよ。まだ、城下の方も完成してないから、すぐに移るというわけにはいかないが、銀太殿と小太郎殿の屋敷が完成すれば、おこんさんもそこに移る事ができるだろう」
「いつ頃、完成するの」
「冬が来る前には完成するだろう」
「今年の冬はこの山から下りられるのね」
「多分」
「よかった。ねえ、お屋形様、今晩は泊まっていかれるんでしょ」とおこんは太郎に擦り寄って来た。
「いや、そろそろ帰るよ」と太郎は笑うと立ち上がった。
「何だ、つまんないの」とおこんはふくれてみせた。
太郎はおこんから逃げるように、錫杖を鳴らしながら播磨側の山へと下りて行った。
市川の渡しを渡ると、太郎は城下に入る大通りの方に向かった。
船着き場の近くの河原には芸人たちが小屋掛けして住んでいた。金勝座はもう河原にはいない。太郎の家臣として太郎の屋敷の側に土地を与えられ、今、屋敷を建てていた。
大通りの入り口の所に建つ代官所は、かつて、太郎や重臣たちが住んでいたが、今は奉行所となり、町奉行の鬼山銀太、銀太を補佐する鬼山小太郎、勘定奉行の松井山城守(吉次)、作事(サクジ)奉行の菅原主殿助(トノモノスケ)、普請奉行の太田典膳、材木奉行の堀次郎らが詰めていた。
太郎は奉行所の所を曲がり、大通りに入ると両脇に並ぶ商人たちの蔵や屋敷を眺めながら歩いた。大通りは人通りが激しかった。材木を積んだ荷車や食糧を積んだ荷車が、忙しそうに行き来していた。
大通りに面して左側に、酒屋、伊勢屋、紀州屋、備中屋、山崎屋、京屋など、大きな商人たちの店と屋敷が建ち並んでいる。丁度、その裏には広い馬場があり、何頭もの馬が飼われ、馬術の稽古も行なわれていた。馬場の責任者である廐(ウマヤ)奉行は川上伊勢守(藤吉)だった。藤吉は足が速いので、馬など必要ないだろうと誰もが思っていたが、実は、藤吉は子供の頃から馬と一緒に育っていた。
関東の牧場(マキバ)の博労(バクロウ)の子として生まれた藤吉は、生まれた時から馬の中で暮らして来たといえた。子供の頃から馬と共に走り回っていたため足が速くなったのだった。当然、馬術も心得ているし、馬の良し悪しを見分ける目も持っていた。そこで、藤吉が廐奉行となり、新しく太郎の家臣になった者たちに馬術を教えていた。
大通りの右側にも、三河屋、信州屋、大和屋、讃岐屋、奈良屋などの商人の屋敷が並び、その奥の方に町人たちの長屋や職人たちの長屋が建つ予定だった。讃岐屋と奈良屋の間に磨羅寺(マラジ)へと続く参道があり、その参道の両側がこの城下の盛り場だった。
馬場への入り口の所、城下の中心ともいえる所に小野屋があった。商人たちの中でも一番いい場所で、しかも、一番広い土地を持っていた。小野屋はまだ完成していなかった。藤兵衛たちの住む屋敷と大きな蔵が一つ建っていたが、まだ、大通りに面して建つ店構えはできていなかった。
小野屋は大通りと稲荷神社へと続く通りが交差する四つ角に面していた。その稲荷神社へと続く通りによって城下は東西に二つに分けられ、西側が武家屋敷の建つ一画となった。小野屋と通りを挟んで、斜め向かいに鬼山銀太の屋敷があった。
銀太の屋敷はほぼ完成していた。家族たちの住む建物は完成し、今、広間や会所(カイショ)などの晴れの間のある建物を作っていた。
その建物の裏に離れがあり、おきさと子供たちが住んでいた。
おきさがこの城下に移って来たのは先月の初めだった。楓たちが置塩城下から、ここに移って来た日よりも半月程前の事だった。銀太は自分の屋敷よりも先に、おきさの住む事となる、この離れを建てていた。
銀太はおきさの腹の中にいる太郎の子供をこの離れで産ませたかった。この城下で産めば太郎の側で産む事ができる。生まれて来る子供の事を考えると、山の中の粗末な小屋で生まれたと言うよりも、城下町で生まれたと言う方が、後々、都合がいいような気がした。しかし、間に合わなかった。おきさは離れの完成する三日前に、山の中の鬼山村で男の子を産んだ。その知らせを受けると太郎は鬼山村に飛んで行き、子供と会って、千太郎と名づけた。元気のいい赤ん坊だった。
太郎は楓に、おきさと千太郎の事は言っていなかった。できれば内緒にしておきたかった。太郎の正妻、楓は赤松家の当主、政則の姉だった。その姉を妻にしながら、他の女に子供を生ませたなどと世間に知れたら大変な事になる。政則としても、そんな男の所に姉はやれないと言い出すかもしれない。せっかく、楓を赤松家から取り戻す事ができたのに、また、奪われるという事もあり得た。太郎が実績を上げて、お屋形様の姉の婿という立場以上に、太郎自身が認められる時になるまでは隠しておこうと思っていた。
おきさも銀太も太郎の言う事を分かってくれた。おきさにすれば自分が産んだ四人の男の子が太郎の家臣となってくれれば、それでよかった。太郎にはすでに跡継ぎである百太郎がいる。千太郎が跡を継ぐという事はあり得なかった。
おきさは離れの中庭にいた。
おきさは山の中にいた頃のように中庭に畑を作って野菜を育てていた。元々、ここは畑だったので土は良かった。
おきさは太郎の顔を見ると嬉しそうに笑った。
「今、山に行っていた」と太郎は言うと縁側に腰を下ろした。
「みんな、元気だった?」とおきさは手に付いた土を払いながら聞いた。
「ああ。ただ、村中、物凄い臭いだった。あれじゃあ、子供たちにはよくないな。人足たちが大勢、山に入って来たんで遊び場所もなくなったしな。女子供はあそこから移動させた方がよさそうだ」
「みんな、こっちに移って来るの」
太郎は頷いた。
「ここか、生野だな。生野の城下ができるのは来年以降になりそうだから、取りあえずは、ここに移る事となるだろう」
「そう。みんな、ここに来るの。賑やかになるわね。でも、ここに来てもする事がなくて退屈だわ」
「退屈か‥‥‥」
楓も退屈だと言っていた。花養院にいた時は朝から晩まで働いて忙しかったが、播磨に連れて来られてから何もする事がなくて退屈だと言う。今は百合の面倒を見ているので退屈だとは言わないが、百合の手が掛からなくなったら、花養院のような孤児院を作って子供たちの面倒でもみようかと言っていた。
鬼山一族の娘たちは皆、働き者だった。彼女たちがここに来ても何もする事がなかった。銀山のためとはいえ、のどかで静かだったあの村があんな風になってしまって、鬼山一族のためには悪い事をしてしまったのかもしれなかった。彼女たちが子供たちを連れて、ここに来たとしても、やがて、山が恋しくなるかもしれない。しかし、かつての山は、もうなかった。
「千太郎は元気か」と太郎は聞いた。
「元気よ。今、おすぎちゃんが見ててくれてるの。静かになったから、おすぎちゃんも一緒に寝ちゃたんじゃないかしら」
「おすぎちゃんが来てるのか。他の子たちは?」
「おろくさんちの子と遊んでるわ。きっとまた、お寺に行ったんじゃない」
「磨羅寺か」
「そう。あそこの和尚さん、子供たちが何をしても怒らないんですって。いい遊び相手だと思ってるわ」
「そうか。あの和尚も変わってるからな」
太郎は奥の部屋を覗き、眠っている千太郎とおすぎをチラッと見ると、また縁側に戻った。おすぎというのは銀太の妻、おろくの一番下の妹だった。十六歳の娘で、同い年の助七郎と一緒になる事に決まっているが、十八になるまでは銀太の世話になっていた。
縁側に戻るとおきさの姿はなかった。
銀太の屋敷に行ったのかな、と思いながら太郎は野菜畑を見ていた。
おきさは手を拭きながら帰って来た。ニコニコしながら太郎の隣に坐ると、「井戸っていうの、どうも、苦手だわ」と言った。
「どうして」
「だって、山にいた時は、ずっと川の水を使ってたでしょ。何となく使いづらいわ」
「そうか、井戸なんか使った事なかったんだな」
「井戸だけじゃないわ。ここに来て、見た事ないもの一杯見たわ」
「そうだろうな。おきさはここに来てよかったと思うか」
おきさはしばらく考えていたが、太郎の顔を見つめると頷いた。
「そうか‥‥‥」
「ねえ、お屋形様、今晩は泊まって行けるの」
「いや。駄目だ。今、お客さんが来てるんでな。大事な客なんだ。そのお客が帰ったら、ゆっくりしに来るよ」
「奥方様は大丈夫なの」
「大丈夫だ。うまく抜け出すさ」
「待ってるわ」とおきさは太郎の手を握った。
太郎はおきさの手を握り返すと軽く抱き寄せ、おきさと別れた。
来た時と同じく裏口から出ると通りを北に向かった。
おきさのいる銀太の屋敷の隣には鬼山小太郎の屋敷があった。
小太郎の屋敷もまだ未完成だった。その隣に材木奉行の堀次郎の屋敷があり、その隣には公人(クニン)奉行の田口弥太郎の屋敷があり、両方共、建設中だった。
田口の屋敷の正面に評定所(ヒョウジョウショ)があり、その向こうに太郎の屋敷内に建つ月影楼が見えた。
太郎は月影楼を眺めながら評定所の裏を通って、突き当たりにある敷地の中に入って行った。
そこは太郎の三人の弟子の家が建つ予定地だった。今、一軒だけ北西の角に家が建っていた。山崎五郎(探真坊)の家だった。
五郎は三月に鬼山一族の娘おきくと一緒になっていた。おきくはおきさのように五郎の子供を身ごもったわけではなかったが、五郎はおきくに惚れてしまった。おきくも決まった相手がいなかったため、時折、訪ねて来る五郎の事を首を長くして待つようになった。
二人が初めて会ったのは、去年の八月、銀山を捜しに山に入った時で、その後、九月の半ばと十一月の初めに、五郎は太郎と共に鬼山村を訪ねた。その後、冬の間は太郎は二月に一度、行っただけだったが、五郎は小野屋藤兵衛を連れて、ちょくちょく鬼山村に行っていた。その頃、一緒になる事を決めたらしい。太郎が五郎から相談を受けたのは春になってからだった。但馬進攻のための戦の準備に忙しい頃、太郎は五郎から、その話を打ち明けられた。太郎は五郎の話を聞いて長老と掛け合う事を引き受けた。
五郎は二十一歳、おきくは二十六歳、五つも年上で、しかも、子供が三人もいた。その三人の子供の父親は、一番初めの子が行方不明になっている助次郎、二番目の子が銀太、三番目の子が助太郎だと言う。五郎はそれを承知で、おきくと一緒になる覚悟を決めていた。太郎は長老と掛け合って許しを得、その日のうちに鬼山村において彼ら流の祝言(シュウゲン)が挙げられた。例によって祝い事は三日間も行なわれ、一緒に行った光一郎と八郎も五郎たちを羨ましそうに眺めていた。彼らも、それぞれ、おこんとおとみを口説いていたらしいが、うまくは行かなかった。
太郎はさっそく五郎夫婦の屋敷を建てるための土地を捜して家を建てさせた。
太郎は弟子の三人を自分の屋敷か、武術道場に住ませようと考えていたため、屋敷を建てる土地など用意していなかった。しかし、嫁を貰えば独立させなければならない。光一郎と八郎もそのうち嫁を貰う事になるだろうと思い、三人の家を同じ一画に建てさせようと考えた。その一画は評定所の北で、太郎の屋敷や道場にも近かった。今はまだ、五郎の家しか建っていなかった。
おきくが子供を連れてここに移って来たのは、おきさと一緒で八月の初めだった。
おきくは井戸の側で食事の支度をしていた。子供たちは庭で遊んでいた。太郎が入って来るのを見ると、おきくは頭を下げて迎えた。
「ここの暮らしは慣れたか」と太郎は言いながら子供の方に行った。
「はい。何とか‥‥‥」
おきくの長男の久太郎は八歳で、一つ年上のおきさの長男の紀次郎とは父親が同じだった。太郎は久太郎を眺めながら、紀次郎と似ているな、と思った。二番目の子は四歳の女の子、一番下は二歳の女の子だった。二歳の女の子がよちよち歩きをしながら、太郎の方にやって来た。
「女の子は可愛いいな」と太郎は言った。
「お屋形様も女のお子さんが生まれたそうで、おめでとうございます」とおきくは言った。
「ああ、女の子と男の子の二人が一遍に生まれたわ」
「おめでたい事です」
「まあ、そうだな。ところで、八郎や光一郎の奴らがここにしょっちゅう来てはいないか」
「はい。毎日、来ておりますけど‥‥‥」
「やはりな。最近、俺の所に顔を見せんから、おかしいと思ってたんだ。あんな奴らが毎日、来てたんじゃ邪魔だろう。今度、来たら追い出しても構わんからな」
「いえ。子供たちと遊んでくれるので助かってます。それにしても、あの三人、仲がいいですね」
「三人揃うと、うるさくてかなわんだろ」
「子供たちは喜んでいます。特に八郎さんは面白いって」
「そうか。まあ、適当にあしらってやってくれ」
「はい。分かりました」
太郎はおきくと別れると武術道場に顔を出して、一汗かくと屋敷に帰った。
一階は東西三間(約五、四メートル)南北二間(ケン)半(約四、五メートル)の板の間だった。その部屋の回りに半間幅の回廊(カイロウ)が付き、部屋の中央には太い柱があり、その柱は三階の床下までつながっていた。太郎はここで剣を振り、新しい技を考えていた。中央の柱に天狗の面が掛けられ、太郎はここを『天狗の間』と名づけた。西の端に階段があって、階段を登ると一階の屋根裏に出る。ここは二階に直接に階段を付けると急になり過ぎるため、階段の中継地だった。屋根の中なので、二階への登り口から光りが入って来るだけで中は薄暗かった。
この屋根裏部屋は中程から二つに仕切られていた。階段の側はただの通路で、仕切りの向こうに隠し部屋があった。仕切りは一見した所、ただの板壁にしか見えないが、甚助が細工した隠し戸が付いていた。その隠し部屋には、天井に明かり取りの小さな窓があり、畳を敷いた四畳半の座敷があった。そこは太郎が座禅を組む所で『瞑想(メイソウ)の間』と名づけた。
二階は回廊付きの畳敷きの六畳間だったが、部屋の中程を太い柱があるため、畳は五枚半敷いてあった。ここには北の壁に楓の絵を画く予定で『楓の間』と名づけた。北の壁だけでなく、部屋の回りの板戸にも山水画を描く予定だが、まだ、一枚も描かれていない。夢庵が、そのうちに知り合いの絵師を連れて来てやると言ったまま、未だに実行されていなかった。
二階の上には、また屋根裏部屋があった。ここは高さが五尺そこそこしかないので、階段から階段への通路としか使い道はなかった。太郎はこの部屋には特に名前をつけなかったが、百太郎を連れて来た時、太郎たちが頭をかがめなければならないのに、百太郎は平気で走り回っていた。太郎はここを『百太郎の間』と名づけた。
三階は回廊なしの四畳半だった。回廊はないが、北側に床の間と違い棚が付き、茶室のような構えだった。床の間には、夢庵が書いた『夢』という一文字の掛軸が掛けられ、夢庵が商人から貰ったという新茶の入った茶壷が飾ってあった。太郎はここを『夢の間』と名づけた。この三階の部屋は地上から約四丈(ジョウ、約十二メートル)の高さがあり、城下町を一望のもとに見渡す事ができた。天気のいい日、東西南の板戸を全開にして、大の字になって昼寝をするのが最高の楽しみだった。
三階の部屋の上にも屋根裏部屋があった。部屋という程の広さもなく、立つ事もできないが、最上階のその部屋には守り神として、太郎が彫った智羅天(チラテン)の像が飾ってあり、『天の間』と名づけられていた。
勿論、敵が下から攻めて来た場合の事も考えて、逃げ道も用意されている。各階の目立たない所に抜け穴があり、階段を通らなくても、そこから下の階に降りられるようになっていた。さらに、一階の階段の下にも抜け穴があり、そこを通ると屋敷の外の山の中に出る事ができた。
太郎はこの城下にいる時は、ほとんどの時をこの月影楼で過ごしていた。この楼閣のすべてが、太郎にとっては書斎だと言えた。
松恵尼は百合を抱きながら、庭で遊ぶ百太郎を見ていた。実際に、孫を抱いている祖母のようには見えないが、松恵尼は目を細めて幸せそうだった。
松恵尼がここに来たのは九月の一日だった。楓に引き留められるまま、いつの間にか八日間も滞在していた。松恵尼も久し振りにのんびりしているようだった。大河内城下にも、銀山開発のための『小野屋』の出店があったが、松恵尼は一度だけ顔を見せただけで、後の事はすべて藤兵衛に任せていた。
「御主人様は、また、月影楼に登っているの」と松恵尼は聞いた。
「いえ。今日は、朝早く出掛けました」
「へえ、忙しいのね」
「そんな事ないわ。有能な家臣が一杯いるから、飯道山にいる時より自分の時間が持てると言って喜んでるわ。暇さえあれば月影楼に籠もって剣術の工夫をしているの」
「剣術の工夫?」
「そう。飯道山にいた時は忙しくて、陰流を完成する事ができなかったでしょ。やりたい事ができなくて焦り始めて、おかしくなって大峯山に行ったんですって。こっちに来てから、もう二つの技を考えたって言ってたわ」
「へえ。そうだったの。あたしはまた戦の事でも考えていたのかと思ったわ」
「今の所、戦に行く予定はないみたい。とにかく、銀山を軌道に乗せるまではそれに付きっきりみたい。今年一年は戦には行かないだろうって。今のうちに、できるだけ陰流と陰の術を完成させるんだって張り切ってるわ」
「殿様がそれ程、真剣に剣術をやってるなら、この城下の者たちは、みんな強くなるわね」
楓は笑いながら頷いた。「道場の方も忙しいらしいわ」
「道場の方はあの三人のお弟子さんが見てるの」
「そう。それと、槍の名人の福井様と薙刀の名人の高田様が教えてるわ」
「ふうん。有能な家臣がたくさんいるのね」
「個性の強い人が一杯いるわ」
「そうね。次郎吉や伊助も重臣ですものね。でも、太郎殿の命を狙っていた阿修羅坊殿も、重臣になってるなんて驚きだわ」
「阿修羅坊様と金比羅坊様は主人の両腕とも言える人だわ。阿修羅坊様はこの前の但馬に進攻する時も大活躍したらしいし、今度、銀山を掘るのに中心となる生野という所にお城を作るらしいんですけど、そこのお城を阿修羅坊様が守る事に決まったんですって。生野にお城下を作るために、今朝早く、夢庵さんを連れて出掛けて行ったの」
「夢庵殿も変わったお方ですね。あの方も家臣なの」
「いいえ。夢庵さんはお客様。何となく居心地がいいんで、ここにいるみたい。あれでも御公家さんなのよ。お兄様は大臣をしている偉い人なんですって。ちょっと信じられないけどね、本当みたい」
「へえ、あの人、御公家さんなの? 見えないわね」
「あの人の乗ってる牛、見ました?」
「ええ、金色の角をした牛でしょ。あんな牛に乗って、のんきに歌なんか歌ってるんですもの、初めて見た時、びっくりしたわ。わたしも色々な人を見てるけど、あんなに変わった人は初めてだわ。あの人が御公家さんとはね、世の中も変わったものね」
「夢庵さん、あの牛に乗って、どこでも行くらしいわ。天子(テンシ)様や公方(クボウ)様にも会った事があるんですって、凄い人よ」
「そうなの、凄い人ね。その人も例の牛に乗って、太郎殿と一緒に新しいお城下に行ったのね」
「そう。夢庵さんは色々な事を知ってるの。幕府にも出入りしていて、お茶や連歌にも詳しいでしょう。色んな所から招待されたりして出掛けているので、色んなお城下の事を知ってるの。お屋敷に関しても、将軍様の花の御所にも入った事あるし、各地の大名のお屋敷の事も知ってるのよ。このお屋敷のお部屋の配置を考えたのも夢庵さんだし、御城下の縄張りをしたのも夢庵さんなんですって。それで、今度も、生野のお城下の縄張りを夢庵さんに頼むんじゃないかしら」
「へえ、あの人が、このお屋敷をねえ。人は見かけによらないものね」
「そうね。でも、主人もいいお人に巡り会ったわ。夢庵さんのお陰で、主人も別所様と会って話がうまく言ったの。夢庵さんに会えなかったら、主人は亡くなっていたかもしれないわ」
「大丈夫よ。太郎殿は運の強いお人よ、その運が付いている限り、決して死にはしないわ」
「そうね、運だけは強いわね」楓は頷いてから、フフフと笑った。「初めて会った日に、その事は分かったわ」
「雨乞いの天狗騒ぎね。懐かしいわね。あの日、初めて会って、もう、二人の子供がいるんですものね。わたしも年を取るはずだわ」
「何を言ってるんです。松恵尼様は全然、変わってないわ。松恵尼様といると、あたしだけが、どんどん年を取ってるように感じられるわ」
「そんな事はないのよ。わたしも最近、年の事が気になってるの。気はいつまでも若いつもりなんだけどね‥‥‥ねえ、楓、わたしの頼みを聞いてくれる」
「何です、頼みって。松恵尼様の頼みなら何でも聞くわ」
「実はね」と楓の顔を見てから、松恵尼は意を決したかのように、「太郎殿と楓の子供、女の子を一人、養子に貰いたいのよ」と言った。
「えっ、養子?」楓は松恵尼の突然の申し出に驚いて、松恵尼に抱かれて眠そうな顔をしている百合の顔を見つめた。
「わたしの跡取りに欲しいのよ」と松恵尼は言った。
「花養院のですか」
「花養院と『小野屋』の両方よ」
「小野屋の跡取りですか」
松恵尼は頷いた。「小野屋も大きくなり過ぎたわ。わたしが亡くなったら誰かが跡を継ぐ事になるけど、わたしの下にいる人たちじゃ駄目なの。誰を跡継ぎにしても『小野屋』は分裂してしまうわ。『小野屋』を一つにまとめて行くには、わたしの娘が一番いいんだけど、わたしには娘はいないし、楓が跡を継いでくれたらいいと思ってたけど、楓は太郎殿と一緒になっちゃったし、それで、あなたたちの子を養子にして、跡を継がせたいの。あなたたちの子なら間違いなく、うまくやってくれると思うの、どう、お願い、聞いてくれる」
「この百合をですか」
「ううん。百合はあなたたちの最初の女の子でしょ。あなたたちも手放したくはないでしょ。次の女の子でも、その次の女の子でもいいわ」
「‥‥‥分かりました。主人と相談してみます。きっと、喜んで松恵尼様の養子にすると思います。でも、女の子の方がいいんですか」
「ええ。女の子の方がいいの。男の人だと、どうしても危ない橋を渡りたがるでしょ。危ない橋を渡れば、儲けも多いかもしれないけど損する事も多いわ。その点、女の方が慎重だし、ケチな所もあるから『小野屋』を潰さないで続けて行く事ができると思うのよ」
「ふうん。商人の世界も難しいのね。うちの人には向いてないみたい」
「そんな事はないわ。太郎殿は人を使うのがうまいわ。そういう人は商人に向いてるの。これからのお侍さんは商人をうまく使いこなせるかどうかで、生き延びて行くか、滅びて行くかが決まると思うの。昔のように、ただ、お百姓さんから絞り取っていただけでは駄目だわ」
「ふうん。よく、分からないけど、うちの人、人を使うのがうまいのかしら」
「そりゃ、うまいわよ。わたしの所でも変わり者で通っている次郎吉が、太郎殿の家臣に納まってるのよ。あの人を使いこなしただけでも大したもんだわ」
「次郎吉さん‥‥‥そういえば、あの人も変わってるわね」
「まあ、太郎殿は人を使いこなしてるとは思ってないでしょうね。太郎殿には自然と人が付いて来るような魅力が、生まれながらにしてあるのよ。愛洲水軍の大将の息子さんとして生まれた事も影響してるかも知れないわね。生まれながらにして大将なのよ。たとえ、何をしていてもね」
「そうかもしれないわね。飯道山でも、すぐに有名になっちゃたしね」
「あなたは大したお人を旦那様にしたんだから最高の幸せ者よ」
「やだわ、松恵尼様。松恵尼様は、その旦那様の母親代わりなのよ」
「そうそう、太郎殿の本当の御両親の方は、ここにお見えになったの」
「まだなの」
「どうして、呼ばないの」
「呼ぶとは言ってるんだけど、まだ、何だかんだと忙しいでしょ。それに、お城下も完成してないから、来年の春になったら呼ぶって言ってたわ」
「そう。御両親に立派なお城下を見せたいのかしら」
「遠くから、わざわざ来てもらうんだし、そう何度も来られないでしょうから、完成したお城下を見せたいんじゃないかしら」
「そうよね。伊勢の国の一番南だものね。遠いわ。今、来て貰っても、あちこち普請(フシン)中で、うるさいものね。せっかく来るのなら完成した方がいいわね。どうせ、ずっと、ここにいる事になるんだろうし、焦る事もないわね」
百合は松恵尼に抱かれて、気持ちよさそうに眠っていた。
「ねえ、月影楼に登ってみない?」と松恵尼は言った。「一度、登ったけど、わたしもね、高い所って好きなの」
「本当? あたしたちもね、子供が寝た後で、夜、あそこに登ってお月様を見てるの。気持ちいいわ。子供たちを侍女に預けて行ってみましょうか」
「行きましょう」
「色んな仕掛けがあるのよ。教えてあげるわ」
「甚助さんが作ったんですって? 甚助さんならやりかねないわ」
百合を寝かせ、百太郎の事を侍女に頼むと、二人ははしゃぎながら月影楼の方に向かった。
どう見ても、親子というより仲のいい姉妹だった。
2
見事な紅葉だった。
太郎は一人、鬼山(キノヤマ)一族の村に来ていた。山伏姿だった。
夢庵を連れて生野に行ったが、太郎の用はなかった。夢庵と大沢播磨守(阿修羅坊)と小川弾正忠(ダンジョウチュウ、弥兵次)の三人で、城下の縄張りを決めていた。
今、生野には、大沢播磨守を大将として、四百人近くの兵が敵に備えて待機していた。勿論、すべてが太郎の兵ではない。太郎の兵はその内の百人足らずで、残りの兵は置塩のお屋形様が付けてくれた者たちだった。上原性祐入道、喜多野性守入道、別所加賀守らの兵だった。
太郎は今年の春、雪が溶けると同時に但馬に進攻し、生野を占領する事に成功した。生野より北にある鷲原寺(ワシハラジ)の協力もあって、大した苦労もなく、生野の地を落とす事ができた。
鷲原寺のさらに北にある安井の地を本拠地とする山名氏の武将、太田垣(オオタガキ)氏は一端は太郎たち赤松勢を播磨に追い出そうと攻め寄せて来たが、太田垣氏の支配圏までは攻めて来ない事を知ると、鷲原寺との勢力圏との境に百人余りの兵を残して、安井城に引き上げてしまった。
敵の大将の山名右衛門督(ウエモンノカミ)政豊は大勢の兵を率いたまま未だに在京し、安井城の城主、太田垣土佐守も京にいた。安井城を守る土佐守の息子、三河守は今、赤松氏を相手に戦をしたくはなかった。赤松氏がそれ以上攻めて来ない限りは、今のところは放っておこうと思っていた。山名宗全が亡くなって以来、山名氏の領国内も国人たちが騒ぎ始めていた。太田垣三河守を初め、留守を守っている武将たちは国人たちを静めるのに忙しかった。山名政豊が帰って来るまで、なるべく騒ぎを起こしたくはなかった。朝来(アサゴ)郡の一部を赤松氏が占領したとしても、政豊が帰って来れば播磨に追い出す事は簡単だった。今の所、放っておいても差し支えないだろうと三河守は判断した。お陰で、太郎たちは犠牲者を出す事もなく、山名側の砦を幾つか落として簡単に生野を占拠する事ができた。
太郎は後の事を大沢播磨守に任せると、今朝早く、一人で銀山に登って来ていた。
早いもので、この村に初めて来てから一年が過ぎていた。
山奥のこの村も銀山開発のお陰ですっかり変わってしまった。以前、この村の女たちが耕していた田畑はなくなり、大きな作業場が立ち、その回りに鍛冶師(カジシ)や大工などの職人小屋、人足たちの小屋が立ち並んでいた。
村を去って行った者も多かった。
銀太はおろくを連れて大河内城下に移り、町奉行になっていた。小太郎もおすなを連れて大河内城下に移り、銀太を補佐している。太郎は生野に城下ができたら、小太郎を生野の町奉行にするつもりだった。
男まさりだったおとくは、すっかり女らしくなって、小野屋藤兵衛の妾(メカケ)になり、盲目の小次郎はおくりを連れて金勝座の一員になっていた。おきくは山崎五郎(探真坊)と所帯を持ち、大河内城下で暮らしている。そして、おきさは太郎の子供、千太郎を七月の初めに産み、今、銀太の屋敷で暮らしていた。
銀山開発の方は小野屋藤兵衛と鬼山小五郎を中心にうまく進んでいた。
長老の左京大夫は一族の者以外、立ち入り禁止の作業小屋に入って、息子たちに銀の製錬の仕方を仕込んでいた。仕込まれていたのは助太郎、助四郎、助五郎、助六郎、助七郎、小三郎の六人だった。
一族以外の者に先進技術である銀の製錬術を教えないと言うのは、先代の赤松性具(ショウグ)入道(満祐)以来からの取り決めだった。それは明国(ミンコク、中国)から、はるばる異国に来た彼らの生きるための知恵だった。異国の地において生き抜いて行くには、身に付けている特殊技術を決して日本人に盗まれてはならなかった。盗まれてしまえば自分たち一族の者の値打は下がり、しまいには異国にて野垂れ死にするかもしれなかった。長老は銀山開発に当たって、その事をまず条件に出した。太郎はお屋形の政則に告げて許しを得た。
政則にとって銀山を開発する事は、どうしてもしなければならないという程、切羽(セッパ)詰まったものではなかった。赤松家は鉄の生産と販売を一手に握っていた。鉄は武器の原料であり、今の時勢、一番重要なものだった。銀はないよりもあった方がいいが、それ程の期待をかけていなかった。
銀が重要な物となり、大名たちが争って銀山を開発するようになるのは、もう少し時が下ってからの事であった。海外貿易が盛んになり、取り引きに銀が使われるようになると、大名たちは銀を獲得するために血眼(チマナコ)になって銀山の奪い合いで戦をするようになるが、まだ、銀の需要は低かった。
彼ら一族が明国から持って来た特殊技術とは『灰吹き法』と呼ばれるものだった。
当時、日本において銀を採掘する場合、天然に露出している銀鉱を砕き、細かくして水に流し、比重の重い銀だけを選んで、熱によって固めるという方法を取っていた。この場合だと、かなりの不純物が含まれ、しかも、一見しただけで銀と分かるような、かなりの銀を含んだ銀鉱でなければならなかった。すでに、それら天然の銀は取り尽くされていた。
彼らの持って来た技術は、銀を含んだ鉱脈の中から銀を取り出すもので、当時の日本においては考える事もできない程、進んだ技術だった。まず、地表に出ている鉱脈に沿って岩を掘り、掘り出した岩は細かくされて鬼山村まで運ばれた。運ばれた鉱石はさらに細かく砕き、粉状にして砂金を取る時のように、板の上に乗せた粉鉱を水中で揺すり、比重の重い銀だけを選び出す。これには熟練した技術を要したが、太郎の家臣となった金掘りの勘三郎が、砂金取りの仲間を使って慣れた手付きで行なっていた。揺り分けられた銀の砂は長老たちのいる立ち入り禁止の小屋に運ばれた。ここまでの作業は人足たちの手で行なわれたが、ここから先は鬼山一族だけで行なわれた。
ここまでの作業は金掘りである勘三郎も知っている。勘三郎たちが揺り分けた銀の砂を加熱しても銀の塊(カタマリ)になった。しかし、それには不純物がかなり含まれ、海外から来る銀とは比べものにならない程、お粗末な物だった。苦労して、そんな物を作っても銀としては扱われなかった。
長老の元に行った銀の砂はタタラを使って加熱され、どろどろに溶けている鉛の中に入れられた。砂の中の銀は鉛と一緒になり、この工程において、ほとんどの不純物が除かれた。この時使う鉛は前以て採ってあった。生野の山には鉛を多く含む鉱石もかなり分布していた。銀と鉛が一緒になった塊から鉛を取り除くのが『灰吹き法』と呼ばれる技術だった。灰を入れた炉の中に、その銀を含んだ鉛を入れ、タタラを使って加熱すると溶けた鉛は灰に染み込み、銀だけが残る、その銀は『灰吹き銀』と呼ばれ、かなり純粋な銀だった。しかし、その銀の中には金も含まれていた。灰吹き銀から、さらに金を抜き取る技術は、まだ、長老たちも知らなかった。
およそ、五十年後、この『灰吹き法』は博多の商人、神谷寿貞(ジュテイ)が朝鮮から連れて来た技術者によって、石見(イワミ、島根県西部)の銀山の開発に使用された。大名ではなく商人が中心になって開発を行なったため、その技術は各地の銀山に伝わり、銀山採掘の最盛期を迎える事になるが、この時期、日本において、この技術を知っていたのは鬼山一族の者だけだった。
太郎も小野屋藤兵衛も長老たちの作業小屋に入る事はできなかった。
今年の春から本格的に掘り始め、長老たちはすでに二十貫(約七十五キロ)近くの銀を製錬していた。銀一貫が銭にして百二十貫文(カンモン)だとして、二千四百貫文の銀を掘った事になる。米にして、およそ三千石(ゴク)余りという所だった。開発が軌道に乗って順調に行けば、年間、五十貫以上の銀が取れるだろうとの事だった。
取れた銀の半分は置塩のお屋形様に献上され、三割を太郎が取り、残りの二割を小野屋が取るという事になっていた。しかし、大河内城下を建設するために、小野屋に多額の借金をしているので、当分の間、太郎の取り分も小野屋の物となった。
置塩のお屋形様は、一旦、献上された銀を受け取るが、その銀は小野屋によって銭に替えられ、戦のための費用となった。小野屋藤兵衛は手に入れた銀を堺の小野屋伝兵衛のもとに送った。堺では近いうち遣明船を出す事に決まり、取り引きに使う銀を集めていた。その銀は明国に渡り、銅銭や生糸、高級な織物などと交換された。
太郎は、長老たちが作業する小屋から立ち昇る黒い煙を見ながら、この煙が敵に発見されはしないかと心配した。それと、村中に立ち込めた異様な臭いが気になった。
今年のうちは、ここでも仕方ないが、もっと大規模に開発が始まれば、ここでは狭すぎる。それに、銀を作る事によってできる鉱石のカスの量が思ったよりも多く、川の水も汚れていた。この村には山を掘る人足たちだけを置き、鉱石を砕く作業から長老たちの作業は別の場所に移した方がいいと思った。できれば但馬ではなく、一山越えた播磨側に移したかった。生野の地は鷲原寺の協力もあって占拠する事ができたが、生野に作業場を移す事はできなかった。生野は飽くまでも赤松家の最前線の軍事基地とし、敵に銀山を掘っているという事を気づかせてはならなかった。太郎は大河内城下に帰る途中、作業場を移すべき土地を捜そうと思った。
村の中央辺りに建てられた奉行所に寄って、鬼山小五郎から現場の状況を聞くと、太郎はお屋形と呼ばれる太郎専用の小屋に戻った。この小屋は以前、長老の小屋が建っていた位置に新しく建てられたものだった。長老の小屋の北側に建っていた古い三軒の小屋が壊され、長老と小五郎の小屋が新しくでき、鬼山一族の者たちは長老の小屋より北側に集まっていた。以前、きさたちが住んでいた南の方には作業場が並び、人足たちが住んでいた。
お屋形に戻ると、おこんが待っていた。
おこんは今、助四郎の妻になって、三人の女の子と共に助四郎と暮らしていた。
太郎がこの村に来ると必ず、一族の娘が交替で、太郎の世話をする事になっていた。皆、それぞれ夫婦となるという取り決めに従った今でも、長老は太郎に娘たちを差し出して、夜の世話までさせようとしていた。長老からすれば、おきさのように娘たちが太郎の子供を産んでくれれば、一族の将来が安心できるのだったが、太郎にしてみればかなわなかった。おきさが子供を産んだ事でまいっているのに、第二、第三のおきさが現れてはたまらなかった。太郎は、なるべく、この村には泊まらないようにし、どうしても泊まらなければならない時は、酔った振りをして先に寝てしまう事にしていた。
今日の太郎の担当はおこんだった。おこんは以前、光一郎と関係のあった女だった。色っぽく魅力的な女で、抱いてみたいとは思うが太郎は諦めた。
「お屋形様、あたしをお城下に連れてって下さいよ」とおこんは言った。
「この村が、いいのではなかったのか」と太郎は聞いた。
「前はよかったわ。でも、今は、もう駄目。臭くて鼻が曲がりそうだわ」
「確かに、臭いな」
「あたし、お城下って、どんな所だか知らなかったのよ。この村から出た事ないし、この村に残っている男たちは、村から出ればろくな事はないって言うし、恐かったの。でも、この間、帰って来たおろく姉さんから話を聞くと、とってもいい所だって言ってたわ。色々な物があって、色々な物が食べられて、綺麗な着物も着られるって。おろく姉さん、この間、来た時、綺麗なかんざしなんか髪に付けてたわ。あたしもおろく姉さんみたいに綺麗な着物を着てみたいし、綺麗なかんざしも欲しいわ。ねえ、あたしも連れてって下さいよ」
「まあ、城下に来るのは構わないが、助四郎さんはどうする。助四郎さんが許さないんじゃないのか」
「あんなのいいのよ。好きで夫婦になったわけじゃないし。お城下には一杯、いい男がいるんでしょ」
「いい男もいるが、悪い男もいる。長老殿の許しが出たら来るがいい。もう少しすれば生野に城下ができる。そうすれば、みんな、そっちに移る事になっている。今年の冬には間に合わないが来年には移る事ができるだろう」
「来年まで待てないわ。今すぐ、ここを出たいの。こんな所にいたら、子供だって病気になっちゃうわ」
「子供の具合が悪いのか」
「時々、ひどい咳をするの」
「そうか‥‥‥それはまずいな。長老殿と相談して子供の事は考えた方がよさそうだな」
「長老様は出て行った方がいいと言ったわ。ここは人足たちが増えて来るだろうから、女子供はお城下に移った方がいいって」
「分かった。考えておくよ。まだ、城下の方も完成してないから、すぐに移るというわけにはいかないが、銀太殿と小太郎殿の屋敷が完成すれば、おこんさんもそこに移る事ができるだろう」
「いつ頃、完成するの」
「冬が来る前には完成するだろう」
「今年の冬はこの山から下りられるのね」
「多分」
「よかった。ねえ、お屋形様、今晩は泊まっていかれるんでしょ」とおこんは太郎に擦り寄って来た。
「いや、そろそろ帰るよ」と太郎は笑うと立ち上がった。
「何だ、つまんないの」とおこんはふくれてみせた。
太郎はおこんから逃げるように、錫杖を鳴らしながら播磨側の山へと下りて行った。
3
市川の渡しを渡ると、太郎は城下に入る大通りの方に向かった。
船着き場の近くの河原には芸人たちが小屋掛けして住んでいた。金勝座はもう河原にはいない。太郎の家臣として太郎の屋敷の側に土地を与えられ、今、屋敷を建てていた。
大通りの入り口の所に建つ代官所は、かつて、太郎や重臣たちが住んでいたが、今は奉行所となり、町奉行の鬼山銀太、銀太を補佐する鬼山小太郎、勘定奉行の松井山城守(吉次)、作事(サクジ)奉行の菅原主殿助(トノモノスケ)、普請奉行の太田典膳、材木奉行の堀次郎らが詰めていた。
太郎は奉行所の所を曲がり、大通りに入ると両脇に並ぶ商人たちの蔵や屋敷を眺めながら歩いた。大通りは人通りが激しかった。材木を積んだ荷車や食糧を積んだ荷車が、忙しそうに行き来していた。
大通りに面して左側に、酒屋、伊勢屋、紀州屋、備中屋、山崎屋、京屋など、大きな商人たちの店と屋敷が建ち並んでいる。丁度、その裏には広い馬場があり、何頭もの馬が飼われ、馬術の稽古も行なわれていた。馬場の責任者である廐(ウマヤ)奉行は川上伊勢守(藤吉)だった。藤吉は足が速いので、馬など必要ないだろうと誰もが思っていたが、実は、藤吉は子供の頃から馬と一緒に育っていた。
関東の牧場(マキバ)の博労(バクロウ)の子として生まれた藤吉は、生まれた時から馬の中で暮らして来たといえた。子供の頃から馬と共に走り回っていたため足が速くなったのだった。当然、馬術も心得ているし、馬の良し悪しを見分ける目も持っていた。そこで、藤吉が廐奉行となり、新しく太郎の家臣になった者たちに馬術を教えていた。
大通りの右側にも、三河屋、信州屋、大和屋、讃岐屋、奈良屋などの商人の屋敷が並び、その奥の方に町人たちの長屋や職人たちの長屋が建つ予定だった。讃岐屋と奈良屋の間に磨羅寺(マラジ)へと続く参道があり、その参道の両側がこの城下の盛り場だった。
馬場への入り口の所、城下の中心ともいえる所に小野屋があった。商人たちの中でも一番いい場所で、しかも、一番広い土地を持っていた。小野屋はまだ完成していなかった。藤兵衛たちの住む屋敷と大きな蔵が一つ建っていたが、まだ、大通りに面して建つ店構えはできていなかった。
小野屋は大通りと稲荷神社へと続く通りが交差する四つ角に面していた。その稲荷神社へと続く通りによって城下は東西に二つに分けられ、西側が武家屋敷の建つ一画となった。小野屋と通りを挟んで、斜め向かいに鬼山銀太の屋敷があった。
銀太の屋敷はほぼ完成していた。家族たちの住む建物は完成し、今、広間や会所(カイショ)などの晴れの間のある建物を作っていた。
その建物の裏に離れがあり、おきさと子供たちが住んでいた。
おきさがこの城下に移って来たのは先月の初めだった。楓たちが置塩城下から、ここに移って来た日よりも半月程前の事だった。銀太は自分の屋敷よりも先に、おきさの住む事となる、この離れを建てていた。
銀太はおきさの腹の中にいる太郎の子供をこの離れで産ませたかった。この城下で産めば太郎の側で産む事ができる。生まれて来る子供の事を考えると、山の中の粗末な小屋で生まれたと言うよりも、城下町で生まれたと言う方が、後々、都合がいいような気がした。しかし、間に合わなかった。おきさは離れの完成する三日前に、山の中の鬼山村で男の子を産んだ。その知らせを受けると太郎は鬼山村に飛んで行き、子供と会って、千太郎と名づけた。元気のいい赤ん坊だった。
太郎は楓に、おきさと千太郎の事は言っていなかった。できれば内緒にしておきたかった。太郎の正妻、楓は赤松家の当主、政則の姉だった。その姉を妻にしながら、他の女に子供を生ませたなどと世間に知れたら大変な事になる。政則としても、そんな男の所に姉はやれないと言い出すかもしれない。せっかく、楓を赤松家から取り戻す事ができたのに、また、奪われるという事もあり得た。太郎が実績を上げて、お屋形様の姉の婿という立場以上に、太郎自身が認められる時になるまでは隠しておこうと思っていた。
おきさも銀太も太郎の言う事を分かってくれた。おきさにすれば自分が産んだ四人の男の子が太郎の家臣となってくれれば、それでよかった。太郎にはすでに跡継ぎである百太郎がいる。千太郎が跡を継ぐという事はあり得なかった。
おきさは離れの中庭にいた。
おきさは山の中にいた頃のように中庭に畑を作って野菜を育てていた。元々、ここは畑だったので土は良かった。
おきさは太郎の顔を見ると嬉しそうに笑った。
「今、山に行っていた」と太郎は言うと縁側に腰を下ろした。
「みんな、元気だった?」とおきさは手に付いた土を払いながら聞いた。
「ああ。ただ、村中、物凄い臭いだった。あれじゃあ、子供たちにはよくないな。人足たちが大勢、山に入って来たんで遊び場所もなくなったしな。女子供はあそこから移動させた方がよさそうだ」
「みんな、こっちに移って来るの」
太郎は頷いた。
「ここか、生野だな。生野の城下ができるのは来年以降になりそうだから、取りあえずは、ここに移る事となるだろう」
「そう。みんな、ここに来るの。賑やかになるわね。でも、ここに来てもする事がなくて退屈だわ」
「退屈か‥‥‥」
楓も退屈だと言っていた。花養院にいた時は朝から晩まで働いて忙しかったが、播磨に連れて来られてから何もする事がなくて退屈だと言う。今は百合の面倒を見ているので退屈だとは言わないが、百合の手が掛からなくなったら、花養院のような孤児院を作って子供たちの面倒でもみようかと言っていた。
鬼山一族の娘たちは皆、働き者だった。彼女たちがここに来ても何もする事がなかった。銀山のためとはいえ、のどかで静かだったあの村があんな風になってしまって、鬼山一族のためには悪い事をしてしまったのかもしれなかった。彼女たちが子供たちを連れて、ここに来たとしても、やがて、山が恋しくなるかもしれない。しかし、かつての山は、もうなかった。
「千太郎は元気か」と太郎は聞いた。
「元気よ。今、おすぎちゃんが見ててくれてるの。静かになったから、おすぎちゃんも一緒に寝ちゃたんじゃないかしら」
「おすぎちゃんが来てるのか。他の子たちは?」
「おろくさんちの子と遊んでるわ。きっとまた、お寺に行ったんじゃない」
「磨羅寺か」
「そう。あそこの和尚さん、子供たちが何をしても怒らないんですって。いい遊び相手だと思ってるわ」
「そうか。あの和尚も変わってるからな」
太郎は奥の部屋を覗き、眠っている千太郎とおすぎをチラッと見ると、また縁側に戻った。おすぎというのは銀太の妻、おろくの一番下の妹だった。十六歳の娘で、同い年の助七郎と一緒になる事に決まっているが、十八になるまでは銀太の世話になっていた。
縁側に戻るとおきさの姿はなかった。
銀太の屋敷に行ったのかな、と思いながら太郎は野菜畑を見ていた。
おきさは手を拭きながら帰って来た。ニコニコしながら太郎の隣に坐ると、「井戸っていうの、どうも、苦手だわ」と言った。
「どうして」
「だって、山にいた時は、ずっと川の水を使ってたでしょ。何となく使いづらいわ」
「そうか、井戸なんか使った事なかったんだな」
「井戸だけじゃないわ。ここに来て、見た事ないもの一杯見たわ」
「そうだろうな。おきさはここに来てよかったと思うか」
おきさはしばらく考えていたが、太郎の顔を見つめると頷いた。
「そうか‥‥‥」
「ねえ、お屋形様、今晩は泊まって行けるの」
「いや。駄目だ。今、お客さんが来てるんでな。大事な客なんだ。そのお客が帰ったら、ゆっくりしに来るよ」
「奥方様は大丈夫なの」
「大丈夫だ。うまく抜け出すさ」
「待ってるわ」とおきさは太郎の手を握った。
太郎はおきさの手を握り返すと軽く抱き寄せ、おきさと別れた。
来た時と同じく裏口から出ると通りを北に向かった。
おきさのいる銀太の屋敷の隣には鬼山小太郎の屋敷があった。
小太郎の屋敷もまだ未完成だった。その隣に材木奉行の堀次郎の屋敷があり、その隣には公人(クニン)奉行の田口弥太郎の屋敷があり、両方共、建設中だった。
田口の屋敷の正面に評定所(ヒョウジョウショ)があり、その向こうに太郎の屋敷内に建つ月影楼が見えた。
太郎は月影楼を眺めながら評定所の裏を通って、突き当たりにある敷地の中に入って行った。
そこは太郎の三人の弟子の家が建つ予定地だった。今、一軒だけ北西の角に家が建っていた。山崎五郎(探真坊)の家だった。
五郎は三月に鬼山一族の娘おきくと一緒になっていた。おきくはおきさのように五郎の子供を身ごもったわけではなかったが、五郎はおきくに惚れてしまった。おきくも決まった相手がいなかったため、時折、訪ねて来る五郎の事を首を長くして待つようになった。
二人が初めて会ったのは、去年の八月、銀山を捜しに山に入った時で、その後、九月の半ばと十一月の初めに、五郎は太郎と共に鬼山村を訪ねた。その後、冬の間は太郎は二月に一度、行っただけだったが、五郎は小野屋藤兵衛を連れて、ちょくちょく鬼山村に行っていた。その頃、一緒になる事を決めたらしい。太郎が五郎から相談を受けたのは春になってからだった。但馬進攻のための戦の準備に忙しい頃、太郎は五郎から、その話を打ち明けられた。太郎は五郎の話を聞いて長老と掛け合う事を引き受けた。
五郎は二十一歳、おきくは二十六歳、五つも年上で、しかも、子供が三人もいた。その三人の子供の父親は、一番初めの子が行方不明になっている助次郎、二番目の子が銀太、三番目の子が助太郎だと言う。五郎はそれを承知で、おきくと一緒になる覚悟を決めていた。太郎は長老と掛け合って許しを得、その日のうちに鬼山村において彼ら流の祝言(シュウゲン)が挙げられた。例によって祝い事は三日間も行なわれ、一緒に行った光一郎と八郎も五郎たちを羨ましそうに眺めていた。彼らも、それぞれ、おこんとおとみを口説いていたらしいが、うまくは行かなかった。
太郎はさっそく五郎夫婦の屋敷を建てるための土地を捜して家を建てさせた。
太郎は弟子の三人を自分の屋敷か、武術道場に住ませようと考えていたため、屋敷を建てる土地など用意していなかった。しかし、嫁を貰えば独立させなければならない。光一郎と八郎もそのうち嫁を貰う事になるだろうと思い、三人の家を同じ一画に建てさせようと考えた。その一画は評定所の北で、太郎の屋敷や道場にも近かった。今はまだ、五郎の家しか建っていなかった。
おきくが子供を連れてここに移って来たのは、おきさと一緒で八月の初めだった。
おきくは井戸の側で食事の支度をしていた。子供たちは庭で遊んでいた。太郎が入って来るのを見ると、おきくは頭を下げて迎えた。
「ここの暮らしは慣れたか」と太郎は言いながら子供の方に行った。
「はい。何とか‥‥‥」
おきくの長男の久太郎は八歳で、一つ年上のおきさの長男の紀次郎とは父親が同じだった。太郎は久太郎を眺めながら、紀次郎と似ているな、と思った。二番目の子は四歳の女の子、一番下は二歳の女の子だった。二歳の女の子がよちよち歩きをしながら、太郎の方にやって来た。
「女の子は可愛いいな」と太郎は言った。
「お屋形様も女のお子さんが生まれたそうで、おめでとうございます」とおきくは言った。
「ああ、女の子と男の子の二人が一遍に生まれたわ」
「おめでたい事です」
「まあ、そうだな。ところで、八郎や光一郎の奴らがここにしょっちゅう来てはいないか」
「はい。毎日、来ておりますけど‥‥‥」
「やはりな。最近、俺の所に顔を見せんから、おかしいと思ってたんだ。あんな奴らが毎日、来てたんじゃ邪魔だろう。今度、来たら追い出しても構わんからな」
「いえ。子供たちと遊んでくれるので助かってます。それにしても、あの三人、仲がいいですね」
「三人揃うと、うるさくてかなわんだろ」
「子供たちは喜んでいます。特に八郎さんは面白いって」
「そうか。まあ、適当にあしらってやってくれ」
「はい。分かりました」
太郎はおきくと別れると武術道場に顔を出して、一汗かくと屋敷に帰った。
35.百合と千太郎2
4
冷たい風が吹いていた。
もうすぐ、長い冬がやって来る。二度目の冬だった。
太郎の屋敷は完成していても、重臣たちの屋敷は上原性祐(ショウユウ)と喜多野性守(ショウシュ)の屋敷以外は、まだ完成していなかった。中級武士や下級武士たちの家に関しては建設予定地が決まっているだけで、まだ何も建っていない。彼らは掘立て小屋のまま、もう一冬を越さなければならなかった。太郎は家臣となってくれた彼らに、辛いが頑張ってくれ、という一言しか言えなかった。
風の音を聞きながら薄暗い月影楼の一階の屋根裏部屋で、太郎は座り込んでいた。
頭の中で、太郎は剣を構え、師匠、風眼坊舜香と対峙していた。
陰流の新しい技を考えていた。
陰流の中の『天狗勝(テングショウ)』は八つの技でできている。その八つの技は、すべて師匠から教わった技だった。太郎はその他に、自分で編み出した技を八つ加えて陰流を完成させようとしていた。ここに移ってから二つの技を考えた。あと六つの技を編み出さなければならなかった。
太郎はこの城下に武術道場を作るに当たって飯道山の道場を手本とした。
飯道山では武術を教える前に、体を作るため、一ケ月の山歩きを行なっていた。それは多すぎる修行者たちを振り分ける手段として行なっているものだが、足腰を鍛えるのには都合のいい修行方法だった。太郎はそれをまず取り入れようと思った。
この城下の道場も無制限に修行者を取るというわけにはいかない。定員を五十人とし、主に若い者を中心に教えようと思った。今はまだ、五十人もいないが、二年、三年後には溢れる程の修行者が集まるだろう。この城下だけでなく、置塩城下からも若い者たちが集まって来るだろうと思っていた。
太郎は生野の事が一段落すると、三人の弟子を連れて山に入った。城下を見下ろす城から更に奥の方へと入って行った。
大河内城から北へ尾根沿いに半里程進むと見晴らしのいい山頂に出た。更に尾根は北へ続いていた。太郎は三人の弟子と一緒に道を作りながら進んで行った。
三日間かけて、道場から片道、およそ二里程の山道ができあがった。飯道山の片道六里半に比べれば、まだまだ足りないが徐々に増やして行こうと思った。
次の日、三人の弟子に率いられて二十人余りの修行者が山の中に入って行った。まだ、道も完全でなく、途中、危険な所も幾つかあるので、初日は朝早く出掛けて行ったが、戻って来たのは昼をかなり回ってからだった。修行者たちは七日間、山の中を歩かされ、自然に道はでき上がった。
武術道場は南北が三十三間(約六十メートル)、東西が二十七間(約五十メートル)で、北側に師範たちの待機するための建物が建ち、北東の隅に修行者たち五十人が収容できる長屋を建設中だった。今の所、修行者たちは通いだった。通いといっても城下に彼らの家はまだない。空き地に掘立て小屋を立てて暮らしていた。師範部屋で寝起きしているのは、槍術師範の福井弥兵衛、薙刀師範の高田主水(モンド)、剣術師範の細野外記(ゲキ)、そして、風間光一郎、宮田八郎、夢庵肖柏(ムアンショウハク)だった。
福井、高田、細野の三人は太郎が置塩城下に行軍した時、参加した浪人組だった。浪人組の中に、細野は別にして、槍術の福井と薙刀の高田がいたのは太郎にとって都合のいい事だった。太郎の三人の弟子の中に槍術と薙刀術を教えられる者はいなかった。太郎は教えられるが、そうちょくちょく道場に出られない。特に福井の槍術はかなりの腕で、太郎の弟子たちでも太刀打ちできない程だった。太郎は福井を武術道場の責任者とし、道場奉行に任命していた。その他、浪人組には弓術の名人の朝田河内守がいた。朝田は城下のはずれにある射場(イバ)の責任者で、そこにも五十人の修行者を置くつもりでいた。
夢庵がここにいるのは変な事だったが、本人は気に入っているようだった。太郎は自分の屋敷内に、夢庵のための部屋を用意したのに、一晩いただけで、また、こっちに戻ってしまった。
夢庵は不思議な術を身に付けていた。棒術の一種で、六尺の棒を使うのではなく、三尺の棒を二本使う術だった。剣術において二刀を使うのと似ているが、棒でなければできない技もあった。夢庵はその術を京の鞍馬山(クラマヤマ)の山伏に習ったという。
夢庵は公家の中院(ナカノイン)家に生まれた。中院家は和歌を家業とする家柄で三大臣家(オオミケ)と呼ばれ、正親町(オオギマチ)三条家、三条西家と共に清華家(セイガケ)に継ぐ家格で、代々、大臣職に就いていた。村上天皇を祖とする源氏であり、赤松氏、北畠氏とは同じ流れであった。
京の公家の世界には古くから京流と呼ばれる武術があった。京流は鞍馬山の山伏から生まれ、公家たちの間に伝わり、古くは御所を護衛する者たちが身に付けて実戦の中で使われていたが、武士たちが台頭して公家の力が弱まるにつれて、京流の武術は個人的な護身の術になって行った。甲冑を身に付けない公家たちが自分の身を守るための武術だった。夢庵が子供の頃、その京流の武術はほとんど形だけが残っていて、踊りのようになり、実際に役に立つとは言えないものだった。ただ一つ、京流の中の吉岡流だけは当時も盛んで、将軍家の兵法(ヒョウホウ)指南となっていたが、吉岡流は武術よりも軍学が中心だった。
夢庵は子供の頃からフラフラと旅に出るのが好きだった。十五、六歳の頃、家を抜け出して一人で近江に旅に出た時だった。その時、山賊に会い、ひどい目にあった。命だけは何とか無事だったが、身ぐるみを剥がされ裸同然の姿で家に帰った。それは気位(キグライ)の高い夢庵にとって屈辱的な事だった。
夢庵は強くなろうと決心し、父親に頼んで吉岡兵法所に入る事ができた。しかし、用兵術や戦術を机上(キジョウ)で教えるだけで、剣術は教えてくれなかった。夢庵が剣術を教えてくれと頼むと、師範は勿体ぶって戦術を頭に入れてから実戦を教えると言った。
夢庵は兵法所を飛び出して鞍馬山に登った。
鞍馬山には昔、源義経が天狗から剣術を習ったという伝説があった。天狗というのは山伏の事だった。夢庵も義経のように鞍馬山の山伏から武術を習おうと勇んで山に登った。鞍馬山は大勢の信者たちが山伏に連れられて登っていた。夢庵は天狗の住む人気のない所を想像していたが、山の中の鞍馬寺は予想に反して賑やかだった。参道を行き来する山伏たちも武術の名人というよりは、ただの道案内に過ぎなかった。薙刀を構えた僧兵はかなりいたが、夢庵の考えていた天狗像とは全然、違っていた。
夢庵は失望しながら鞍馬寺をお参りした。そのまま帰ろうと思ったが、せっかく来たのだからと義経の伝説のある僧正(ソウジョウ)ケ谷に向かった。さすがに、その辺りまで来ると人影もなく、今にも天狗が現れそうな雰囲気があった。
夢庵はそこで天狗が出て来るのを待った。夢庵には生れつき気長な所があった。比較的のんびりとした公家社会で育ったため、何もしないで長時間いる事は苦痛ではなかった。旅に出て景色のいい所に行った時など、時が経つのも忘れて暗くなるまで、ずっと景色を眺めている事が何度もあった。僧正ケ谷に来た時もそうだった。夢庵は石の上に座り込んで、ずっと、天狗が現れるのを待っていた。
夢庵は三日間、何も食わずにそこにいた。
三日目にとうとう天狗が現れた。それは、ただの山伏だったが夢庵には天狗に見えた。
その山伏は僧正ケ谷の先にある奥の院にいる山伏で、鞍馬寺への行き帰りに夢庵の姿を見ていた。初日は夢庵の事など気に掛けなかった。二日目、同じ場所にいる夢庵を見ながら、一体、あんな所で何をしているのだろうと思った。しかし、声も掛けずに通り過ぎた。三日目、まだ同じ場所にいる夢庵を見て、山伏はぞっとなった。もしかしたら、義経の霊かもしれないと思った。山伏は夢庵を横目で見ながら鞍馬寺の方に去って行った。夕方、鞍馬寺から奥の院に向かう山伏は、まだ、そこにいる夢庵の姿を見て、恐る恐る近づいて声を掛けた。
夢庵は顔を上げて山伏を見ると急にニヤッと笑った。
山伏は恐れて太刀に手を掛け、抜こうとした。
夢庵は山伏に、「剣術を教えて下さい」と言った。
山伏は益々怪しみ、義経の幽霊に違いないと思った。
夢庵は座っていた石から下りると山伏に頭を下げた。
「お願いです。わたしに剣術を教えて下さい」
山伏は太刀を構えたまま夢庵に名を聞いた。
夢庵は本名を告げた。
山伏は夢庵の父親を知っていた。知っていたといっても名前を知っている程度だったが、名門である中院家の御曹司(オンゾウシ)が、どうして、こんな所に三日もいるのか訳を聞いて山伏は夢庵を奥の院に連れて行った。その山伏に紹介されたのが、例の棒術を使う賢光坊(ケンコウボウ)という山伏だった。夢庵は賢光坊について一月余り修行を積み、二本の棒を使う棒術を身に付けた。
その棒術は賢光坊が編み出した術だったが、まだ、完成していなかった。賢光坊はある日、武士と戦い、六尺棒を真っ二つに斬られ、仕方なく斬られた二本の棒を使って武士を倒した。その時はとっさの事で無意識に二本の棒で戦ったが、後で考えてみると、これはなかなか使えると思い、その技の工夫するために鞍馬山に帰って来た。その工夫をしている時、夢庵と出会い、夢庵を稽古相手に工夫を重ねた。
賢光坊の棒は普段は六尺で、中央から二つに割れるような仕掛けがしてあった。敵と戦う場合、初めは六尺棒として戦い、途中から二つに分ける。そんな仕掛けを知らない敵は不意を突かれて敗れるという具合だった。
夢庵も鞍馬山を下りた後、そんな六尺棒を杖代わりに持ち歩いていた。そのうち、自分の身を守るだけなら二本の棒は必要ないと思うようになり、棒の代わりに脇差を持ち歩くようになっていた。
夢庵は鞍馬山で棒術を身に付けて以来、自分に自信を持ち、一人でどんな所でも行けるようになったが、実際、その棒術を使って誰かを倒したという事はなかった。太郎と出会って、太郎の強さを聞き、久々に武術に興味を持って、太郎の弟子を相手に稽古に励んでいた。
夢庵は今まで自分の強さがどれ程なのか知らなかった。それを試すのにもいい機会だった。夢庵は八郎を相手に久し振りに二本の棒を持って打ち合った。
勝負は互角だった。
八郎は勿論の事、見ていた光一郎、五郎も驚いていた。夢庵がそれ程の腕を持っていたとは誰もが信じられなかった。毎日、ブラブラしていて、のんきに歌を歌っている夢庵が、これ程強かったとは思いもよらない事だった。しかも見た事もない術だった。二本の三尺棒を両手に持ち、片方の棒で相手の木剣を押えておいて、もう一本の棒で相手を打つ。もし、八郎が相手でなかったら簡単にやられていた所だった。
太郎もその話を聞き、夢庵の棒術と打ち合った。勿論、太郎の勝ちだったが、太郎は夢庵の棒術から学ぶべきものがあると感じ、自分も同じ物を作って色々と工夫して、陰流に取り入れる事にした。
夢庵は自分の腕を試した後、武術道場に住み着いて、八郎と光一郎から陰流の剣術を習っていた。今の所、特に行くべき所はないし、太郎と出会ったのも何かの縁だろう。ここにいる間に剣術を身に付けようと思っていた。
夢庵は何かに熱中すると、とことんやるという性格だった。
まず、最初に熱中したのはお家芸である和歌だった。和歌に熱中したあまり、和歌の舞台になった地を自分の目で見たくなって旅に出た。
次に熱中したのは女だった。気に入った女のもとに通い続けたり、遊女屋に泊まり続けたり、女と一緒にいない夜はない程、女に狂っていた。
次が棒術。一月余り鞍馬山で修行した後も、一年近くは棒術に熱中していた。
その次に熱中したのは笛だった。夢庵は徳大寺家に通って笛を習った。
次はお茶で、村田珠光(ジュコウ)の弟子となって侘(ワ)び茶と唐物(カラモノ)の目利きを習い、さらに、香道(コウドウ)を志野宗信(ソウシン)に習い、連歌は心敬(シンケイ)に学び、その他、流行り歌や絵にも凝った事もあった。
公家の名門に生まれたため、食べる事の心配はしなくて済んだ。長男に生まれなかったため、好きな事をやる事ができた。元々、器用なのか、興味を持った物は何でも身に付ける事ができた。その身に付けた芸が身を助ける事となり、戦で京を離れる事になっても、各地の大名たちから歓迎されるという具合だった。
そして、今、夢庵は陰流に凝っていた。夢庵は太郎の弟子たちから陰の術も学んでいた。太郎の直接の弟子ではないにしろ、陰流を身に付けた夢庵は弟子と同じようなものだった。
そんな夢庵がひょっこりと太郎のいる月影楼に現れた。夢庵は太郎のいる隠し部屋の仕切りまで来ると中に声を掛けた。
夢庵は太郎の事を太郎坊殿と呼んでいた。それは、夢庵が太郎の事を赤松家の一人として見ているのではなく、同じ芸術家の一人として太郎を見ているのだった。夢庵が本名を名乗らず、庵号を名乗っているのと同じく、太郎も坊号で呼んでいたのだった。
太郎は夢庵の声を聞くと、何事だろうと顔を出した。
「ちょっと話があるんじゃが、いいかのう」と夢庵は言った。
「はい。構いませんが‥‥‥上に行きましょう」
二人は二階に上がった。太郎は南の板戸を開けた。風はそれ程入って来なかった。
夢庵は腰を下ろすと、まだ、何も描いてない壁を見ながら、「絵師を連れて来るんだったな」と言った。
「急がなくてもいいですよ」と太郎は言った。
「いや、これじゃあ、せっかくの楼閣が台なしじゃ。誰かを連れて来よう」
「お願いします。ところで、話とは何です」
「実はのう。そろそろ、ここから出ようと思っておるんじゃ」
「どこかに行かれるんですか」
「ああ。長い事、世話になったのう。おぬしに会えて本当によかったと思っておる。陰流も身に付けたしな。もう、怖い者なしじゃ」
「どこに行かれるのですか」
「近江じゃ。近江の甲賀じゃ」
「甲賀? 甲賀に用でもあるのですか」
「ああ、宗祇(ソウギ)殿が、そこにいるという事が分かったんじゃ」
「宗祇殿?」
「連歌師じゃ。わしは宗祇殿の弟子になるつもりじゃ」
「連歌師ですか‥‥‥」
「宗祇殿は今、連歌師の最高峰なんじゃ。わしは以前から宗祇殿に色々と教わりたかった。しかし、東国の方に旅に出ていて、どこにおるのか分からなかったんじゃ。それが、最近になって、甲賀柏木の飛鳥井殿の屋敷に滞在しておる事が分かったんじゃ。わしは会って弟子にして貰うつもりじゃ」
「そうですか‥‥‥甲賀の柏木と言えば飯道山の近くです」
「飯道山というと、そなたが年末に陰の術を教えに行く山じゃな」
「はい。今年ももう少ししたら行く事になります」
「向こうでまた会えるかもしれんな」
「はい。飯道山に行ったら訪ねて行きますよ」
「いや、わしの方から行こう。わしもその飯道山というのを一度見たいしな」
「それで、いつ、出掛けるのです」
「このまま、出掛けようと思っておる」
「えっ、今すぐですか」
夢庵は頷いた。
「そうですか‥‥‥」
太郎は引き留めても無駄だと思った。しかし、このまま別れるのは残念だった。太郎としては夢庵を送るために宴を開きたかったが、夢庵がそういう事を好まないのは知っていた。
「夢庵殿、せめて、楓にだけは出て行く事を言って下さい。楓も色々とお世話になりましたから」
「わしは何もしてはおらん‥‥‥が、分かった」
「また、来て下さい」
「近江で会おう」
そう言うと夢庵は立ち上がって、回廊に出て城下を見渡した。
「今度、来る時には、ここも賑やかに栄えている事じゃろうのう」
太郎も回廊に出て城下を見た。
「不思議な事です。何もなかった所に、こんな町が出現するなんて‥‥‥」
「確かにのう‥‥‥」
夢庵は部屋に戻ると、下に降りる階段の方に向かった。
「楓殿には挨拶して行く。そなたはそのままでいてくれ」
「飯道山で会いましょう」と太郎は階段を降りて行く夢庵の足音に向かって言った。
太郎は三階に登って自分の屋敷を見下ろした。しばらくして、夢庵が楓と楓の侍女たちと一緒に庭に出て来た。夢庵は廐から金色の角を持った牛を連れて来ると、月影楼を見上げて太郎に手を振った。太郎も手を振り返した。
夢庵は楓に何かを喋ると牛に乗って門から出て行った。
太郎は月影楼から、のんびりと歩く牛を見守っていた。
夢庵の姿が見えなくなるまで、太郎はずっと見送った。
夢庵の姿が見えなくなると太郎は板戸を閉めた。下に降りようとした時、床の間の掛軸が目に入った。
夢庵の書いた『夢』という字だった。
「夢か‥‥‥」太郎は独り呟き、夢庵らしいと思った。
太郎は床の間の前に座り込むと、しばらく、夢という字を見つめていた。
雪が降っていた。
あっと言う間に、辺り一面、真っ白になってしまった。
この雪は根雪になるかも知れなかった。
銀山の作業は雪のため春まで中止となり、人足たちは冬の間は炭焼きをする事となっていた。山を下りる事は許されなかった。銀山開発は赤松家にとって絶対に極秘にしなければならない事だった。銀山に携わった職人や人足たちは常に見張られ、山から逃げ出せば殺されるという事となった。太郎はそんな事をしたくはなかったが仕方がなかった。
銀山奉行の小五郎は冬の間に、来年の開発計画を練るため、おさえを連れて大河内城下の太郎の屋敷に移った。長老とおせんは銀山を守るため山に残り、助太郎と助五郎は長老を守るため山に残った。助六郎と小三郎の二人は、十八歳になったおちいとおまると夫婦になって城下の小太郎の屋敷に移り、助四郎はおこんを連れて銀太の屋敷に移っていた。
生野も雪で埋まり、置塩城下から助っ人に来ていた兵は皆、引き上げ、大沢播磨守と小川弾正忠の率いる百人足らずの兵が守っていた。
太郎は楓と二人で月影楼の三階から雪の降る城下を見下ろしていた。
「綺麗ね」と楓が言った。
「ああ。長い冬の始まりだ」
「いよいよ、明日、出掛けるの」
「うん」と太郎は頷いた。
「今年は誰を連れて行くの」
「光一郎を連れて行く」
「親子の再会をさせるのね」
「そういう事だ。久し振りだな、師匠に会うのは」
「百日行をしてるんですって?」
「らしいな。師匠もよくやるよ。伊勢新九郎殿も一緒だそうだし、栄意坊殿も飯道山にいるらしいし、みんなと会える。楽しみだよ」
「久し振りだもんね」
「会ってみないと分からないけど、師匠に、ここを見てもらおうと思ってるんだ」
「みんな、連れて来てよ。あたしも会いたいわ」
「うん。何としてでも連れて来るよ」
九月の初め、松恵尼と一緒に飯道山の祭りに帰った金勝座が戻って来て、向こうの状況を太郎たちに知らせてくれた。
太郎は師匠に会いたかった。以前、師匠を捜しに大峯山に登った時よりも、今の太郎は一回りも二回りも大きくなっていた。あの時の自分は惨めだった。師匠にすがる思いで、師匠を捜していた。結局、師匠には会えなかった。あの時、会えなくてよかった、と今の太郎は思っている。そして、今、ようやく、師匠と会える時が来た。自分の成長振りを堂々と師匠に見て貰いたかった。
「ねえ、あなたのお弟子さんの中で、誰が一番、陰の術、得意なの」と楓は聞いた。
「そうだな‥‥‥五郎かな」
「五郎さん‥‥‥五郎さんも大変ね。一遍に三人の子供を持っちゃって。でも、しっかりした人みたいだから安心ね」
「お前、五郎の嫁さんに会ったのか」
「ええ、ちょっとね。挨拶に行ったのよ」
「そうか‥‥‥」と言いながら、太郎は楓を横目でちらっと見た。
「ねえ、五郎さんて、あなたを仇と狙っていたはずでしょ。もう、やめたの」
太郎はほっとして、「さあな」と首を振った。「聞いた事はないが、どう思ってるんだろうな」
「家族を持ったら仇討ちどころじゃないわよ。きっと、あなたが悪かったんじゃないって気づいたんじゃない」
「そうだといいんだけどな」
楓は部屋の中に目を移し、床の間の掛軸を見ながら座り込んだ。
「ねえ、夢庵さんと会って来るの」
「ああ。せっかくだからな。夢庵殿が飯道山に来るって言っていたけど、来なかったら、こっちから訪ねて行くさ」
「何してるのかしら」
「連歌に熱中してるんじゃないのか。何もしないでブラブラしてるかと思うと、一つの事に熱中して、とことんまでやる人だからな。夢庵殿があんなにも剣術に熱中するなんて思ってもいなかったよ」
「夢庵さん、強いんですって?」
「ああ、強いな。最初見た時、あんな格好でウロウロしてるからには少しはできるな、とは思ったけど、あれ程の腕を持っていたとは知らなかった」
「また、ここに来てくれるかしら」
「忘れた頃に、例の牛に乗って、ひょっこりと現れるんじゃないのか」
「そうね‥‥‥ねえ、あなたの夢って何なの」
「俺の夢? 俺の夢は陰流を完成させて、それを広める事だな」
「戦をするために?」
「いや、そうじゃない。俺の陰流は戦のためじゃない」
「じゃあ、何のため」
「夢庵殿の剣と同じさ。身を守るためと、後は‥‥‥」
「後は‥‥‥」
「無益な争いを避けるためだ。自分の強さが分かれば、敵を殺さなくても済む」
「でも、戦になったら敵を殺さなくてはならないんでしょ」
「まあ、そうだな。戦は個人の戦いと違うからな。殺さなけりゃならない」
「あなたの陰流によって、死ぬ人もいるのね」
「それはしょうがないだろう。皆、必死だからな。負ければ、すべてを失う事になってしまう」
「そうね。再興される前の赤松家のように、この世から消えちゃうのね‥‥‥」
「楓、お前の夢は何なんだ」
「あたしの夢‥‥‥ここに来るまでは、松恵尼様の跡を継いで孤児院をやって行こうと思ってたの。でも、こっちに来てから分からなくなったわ。こんなお屋敷に住んで、侍女に囲まれて暮らしていると、花養院にいた頃の事が嘘のように思えて来るの。このままではいけない。何かをやらなければならないとは思うんだけど、何をやったらいいのか分からないわ」
「今は百合の事だけ考えていればいい。百合がもう少し大きくなったら、孤児院でも何でも始めればいいさ。天から授かった今の地位を逆に利用すればいいのさ。何かをやろうと思えば、今なら何でもできる。俺は自分の道場を持つ事ができたし、こんな楼閣も持つ事ができた。お前も何かをやろうと思えば何でもできるさ」
「そうね‥‥‥」
「俺は今まで通り、ここの殿様だけでいるつもりはない。太郎坊という山伏にもなるし、三好日向という仏師(ブッシ)にもなるつもりでいるんだ。ただの武士にはならないよ」
「そうね。あたしも、もう一人の自分を作ろうかしら」
「そうさ。こんな所に籠もっていたら本当におかしくなっちゃうぜ。回りが見えなくなってしまうよ」
「ねえ、鬼山銀太様のお屋敷にいる、おきささんていう人、綺麗な人ね」と楓は突然、話題を変えた。それは、太郎にとって不意打ちだった。
「えっ?」と言いながら、太郎は楓を横目で見た。
楓は夢庵が書いた掛軸を見つめていた。
「千太郎って男の子がいたわ」
「‥‥‥知ってたのか」と太郎は覚悟を決めて聞いた。
「松恵尼様が来た時、一緒に城下を歩いて色んな所に挨拶に行ったの。そして、偶然に会ったのよ。あたし、びっくりして、どうしたらいいのか分からなかったわ。でも、松恵尼様が一緒にいたので助かったの。おきささんから訳を聞いたわ‥‥‥松恵尼様は、あなたには黙っていた方がいいって言ったわ‥‥‥」
太郎は楓の前に座ると、「悪かった」と謝った。「あの時は仕方なかったんだ」
「聞いたわ‥‥‥おきささんが、みんな話してくれたわ‥‥‥」
「話そうと思ったが話せなかった‥‥‥」
「あの人、このお屋敷に入れるつもりなの」
太郎は首を振った。「いや。それはできない。その事はおきさも分かってくれている」
「あの子も、ずっと、あそこに置いておくつもりなの」
「仕方がない‥‥‥」
「どうして、隠してたの」
「言えなかったんだ‥‥‥」
「そう‥‥‥」
「怒ってるのか」
「怒ってるわ‥‥‥どうしょうもない位、怒ってるわ」
「だろうな‥‥‥」
「罰として、あたしに陰の術を教える事」と楓は言った。
「許してくれるのか」
「陰の術を教えてくれるまで、許さないわ」
「分かった。教える。しかし、陰の術を習ってどうするつもりなんだ」
「あなたをこっそり尾行するのよ」
「何だって」
「嘘よ。あたしねえ、女だけの兵隊を作ろうと思ってるの」
「女だけの兵隊? 女武者という奴か」
「そう。でも、戦を実際にするんじゃなくて敵情視察をするのよ」
「女を使ってか」
「そう。男にはできない事でも、女ならできるっていう事あるでしょ」
「まあ、それはそうだが‥‥‥」
「あなたは知らないでしょうけど、金勝座の助六さんとあたし、とても仲良しになったのよ。助六さんから色々と話を聞いたの。それでね、二人で松恵尼様みたいに女たちを使って情報集めをしようって決めたのよ」
「助六さんと二人でか‥‥‥」
「そうよ。それには、まず、あたしが陰の術を身に付けて、そうだ、助六さんも一緒の方がいいわ。ねえ、二人に陰の術を教えて。いいえ、罰として絶対に教えるのよ」
「分かった。飯道山から帰って来たら、さっそく教えるよ。そうだな、正月は何かと忙しいから二月だな、二月に一ケ月間、みっちりたたき込んでやるよ」
「絶対よ」
太郎は頷いた。
「楓、今晩はここで寝ようか」
「そうね、一ケ月間、お別れだもんね。罰として、今晩は寝せないから」
「参ったな」
「参ったじゃないのよ」と楓は太郎を睨みながら、太郎にもたれて来た。
「はい、はい。楓御料人(ゴリョウニン)様」と太郎は楓の体を膝の上に横たえた。
楓は太郎を見つめて笑っていた。
太郎も楓を見つめながら笑った。
外では、雪が静かに降っていた。
あっと言う間に、辺り一面、真っ白になってしまった。
この雪は根雪になるかも知れなかった。
福井、高田、細野の三人は太郎が置塩城下に行軍した時、参加した浪人組だった。浪人組の中に、細野は別にして、槍術の福井と薙刀の高田がいたのは太郎にとって都合のいい事だった。太郎の三人の弟子の中に槍術と薙刀術を教えられる者はいなかった。太郎は教えられるが、そうちょくちょく道場に出られない。特に福井の槍術はかなりの腕で、太郎の弟子たちでも太刀打ちできない程だった。太郎は福井を武術道場の責任者とし、道場奉行に任命していた。その他、浪人組には弓術の名人の朝田河内守がいた。朝田は城下のはずれにある射場(イバ)の責任者で、そこにも五十人の修行者を置くつもりでいた。
夢庵がここにいるのは変な事だったが、本人は気に入っているようだった。太郎は自分の屋敷内に、夢庵のための部屋を用意したのに、一晩いただけで、また、こっちに戻ってしまった。
夢庵は不思議な術を身に付けていた。棒術の一種で、六尺の棒を使うのではなく、三尺の棒を二本使う術だった。剣術において二刀を使うのと似ているが、棒でなければできない技もあった。夢庵はその術を京の鞍馬山(クラマヤマ)の山伏に習ったという。
夢庵は公家の中院(ナカノイン)家に生まれた。中院家は和歌を家業とする家柄で三大臣家(オオミケ)と呼ばれ、正親町(オオギマチ)三条家、三条西家と共に清華家(セイガケ)に継ぐ家格で、代々、大臣職に就いていた。村上天皇を祖とする源氏であり、赤松氏、北畠氏とは同じ流れであった。
京の公家の世界には古くから京流と呼ばれる武術があった。京流は鞍馬山の山伏から生まれ、公家たちの間に伝わり、古くは御所を護衛する者たちが身に付けて実戦の中で使われていたが、武士たちが台頭して公家の力が弱まるにつれて、京流の武術は個人的な護身の術になって行った。甲冑を身に付けない公家たちが自分の身を守るための武術だった。夢庵が子供の頃、その京流の武術はほとんど形だけが残っていて、踊りのようになり、実際に役に立つとは言えないものだった。ただ一つ、京流の中の吉岡流だけは当時も盛んで、将軍家の兵法(ヒョウホウ)指南となっていたが、吉岡流は武術よりも軍学が中心だった。
夢庵は子供の頃からフラフラと旅に出るのが好きだった。十五、六歳の頃、家を抜け出して一人で近江に旅に出た時だった。その時、山賊に会い、ひどい目にあった。命だけは何とか無事だったが、身ぐるみを剥がされ裸同然の姿で家に帰った。それは気位(キグライ)の高い夢庵にとって屈辱的な事だった。
夢庵は強くなろうと決心し、父親に頼んで吉岡兵法所に入る事ができた。しかし、用兵術や戦術を机上(キジョウ)で教えるだけで、剣術は教えてくれなかった。夢庵が剣術を教えてくれと頼むと、師範は勿体ぶって戦術を頭に入れてから実戦を教えると言った。
夢庵は兵法所を飛び出して鞍馬山に登った。
鞍馬山には昔、源義経が天狗から剣術を習ったという伝説があった。天狗というのは山伏の事だった。夢庵も義経のように鞍馬山の山伏から武術を習おうと勇んで山に登った。鞍馬山は大勢の信者たちが山伏に連れられて登っていた。夢庵は天狗の住む人気のない所を想像していたが、山の中の鞍馬寺は予想に反して賑やかだった。参道を行き来する山伏たちも武術の名人というよりは、ただの道案内に過ぎなかった。薙刀を構えた僧兵はかなりいたが、夢庵の考えていた天狗像とは全然、違っていた。
夢庵は失望しながら鞍馬寺をお参りした。そのまま帰ろうと思ったが、せっかく来たのだからと義経の伝説のある僧正(ソウジョウ)ケ谷に向かった。さすがに、その辺りまで来ると人影もなく、今にも天狗が現れそうな雰囲気があった。
夢庵はそこで天狗が出て来るのを待った。夢庵には生れつき気長な所があった。比較的のんびりとした公家社会で育ったため、何もしないで長時間いる事は苦痛ではなかった。旅に出て景色のいい所に行った時など、時が経つのも忘れて暗くなるまで、ずっと景色を眺めている事が何度もあった。僧正ケ谷に来た時もそうだった。夢庵は石の上に座り込んで、ずっと、天狗が現れるのを待っていた。
夢庵は三日間、何も食わずにそこにいた。
三日目にとうとう天狗が現れた。それは、ただの山伏だったが夢庵には天狗に見えた。
その山伏は僧正ケ谷の先にある奥の院にいる山伏で、鞍馬寺への行き帰りに夢庵の姿を見ていた。初日は夢庵の事など気に掛けなかった。二日目、同じ場所にいる夢庵を見ながら、一体、あんな所で何をしているのだろうと思った。しかし、声も掛けずに通り過ぎた。三日目、まだ同じ場所にいる夢庵を見て、山伏はぞっとなった。もしかしたら、義経の霊かもしれないと思った。山伏は夢庵を横目で見ながら鞍馬寺の方に去って行った。夕方、鞍馬寺から奥の院に向かう山伏は、まだ、そこにいる夢庵の姿を見て、恐る恐る近づいて声を掛けた。
夢庵は顔を上げて山伏を見ると急にニヤッと笑った。
山伏は恐れて太刀に手を掛け、抜こうとした。
夢庵は山伏に、「剣術を教えて下さい」と言った。
山伏は益々怪しみ、義経の幽霊に違いないと思った。
夢庵は座っていた石から下りると山伏に頭を下げた。
「お願いです。わたしに剣術を教えて下さい」
山伏は太刀を構えたまま夢庵に名を聞いた。
夢庵は本名を告げた。
山伏は夢庵の父親を知っていた。知っていたといっても名前を知っている程度だったが、名門である中院家の御曹司(オンゾウシ)が、どうして、こんな所に三日もいるのか訳を聞いて山伏は夢庵を奥の院に連れて行った。その山伏に紹介されたのが、例の棒術を使う賢光坊(ケンコウボウ)という山伏だった。夢庵は賢光坊について一月余り修行を積み、二本の棒を使う棒術を身に付けた。
その棒術は賢光坊が編み出した術だったが、まだ、完成していなかった。賢光坊はある日、武士と戦い、六尺棒を真っ二つに斬られ、仕方なく斬られた二本の棒を使って武士を倒した。その時はとっさの事で無意識に二本の棒で戦ったが、後で考えてみると、これはなかなか使えると思い、その技の工夫するために鞍馬山に帰って来た。その工夫をしている時、夢庵と出会い、夢庵を稽古相手に工夫を重ねた。
賢光坊の棒は普段は六尺で、中央から二つに割れるような仕掛けがしてあった。敵と戦う場合、初めは六尺棒として戦い、途中から二つに分ける。そんな仕掛けを知らない敵は不意を突かれて敗れるという具合だった。
夢庵も鞍馬山を下りた後、そんな六尺棒を杖代わりに持ち歩いていた。そのうち、自分の身を守るだけなら二本の棒は必要ないと思うようになり、棒の代わりに脇差を持ち歩くようになっていた。
夢庵は鞍馬山で棒術を身に付けて以来、自分に自信を持ち、一人でどんな所でも行けるようになったが、実際、その棒術を使って誰かを倒したという事はなかった。太郎と出会って、太郎の強さを聞き、久々に武術に興味を持って、太郎の弟子を相手に稽古に励んでいた。
夢庵は今まで自分の強さがどれ程なのか知らなかった。それを試すのにもいい機会だった。夢庵は八郎を相手に久し振りに二本の棒を持って打ち合った。
勝負は互角だった。
八郎は勿論の事、見ていた光一郎、五郎も驚いていた。夢庵がそれ程の腕を持っていたとは誰もが信じられなかった。毎日、ブラブラしていて、のんきに歌を歌っている夢庵が、これ程強かったとは思いもよらない事だった。しかも見た事もない術だった。二本の三尺棒を両手に持ち、片方の棒で相手の木剣を押えておいて、もう一本の棒で相手を打つ。もし、八郎が相手でなかったら簡単にやられていた所だった。
太郎もその話を聞き、夢庵の棒術と打ち合った。勿論、太郎の勝ちだったが、太郎は夢庵の棒術から学ぶべきものがあると感じ、自分も同じ物を作って色々と工夫して、陰流に取り入れる事にした。
夢庵は自分の腕を試した後、武術道場に住み着いて、八郎と光一郎から陰流の剣術を習っていた。今の所、特に行くべき所はないし、太郎と出会ったのも何かの縁だろう。ここにいる間に剣術を身に付けようと思っていた。
夢庵は何かに熱中すると、とことんやるという性格だった。
まず、最初に熱中したのはお家芸である和歌だった。和歌に熱中したあまり、和歌の舞台になった地を自分の目で見たくなって旅に出た。
次に熱中したのは女だった。気に入った女のもとに通い続けたり、遊女屋に泊まり続けたり、女と一緒にいない夜はない程、女に狂っていた。
次が棒術。一月余り鞍馬山で修行した後も、一年近くは棒術に熱中していた。
その次に熱中したのは笛だった。夢庵は徳大寺家に通って笛を習った。
次はお茶で、村田珠光(ジュコウ)の弟子となって侘(ワ)び茶と唐物(カラモノ)の目利きを習い、さらに、香道(コウドウ)を志野宗信(ソウシン)に習い、連歌は心敬(シンケイ)に学び、その他、流行り歌や絵にも凝った事もあった。
公家の名門に生まれたため、食べる事の心配はしなくて済んだ。長男に生まれなかったため、好きな事をやる事ができた。元々、器用なのか、興味を持った物は何でも身に付ける事ができた。その身に付けた芸が身を助ける事となり、戦で京を離れる事になっても、各地の大名たちから歓迎されるという具合だった。
そして、今、夢庵は陰流に凝っていた。夢庵は太郎の弟子たちから陰の術も学んでいた。太郎の直接の弟子ではないにしろ、陰流を身に付けた夢庵は弟子と同じようなものだった。
そんな夢庵がひょっこりと太郎のいる月影楼に現れた。夢庵は太郎のいる隠し部屋の仕切りまで来ると中に声を掛けた。
夢庵は太郎の事を太郎坊殿と呼んでいた。それは、夢庵が太郎の事を赤松家の一人として見ているのではなく、同じ芸術家の一人として太郎を見ているのだった。夢庵が本名を名乗らず、庵号を名乗っているのと同じく、太郎も坊号で呼んでいたのだった。
太郎は夢庵の声を聞くと、何事だろうと顔を出した。
「ちょっと話があるんじゃが、いいかのう」と夢庵は言った。
「はい。構いませんが‥‥‥上に行きましょう」
二人は二階に上がった。太郎は南の板戸を開けた。風はそれ程入って来なかった。
夢庵は腰を下ろすと、まだ、何も描いてない壁を見ながら、「絵師を連れて来るんだったな」と言った。
「急がなくてもいいですよ」と太郎は言った。
「いや、これじゃあ、せっかくの楼閣が台なしじゃ。誰かを連れて来よう」
「お願いします。ところで、話とは何です」
「実はのう。そろそろ、ここから出ようと思っておるんじゃ」
「どこかに行かれるんですか」
「ああ。長い事、世話になったのう。おぬしに会えて本当によかったと思っておる。陰流も身に付けたしな。もう、怖い者なしじゃ」
「どこに行かれるのですか」
「近江じゃ。近江の甲賀じゃ」
「甲賀? 甲賀に用でもあるのですか」
「ああ、宗祇(ソウギ)殿が、そこにいるという事が分かったんじゃ」
「宗祇殿?」
「連歌師じゃ。わしは宗祇殿の弟子になるつもりじゃ」
「連歌師ですか‥‥‥」
「宗祇殿は今、連歌師の最高峰なんじゃ。わしは以前から宗祇殿に色々と教わりたかった。しかし、東国の方に旅に出ていて、どこにおるのか分からなかったんじゃ。それが、最近になって、甲賀柏木の飛鳥井殿の屋敷に滞在しておる事が分かったんじゃ。わしは会って弟子にして貰うつもりじゃ」
「そうですか‥‥‥甲賀の柏木と言えば飯道山の近くです」
「飯道山というと、そなたが年末に陰の術を教えに行く山じゃな」
「はい。今年ももう少ししたら行く事になります」
「向こうでまた会えるかもしれんな」
「はい。飯道山に行ったら訪ねて行きますよ」
「いや、わしの方から行こう。わしもその飯道山というのを一度見たいしな」
「それで、いつ、出掛けるのです」
「このまま、出掛けようと思っておる」
「えっ、今すぐですか」
夢庵は頷いた。
「そうですか‥‥‥」
太郎は引き留めても無駄だと思った。しかし、このまま別れるのは残念だった。太郎としては夢庵を送るために宴を開きたかったが、夢庵がそういう事を好まないのは知っていた。
「夢庵殿、せめて、楓にだけは出て行く事を言って下さい。楓も色々とお世話になりましたから」
「わしは何もしてはおらん‥‥‥が、分かった」
「また、来て下さい」
「近江で会おう」
そう言うと夢庵は立ち上がって、回廊に出て城下を見渡した。
「今度、来る時には、ここも賑やかに栄えている事じゃろうのう」
太郎も回廊に出て城下を見た。
「不思議な事です。何もなかった所に、こんな町が出現するなんて‥‥‥」
「確かにのう‥‥‥」
夢庵は部屋に戻ると、下に降りる階段の方に向かった。
「楓殿には挨拶して行く。そなたはそのままでいてくれ」
「飯道山で会いましょう」と太郎は階段を降りて行く夢庵の足音に向かって言った。
太郎は三階に登って自分の屋敷を見下ろした。しばらくして、夢庵が楓と楓の侍女たちと一緒に庭に出て来た。夢庵は廐から金色の角を持った牛を連れて来ると、月影楼を見上げて太郎に手を振った。太郎も手を振り返した。
夢庵は楓に何かを喋ると牛に乗って門から出て行った。
太郎は月影楼から、のんびりと歩く牛を見守っていた。
夢庵の姿が見えなくなるまで、太郎はずっと見送った。
夢庵の姿が見えなくなると太郎は板戸を閉めた。下に降りようとした時、床の間の掛軸が目に入った。
夢庵の書いた『夢』という字だった。
「夢か‥‥‥」太郎は独り呟き、夢庵らしいと思った。
太郎は床の間の前に座り込むと、しばらく、夢という字を見つめていた。
5
雪が降っていた。
あっと言う間に、辺り一面、真っ白になってしまった。
この雪は根雪になるかも知れなかった。
銀山の作業は雪のため春まで中止となり、人足たちは冬の間は炭焼きをする事となっていた。山を下りる事は許されなかった。銀山開発は赤松家にとって絶対に極秘にしなければならない事だった。銀山に携わった職人や人足たちは常に見張られ、山から逃げ出せば殺されるという事となった。太郎はそんな事をしたくはなかったが仕方がなかった。
銀山奉行の小五郎は冬の間に、来年の開発計画を練るため、おさえを連れて大河内城下の太郎の屋敷に移った。長老とおせんは銀山を守るため山に残り、助太郎と助五郎は長老を守るため山に残った。助六郎と小三郎の二人は、十八歳になったおちいとおまると夫婦になって城下の小太郎の屋敷に移り、助四郎はおこんを連れて銀太の屋敷に移っていた。
生野も雪で埋まり、置塩城下から助っ人に来ていた兵は皆、引き上げ、大沢播磨守と小川弾正忠の率いる百人足らずの兵が守っていた。
太郎は楓と二人で月影楼の三階から雪の降る城下を見下ろしていた。
「綺麗ね」と楓が言った。
「ああ。長い冬の始まりだ」
「いよいよ、明日、出掛けるの」
「うん」と太郎は頷いた。
「今年は誰を連れて行くの」
「光一郎を連れて行く」
「親子の再会をさせるのね」
「そういう事だ。久し振りだな、師匠に会うのは」
「百日行をしてるんですって?」
「らしいな。師匠もよくやるよ。伊勢新九郎殿も一緒だそうだし、栄意坊殿も飯道山にいるらしいし、みんなと会える。楽しみだよ」
「久し振りだもんね」
「会ってみないと分からないけど、師匠に、ここを見てもらおうと思ってるんだ」
「みんな、連れて来てよ。あたしも会いたいわ」
「うん。何としてでも連れて来るよ」
九月の初め、松恵尼と一緒に飯道山の祭りに帰った金勝座が戻って来て、向こうの状況を太郎たちに知らせてくれた。
太郎は師匠に会いたかった。以前、師匠を捜しに大峯山に登った時よりも、今の太郎は一回りも二回りも大きくなっていた。あの時の自分は惨めだった。師匠にすがる思いで、師匠を捜していた。結局、師匠には会えなかった。あの時、会えなくてよかった、と今の太郎は思っている。そして、今、ようやく、師匠と会える時が来た。自分の成長振りを堂々と師匠に見て貰いたかった。
「ねえ、あなたのお弟子さんの中で、誰が一番、陰の術、得意なの」と楓は聞いた。
「そうだな‥‥‥五郎かな」
「五郎さん‥‥‥五郎さんも大変ね。一遍に三人の子供を持っちゃって。でも、しっかりした人みたいだから安心ね」
「お前、五郎の嫁さんに会ったのか」
「ええ、ちょっとね。挨拶に行ったのよ」
「そうか‥‥‥」と言いながら、太郎は楓を横目でちらっと見た。
「ねえ、五郎さんて、あなたを仇と狙っていたはずでしょ。もう、やめたの」
太郎はほっとして、「さあな」と首を振った。「聞いた事はないが、どう思ってるんだろうな」
「家族を持ったら仇討ちどころじゃないわよ。きっと、あなたが悪かったんじゃないって気づいたんじゃない」
「そうだといいんだけどな」
楓は部屋の中に目を移し、床の間の掛軸を見ながら座り込んだ。
「ねえ、夢庵さんと会って来るの」
「ああ。せっかくだからな。夢庵殿が飯道山に来るって言っていたけど、来なかったら、こっちから訪ねて行くさ」
「何してるのかしら」
「連歌に熱中してるんじゃないのか。何もしないでブラブラしてるかと思うと、一つの事に熱中して、とことんまでやる人だからな。夢庵殿があんなにも剣術に熱中するなんて思ってもいなかったよ」
「夢庵さん、強いんですって?」
「ああ、強いな。最初見た時、あんな格好でウロウロしてるからには少しはできるな、とは思ったけど、あれ程の腕を持っていたとは知らなかった」
「また、ここに来てくれるかしら」
「忘れた頃に、例の牛に乗って、ひょっこりと現れるんじゃないのか」
「そうね‥‥‥ねえ、あなたの夢って何なの」
「俺の夢? 俺の夢は陰流を完成させて、それを広める事だな」
「戦をするために?」
「いや、そうじゃない。俺の陰流は戦のためじゃない」
「じゃあ、何のため」
「夢庵殿の剣と同じさ。身を守るためと、後は‥‥‥」
「後は‥‥‥」
「無益な争いを避けるためだ。自分の強さが分かれば、敵を殺さなくても済む」
「でも、戦になったら敵を殺さなくてはならないんでしょ」
「まあ、そうだな。戦は個人の戦いと違うからな。殺さなけりゃならない」
「あなたの陰流によって、死ぬ人もいるのね」
「それはしょうがないだろう。皆、必死だからな。負ければ、すべてを失う事になってしまう」
「そうね。再興される前の赤松家のように、この世から消えちゃうのね‥‥‥」
「楓、お前の夢は何なんだ」
「あたしの夢‥‥‥ここに来るまでは、松恵尼様の跡を継いで孤児院をやって行こうと思ってたの。でも、こっちに来てから分からなくなったわ。こんなお屋敷に住んで、侍女に囲まれて暮らしていると、花養院にいた頃の事が嘘のように思えて来るの。このままではいけない。何かをやらなければならないとは思うんだけど、何をやったらいいのか分からないわ」
「今は百合の事だけ考えていればいい。百合がもう少し大きくなったら、孤児院でも何でも始めればいいさ。天から授かった今の地位を逆に利用すればいいのさ。何かをやろうと思えば、今なら何でもできる。俺は自分の道場を持つ事ができたし、こんな楼閣も持つ事ができた。お前も何かをやろうと思えば何でもできるさ」
「そうね‥‥‥」
「俺は今まで通り、ここの殿様だけでいるつもりはない。太郎坊という山伏にもなるし、三好日向という仏師(ブッシ)にもなるつもりでいるんだ。ただの武士にはならないよ」
「そうね。あたしも、もう一人の自分を作ろうかしら」
「そうさ。こんな所に籠もっていたら本当におかしくなっちゃうぜ。回りが見えなくなってしまうよ」
「ねえ、鬼山銀太様のお屋敷にいる、おきささんていう人、綺麗な人ね」と楓は突然、話題を変えた。それは、太郎にとって不意打ちだった。
「えっ?」と言いながら、太郎は楓を横目で見た。
楓は夢庵が書いた掛軸を見つめていた。
「千太郎って男の子がいたわ」
「‥‥‥知ってたのか」と太郎は覚悟を決めて聞いた。
「松恵尼様が来た時、一緒に城下を歩いて色んな所に挨拶に行ったの。そして、偶然に会ったのよ。あたし、びっくりして、どうしたらいいのか分からなかったわ。でも、松恵尼様が一緒にいたので助かったの。おきささんから訳を聞いたわ‥‥‥松恵尼様は、あなたには黙っていた方がいいって言ったわ‥‥‥」
太郎は楓の前に座ると、「悪かった」と謝った。「あの時は仕方なかったんだ」
「聞いたわ‥‥‥おきささんが、みんな話してくれたわ‥‥‥」
「話そうと思ったが話せなかった‥‥‥」
「あの人、このお屋敷に入れるつもりなの」
太郎は首を振った。「いや。それはできない。その事はおきさも分かってくれている」
「あの子も、ずっと、あそこに置いておくつもりなの」
「仕方がない‥‥‥」
「どうして、隠してたの」
「言えなかったんだ‥‥‥」
「そう‥‥‥」
「怒ってるのか」
「怒ってるわ‥‥‥どうしょうもない位、怒ってるわ」
「だろうな‥‥‥」
「罰として、あたしに陰の術を教える事」と楓は言った。
「許してくれるのか」
「陰の術を教えてくれるまで、許さないわ」
「分かった。教える。しかし、陰の術を習ってどうするつもりなんだ」
「あなたをこっそり尾行するのよ」
「何だって」
「嘘よ。あたしねえ、女だけの兵隊を作ろうと思ってるの」
「女だけの兵隊? 女武者という奴か」
「そう。でも、戦を実際にするんじゃなくて敵情視察をするのよ」
「女を使ってか」
「そう。男にはできない事でも、女ならできるっていう事あるでしょ」
「まあ、それはそうだが‥‥‥」
「あなたは知らないでしょうけど、金勝座の助六さんとあたし、とても仲良しになったのよ。助六さんから色々と話を聞いたの。それでね、二人で松恵尼様みたいに女たちを使って情報集めをしようって決めたのよ」
「助六さんと二人でか‥‥‥」
「そうよ。それには、まず、あたしが陰の術を身に付けて、そうだ、助六さんも一緒の方がいいわ。ねえ、二人に陰の術を教えて。いいえ、罰として絶対に教えるのよ」
「分かった。飯道山から帰って来たら、さっそく教えるよ。そうだな、正月は何かと忙しいから二月だな、二月に一ケ月間、みっちりたたき込んでやるよ」
「絶対よ」
太郎は頷いた。
「楓、今晩はここで寝ようか」
「そうね、一ケ月間、お別れだもんね。罰として、今晩は寝せないから」
「参ったな」
「参ったじゃないのよ」と楓は太郎を睨みながら、太郎にもたれて来た。
「はい、はい。楓御料人(ゴリョウニン)様」と太郎は楓の体を膝の上に横たえた。
楓は太郎を見つめて笑っていた。
太郎も楓を見つめながら笑った。
外では、雪が静かに降っていた。
あっと言う間に、辺り一面、真っ白になってしまった。
この雪は根雪になるかも知れなかった。
36.再会その二
1
夕べ降った雪が、五寸程、積もっていた。
人の足跡など、まったくない奥駈け道を、朝日を浴びながら山伏姿の早雲が歩いていた。
今日で七十二日目だった。
蓮崇は、まだ歩き続けていた。
髭は伸び、髪は伸び、腰の回りの余計な肉はすっかりなくなり、昔の蓮崇の面影はまったくなかった。目がギラギラと輝き、野生の獣を思わせるような張り詰めた雰囲気が回りに漂っていた。
一番先を歩く早雲も変わって来ていた。
初めの頃、一休禅師の幻と戦いながら俯き加減で歩いていた早雲も、今は晴れ晴れとした顔付きで、回りの景色を眺めながら余裕を持って歩いていた。
本物の禅とは何か、という問題に囚われていた早雲だったが、その答えが出ていた。
百日行も一歩一歩の積み重ね。
毎日の暮らしも一瞬一瞬の積み重ね。
一瞬一瞬をおろそかにしないで生きていければ、それでいいのではないか‥‥‥
形はどうでもいい。坊主であってもいいし、坊主でなくてもいい。禅であってもいいし、念仏であってもいい。
自然のように無理なく、あるがままでいればいい。
女に関しても無理に抑える事なく、自然に任せて、抱きたくなったら抱けばいい。ただ、その女に心を囚われる事があってはならない。女だけでなく、地位とか、銭とか、物とか、どんな物や事にも心を囚われてはならない。
一瞬一瞬、何事にも囚われないで、常に自由自在の境地でいられればいい。
早雲は一瞬、一瞬、一歩、一歩を楽しみながら自然の中を歩いていた。
阿星山から金勝山に向かう途中だった。
早雲は妙な物を目にして立ち止まった。
岩の上に天狗が座っていた。
幻でも見ているのだろうか、と早雲は目をこすった。
天狗の姿は消えた。消えたと思ったら、今度は違う岩の上に現れた。
どちらの岩も簡単に登れるような岩ではないし、一瞬のうちに移動など、できるはずがなかった。朝っぱらから狐か狸に化かされているのだろうか、と早雲はまた目をこすった。
天狗はまた消え、また別の岩に移動した。
一体、どうした事だ。
すっかり迷いが晴れて、いい気持ちでいたのに、今頃になって幻を見るとは‥‥‥
早雲はその場に座り込んで、天狗を睨みつけた。
天狗は何も言わず、早雲を見ては、あちこちの岩に移動していた。
蓮崇がやって来て、道に座り込んでいる早雲を見た。
早雲は首で天狗の方を示した。
蓮崇も天狗を見た。
一瞬のうちに違う岩の上に移動する天狗を見て、蓮崇も自分の目を疑った。
風眼坊がやって来て、早雲と蓮崇を見、二人が見ている天狗に目をやった。
「小太郎、いつから、あんな物が出るようになったんじゃ」と早雲は風眼坊に聞いた。
風眼坊は天狗を見ながら笑っていた。
「何が、可笑(オカ)しい」
「太郎じゃ」と風眼坊は言った。
「太郎?」
「ああ。おぬしも知っておろう。愛洲の太郎じゃ」
「なに、あいつか‥‥‥あんな凄い事ができるのか」
「なに、簡単な事じゃ。天狗が二人おるんじゃ。もう一人はわしの伜じゃ」
風眼坊は天狗に向かって、「久し振りじゃのう。太郎と光一郎、出て来い」と言った。
岩の上に二人の天狗が現れた。天狗は面を外した。
「お久し振りです。師匠」
「お久し振りです。父上」
太郎と光一郎は岩から降りると奥駈け道にやって来た。
風眼坊は蓮崇を先に行かせた。
話す事はお互いに、いくらでもあった。
太郎と光一郎は金勝山まで一緒に歩くと別れた。
その日は花養院に行って、松恵尼と会い、楓と子供たちの事を話し、その後、望月三郎と久し振りに会って、夜になってから飯道山に登り、風眼坊たちのいる吉祥院に顔を出した。
吉祥院の一室で、太郎と光一郎は風眼坊と早雲に会った。蓮崇は吉祥院の中の修徳坊で、修行中の山伏と共に読経をしていた。
修徳坊は以前、太郎が世話になっていた宿坊だった。
「ここに来るのも久し振りです」と太郎は言った。
「久し振り? 毎年、年末にはここに来るんじゃろう」
「いえ。最初の一年間はここにおりましたが、その後、ここには泊まっておりません」
「どこの世話になっておるんじゃ」
「山の中から通ってるんです。いい所があるんです。後で、師匠にも教えます」
「ほう、山の中に岩屋でもあるのか」
「凄い岩屋ですよ」と光一郎が言った。「父上も見たらびっくりするでしょう」
「そいつは楽しみじゃのう」
「百日行はいつ終わりますか」と太郎は聞いた。
「十二月の十九日が満願じゃ」
「十九日ですか。それが終わったら播磨に来てくれませんか。今、新しい城下町を作っておるんです。まだ、完成はしてませんが、いい所ですよ」
「そのつもりじゃ。新九郎と一緒に行くつもりじゃったんじゃ」
「そうですか。それはよかった。楓も会いたがっております」
「子供が二人もおるそうじゃのう」
「はい。男の子と女の子です」
「太郎よ」と早雲が言った。「しかし、立派になったもんじゃのう」
「あの時は随分とお世話になりました」と太郎は笑いながら頭を下げた。「でも、京に着いた途端にいなくなっちゃって、あれから大変だったんですよ。右も左も分からないし、京という所は恐ろしい所でした」
「あの時の相棒はどうした」
「あの時、別れたきり会っておりません。堺に行くと言って別れました。わたしは一人、逃げるようにして故郷に帰って来ました。そして、山の中で剣術の稽古をしている時、師匠と出会ったのです。今のわたしがあるのも、お二人のお陰です。お二人に会わなければ、今頃、水軍の大将になっていたかも知れませんが、世の中の事など全然分からず、狭い世界の中で生きていた事でしょう」
「しかし、不思議な縁じゃな。京で別れて、こんな所で再会するとはのう」
「縁というのは本当に不思議です。会いたいと思っても、会えない時はどうしても会えないし、会える時は無理をしなくても自然に会う事ができます」
「大峯に来たんだってのう」と風眼坊が言った。
「はい。山の中を捜し回りました」
「奥駈けは歩いたか」
「熊野の本宮まで行って、また戻って来て、あちこち捜し回りました」
「丁度、入れ違いだったんじゃ」
「はい。仕方なく、諦めて、笙(ショウ)の窟(イワヤ)に籠もって、座り込んでから帰って来ました。
「笙の窟か‥‥‥確か、あの頃、あそこで千日行をしておる聖人がおらなかったか」
「おりました。丁度、満願の日に立ち会う事ができました」
「そうか、見事に千日行をやり遂げたか‥‥‥」
「はい。満願の日、妙空聖人殿は座ったまま成仏(ジョウブツ)なされました」
「なに、座ったまま亡くなったのか」
「はい。穏やかな顔をして成仏なさいました。聖人様は今、窟の側の土の中で眠っております」
「そうか、あの聖人様は成仏したのか‥‥‥」
栄意坊がやって来た。
「よう、太郎坊、久し振りじゃのう」と大声で言いながら入って来たが、太郎には分からなかった。
「栄意坊じゃよ」と風眼坊が言った。
「栄意坊殿‥‥‥どうしたんです。髭がないから分かりませんでしたよ」
「はっはっは、人間、時が経てば変わるもんじゃ」
「女ができたんじゃ」と風眼坊は説明した。
栄意坊は太郎の側に座り込むと、「何年振りじゃ。確か、百地(モモチ)の弥五郎の所、以来じゃのう。いや、懐かしいのう」
風眼坊は栄意坊に伜の光一郎を紹介した。
「ほう、おぬしにこんな立派な息子がおったとは驚きじゃのう。親父よりでっかいんではないか」
「ああ。わしよりも背が高いわ」
「ふーん。火乱坊の伜といい、おぬしの伜といい、伜がこんなに大きくなっちゃあ、わしらは年を取るわけじゃ」
「そうじゃな。年の経つのは早いもんじゃ」と早雲も言った。
「太郎、殿様になったそうじゃのう」と栄意坊は言った。
「殿様だなんて‥‥‥小さな城の主です」
「小さな城でも大したもんじゃ。大きな屋敷で暮らしておるんじゃろう」
「ええ、まあ」
「栄意坊殿も一度、播磨に来て下さい」
「お前も行くか」と風眼坊は栄意坊に言った。「わしら、百日行が終わったら、太郎と一緒に播磨に行くんじゃが、お前も行かんか」
「うむ、行きたいが無理じゃのう。わしはここに来たばかりじゃからな。正月の一番忙しい時期に抜けるわけにはいかんのじゃ」
「そうか、正月だったのう。来年の正月は太郎のもとで迎える事になりそうじゃの」
「はい。大歓迎です」
百日行の最中なので、一緒に酒を飲むわけにもいかず、太郎と光一郎は栄意坊と共に山を下り、栄意坊が是非、うちに寄って行けと言うので、栄意坊のうちに行って、三人で昔話をしながら酒を飲んだ。
栄意坊の妻は落ち着いた感じの小柄な美人だった。栄意坊が大男なので余計に小さく見えたが、仲のいい夫婦だった。
太郎と光一郎は栄意坊と遅くまで酒を飲み、その晩は泊めて貰った。
風眼坊が百日行をしている間、お雪は花養院の孤児院の子供の面倒を見ていた。
蓮崇の連れの弥兵は、松恵尼の屋敷にいる義助(ヨシスケ)のもとに預け、義助と共に畑仕事や屋敷の留守番をしていた。
松恵尼は九月十三日に、金勝座と一緒に播磨の太郎の所から飯道山に帰って来た。
次の日から飯道山の祭りが始まり、門前町は賑やかだった。
松恵尼は花養院に戻って来て、子供たちと遊んでいるお雪を見て、仲恵尼に、誰なのと聞いた。
仲恵尼は、あの娘は風眼坊のおかみさんだ、と言った。風眼坊が今、お山で百日行をしているので預かっている。なかなか腕のいい医者で、子供たちの面倒もよく見てくれていると説明した。
「風眼坊殿のおかみさん?」と松恵尼は聞き返した。
「はい。ちょっと若過ぎる感じですけど、なかなか、いい娘ですよ。子供たちもすっかりなついています」
「そう‥‥‥」と言いながら、松恵尼は庫裏の縁側からお雪を見ていた。
風眼坊は一体、どういうつもりなんだろう、と思った。熊野に奥さんがいるくせに、あんな若い娘を奥さんとして連れて来るなんて。しかも、わたしの所へ‥‥‥
「風眼坊殿が百日行をしてるんですって」と松恵尼は仲恵尼に聞いた。
「はい。まだ、始めたばかりです。今日で六日目かしら」
「どうして、また、百日行なんて始めたの」
「それが、詳しい事は分からないんですけど、お連れの方が急にやりたいと言い出したらしいんです。それで、風眼坊殿と早雲殿が付き合って一緒にやってるみたいですよ」
「えっ? 早雲殿も一緒なの」
「はい」
「それで、お連れの方っていうのは?」
「本願寺のお坊さんのようです」
「本願寺のお坊さんが百日行を?」松恵尼は訳が分からないといった顔をして仲恵尼を見た。
「何でも、本願寺を破門になって、今度、山伏になるんだとか‥‥‥」
「何だか、よく分からないわね」
「お雪さん、呼びましょうか。お雪さんなら詳しい事情を知ってると思いますけど」
「えっ? ええ、そうね。呼んで貰おうかしら」
松恵尼はお雪と対面した。
何となく、変な気持ちだった。
お雪は楓よりも若そうだった。松恵尼から見れば、娘と言ってもいい程の若さだった。当然、風眼坊から見ても娘のように若い娘だった。どうして、風眼坊が、こんな若い娘なんかを連れて来たのか理解できなかった。
松恵尼は自分を抑えようとしていたが、嫉妬の気持ちを抑える事はできなかった。それでも冷静を装って、お雪の口から、風眼坊がどうして百日行を始めたのか、その理由を聞いた。
お雪は松恵尼を見ながら、素直に綺麗な人だと思った。しかし、今日は、何となく、機嫌が悪そうだという事も感じていた。つんと澄まして庭の方を見ている松恵尼に、お雪は事の成り行きを説明した。
黙って話を聞いていた松恵尼は、お雪の話が終わると、お雪の方を見て、「と言う事は、急に百日行をする事になったというわけなのね」と聞いた。
「はい。本当は播磨の国に行く予定でした。ところが、急に蓮崇様が先生のお弟子さんになりたいと言い出して、百日行をする事になったのです」
「それに、早雲殿も付き合っているのね」
「はい」
「それで、あなたをここに預けたのね」
「はい。松恵尼様、わたしをここに置いて下さい。お願いします」
「他に行く所はないんでしょ」
「はい」
「仕方ないわね‥‥‥しっかり、子供たちの面倒を見るのよ」
「はい。ありがとうございます」とお雪は頭を下げた。
松恵尼はお雪を見ながら、どうして、わたしが風眼坊の女の面倒を見なけりゃならないの、と腹を立てたが口には出せなかった。
播磨にいた時、太郎に新しい女ができた事を知って、じっと我慢しなけりゃ駄目よ、と楓に言い聞かせて来たばかりだった。まさか、自分が楓と同じ立場になるなんて思ってもみない事だった。
松恵尼は風眼坊の妻ではない。風眼坊がどこで、どんな女と付き合おうが、松恵尼は平気だった。自分が知らない所で、知らない女と付き合おうが、そんな事は関係なかった。しかし、ここに女を連れて来るなんて許せなかった。しかも、その女の面倒まで見させるとは絶対に許せなかった。腹の中は風眼坊に対する怒りで煮え繰り返っていた。
その日はそれだけの会話で終わった。次の日からは祭りの準備で忙しく、お雪の事など構っていられなかった。
祭りも終わり、一段落した頃、松恵尼は再び、お雪を呼んだ。
お雪は花養院の近くの家に、仲恵尼と一緒に暮らしていた。太郎と楓が一緒になって初めて暮らした家の隣の家だった。
松恵尼はお雪が現れると、今度はお雪の身の上を聞いた。
松恵尼はお雪の顔を見ていると、また、風眼坊に対する怒りが涌き上がって来るのを抑える事ができなかった。なるべく、お雪の顔を見ないように冷静を装って話を聞いていた
お雪の身の上は予想もしていなかった程、悲惨なものだった。そして、お雪を地獄から救ったのが風眼坊だったと聞いて、お雪の気持ちも分かるような気がした。
お雪には頼れる人は風眼坊しかいなかった。風眼坊はお雪を地獄から救ってくれただけでなく、新しく生まれ変わったお雪の生き方までも教えたのだった。お雪にしてみれば、風眼坊は掛け替えのない恩人であり、尊敬のできる男だった。尊敬の念が、いつしか愛情に変わったのは当然の成り行きだった。お雪にとって風眼坊のいない世界は考えられず、風眼坊としても、お雪一人を加賀に置いて来る事はできなかった。
松恵尼はお雪の身の上を聞いて、お雪に同情し、お雪を地獄から救った風眼坊を偉いと思った。頭では二人の関係を理解する事ができても感情は別だった。お雪の身の上を聞いた後でも感情を抑える事はできなかった。
お雪はよく子供たちの面倒を見ていた。病気の治療も適切だった。子供たちからも好かれ、一緒に働いている尼僧や近所の女の子たちの評判もよかった。松恵尼もお雪の事を認めていたが、心のわだかまりを取る事はできなかった。
百日間は長かった。
毎日、お雪を見ているうちに松恵尼の心のわだかまりも少しづつ溶けて行った。
お雪は風眼坊と松恵尼の関係を知らない。そして、お雪には何の悪い所もなかった。お雪に当たるのは筋違いだった。一緒に暮らしている仲恵尼から、お雪は百日行をしている風眼坊の身を案じて、毎日、念仏を唱えているという。仲恵尼が、風眼坊は何度も百日行をしているから心配ないと言っても、心配そうな顔をして風眼坊の身を案じている。その姿はいじらしい程だという。風眼坊はあんないい娘にそれ程までに思われて果報者だと仲恵尼は言った。松恵尼は自分の心に素直に生きているお雪が羨ましかった。自分には決して真似のできない事だった。
松恵尼はお雪に負けたと感じていた。
松恵尼はお雪を呼んだ。
「雪が降って来たようね」と松恵尼は外を見ながら言った。
「はい」とお雪も外を見た。
「ありがとう」と松恵尼はお礼を言った。
子供の一人が風邪をひいて熱を出し、お雪は一晩中、看病していた。ようやく、今朝になって熱も下がり、食事も取れるようになっていた。松恵尼はその事に対してお礼を言った。
「いえ‥‥‥」とお雪は言って、松恵尼を見た。
何となく、いつもと違うような気がしていた。今までと違って松恵尼が自分を見る目に優しさが感じられた。
「これから、山歩きもきつくなるわね」と松恵尼はお雪を見ながら言った。
いつも、松恵尼はなぜか目をそらしながら話していたが、今日は違っていた。優しい目をしてお雪を見ていた。
「はい‥‥‥」とお雪は答えた。
「今日で何日目かしら」
「はい。七十三日目です」とお雪は迷わずに答えた。
「そう‥‥‥もう少しね。心配しなくても大丈夫よ。風眼坊様はお山の事なら何でも知ってるから。百日行をするのも、もう五回以上になるんじゃないかしら。蓮崇殿って言ったかしら、その人も頑張るわね。ここまで来れば最後まで歩き通すでしょうね」
「はい」
「ねえ。今まで、子供たちの面倒をよく見てくれたお礼と言っては何だけど、今晩、わたしに付き合ってくれないかしら」
「はい、でも‥‥‥」
「あなた、お酒は飲めるんでしょ」
「はい、少しなら」
「今晩、一緒に飲みましょ。たまには女同士で飲むのもいいものよ」
「はい」
お雪は、その晩、松恵尼と旅籠屋『伊勢屋』の一室で、二人だけで御馳走を食べて酒を飲んだ。
松恵尼は尼僧姿ではなかった。お雪は松恵尼から、この旅籠屋が松恵尼の物だという事を聞いて驚いた。
松恵尼は酒を飲みながら風眼坊の若い頃の事をお雪に話した。勿論、自分と風眼坊の関係は話さなかったが、若き日の風眼坊の活躍は知っている限りの事をお雪に話した。
お雪は目を輝かせて松恵尼の話を聞いていた。
酔うにつれて、松恵尼は自分の身の上も話し始めた。
お雪は、松恵尼が自分と同じように殿様の側室だったという事を知った。側室だった事は似ていたが、殿様を恨んでいたお雪と、殿様を愛していた松恵尼の違いは大きかった。
お雪はその晩、普段、見られない松恵尼の別の面を知った。
夜、遅くまで、二人は話をしながら酒を飲んでいた。
次の朝、目が覚めると、すでに松恵尼はいなかった。枕元に、今まで休まずに働いていたので、今日は一日、ゆっくり休みなさい、と置き手紙が置いてあった。
お雪はその手紙を見ながら、何となく、松恵尼に母親を感じていた。
十二歳の時、母親を亡くしてから、今まで母親というものは忘れていた。それが、昨夜、松恵尼と一緒に過ごして色々な事を話し合った。
母親が亡くなってから、お雪には親身になって話を聞いてくれるような人はいなかった。叔母の智春尼はいたが、あの頃は仇(カタキ)討ちの事しか考えていなかったため、心を打ち明けるという事はなかった。加持祈祷(カジキトウ)の後は、叔母にはこれ以上、迷惑を掛けられないため、叔母に頼るのはやめていた。風眼坊には何でも話せたが、やはり、男と女では違った。
その日から、お雪は松恵尼に母親を感じるようになり、松恵尼に何でも話せるようになって行った。松恵尼もまた、お雪の事を楓に代わる娘のように思うようになり、親身になって話を聞くようになって行った。
伊勢屋を出ると、お雪は飯道山を見上げた。
山の上は真っ白に雪化粧していた。お雪は、今も山の中を歩き続けている風眼坊たちの事を思い、心の中で念仏を唱えた。
志能便(シノビ)の術は十一月二十五日の七つ(午後四時)からだった。いつもなら前日に着いて、次の日から志能便の術を教えていたが、今回は十九日の夜には、太郎はもう飯道山に着いていた。
今回、こんなにも早くここに来たのは、早く師匠の風眼坊に会いたかった事もあるが、それだけではなかった。かつての陰の術の教え子に会って、その中の何人かを播磨に連れて行こうと思ったからだった。彼らを連れて行き、播磨において諜報活動をさせようと思っていた。
伊助や次郎吉たちは太郎の重臣となってしまったため、以前のように、あちこちに潜入して情報を集めるという事はできなくなっていた。勿論、伊助や次郎吉たちもそれぞれ、自分の家来を使って情報集めはしていたが、太郎は自分に直属の諜報機関が欲しかった。陰の術を身に付けた者たちを使って実際に情報を集めれば、置塩城下の状況も、敵の状況も分かる事は当然だが、さらに、陰の術の不備な点も分かるだろう。足らない所が分かれば、さらに、陰の術を完璧なものにできると思っていた。
太郎は飯道山に着いた次の日、奥駈け道で風眼坊と早雲に再会すると、望月三郎の屋敷に向かった。
この屋敷は、陰の術の発祥の地と言える所だった。太郎たちが三郎を助けて、この屋敷を襲ったのは、もう六年も前の事だった。あの時以来、太郎は陰の術の師範となった。次の年から修行者たちに教え始め、去年までに太郎が陰の術を教えた者たちの数は三百人を越えていた。その三百人のうち、部屋住みのままブラブラしている者がいたら播磨に連れて行こうと思っていた。
三郎と会うのは二年振りだった。
三郎は今、出雲守(イズモノカミ)を名乗り、二年前に嫁を貰って、生まれたばかりの男の子がいた。三郎は忙しそうだったが、太郎の顔を見ると喜んで、早速、仲間たちを呼んでくれた。
集まったのは、芥川左京亮(サキョウノスケ)、杉谷与藤次(ヨトウジ)、野田五郎、野尻右馬介(ウマノスケ)、葛城五郎太、池田平一郎と庄次郎の兄弟、隠岐右近(オキウコン)、神保兵内(ヘイナイ)の九人だった。皆、師匠の太郎坊が来たと聞いて、慌てて飛んで来たのだった。
芥川左京亮は望月三郎と共に太郎とは同期で、一緒に望月屋敷を襲撃した仲間だった。襲撃の後、三郎の妹のコノミと一緒になり、すでに二人の子持ちだった。
杉谷与藤次、野田五郎、池田平一郎、隠岐右近の四人は、太郎が初めて陰の術を教えた者たちだった。まだ、陰の術は正式に飯道山で教えるという事にはなっていなかったが、杉谷らに教えてくれとせがまれ、太郎は皆の稽古が終わってから一ケ月足らず、陰の術を教えた。
野尻右馬介と葛城五郎太、神保兵内の三人は、次の年の教え子だった。太郎が正式に陰の術の師範となったが、楓と共に故郷、五ケ所浦に帰っていて、十一月に飯道山にやって来て教えた者たちだった。
池田平一郎の弟の庄次郎は、一昨年の教え子で、光一郎たちと同期だった。庄次郎だけが太郎坊の素顔を知らなかった。庄次郎は太郎坊の素顔が見られると思って楽しみにして来たが、何と、太郎坊が火山坊と同一人物だったと知って信じられないようだった。
しばらく見ないうちに、皆、立派な武士になっていた。やがて、彼らが甲賀を背負って立つ者たちだった。
太郎は彼らに、自分が赤松家の武将になった事を告げ、陰の術の教え子の中に播磨に来たい者がいたら知らせてくれと伝えた。
「なに、おぬしが赤松家の武将になった?」と三郎が不思議そうな顔をして聞いた。
太郎は事の成り行きを簡単に皆に話した。太郎の話をききながら皆、驚いていた。
「播磨か‥‥‥わしも是非、行ってみたいのう」と芥川が言った。
「おぬしは長男じゃろ。無理じゃ」と三郎が手を振った。
「次男や三男で、ブラブラしてる奴を捜して貰いたいんだ」と太郎は言った。
「ここに一人、おります」と池田平一郎が弟を示した。
「師匠、俺、行きます」と弟の庄次郎が言った。
「おぬし、来てくれるか」
「はい。師匠の側にいれば、もっと修行できるし‥‥‥」
「そうか、来てくれるか。そいつは有り難い」
「何人位、連れて行くつもりなんだ」と三郎は聞いた。
「そうだな。十人、いや、二十人位、連れて行くつもりだ」
「二十人か‥‥‥その位なら、すぐ集まるだろう」
「そうか。しかし、無理に二十人も集める事はない。向こうも戦の最中だ。向こうで陰の術を実践するとなると、かなり危険な目にも会う事となる。悪くすれば、二度と、この地に帰れないかもしれん。それでも、行きたいと思う者だけでいいんだ」
「戦をやっておるのは、ここも一緒だ。すでに、おぬしの教え子の何人かが戦死しておる」
「聞いたよ‥‥‥残念な事だ」
太郎は、来月の末、志能便の術の稽古が終わるまでに、何人でもいいから、そんな奴を捜してくれと頼み、話題を変えて、甲賀に来ている夢庵の事を皆に聞いた。
夢庵から詳しい居場所は聞かなかったが、金色の角の牛に乗って、あんな目立つ格好をしていれば、すぐに見つかると思っていた。案の定、夢庵の事は皆、知っていた。
「おぬし、あんな奴と知り合いなのか」と芥川が顔をしかめながら聞いた。
「ああ。色々と世話になったんだ」
「へえ。一体、何者なんじゃ」
「茶人であり、連歌師でもあり、笛吹きでもあり、お公家さんでもあり、兵法者でもある不思議なお方だ」
「あいつが兵法者?」と三郎が驚いた。
「不思議な棒術を使う。それに、陰の術も身に付けている」
「えっ、陰の術も?」三郎が信じられないと言った顔付きで、皆の顔を見た。
みんなも口をポカンと開けて驚いていた。
太郎は笑いながら、「播磨の俺の城下にも武術道場があって、そこで、一年近く、修行していたんだよ」と説明した。
「へえ。それじゃあ、わしらの仲間だな」
「そういう事だ。なかなか面白いお方だ。知り合いになっておくと何かとためになるぞ」
夢庵肖柏は、柏木(水口町)の野洲川の側にある飛鳥井権大納言雅親(アスカイゴンノダイナゴンマサチカ)という公家の屋敷内に、種玉庵宗祇(シュギョクアンソウギ)という連歌師と一緒にいるとの事だった。
太郎は次の日、光一郎を連れて夢庵を訪ねた。
飛鳥井雅親が公家だというので、風雅な公家屋敷を想像していたが、実際の屋敷は濠と土塁に囲まれていて武家屋敷と変わりがなかった。違う所と言えば、侍たちの溜まり場である遠侍(トオザムライ)が主殿(シュデン)に付属していない位だった。
門の前には二人の武士が薙刀を持って守り、土塁の隅には誰もいなかったが、見張り櫓まであった。
太郎は門番に、飯道山の太郎坊だと名乗り、夢庵殿に会いたいと告げた。さすが、地元だけあって門番も太郎坊の名は知っていた。しかし、太郎を目の前にして、太郎があまりに若いため、不思議そうな顔をしていた。それでも取り次いでくれた。しばらくして、夢庵が現れた。相変わらず派手な格好だった。
夢庵は太郎たちを見ると笑いながら、「やあ、来たな」と言った。
「お久し振りです」と太郎と光一郎は挨拶した。
「いつからじゃ、陰の術を教えるのは」
「二十五日からです」
「そうか、まあ、入れ。宗祇殿を紹介するわ」
正門をくぐって左側にある中門をくぐると、正面に屋敷があり、屋敷の右側に広い庭園があった。その庭園の右側に大きな御殿が二つ建ち、ここまで入ると、やはり、公家屋敷という優雅さが感じられた。
夢庵は太郎たちを正面の屋敷に連れて行った。この屋敷が『種玉庵』という宗祇の住む屋敷だと言う。
飛鳥井家は代々、和歌と蹴鞠(ケマリ)の師範を継ぐ家柄であり、この辺り一帯を領する荘園領主でもあった。この屋敷は飛鳥井家の別荘のようなもので、京の屋敷が戦によって焼かれたため、当主の雅親は家族と家来を連れて、ここに避難していた。
連歌師の宗祇は応仁の乱の始まる前に関東の方に旅に出て、そのまま各地を回って連歌の指導をし、二年前の秋頃、ここに落ち着いて、雅親より和歌の教えを受けながら古典と連歌の研究に没頭していた。
太郎と光一郎は夢庵に案内されて、宗祇と会った。
二人共、連歌師というのは夢庵しか知らなかった。宗祇という男も一風変わったお公家さんに違いないと思っていたが、全然、違っていた。
宗祇は墨染衣を着た僧侶だった。年の頃は五十歳を越えた老人だった。
太郎たちが部屋に入った時、宗祇は庭園の方を向いて文机(フヅクエ)に座って何かを真剣に読んでいた。夢庵と共に太郎たちは宗祇の後ろに控えて座った。しばらくして、宗祇は机から顔を上げて振り返った。
夢庵は宗祇に太郎たちを紹介した。夢庵は太郎の事を赤松日向守とは言わなかった。飯道山の山伏、太郎坊だと紹介した。
宗祇はしばらく、山伏姿の二人を見ていた。
「わしも飯道山にはお参りしました。噂には聞いておりましたが、本当に武術の盛んな所ですな」とゆっくりとした静かな口調で言った。
「太郎坊殿は、わしの武術の師でもあります」と夢庵は言った。
「ほう。お若いようじゃが、なかなかなものですな」
宗祇は太郎に飯道山の武術の事など色々と訪ねた。そして、関東を旅した時、香取、鹿島に行き、そこでも武術が盛んだったという事を太郎たちに話してくれた。
太郎は初め、宗祇は堅苦しい感じの人だと思ったが、実際、話してみて、そんな事はないと感じた。夢庵と同じく宗祇も各地の大名たちと親交を持っていて、色々な事を知っていた。連歌や和歌とは、まったく関係の無い事も色々と知っていて、太郎が話す武術の事も興味深そうに聞いていた。
半時(ハントキ)程、宗祇と話をすると太郎たちは夢庵と一緒に部屋から出た。
夢庵は太郎たちを土塁の上の見張り櫓の上に連れて行った。
「なかなかいい所じゃな」と夢庵は右手に見える飯道山を眺めながら言った。
「夢庵殿、宗祇殿というお人は禅僧なのですか」と太郎は聞いた。
「まあ、一応は禅僧じゃのう。若い頃、相国寺(ショウコクジ)で修行しておったらしいからのう」
「相国寺?」
「将軍様が建てた京の大寺院じゃ。戦で焼けてしまったがのう」
「そうですか‥‥‥」
「わしがここに来てから二ケ月になるが、宗祇殿はまだ、わしを弟子にしてくれんのじゃ」と夢庵はこぼした。
「えっ、お弟子さんになってないのですか」と太郎は驚いて、夢庵の顔を見た。
夢庵は頷いた。「宗祇殿はまだ修行中の身、弟子など持つ身ではないとおっしゃるんじゃ」
「あの年で、まだ修行中なのですか」
「だ、そうじゃ」
「凄いお人ですね。あの年になってまで修行を続けてるなんて‥‥‥それで、夢庵殿はどうするつもりなんです」
「弟子になるさ。ここまで来たんじゃ。一番弟子になってやる」
「わたしは知りませんが、宗祇殿って有名な連歌師なんでしょ。それなのに、まだ、お弟子さんもいないなんて不思議ですね」
「ああ。わしも驚いた。わしは宗祇殿は大勢の弟子に囲まれて暮らしておると思っておった。しかし、わしがここに来た時、宗祇殿の側には一人の僧がおっただけじゃった」
「その人も、宗祇殿のお弟子さんになろうとしているんですか」
「そうだったらしいが、わしが来ると、諦めて出て行ったわ」
「えっ、出て行った?」
「ああ。その僧は宗祇殿と一緒に関東の地をずっと旅をして回っておったそうじゃ。その僧だけじゃなく、四、五人おったそうじゃが、皆、宗祇殿が弟子にしてくれないもんで、諦めて出て行ったそうじゃ。最後に出て行った僧も、諦めて出て行きたかったんじゃが、宗祇殿を一人残して行く事もできず、わしが来た途端に逃げて行ったと言うわけじゃ」
「そうだったのですか‥‥‥でも、どうして、みんな、そう簡単に諦めちゃうんですか」
「宗祇殿と一緒におれば分かるが、宗祇殿は今、真剣に古典の修行をしておられる。まさに真剣じゃ。人を寄せ付けないという所がある。普通の奴らじゃ、逃げ出したくなるじゃろうのう」
「夢庵殿は大丈夫なのですか」
「ここの主の飛鳥井殿というのは、わしの歌の師匠でもあるんじゃよ。言ってみれば、今の所、わしと宗祇殿は兄弟弟子という関係じゃ。わしもそのつもりで宗祇殿と付き合っておるし、宗祇殿もわしを対等に扱っておる。じゃから、わしもここにおる事ができるんじゃ。今のわしは宗祇殿の所に居候しておるんじゃなくて、宗祇殿と一緒に飛鳥井殿の所に居候しておるんじゃよ」
「そうだったのですか‥‥‥」
「なあ、太郎坊殿、わしをどこかに連れて行ってくれんか」
「えっ?」
「ここにばかりおるのも飽きたんでな。おぬし、知り合いも多いんじゃろ。誰か、面白い奴を紹介してくれ」
「面白い奴ですか‥‥‥」
太郎は、面白い奴と言われて、すぐに思い浮かべたのは年甲斐もなく、百日行をしている師匠の風眼坊と早雲だった。あの二人なら夢庵とも気が合うかもしれないと思った。
「分かりました」と太郎は言って、夢庵を連れて飛鳥井屋敷を出た。
夢庵は例の牛には乗って来なかった。
三人は太郎と同期だった三雲源太の家に向かった。
志能便の術が始まった。
太郎は今年の教え子を一人も知らなかった。ただ、師匠の風眼坊から、教え子の中に火乱坊の伜がいる事を聞いていたが、風眼坊は名前を教えてはくれなかった。自分で捜せと言う。自分で捜せと言われても、太郎は火乱坊を知らない。知らない人の伜なんて分かるわけないと言っても教えてはくれなかった。
今年、最後まで残っていた修行者は八十五人だった。
今年から太郎は天狗の面を被るのをやめた。例年のように、太郎は光一郎と共に智羅天の岩屋から雪の中を毎日、通った。今年は風眼坊たちの百日行がまだ続いているため、雪の上に足跡が残っていて、いつもよりは歩き易かった。
百日行をしているのは三人から四人になっていた。
新たに夢庵が加わったのだった。夢庵の場合は百日ではなく、ほんの一月だったが、面白そうだと言って一緒に歩いていた。
夢庵が面白い奴に会わせてくれというので、太郎は夢庵を飯道山に連れて行き、風眼坊と早雲を紹介した。太郎が夢庵の事を連歌師と紹介したため、風眼坊は興味なさそうだったが、早雲の方が話に乗って来た。
早雲の口から宗祇の名前が出た。早雲は、宗祇が今、この飯道山と目と鼻の先にいると聞いて、びっくりしていた。百日行が終わったら是非、会わせてくれと夢庵に頼んでいた。
話が弾むに連れて、夢庵は早雲と以前、どこかで会った事あるような気がすると言い出した。確かに、早雲の方も会った事あるような気がしていたが、夢庵という名の連歌師は聞いた事がなかった。早雲が以前、伊勢新九郎という名で幕府に出仕していた事があったと言うと、夢庵はようやく思い出した。
「新九郎殿でしたか。義視殿の側近をなさっておりましたね。一度、今出川の御所でのお茶会に、師の珠光殿と出た事がありました」と夢庵は言った。
「そうか、そうじゃた、やっと思い出したわ。そなたは、あの頃は連歌師というより珠光殿のお弟子さんじゃった」
「はい。あの頃は連歌よりもお茶に夢中でした」
「なに、珠光殿のお弟子さん‥‥‥」と風眼坊が言った。
村田珠光の名前が出た事で、風眼坊も興味をおぼえて話に加わって来た。
風眼坊が珠光に会った事があると言うと、今度は早雲と夢庵の二人がびっくりした。
三人の話題はお茶に移って行った。
夢庵は今、駿河にいる銭泡こと伏見屋も知っていた。ただ、伏見屋が無一文になって乞食坊主をやっていると聞いて、信じられない事のように驚いていた。
風眼坊が、珠光が加賀に蓮如に会いにやって来たと話すと、夢庵は加賀の一揆の状況を風眼坊から詳しく聞いていた。加賀の江沼郡には夢庵の実家、中院(ナカノイン)家の荘園があるが、年貢の届きが悪いと言う。
太郎は三人の話を聞きながら不思議なもんだと思っていた。一見した所、何の共通点もないように思えるが、お互いに何らかの共通点を持って、つながっていた。どう見ても、お茶なんかに縁のなさそうな師匠までもが村田珠光を知っている。三人の共通する知り合いに、茶人の珠光がいるというのは、何となく変な気がしていた。
次の日から、夢庵は奥駈け道を一緒に歩く事となった。
太郎と光一郎は志能便の術の始まる初日、例のごとく、突飛(トッピ)な現れ方をして修行者たちを驚かせた。
今年は、播磨の月影楼にて工夫を重ねたため、新しい技がかなり入っていた。
基本はやはり、鉤縄(カギナワ)を使っての木登りと手裏剣だったが、さらに、新しく作った道具を紹介して、その使い方を教えた。それらの道具はほとんど、城や屋敷に潜入するための道具で、常にすべてを持ち歩くのは不可能だった。一応、こういう物があり、こういう使い方をするというのを教えるもので、さらに、各自で工夫するようにと教えた。
最近、どこに行っても戦が続いているため、城や屋敷は以前よりも守りが堅くなっていた。深い濠を掘り、高い土塁に囲まれ、見張りも厳重だった。そういう城や屋敷に忍び込むには、さらに高度の技術を必要とした。
以前、鉤縄は高い所に登る時に利用したが、今回からは幅広い濠を渡る時にも利用できる事を教えた。縄を木と木の間に水平に張り、そこを修行者たちに渡らせた。修行次第でこういう事もできるようになると、まず、風光坊(光一郎)に錫杖でバランスを取らせながら縄の上を歩かせた。修行者たちはポカンとした顔をして、縄の上を歩いている風光坊を見上げていた。
濠を渡り、土塁を乗り越え、屋敷内に侵入したとして、次は敵に発見されないような隠れ方を教えた。木陰、月影などの陰を利用した隠れ方を教え、さらに、敵に発見された時の逃げ方も教えた。鉄菱(テツビシ)を撒いて逃げる、目潰しを使って逃げるなど、敵のちょっとした隙を利用して逃げるやり方を教えた。
屋敷の潜入の仕方も、天井裏に入るやり方と床下に潜るやり方を教え、不動院を使って実際に演じてみせた。
その他、大勢の敵兵の数え方、濠の幅や深さ、土塁の高さなどの測り方なども教えた。
一ケ月はあっという間に過ぎて行った。
太郎はまだまだ教えたい事が色々あったが、後は各自が工夫して、自分だけの志能便の術を身に付けて欲しいと言って、今年の稽古は終わった。
風眼坊たちの百日行が終わったのは、太郎が志能便の術を教えていた十二月の十九日だった。
蓮崇はすっかり変わっていた。髪や髭が伸びたのは勿論の事だが、体付きまで、すっかり変わっていた。以前の蓮崇を知っている者が、今の蓮崇を見ても同じ人間だとは絶対に気がつかないだろう。余計な肉はすっかり取れ、自分でも驚く程、身が軽くなっていた。歩く速さも速くなり、早雲や風眼坊たちと同じ速さで歩く事ができた。
後半から加わった夢庵が一番遅かった。軽い気持ちで参加した夢庵だったが、山歩きは思っていた以上に辛かった。しかも、季節が悪かった。丁度、雪が本格的に降る頃だった。始めた以上、今更、やめるとは言えず、夢庵は雪の降る中、足を引きずりながらも歩き通した。
夢庵は風眼坊たちよりも十歳も年が若かった。自分よりも年寄りが百日間も歩くというのに、自分が一ケ月も歩けないのでは、この先、彼らの前には出られなかった。夢庵は歯を食いしばって、約一ケ月間、歩き通した。
蓮崇は無事、百日行を終えると、正式に飯道山の山伏となって風眼坊の弟子となった。
蓮崇の山伏名は観智坊露香(カンチボウロコウ)と決まった。観智坊というのは、以前、飯道山にいた山伏で、蓮崇にそっくりだったという勧知坊と同じ名前だった。ただ、字を変えただけだった。高林坊が付けた名前で、今は亡き、その勧知坊に負けない位に強くなれと風眼坊は言った。諱(イミナ)の露香の方は、風眼坊の一番弟子の太郎坊移香と同じく、イロハのロを付けてロ香と名付け、露という字を当てたのだった。
観智坊露香となった蓮崇は、師の風眼坊より、そのまま一年間、飯道山において武術修行をする事を命じられた。観智坊は棒術の組に入る事となり、宿坊の方はそのまま吉祥院の修徳坊から通う事となった。棒術を選んだのは、やはり同じ武術であっても、棒術なら人を斬る事なく相手を倒せるからだった。武術を身に付ける事を決心した観智坊だったが、心の中には蓮如が常に言っていた、争い事は避けるべきじゃ、という言葉が染み付いていた。それに、蓮如が棒術の名人だと風眼坊から聞いていたため、迷わず棒術を選んだ。
百日間、伸ばし放題だった髭は剃ったが、髪の方は伸ばすつもりで、そのままだった。山伏としてはまだ短く、兜巾を頭に乗せても中途半端な長さで、見栄えはあまりよくないが、本人は全然、気にしてないようだった。
蓮崇は観智坊になる事によって、完全に生まれ変わろうと思っていた。本願寺の事、蓮如の事を忘れる事はできなかったが、後一年間は本願寺も蓮如も忘れ、ただ、ひたすら、武術を身に付けようと決心していた。そして、最後に兄弟子である太郎坊より志能便の術を習い、北陸の地に戻るつもりでいた。
百日行が終わった次の日から観智坊となった蓮崇の新しい日々が始まった。
午前中は作業だった。
太郎の時は午前中は天台宗の講義だったが、観智坊には天台宗の講義は必要なかった。風眼坊は観智坊を弓矢の矢を作る作業場に入れた。この作業をしているのは若い修行者たちではなく、飯道神社に所属している下級神官たちだった。山伏がその作業に加わる事は無かったが、風眼坊の頼みによって実現した。観智坊は午前中、矢作りの作業をして、午後になって棒術道場に通った。
観智坊はまったくの素人だった。六尺棒の持ち方さえ知らなかった。修行者の中では一番の年長者でも、ここでは自分は一番の新米なんだと自分に言い聞かせ、自分の息子とも言える程、若い者たちからも素直に教えを受けた。その年の稽古は六日間だけで終わった。
最後の日、一年間の修行を終えた者たちは試合を行ない、山を下りて行った。
その日の晩、観智坊の宿坊に慶覚坊の息子、洲崎十郎左衛門が訪ねて来た。十郎は観智坊を見ても蓮崇だと気づかなかった。観智坊の方が十郎に気づいて声を掛けた。十郎はすっかり変わってしまった蓮崇を見て、人間、これ程までに変われるものなのかと信じられなかった。
十郎は、明日、加賀に帰ると言う。十郎はまだ、蓮崇がなぜ、こんな所で山伏の修行をしているのか知らなかった。
観智坊は加賀で起こった事を話した。十郎は信じられない事のように観智坊の話を聞いていた。すでに蓮如が吉崎にいない、と聞いた時には言葉が出ない程、びっくりした。
観智坊は十郎に、父親の慶覚坊を助けて守護の富樫と戦って欲しいと告げ、自分が今、ここで修行している事を伝えてくれと頼んだ。かつての蓮崇は死んだ。自分は山伏に生まれ変わって北陸に行くだろう。それまで、門徒たちの事を頼むと十郎に言った。
十郎は次の日、急いで、加賀へと向かった。
十二月二十六日から正月の十四日まで、武術の稽古も矢作りの作業も休みだった。その代わり、年末年始の準備で忙しく、何も分からない観智坊は怒鳴られながらも山の中を走り回っていた。
夜中から雪が降り続いていた。
明け方には一尺近くも積もり、まだ降り続いていた。
風眼坊と早雲と夢庵は飯道山の宿坊から旅籠屋『伊勢屋』に移っていた。お雪と弥兵も一緒だった。
風眼坊は昨日、飯道山を下りると花養院にお雪を迎えに行った。松恵尼と顔を合わせたくなかったが、松恵尼は風眼坊が来るのを待っていた。
「御苦労様でした」と松恵尼は愛想よく風眼坊を迎えた。
「いや、参ったわ。軽い気持ちで始めたが、年には勝てんのう。多分、今回が最後になりそうじゃ」
「何を情けない事を。そんな事を言ってたら、あんな若い奥さんの相手なんて勤まりませんよ」
「いや、あれには色々と訳があるんじゃ」
「そりゃあ、訳ぐらいあるでしょうとも。まったく、ずうずうしくも、ここに預けて置くなんて、どういう神経してるんでしょ。あなたの頭の中を一度、見てみたいわ」
「仕方なかったんじゃ。何しろ急な事だったんで、ここしか思いつかなかった」
「辛かったわ。百日間も、あなたの若い奥さんと一緒に暮らすのは」
「すまなかった。お雪は子供たちの面倒をよく見てたじゃろう」
「そうね。初めの頃はね」
「初めの頃?」
「もう、ここにはいないの。わたしも女だったわ。あの娘の顔を見てられなくてね、追い出しちゃったのよ」
「お雪を追い出した?」
「仕方なかったのよ。わたしも我慢しようと思ったわ。でも‥‥‥できなかった」
「そうか‥‥‥もう、ここにはおらんのか‥‥‥」
「あなたには悪かったと思うわ。でも、仕方なかったのよ。わたしの気持ちも分かってよ」
「そうか‥‥‥」
風眼坊は、こんな事になるかもしれないと覚悟はしていた。しかし、松恵尼は絶対に、そんな大人気ない事はしないだろうと確信していた。ところが、松恵尼もやはり女だった。松恵尼の気持ちも分かるが、ここを追い出されたお雪は、西も東も分からない他国で放り出されて、今頃、一人で加賀に向かっているのだろうか‥‥‥風眼坊には放って置く事はできなかった。
「御免なさい。本当に、あなたには悪かったって思っているわ」
「いや‥‥‥」
「あの娘の事、心配してるのね」
「いや‥‥‥」
松恵尼は、お雪の事から播磨の太郎と楓の事に話題を変え、二人の子供たちの事を風眼坊に話していたが、風眼坊の耳には入らなかった。早く、お雪を捜さなければならない、と頭の中はお雪の事で一杯だった。
「松恵尼様」と誰かが呼んだ。
その声までも、お雪の声に似ていた。
「準備はできた?」と松恵尼は答えた。
「はい。終わりました」
「こちらにいらっしゃいな。あなたの大事な人が帰って来たわよ」
縁側から顔を出したのは、お雪だった。
お雪は風眼坊をじっと見つめていた。風眼坊を見つめるお雪の目からは涙がこぼれ落ちて来た。
「松恵尼殿。わしをかついだな」と風眼坊は言った。
松恵尼は笑った。
「お雪、わたしがあなたをここから追い出したって言ったら、風眼坊様、本気にして、今にもあなたを捜しに行こうとしてたわよ」
「松恵尼様‥‥‥」
「よかったわね」
お雪の涙はなかなか止まらなかった。涙を流しながらも笑おうとしているお雪を見ながら、風眼坊と松恵尼も何となく湿っぽくなって行った。
お雪は松恵尼に頼まれて伊勢屋に行っていた。風眼坊と早雲の百日行満願を祝う宴を張るための準備に行っていた。丁度、その時に風眼坊が花養院に来たため、松恵尼は風眼坊に対する恨みの言葉を言って、風眼坊を困らせていたのだった。
すでにもう、松恵尼はお雪の事を恨んではいなかった。お雪を自分の娘のように思うようになっていた。心の中の葛藤(カットウ)は色々とあったが、それは乗り越えていた。風眼坊に対するお雪の思いは、松恵尼にはとても真似のできないものだった。お雪のためにも松恵尼は風眼坊の事は諦めていた。もっと早く諦めるべきだった。諦めるべきだったが、諦めきれずにだらだらと続いていた。今回がいい機会だと思った。松恵尼はきっぱりと風眼坊の事は諦める事にした。
その晩、太郎と光一郎、栄意坊も呼んで、風眼坊と早雲の百日行満願と夢庵の一ケ月近くの行の終わった事を祝った。高林坊も呼びにやったが、留守でいなかった。観智坊となった蓮崇は一年間は山から下りられなかった。
お雪は窓から雪を眺めていた。
風眼坊はまだ寝ていた。
隣の部屋では早雲と夢庵も寝ているようだった。
お雪は昨日、風眼坊の息子、光一郎と会っていた。光一郎はお雪と同い年だった。
不思議な気持ちだった。光一郎の母親に対して悪い事をしているような気がしてならなかった。光一郎は父親に対して何も言わなかったが、心の中では自分の事を恨んでいるのかもしれないと思っていた。恨まれたとしても仕方なかった。仕方なかったが、もう、お雪は風眼坊から離れる事はできなかった。
百日行の疲れが出て来たのか、風眼坊はいつまで経っても起きなかった。
お雪は雪の中、花養院に向かった。風邪を引いている子供が何人かいて、その事が心配だった。
雪は昼頃、ようやく、やんだ。
お雪は子供たちと一緒に花養院の境内の雪掻きをしていた。
風眼坊、早雲、夢庵の三人が晴れ晴れとした顔をして、太郎と光一郎と共に花養院にやって来た。風眼坊は医者の姿に戻り、早雲は禅僧に戻り、夢庵も派手な着物に戻っていた。
これから太郎の隠れ家に行くと言う。お雪も一緒に行く事にした。
積もった雪と格闘しながら、ようやく着いた隠れ家は、誰もが驚く程、素晴らしいものだった。特に、夢庵は気に入って、その日から智羅天の岩屋の住人となってしまった。
その岩屋の前の広場で風眼坊と光一郎は試合を行なった。まだまだ、風眼坊の方がずっと強かった。
次に太郎は光一郎を相手に陰流の技を披露した。天狗勝の八つの技と、新しく作った二つの技を風眼坊に見てもらった。
「見違える程、強くなったのう」と風眼坊は嬉しそうに言った。
「凄いのう‥‥‥陰流か‥‥‥」と早雲は唸った。
「さすがじゃのう」と夢庵も感嘆した。
お雪もただ凄いと驚いていた。こんな凄い弟子を持っていたなんて、風眼坊という男は計り知れない人だと思った。
風眼坊と太郎は試合をしなかった。二人共、一々、立ち会わなくてもお互いの腕が分かっていた。太郎はまだまだ、師匠にはかなわないと感じていた。風眼坊の方は相打ちになるだろうと思っていた。
夕方になり、太郎は光一郎を連れて飯道山に行き、志能便の術を教え、暗くなってから戻って来た。その晩は、みんなして岩屋に泊まる事となり、焚火を囲んで語り明かした。
太郎はここの主だった智羅天の事を皆に話した。そんな事があったのか、と風眼坊も驚きながら話を聞いていた。
二十四日、志能便の術は終わった。
二十五日の晩、恒例の武術師範の宴会があり、志能便の術師範の太郎坊、志能便の術師範代の風光坊、元剣術師範の風眼坊、そして、早雲と夢庵も特別に招待された。早雲は弓術師範として、夢庵は志能便の術の師範代として参加していた。
いつものように料亭『湊(ミナト)屋』の宴会が終わると、一行は『とんぼ』に移った。
相変わらず無愛想な親爺も、さすがに風眼坊たちの顔を見ると嬉しそうに迎えた。
そして、次の日の早朝、夢庵に送られて、太郎、光一郎、風眼坊、お雪、早雲の五人は馬に乗って、播磨の国、大河内城下に向かって行った。
弥兵は観智坊(蓮崇)が山から下りて来るまで、待っていると言って付いては来なかった。
いい天気だった。
五日前に積もった雪は、もう溶けてなくなっていた。
朝日を浴びて山に積もった雪が輝いていた。
今年もあと僅かで終わりだった。
五頭の馬は朝日を浴びながら、飯道山の門前町を後にして行った。
天狗は何も言わず、早雲を見ては、あちこちの岩に移動していた。
蓮崇がやって来て、道に座り込んでいる早雲を見た。
早雲は首で天狗の方を示した。
蓮崇も天狗を見た。
一瞬のうちに違う岩の上に移動する天狗を見て、蓮崇も自分の目を疑った。
風眼坊がやって来て、早雲と蓮崇を見、二人が見ている天狗に目をやった。
「小太郎、いつから、あんな物が出るようになったんじゃ」と早雲は風眼坊に聞いた。
風眼坊は天狗を見ながら笑っていた。
「何が、可笑(オカ)しい」
「太郎じゃ」と風眼坊は言った。
「太郎?」
「ああ。おぬしも知っておろう。愛洲の太郎じゃ」
「なに、あいつか‥‥‥あんな凄い事ができるのか」
「なに、簡単な事じゃ。天狗が二人おるんじゃ。もう一人はわしの伜じゃ」
風眼坊は天狗に向かって、「久し振りじゃのう。太郎と光一郎、出て来い」と言った。
岩の上に二人の天狗が現れた。天狗は面を外した。
「お久し振りです。師匠」
「お久し振りです。父上」
太郎と光一郎は岩から降りると奥駈け道にやって来た。
風眼坊は蓮崇を先に行かせた。
話す事はお互いに、いくらでもあった。
太郎と光一郎は金勝山まで一緒に歩くと別れた。
その日は花養院に行って、松恵尼と会い、楓と子供たちの事を話し、その後、望月三郎と久し振りに会って、夜になってから飯道山に登り、風眼坊たちのいる吉祥院に顔を出した。
吉祥院の一室で、太郎と光一郎は風眼坊と早雲に会った。蓮崇は吉祥院の中の修徳坊で、修行中の山伏と共に読経をしていた。
修徳坊は以前、太郎が世話になっていた宿坊だった。
「ここに来るのも久し振りです」と太郎は言った。
「久し振り? 毎年、年末にはここに来るんじゃろう」
「いえ。最初の一年間はここにおりましたが、その後、ここには泊まっておりません」
「どこの世話になっておるんじゃ」
「山の中から通ってるんです。いい所があるんです。後で、師匠にも教えます」
「ほう、山の中に岩屋でもあるのか」
「凄い岩屋ですよ」と光一郎が言った。「父上も見たらびっくりするでしょう」
「そいつは楽しみじゃのう」
「百日行はいつ終わりますか」と太郎は聞いた。
「十二月の十九日が満願じゃ」
「十九日ですか。それが終わったら播磨に来てくれませんか。今、新しい城下町を作っておるんです。まだ、完成はしてませんが、いい所ですよ」
「そのつもりじゃ。新九郎と一緒に行くつもりじゃったんじゃ」
「そうですか。それはよかった。楓も会いたがっております」
「子供が二人もおるそうじゃのう」
「はい。男の子と女の子です」
「太郎よ」と早雲が言った。「しかし、立派になったもんじゃのう」
「あの時は随分とお世話になりました」と太郎は笑いながら頭を下げた。「でも、京に着いた途端にいなくなっちゃって、あれから大変だったんですよ。右も左も分からないし、京という所は恐ろしい所でした」
「あの時の相棒はどうした」
「あの時、別れたきり会っておりません。堺に行くと言って別れました。わたしは一人、逃げるようにして故郷に帰って来ました。そして、山の中で剣術の稽古をしている時、師匠と出会ったのです。今のわたしがあるのも、お二人のお陰です。お二人に会わなければ、今頃、水軍の大将になっていたかも知れませんが、世の中の事など全然分からず、狭い世界の中で生きていた事でしょう」
「しかし、不思議な縁じゃな。京で別れて、こんな所で再会するとはのう」
「縁というのは本当に不思議です。会いたいと思っても、会えない時はどうしても会えないし、会える時は無理をしなくても自然に会う事ができます」
「大峯に来たんだってのう」と風眼坊が言った。
「はい。山の中を捜し回りました」
「奥駈けは歩いたか」
「熊野の本宮まで行って、また戻って来て、あちこち捜し回りました」
「丁度、入れ違いだったんじゃ」
「はい。仕方なく、諦めて、笙(ショウ)の窟(イワヤ)に籠もって、座り込んでから帰って来ました。
「笙の窟か‥‥‥確か、あの頃、あそこで千日行をしておる聖人がおらなかったか」
「おりました。丁度、満願の日に立ち会う事ができました」
「そうか、見事に千日行をやり遂げたか‥‥‥」
「はい。満願の日、妙空聖人殿は座ったまま成仏(ジョウブツ)なされました」
「なに、座ったまま亡くなったのか」
「はい。穏やかな顔をして成仏なさいました。聖人様は今、窟の側の土の中で眠っております」
「そうか、あの聖人様は成仏したのか‥‥‥」
栄意坊がやって来た。
「よう、太郎坊、久し振りじゃのう」と大声で言いながら入って来たが、太郎には分からなかった。
「栄意坊じゃよ」と風眼坊が言った。
「栄意坊殿‥‥‥どうしたんです。髭がないから分かりませんでしたよ」
「はっはっは、人間、時が経てば変わるもんじゃ」
「女ができたんじゃ」と風眼坊は説明した。
栄意坊は太郎の側に座り込むと、「何年振りじゃ。確か、百地(モモチ)の弥五郎の所、以来じゃのう。いや、懐かしいのう」
風眼坊は栄意坊に伜の光一郎を紹介した。
「ほう、おぬしにこんな立派な息子がおったとは驚きじゃのう。親父よりでっかいんではないか」
「ああ。わしよりも背が高いわ」
「ふーん。火乱坊の伜といい、おぬしの伜といい、伜がこんなに大きくなっちゃあ、わしらは年を取るわけじゃ」
「そうじゃな。年の経つのは早いもんじゃ」と早雲も言った。
「太郎、殿様になったそうじゃのう」と栄意坊は言った。
「殿様だなんて‥‥‥小さな城の主です」
「小さな城でも大したもんじゃ。大きな屋敷で暮らしておるんじゃろう」
「ええ、まあ」
「栄意坊殿も一度、播磨に来て下さい」
「お前も行くか」と風眼坊は栄意坊に言った。「わしら、百日行が終わったら、太郎と一緒に播磨に行くんじゃが、お前も行かんか」
「うむ、行きたいが無理じゃのう。わしはここに来たばかりじゃからな。正月の一番忙しい時期に抜けるわけにはいかんのじゃ」
「そうか、正月だったのう。来年の正月は太郎のもとで迎える事になりそうじゃの」
「はい。大歓迎です」
百日行の最中なので、一緒に酒を飲むわけにもいかず、太郎と光一郎は栄意坊と共に山を下り、栄意坊が是非、うちに寄って行けと言うので、栄意坊のうちに行って、三人で昔話をしながら酒を飲んだ。
栄意坊の妻は落ち着いた感じの小柄な美人だった。栄意坊が大男なので余計に小さく見えたが、仲のいい夫婦だった。
太郎と光一郎は栄意坊と遅くまで酒を飲み、その晩は泊めて貰った。
2
風眼坊が百日行をしている間、お雪は花養院の孤児院の子供の面倒を見ていた。
蓮崇の連れの弥兵は、松恵尼の屋敷にいる義助(ヨシスケ)のもとに預け、義助と共に畑仕事や屋敷の留守番をしていた。
松恵尼は九月十三日に、金勝座と一緒に播磨の太郎の所から飯道山に帰って来た。
次の日から飯道山の祭りが始まり、門前町は賑やかだった。
松恵尼は花養院に戻って来て、子供たちと遊んでいるお雪を見て、仲恵尼に、誰なのと聞いた。
仲恵尼は、あの娘は風眼坊のおかみさんだ、と言った。風眼坊が今、お山で百日行をしているので預かっている。なかなか腕のいい医者で、子供たちの面倒もよく見てくれていると説明した。
「風眼坊殿のおかみさん?」と松恵尼は聞き返した。
「はい。ちょっと若過ぎる感じですけど、なかなか、いい娘ですよ。子供たちもすっかりなついています」
「そう‥‥‥」と言いながら、松恵尼は庫裏の縁側からお雪を見ていた。
風眼坊は一体、どういうつもりなんだろう、と思った。熊野に奥さんがいるくせに、あんな若い娘を奥さんとして連れて来るなんて。しかも、わたしの所へ‥‥‥
「風眼坊殿が百日行をしてるんですって」と松恵尼は仲恵尼に聞いた。
「はい。まだ、始めたばかりです。今日で六日目かしら」
「どうして、また、百日行なんて始めたの」
「それが、詳しい事は分からないんですけど、お連れの方が急にやりたいと言い出したらしいんです。それで、風眼坊殿と早雲殿が付き合って一緒にやってるみたいですよ」
「えっ? 早雲殿も一緒なの」
「はい」
「それで、お連れの方っていうのは?」
「本願寺のお坊さんのようです」
「本願寺のお坊さんが百日行を?」松恵尼は訳が分からないといった顔をして仲恵尼を見た。
「何でも、本願寺を破門になって、今度、山伏になるんだとか‥‥‥」
「何だか、よく分からないわね」
「お雪さん、呼びましょうか。お雪さんなら詳しい事情を知ってると思いますけど」
「えっ? ええ、そうね。呼んで貰おうかしら」
松恵尼はお雪と対面した。
何となく、変な気持ちだった。
お雪は楓よりも若そうだった。松恵尼から見れば、娘と言ってもいい程の若さだった。当然、風眼坊から見ても娘のように若い娘だった。どうして、風眼坊が、こんな若い娘なんかを連れて来たのか理解できなかった。
松恵尼は自分を抑えようとしていたが、嫉妬の気持ちを抑える事はできなかった。それでも冷静を装って、お雪の口から、風眼坊がどうして百日行を始めたのか、その理由を聞いた。
お雪は松恵尼を見ながら、素直に綺麗な人だと思った。しかし、今日は、何となく、機嫌が悪そうだという事も感じていた。つんと澄まして庭の方を見ている松恵尼に、お雪は事の成り行きを説明した。
黙って話を聞いていた松恵尼は、お雪の話が終わると、お雪の方を見て、「と言う事は、急に百日行をする事になったというわけなのね」と聞いた。
「はい。本当は播磨の国に行く予定でした。ところが、急に蓮崇様が先生のお弟子さんになりたいと言い出して、百日行をする事になったのです」
「それに、早雲殿も付き合っているのね」
「はい」
「それで、あなたをここに預けたのね」
「はい。松恵尼様、わたしをここに置いて下さい。お願いします」
「他に行く所はないんでしょ」
「はい」
「仕方ないわね‥‥‥しっかり、子供たちの面倒を見るのよ」
「はい。ありがとうございます」とお雪は頭を下げた。
松恵尼はお雪を見ながら、どうして、わたしが風眼坊の女の面倒を見なけりゃならないの、と腹を立てたが口には出せなかった。
播磨にいた時、太郎に新しい女ができた事を知って、じっと我慢しなけりゃ駄目よ、と楓に言い聞かせて来たばかりだった。まさか、自分が楓と同じ立場になるなんて思ってもみない事だった。
松恵尼は風眼坊の妻ではない。風眼坊がどこで、どんな女と付き合おうが、松恵尼は平気だった。自分が知らない所で、知らない女と付き合おうが、そんな事は関係なかった。しかし、ここに女を連れて来るなんて許せなかった。しかも、その女の面倒まで見させるとは絶対に許せなかった。腹の中は風眼坊に対する怒りで煮え繰り返っていた。
その日はそれだけの会話で終わった。次の日からは祭りの準備で忙しく、お雪の事など構っていられなかった。
祭りも終わり、一段落した頃、松恵尼は再び、お雪を呼んだ。
お雪は花養院の近くの家に、仲恵尼と一緒に暮らしていた。太郎と楓が一緒になって初めて暮らした家の隣の家だった。
松恵尼はお雪が現れると、今度はお雪の身の上を聞いた。
松恵尼はお雪の顔を見ていると、また、風眼坊に対する怒りが涌き上がって来るのを抑える事ができなかった。なるべく、お雪の顔を見ないように冷静を装って話を聞いていた
お雪の身の上は予想もしていなかった程、悲惨なものだった。そして、お雪を地獄から救ったのが風眼坊だったと聞いて、お雪の気持ちも分かるような気がした。
お雪には頼れる人は風眼坊しかいなかった。風眼坊はお雪を地獄から救ってくれただけでなく、新しく生まれ変わったお雪の生き方までも教えたのだった。お雪にしてみれば、風眼坊は掛け替えのない恩人であり、尊敬のできる男だった。尊敬の念が、いつしか愛情に変わったのは当然の成り行きだった。お雪にとって風眼坊のいない世界は考えられず、風眼坊としても、お雪一人を加賀に置いて来る事はできなかった。
松恵尼はお雪の身の上を聞いて、お雪に同情し、お雪を地獄から救った風眼坊を偉いと思った。頭では二人の関係を理解する事ができても感情は別だった。お雪の身の上を聞いた後でも感情を抑える事はできなかった。
お雪はよく子供たちの面倒を見ていた。病気の治療も適切だった。子供たちからも好かれ、一緒に働いている尼僧や近所の女の子たちの評判もよかった。松恵尼もお雪の事を認めていたが、心のわだかまりを取る事はできなかった。
百日間は長かった。
毎日、お雪を見ているうちに松恵尼の心のわだかまりも少しづつ溶けて行った。
お雪は風眼坊と松恵尼の関係を知らない。そして、お雪には何の悪い所もなかった。お雪に当たるのは筋違いだった。一緒に暮らしている仲恵尼から、お雪は百日行をしている風眼坊の身を案じて、毎日、念仏を唱えているという。仲恵尼が、風眼坊は何度も百日行をしているから心配ないと言っても、心配そうな顔をして風眼坊の身を案じている。その姿はいじらしい程だという。風眼坊はあんないい娘にそれ程までに思われて果報者だと仲恵尼は言った。松恵尼は自分の心に素直に生きているお雪が羨ましかった。自分には決して真似のできない事だった。
松恵尼はお雪に負けたと感じていた。
松恵尼はお雪を呼んだ。
「雪が降って来たようね」と松恵尼は外を見ながら言った。
「はい」とお雪も外を見た。
「ありがとう」と松恵尼はお礼を言った。
子供の一人が風邪をひいて熱を出し、お雪は一晩中、看病していた。ようやく、今朝になって熱も下がり、食事も取れるようになっていた。松恵尼はその事に対してお礼を言った。
「いえ‥‥‥」とお雪は言って、松恵尼を見た。
何となく、いつもと違うような気がしていた。今までと違って松恵尼が自分を見る目に優しさが感じられた。
「これから、山歩きもきつくなるわね」と松恵尼はお雪を見ながら言った。
いつも、松恵尼はなぜか目をそらしながら話していたが、今日は違っていた。優しい目をしてお雪を見ていた。
「はい‥‥‥」とお雪は答えた。
「今日で何日目かしら」
「はい。七十三日目です」とお雪は迷わずに答えた。
「そう‥‥‥もう少しね。心配しなくても大丈夫よ。風眼坊様はお山の事なら何でも知ってるから。百日行をするのも、もう五回以上になるんじゃないかしら。蓮崇殿って言ったかしら、その人も頑張るわね。ここまで来れば最後まで歩き通すでしょうね」
「はい」
「ねえ。今まで、子供たちの面倒をよく見てくれたお礼と言っては何だけど、今晩、わたしに付き合ってくれないかしら」
「はい、でも‥‥‥」
「あなた、お酒は飲めるんでしょ」
「はい、少しなら」
「今晩、一緒に飲みましょ。たまには女同士で飲むのもいいものよ」
「はい」
お雪は、その晩、松恵尼と旅籠屋『伊勢屋』の一室で、二人だけで御馳走を食べて酒を飲んだ。
松恵尼は尼僧姿ではなかった。お雪は松恵尼から、この旅籠屋が松恵尼の物だという事を聞いて驚いた。
松恵尼は酒を飲みながら風眼坊の若い頃の事をお雪に話した。勿論、自分と風眼坊の関係は話さなかったが、若き日の風眼坊の活躍は知っている限りの事をお雪に話した。
お雪は目を輝かせて松恵尼の話を聞いていた。
酔うにつれて、松恵尼は自分の身の上も話し始めた。
お雪は、松恵尼が自分と同じように殿様の側室だったという事を知った。側室だった事は似ていたが、殿様を恨んでいたお雪と、殿様を愛していた松恵尼の違いは大きかった。
お雪はその晩、普段、見られない松恵尼の別の面を知った。
夜、遅くまで、二人は話をしながら酒を飲んでいた。
次の朝、目が覚めると、すでに松恵尼はいなかった。枕元に、今まで休まずに働いていたので、今日は一日、ゆっくり休みなさい、と置き手紙が置いてあった。
お雪はその手紙を見ながら、何となく、松恵尼に母親を感じていた。
十二歳の時、母親を亡くしてから、今まで母親というものは忘れていた。それが、昨夜、松恵尼と一緒に過ごして色々な事を話し合った。
母親が亡くなってから、お雪には親身になって話を聞いてくれるような人はいなかった。叔母の智春尼はいたが、あの頃は仇(カタキ)討ちの事しか考えていなかったため、心を打ち明けるという事はなかった。加持祈祷(カジキトウ)の後は、叔母にはこれ以上、迷惑を掛けられないため、叔母に頼るのはやめていた。風眼坊には何でも話せたが、やはり、男と女では違った。
その日から、お雪は松恵尼に母親を感じるようになり、松恵尼に何でも話せるようになって行った。松恵尼もまた、お雪の事を楓に代わる娘のように思うようになり、親身になって話を聞くようになって行った。
伊勢屋を出ると、お雪は飯道山を見上げた。
山の上は真っ白に雪化粧していた。お雪は、今も山の中を歩き続けている風眼坊たちの事を思い、心の中で念仏を唱えた。
3
志能便(シノビ)の術は十一月二十五日の七つ(午後四時)からだった。いつもなら前日に着いて、次の日から志能便の術を教えていたが、今回は十九日の夜には、太郎はもう飯道山に着いていた。
今回、こんなにも早くここに来たのは、早く師匠の風眼坊に会いたかった事もあるが、それだけではなかった。かつての陰の術の教え子に会って、その中の何人かを播磨に連れて行こうと思ったからだった。彼らを連れて行き、播磨において諜報活動をさせようと思っていた。
伊助や次郎吉たちは太郎の重臣となってしまったため、以前のように、あちこちに潜入して情報を集めるという事はできなくなっていた。勿論、伊助や次郎吉たちもそれぞれ、自分の家来を使って情報集めはしていたが、太郎は自分に直属の諜報機関が欲しかった。陰の術を身に付けた者たちを使って実際に情報を集めれば、置塩城下の状況も、敵の状況も分かる事は当然だが、さらに、陰の術の不備な点も分かるだろう。足らない所が分かれば、さらに、陰の術を完璧なものにできると思っていた。
太郎は飯道山に着いた次の日、奥駈け道で風眼坊と早雲に再会すると、望月三郎の屋敷に向かった。
この屋敷は、陰の術の発祥の地と言える所だった。太郎たちが三郎を助けて、この屋敷を襲ったのは、もう六年も前の事だった。あの時以来、太郎は陰の術の師範となった。次の年から修行者たちに教え始め、去年までに太郎が陰の術を教えた者たちの数は三百人を越えていた。その三百人のうち、部屋住みのままブラブラしている者がいたら播磨に連れて行こうと思っていた。
三郎と会うのは二年振りだった。
三郎は今、出雲守(イズモノカミ)を名乗り、二年前に嫁を貰って、生まれたばかりの男の子がいた。三郎は忙しそうだったが、太郎の顔を見ると喜んで、早速、仲間たちを呼んでくれた。
集まったのは、芥川左京亮(サキョウノスケ)、杉谷与藤次(ヨトウジ)、野田五郎、野尻右馬介(ウマノスケ)、葛城五郎太、池田平一郎と庄次郎の兄弟、隠岐右近(オキウコン)、神保兵内(ヘイナイ)の九人だった。皆、師匠の太郎坊が来たと聞いて、慌てて飛んで来たのだった。
芥川左京亮は望月三郎と共に太郎とは同期で、一緒に望月屋敷を襲撃した仲間だった。襲撃の後、三郎の妹のコノミと一緒になり、すでに二人の子持ちだった。
杉谷与藤次、野田五郎、池田平一郎、隠岐右近の四人は、太郎が初めて陰の術を教えた者たちだった。まだ、陰の術は正式に飯道山で教えるという事にはなっていなかったが、杉谷らに教えてくれとせがまれ、太郎は皆の稽古が終わってから一ケ月足らず、陰の術を教えた。
野尻右馬介と葛城五郎太、神保兵内の三人は、次の年の教え子だった。太郎が正式に陰の術の師範となったが、楓と共に故郷、五ケ所浦に帰っていて、十一月に飯道山にやって来て教えた者たちだった。
池田平一郎の弟の庄次郎は、一昨年の教え子で、光一郎たちと同期だった。庄次郎だけが太郎坊の素顔を知らなかった。庄次郎は太郎坊の素顔が見られると思って楽しみにして来たが、何と、太郎坊が火山坊と同一人物だったと知って信じられないようだった。
しばらく見ないうちに、皆、立派な武士になっていた。やがて、彼らが甲賀を背負って立つ者たちだった。
太郎は彼らに、自分が赤松家の武将になった事を告げ、陰の術の教え子の中に播磨に来たい者がいたら知らせてくれと伝えた。
「なに、おぬしが赤松家の武将になった?」と三郎が不思議そうな顔をして聞いた。
太郎は事の成り行きを簡単に皆に話した。太郎の話をききながら皆、驚いていた。
「播磨か‥‥‥わしも是非、行ってみたいのう」と芥川が言った。
「おぬしは長男じゃろ。無理じゃ」と三郎が手を振った。
「次男や三男で、ブラブラしてる奴を捜して貰いたいんだ」と太郎は言った。
「ここに一人、おります」と池田平一郎が弟を示した。
「師匠、俺、行きます」と弟の庄次郎が言った。
「おぬし、来てくれるか」
「はい。師匠の側にいれば、もっと修行できるし‥‥‥」
「そうか、来てくれるか。そいつは有り難い」
「何人位、連れて行くつもりなんだ」と三郎は聞いた。
「そうだな。十人、いや、二十人位、連れて行くつもりだ」
「二十人か‥‥‥その位なら、すぐ集まるだろう」
「そうか。しかし、無理に二十人も集める事はない。向こうも戦の最中だ。向こうで陰の術を実践するとなると、かなり危険な目にも会う事となる。悪くすれば、二度と、この地に帰れないかもしれん。それでも、行きたいと思う者だけでいいんだ」
「戦をやっておるのは、ここも一緒だ。すでに、おぬしの教え子の何人かが戦死しておる」
「聞いたよ‥‥‥残念な事だ」
太郎は、来月の末、志能便の術の稽古が終わるまでに、何人でもいいから、そんな奴を捜してくれと頼み、話題を変えて、甲賀に来ている夢庵の事を皆に聞いた。
夢庵から詳しい居場所は聞かなかったが、金色の角の牛に乗って、あんな目立つ格好をしていれば、すぐに見つかると思っていた。案の定、夢庵の事は皆、知っていた。
「おぬし、あんな奴と知り合いなのか」と芥川が顔をしかめながら聞いた。
「ああ。色々と世話になったんだ」
「へえ。一体、何者なんじゃ」
「茶人であり、連歌師でもあり、笛吹きでもあり、お公家さんでもあり、兵法者でもある不思議なお方だ」
「あいつが兵法者?」と三郎が驚いた。
「不思議な棒術を使う。それに、陰の術も身に付けている」
「えっ、陰の術も?」三郎が信じられないと言った顔付きで、皆の顔を見た。
みんなも口をポカンと開けて驚いていた。
太郎は笑いながら、「播磨の俺の城下にも武術道場があって、そこで、一年近く、修行していたんだよ」と説明した。
「へえ。それじゃあ、わしらの仲間だな」
「そういう事だ。なかなか面白いお方だ。知り合いになっておくと何かとためになるぞ」
夢庵肖柏は、柏木(水口町)の野洲川の側にある飛鳥井権大納言雅親(アスカイゴンノダイナゴンマサチカ)という公家の屋敷内に、種玉庵宗祇(シュギョクアンソウギ)という連歌師と一緒にいるとの事だった。
太郎は次の日、光一郎を連れて夢庵を訪ねた。
飛鳥井雅親が公家だというので、風雅な公家屋敷を想像していたが、実際の屋敷は濠と土塁に囲まれていて武家屋敷と変わりがなかった。違う所と言えば、侍たちの溜まり場である遠侍(トオザムライ)が主殿(シュデン)に付属していない位だった。
門の前には二人の武士が薙刀を持って守り、土塁の隅には誰もいなかったが、見張り櫓まであった。
太郎は門番に、飯道山の太郎坊だと名乗り、夢庵殿に会いたいと告げた。さすが、地元だけあって門番も太郎坊の名は知っていた。しかし、太郎を目の前にして、太郎があまりに若いため、不思議そうな顔をしていた。それでも取り次いでくれた。しばらくして、夢庵が現れた。相変わらず派手な格好だった。
夢庵は太郎たちを見ると笑いながら、「やあ、来たな」と言った。
「お久し振りです」と太郎と光一郎は挨拶した。
「いつからじゃ、陰の術を教えるのは」
「二十五日からです」
「そうか、まあ、入れ。宗祇殿を紹介するわ」
正門をくぐって左側にある中門をくぐると、正面に屋敷があり、屋敷の右側に広い庭園があった。その庭園の右側に大きな御殿が二つ建ち、ここまで入ると、やはり、公家屋敷という優雅さが感じられた。
夢庵は太郎たちを正面の屋敷に連れて行った。この屋敷が『種玉庵』という宗祇の住む屋敷だと言う。
飛鳥井家は代々、和歌と蹴鞠(ケマリ)の師範を継ぐ家柄であり、この辺り一帯を領する荘園領主でもあった。この屋敷は飛鳥井家の別荘のようなもので、京の屋敷が戦によって焼かれたため、当主の雅親は家族と家来を連れて、ここに避難していた。
連歌師の宗祇は応仁の乱の始まる前に関東の方に旅に出て、そのまま各地を回って連歌の指導をし、二年前の秋頃、ここに落ち着いて、雅親より和歌の教えを受けながら古典と連歌の研究に没頭していた。
太郎と光一郎は夢庵に案内されて、宗祇と会った。
二人共、連歌師というのは夢庵しか知らなかった。宗祇という男も一風変わったお公家さんに違いないと思っていたが、全然、違っていた。
宗祇は墨染衣を着た僧侶だった。年の頃は五十歳を越えた老人だった。
太郎たちが部屋に入った時、宗祇は庭園の方を向いて文机(フヅクエ)に座って何かを真剣に読んでいた。夢庵と共に太郎たちは宗祇の後ろに控えて座った。しばらくして、宗祇は机から顔を上げて振り返った。
夢庵は宗祇に太郎たちを紹介した。夢庵は太郎の事を赤松日向守とは言わなかった。飯道山の山伏、太郎坊だと紹介した。
宗祇はしばらく、山伏姿の二人を見ていた。
「わしも飯道山にはお参りしました。噂には聞いておりましたが、本当に武術の盛んな所ですな」とゆっくりとした静かな口調で言った。
「太郎坊殿は、わしの武術の師でもあります」と夢庵は言った。
「ほう。お若いようじゃが、なかなかなものですな」
宗祇は太郎に飯道山の武術の事など色々と訪ねた。そして、関東を旅した時、香取、鹿島に行き、そこでも武術が盛んだったという事を太郎たちに話してくれた。
太郎は初め、宗祇は堅苦しい感じの人だと思ったが、実際、話してみて、そんな事はないと感じた。夢庵と同じく宗祇も各地の大名たちと親交を持っていて、色々な事を知っていた。連歌や和歌とは、まったく関係の無い事も色々と知っていて、太郎が話す武術の事も興味深そうに聞いていた。
半時(ハントキ)程、宗祇と話をすると太郎たちは夢庵と一緒に部屋から出た。
夢庵は太郎たちを土塁の上の見張り櫓の上に連れて行った。
「なかなかいい所じゃな」と夢庵は右手に見える飯道山を眺めながら言った。
「夢庵殿、宗祇殿というお人は禅僧なのですか」と太郎は聞いた。
「まあ、一応は禅僧じゃのう。若い頃、相国寺(ショウコクジ)で修行しておったらしいからのう」
「相国寺?」
「将軍様が建てた京の大寺院じゃ。戦で焼けてしまったがのう」
「そうですか‥‥‥」
「わしがここに来てから二ケ月になるが、宗祇殿はまだ、わしを弟子にしてくれんのじゃ」と夢庵はこぼした。
「えっ、お弟子さんになってないのですか」と太郎は驚いて、夢庵の顔を見た。
夢庵は頷いた。「宗祇殿はまだ修行中の身、弟子など持つ身ではないとおっしゃるんじゃ」
「あの年で、まだ修行中なのですか」
「だ、そうじゃ」
「凄いお人ですね。あの年になってまで修行を続けてるなんて‥‥‥それで、夢庵殿はどうするつもりなんです」
「弟子になるさ。ここまで来たんじゃ。一番弟子になってやる」
「わたしは知りませんが、宗祇殿って有名な連歌師なんでしょ。それなのに、まだ、お弟子さんもいないなんて不思議ですね」
「ああ。わしも驚いた。わしは宗祇殿は大勢の弟子に囲まれて暮らしておると思っておった。しかし、わしがここに来た時、宗祇殿の側には一人の僧がおっただけじゃった」
「その人も、宗祇殿のお弟子さんになろうとしているんですか」
「そうだったらしいが、わしが来ると、諦めて出て行ったわ」
「えっ、出て行った?」
「ああ。その僧は宗祇殿と一緒に関東の地をずっと旅をして回っておったそうじゃ。その僧だけじゃなく、四、五人おったそうじゃが、皆、宗祇殿が弟子にしてくれないもんで、諦めて出て行ったそうじゃ。最後に出て行った僧も、諦めて出て行きたかったんじゃが、宗祇殿を一人残して行く事もできず、わしが来た途端に逃げて行ったと言うわけじゃ」
「そうだったのですか‥‥‥でも、どうして、みんな、そう簡単に諦めちゃうんですか」
「宗祇殿と一緒におれば分かるが、宗祇殿は今、真剣に古典の修行をしておられる。まさに真剣じゃ。人を寄せ付けないという所がある。普通の奴らじゃ、逃げ出したくなるじゃろうのう」
「夢庵殿は大丈夫なのですか」
「ここの主の飛鳥井殿というのは、わしの歌の師匠でもあるんじゃよ。言ってみれば、今の所、わしと宗祇殿は兄弟弟子という関係じゃ。わしもそのつもりで宗祇殿と付き合っておるし、宗祇殿もわしを対等に扱っておる。じゃから、わしもここにおる事ができるんじゃ。今のわしは宗祇殿の所に居候しておるんじゃなくて、宗祇殿と一緒に飛鳥井殿の所に居候しておるんじゃよ」
「そうだったのですか‥‥‥」
「なあ、太郎坊殿、わしをどこかに連れて行ってくれんか」
「えっ?」
「ここにばかりおるのも飽きたんでな。おぬし、知り合いも多いんじゃろ。誰か、面白い奴を紹介してくれ」
「面白い奴ですか‥‥‥」
太郎は、面白い奴と言われて、すぐに思い浮かべたのは年甲斐もなく、百日行をしている師匠の風眼坊と早雲だった。あの二人なら夢庵とも気が合うかもしれないと思った。
「分かりました」と太郎は言って、夢庵を連れて飛鳥井屋敷を出た。
夢庵は例の牛には乗って来なかった。
三人は太郎と同期だった三雲源太の家に向かった。
4
志能便の術が始まった。
太郎は今年の教え子を一人も知らなかった。ただ、師匠の風眼坊から、教え子の中に火乱坊の伜がいる事を聞いていたが、風眼坊は名前を教えてはくれなかった。自分で捜せと言う。自分で捜せと言われても、太郎は火乱坊を知らない。知らない人の伜なんて分かるわけないと言っても教えてはくれなかった。
今年、最後まで残っていた修行者は八十五人だった。
今年から太郎は天狗の面を被るのをやめた。例年のように、太郎は光一郎と共に智羅天の岩屋から雪の中を毎日、通った。今年は風眼坊たちの百日行がまだ続いているため、雪の上に足跡が残っていて、いつもよりは歩き易かった。
百日行をしているのは三人から四人になっていた。
新たに夢庵が加わったのだった。夢庵の場合は百日ではなく、ほんの一月だったが、面白そうだと言って一緒に歩いていた。
夢庵が面白い奴に会わせてくれというので、太郎は夢庵を飯道山に連れて行き、風眼坊と早雲を紹介した。太郎が夢庵の事を連歌師と紹介したため、風眼坊は興味なさそうだったが、早雲の方が話に乗って来た。
早雲の口から宗祇の名前が出た。早雲は、宗祇が今、この飯道山と目と鼻の先にいると聞いて、びっくりしていた。百日行が終わったら是非、会わせてくれと夢庵に頼んでいた。
話が弾むに連れて、夢庵は早雲と以前、どこかで会った事あるような気がすると言い出した。確かに、早雲の方も会った事あるような気がしていたが、夢庵という名の連歌師は聞いた事がなかった。早雲が以前、伊勢新九郎という名で幕府に出仕していた事があったと言うと、夢庵はようやく思い出した。
「新九郎殿でしたか。義視殿の側近をなさっておりましたね。一度、今出川の御所でのお茶会に、師の珠光殿と出た事がありました」と夢庵は言った。
「そうか、そうじゃた、やっと思い出したわ。そなたは、あの頃は連歌師というより珠光殿のお弟子さんじゃった」
「はい。あの頃は連歌よりもお茶に夢中でした」
「なに、珠光殿のお弟子さん‥‥‥」と風眼坊が言った。
村田珠光の名前が出た事で、風眼坊も興味をおぼえて話に加わって来た。
風眼坊が珠光に会った事があると言うと、今度は早雲と夢庵の二人がびっくりした。
三人の話題はお茶に移って行った。
夢庵は今、駿河にいる銭泡こと伏見屋も知っていた。ただ、伏見屋が無一文になって乞食坊主をやっていると聞いて、信じられない事のように驚いていた。
風眼坊が、珠光が加賀に蓮如に会いにやって来たと話すと、夢庵は加賀の一揆の状況を風眼坊から詳しく聞いていた。加賀の江沼郡には夢庵の実家、中院(ナカノイン)家の荘園があるが、年貢の届きが悪いと言う。
太郎は三人の話を聞きながら不思議なもんだと思っていた。一見した所、何の共通点もないように思えるが、お互いに何らかの共通点を持って、つながっていた。どう見ても、お茶なんかに縁のなさそうな師匠までもが村田珠光を知っている。三人の共通する知り合いに、茶人の珠光がいるというのは、何となく変な気がしていた。
次の日から、夢庵は奥駈け道を一緒に歩く事となった。
太郎と光一郎は志能便の術の始まる初日、例のごとく、突飛(トッピ)な現れ方をして修行者たちを驚かせた。
今年は、播磨の月影楼にて工夫を重ねたため、新しい技がかなり入っていた。
基本はやはり、鉤縄(カギナワ)を使っての木登りと手裏剣だったが、さらに、新しく作った道具を紹介して、その使い方を教えた。それらの道具はほとんど、城や屋敷に潜入するための道具で、常にすべてを持ち歩くのは不可能だった。一応、こういう物があり、こういう使い方をするというのを教えるもので、さらに、各自で工夫するようにと教えた。
最近、どこに行っても戦が続いているため、城や屋敷は以前よりも守りが堅くなっていた。深い濠を掘り、高い土塁に囲まれ、見張りも厳重だった。そういう城や屋敷に忍び込むには、さらに高度の技術を必要とした。
以前、鉤縄は高い所に登る時に利用したが、今回からは幅広い濠を渡る時にも利用できる事を教えた。縄を木と木の間に水平に張り、そこを修行者たちに渡らせた。修行次第でこういう事もできるようになると、まず、風光坊(光一郎)に錫杖でバランスを取らせながら縄の上を歩かせた。修行者たちはポカンとした顔をして、縄の上を歩いている風光坊を見上げていた。
濠を渡り、土塁を乗り越え、屋敷内に侵入したとして、次は敵に発見されないような隠れ方を教えた。木陰、月影などの陰を利用した隠れ方を教え、さらに、敵に発見された時の逃げ方も教えた。鉄菱(テツビシ)を撒いて逃げる、目潰しを使って逃げるなど、敵のちょっとした隙を利用して逃げるやり方を教えた。
屋敷の潜入の仕方も、天井裏に入るやり方と床下に潜るやり方を教え、不動院を使って実際に演じてみせた。
その他、大勢の敵兵の数え方、濠の幅や深さ、土塁の高さなどの測り方なども教えた。
一ケ月はあっという間に過ぎて行った。
太郎はまだまだ教えたい事が色々あったが、後は各自が工夫して、自分だけの志能便の術を身に付けて欲しいと言って、今年の稽古は終わった。
風眼坊たちの百日行が終わったのは、太郎が志能便の術を教えていた十二月の十九日だった。
蓮崇はすっかり変わっていた。髪や髭が伸びたのは勿論の事だが、体付きまで、すっかり変わっていた。以前の蓮崇を知っている者が、今の蓮崇を見ても同じ人間だとは絶対に気がつかないだろう。余計な肉はすっかり取れ、自分でも驚く程、身が軽くなっていた。歩く速さも速くなり、早雲や風眼坊たちと同じ速さで歩く事ができた。
後半から加わった夢庵が一番遅かった。軽い気持ちで参加した夢庵だったが、山歩きは思っていた以上に辛かった。しかも、季節が悪かった。丁度、雪が本格的に降る頃だった。始めた以上、今更、やめるとは言えず、夢庵は雪の降る中、足を引きずりながらも歩き通した。
夢庵は風眼坊たちよりも十歳も年が若かった。自分よりも年寄りが百日間も歩くというのに、自分が一ケ月も歩けないのでは、この先、彼らの前には出られなかった。夢庵は歯を食いしばって、約一ケ月間、歩き通した。
蓮崇は無事、百日行を終えると、正式に飯道山の山伏となって風眼坊の弟子となった。
蓮崇の山伏名は観智坊露香(カンチボウロコウ)と決まった。観智坊というのは、以前、飯道山にいた山伏で、蓮崇にそっくりだったという勧知坊と同じ名前だった。ただ、字を変えただけだった。高林坊が付けた名前で、今は亡き、その勧知坊に負けない位に強くなれと風眼坊は言った。諱(イミナ)の露香の方は、風眼坊の一番弟子の太郎坊移香と同じく、イロハのロを付けてロ香と名付け、露という字を当てたのだった。
観智坊露香となった蓮崇は、師の風眼坊より、そのまま一年間、飯道山において武術修行をする事を命じられた。観智坊は棒術の組に入る事となり、宿坊の方はそのまま吉祥院の修徳坊から通う事となった。棒術を選んだのは、やはり同じ武術であっても、棒術なら人を斬る事なく相手を倒せるからだった。武術を身に付ける事を決心した観智坊だったが、心の中には蓮如が常に言っていた、争い事は避けるべきじゃ、という言葉が染み付いていた。それに、蓮如が棒術の名人だと風眼坊から聞いていたため、迷わず棒術を選んだ。
百日間、伸ばし放題だった髭は剃ったが、髪の方は伸ばすつもりで、そのままだった。山伏としてはまだ短く、兜巾を頭に乗せても中途半端な長さで、見栄えはあまりよくないが、本人は全然、気にしてないようだった。
蓮崇は観智坊になる事によって、完全に生まれ変わろうと思っていた。本願寺の事、蓮如の事を忘れる事はできなかったが、後一年間は本願寺も蓮如も忘れ、ただ、ひたすら、武術を身に付けようと決心していた。そして、最後に兄弟子である太郎坊より志能便の術を習い、北陸の地に戻るつもりでいた。
百日行が終わった次の日から観智坊となった蓮崇の新しい日々が始まった。
午前中は作業だった。
太郎の時は午前中は天台宗の講義だったが、観智坊には天台宗の講義は必要なかった。風眼坊は観智坊を弓矢の矢を作る作業場に入れた。この作業をしているのは若い修行者たちではなく、飯道神社に所属している下級神官たちだった。山伏がその作業に加わる事は無かったが、風眼坊の頼みによって実現した。観智坊は午前中、矢作りの作業をして、午後になって棒術道場に通った。
観智坊はまったくの素人だった。六尺棒の持ち方さえ知らなかった。修行者の中では一番の年長者でも、ここでは自分は一番の新米なんだと自分に言い聞かせ、自分の息子とも言える程、若い者たちからも素直に教えを受けた。その年の稽古は六日間だけで終わった。
最後の日、一年間の修行を終えた者たちは試合を行ない、山を下りて行った。
その日の晩、観智坊の宿坊に慶覚坊の息子、洲崎十郎左衛門が訪ねて来た。十郎は観智坊を見ても蓮崇だと気づかなかった。観智坊の方が十郎に気づいて声を掛けた。十郎はすっかり変わってしまった蓮崇を見て、人間、これ程までに変われるものなのかと信じられなかった。
十郎は、明日、加賀に帰ると言う。十郎はまだ、蓮崇がなぜ、こんな所で山伏の修行をしているのか知らなかった。
観智坊は加賀で起こった事を話した。十郎は信じられない事のように観智坊の話を聞いていた。すでに蓮如が吉崎にいない、と聞いた時には言葉が出ない程、びっくりした。
観智坊は十郎に、父親の慶覚坊を助けて守護の富樫と戦って欲しいと告げ、自分が今、ここで修行している事を伝えてくれと頼んだ。かつての蓮崇は死んだ。自分は山伏に生まれ変わって北陸に行くだろう。それまで、門徒たちの事を頼むと十郎に言った。
十郎は次の日、急いで、加賀へと向かった。
十二月二十六日から正月の十四日まで、武術の稽古も矢作りの作業も休みだった。その代わり、年末年始の準備で忙しく、何も分からない観智坊は怒鳴られながらも山の中を走り回っていた。
5
夜中から雪が降り続いていた。
明け方には一尺近くも積もり、まだ降り続いていた。
風眼坊と早雲と夢庵は飯道山の宿坊から旅籠屋『伊勢屋』に移っていた。お雪と弥兵も一緒だった。
風眼坊は昨日、飯道山を下りると花養院にお雪を迎えに行った。松恵尼と顔を合わせたくなかったが、松恵尼は風眼坊が来るのを待っていた。
「御苦労様でした」と松恵尼は愛想よく風眼坊を迎えた。
「いや、参ったわ。軽い気持ちで始めたが、年には勝てんのう。多分、今回が最後になりそうじゃ」
「何を情けない事を。そんな事を言ってたら、あんな若い奥さんの相手なんて勤まりませんよ」
「いや、あれには色々と訳があるんじゃ」
「そりゃあ、訳ぐらいあるでしょうとも。まったく、ずうずうしくも、ここに預けて置くなんて、どういう神経してるんでしょ。あなたの頭の中を一度、見てみたいわ」
「仕方なかったんじゃ。何しろ急な事だったんで、ここしか思いつかなかった」
「辛かったわ。百日間も、あなたの若い奥さんと一緒に暮らすのは」
「すまなかった。お雪は子供たちの面倒をよく見てたじゃろう」
「そうね。初めの頃はね」
「初めの頃?」
「もう、ここにはいないの。わたしも女だったわ。あの娘の顔を見てられなくてね、追い出しちゃったのよ」
「お雪を追い出した?」
「仕方なかったのよ。わたしも我慢しようと思ったわ。でも‥‥‥できなかった」
「そうか‥‥‥もう、ここにはおらんのか‥‥‥」
「あなたには悪かったと思うわ。でも、仕方なかったのよ。わたしの気持ちも分かってよ」
「そうか‥‥‥」
風眼坊は、こんな事になるかもしれないと覚悟はしていた。しかし、松恵尼は絶対に、そんな大人気ない事はしないだろうと確信していた。ところが、松恵尼もやはり女だった。松恵尼の気持ちも分かるが、ここを追い出されたお雪は、西も東も分からない他国で放り出されて、今頃、一人で加賀に向かっているのだろうか‥‥‥風眼坊には放って置く事はできなかった。
「御免なさい。本当に、あなたには悪かったって思っているわ」
「いや‥‥‥」
「あの娘の事、心配してるのね」
「いや‥‥‥」
松恵尼は、お雪の事から播磨の太郎と楓の事に話題を変え、二人の子供たちの事を風眼坊に話していたが、風眼坊の耳には入らなかった。早く、お雪を捜さなければならない、と頭の中はお雪の事で一杯だった。
「松恵尼様」と誰かが呼んだ。
その声までも、お雪の声に似ていた。
「準備はできた?」と松恵尼は答えた。
「はい。終わりました」
「こちらにいらっしゃいな。あなたの大事な人が帰って来たわよ」
縁側から顔を出したのは、お雪だった。
お雪は風眼坊をじっと見つめていた。風眼坊を見つめるお雪の目からは涙がこぼれ落ちて来た。
「松恵尼殿。わしをかついだな」と風眼坊は言った。
松恵尼は笑った。
「お雪、わたしがあなたをここから追い出したって言ったら、風眼坊様、本気にして、今にもあなたを捜しに行こうとしてたわよ」
「松恵尼様‥‥‥」
「よかったわね」
お雪の涙はなかなか止まらなかった。涙を流しながらも笑おうとしているお雪を見ながら、風眼坊と松恵尼も何となく湿っぽくなって行った。
お雪は松恵尼に頼まれて伊勢屋に行っていた。風眼坊と早雲の百日行満願を祝う宴を張るための準備に行っていた。丁度、その時に風眼坊が花養院に来たため、松恵尼は風眼坊に対する恨みの言葉を言って、風眼坊を困らせていたのだった。
すでにもう、松恵尼はお雪の事を恨んではいなかった。お雪を自分の娘のように思うようになっていた。心の中の葛藤(カットウ)は色々とあったが、それは乗り越えていた。風眼坊に対するお雪の思いは、松恵尼にはとても真似のできないものだった。お雪のためにも松恵尼は風眼坊の事は諦めていた。もっと早く諦めるべきだった。諦めるべきだったが、諦めきれずにだらだらと続いていた。今回がいい機会だと思った。松恵尼はきっぱりと風眼坊の事は諦める事にした。
その晩、太郎と光一郎、栄意坊も呼んで、風眼坊と早雲の百日行満願と夢庵の一ケ月近くの行の終わった事を祝った。高林坊も呼びにやったが、留守でいなかった。観智坊となった蓮崇は一年間は山から下りられなかった。
お雪は窓から雪を眺めていた。
風眼坊はまだ寝ていた。
隣の部屋では早雲と夢庵も寝ているようだった。
お雪は昨日、風眼坊の息子、光一郎と会っていた。光一郎はお雪と同い年だった。
不思議な気持ちだった。光一郎の母親に対して悪い事をしているような気がしてならなかった。光一郎は父親に対して何も言わなかったが、心の中では自分の事を恨んでいるのかもしれないと思っていた。恨まれたとしても仕方なかった。仕方なかったが、もう、お雪は風眼坊から離れる事はできなかった。
百日行の疲れが出て来たのか、風眼坊はいつまで経っても起きなかった。
お雪は雪の中、花養院に向かった。風邪を引いている子供が何人かいて、その事が心配だった。
雪は昼頃、ようやく、やんだ。
お雪は子供たちと一緒に花養院の境内の雪掻きをしていた。
風眼坊、早雲、夢庵の三人が晴れ晴れとした顔をして、太郎と光一郎と共に花養院にやって来た。風眼坊は医者の姿に戻り、早雲は禅僧に戻り、夢庵も派手な着物に戻っていた。
これから太郎の隠れ家に行くと言う。お雪も一緒に行く事にした。
積もった雪と格闘しながら、ようやく着いた隠れ家は、誰もが驚く程、素晴らしいものだった。特に、夢庵は気に入って、その日から智羅天の岩屋の住人となってしまった。
その岩屋の前の広場で風眼坊と光一郎は試合を行なった。まだまだ、風眼坊の方がずっと強かった。
次に太郎は光一郎を相手に陰流の技を披露した。天狗勝の八つの技と、新しく作った二つの技を風眼坊に見てもらった。
「見違える程、強くなったのう」と風眼坊は嬉しそうに言った。
「凄いのう‥‥‥陰流か‥‥‥」と早雲は唸った。
「さすがじゃのう」と夢庵も感嘆した。
お雪もただ凄いと驚いていた。こんな凄い弟子を持っていたなんて、風眼坊という男は計り知れない人だと思った。
風眼坊と太郎は試合をしなかった。二人共、一々、立ち会わなくてもお互いの腕が分かっていた。太郎はまだまだ、師匠にはかなわないと感じていた。風眼坊の方は相打ちになるだろうと思っていた。
夕方になり、太郎は光一郎を連れて飯道山に行き、志能便の術を教え、暗くなってから戻って来た。その晩は、みんなして岩屋に泊まる事となり、焚火を囲んで語り明かした。
太郎はここの主だった智羅天の事を皆に話した。そんな事があったのか、と風眼坊も驚きながら話を聞いていた。
二十四日、志能便の術は終わった。
二十五日の晩、恒例の武術師範の宴会があり、志能便の術師範の太郎坊、志能便の術師範代の風光坊、元剣術師範の風眼坊、そして、早雲と夢庵も特別に招待された。早雲は弓術師範として、夢庵は志能便の術の師範代として参加していた。
いつものように料亭『湊(ミナト)屋』の宴会が終わると、一行は『とんぼ』に移った。
相変わらず無愛想な親爺も、さすがに風眼坊たちの顔を見ると嬉しそうに迎えた。
そして、次の日の早朝、夢庵に送られて、太郎、光一郎、風眼坊、お雪、早雲の五人は馬に乗って、播磨の国、大河内城下に向かって行った。
弥兵は観智坊(蓮崇)が山から下りて来るまで、待っていると言って付いては来なかった。
いい天気だった。
五日前に積もった雪は、もう溶けてなくなっていた。
朝日を浴びて山に積もった雪が輝いていた。
今年もあと僅かで終わりだった。
五頭の馬は朝日を浴びながら、飯道山の門前町を後にして行った。
陰の流れ《愛洲移香斎》第三部 本願寺蓮如 終
あ
青木近江守伊助 伊助、太郎の家老 1441-
赤松日向守久忠 愛洲太郎左衛門 太郎坊移香 1452-1538
赤松楓 太郎の妻 赤松政則の姉 1454-
朝倉弾正左衛門尉孝景 越前の国守護職 1428-1481
浅野右京亮 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1440-
阿曽孫八郎盛俊 幸千代の家臣
荒木兵庫佐信 伊勢浪人 1445-
安藤九郎 本願寺門徒 勝光寺門徒 1446-
い
飯篠長威斎 神道流の流祖 1387-1488
飯篠山城守 長威斎の次男 鹿島神宮道場総師範 1429-1488
石黒左近光義 福光城主
石黒孫左衛門正末 本願寺門徒 賢正坊 湯涌谷衆を率いる 1432-
市川の権左衛門 大河内城下河原者頭 1439-
一休宗純 禅僧 1394-1481
伊藤宗右衛門 本願寺門徒 伊藤道場 1442-
伊藤大和守次吉 次郎吉、太郎の家老 1439-
猪股吉兵衛 本願寺門徒 金平道場 金掘衆の頭 1430-
今川義忠 駿河の国守護 1436-1476.2
岩瀬讃岐守勝盛 金比羅坊、太郎の家老 1440-
岩田勘兵衛 大原近江守の弟子 1442-
う
内山六郎左衛門 本願寺門徒 蛭川の配下 1440-
宇津呂備前守 本願寺門徒 大杉谷川流域門徒を率いる 1439-
え
永福寺蓮真 本願寺坊主 蓮如の甥 1442-
お
大桑讃岐守 甘露寺資任の庄官 1423-1475
大沢播磨守康健 阿修羅坊、太郎の家老 1430-
太田典膳宗春 太郎の普請奉行 1434-
大場越中守 本願寺門徒 倉月衆八人衆 1442-1475
大橋勘解由左衛門高能 朝倉家武術指南役 1435-1493
大原源五郎 近江守 鹿島神宮道場師範 1433-
小川弾正忠平次 弥平次、太郎の家老 1427-
越智伯耆守 本願寺門徒 倶利伽羅道場 1445-
小野屋善兵衛 伊賀上野小野屋主人 1424-
小野屋伝兵衛 堺小野屋主人 1435-
小野屋藤兵衛 大河内庄小野屋主人 1440-
小野屋長兵衛 元奈良小野屋主人、隠居 1419-
か
甲斐八郎 元越前国守護代
狩野伊賀入道 幸千代の家臣 -1474
笠間兵衛 本願寺門徒 道善坊 手取川流域革屋衆頭 1438-
風間光一郎 太郎の弟子 風眼坊の息子 風光坊 1456-
鹿島九郎左衛門 本願寺門徒 笠間の配下 1441-1475
鏑木右衛門尉 政親の姉婿 兵衛尉の長男 1451-
鏑木兵衛尉 本願寺門徒 徳善 松任城主 1423-
河合藤左衛門 山之内衆を率いる 1431-1495
河合備前守範勝 今川義忠の弟 1439-
川上伊勢守藤吉 藤吉、太郎の廐奉行 1443-
き
北川殿 美和 義忠の妻 早雲の妹 1452-1529
鬼山左京大夫 鬼山一族の長老 1397-1478
鬼山小五郎久祐 銀山奉行 1421-1483
鬼山銀太郎 大河内城下町奉行 1443-
鬼山小太郎 生野城下町奉行 1444-1483
鬼山小次郎 金勝座の座員 1446-
鬼山きさ 太郎の妾、千太郎の母 1449-
鬼山きく 山崎五郎の妻 1450-
慶覚坊明覚 本願寺坊主 火乱坊 洲崎藤右衛門 和泉入道 1433-
慶聞坊竜玄 本願寺坊主 蓮如の弟子 多屋衆 1445-1520
く
久保三郎左衛門 山之内八人衆 1429-
窪田大炊允 本願寺門徒 安吉の配下 1434-
熊坂願生坊 本願寺門徒 荻生願成寺門徒を率いる 1429-
黒崎源五郎 本願寺門徒 橋立道場 浜方衆の頭 1434-
黒瀬藤兵衛 本願寺門徒 河崎専称寺門徒を率いる 1438-
こ
高坂四郎左衛門道乗 本願寺門徒 砂子坂道場 1444-1507
光徳寺乗誓 本願寺坊主 光徳寺住職
高林坊道継 飯道山の武術総師範 1432-
五条安次郎忠長 今川家家臣 宗長 1448-1532
小杉新八郎基久 幸千代の家臣
小杉但馬守 幸千代の北加賀守護代 1428-1474
金勝雅楽頭 助五郎、金勝座の座頭 1430-
さ
斎藤妙椿 美濃国守護代 1411-1480.5
し
篠原太郎兵衛 本願寺門徒 塩浜道場 塩浜衆の頭 1427-
柴山八郎左衛門 本願寺門徒 柴山潟衆の頭 1441-
下間玄永 本願寺坊主 蓮如の執事 1413-1497
下間乗円 本願寺坊主 蓮崇の長男 1463-
下間すぎ 本願寺門徒 蓮崇の次女 1465-
下間頼善 本願寺坊主 蓮如の執事 1435-
下間蓮崇 本願寺坊主 蓮如の執事 1435-1499
種玉庵宗祇 連歌師 1421-1502
順如光助 蓮如の長男 大津顕証寺住職 1442-1483
松恵尼 小野屋主人 花養院院主 1434-
庄四郎五郎 本願寺門徒 勝光寺門徒 1431-
定地坊巧遵 本願寺坊主 元超勝寺住職 1438-
浄徳寺慶恵 本願寺坊主 超勝寺巧遵の兄 1430-
勝如 本願寺尼僧 蓮如の叔母 二股本泉寺 1428-
新八 奈良小野屋手代 1448-
す
菅原主殿助頼国 太郎の作事奉行 1436-
杉谷孫三郎 本願寺門徒 九谷道場門徒 1455-
助六 金勝座の曲舞女 1453-
洲崎あみ 慶覚坊の長女 1460-
洲崎いさ 慶覚坊の三女、後、上泉秀綱の祖母。 1467-
洲崎ちか 慶覚坊の次女 1463-
洲崎十郎左衛門 慶覚坊の長男 1458-
洲崎つた 慶覚坊の妻 法住の末娘 1440-
せ
雪舟等楊 画僧 1420-1506
摂津摂津守政親 幕府奉公衆 1448-
摂津中務大輔 幕府奉公衆 1423-1480
泉阿弥 時宗潮津道場 1435-
専光寺慶念 本願寺坊主 専光寺住職 1442-
千田次郎左衛門 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1444-
善福寺順慶 本願寺坊主 善福寺住職 超勝寺巧遵の弟 1443-
そ
早雲 伊勢新九郎 1432-1519
曾我式部蛇足 画僧 1416-
曾我兵部墨溪 画家 蛇足の父 1392-1478
た
太一 金勝座の曲舞女 1455-
高桑六郎左衛門 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1439-
高橋新左衛門 本願寺門徒 木目谷道場 1426-
高橋五郎左衛門 本願寺門徒 新左衛門の父親 1399-1426
高橋藤五郎 本願寺門徒 新左衛門の長男 1450-1481
高橋藤九郎 本願寺門徒 新左衛門の次男 1456-
田上五郎兵衛 本願寺門徒 高橋新左衛門の配下 1439-
竹部 本願寺門徒 瑞泉寺の執事
辰巳右衛門佐 本願寺門徒 高橋新左衛門の一族 1429-
ち
忠助 伊賀上野小野屋手代 1447-
ちい 金比羅坊の娘 1461-
智春尼 雪の叔母 1439-
仲恵尼 花養院の尼僧 1424-
超勝寺蓮超 本願寺坊主 越前超勝寺住職 1474-
澄栄 白山長吏
つ
塚原土佐守 鹿島氏家老 鹿島神宮道場師範 1431-1507
槻橋近江守 北加賀守護代 1438-1488
槻橋豊前守 近江守の父親 1417-1482
槻橋豊後守 近江守の弟 鞍ケ嶽城主 1442-1488
坪坂平九郎 船岡城主 1436-
と
富樫幸千代 政親の弟 1459-
富樫政親 加賀国守護職 1455-1488
富樫泰高 政親兄弟の大叔父 1422-1505
富田九郎右衛門長家 朝倉家家臣 中条流を継ぐ 1455-1512
富沢孫三郎 孫雲、早雲の弟子 1450-
な
中川三郎右衛門 本願寺門徒 山上道場 1433-
中原摂津守範慶 今川義忠の弟 1443-
中原兵庫助 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1441-
に 西郡四郎 摂津氏の庄官 1443-
如勝 蓮如の妻 1448-1478
如祐 蓮誓の妻 勝如の姪 1445-
ぬ
額熊夜叉 幸千代の守護代 1434-
は
長谷川次郎左衛門法栄 今川家家臣。 1430-1516
春雨 女芸人 1449-
坂東四郎左衛門 本願寺門徒 九谷道場主 1430-
ひ
疋田豊次郎 富樫政親の家臣、後、本願寺門徒 1444-
蛭川新七郎 本願寺門徒 板津衆を率いる 板津道場主 1435-
ふ
風眼坊舜香 大峯山伏 太郎の師匠 医者 1432-
富嶽 大道寺太郎重時 画家 1435-
藤島定善坊 本願寺坊主 吉崎多屋衆 越前超勝寺巧遵の弟 1438-1474
藤若 金勝座の曲舞女 1457-
二曲右京進 本願寺門徒 山之内八人衆 1454-1526
平蔵 堺小野屋手代 1446-
広瀬伊賀守 山之内八人衆 1437-
伏見屋銭泡 村田珠光の弟子 1428-
へ
別所造酒祐範満 太郎の祐筆 1446-
法敬坊順誓 本願寺坊主 多屋衆 1404-1506
ほ
法実坊 本願寺坊主 法敬坊の息子 島田道場主 1431-
法住 本願寺坊主 堅田本福寺住職 慶覚坊の義父 1398-1479
法専坊空善 本願寺坊主 多屋衆 1448-
堀次郎則秀 太郎の材木奉行 1451-
本覚寺蓮光 本願寺坊主 本覚寺住職 1433-
本誓寺憲誓 本願寺坊主 本誓寺住職 -1490
ま
前波播磨守景勝 朝倉孝景の家臣 1433-
松井山城守吉次 吉次、太郎の勘定奉行 1446-
松田次郎左衛門 松田道場 後、慶覚坊に殺される 1448-1494
松村六郎左衛門 熊夜叉の家臣 1339-1474
磨羅宗湛 磨羅寺の住職、寺社奉行 1425-
み
三池惣右衛門 山之内八人衆 1434-
宮田八郎 太郎の弟子 八郎坊 1455-
妙阿 蓮崇の妻 1443-
む
夢庵肖柏 連歌師 茶人 1443-1527
村田珠光 茶人 1423-1502
も
本折越前守 富樫政親の重臣 1431-1488
諸江丹後守 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1441-
や
安吉源左衛門 本願寺門徒 周光坊 手取川流域河原者の頭 1430-
安吉駒 源左衛門の妻 山川三河守の妹 1437-
弥兵 本願寺門徒 蓮崇の下男 1429-
山川近江守 三河守の父親 1408-1469
山川三河守 南加賀守護代 1430-
山崎五郎 太郎の弟子 探真坊 1455-
山中才四郎 才雲 早雲の弟子 1451-
山本若狭守 本願寺門徒 倉月庄十人衆の頭 1439-1506
ゆ
雪 政親の側室 笛の名手 医師としての風眼坊の弟子 1456-
湯涌次郎左衛門 本願寺門徒 行法坊 湯涌谷衆 1435-
よ
吉岡孫兵衛 山之内八人衆 1433-
吉谷三九郎 山之内八人衆 1435-
義助 小野屋奈美の使用人 1412-
り
倫勧坊澄胤 古市播磨 興福寺衆徒 1452-1508
れ
蓮綱兼祐 蓮如の三男 松岡寺住職 1450-1531
蓮乗兼鎮 蓮如の次男 本泉寺、瑞泉寺住職 1446-1504
蓮誓康兼 蓮如の四男 光教寺住職 1455-1521
蓮如兼寿 本願寺法主 1415-1499
わ
若松掃部助 烏丸親長の庄官 1429-
和気六郎左衛門 中川の配下 1438-1475
和田五郎長光坊 本願寺坊主 多屋衆 本覚寺蓮光の弟 1433-
青木近江守伊助 伊助、太郎の家老 1441-
赤松日向守久忠 愛洲太郎左衛門 太郎坊移香 1452-1538
赤松楓 太郎の妻 赤松政則の姉 1454-
朝倉弾正左衛門尉孝景 越前の国守護職 1428-1481
浅野右京亮 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1440-
阿曽孫八郎盛俊 幸千代の家臣
荒木兵庫佐信 伊勢浪人 1445-
安藤九郎 本願寺門徒 勝光寺門徒 1446-
い
飯篠長威斎 神道流の流祖 1387-1488
飯篠山城守 長威斎の次男 鹿島神宮道場総師範 1429-1488
石黒左近光義 福光城主
石黒孫左衛門正末 本願寺門徒 賢正坊 湯涌谷衆を率いる 1432-
市川の権左衛門 大河内城下河原者頭 1439-
一休宗純 禅僧 1394-1481
伊藤宗右衛門 本願寺門徒 伊藤道場 1442-
伊藤大和守次吉 次郎吉、太郎の家老 1439-
猪股吉兵衛 本願寺門徒 金平道場 金掘衆の頭 1430-
今川義忠 駿河の国守護 1436-1476.2
岩瀬讃岐守勝盛 金比羅坊、太郎の家老 1440-
岩田勘兵衛 大原近江守の弟子 1442-
う
内山六郎左衛門 本願寺門徒 蛭川の配下 1440-
宇津呂備前守 本願寺門徒 大杉谷川流域門徒を率いる 1439-
え
永福寺蓮真 本願寺坊主 蓮如の甥 1442-
お
大桑讃岐守 甘露寺資任の庄官 1423-1475
大沢播磨守康健 阿修羅坊、太郎の家老 1430-
太田典膳宗春 太郎の普請奉行 1434-
大場越中守 本願寺門徒 倉月衆八人衆 1442-1475
大橋勘解由左衛門高能 朝倉家武術指南役 1435-1493
大原源五郎 近江守 鹿島神宮道場師範 1433-
小川弾正忠平次 弥平次、太郎の家老 1427-
越智伯耆守 本願寺門徒 倶利伽羅道場 1445-
小野屋善兵衛 伊賀上野小野屋主人 1424-
小野屋伝兵衛 堺小野屋主人 1435-
小野屋藤兵衛 大河内庄小野屋主人 1440-
小野屋長兵衛 元奈良小野屋主人、隠居 1419-
か
甲斐八郎 元越前国守護代
狩野伊賀入道 幸千代の家臣 -1474
笠間兵衛 本願寺門徒 道善坊 手取川流域革屋衆頭 1438-
風間光一郎 太郎の弟子 風眼坊の息子 風光坊 1456-
鹿島九郎左衛門 本願寺門徒 笠間の配下 1441-1475
鏑木右衛門尉 政親の姉婿 兵衛尉の長男 1451-
鏑木兵衛尉 本願寺門徒 徳善 松任城主 1423-
河合藤左衛門 山之内衆を率いる 1431-1495
河合備前守範勝 今川義忠の弟 1439-
川上伊勢守藤吉 藤吉、太郎の廐奉行 1443-
き
北川殿 美和 義忠の妻 早雲の妹 1452-1529
鬼山左京大夫 鬼山一族の長老 1397-1478
鬼山小五郎久祐 銀山奉行 1421-1483
鬼山銀太郎 大河内城下町奉行 1443-
鬼山小太郎 生野城下町奉行 1444-1483
鬼山小次郎 金勝座の座員 1446-
鬼山きさ 太郎の妾、千太郎の母 1449-
鬼山きく 山崎五郎の妻 1450-
慶覚坊明覚 本願寺坊主 火乱坊 洲崎藤右衛門 和泉入道 1433-
慶聞坊竜玄 本願寺坊主 蓮如の弟子 多屋衆 1445-1520
く
久保三郎左衛門 山之内八人衆 1429-
窪田大炊允 本願寺門徒 安吉の配下 1434-
熊坂願生坊 本願寺門徒 荻生願成寺門徒を率いる 1429-
黒崎源五郎 本願寺門徒 橋立道場 浜方衆の頭 1434-
黒瀬藤兵衛 本願寺門徒 河崎専称寺門徒を率いる 1438-
こ
高坂四郎左衛門道乗 本願寺門徒 砂子坂道場 1444-1507
光徳寺乗誓 本願寺坊主 光徳寺住職
高林坊道継 飯道山の武術総師範 1432-
五条安次郎忠長 今川家家臣 宗長 1448-1532
小杉新八郎基久 幸千代の家臣
小杉但馬守 幸千代の北加賀守護代 1428-1474
金勝雅楽頭 助五郎、金勝座の座頭 1430-
さ
斎藤妙椿 美濃国守護代 1411-1480.5
し
篠原太郎兵衛 本願寺門徒 塩浜道場 塩浜衆の頭 1427-
柴山八郎左衛門 本願寺門徒 柴山潟衆の頭 1441-
下間玄永 本願寺坊主 蓮如の執事 1413-1497
下間乗円 本願寺坊主 蓮崇の長男 1463-
下間すぎ 本願寺門徒 蓮崇の次女 1465-
下間頼善 本願寺坊主 蓮如の執事 1435-
下間蓮崇 本願寺坊主 蓮如の執事 1435-1499
種玉庵宗祇 連歌師 1421-1502
順如光助 蓮如の長男 大津顕証寺住職 1442-1483
松恵尼 小野屋主人 花養院院主 1434-
庄四郎五郎 本願寺門徒 勝光寺門徒 1431-
定地坊巧遵 本願寺坊主 元超勝寺住職 1438-
浄徳寺慶恵 本願寺坊主 超勝寺巧遵の兄 1430-
勝如 本願寺尼僧 蓮如の叔母 二股本泉寺 1428-
新八 奈良小野屋手代 1448-
す
菅原主殿助頼国 太郎の作事奉行 1436-
杉谷孫三郎 本願寺門徒 九谷道場門徒 1455-
助六 金勝座の曲舞女 1453-
洲崎あみ 慶覚坊の長女 1460-
洲崎いさ 慶覚坊の三女、後、上泉秀綱の祖母。 1467-
洲崎ちか 慶覚坊の次女 1463-
洲崎十郎左衛門 慶覚坊の長男 1458-
洲崎つた 慶覚坊の妻 法住の末娘 1440-
せ
雪舟等楊 画僧 1420-1506
摂津摂津守政親 幕府奉公衆 1448-
摂津中務大輔 幕府奉公衆 1423-1480
泉阿弥 時宗潮津道場 1435-
専光寺慶念 本願寺坊主 専光寺住職 1442-
千田次郎左衛門 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1444-
善福寺順慶 本願寺坊主 善福寺住職 超勝寺巧遵の弟 1443-
そ
早雲 伊勢新九郎 1432-1519
曾我式部蛇足 画僧 1416-
曾我兵部墨溪 画家 蛇足の父 1392-1478
た
太一 金勝座の曲舞女 1455-
高桑六郎左衛門 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1439-
高橋新左衛門 本願寺門徒 木目谷道場 1426-
高橋五郎左衛門 本願寺門徒 新左衛門の父親 1399-1426
高橋藤五郎 本願寺門徒 新左衛門の長男 1450-1481
高橋藤九郎 本願寺門徒 新左衛門の次男 1456-
田上五郎兵衛 本願寺門徒 高橋新左衛門の配下 1439-
竹部 本願寺門徒 瑞泉寺の執事
辰巳右衛門佐 本願寺門徒 高橋新左衛門の一族 1429-
ち
忠助 伊賀上野小野屋手代 1447-
ちい 金比羅坊の娘 1461-
智春尼 雪の叔母 1439-
仲恵尼 花養院の尼僧 1424-
超勝寺蓮超 本願寺坊主 越前超勝寺住職 1474-
澄栄 白山長吏
つ
塚原土佐守 鹿島氏家老 鹿島神宮道場師範 1431-1507
槻橋近江守 北加賀守護代 1438-1488
槻橋豊前守 近江守の父親 1417-1482
槻橋豊後守 近江守の弟 鞍ケ嶽城主 1442-1488
坪坂平九郎 船岡城主 1436-
と
富樫幸千代 政親の弟 1459-
富樫政親 加賀国守護職 1455-1488
富樫泰高 政親兄弟の大叔父 1422-1505
富田九郎右衛門長家 朝倉家家臣 中条流を継ぐ 1455-1512
富沢孫三郎 孫雲、早雲の弟子 1450-
な
中川三郎右衛門 本願寺門徒 山上道場 1433-
中原摂津守範慶 今川義忠の弟 1443-
中原兵庫助 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1441-
に 西郡四郎 摂津氏の庄官 1443-
如勝 蓮如の妻 1448-1478
如祐 蓮誓の妻 勝如の姪 1445-
ぬ
額熊夜叉 幸千代の守護代 1434-
は
長谷川次郎左衛門法栄 今川家家臣。 1430-1516
春雨 女芸人 1449-
坂東四郎左衛門 本願寺門徒 九谷道場主 1430-
ひ
疋田豊次郎 富樫政親の家臣、後、本願寺門徒 1444-
蛭川新七郎 本願寺門徒 板津衆を率いる 板津道場主 1435-
ふ
風眼坊舜香 大峯山伏 太郎の師匠 医者 1432-
富嶽 大道寺太郎重時 画家 1435-
藤島定善坊 本願寺坊主 吉崎多屋衆 越前超勝寺巧遵の弟 1438-1474
藤若 金勝座の曲舞女 1457-
二曲右京進 本願寺門徒 山之内八人衆 1454-1526
平蔵 堺小野屋手代 1446-
広瀬伊賀守 山之内八人衆 1437-
伏見屋銭泡 村田珠光の弟子 1428-
へ
別所造酒祐範満 太郎の祐筆 1446-
法敬坊順誓 本願寺坊主 多屋衆 1404-1506
ほ
法実坊 本願寺坊主 法敬坊の息子 島田道場主 1431-
法住 本願寺坊主 堅田本福寺住職 慶覚坊の義父 1398-1479
法専坊空善 本願寺坊主 多屋衆 1448-
堀次郎則秀 太郎の材木奉行 1451-
本覚寺蓮光 本願寺坊主 本覚寺住職 1433-
本誓寺憲誓 本願寺坊主 本誓寺住職 -1490
ま
前波播磨守景勝 朝倉孝景の家臣 1433-
松井山城守吉次 吉次、太郎の勘定奉行 1446-
松田次郎左衛門 松田道場 後、慶覚坊に殺される 1448-1494
松村六郎左衛門 熊夜叉の家臣 1339-1474
磨羅宗湛 磨羅寺の住職、寺社奉行 1425-
み
三池惣右衛門 山之内八人衆 1434-
宮田八郎 太郎の弟子 八郎坊 1455-
妙阿 蓮崇の妻 1443-
む
夢庵肖柏 連歌師 茶人 1443-1527
村田珠光 茶人 1423-1502
も
本折越前守 富樫政親の重臣 1431-1488
諸江丹後守 本願寺門徒 倉月庄八人衆 1441-
や
安吉源左衛門 本願寺門徒 周光坊 手取川流域河原者の頭 1430-
安吉駒 源左衛門の妻 山川三河守の妹 1437-
弥兵 本願寺門徒 蓮崇の下男 1429-
山川近江守 三河守の父親 1408-1469
山川三河守 南加賀守護代 1430-
山崎五郎 太郎の弟子 探真坊 1455-
山中才四郎 才雲 早雲の弟子 1451-
山本若狭守 本願寺門徒 倉月庄十人衆の頭 1439-1506
ゆ
雪 政親の側室 笛の名手 医師としての風眼坊の弟子 1456-
湯涌次郎左衛門 本願寺門徒 行法坊 湯涌谷衆 1435-
よ
吉岡孫兵衛 山之内八人衆 1433-
吉谷三九郎 山之内八人衆 1435-
義助 小野屋奈美の使用人 1412-
り
倫勧坊澄胤 古市播磨 興福寺衆徒 1452-1508
れ
蓮綱兼祐 蓮如の三男 松岡寺住職 1450-1531
蓮乗兼鎮 蓮如の次男 本泉寺、瑞泉寺住職 1446-1504
蓮誓康兼 蓮如の四男 光教寺住職 1455-1521
蓮如兼寿 本願寺法主 1415-1499
わ
若松掃部助 烏丸親長の庄官 1429-
和気六郎左衛門 中川の配下 1438-1475
和田五郎長光坊 本願寺坊主 多屋衆 本覚寺蓮光の弟 1433-
第四部 早雲登場
1.駿府1
1
年が明けた。
文明八年(一四七六年)元旦の初日が昇り始めていた。
駿河(スルガ)の国(静岡県中東部)、石脇の早雲庵(ソウウンアン)では賑やかに新年を迎えていた。
毎年、年末になると、どこからか集まって来る、いつもの顔触れが揃っていた。ただ、今年はここの主(アルジ)である早雲の顔がなかった。
早雲は去年の七月、一人娘を嫁に出すため京に向かったまま、まだ帰って来なかった。その時、絵画きの富嶽(フガク)も一緒に京まで行ったが、富嶽の方は九月には戻って来ている。
富嶽にも家族があった。山城(ヤマシロ)の国(京都府南東部)宇治の山の中に家族は住んでいた。妻と二人の子供がいたが、戦(イクサ)に行くと言って出たきり、十年近く帰っていなかった。
もう戦死したと思っている事だろう。もう二度と帰るまい‥‥‥
そう思っていた。しかし、早雲が娘を嫁にやるために京に行くと聞いて、富嶽も家族に会いたくなってきた。今更、顔を出せるとは思っていないが、気になるなら一目、遠くからでも見て来た方がいいと早雲が勧めるので、決心をして一緒に行く事となった。
家族は慎ましく暮らしていた。そして、富嶽の帰りをずっと待っていてくれた。
富嶽は知らなかったが、富嶽が京で戦をしていた頃、次男が生まれていた。その子もすでに九歳になり、まだ見た事もない父親を待っていた。富嶽は妻にすまないと謝り、今、駿河にいる事を告げ、もう二、三年待ってくれ。そうしたら、お前たちを呼びに来ると言って別れて来た。富嶽は後二、三年で、何とか絵をものにして、家族を呼ぼうと決心した。
早雲庵に戻って来るなり、今まで以上に富嶽は絵に没頭した。富嶽の絵は家族と再会してから少しづつ変わって行った。今までぼやけていた何かが、少しづつ分かりかけて来たような気がしていた。まだ、確かな手応えはないが、自分らしい絵が描けるようになって行った。そして、去年は暮れた。
年末年始と主のいない早雲庵だったが、そんな事に関係なく、早雲庵を我家のごとく思っている連中たちが酒を飲み、騒ぎながら新しい年を迎えていた。
「とうとう、年が明けちゃったわね」と春雨(ハルサメ)が淋しそうな顔をして呟(ツブヤ)いた。
「帰って来なかったのう」と富嶽がお椀の中の酒を眺めながら言った。
「もう、帰って来ないかも知れんな」と荒木兵庫助が春雨をチラッと見た。
「いいえ、絶対、帰って来るわよ」春雨は強い口調で言った。
「姉さんの気持ちは分かるが、わしも戻って来ないような気がするわ」多米権兵衛(タメゴンベエ)が口をモグモグさせながら言った。
「どうしてです?」と早雲の弟子の一人、孫雲(ソンウン)が聞いた。
「早雲殿はな、今でこそ頭を丸めて、早雲などと称しておるが、実は幕府のお偉いさんなんじゃ。娘さんの祝言に出て、懐かしい顔と出会い、また、幕府に仕える事になったのかも知れんわ」と荒木兵庫助が説明した。
荒木兵庫助は伊勢の国の浪人で、早雲がここに庵を建てる前に、小河(コガワ)の長者、長谷川次郎左衛門尉(ジロウザエモンノジョウ)の屋敷で早雲と出会った。何となく早雲が気に入って行動を共にし、早雲がこの地に庵を建てる時、一緒に庵を作ったのだった。多米に早雲の事を話し、駿河に行くなら訪ねてみろと言ったのも荒木だった。早雲庵が完成すると、しばらくして、荒木は旅に出て行方が分からなかったが、去年の末、多米と一緒に戻って来ていた。
多米の方は去年の正月、春雨を口説いて振られ、もう二度とこんな所に来るか、と旅に出た。京まで行き、しばらく、ブラブラしていたが面白くもなく、いっその事、関東の方が面白いかも知れないと東に向かう途中、尾張(オワリ)の国(愛知県西部)、熱田の盛り場で、偶然に荒木と出会った。そして、荒木と一緒に一旗挙げようと関東に向かった。丁度、年の暮で、新年くらいは屋根の下で迎えようと早雲庵にやって来たのだった。
春雨の顔を見るのが何となく気まずい多米だったが、春雨の方は以前の事など、すっかり忘れたかのように二人を歓迎した。多米も荒木も久し振りに我家に帰って来たかのように早雲庵で新年を迎えていた。
「それはないじゃろう」と富嶽は手を振った。「早雲殿は二度と武士には戻るまい」
「そうよ、富嶽さんの言う通り、早雲様は帰って来るわ」
「帰って来たとしても、早雲殿が坊主じゃ、姉さんもどうする事もできんな。返って、早雲殿が武士に戻ってくれた方が、姉さんにとってもいいんじゃないのか」と多米が春雨の横顔を見つめた。
「帰って来てくれたら、それでいいのよ」春雨は小声で言った。
「なあ、お師匠が帰って来なかったらどうする」と才雲(サイウン)は隣にいる孫雲に聞いた。
「帰って来なかったら、俺たちも京に行くしかないだろう」
「京か‥‥‥京ではまだ、戦をしてるんじゃないのか」
「戦なんか、どこだってしてるさ」
「うん。お師匠がいないのに、ここにいてもしょうがないしな」
「ねえ、あんたたち、京に行くなら、あたしも一緒に行くわ」
「おいおい、おまえたち、まだ、帰って来ないと決まったわけではないぞ」と富嶽は言うと酒を飲み干した。
早雲の弟子、才雲と孫雲の二人は常陸(ヒタチ)の国(茨城県北東部)、鹿島にて武術修行に励んでいたが、一年半近くの修行を終えて、去年の八月に戻って来ていた。二人共、見違える程、逞(タクマ)しくなっていた。
師匠早雲に自分たちの強さを披露しようと勇んで帰って来たのに、生憎(アイニク)、早雲は留守で、富嶽も多米もいなかった。いたのは春雨という年増(トシマ)の女だった。どうして、こんな女がここにいるのか不思議だったが、春雨から訳を聞いて納得し、二人は春雨の用心棒という形で早雲庵を守っていた。
「わしも連れて行って下さい」と言ったのは、片隅にいる大男の山伏だった。
荒川坊という名の遠江(トオトウミ)の国(静岡県西部)、秋葉山の山伏だった。秋葉山で騒ぎを起こして山を追われ、行くべき所もなく、去年の九月に早雲を訪ねて来て、それ以来、早雲の帰りを待って、ここに居着いていた。
荒川坊が早雲と出会ったのは二年程前、たったの一度だけだった。早雲が秋葉山に行った時、荒川坊は山の中で数人の山伏を相手に喧嘩をしていた。早雲は面白そうだと見物をした。荒川坊は見るからに力持ちで、昔、義経の家来だった武蔵坊弁慶のようだった。五、六人で掛かって行っても、簡単に叩きのめされてしまうだろうと思ったが、予想に反して荒川坊は弱かった。荒川坊はほとんど手を出さずに、めった打ちにされた。敵がいなくなった後、早雲は近づいて、血だらけになって転がっている荒川坊に声を掛けた。荒川坊は早雲の方をチラッと見たが、何も言わず、空を見上げていた。
「死ぬ事はあるまい」と言うと早雲は荒川坊の側から離れ、本堂の方に向かった。
参拝を済ませて帰る時、早雲は石の上に座っている荒川坊と会った。傷だらけのまま、ぼうっとして山の下を見下ろしていた。大きな体を小さく丸めて、しょんぼりとしている。
早雲はまた、声を掛けた。
荒川坊は早雲を見た。
「おぬし、面白い奴じゃのう。縁があったら、また会おう。わしの名は早雲じゃ。駿河に来るような事があったら、石脇の早雲庵に来るがいい」と言って、早雲は山を下りた。
たった、それだけの出会いだったが、荒川坊は石脇の早雲庵というのを覚えていた。
荒川坊は図体ばかりでかくて何の役にも立たない、のろまな奴だと、いつも山伏仲間から馬鹿にされていた。馬鹿にされても、めったに怒らないというので、益々、荒川坊はいじめられた。しかし、母親の悪口を言われた荒川坊は、ついに堪忍(カンニン)袋の緒が切れて、自分をいじめる山伏たちを次々に投げ飛ばしてしまった。頭に血が上り、かっとなって無我夢中だった。我に返ると、血だらけになっている山伏たちが、あちこちで呻き声を上げていた。中には頭から血を流して死んでいる者もいるようだった。荒川坊は恐ろしくなって、そのまま山を下りた。
山を下りても行く場所はどこにもなかった。父親はすでに亡く、母親は生きてはいたが再婚していた。自分が邪魔だと言って、秋葉山の山伏に預けたような母親のもとには帰れなかった。
天竜川まで下りると荒川坊は途方に暮れた。もう、どうにでもなれと河原に寝そべって空を見上げた、その時、ふと、早雲の顔が浮かんだ。一度、会っただけだったが、早雲という僧は自分を人並みに扱ってくれた。駿河に来るようなら訪ねて来いと言った。荒川坊は迷わず早雲を訪ねる事にした。石脇というのが駿河のどこにあるのか、まったく分からなかったが、荒川坊は駿河石脇の早雲庵を目指して行った。
早雲庵は以外に近かった。大井川を渡って小河津まで来て、人足に聞いたら、すぐに分かった。荒川坊が来た時、早雲はいなかった。春雨と孫雲、才雲の三人がいた。荒川坊は、早雲が帰って来るまで待たせてもらう事にした。ところが、早雲はいつになっても帰らず、一月が経ち、二月が経ったが、誰に気兼ねする事もなく居心地のいい早雲庵に居着いてしまっていた。
「あーあ」と春雨は溜息をついて酒を飲み干した。
春雨がここに住み着いてから一年が過ぎていた。実質的に早雲庵の主と言えた。早雲や富嶽がいなくても春雨は必ずいて、毎日のように訪ねて来る旅人や近所の者たちの接待をしていた。毎日毎日が楽しかった。しかし、早雲が京に行ったまま、半年も経つというのに戻って来ないのは淋しいものがあった。昼間は訪ねて来るお客たちとワイワイ話していれば気は紛れるが、夜になって独りになると心細くて泣きたくなるように落ち込んだ。
早雲に娘がいたなんて驚きだった。娘がいるという事は奥さんもいるに違いなかった。出家する前は武士だったらしいので、子供や奥さんがいても当然だが、久し振りに家族のもとに帰って、また、武士に戻ってしまったのかもしれない。そして、将軍様の側近くに仕えているのかもしれない。もう二度と、ここには帰って来ないのかもしれない、と考えたくないような事ばかり頭に浮かんで来ていた。年末には必ず帰って来るだろうと思っていたのに、とうとう帰って来なかった。もう二度と早雲に会えないのではないか、と嫌な予感がしていた。
「桜の咲く頃には、きっと帰って来るさ」と富嶽が春雨を慰めた。
春雨は富嶽に向かって笑いかけた。が、半ば諦めているような笑いだった。
富嶽は相変わらず、飽きもせず富士山を描き続けていた。富嶽の絵はこの頃、急に上達したようだった。春雨は絵の事はあまりよく分からなかったが、一年前の絵に比べると、何となく、富嶽の描く富士山に神々しさだけではなく、暖かさが感じられるようになったと感じていた。
今年の新年をここで迎えているのは、富嶽、荒木、多米、孫雲、才雲、春雨、荒川坊の常連たちの他に、毎年、年末になると訪ねて来る越後の老山伏、円福坊と大和の鋳物師(イモジ)の万吉の二人、仲間から早雲の噂を聞いて訪ねて来たという琵琶法師と刀の鍔(ツバ)を作る職人がいた。主が留守でも、狭い早雲庵に十一人もの一風変わった連中が集まって、賑やかに新年を迎えていた。
「早雲様は京に行ったまま帰って来ないし、銭泡(ゼンポウ)さんも関東に行ったまま帰って来ないし、一体、何をしてるのかしらねえ」と春雨はこぼした。
「早雲殿は立派な御屋敷で、綺麗所(キレイドコロ)に囲まれて、贅沢に新年を迎えておるさ」と荒木は言った。
「銭泡殿の方は多分、乞食坊主をやってるんだろうな」と多米は言った。
「今頃、震えながら野宿してるのかのう」と富嶽が言った。
「戦に巻き込まれて、怪我でもしてたら大変ね」
「大丈夫じゃ。あれでなかなか、しぶといお人じゃからな」
「でも、勿体ないわね。お茶を教えれば、何も乞食なんてしなくもいいのに」
「そこが、あの人のいい所じゃ。あれこそ、本物の佗(ワ)び茶というものじゃろうのう」
去年の正月、早雲と一緒に今川家の武将たちに茶の湯の指導をして回っていた伏見屋銭泡は、早雲が京に旅立った後、半年程、滞在した早雲庵を後にして、箱根を越えて関東の地へと旅立って行った。年末には戻って来ると言って出て行ったが、早雲と同じく、帰っては来なかった。
多米と荒木は熱田の遊女の話に熱中していた。
才雲と孫雲は、去年、鹿島の大原源五郎の屋敷で迎えた正月を思い出して、あれこれ言っていた。
越後の山伏と富嶽は関東での戦の話をしている。
鋳物師と鍔作りの職人は駿府の市の事を話している。
荒川坊と琵琶法師は一言も喋らず、酒をちびちびやっている。
春雨は溜息をつきながら酒を飲んでいる。
囲炉裏の火を囲んで、それぞれが、それぞれの思いで新年を迎えていた。
小雪が舞っている。
播磨(ハリマ)の国(兵庫県南西部)、大河内城下は雪でおおわれていた。
年末年始を太郎の屋敷で、のんびりと過ごした早雲、風眼坊(フウガンボウ)、お雪の三人が駿河に向けて旅立ったのは正月の十日の事だった。七日には、太郎たちと一緒に赤松家のお屋形、兵部少輔(ヒョウブショウユウ)政則の置塩(オキシオ)城下に行き、かつての京都のように賑やかに栄えている都で四日間、贅沢に過ごした。
お雪は、初めて見る都というものに感激していた。加賀の国の軽海(カルミ)や越前の国の吉崎も都には違いないが、規模が全然違った。大通りには驚く程、色々な人が行き交い、性海寺(ショウカイジ)の参道では毎日、市が立っているかのように店が並び、見た事もない珍しい物が色々と売られていた。夢前(ユメサキ)川の河原には各地から来た芸人たちが様々な芸を見せていた。置塩城下には太郎の屋敷はまだないので、木賃宿『浦浪(ウラナミ)』に泊まったが、毎日、小野屋から豪勢な料理が届けられ、四日間を思う存分に楽しんだ。
太郎と岩瀬讃岐守(サヌキノカミ、金比羅坊)たちに見送られて三人は置塩城下を後にし、小野屋の船で飾磨津(シカマツ)に出て、さらに大型の船に乗り換え、和泉(イズミ)の国(大阪府南部)の堺(サカイ)まで行った。
堺の町も賑やかだった。ここは城下町とは違い、商人たちの町だった。自由な空気が溢れ、活気に満ちていた。湊(ミナト)には琉球(リュウキュウ、沖縄)から来たという変わった形の船が泊まり、賑やかな市場では、早雲や風眼坊にとっても見た事もない珍しい物が並んでいた。それらの品々を見ながら、風眼坊は松恵尼(ショウケイニ)が前に言った事を思い出していた。
松恵尼は、海外に船を出して取り引きをしようと思っていると言っていた。その話を聞いた時には夢物語だと思っていたが、この町にいると、確かに、そういう時代がもうすぐやって来るという感じがひしひしと感じられた。
堺からは陸路で南都奈良、伊賀上野を通り、伊勢安濃津(アノウツ、津市)へと向かった。堺にも伊賀上野にも安濃津にも小野屋の出店があって、三人は何不自由なく、豪勢な旅を楽しんでいた。
安濃津からは小野屋の船に乗って一気に駿河小河津まで行く予定だったが、海が荒れていて、何日も待たなければ船が出ないというので、船で熱田まで行き、後は歩く事にした。
三河(ミカワ)の国(愛知県中東部)岡崎から、吉田(豊橋市)に向かう途中で、三人は一人の孤児を拾った。
寅之助(トラノスケ)という名の八歳になる男の子で、汚い格好をして三人の後を付いて来た。風眼坊は何度も追い払ったが、その子はいつまでも付いて来た。お雪が見兼ねて話を聞くと、腹が減っていると言う。そして、お雪が母親に似ていたので付いて来たと言う。戦で両親を亡くして独りぼっちで行く所もないというので、早雲は一緒に連れて行く事にした。早雲庵に置いておけば、食う事だけは困らないし、暇人が多いから誰かが面倒を見てくれるだろうと思った。
寅之助は、お雪が母親に似ていると言ったが嘘だった。寅之助は実の母親の顔を知らなかった。寅之助は母親の兄夫婦に育てられた。父親だと思っていた母親の兄が戦死すると生活が苦しくなり、寅之助は兄嫁に邪魔者扱いされ、お前はうちの子じゃないと知らされた。寅之助には信じられなかったが、お前の本当の母親は岡崎にいるはずだ、と言われた。寅之助は母親を捜すために、家を飛び出して岡崎に向かった。しかし、母親の名前も分からず、顔も分からず、捜す事などできるはずもなかった。一ケ月近く、岡崎の町をウロウロしていた寅之助はお雪の姿を見た。綺麗な人だと思った。あんな人が母親ならいいと思って、ついフラフラと後を追った。初めは気づかれなかったが、その内、風眼坊に見つかり、追い立てられた。それでも寅之助は後を付けた。そして、とうとう一緒に行く事となったのだった。
吉田を通り、遠江の国、引馬(ヒクマ、浜松市)に出て、天竜川の渡しを渡った。見付(ミツケ、磐田市)、堀越(袋井市)、掛川と通り大井川を渡ると、ようやく、駿河の国だった。大井川から早雲庵までは五里程の距離で、すぐだった。一行が早雲庵にたどり着いたのは正月の二十一日だった。さすがに、駿河の国は暖かかった。
早雲庵は小高い丘の上に建っている。
「なかなか、いい所に住んでおるのう」と風眼坊は早雲庵を眺めながら言った。
早雲は怪訝(ケゲン)そうな顔をして、早雲庵を見ていた。
「どうかしたのか」
「いや、半年も留守にしておると、世の中変わるもんじゃと思ってのう」
「何か、変わったのか」
「ああ、以前は二軒しかなかったが、いつの間にか三軒になって、しかも門まである」
西側に『早雲庵』と書かれた門が立っていた。そして、門をくぐった左側に、早雲庵と同じ作りの新しい庵が建てられてあった。正面に以前からある早雲庵があり、その右奥に、ちょっと小さな春雨庵がある。庵の縁側では、いつものように旅人や近所の者たちが、のんきそうに話をしていた。
早雲の顔を見ると皆、一斉に顔をほころばせて、『和尚さん』と呼び、『お帰りなさい』と迎えた。
その声を聞いて、慌てて飛び出して来た坊主が二人いた。孫雲と才雲の二人であった。二人は『お師匠』と叫ぶと、早雲の前にひざまずいて早雲を見上げ、「お帰りなさいませ」と言った。
「ああ、お前ら、帰って来ておったのか」と早雲は二人を見ながら笑った。
「ほう、おぬしにも弟子がおったのか」と風眼坊は笑った。
「鹿島で修行させたんじゃ」
「ほう、神道流(シントウリュウ)か」
「そうじゃ。鹿島に大原の奴がおってのう」
「大原?」
「覚えておらんか。わしが飯道山にいた頃、一緒じゃった甲賀の郷士の伜じゃ。大原源五郎っていうんじゃが覚えておらんか」
「大原源五郎‥‥‥さあのう」
「まあ、顔を見れば思い出すじゃろ。そいつの所に預けたんじゃ。どうだ、少しは強くなったか」
「はい」と二人は頷いた。
「うむ、二人共、面(ツラ)構えは立派になったようじゃのう。さっそくじゃがのう、こいつを風呂に入れてやってくれ、臭くてかなわん」
早雲は寅之助を二人の弟子に預けた。そして、早雲庵に集まっている懐かしい顔に、一言づつ声を掛けた。最後に、図体のでかい山伏がいた。その山伏は早雲をじっと見つめていて、早雲と目が会うと深く頭を下げた。
「おぬしは、確か、秋葉山にいた‥‥‥」
「はい。荒川坊と申します。お世話になっております」
「そうか。まあ、ゆっくりしていってくれ」
「はい、よろしくお願いします」
早雲は風眼坊とお雪を庵の中に案内した。みんな、ぞろぞろと早雲の後を付いて来た。皆、旅の話を聞きたがっていた。早雲、風眼坊、お雪の三人は皆に話して聞かせた。
富嶽はいなかった。五日前に旅に出たという。春雨もいなかった。北川殿に呼ばれて、駿府に行ったという。春雨の供として、多米と荒木の二人も一緒に行っていた。
夕方になって、集まっていた者たちも帰り、やっと静かになった。
「面白そうな所じゃな」と風眼坊は言った。
「いつも、あんなに色んな人たちが来るんですか」とお雪は聞いた。
「ああ、暇な奴らが毎日、遊びに来るわ」
「おぬし、この辺りでは有名らしいのう」
「駿府のお屋形様の所にも行ったりするからのう。色々と噂をしておるらしい。何を言われようと、わしは気にせんがの。気楽にやっておるわ」
春雨たちが戻って来た。
早雲の姿を見ると春雨は茫然(ボウゼン)と立ち尽くし、ただ、じっと早雲を見つめていた。あまりに突然だったので、春雨は何と言ったらいいのか、声がなかなか出て来なかった。
「留守番、御苦労さん」と早雲は気軽に声を掛けた。
「‥‥‥まったく、いつまでも帰って来ないんだから」と春雨は目をこすった。
「早雲殿、お久し振りです」と言ったのは荒木兵庫助だった。
「おう、おぬしもおったか。相変わらず、浪人のようじゃな」
「わしも相変わらずです」と多米権兵衛も言って笑った。
「おぬしも戻って来たか‥‥‥成程のう。ここの住人が増えたんで、新しく庵を作ったというわけじゃな」
「はい。丁度、力持ちが一人おりますからね」
「銭泡殿はどうした」
「早雲様が旅立った後、関東の方に向かったまま、まだ帰って来ません」と春雨が言った。
「そうか、銭泡殿もどこかに行ったか‥‥‥北川殿の所に行っていたとか聞いたが」
「はい。美鈴(ミスズ)様に踊りを教える事になりました」
「そうか、踊りを教えておるのか‥‥‥皆、元気でおられるかな」
「はい。皆さん、お元気です。お屋形様は明日、遠江に出陣するそうです」
「明日、出陣?」
「はい。何でも、遠江の国人(コクジン)が寝返って、敵になってしまったので、退治に行くんだそうです」
「そうか、お屋形様も正月そうそう忙しい事じゃな」
早雲は、風眼坊とお雪夫婦と寅之助を皆に紹介した。早雲は風眼坊の事を風眼坊舜香(シュンコウ)とは紹介しなかった。医者の風間小太郎と紹介した。風眼坊自身、駿河では医者の風間小太郎で通そうと思っていた。
早雲が帰って来たという事はすぐに噂になった。近所の農民や漁師たちが、早雲にただ、「お帰りなさい」と言うだけのために、手土産を持って訪ねて来た。
野菜やら、魚やらが、あっという間に山のように積まれた。小太郎とお雪は呆れたような顔をして、早雲と近所の者たちのやり取りを見ていた。当然、小河の長者、長谷川次郎左衛門尉の耳にも入った。さっそく、早雲は小河屋敷に招待された。
早雲、小太郎、お雪、寅之助、春雨、多米、荒木、荒川坊、孫雲、才雲の十人は揃って、小河屋敷に出掛けた。
越前吉崎や播磨大河内に比べると駿河の正月は暖かかった。
小太郎夫婦は早雲に連れられて駿府(スンプ)の北川殿の屋敷に来ていた。
北川殿の娘、美鈴は八歳になり、長男の竜王丸(タツオウマル)は六歳、そして、去年の十月に次男の千代松丸(チヨマツマル)が生まれていた。
早雲たちが顔を出した時、竜王丸が風邪を引いて寝込んでいた。さっそく、小太郎とお雪は竜王丸の具合を診て、適切な処置を行ない薬を飲ませた。
北川殿は、小太郎とお雪のやる事をじっと見つめながら感心していた。竜王丸の事を侍女に任せると、北川殿は三人を庭園の見える広い座敷に案内した。庭園の向こうにお屋形、今川治部大輔義忠(ジブノタイフヨシタダ)の屋敷が見えた。
「兄上様、兄上様は色々なお方とお知り合いですのね」と北川殿は笑いながら言った。
「こいつは、わたしの幼馴染みじゃ。北川殿とも同郷というわけです」
小太郎は北川殿に見とれていた。これが早雲の妹だとは、とても信じられなかった。北川殿が生まれたのは、早雲と小太郎が故郷、備中(ビッチュウ)の国(岡山県西部)を出てからの事だった。早雲にはもう一人妹がいるが、そっちの方は小太郎も知っている。まだ、ほんの子供だったが、こんなに綺麗になるとは思えなかった。きっと母親が違うのかもしれないと思った。
「風間小太郎です。こちらは妻の雪です」
「まあ、お若い奥様ですこと」
「雪です」とお雪は頭を下げた。
「堅くならないで下さいね。ここには堅苦しい人はおりませんから、気楽にして下さい」
「お屋形様は戦に行かれたとか」と早雲は聞いた。
「はい。今朝、出掛けて行きました」
「正月そうそう大変ですね」
「いえ、今回の戦は、すぐに片が付くって言ってましたわ。勝って、すぐに帰って来るでしょう」
「そうですか‥‥‥」
お雪は庭園を眺めていた。池があり、池の中に島があり、茶屋もあった。庭園を眺めながら、蓮如(レンニョ)の家族の事を思い出していた。吉崎を離れ、今頃、どこにいるのだろう。子供たちは皆、元気でいるだろうか、少し心配だった。
小太郎は庭園の端にある小屋を眺めていた。小屋の中には綺麗な牛車(ギッシャ)が置いてあった。この屋敷の作りもそうだが、まるで、京の公家の屋敷にいるような錯覚を覚えていた。
「五条殿も一緒に行かれましたか」と早雲は聞いた。
「はい。一緒に出掛けました」
「出掛けましたか‥‥‥」
「五条殿に何か御用でも」
「はい。今回の旅で、宗祇(ソウギ)殿とお会いしました。その話をしようと思っておりました」
「兄上様が宗祇殿とお会いしたのですか」
「はい。小太郎も一緒でしたが会って参りました」
「そうですか。兄上様は、ほんと、色々なお方とお知り合いですのね。羨ましいわ」
「坊主になったお陰かも知れません。身分とか格式とか関係なく、色々な人と会う事ができます」
「ああ、そうそう、兄上様は小鹿(オジカ)の御隠居様とも仲がよろしいみたいですね。この間、お会いした折り、兄上様はまだ帰って来ないのか、早く会いたいとおっしゃっておりましたわ」
「そうですか、逍遙(ショウヨウ)殿がそんな事を言っておりましたか。銭泡(ゼンポウ)殿がいた頃、よく、遊びに行きましたから、また、お茶会でもしたいのでしょう」
「そういえば、銭泡様は最近、見えませんけど、もう、いらっしゃらないのですか」
「はい。わたしが京に行った後、関東の方に旅に出たまま、まだ、帰って来ません」
「あの方も変わったお人ですわね」
「そうですね‥‥‥ところで、美鈴殿は踊りを始めたのですか」
「はい。この間、春雨さんの踊りを見せていただきました。それを見ていた美鈴が、どうしても習いたいというので、春雨さんに頼んだのです。まだ始めたばかりで、どうなるか分かりませんが、少しは行儀よくなるんじゃないかと思いまして、やらせてます」
「そうですか。美鈴殿が踊りを習うのなら、竜王丸殿は剣術ですかな。小太郎は医術だけではなく剣術の方も名人です。そのうち、小太郎に頼んだらいいでしょう」
「まあ、剣術の名人ですか、それは頼もしい事。お屋形様もよく言っておられます、そろそろ竜王丸に兵法(ヒョウホウ)を教えなくてはと。竜王丸のお師匠様になってくれるお人を捜しているみたいです。お屋形様が帰って来られたら、さっそく相談してみましょう。お二人はしばらく、こちらにおられるのですか」
「はい。しばらくは駿府に落ち着いて、町医者を始めようと思っております」
「そうですか。それは喜ばしい事です。町の人たちも助かる事でしょう」
その後、三人は北川殿に今回の旅の話をして、軽い昼食を御馳走になった。
帰る時、早雲は門番をしている老武士に声を掛けた。
「相変わらず、達者じゃのう」と早雲が言うと、老武士は、「新九郎殿も、相変わらずで」と早雲の本名を言った。
「喜八、こいつを覚えておらんか」と早雲は小太郎の肩をたたいた。
「さあ、分かりませんが‥‥‥もしや、風間殿では?」
「そうじゃ、小太郎じゃ。おぬし、喜八を覚えておるじゃろう」と今度は小太郎に聞いた。
小太郎も思い出していた。備中にいた頃、早雲の家の家来の吉田喜八郎だった。家来と言っても早雲と同じ伊勢一族の者だった。あの頃、二人で悪さをして、よく喜八郎に怒られていたものだった。
「ほう、こんな所におったのか。懐かしいのう」
「はい。懐かしいですな。まさか、駿河まで来て、お二人と会えるなんて、まったく信じられない事です」
「そうじゃのう。はるばる備中から駿河まで、よく来たものよのう。喜八は北川殿の守役(モリヤク)じゃったのか」
「はい。美和様(北川殿)が六歳の時、お守役を仰せつかり、京まで行き、今川家に嫁ぐ事になって、ここまでお供いたしました」
「そうか、御苦労じゃのう。家族も皆、こっちに呼んだのか」
「いえ。京には呼びましたが、もう妻も亡くなり、子供らも一人前になりましたので、こちらには一人で参りました」
「そうか、そいつは淋しいのう」
「いえ。それ程でも‥‥‥」
喜八と別れ、北川殿の門をくぐって外に出ると、小太郎は大きく息を吐いた。
「どうも苦手じゃ、こういう所は」
「肩が凝りそう」とお雪も言った。
「しかし、あの北川殿が、おぬしの妹とはのう。とても信じられんわ」
「わしも、初めて会った時は信じられんかったわ」
「どう見ても、あれは生まれ付きのお姫様という感じじゃのう」
「同じ兄妹でも育ちが全然違うんじゃ。わしは伊勢守殿の居候(イソウロウ)じゃったが、美和は正式に伊勢守の養女になって、お姫様として育てられたんじゃ。同じ屋敷で暮らしておった事もあったが、わしは一度も会わせて貰えんかったわ」
「ほう‥‥‥という事は、北川殿は伊勢伊勢守の娘として、今川家に嫁いで来たというわけか」
「そういう事じゃ」
「成程のう。そうじゃろうのう。今川家の正室になるには、その位の格式がないと無理じゃわな」
「お陰で、わしはこうして、のんびりしておられるというわけじゃ」
「わしらも、こうして駿河までやって来たというわけじゃ」と小太郎は笑った。
今川屋形は西側に阿部川が流れ、北側に北川が流れ、南側と東側は北川と阿部川から水を引き入れた濠(ホリ)に囲まれていた。川や濠の内側に高い土塁を築き、その土塁に囲まれた一画を今川屋形、駿府屋形、あるいは、お屋形と称していた。その一画の中に、守護所、義忠の屋敷、北川殿、菩提寺(ボダイジ)などがあり、さらに重臣たちの屋敷が並んでいる。ほぼ中央に濠に囲まれた守護所があり、大通りを挟んで北側に、やはり濠に囲まれた義忠の屋敷がある。北川殿は義忠の屋敷と濠を隔てて北側に建てられてあった。北川殿も義忠の屋敷とつながる濠で囲まれていた。北川殿の北側には道と土塁を隔てて北川が流れている。
今川屋形に入るには、東西南北各一ケ所づつ入り口である門があった。東側が大手門で、その門の東側には二の曲輪(クルワ)と呼ばれる濠に囲まれた一画があり、武家屋敷が並び、詰(ツメ)の城である賤機山城(シズハタヤマジョウ)へと続く道への入り口がある。そして、二の曲輪の東側に城下町が広がっていた。
早雲たちは鎌倉街道を通って来たので南門から入った。今川屋形に入るには過書(カショ、通行許可証)が必要だが、早雲は義忠直々(ジキジキ)の過書を持っていた。また、一々、過書を見せなくても門番とは顔見知りだった。南門から入った三人は大通りを真っすぐ進んで、義忠の屋敷を横に見ながら北川殿に行った。帰りは北門をくぐって外に出ると、北川を渡って、浅間神社の表参道を通り、浅間(センゲン)神社を参拝した。北川を渡ると屋形内とは、まるで別世界のように賑やかで、町人たちが大勢、行き来していた。
「ここに来るのも久し振りじゃ」と小太郎は言った。
「おぬし、駿河に来た事あったのか」
「ああ、あの時は火乱坊(カランボウ、慶覚坊)と一緒じゃった。もう二十年も前の事じゃ」
「そうか、火乱坊と来たか」
「ああ。お屋形には入らなかったがのう。こういう形で、また、ここに来るとは思ってもおらんかったわ」
「そうじゃのう。喜八じゃないが、備中で育って、京に行き、そして、駿河まで来るとはのう。自分の事ながら信じられんわ」
「もしかしたら、十年後は、もっと東の方におるんじゃないのか」
「関東か‥‥‥かもしれんのう。先の事はまったく分からんわ」
早雲と小太郎は話をしながら、お雪に付き合って、浅間神社の門前に並ぶ店々を見て回った。時勢がら神社の門前にも武具を扱う店が増えて来ていた。
駿府に出掛けた早雲、小太郎夫婦は浅間神社を参拝した後、せっかく、ここまで来たのだから、ついでに小鹿逍遙入道(オジカショウヨウニュウドウ)を訪ねてみるかと小鹿の庄に向かった。
逍遙入道は三人を歓迎し、急に訪ねて行ったにも拘わらず、大層な御馳走で持て成してくれた。逍遙入道の息子の新五郎も、今朝、お屋形様と共に遠江に戦に出掛けたらしかった。
早雲たちは逍遙入道から遠江の状況を聞いた。
遠江の国の守護、斯波(シバ)氏は家督争いを続け、それが応仁の乱の一つの原因ともなっていた。斯波氏は足利一門で、細川氏、畠山氏と共に三管領家(カンレイケ)の一つとして幕府の重職に就く家柄だった。応仁の乱の始まる前は越前、尾張、遠江と三国の守護職(シュゴシキ)を兼ねていたが、家督争いを続けているうちに、土地を直接に支配していた者たちが力を持ち、越前は家臣の朝倉氏に奪われ、尾張は守護代の織田氏に奪われ、遠江は駿河守護の今川氏に奪われるという形になっていた。しかし、今川氏はまだ完全に遠江を手に入れたわけではなかった。遠江のほぼ中央を流れる天竜川を境にして、東はほぼ制圧していたが、西はまだ斯波氏方の勢力範囲だった。
遠江の国は足利尊氏が幕府を開いた後、尊氏に貢献した今川心省(シンショウ)入道(範国)から、今のお屋形、義忠の曾祖父、上総介泰範(カズサノスケヤスノリ)の代まで、今川家が守護職となっていたため、かつて、今川家の被官(ヒカン)となっていた国人たちが多かった。しかも、国府(磐田市)の側の堀越には、今川家の一族である堀越氏が代々、勢力を持っていた。その他、西部には井伊氏、大河内氏、中部には天野氏、狩野氏、東部には横地(ヨコチ)氏、勝間田(カツマタ)氏などが、古くから土地に根を張って力を持っていた。
応仁の乱が始まった当時、遠江の有力国人の多くは守護の斯波氏に従って、西軍として京に出陣した。駿河守護の今川治部大輔義忠も兵を引き連れ京に向かった。東軍となった義忠は細川勝元に命じられ、後方撹乱のために駿河に戻って遠江に進行した。初めのうちは、命ぜられたまま遠江に進撃していたが、越前の朝倉氏が斯波氏を追って越前の守護になったと聞き、遠江を我物にしようと本格的に進攻し始めた。
文明六年(一四七四年)、義忠は狩野氏の拠点である見付城(磐田市)を攻めて狩野氏を倒し、家臣の朝比奈備中守泰煕(アサヒナビッチュウノカミヤスヒロ)に掛川に城を築かせ、福島左衛門尉助春(クシマサエモンノジョウスケハル)に掛川の南、土方(ヒジカタ)の高天神(タカテンジン)山に城を築かせ、東遠江を攻略させた。ようやく、東遠江をまとめ、西遠江に進出しようとしている、この時期になって、尾張に来ている斯波左兵衛督義廉(サヒョウエノカミヨシカド)にそそのかされたのか、東遠江の横地、勝間田、鶴見の三氏が、今川氏に反旗を翻(ヒルガエ)したのだった。
去年の十月、三氏は大井川を占拠し、駿河と遠江の交通を遮断した。義忠は遠江今川氏の堀越陸奥守貞延(ムツノカミサダノブ)に三氏の退治を命じた。貞延は一千余の兵を引き連れ、各地で敵を蹴散らしたが、小夜(サヨ)の中山の狭い道に引き込まれて挟み打ちに合い、兵を立て直す事もできずに敗れ、討ち死にしてしまった。勝利を得た三氏は味方を募(ツノ)りながら、かつての狩野氏の拠点だった見付城に立て籠もった。そして、今も三氏は見付城を拠点に西遠江の斯波氏方と手を結び、東遠江の国人たちに、今川氏を遠江から追い出せと叫んでいる。
「ほう、すると、お屋形様は見付まで出陣したのですか」と早雲は聞いた。
「そうじゃ。見付に行く前に、志戸呂(シトロ)、勝間田、横地の諸城を落として行く事じゃろう」
「成程。まず、本拠地を潰し、帰る所をなくしてから攻めるという事ですか」
「まあ、すぐに片が付くじゃろう。見付城は一年程前、狩野氏が籠もったが落城しておる。いくら修復したとしても、一年前より堅固になるわけがない。すぐに落ちるじゃろう。それに一年前の時とは事情が違う。掛川と土方に楔(クサビ)が打ってある。国人たちもそう簡単に寝返る事もあるまい」
「そうでしょうな‥‥‥わしらは帰って来る時、見付の城下を通って来ましたが、戦が始まるような雰囲気はありませんでした」と早雲は言った。
「そうじゃろう。敵は今、いい気になっておるんじゃ。今川一族の堀越氏を倒して国府を占領した。すでに遠江を取った気でおるんじゃ。正月そうそう駿府から攻めて来るはずがないと安心しておるのじゃろう。可哀想じゃが、奴らの首と胴がつながっておるのも、そう長い事はないわ」
「うむ」と早雲は頷いた。
「わしにはよく分からんのじゃが、どうして、横地、勝間田とやらは今川家を寝返ったんじゃろ」と小太郎は聞いた。
「横地氏にしろ、勝間田氏にしろ、鎌倉に幕府のあった昔から遠江に根を張って来た豪族じゃ。足利氏の時代になって、今川家の被官とならざる得なかったが、応仁の乱が始まってからというもの、乱世となり、幕府の重職に就いておった斯波氏は家督争いを始め、以前のような力を失ってしまっておる。横地、勝間田らも実力を持って遠江を奪い取る事も夢ではないと考えたんじゃろう」
「勝てる見込みはあったんじゃろうか」
「あったから兵を挙げたんじゃろうのう」
「という事は、今川勢にとっても難しい戦になるのではありませんか」
「ところが、そうはならんのじゃ。横地、勝間田を踊らせておるのは、尾張の織田伊勢守のもとにおられる斯波左兵衛督殿じゃ。左兵衛督殿は遠江を取り戻そうとして色々と画策しておるが、直属の兵はわずかしかおらん。織田伊勢守の軍勢を遠江に送るつもりでおっても、伊勢守も尾張国内の戦に忙しくて遠江まで出て来る余裕などないんじゃ。三河の吉良(キラ)殿も遠江を狙っておるが、これも今川家に対抗するだけの勢力は持ってはおらん。横地、勝間田らは斯波左兵衛督殿が大軍を率いて天竜川を越えて来る事を信じて見付城に籠もっておるんじゃが、まあ、無理じゃろうのう」
「斯波氏に躍らされたのか‥‥‥」
「多分、遠江の守護代に任命するとでも言われたんじゃろう。それと、お屋形様が掛川と土方に城を築いたため、このまま今川の被官でおったら、いつか、自分たちの土地を今川家に奪われてしまうのではないか、という危機感を感じておったのかもしれんのう。黙っておって土地を奪われるより、寝返って斯波殿に付き、遠江から今川家を追い出し、国内をまとめてから斯波殿と手を切り、遠江の守護職を実力で勝ち取ろうと夢を見たのかもしれんわ」
「うむ。成程のう」
「まあ、戦の話はそれ位にして、早雲殿、旅の話でも聞かせてくれんか。わしらはすでに俗世間とは縁を切ったはずじゃ。戦の事は武士たちに任せておけばいい」
「まあ、そうですな。わしらには関係ないか」と早雲も言った。
早雲は逍遙入道に連歌師宗祇の話をした。逍遙入道も連歌は好きだった。早雲と逍遙の話は弾んでいたが、連歌の事などあまり知らない小太郎とお雪にとっては退屈だった。
それを察したのか、入道は突然、話題を変えて、小太郎たちに医術の事を聞いた。やがて、医術の話から加賀の国の話となり、逍遙は興味深そうに加賀の状況を聞いていた。
「噂には聞いておったが、加賀の国がそんな状況になっておったとは驚きじゃのう。しかし、本願寺の上人様がそんなお人だったとは信じられん事じゃ」
「はい。噂とはまるで違ったお人です」
「上人様は確か、日野氏の出じゃったかのう」と逍遙は聞いた。
「さあ」と小太郎は首を傾(カシ)げた。
「はい。日野氏です」と答えたのは早雲だった。
「ほう、おぬし、よくそんな事を知っておるのう」
「上人様の奥方は伊勢家の娘だったんじゃよ。上人様が叡山(エイザン)の法師と争っておった頃、伊勢守殿がやたらと動き回っておったわ。その時、聞いたんじゃ」
「奥方が伊勢家の娘じゃったのか、どの奥方じゃ」
「一番最初と二番目じゃ。確か、上人様が吉崎に行かれる前に亡くなったと聞いておるが、子供はおるはずじゃ」
「おう、子供はぎょうさんおるわ。あの子らに伊勢家の血が流れておったとはのう」
「ほう、さすが、伊勢氏じゃのう」と逍遥は驚いていた。
「伊勢氏と言っても色々ありますから‥‥‥これからの時代は源氏だの平氏だのといった血筋だけで事を決めるという事はできなくなるかもしれません」と早雲は言った。
「と言うと」と逍遙は聞いた。
「地下人(ジゲニン)たちが、のし上がって来るという事です」
「そんな事はあるまい」
「まあ、駿河の国は安泰でしょうな」
「わしが言うのも何じゃが、今のお屋形様はなかなかの武将じゃ。わしはお屋形様は昔のように、駿河だけでなく遠江の守護職にも就くと確信しておるんじゃ。もしかしたら、三河までも進出するかもしれん。先が楽しみじゃわい」
「確かに、それは言えますね」と早雲も言った。
小太郎は、お屋形、今川治部大輔義忠に会った事はないが、早雲がそれ程まで言うのなら一流の武将に違いないと思った。吉崎にいた時、朝倉弾正左衛門尉孝景(ダンジョウザエモンノジョウタカカゲ)に会いに一乗谷に行った事があったが、あの時は朝倉孝景に会う事はできなかった。蓮崇や大橋長次郎から聞いた話だと、やはり、一流の武将だという。確かに、朝倉の場合は斯波氏の家臣の身でありながら、主人を追って越前の国をまとめる程だから一流に違いなかった。朝倉孝景には会う事ができなかったが、今川義忠にはぜひ、会ってみたいものだと思った。
多米の方は去年の正月、春雨を口説いて振られ、もう二度とこんな所に来るか、と旅に出た。京まで行き、しばらく、ブラブラしていたが面白くもなく、いっその事、関東の方が面白いかも知れないと東に向かう途中、尾張(オワリ)の国(愛知県西部)、熱田の盛り場で、偶然に荒木と出会った。そして、荒木と一緒に一旗挙げようと関東に向かった。丁度、年の暮で、新年くらいは屋根の下で迎えようと早雲庵にやって来たのだった。
春雨の顔を見るのが何となく気まずい多米だったが、春雨の方は以前の事など、すっかり忘れたかのように二人を歓迎した。多米も荒木も久し振りに我家に帰って来たかのように早雲庵で新年を迎えていた。
「それはないじゃろう」と富嶽は手を振った。「早雲殿は二度と武士には戻るまい」
「そうよ、富嶽さんの言う通り、早雲様は帰って来るわ」
「帰って来たとしても、早雲殿が坊主じゃ、姉さんもどうする事もできんな。返って、早雲殿が武士に戻ってくれた方が、姉さんにとってもいいんじゃないのか」と多米が春雨の横顔を見つめた。
「帰って来てくれたら、それでいいのよ」春雨は小声で言った。
「なあ、お師匠が帰って来なかったらどうする」と才雲(サイウン)は隣にいる孫雲に聞いた。
「帰って来なかったら、俺たちも京に行くしかないだろう」
「京か‥‥‥京ではまだ、戦をしてるんじゃないのか」
「戦なんか、どこだってしてるさ」
「うん。お師匠がいないのに、ここにいてもしょうがないしな」
「ねえ、あんたたち、京に行くなら、あたしも一緒に行くわ」
「おいおい、おまえたち、まだ、帰って来ないと決まったわけではないぞ」と富嶽は言うと酒を飲み干した。
早雲の弟子、才雲と孫雲の二人は常陸(ヒタチ)の国(茨城県北東部)、鹿島にて武術修行に励んでいたが、一年半近くの修行を終えて、去年の八月に戻って来ていた。二人共、見違える程、逞(タクマ)しくなっていた。
師匠早雲に自分たちの強さを披露しようと勇んで帰って来たのに、生憎(アイニク)、早雲は留守で、富嶽も多米もいなかった。いたのは春雨という年増(トシマ)の女だった。どうして、こんな女がここにいるのか不思議だったが、春雨から訳を聞いて納得し、二人は春雨の用心棒という形で早雲庵を守っていた。
「わしも連れて行って下さい」と言ったのは、片隅にいる大男の山伏だった。
荒川坊という名の遠江(トオトウミ)の国(静岡県西部)、秋葉山の山伏だった。秋葉山で騒ぎを起こして山を追われ、行くべき所もなく、去年の九月に早雲を訪ねて来て、それ以来、早雲の帰りを待って、ここに居着いていた。
荒川坊が早雲と出会ったのは二年程前、たったの一度だけだった。早雲が秋葉山に行った時、荒川坊は山の中で数人の山伏を相手に喧嘩をしていた。早雲は面白そうだと見物をした。荒川坊は見るからに力持ちで、昔、義経の家来だった武蔵坊弁慶のようだった。五、六人で掛かって行っても、簡単に叩きのめされてしまうだろうと思ったが、予想に反して荒川坊は弱かった。荒川坊はほとんど手を出さずに、めった打ちにされた。敵がいなくなった後、早雲は近づいて、血だらけになって転がっている荒川坊に声を掛けた。荒川坊は早雲の方をチラッと見たが、何も言わず、空を見上げていた。
「死ぬ事はあるまい」と言うと早雲は荒川坊の側から離れ、本堂の方に向かった。
参拝を済ませて帰る時、早雲は石の上に座っている荒川坊と会った。傷だらけのまま、ぼうっとして山の下を見下ろしていた。大きな体を小さく丸めて、しょんぼりとしている。
早雲はまた、声を掛けた。
荒川坊は早雲を見た。
「おぬし、面白い奴じゃのう。縁があったら、また会おう。わしの名は早雲じゃ。駿河に来るような事があったら、石脇の早雲庵に来るがいい」と言って、早雲は山を下りた。
たった、それだけの出会いだったが、荒川坊は石脇の早雲庵というのを覚えていた。
荒川坊は図体ばかりでかくて何の役にも立たない、のろまな奴だと、いつも山伏仲間から馬鹿にされていた。馬鹿にされても、めったに怒らないというので、益々、荒川坊はいじめられた。しかし、母親の悪口を言われた荒川坊は、ついに堪忍(カンニン)袋の緒が切れて、自分をいじめる山伏たちを次々に投げ飛ばしてしまった。頭に血が上り、かっとなって無我夢中だった。我に返ると、血だらけになっている山伏たちが、あちこちで呻き声を上げていた。中には頭から血を流して死んでいる者もいるようだった。荒川坊は恐ろしくなって、そのまま山を下りた。
山を下りても行く場所はどこにもなかった。父親はすでに亡く、母親は生きてはいたが再婚していた。自分が邪魔だと言って、秋葉山の山伏に預けたような母親のもとには帰れなかった。
天竜川まで下りると荒川坊は途方に暮れた。もう、どうにでもなれと河原に寝そべって空を見上げた、その時、ふと、早雲の顔が浮かんだ。一度、会っただけだったが、早雲という僧は自分を人並みに扱ってくれた。駿河に来るようなら訪ねて来いと言った。荒川坊は迷わず早雲を訪ねる事にした。石脇というのが駿河のどこにあるのか、まったく分からなかったが、荒川坊は駿河石脇の早雲庵を目指して行った。
早雲庵は以外に近かった。大井川を渡って小河津まで来て、人足に聞いたら、すぐに分かった。荒川坊が来た時、早雲はいなかった。春雨と孫雲、才雲の三人がいた。荒川坊は、早雲が帰って来るまで待たせてもらう事にした。ところが、早雲はいつになっても帰らず、一月が経ち、二月が経ったが、誰に気兼ねする事もなく居心地のいい早雲庵に居着いてしまっていた。
「あーあ」と春雨は溜息をついて酒を飲み干した。
春雨がここに住み着いてから一年が過ぎていた。実質的に早雲庵の主と言えた。早雲や富嶽がいなくても春雨は必ずいて、毎日のように訪ねて来る旅人や近所の者たちの接待をしていた。毎日毎日が楽しかった。しかし、早雲が京に行ったまま、半年も経つというのに戻って来ないのは淋しいものがあった。昼間は訪ねて来るお客たちとワイワイ話していれば気は紛れるが、夜になって独りになると心細くて泣きたくなるように落ち込んだ。
早雲に娘がいたなんて驚きだった。娘がいるという事は奥さんもいるに違いなかった。出家する前は武士だったらしいので、子供や奥さんがいても当然だが、久し振りに家族のもとに帰って、また、武士に戻ってしまったのかもしれない。そして、将軍様の側近くに仕えているのかもしれない。もう二度と、ここには帰って来ないのかもしれない、と考えたくないような事ばかり頭に浮かんで来ていた。年末には必ず帰って来るだろうと思っていたのに、とうとう帰って来なかった。もう二度と早雲に会えないのではないか、と嫌な予感がしていた。
「桜の咲く頃には、きっと帰って来るさ」と富嶽が春雨を慰めた。
春雨は富嶽に向かって笑いかけた。が、半ば諦めているような笑いだった。
富嶽は相変わらず、飽きもせず富士山を描き続けていた。富嶽の絵はこの頃、急に上達したようだった。春雨は絵の事はあまりよく分からなかったが、一年前の絵に比べると、何となく、富嶽の描く富士山に神々しさだけではなく、暖かさが感じられるようになったと感じていた。
今年の新年をここで迎えているのは、富嶽、荒木、多米、孫雲、才雲、春雨、荒川坊の常連たちの他に、毎年、年末になると訪ねて来る越後の老山伏、円福坊と大和の鋳物師(イモジ)の万吉の二人、仲間から早雲の噂を聞いて訪ねて来たという琵琶法師と刀の鍔(ツバ)を作る職人がいた。主が留守でも、狭い早雲庵に十一人もの一風変わった連中が集まって、賑やかに新年を迎えていた。
「早雲様は京に行ったまま帰って来ないし、銭泡(ゼンポウ)さんも関東に行ったまま帰って来ないし、一体、何をしてるのかしらねえ」と春雨はこぼした。
「早雲殿は立派な御屋敷で、綺麗所(キレイドコロ)に囲まれて、贅沢に新年を迎えておるさ」と荒木は言った。
「銭泡殿の方は多分、乞食坊主をやってるんだろうな」と多米は言った。
「今頃、震えながら野宿してるのかのう」と富嶽が言った。
「戦に巻き込まれて、怪我でもしてたら大変ね」
「大丈夫じゃ。あれでなかなか、しぶといお人じゃからな」
「でも、勿体ないわね。お茶を教えれば、何も乞食なんてしなくもいいのに」
「そこが、あの人のいい所じゃ。あれこそ、本物の佗(ワ)び茶というものじゃろうのう」
去年の正月、早雲と一緒に今川家の武将たちに茶の湯の指導をして回っていた伏見屋銭泡は、早雲が京に旅立った後、半年程、滞在した早雲庵を後にして、箱根を越えて関東の地へと旅立って行った。年末には戻って来ると言って出て行ったが、早雲と同じく、帰っては来なかった。
多米と荒木は熱田の遊女の話に熱中していた。
才雲と孫雲は、去年、鹿島の大原源五郎の屋敷で迎えた正月を思い出して、あれこれ言っていた。
越後の山伏と富嶽は関東での戦の話をしている。
鋳物師と鍔作りの職人は駿府の市の事を話している。
荒川坊と琵琶法師は一言も喋らず、酒をちびちびやっている。
春雨は溜息をつきながら酒を飲んでいる。
囲炉裏の火を囲んで、それぞれが、それぞれの思いで新年を迎えていた。
2
小雪が舞っている。
播磨(ハリマ)の国(兵庫県南西部)、大河内城下は雪でおおわれていた。
年末年始を太郎の屋敷で、のんびりと過ごした早雲、風眼坊(フウガンボウ)、お雪の三人が駿河に向けて旅立ったのは正月の十日の事だった。七日には、太郎たちと一緒に赤松家のお屋形、兵部少輔(ヒョウブショウユウ)政則の置塩(オキシオ)城下に行き、かつての京都のように賑やかに栄えている都で四日間、贅沢に過ごした。
お雪は、初めて見る都というものに感激していた。加賀の国の軽海(カルミ)や越前の国の吉崎も都には違いないが、規模が全然違った。大通りには驚く程、色々な人が行き交い、性海寺(ショウカイジ)の参道では毎日、市が立っているかのように店が並び、見た事もない珍しい物が色々と売られていた。夢前(ユメサキ)川の河原には各地から来た芸人たちが様々な芸を見せていた。置塩城下には太郎の屋敷はまだないので、木賃宿『浦浪(ウラナミ)』に泊まったが、毎日、小野屋から豪勢な料理が届けられ、四日間を思う存分に楽しんだ。
太郎と岩瀬讃岐守(サヌキノカミ、金比羅坊)たちに見送られて三人は置塩城下を後にし、小野屋の船で飾磨津(シカマツ)に出て、さらに大型の船に乗り換え、和泉(イズミ)の国(大阪府南部)の堺(サカイ)まで行った。
堺の町も賑やかだった。ここは城下町とは違い、商人たちの町だった。自由な空気が溢れ、活気に満ちていた。湊(ミナト)には琉球(リュウキュウ、沖縄)から来たという変わった形の船が泊まり、賑やかな市場では、早雲や風眼坊にとっても見た事もない珍しい物が並んでいた。それらの品々を見ながら、風眼坊は松恵尼(ショウケイニ)が前に言った事を思い出していた。
松恵尼は、海外に船を出して取り引きをしようと思っていると言っていた。その話を聞いた時には夢物語だと思っていたが、この町にいると、確かに、そういう時代がもうすぐやって来るという感じがひしひしと感じられた。
堺からは陸路で南都奈良、伊賀上野を通り、伊勢安濃津(アノウツ、津市)へと向かった。堺にも伊賀上野にも安濃津にも小野屋の出店があって、三人は何不自由なく、豪勢な旅を楽しんでいた。
安濃津からは小野屋の船に乗って一気に駿河小河津まで行く予定だったが、海が荒れていて、何日も待たなければ船が出ないというので、船で熱田まで行き、後は歩く事にした。
三河(ミカワ)の国(愛知県中東部)岡崎から、吉田(豊橋市)に向かう途中で、三人は一人の孤児を拾った。
寅之助(トラノスケ)という名の八歳になる男の子で、汚い格好をして三人の後を付いて来た。風眼坊は何度も追い払ったが、その子はいつまでも付いて来た。お雪が見兼ねて話を聞くと、腹が減っていると言う。そして、お雪が母親に似ていたので付いて来たと言う。戦で両親を亡くして独りぼっちで行く所もないというので、早雲は一緒に連れて行く事にした。早雲庵に置いておけば、食う事だけは困らないし、暇人が多いから誰かが面倒を見てくれるだろうと思った。
寅之助は、お雪が母親に似ていると言ったが嘘だった。寅之助は実の母親の顔を知らなかった。寅之助は母親の兄夫婦に育てられた。父親だと思っていた母親の兄が戦死すると生活が苦しくなり、寅之助は兄嫁に邪魔者扱いされ、お前はうちの子じゃないと知らされた。寅之助には信じられなかったが、お前の本当の母親は岡崎にいるはずだ、と言われた。寅之助は母親を捜すために、家を飛び出して岡崎に向かった。しかし、母親の名前も分からず、顔も分からず、捜す事などできるはずもなかった。一ケ月近く、岡崎の町をウロウロしていた寅之助はお雪の姿を見た。綺麗な人だと思った。あんな人が母親ならいいと思って、ついフラフラと後を追った。初めは気づかれなかったが、その内、風眼坊に見つかり、追い立てられた。それでも寅之助は後を付けた。そして、とうとう一緒に行く事となったのだった。
吉田を通り、遠江の国、引馬(ヒクマ、浜松市)に出て、天竜川の渡しを渡った。見付(ミツケ、磐田市)、堀越(袋井市)、掛川と通り大井川を渡ると、ようやく、駿河の国だった。大井川から早雲庵までは五里程の距離で、すぐだった。一行が早雲庵にたどり着いたのは正月の二十一日だった。さすがに、駿河の国は暖かかった。
早雲庵は小高い丘の上に建っている。
「なかなか、いい所に住んでおるのう」と風眼坊は早雲庵を眺めながら言った。
早雲は怪訝(ケゲン)そうな顔をして、早雲庵を見ていた。
「どうかしたのか」
「いや、半年も留守にしておると、世の中変わるもんじゃと思ってのう」
「何か、変わったのか」
「ああ、以前は二軒しかなかったが、いつの間にか三軒になって、しかも門まである」
西側に『早雲庵』と書かれた門が立っていた。そして、門をくぐった左側に、早雲庵と同じ作りの新しい庵が建てられてあった。正面に以前からある早雲庵があり、その右奥に、ちょっと小さな春雨庵がある。庵の縁側では、いつものように旅人や近所の者たちが、のんきそうに話をしていた。
早雲の顔を見ると皆、一斉に顔をほころばせて、『和尚さん』と呼び、『お帰りなさい』と迎えた。
その声を聞いて、慌てて飛び出して来た坊主が二人いた。孫雲と才雲の二人であった。二人は『お師匠』と叫ぶと、早雲の前にひざまずいて早雲を見上げ、「お帰りなさいませ」と言った。
「ああ、お前ら、帰って来ておったのか」と早雲は二人を見ながら笑った。
「ほう、おぬしにも弟子がおったのか」と風眼坊は笑った。
「鹿島で修行させたんじゃ」
「ほう、神道流(シントウリュウ)か」
「そうじゃ。鹿島に大原の奴がおってのう」
「大原?」
「覚えておらんか。わしが飯道山にいた頃、一緒じゃった甲賀の郷士の伜じゃ。大原源五郎っていうんじゃが覚えておらんか」
「大原源五郎‥‥‥さあのう」
「まあ、顔を見れば思い出すじゃろ。そいつの所に預けたんじゃ。どうだ、少しは強くなったか」
「はい」と二人は頷いた。
「うむ、二人共、面(ツラ)構えは立派になったようじゃのう。さっそくじゃがのう、こいつを風呂に入れてやってくれ、臭くてかなわん」
早雲は寅之助を二人の弟子に預けた。そして、早雲庵に集まっている懐かしい顔に、一言づつ声を掛けた。最後に、図体のでかい山伏がいた。その山伏は早雲をじっと見つめていて、早雲と目が会うと深く頭を下げた。
「おぬしは、確か、秋葉山にいた‥‥‥」
「はい。荒川坊と申します。お世話になっております」
「そうか。まあ、ゆっくりしていってくれ」
「はい、よろしくお願いします」
早雲は風眼坊とお雪を庵の中に案内した。みんな、ぞろぞろと早雲の後を付いて来た。皆、旅の話を聞きたがっていた。早雲、風眼坊、お雪の三人は皆に話して聞かせた。
富嶽はいなかった。五日前に旅に出たという。春雨もいなかった。北川殿に呼ばれて、駿府に行ったという。春雨の供として、多米と荒木の二人も一緒に行っていた。
夕方になって、集まっていた者たちも帰り、やっと静かになった。
「面白そうな所じゃな」と風眼坊は言った。
「いつも、あんなに色んな人たちが来るんですか」とお雪は聞いた。
「ああ、暇な奴らが毎日、遊びに来るわ」
「おぬし、この辺りでは有名らしいのう」
「駿府のお屋形様の所にも行ったりするからのう。色々と噂をしておるらしい。何を言われようと、わしは気にせんがの。気楽にやっておるわ」
春雨たちが戻って来た。
早雲の姿を見ると春雨は茫然(ボウゼン)と立ち尽くし、ただ、じっと早雲を見つめていた。あまりに突然だったので、春雨は何と言ったらいいのか、声がなかなか出て来なかった。
「留守番、御苦労さん」と早雲は気軽に声を掛けた。
「‥‥‥まったく、いつまでも帰って来ないんだから」と春雨は目をこすった。
「早雲殿、お久し振りです」と言ったのは荒木兵庫助だった。
「おう、おぬしもおったか。相変わらず、浪人のようじゃな」
「わしも相変わらずです」と多米権兵衛も言って笑った。
「おぬしも戻って来たか‥‥‥成程のう。ここの住人が増えたんで、新しく庵を作ったというわけじゃな」
「はい。丁度、力持ちが一人おりますからね」
「銭泡殿はどうした」
「早雲様が旅立った後、関東の方に向かったまま、まだ帰って来ません」と春雨が言った。
「そうか、銭泡殿もどこかに行ったか‥‥‥北川殿の所に行っていたとか聞いたが」
「はい。美鈴(ミスズ)様に踊りを教える事になりました」
「そうか、踊りを教えておるのか‥‥‥皆、元気でおられるかな」
「はい。皆さん、お元気です。お屋形様は明日、遠江に出陣するそうです」
「明日、出陣?」
「はい。何でも、遠江の国人(コクジン)が寝返って、敵になってしまったので、退治に行くんだそうです」
「そうか、お屋形様も正月そうそう忙しい事じゃな」
早雲は、風眼坊とお雪夫婦と寅之助を皆に紹介した。早雲は風眼坊の事を風眼坊舜香(シュンコウ)とは紹介しなかった。医者の風間小太郎と紹介した。風眼坊自身、駿河では医者の風間小太郎で通そうと思っていた。
早雲が帰って来たという事はすぐに噂になった。近所の農民や漁師たちが、早雲にただ、「お帰りなさい」と言うだけのために、手土産を持って訪ねて来た。
野菜やら、魚やらが、あっという間に山のように積まれた。小太郎とお雪は呆れたような顔をして、早雲と近所の者たちのやり取りを見ていた。当然、小河の長者、長谷川次郎左衛門尉の耳にも入った。さっそく、早雲は小河屋敷に招待された。
早雲、小太郎、お雪、寅之助、春雨、多米、荒木、荒川坊、孫雲、才雲の十人は揃って、小河屋敷に出掛けた。
3
越前吉崎や播磨大河内に比べると駿河の正月は暖かかった。
小太郎夫婦は早雲に連れられて駿府(スンプ)の北川殿の屋敷に来ていた。
北川殿の娘、美鈴は八歳になり、長男の竜王丸(タツオウマル)は六歳、そして、去年の十月に次男の千代松丸(チヨマツマル)が生まれていた。
早雲たちが顔を出した時、竜王丸が風邪を引いて寝込んでいた。さっそく、小太郎とお雪は竜王丸の具合を診て、適切な処置を行ない薬を飲ませた。
北川殿は、小太郎とお雪のやる事をじっと見つめながら感心していた。竜王丸の事を侍女に任せると、北川殿は三人を庭園の見える広い座敷に案内した。庭園の向こうにお屋形、今川治部大輔義忠(ジブノタイフヨシタダ)の屋敷が見えた。
「兄上様、兄上様は色々なお方とお知り合いですのね」と北川殿は笑いながら言った。
「こいつは、わたしの幼馴染みじゃ。北川殿とも同郷というわけです」
小太郎は北川殿に見とれていた。これが早雲の妹だとは、とても信じられなかった。北川殿が生まれたのは、早雲と小太郎が故郷、備中(ビッチュウ)の国(岡山県西部)を出てからの事だった。早雲にはもう一人妹がいるが、そっちの方は小太郎も知っている。まだ、ほんの子供だったが、こんなに綺麗になるとは思えなかった。きっと母親が違うのかもしれないと思った。
「風間小太郎です。こちらは妻の雪です」
「まあ、お若い奥様ですこと」
「雪です」とお雪は頭を下げた。
「堅くならないで下さいね。ここには堅苦しい人はおりませんから、気楽にして下さい」
「お屋形様は戦に行かれたとか」と早雲は聞いた。
「はい。今朝、出掛けて行きました」
「正月そうそう大変ですね」
「いえ、今回の戦は、すぐに片が付くって言ってましたわ。勝って、すぐに帰って来るでしょう」
「そうですか‥‥‥」
お雪は庭園を眺めていた。池があり、池の中に島があり、茶屋もあった。庭園を眺めながら、蓮如(レンニョ)の家族の事を思い出していた。吉崎を離れ、今頃、どこにいるのだろう。子供たちは皆、元気でいるだろうか、少し心配だった。
小太郎は庭園の端にある小屋を眺めていた。小屋の中には綺麗な牛車(ギッシャ)が置いてあった。この屋敷の作りもそうだが、まるで、京の公家の屋敷にいるような錯覚を覚えていた。
「五条殿も一緒に行かれましたか」と早雲は聞いた。
「はい。一緒に出掛けました」
「出掛けましたか‥‥‥」
「五条殿に何か御用でも」
「はい。今回の旅で、宗祇(ソウギ)殿とお会いしました。その話をしようと思っておりました」
「兄上様が宗祇殿とお会いしたのですか」
「はい。小太郎も一緒でしたが会って参りました」
「そうですか。兄上様は、ほんと、色々なお方とお知り合いですのね。羨ましいわ」
「坊主になったお陰かも知れません。身分とか格式とか関係なく、色々な人と会う事ができます」
「ああ、そうそう、兄上様は小鹿(オジカ)の御隠居様とも仲がよろしいみたいですね。この間、お会いした折り、兄上様はまだ帰って来ないのか、早く会いたいとおっしゃっておりましたわ」
「そうですか、逍遙(ショウヨウ)殿がそんな事を言っておりましたか。銭泡(ゼンポウ)殿がいた頃、よく、遊びに行きましたから、また、お茶会でもしたいのでしょう」
「そういえば、銭泡様は最近、見えませんけど、もう、いらっしゃらないのですか」
「はい。わたしが京に行った後、関東の方に旅に出たまま、まだ、帰って来ません」
「あの方も変わったお人ですわね」
「そうですね‥‥‥ところで、美鈴殿は踊りを始めたのですか」
「はい。この間、春雨さんの踊りを見せていただきました。それを見ていた美鈴が、どうしても習いたいというので、春雨さんに頼んだのです。まだ始めたばかりで、どうなるか分かりませんが、少しは行儀よくなるんじゃないかと思いまして、やらせてます」
「そうですか。美鈴殿が踊りを習うのなら、竜王丸殿は剣術ですかな。小太郎は医術だけではなく剣術の方も名人です。そのうち、小太郎に頼んだらいいでしょう」
「まあ、剣術の名人ですか、それは頼もしい事。お屋形様もよく言っておられます、そろそろ竜王丸に兵法(ヒョウホウ)を教えなくてはと。竜王丸のお師匠様になってくれるお人を捜しているみたいです。お屋形様が帰って来られたら、さっそく相談してみましょう。お二人はしばらく、こちらにおられるのですか」
「はい。しばらくは駿府に落ち着いて、町医者を始めようと思っております」
「そうですか。それは喜ばしい事です。町の人たちも助かる事でしょう」
その後、三人は北川殿に今回の旅の話をして、軽い昼食を御馳走になった。
帰る時、早雲は門番をしている老武士に声を掛けた。
「相変わらず、達者じゃのう」と早雲が言うと、老武士は、「新九郎殿も、相変わらずで」と早雲の本名を言った。
「喜八、こいつを覚えておらんか」と早雲は小太郎の肩をたたいた。
「さあ、分かりませんが‥‥‥もしや、風間殿では?」
「そうじゃ、小太郎じゃ。おぬし、喜八を覚えておるじゃろう」と今度は小太郎に聞いた。
小太郎も思い出していた。備中にいた頃、早雲の家の家来の吉田喜八郎だった。家来と言っても早雲と同じ伊勢一族の者だった。あの頃、二人で悪さをして、よく喜八郎に怒られていたものだった。
「ほう、こんな所におったのか。懐かしいのう」
「はい。懐かしいですな。まさか、駿河まで来て、お二人と会えるなんて、まったく信じられない事です」
「そうじゃのう。はるばる備中から駿河まで、よく来たものよのう。喜八は北川殿の守役(モリヤク)じゃったのか」
「はい。美和様(北川殿)が六歳の時、お守役を仰せつかり、京まで行き、今川家に嫁ぐ事になって、ここまでお供いたしました」
「そうか、御苦労じゃのう。家族も皆、こっちに呼んだのか」
「いえ。京には呼びましたが、もう妻も亡くなり、子供らも一人前になりましたので、こちらには一人で参りました」
「そうか、そいつは淋しいのう」
「いえ。それ程でも‥‥‥」
喜八と別れ、北川殿の門をくぐって外に出ると、小太郎は大きく息を吐いた。
「どうも苦手じゃ、こういう所は」
「肩が凝りそう」とお雪も言った。
「しかし、あの北川殿が、おぬしの妹とはのう。とても信じられんわ」
「わしも、初めて会った時は信じられんかったわ」
「どう見ても、あれは生まれ付きのお姫様という感じじゃのう」
「同じ兄妹でも育ちが全然違うんじゃ。わしは伊勢守殿の居候(イソウロウ)じゃったが、美和は正式に伊勢守の養女になって、お姫様として育てられたんじゃ。同じ屋敷で暮らしておった事もあったが、わしは一度も会わせて貰えんかったわ」
「ほう‥‥‥という事は、北川殿は伊勢伊勢守の娘として、今川家に嫁いで来たというわけか」
「そういう事じゃ」
「成程のう。そうじゃろうのう。今川家の正室になるには、その位の格式がないと無理じゃわな」
「お陰で、わしはこうして、のんびりしておられるというわけじゃ」
「わしらも、こうして駿河までやって来たというわけじゃ」と小太郎は笑った。
今川屋形は西側に阿部川が流れ、北側に北川が流れ、南側と東側は北川と阿部川から水を引き入れた濠(ホリ)に囲まれていた。川や濠の内側に高い土塁を築き、その土塁に囲まれた一画を今川屋形、駿府屋形、あるいは、お屋形と称していた。その一画の中に、守護所、義忠の屋敷、北川殿、菩提寺(ボダイジ)などがあり、さらに重臣たちの屋敷が並んでいる。ほぼ中央に濠に囲まれた守護所があり、大通りを挟んで北側に、やはり濠に囲まれた義忠の屋敷がある。北川殿は義忠の屋敷と濠を隔てて北側に建てられてあった。北川殿も義忠の屋敷とつながる濠で囲まれていた。北川殿の北側には道と土塁を隔てて北川が流れている。
今川屋形に入るには、東西南北各一ケ所づつ入り口である門があった。東側が大手門で、その門の東側には二の曲輪(クルワ)と呼ばれる濠に囲まれた一画があり、武家屋敷が並び、詰(ツメ)の城である賤機山城(シズハタヤマジョウ)へと続く道への入り口がある。そして、二の曲輪の東側に城下町が広がっていた。
早雲たちは鎌倉街道を通って来たので南門から入った。今川屋形に入るには過書(カショ、通行許可証)が必要だが、早雲は義忠直々(ジキジキ)の過書を持っていた。また、一々、過書を見せなくても門番とは顔見知りだった。南門から入った三人は大通りを真っすぐ進んで、義忠の屋敷を横に見ながら北川殿に行った。帰りは北門をくぐって外に出ると、北川を渡って、浅間神社の表参道を通り、浅間(センゲン)神社を参拝した。北川を渡ると屋形内とは、まるで別世界のように賑やかで、町人たちが大勢、行き来していた。
「ここに来るのも久し振りじゃ」と小太郎は言った。
「おぬし、駿河に来た事あったのか」
「ああ、あの時は火乱坊(カランボウ、慶覚坊)と一緒じゃった。もう二十年も前の事じゃ」
「そうか、火乱坊と来たか」
「ああ。お屋形には入らなかったがのう。こういう形で、また、ここに来るとは思ってもおらんかったわ」
「そうじゃのう。喜八じゃないが、備中で育って、京に行き、そして、駿河まで来るとはのう。自分の事ながら信じられんわ」
「もしかしたら、十年後は、もっと東の方におるんじゃないのか」
「関東か‥‥‥かもしれんのう。先の事はまったく分からんわ」
早雲と小太郎は話をしながら、お雪に付き合って、浅間神社の門前に並ぶ店々を見て回った。時勢がら神社の門前にも武具を扱う店が増えて来ていた。
4
駿府に出掛けた早雲、小太郎夫婦は浅間神社を参拝した後、せっかく、ここまで来たのだから、ついでに小鹿逍遙入道(オジカショウヨウニュウドウ)を訪ねてみるかと小鹿の庄に向かった。
逍遙入道は三人を歓迎し、急に訪ねて行ったにも拘わらず、大層な御馳走で持て成してくれた。逍遙入道の息子の新五郎も、今朝、お屋形様と共に遠江に戦に出掛けたらしかった。
早雲たちは逍遙入道から遠江の状況を聞いた。
遠江の国の守護、斯波(シバ)氏は家督争いを続け、それが応仁の乱の一つの原因ともなっていた。斯波氏は足利一門で、細川氏、畠山氏と共に三管領家(カンレイケ)の一つとして幕府の重職に就く家柄だった。応仁の乱の始まる前は越前、尾張、遠江と三国の守護職(シュゴシキ)を兼ねていたが、家督争いを続けているうちに、土地を直接に支配していた者たちが力を持ち、越前は家臣の朝倉氏に奪われ、尾張は守護代の織田氏に奪われ、遠江は駿河守護の今川氏に奪われるという形になっていた。しかし、今川氏はまだ完全に遠江を手に入れたわけではなかった。遠江のほぼ中央を流れる天竜川を境にして、東はほぼ制圧していたが、西はまだ斯波氏方の勢力範囲だった。
遠江の国は足利尊氏が幕府を開いた後、尊氏に貢献した今川心省(シンショウ)入道(範国)から、今のお屋形、義忠の曾祖父、上総介泰範(カズサノスケヤスノリ)の代まで、今川家が守護職となっていたため、かつて、今川家の被官(ヒカン)となっていた国人たちが多かった。しかも、国府(磐田市)の側の堀越には、今川家の一族である堀越氏が代々、勢力を持っていた。その他、西部には井伊氏、大河内氏、中部には天野氏、狩野氏、東部には横地(ヨコチ)氏、勝間田(カツマタ)氏などが、古くから土地に根を張って力を持っていた。
応仁の乱が始まった当時、遠江の有力国人の多くは守護の斯波氏に従って、西軍として京に出陣した。駿河守護の今川治部大輔義忠も兵を引き連れ京に向かった。東軍となった義忠は細川勝元に命じられ、後方撹乱のために駿河に戻って遠江に進行した。初めのうちは、命ぜられたまま遠江に進撃していたが、越前の朝倉氏が斯波氏を追って越前の守護になったと聞き、遠江を我物にしようと本格的に進攻し始めた。
文明六年(一四七四年)、義忠は狩野氏の拠点である見付城(磐田市)を攻めて狩野氏を倒し、家臣の朝比奈備中守泰煕(アサヒナビッチュウノカミヤスヒロ)に掛川に城を築かせ、福島左衛門尉助春(クシマサエモンノジョウスケハル)に掛川の南、土方(ヒジカタ)の高天神(タカテンジン)山に城を築かせ、東遠江を攻略させた。ようやく、東遠江をまとめ、西遠江に進出しようとしている、この時期になって、尾張に来ている斯波左兵衛督義廉(サヒョウエノカミヨシカド)にそそのかされたのか、東遠江の横地、勝間田、鶴見の三氏が、今川氏に反旗を翻(ヒルガエ)したのだった。
去年の十月、三氏は大井川を占拠し、駿河と遠江の交通を遮断した。義忠は遠江今川氏の堀越陸奥守貞延(ムツノカミサダノブ)に三氏の退治を命じた。貞延は一千余の兵を引き連れ、各地で敵を蹴散らしたが、小夜(サヨ)の中山の狭い道に引き込まれて挟み打ちに合い、兵を立て直す事もできずに敗れ、討ち死にしてしまった。勝利を得た三氏は味方を募(ツノ)りながら、かつての狩野氏の拠点だった見付城に立て籠もった。そして、今も三氏は見付城を拠点に西遠江の斯波氏方と手を結び、東遠江の国人たちに、今川氏を遠江から追い出せと叫んでいる。
「ほう、すると、お屋形様は見付まで出陣したのですか」と早雲は聞いた。
「そうじゃ。見付に行く前に、志戸呂(シトロ)、勝間田、横地の諸城を落として行く事じゃろう」
「成程。まず、本拠地を潰し、帰る所をなくしてから攻めるという事ですか」
「まあ、すぐに片が付くじゃろう。見付城は一年程前、狩野氏が籠もったが落城しておる。いくら修復したとしても、一年前より堅固になるわけがない。すぐに落ちるじゃろう。それに一年前の時とは事情が違う。掛川と土方に楔(クサビ)が打ってある。国人たちもそう簡単に寝返る事もあるまい」
「そうでしょうな‥‥‥わしらは帰って来る時、見付の城下を通って来ましたが、戦が始まるような雰囲気はありませんでした」と早雲は言った。
「そうじゃろう。敵は今、いい気になっておるんじゃ。今川一族の堀越氏を倒して国府を占領した。すでに遠江を取った気でおるんじゃ。正月そうそう駿府から攻めて来るはずがないと安心しておるのじゃろう。可哀想じゃが、奴らの首と胴がつながっておるのも、そう長い事はないわ」
「うむ」と早雲は頷いた。
「わしにはよく分からんのじゃが、どうして、横地、勝間田とやらは今川家を寝返ったんじゃろ」と小太郎は聞いた。
「横地氏にしろ、勝間田氏にしろ、鎌倉に幕府のあった昔から遠江に根を張って来た豪族じゃ。足利氏の時代になって、今川家の被官とならざる得なかったが、応仁の乱が始まってからというもの、乱世となり、幕府の重職に就いておった斯波氏は家督争いを始め、以前のような力を失ってしまっておる。横地、勝間田らも実力を持って遠江を奪い取る事も夢ではないと考えたんじゃろう」
「勝てる見込みはあったんじゃろうか」
「あったから兵を挙げたんじゃろうのう」
「という事は、今川勢にとっても難しい戦になるのではありませんか」
「ところが、そうはならんのじゃ。横地、勝間田を踊らせておるのは、尾張の織田伊勢守のもとにおられる斯波左兵衛督殿じゃ。左兵衛督殿は遠江を取り戻そうとして色々と画策しておるが、直属の兵はわずかしかおらん。織田伊勢守の軍勢を遠江に送るつもりでおっても、伊勢守も尾張国内の戦に忙しくて遠江まで出て来る余裕などないんじゃ。三河の吉良(キラ)殿も遠江を狙っておるが、これも今川家に対抗するだけの勢力は持ってはおらん。横地、勝間田らは斯波左兵衛督殿が大軍を率いて天竜川を越えて来る事を信じて見付城に籠もっておるんじゃが、まあ、無理じゃろうのう」
「斯波氏に躍らされたのか‥‥‥」
「多分、遠江の守護代に任命するとでも言われたんじゃろう。それと、お屋形様が掛川と土方に城を築いたため、このまま今川の被官でおったら、いつか、自分たちの土地を今川家に奪われてしまうのではないか、という危機感を感じておったのかもしれんのう。黙っておって土地を奪われるより、寝返って斯波殿に付き、遠江から今川家を追い出し、国内をまとめてから斯波殿と手を切り、遠江の守護職を実力で勝ち取ろうと夢を見たのかもしれんわ」
「うむ。成程のう」
「まあ、戦の話はそれ位にして、早雲殿、旅の話でも聞かせてくれんか。わしらはすでに俗世間とは縁を切ったはずじゃ。戦の事は武士たちに任せておけばいい」
「まあ、そうですな。わしらには関係ないか」と早雲も言った。
早雲は逍遙入道に連歌師宗祇の話をした。逍遙入道も連歌は好きだった。早雲と逍遙の話は弾んでいたが、連歌の事などあまり知らない小太郎とお雪にとっては退屈だった。
それを察したのか、入道は突然、話題を変えて、小太郎たちに医術の事を聞いた。やがて、医術の話から加賀の国の話となり、逍遙は興味深そうに加賀の状況を聞いていた。
「噂には聞いておったが、加賀の国がそんな状況になっておったとは驚きじゃのう。しかし、本願寺の上人様がそんなお人だったとは信じられん事じゃ」
「はい。噂とはまるで違ったお人です」
「上人様は確か、日野氏の出じゃったかのう」と逍遙は聞いた。
「さあ」と小太郎は首を傾(カシ)げた。
「はい。日野氏です」と答えたのは早雲だった。
「ほう、おぬし、よくそんな事を知っておるのう」
「上人様の奥方は伊勢家の娘だったんじゃよ。上人様が叡山(エイザン)の法師と争っておった頃、伊勢守殿がやたらと動き回っておったわ。その時、聞いたんじゃ」
「奥方が伊勢家の娘じゃったのか、どの奥方じゃ」
「一番最初と二番目じゃ。確か、上人様が吉崎に行かれる前に亡くなったと聞いておるが、子供はおるはずじゃ」
「おう、子供はぎょうさんおるわ。あの子らに伊勢家の血が流れておったとはのう」
「ほう、さすが、伊勢氏じゃのう」と逍遥は驚いていた。
「伊勢氏と言っても色々ありますから‥‥‥これからの時代は源氏だの平氏だのといった血筋だけで事を決めるという事はできなくなるかもしれません」と早雲は言った。
「と言うと」と逍遙は聞いた。
「地下人(ジゲニン)たちが、のし上がって来るという事です」
「そんな事はあるまい」
「まあ、駿河の国は安泰でしょうな」
「わしが言うのも何じゃが、今のお屋形様はなかなかの武将じゃ。わしはお屋形様は昔のように、駿河だけでなく遠江の守護職にも就くと確信しておるんじゃ。もしかしたら、三河までも進出するかもしれん。先が楽しみじゃわい」
「確かに、それは言えますね」と早雲も言った。
小太郎は、お屋形、今川治部大輔義忠に会った事はないが、早雲がそれ程まで言うのなら一流の武将に違いないと思った。吉崎にいた時、朝倉弾正左衛門尉孝景(ダンジョウザエモンノジョウタカカゲ)に会いに一乗谷に行った事があったが、あの時は朝倉孝景に会う事はできなかった。蓮崇や大橋長次郎から聞いた話だと、やはり、一流の武将だという。確かに、朝倉の場合は斯波氏の家臣の身でありながら、主人を追って越前の国をまとめる程だから一流に違いなかった。朝倉孝景には会う事ができなかったが、今川義忠にはぜひ、会ってみたいものだと思った。
2.駿府2
5
一雨、来そうな空模様だった。
早雲と小太郎は、荒川坊、才雲、孫雲、寅之助の四人を引き連れて村々を回っていた。半年間、留守にしていたので、村々の様子を調べるためだった。早雲がこの地で暮らして行けるのは、村人たちのお陰であった。村人たちが困っていれば何でも相談に乗って、なるべく解決してやりたかった。
村人たちから早雲は偉い僧侶だと思われていた。自分で素性を言った事などないのに、駿府のお屋形に出入りし、この辺り一帯の領主でもある小河(コガワ)の長者、長谷川次郎左衛門尉の屋敷にも出入りしている。村人から見たら偉い人だと思うのは当然の事だった。その偉いお人が立派な寺院に入らないで、丘の上に庵を建てて住み、少しも偉ぶった所もなく、誰とでも気軽に話をしてくれる。そして、村人のために道や橋、潅漑用水を直したり、人手が足らない時は田畑の仕事まで手伝ってくれる。かといって、早雲の方から村人たちに何かを求めるという事はなく、難しい説教をする事もない。また、村と村が水争いをした時なども公平に裁いてくれるので、誰からも頼りにされ、慕われていた。
今回、村々を回ってみたが、これといって困っている様子はなかった。早雲たちは村々を巡った後、小河湊を見て回り、早雲庵に帰って来た。早雲たちが帰って来たのと同時位に雨がポツポツと降り出して来た。
三軒になった早雲庵は、一番最初の庵を早雲と小太郎が使い、春雨のために建てた春雨庵に春雨とお雪が寝泊りしていた。そして、新しく建てた庵は富嶽庵と名づけ、今は富嶽がいないが、多米と荒木、荒川坊と早雲の弟子二人が使用していた。寅之助はその日によって好きな所で寝ていた。
最初の早雲庵は、早雲一人が暮らせればいいと思って建てたので、半分が土間で台所があり、半分が板の間で板の間は二つに分かれ、一つに囲炉裏が付いていた。春雨庵は春雨一人が住むために建てたので、ちょっとした土間と板の間が一つあるだけの小さなものだった。早雲がいない留守に建てられた富嶽庵は、大きさは早雲庵と同じで、板の間が三つあり、その分、土間が狭かった。春雨庵には竃(カマド)は付いていないが、早雲庵と富嶽庵には竈が付いていた。早雲庵の北側に井戸があり、風呂と厠(カワヤ)があった。
早雲たちが早雲庵に帰って来た時、春雨とお雪が飯の支度をしていた。珍しく、客はいなかった。さっきまで近所の与次兵衛爺さんがいたが、雨が降りそうだと帰って行ったと言う。
囲炉裏の間に上がると早雲は春雨に声を掛けた。
「多米と荒木はいないようじゃが、とうとう関東に旅だったのか」
「口だけですよ」と春雨は言った。「旅になんか行くもんですか、また、博奕(バクチ)を打ちに行ったんですよ」
「湊にか」
「そうでしょう」
「銭もないのに、よく博奕なんかできるな」
「荒木さんが、うまいみたいですよ」
「へえ、奴がねえ。関東に行って一旗挙げるという話は取りやめか」
「知りませんけどね。ほんとに行く気があるんだか分かりはしませんよ」
「まあ、そのうち出て行くじゃろう」
「あの二人も変わった奴らじゃな」と小太郎は囲炉裏に薪をくべながら言った。
「荒木は伊勢の浪人で、多米は三河の浪人じゃ。あれで、なかなか腕は立つんじゃがのう」
「腕が立つのに浪人しておるのか」
「わしらと同じよ。奴らは奴らなりに何かをしようとしておるんじゃろ。しかし、その何かが分からない。自分を賭けられる程のものが見つからんのじゃろ」
「かもしれんのう」と小太郎は頷いた。「わしも最近になって、ようやく医者になろうと思い始めたが、まだ、他にやるべき事があるんじゃないのかと思う時があるわ」
「わしはもう、ここを死に場所と決めたわ。世を拗(ス)ねた一人の坊主として、この世から去ろうと思っておるんじゃ。もう、何も欲はない。ただのう、この間、一休殿と会って、あれ位の境地までたどり着きたいと思っておる。それだけが唯一の夢じゃ」
「融通無礙(ユウズウムゲ)の境地か」
「そうじゃ」
「おぬし、もう、死ぬ事まで考えておるのか」
早雲は笑った。「死を考えるという事は生を考えるという事さ。わしはまだ三十年は生きるつもりでおるわ」
「後三十年も生きるだと」小太郎は呆れた顔をして早雲を見た。「あと三十年も生きたら、わしら七十五じゃぞ。七十五になっても、ここにおるのか」
「ああ。ここにおって竜王丸(タツオウマル)殿の成長振りを楽しみながら見てるんじゃよ」
「そうか、竜王丸殿はおぬしの甥御(オイゴ)なんじゃのう。竜王丸殿が今川家を継ぐ事になるんじゃのう。そいつは楽しみじゃ」
「おぬしもここにおって、見守ってやってくれ」
「三十年後は竜王丸殿も立派な武将になっておる事じゃろうのう。そして、わしら、七十五歳の爺様二人が戦に出掛ける竜王丸殿を見送るというわけか」
「いや、七十五になっても、わしらは戦に出るんじゃよ」
「すると、わしらは竜王丸殿の家臣になるのか」
「いや、同朋衆(ドウボウシュウ)とやらになって戦について行くんじゃ」
「そいつは楽しそうじゃが、まあ、三十年、生きられたら考えてみよう」
その時、旅の僧が雨宿りさせてくれと飛び込んで来た。腰のまがった老僧だった。
早雲は、どうぞどうぞ、と老僧を囲炉裏の側に上げた。老僧は等阿弥(トウアミ)という時宗(ジシュウ)の僧だった。西の方から来たというので、早雲は遠江(トオトウミ)の戦(イクサ)の状況を聞いてみた。
「大井川の辺りに大勢の軍勢がおりましたが、戦はしておらんようでした」と等阿弥は答えた。
「昨日、出掛けたばかりじゃ。まだ、戦はしとらんじゃろう」と小太郎は言った。
「まあ、そうじゃな。見付の辺りはどうじゃ。軍勢がおったか」
「いえ、気がつきませんでしたが‥‥‥」
「敵はまだ、正月気分に浸っておるんじゃ」と小太郎は言った。
「遠江で戦が始まるのですか」と等阿弥は聞いた。
「ああ、始まる。もう、今頃、始まっておるかもしれんな」と早雲が答えた。
「そうですか‥‥‥」
「等阿弥殿はどちらからいらしたのですか」と小太郎は聞いた。
「どちらからと言われても‥‥‥わしは一年中、当てのない旅をしておりますので」
「当てのない旅か‥‥‥去年の秋から冬にかけては、どちらにいらっしゃいました」
「はあ、その頃は、多分、但馬(タジマ)の国辺りから伊勢の国辺りを旅していたと思いますが」
「但馬から伊勢か‥‥‥ちょっとお聞きしたいのじゃが、本願寺の上人様が今、どこにいらっしゃるか、噂などお聞きではないですか」
「本願寺の上人様でしたら、今、河内(カワチ)の国の出口という所に御坊をお建てになって、布教していらっしゃいます」
「そうか、河内にいらっしゃったのか‥‥‥それで、皆、御無事なのじゃな」
「はい。そのように伺っておりますが‥‥‥あなた様方は上人様のお知り合いなのでしょうか」
「なに、ちょっと世話になってのう。吉崎を出てからどこに行ったのか、ちょっと心配だったものじゃから‥‥‥そうですか、河内に行きましたか、これで一安心しました」
お雪も等阿弥の話を聞いていた。小太郎に笑いかけ、目で「よかったわね」と言っていた。
「加賀の状況はどんなだか、御存じありませんか」と小太郎は聞いた。
「はい。上人様が吉崎を出てからは、これといった騒ぎは起きてはおらんようです。ただ、北加賀では、守護に追い出された門徒たちが越中に避難したままです」
「ほう。等阿弥殿、結構、加賀の事に詳しいですな」
「はい。去年、北加賀で戦のあった時期、わしは丁度、河北潟(カホクガタ)の畔(ホトリ)の八田の道場におりました」
「そうか、河北潟の畔におったのか。それでは倉月庄の聖安寺(ショウアンジ)が焼かれた時、近くにおられたわけですな」
「はい。あの時、亡くなった人たちに引導(インドウ)を渡して回りました」
「そうじゃったのか。実はわしらもあの時、あそこにおったんじゃよ」
「門徒の方だったのですか」
「いや、わしはただの医者じゃ。あの時、怪我した者たちを治療して回っておったんじゃ」
「お医者様でしたか‥‥‥聖安寺もひどい有り様でしたが、専光寺はもっと悲惨でした」
「そうじゃのう‥‥‥あれはひどかった。しかし、蓮如殿が吉崎を出て一段落したらしいのう。戦が起きなくてよかったわ」
「はい。戦をしようとしておった張本人の下間蓮崇(シモツマレンソウ)という悪僧が破門になったお陰で、戦は静まりました」
「蓮崇か‥‥‥」
等阿弥は蓮崇が悪いと本気で信じているようだった。小太郎も早雲も、蓮崇がなぜ、本願寺を破門になったのか真相を知っていた。蓮崇が破門になった後、どれだけ苦しんでいたかを知っていた。しかし、世間では蓮崇は悪僧になってしまっていた。二人は等阿弥の話を聞いて、いたたまれない心境だった。
「蓮崇というのは、そんなに悪い坊主だったのか」と小太郎はあえて聞いてみた。
「はい。蓮崇は上人様を閉じ込めて、真実を語らず、門徒たちに勝手に戦の命令を出したそうです。しかし、松岡寺(ショウコウジ)殿(蓮綱)が近江から顕証寺(ケンショウジ)殿(順如)をお呼びになって、上人様に真実を告げて、蓮崇を破門にしたそうです。破門になった蓮崇は湯涌谷(ユワクダニ)に逃げましたが、追っ手に攻められて討ち死にしたとも、どこかに逃げたとも言われております」
「そうか‥‥‥」と小太郎は言うと立ち上がり、縁側に出て外の雨を眺めた。
雨はどしゃ振りになっていた。
馬鹿な奴じゃ、と小太郎は思った。何も悪い事をしてないのに、本願寺のために悪者になっている。今頃、そんな事も知らずに飯道山で修行に励んでいる事だろう。一年後、山を下りて加賀に行き、陰の組織を作って、門徒たちのために守護を倒してくれるよう願わずにはいられなかった。
等阿弥はその晩、早雲庵に泊まり、皆に旅の話をして、次の朝早く、遠江へと旅立って行った。東に向かう予定だったが、遠江で戦になれば、仏を供養(クヨウ)しなければならないと言って、腰を曲げながらも強い足取りで西に向かって行った。
「達者じゃのう」と後姿を見送りながら早雲は言った。
「ああ、七十は越えておるじゃろうのう。死ぬまで、ああして旅をするのかのう」
「死ぬまでするさ。たとえ、歩けなくなっても、やりそうじゃな」
「死ぬまで、旅か‥‥‥」
早雲は毎日、何やら忙しそうに、あっちに行ったり、こっちに行ったりしていた。
お雪は春雨を手伝いながら、訪ねて来る客たちの相手をしている。
寅之助はいつの間にか仲間ができたとみえて、毎日、近所の子供たちと遊び回っていた。
小太郎は特にする事がなく、時々、早雲の弟子たちを相手に剣術の稽古をする以外は毎日、ゴロゴロしていた。
多米と荒木の二人は小河湊に博奕に行ったまま、どこに行ったのか帰っては来なかった。
ここに来て七日目、ようやく、駿府に空き家が見つかったと、小河の次郎左衛門尉から知らせが届いた。その空き家は浅間(センゲン)神社の門前にあって、町医者を開業するには丁度いい所だと言う。前に住んでいたのは、小太郎と同じ医者だったが、いかさま祈祷師(キトウシ)で、浅間神社と何やら揉めて夜逃げをしたらしかった。さっそく、小太郎はお雪を連れて見に行く事にした。早雲と春雨も一緒に付いて来た。
浅間神社の門前町は相変わらず賑やかだった。
お目当ての家は浅間神社の表参道を西に入り、右側の七軒目の家だった。家の裏は土手になっていて北川が流れている。北川の向こうは今川屋形だった。丁度、ほぼ正面に北川殿がある。ただし、屋形は高い土塁で囲まれているので、土手に上がってみても北川殿の屋根しか見る事はできなかった。しかし、北川殿の近くには違いない。この先、何かと便利だろうと思った。
北川殿が近くだという事で一番喜んだのは早雲だった。用があって駿府に来た時、ここに小太郎が住んでいれば、堅苦しい屋敷に泊まらなくても済むし、町人の噂から駿府の様子も詳しく分かるだろうと喜んでいた。
春雨も北川殿の娘に踊りを教えに来た時は、ここにお世話になろうと言っていた。
建物は古いが、小太郎たちが吉崎で借りていた家よりも少し広いようだった。かなり広い土間があり、南側の庭に面して縁側があって、部屋は五部屋もあった。一部屋は土間に面していて細長く、客を待たせて置くのに丁度よかった。多分、前に住んでいた祈祷師も、この部屋に客を待たせたに違いなかった。
「どうだ」と小太郎はお雪に聞いた。
「いいんじゃない」とお雪は笑った。
「銭はあるのか」と早雲は心配した。
「大丈夫。蓮崇からたっぷりと礼銭を貰った」
「蓮崇から?」
「ああ。蓮崇は本願寺で執事(シツジ)をやっておった位じゃからな、かなり溜め込んであったんじゃろ。吉崎を出る時、先の事を考えて、かなり持ち出したらしい。しかし、新しい生き方が見つかったんで、飯道山に収める銭以外はもう用がないって言うんじゃ。今まで世話になったからといって、わしらにくれると言った。わしは断ったが、蓮崇は、わしにやるんじゃない。病気や怪我で苦しんでおる人のために使ってくれ、と言ったんじゃ。そうまで言われたら、断れなくてな、貰う事にした。蓮崇のためにも、わしらは病人や怪我人の治療をせにゃならんのじゃ」
「そうか、蓮崇がのう‥‥‥今頃、どうしておるかのう」
「百日行をやり通したんじゃ。もう、怖いものなどないじゃろう」
「そうじゃな。今思うと、とても信じられん事じゃ」
「なに、蓮崇はもっと信じられん程、どでかい事をやるわ」
「本願寺か‥‥‥わしも一度、加賀に行って、実際にどんな状況か見て来たくなったのう」
「行って来いよ。火乱坊の奴が喜ぶぜ」
「火乱坊か、奴にも会いたいのう。加賀か‥‥‥」
「あたしも行く」と春雨が口を挟んだ。
「何じゃ」と早雲は春雨を見た。
「早雲様は一度、旅に出ると、いつ帰って来るのか分からないんだもの。ずっと待ってるなんて辛くて我慢できないわ」
「早雲よ」とニヤニヤしながら小太郎が言った。「おぬし、坊主なんかやめたらどうじゃ。人間、素直になるのが一番じゃぞ」
「分かっておる。分かっておるが、わしの立場も考えてくれ」
「立場か、そんなもの捨てちまえ。ここから離れれば立場も何もあるまい」
「そうよ。駿河から出ればいいんだわ」と春雨が言った。
「勝手な事を言うな。駿河から出て、どこに行くんじゃ」
「加賀に行けばいい」
「加賀に行ってどうする。わしはおぬしのように医術など知らん」
「それは大丈夫じゃ。わしは火乱坊の奴から、さんざ、本願寺の坊主になれと誘われた。おぬしだって本願寺の坊主になれば、火乱坊は大喜びじゃろう。おぬしなら本願寺の坊主になって戦の大将だって勤まるわ」
「おぬしは、どうして本願寺の坊主にならなかったんじゃ」
「わしは長年、山伏をやり過ぎた。いつも一人で生きて来た。今更、ああいう仲間意識のある連中の中に、すんなりと入って行く事ができなかったんじゃ。おぬしならできるじゃろう。わしは火乱坊や蓮崇たちが羨ましかった。いつも仲間に囲まれておって、一つの事に熱中しておる。同じ目的のために命を張って生きておる。蓮如殿の教えは立派じゃ。わしは今まで、本気で人を尊敬した事などなかった。いつも下らん連中ばかりじゃと思っておった。しかし、わしは蓮如殿を心の底から尊敬した。この世にあんな人がおったのかと思う程、凄いお人じゃった‥‥‥早雲、おぬしも一度、蓮如殿に会ってみれば分かる。蓮崇が百日行をやり通したのも、蓮如殿のお力じゃ。蓮崇の頭の中には蓮如殿の事しかない。蓮如殿のために門徒たちを守らなければならないと思い、死に物狂いで歩き通したんじゃ。蓮如殿に会って、そして、加賀の国をその目で実際に見て来るんじゃ。そうすれば答えは自然と出る」
「蓮如殿か‥‥‥珍しいな、おぬしがそれ程、力説するのは‥‥‥そうじゃな、わしは楽な道を選んでおったのかも知れんな。ここにおれば何不自由なく暮らせる。わしは今まで逃げ続けて来たのかもしれん‥‥‥」
「新九郎、酒でも飲みながら話さんか。おぬしとこうして真面目に話をするのも久し振りじゃ」
「そうじゃのう。若い頃はよく話し合ったものじゃったが、久し振りに会っても、どこで何しておったか、というような思い出話しかなかったからのう。久し振りに、とことん話してみるか」
「お雪、悪いが酒を買って来てくれんか」
お雪は頷くと春雨と一緒に出て行った。
小太郎と早雲は縁側に腰を下ろした。
「わしはのう」と早雲は言った。「はっきり言って、今まで、ずっと逃げて来たんじゃ。二人で京に出た時からじゃ。無一文になって、おぬしは旅に出た。しかし、わしは伊勢守殿のもとに居候(イソウロウ)した。一旗挙げるためのきっかけを作るために居候しておるんじゃ、と自分に言い聞かせて来たが、逃げた事には変わりがない。ようやく、機会が巡って来て、わしは今出川殿(足利義視)の申次衆(モウシツギシュウ)になった。わしは次の将軍になるべく今出川殿に期待した。色々と話し合った事もあった。わしは今出川殿と共に新しい世を作ろうと張り切っていた。しかし、応仁の乱が始まって、今出川殿は東軍の大将になったにも拘わらず、京から逃げ出して行った。言っている事とやる事は大違いじゃった。とても将軍になれる器ではなかったんじゃ。わしは今出川殿と別れた。その時も逃げたんじゃ‥‥‥将軍家の内輪揉めの中に入って行くのが恐ろしかったのかもしれん。そして、浪人となった。浪人しておる時、備中に帰った。幕府と縁を切ったにも拘わらず、わしの回りには常に幕府が付いておった。田舎では未だに幕府と言えば権威の象徴じゃ。わしは幕府に仕えておる偉い人じゃと言われた。人々にそう思わせておいた方が争い事を静めるのに都合がいいと思ったから、わしはあえて否定はしなかった。逆に、皆から偉いと思われる事に内心、喜んでおった事も確かじゃ‥‥‥争い事も治まって、わしは京に戻り、家族と別れ、頭を丸めて旅に出た。今度こそ幕府とは縁を切り、本気で武士をやめた。そして、駿河に腰を落ち着けたが、幕府の影は相変わらず、わしに付いて来ているんじゃ」
「それは仕方ないんじゃないかのう。過去というものは消す事ができんもんじゃ」
「分かっておる。しかし、そのお陰で、わしは色々と邪魔な物を身に付けるはめになったんじゃ。わしはただ気楽に暮らしたいだけじゃったが、いつの間にか、偉い禅僧に仕立て上げられてしまった。わしはその事を迷惑に思いながらも、反面、満足もしておった。このまま偉い禅僧のまま、ずっと、ここにいようと思った‥‥‥この前、京に行った時、一休禅師と会い、そんな生ぬるい事を考えておったわしは、一休禅師に思い切り殴られたような衝撃を受けた‥‥‥本物の禅を実践しなければと決心した。百日行をして、さらに、その決心を固めた。しかし、駿河に帰って来ると、やはり、それを実行する事はできなかった。あれだけ決心したにも拘わらず、戻って来た途端、皆から偉いと思われておる、ただの坊主に戻ってしまった」
「おぬしが本物の禅を実行するために、何をしようとしておるのか知らんが、今の状況でも充分にできるんじゃないのか」
「いや、できんのじゃ。わしがおかしな事をすれば、北川殿に迷惑がかかって、北川殿が悲しむ事になる。北川殿も、わしの事を少し変わっておるが偉い僧侶だと思っておるんじゃ。少し位変わっておるのなら構わんが、変わり過ぎておったら困るんじゃ」
「一体、何をするつもりなんじゃ」
「女犯(ニョボン)を犯す」と早雲は真面目な顔で言った。
「なに、女犯を犯す? 早い話が春雨殿を抱きたいという事か」
「まあ、そういう事じゃ」
「惚れたのか」
「ああ、惚れた」
「向こうも惚れておるようじゃしな。なるようにしかならんじゃろ」
「ところが、なるようになったら、わしはここにおられなくなる。わしだけなら構わんが、北川殿に傷が付く事になるんじゃ」
「そりゃそうじゃのう。おぬしが春雨殿を抱けば、隠しておったとしても、必ず、噂になる。偉い坊主も地に落ちる事になるのう。村人たちからも相手にされなくなるかもしれん‥‥‥坊主になどならずに、ただの浪人で、ここに来ればよかったのにのう」
「いや、わしが坊主だったから、こうして、ここにおられるんじゃ。わしが武士のままだったら、北川殿の兄として今川家の派閥争いに巻き込まれて、幕府におった頃と同じ目に合わされたに違いないわ」
「今川家にも派閥争いがあるのか」
「そりゃあるさ。一族が多いからのう。この前会った逍遙(ショウヨウ)殿など、ずっと、わしが幕府から遣わされて、今川家の内情を調べに来たと疑っておったんじゃ。去年になって、ようやく、その疑いも晴れ、今では打ち解けておるがのう」
「ほう、今川家には幕府に隠しておくような事があるのか」
「駿河の国は幕府権力の及ぶ東の最先端にあるんじゃ。今川家は常に幕府方として、関東の見張り役を務めておったんじゃよ。先代の鎌倉公方(クボウ)の頃より幕府と鎌倉の対立が激しくなって、公方と管領(カンレイ)の上杉氏が争いを始めると幕府は上杉氏に味方して、公方を倒したんじゃ。一時、関東には公方がおらんかった。しかし、公方がおらんと関東をまとめる事ができんというので、元公方の遺児を呼んで公方とした。初めの頃はうまく行っておったが、また、争いが始まった。また、公方と管領が争いを始めたんじゃ。幕府は常に管領の味方をした。当然、今川家も管領を助けるために、幕府の命で何回か関東に出陣した。応仁の乱が始まると、幕府は関東の事どころではなくなった。今川家は東軍として幕府のために働いておったが、今は、はっきり言って幕府のために動いておるわけではない。自分の勢力を広げるために遠江に出陣しておる。一人歩きを始めている今川家は幕府にとって脅威なんじゃ。もし、関東の上杉氏、あるいは、鎌倉公方、今は鎌倉を追い出されて下総(シモウサ)の古河(コガ)におるので、古河公方と呼ばれておるが、その公方と手を結んで、さらに西へと手を伸ばして来たら、大変な事になると脅えておるんじゃよ」
「実際、関東と手を結ぼうとしておる者たちがおるのか」
「おるんじゃ。特に駿河の東の方にな」
「お屋形様はどうなんじゃ」
「お屋形様はそんな気はないじゃろう。それに幕府も今川家が裏切るとは思ってはおらん。ただ、今川家中の関東派の者たちが、わしが来たという事で、勝手にそのように勘ぐっただけの事じゃ」
「成程のう‥‥‥関東派というのは逍遙入道の事か」
「いや、逍遙入道は今はもう完全に隠居しておる。かえって、今川家が二つに分かれる事を心配しておる。わしがお屋形様のもとに出入りして、関東派の者たちを刺激しはしないかと心配しておったらしい」
「ふーん」
「今川家の事はどうでもいいんじゃ。今の所は安泰じゃ。それより、わしの事じゃ。わしははっきり言って今まで、自分で何かをやろうとした事がないんじゃ。何かをやろうとしたと言えば、ガキの頃、おぬしと一緒に備中を飛び出した事位かのう。あの時だって、おぬしに誘われて従っただけじゃった。京に来て伊勢守のもとにおった頃も、ただ、命ぜられるままに生きて来た。今出川殿の申次衆になったのもそうじゃし、嫁を貰ったのもそうじゃ。今出川殿と別れたのは自分の意志には違いないが、ただ逃げただけじゃった。そして、今も逃げておる。女子(オナゴ)が抱きたい癖に、回りを気にして、それすらできんのじゃ。情けないわ」
「どうして、坊主になどなったんじゃ」
「一休殿の真似がしたかっただけじゃ。まさか、この年になって、女に惚れるなんて思ってもおらなかったしのう」
「ここを離れるしかないのう」
「ああ」
「わしものう。おぬしとそう変わりはせん。自分で何かをした事などなかった。いつも、成り行きまかせに生きて来た。お雪と出会ってからじゃ、わしが医術の道に生きようと決心したのはな。最初、ただ、口から出まかせに言った医者じゃったが、お雪と一緒に負傷者たちを治療して行くうちに、医者という仕事もなかなかのもんじゃ、と思うようになったんじゃ。おぬしも春雨殿と一緒になれば、何かが変わるかもしれん」
「そうじゃのう。本物の禅を実践するには、どうしても逃げておっては駄目なんじゃ」
「加賀に行けよ」
「ああ、そうするかのう」
お雪と春雨が酒と肴を抱えて戻って来た。
酒を飲みながら早雲と小太郎の話は続いていた。二人には構わず、お雪と春雨は家の掃除をしたり、町で買って来た日常用品を片付けていた。お雪は町で何を仕入れて来たのか、次々に、色々な物が運ばれて来た。
その晩、新居にて、四人でささやかな引っ越し祝いを行ない、夜遅くまで、真面目に人生について語り合っていた。そして、その夜、早雲はついに女犯を犯した。
「そうでしょう」
「銭もないのに、よく博奕なんかできるな」
「荒木さんが、うまいみたいですよ」
「へえ、奴がねえ。関東に行って一旗挙げるという話は取りやめか」
「知りませんけどね。ほんとに行く気があるんだか分かりはしませんよ」
「まあ、そのうち出て行くじゃろう」
「あの二人も変わった奴らじゃな」と小太郎は囲炉裏に薪をくべながら言った。
「荒木は伊勢の浪人で、多米は三河の浪人じゃ。あれで、なかなか腕は立つんじゃがのう」
「腕が立つのに浪人しておるのか」
「わしらと同じよ。奴らは奴らなりに何かをしようとしておるんじゃろ。しかし、その何かが分からない。自分を賭けられる程のものが見つからんのじゃろ」
「かもしれんのう」と小太郎は頷いた。「わしも最近になって、ようやく医者になろうと思い始めたが、まだ、他にやるべき事があるんじゃないのかと思う時があるわ」
「わしはもう、ここを死に場所と決めたわ。世を拗(ス)ねた一人の坊主として、この世から去ろうと思っておるんじゃ。もう、何も欲はない。ただのう、この間、一休殿と会って、あれ位の境地までたどり着きたいと思っておる。それだけが唯一の夢じゃ」
「融通無礙(ユウズウムゲ)の境地か」
「そうじゃ」
「おぬし、もう、死ぬ事まで考えておるのか」
早雲は笑った。「死を考えるという事は生を考えるという事さ。わしはまだ三十年は生きるつもりでおるわ」
「後三十年も生きるだと」小太郎は呆れた顔をして早雲を見た。「あと三十年も生きたら、わしら七十五じゃぞ。七十五になっても、ここにおるのか」
「ああ。ここにおって竜王丸(タツオウマル)殿の成長振りを楽しみながら見てるんじゃよ」
「そうか、竜王丸殿はおぬしの甥御(オイゴ)なんじゃのう。竜王丸殿が今川家を継ぐ事になるんじゃのう。そいつは楽しみじゃ」
「おぬしもここにおって、見守ってやってくれ」
「三十年後は竜王丸殿も立派な武将になっておる事じゃろうのう。そして、わしら、七十五歳の爺様二人が戦に出掛ける竜王丸殿を見送るというわけか」
「いや、七十五になっても、わしらは戦に出るんじゃよ」
「すると、わしらは竜王丸殿の家臣になるのか」
「いや、同朋衆(ドウボウシュウ)とやらになって戦について行くんじゃ」
「そいつは楽しそうじゃが、まあ、三十年、生きられたら考えてみよう」
その時、旅の僧が雨宿りさせてくれと飛び込んで来た。腰のまがった老僧だった。
早雲は、どうぞどうぞ、と老僧を囲炉裏の側に上げた。老僧は等阿弥(トウアミ)という時宗(ジシュウ)の僧だった。西の方から来たというので、早雲は遠江(トオトウミ)の戦(イクサ)の状況を聞いてみた。
「大井川の辺りに大勢の軍勢がおりましたが、戦はしておらんようでした」と等阿弥は答えた。
「昨日、出掛けたばかりじゃ。まだ、戦はしとらんじゃろう」と小太郎は言った。
「まあ、そうじゃな。見付の辺りはどうじゃ。軍勢がおったか」
「いえ、気がつきませんでしたが‥‥‥」
「敵はまだ、正月気分に浸っておるんじゃ」と小太郎は言った。
「遠江で戦が始まるのですか」と等阿弥は聞いた。
「ああ、始まる。もう、今頃、始まっておるかもしれんな」と早雲が答えた。
「そうですか‥‥‥」
「等阿弥殿はどちらからいらしたのですか」と小太郎は聞いた。
「どちらからと言われても‥‥‥わしは一年中、当てのない旅をしておりますので」
「当てのない旅か‥‥‥去年の秋から冬にかけては、どちらにいらっしゃいました」
「はあ、その頃は、多分、但馬(タジマ)の国辺りから伊勢の国辺りを旅していたと思いますが」
「但馬から伊勢か‥‥‥ちょっとお聞きしたいのじゃが、本願寺の上人様が今、どこにいらっしゃるか、噂などお聞きではないですか」
「本願寺の上人様でしたら、今、河内(カワチ)の国の出口という所に御坊をお建てになって、布教していらっしゃいます」
「そうか、河内にいらっしゃったのか‥‥‥それで、皆、御無事なのじゃな」
「はい。そのように伺っておりますが‥‥‥あなた様方は上人様のお知り合いなのでしょうか」
「なに、ちょっと世話になってのう。吉崎を出てからどこに行ったのか、ちょっと心配だったものじゃから‥‥‥そうですか、河内に行きましたか、これで一安心しました」
お雪も等阿弥の話を聞いていた。小太郎に笑いかけ、目で「よかったわね」と言っていた。
「加賀の状況はどんなだか、御存じありませんか」と小太郎は聞いた。
「はい。上人様が吉崎を出てからは、これといった騒ぎは起きてはおらんようです。ただ、北加賀では、守護に追い出された門徒たちが越中に避難したままです」
「ほう。等阿弥殿、結構、加賀の事に詳しいですな」
「はい。去年、北加賀で戦のあった時期、わしは丁度、河北潟(カホクガタ)の畔(ホトリ)の八田の道場におりました」
「そうか、河北潟の畔におったのか。それでは倉月庄の聖安寺(ショウアンジ)が焼かれた時、近くにおられたわけですな」
「はい。あの時、亡くなった人たちに引導(インドウ)を渡して回りました」
「そうじゃったのか。実はわしらもあの時、あそこにおったんじゃよ」
「門徒の方だったのですか」
「いや、わしはただの医者じゃ。あの時、怪我した者たちを治療して回っておったんじゃ」
「お医者様でしたか‥‥‥聖安寺もひどい有り様でしたが、専光寺はもっと悲惨でした」
「そうじゃのう‥‥‥あれはひどかった。しかし、蓮如殿が吉崎を出て一段落したらしいのう。戦が起きなくてよかったわ」
「はい。戦をしようとしておった張本人の下間蓮崇(シモツマレンソウ)という悪僧が破門になったお陰で、戦は静まりました」
「蓮崇か‥‥‥」
等阿弥は蓮崇が悪いと本気で信じているようだった。小太郎も早雲も、蓮崇がなぜ、本願寺を破門になったのか真相を知っていた。蓮崇が破門になった後、どれだけ苦しんでいたかを知っていた。しかし、世間では蓮崇は悪僧になってしまっていた。二人は等阿弥の話を聞いて、いたたまれない心境だった。
「蓮崇というのは、そんなに悪い坊主だったのか」と小太郎はあえて聞いてみた。
「はい。蓮崇は上人様を閉じ込めて、真実を語らず、門徒たちに勝手に戦の命令を出したそうです。しかし、松岡寺(ショウコウジ)殿(蓮綱)が近江から顕証寺(ケンショウジ)殿(順如)をお呼びになって、上人様に真実を告げて、蓮崇を破門にしたそうです。破門になった蓮崇は湯涌谷(ユワクダニ)に逃げましたが、追っ手に攻められて討ち死にしたとも、どこかに逃げたとも言われております」
「そうか‥‥‥」と小太郎は言うと立ち上がり、縁側に出て外の雨を眺めた。
雨はどしゃ振りになっていた。
馬鹿な奴じゃ、と小太郎は思った。何も悪い事をしてないのに、本願寺のために悪者になっている。今頃、そんな事も知らずに飯道山で修行に励んでいる事だろう。一年後、山を下りて加賀に行き、陰の組織を作って、門徒たちのために守護を倒してくれるよう願わずにはいられなかった。
等阿弥はその晩、早雲庵に泊まり、皆に旅の話をして、次の朝早く、遠江へと旅立って行った。東に向かう予定だったが、遠江で戦になれば、仏を供養(クヨウ)しなければならないと言って、腰を曲げながらも強い足取りで西に向かって行った。
「達者じゃのう」と後姿を見送りながら早雲は言った。
「ああ、七十は越えておるじゃろうのう。死ぬまで、ああして旅をするのかのう」
「死ぬまでするさ。たとえ、歩けなくなっても、やりそうじゃな」
「死ぬまで、旅か‥‥‥」
早雲は毎日、何やら忙しそうに、あっちに行ったり、こっちに行ったりしていた。
お雪は春雨を手伝いながら、訪ねて来る客たちの相手をしている。
寅之助はいつの間にか仲間ができたとみえて、毎日、近所の子供たちと遊び回っていた。
小太郎は特にする事がなく、時々、早雲の弟子たちを相手に剣術の稽古をする以外は毎日、ゴロゴロしていた。
多米と荒木の二人は小河湊に博奕に行ったまま、どこに行ったのか帰っては来なかった。
ここに来て七日目、ようやく、駿府に空き家が見つかったと、小河の次郎左衛門尉から知らせが届いた。その空き家は浅間(センゲン)神社の門前にあって、町医者を開業するには丁度いい所だと言う。前に住んでいたのは、小太郎と同じ医者だったが、いかさま祈祷師(キトウシ)で、浅間神社と何やら揉めて夜逃げをしたらしかった。さっそく、小太郎はお雪を連れて見に行く事にした。早雲と春雨も一緒に付いて来た。
6
浅間神社の門前町は相変わらず賑やかだった。
お目当ての家は浅間神社の表参道を西に入り、右側の七軒目の家だった。家の裏は土手になっていて北川が流れている。北川の向こうは今川屋形だった。丁度、ほぼ正面に北川殿がある。ただし、屋形は高い土塁で囲まれているので、土手に上がってみても北川殿の屋根しか見る事はできなかった。しかし、北川殿の近くには違いない。この先、何かと便利だろうと思った。
北川殿が近くだという事で一番喜んだのは早雲だった。用があって駿府に来た時、ここに小太郎が住んでいれば、堅苦しい屋敷に泊まらなくても済むし、町人の噂から駿府の様子も詳しく分かるだろうと喜んでいた。
春雨も北川殿の娘に踊りを教えに来た時は、ここにお世話になろうと言っていた。
建物は古いが、小太郎たちが吉崎で借りていた家よりも少し広いようだった。かなり広い土間があり、南側の庭に面して縁側があって、部屋は五部屋もあった。一部屋は土間に面していて細長く、客を待たせて置くのに丁度よかった。多分、前に住んでいた祈祷師も、この部屋に客を待たせたに違いなかった。
「どうだ」と小太郎はお雪に聞いた。
「いいんじゃない」とお雪は笑った。
「銭はあるのか」と早雲は心配した。
「大丈夫。蓮崇からたっぷりと礼銭を貰った」
「蓮崇から?」
「ああ。蓮崇は本願寺で執事(シツジ)をやっておった位じゃからな、かなり溜め込んであったんじゃろ。吉崎を出る時、先の事を考えて、かなり持ち出したらしい。しかし、新しい生き方が見つかったんで、飯道山に収める銭以外はもう用がないって言うんじゃ。今まで世話になったからといって、わしらにくれると言った。わしは断ったが、蓮崇は、わしにやるんじゃない。病気や怪我で苦しんでおる人のために使ってくれ、と言ったんじゃ。そうまで言われたら、断れなくてな、貰う事にした。蓮崇のためにも、わしらは病人や怪我人の治療をせにゃならんのじゃ」
「そうか、蓮崇がのう‥‥‥今頃、どうしておるかのう」
「百日行をやり通したんじゃ。もう、怖いものなどないじゃろう」
「そうじゃな。今思うと、とても信じられん事じゃ」
「なに、蓮崇はもっと信じられん程、どでかい事をやるわ」
「本願寺か‥‥‥わしも一度、加賀に行って、実際にどんな状況か見て来たくなったのう」
「行って来いよ。火乱坊の奴が喜ぶぜ」
「火乱坊か、奴にも会いたいのう。加賀か‥‥‥」
「あたしも行く」と春雨が口を挟んだ。
「何じゃ」と早雲は春雨を見た。
「早雲様は一度、旅に出ると、いつ帰って来るのか分からないんだもの。ずっと待ってるなんて辛くて我慢できないわ」
「早雲よ」とニヤニヤしながら小太郎が言った。「おぬし、坊主なんかやめたらどうじゃ。人間、素直になるのが一番じゃぞ」
「分かっておる。分かっておるが、わしの立場も考えてくれ」
「立場か、そんなもの捨てちまえ。ここから離れれば立場も何もあるまい」
「そうよ。駿河から出ればいいんだわ」と春雨が言った。
「勝手な事を言うな。駿河から出て、どこに行くんじゃ」
「加賀に行けばいい」
「加賀に行ってどうする。わしはおぬしのように医術など知らん」
「それは大丈夫じゃ。わしは火乱坊の奴から、さんざ、本願寺の坊主になれと誘われた。おぬしだって本願寺の坊主になれば、火乱坊は大喜びじゃろう。おぬしなら本願寺の坊主になって戦の大将だって勤まるわ」
「おぬしは、どうして本願寺の坊主にならなかったんじゃ」
「わしは長年、山伏をやり過ぎた。いつも一人で生きて来た。今更、ああいう仲間意識のある連中の中に、すんなりと入って行く事ができなかったんじゃ。おぬしならできるじゃろう。わしは火乱坊や蓮崇たちが羨ましかった。いつも仲間に囲まれておって、一つの事に熱中しておる。同じ目的のために命を張って生きておる。蓮如殿の教えは立派じゃ。わしは今まで、本気で人を尊敬した事などなかった。いつも下らん連中ばかりじゃと思っておった。しかし、わしは蓮如殿を心の底から尊敬した。この世にあんな人がおったのかと思う程、凄いお人じゃった‥‥‥早雲、おぬしも一度、蓮如殿に会ってみれば分かる。蓮崇が百日行をやり通したのも、蓮如殿のお力じゃ。蓮崇の頭の中には蓮如殿の事しかない。蓮如殿のために門徒たちを守らなければならないと思い、死に物狂いで歩き通したんじゃ。蓮如殿に会って、そして、加賀の国をその目で実際に見て来るんじゃ。そうすれば答えは自然と出る」
「蓮如殿か‥‥‥珍しいな、おぬしがそれ程、力説するのは‥‥‥そうじゃな、わしは楽な道を選んでおったのかも知れんな。ここにおれば何不自由なく暮らせる。わしは今まで逃げ続けて来たのかもしれん‥‥‥」
「新九郎、酒でも飲みながら話さんか。おぬしとこうして真面目に話をするのも久し振りじゃ」
「そうじゃのう。若い頃はよく話し合ったものじゃったが、久し振りに会っても、どこで何しておったか、というような思い出話しかなかったからのう。久し振りに、とことん話してみるか」
「お雪、悪いが酒を買って来てくれんか」
お雪は頷くと春雨と一緒に出て行った。
小太郎と早雲は縁側に腰を下ろした。
「わしはのう」と早雲は言った。「はっきり言って、今まで、ずっと逃げて来たんじゃ。二人で京に出た時からじゃ。無一文になって、おぬしは旅に出た。しかし、わしは伊勢守殿のもとに居候(イソウロウ)した。一旗挙げるためのきっかけを作るために居候しておるんじゃ、と自分に言い聞かせて来たが、逃げた事には変わりがない。ようやく、機会が巡って来て、わしは今出川殿(足利義視)の申次衆(モウシツギシュウ)になった。わしは次の将軍になるべく今出川殿に期待した。色々と話し合った事もあった。わしは今出川殿と共に新しい世を作ろうと張り切っていた。しかし、応仁の乱が始まって、今出川殿は東軍の大将になったにも拘わらず、京から逃げ出して行った。言っている事とやる事は大違いじゃった。とても将軍になれる器ではなかったんじゃ。わしは今出川殿と別れた。その時も逃げたんじゃ‥‥‥将軍家の内輪揉めの中に入って行くのが恐ろしかったのかもしれん。そして、浪人となった。浪人しておる時、備中に帰った。幕府と縁を切ったにも拘わらず、わしの回りには常に幕府が付いておった。田舎では未だに幕府と言えば権威の象徴じゃ。わしは幕府に仕えておる偉い人じゃと言われた。人々にそう思わせておいた方が争い事を静めるのに都合がいいと思ったから、わしはあえて否定はしなかった。逆に、皆から偉いと思われる事に内心、喜んでおった事も確かじゃ‥‥‥争い事も治まって、わしは京に戻り、家族と別れ、頭を丸めて旅に出た。今度こそ幕府とは縁を切り、本気で武士をやめた。そして、駿河に腰を落ち着けたが、幕府の影は相変わらず、わしに付いて来ているんじゃ」
「それは仕方ないんじゃないかのう。過去というものは消す事ができんもんじゃ」
「分かっておる。しかし、そのお陰で、わしは色々と邪魔な物を身に付けるはめになったんじゃ。わしはただ気楽に暮らしたいだけじゃったが、いつの間にか、偉い禅僧に仕立て上げられてしまった。わしはその事を迷惑に思いながらも、反面、満足もしておった。このまま偉い禅僧のまま、ずっと、ここにいようと思った‥‥‥この前、京に行った時、一休禅師と会い、そんな生ぬるい事を考えておったわしは、一休禅師に思い切り殴られたような衝撃を受けた‥‥‥本物の禅を実践しなければと決心した。百日行をして、さらに、その決心を固めた。しかし、駿河に帰って来ると、やはり、それを実行する事はできなかった。あれだけ決心したにも拘わらず、戻って来た途端、皆から偉いと思われておる、ただの坊主に戻ってしまった」
「おぬしが本物の禅を実行するために、何をしようとしておるのか知らんが、今の状況でも充分にできるんじゃないのか」
「いや、できんのじゃ。わしがおかしな事をすれば、北川殿に迷惑がかかって、北川殿が悲しむ事になる。北川殿も、わしの事を少し変わっておるが偉い僧侶だと思っておるんじゃ。少し位変わっておるのなら構わんが、変わり過ぎておったら困るんじゃ」
「一体、何をするつもりなんじゃ」
「女犯(ニョボン)を犯す」と早雲は真面目な顔で言った。
「なに、女犯を犯す? 早い話が春雨殿を抱きたいという事か」
「まあ、そういう事じゃ」
「惚れたのか」
「ああ、惚れた」
「向こうも惚れておるようじゃしな。なるようにしかならんじゃろ」
「ところが、なるようになったら、わしはここにおられなくなる。わしだけなら構わんが、北川殿に傷が付く事になるんじゃ」
「そりゃそうじゃのう。おぬしが春雨殿を抱けば、隠しておったとしても、必ず、噂になる。偉い坊主も地に落ちる事になるのう。村人たちからも相手にされなくなるかもしれん‥‥‥坊主になどならずに、ただの浪人で、ここに来ればよかったのにのう」
「いや、わしが坊主だったから、こうして、ここにおられるんじゃ。わしが武士のままだったら、北川殿の兄として今川家の派閥争いに巻き込まれて、幕府におった頃と同じ目に合わされたに違いないわ」
「今川家にも派閥争いがあるのか」
「そりゃあるさ。一族が多いからのう。この前会った逍遙(ショウヨウ)殿など、ずっと、わしが幕府から遣わされて、今川家の内情を調べに来たと疑っておったんじゃ。去年になって、ようやく、その疑いも晴れ、今では打ち解けておるがのう」
「ほう、今川家には幕府に隠しておくような事があるのか」
「駿河の国は幕府権力の及ぶ東の最先端にあるんじゃ。今川家は常に幕府方として、関東の見張り役を務めておったんじゃよ。先代の鎌倉公方(クボウ)の頃より幕府と鎌倉の対立が激しくなって、公方と管領(カンレイ)の上杉氏が争いを始めると幕府は上杉氏に味方して、公方を倒したんじゃ。一時、関東には公方がおらんかった。しかし、公方がおらんと関東をまとめる事ができんというので、元公方の遺児を呼んで公方とした。初めの頃はうまく行っておったが、また、争いが始まった。また、公方と管領が争いを始めたんじゃ。幕府は常に管領の味方をした。当然、今川家も管領を助けるために、幕府の命で何回か関東に出陣した。応仁の乱が始まると、幕府は関東の事どころではなくなった。今川家は東軍として幕府のために働いておったが、今は、はっきり言って幕府のために動いておるわけではない。自分の勢力を広げるために遠江に出陣しておる。一人歩きを始めている今川家は幕府にとって脅威なんじゃ。もし、関東の上杉氏、あるいは、鎌倉公方、今は鎌倉を追い出されて下総(シモウサ)の古河(コガ)におるので、古河公方と呼ばれておるが、その公方と手を結んで、さらに西へと手を伸ばして来たら、大変な事になると脅えておるんじゃよ」
「実際、関東と手を結ぼうとしておる者たちがおるのか」
「おるんじゃ。特に駿河の東の方にな」
「お屋形様はどうなんじゃ」
「お屋形様はそんな気はないじゃろう。それに幕府も今川家が裏切るとは思ってはおらん。ただ、今川家中の関東派の者たちが、わしが来たという事で、勝手にそのように勘ぐっただけの事じゃ」
「成程のう‥‥‥関東派というのは逍遙入道の事か」
「いや、逍遙入道は今はもう完全に隠居しておる。かえって、今川家が二つに分かれる事を心配しておる。わしがお屋形様のもとに出入りして、関東派の者たちを刺激しはしないかと心配しておったらしい」
「ふーん」
「今川家の事はどうでもいいんじゃ。今の所は安泰じゃ。それより、わしの事じゃ。わしははっきり言って今まで、自分で何かをやろうとした事がないんじゃ。何かをやろうとしたと言えば、ガキの頃、おぬしと一緒に備中を飛び出した事位かのう。あの時だって、おぬしに誘われて従っただけじゃった。京に来て伊勢守のもとにおった頃も、ただ、命ぜられるままに生きて来た。今出川殿の申次衆になったのもそうじゃし、嫁を貰ったのもそうじゃ。今出川殿と別れたのは自分の意志には違いないが、ただ逃げただけじゃった。そして、今も逃げておる。女子(オナゴ)が抱きたい癖に、回りを気にして、それすらできんのじゃ。情けないわ」
「どうして、坊主になどなったんじゃ」
「一休殿の真似がしたかっただけじゃ。まさか、この年になって、女に惚れるなんて思ってもおらなかったしのう」
「ここを離れるしかないのう」
「ああ」
「わしものう。おぬしとそう変わりはせん。自分で何かをした事などなかった。いつも、成り行きまかせに生きて来た。お雪と出会ってからじゃ、わしが医術の道に生きようと決心したのはな。最初、ただ、口から出まかせに言った医者じゃったが、お雪と一緒に負傷者たちを治療して行くうちに、医者という仕事もなかなかのもんじゃ、と思うようになったんじゃ。おぬしも春雨殿と一緒になれば、何かが変わるかもしれん」
「そうじゃのう。本物の禅を実践するには、どうしても逃げておっては駄目なんじゃ」
「加賀に行けよ」
「ああ、そうするかのう」
お雪と春雨が酒と肴を抱えて戻って来た。
酒を飲みながら早雲と小太郎の話は続いていた。二人には構わず、お雪と春雨は家の掃除をしたり、町で買って来た日常用品を片付けていた。お雪は町で何を仕入れて来たのか、次々に、色々な物が運ばれて来た。
その晩、新居にて、四人でささやかな引っ越し祝いを行ない、夜遅くまで、真面目に人生について語り合っていた。そして、その夜、早雲はついに女犯を犯した。
3.今川義忠1
1
庭園にある梅の花が満開に咲いていた。
二月一日、早雲は春雨を連れて北川殿に来ていた。一の付く日は、北川殿の娘、美鈴の踊りの稽古日だった。昼過ぎの一時(イットキ、二時間)余りの稽古の後、早雲は北川殿のためにお茶を点(タ)てた。
「結構なお点前ですこと」と北川殿は早雲の点てたお茶を一口飲むと言った。「兄上様にお茶を点ててもらったのは久し振りですわね。以前より、何となく、お茶を点てるのに余裕が感じられますわ」
早雲は軽く笑って、「それは銭泡(ゼンポウ)殿が一緒ではないからでしょう」と言った。「あの人に見られておると思うと、やはり、緊張いたします」
「銭泡殿は名人ですわね」
「はい。珠光(ジュコウ)殿の直弟子(ジキデシ)だけの事はあります。さすがです。一つ一つの動作が流れるようで、まるで、猿楽能(サルガクノウ)の名人の演技を見ておるようです」
「踊りとお茶は通じる所があるのでしょうか」
「はい、あります。踊りとお茶だけじゃなく、茶の湯はあらゆる芸に通じます」
「あらゆる芸にですか」
早雲は頷いた。「前回の旅で、珠光殿のお弟子さんで連歌師の夢庵(ムアン)殿というお方に出会いました。そのお方はお茶も連歌も武芸も一流と言ってもいいでしょう。なかなかのお人でした」
「夢庵殿ですか‥‥‥」
「はい。変わった男ですが、なかなか面白い男でした。今、宗祇(ソウギ)殿のお弟子になるために、近江の甲賀(コウカ)におります」
「お弟子になるために?」
「はい。宗祇殿は今、古今(コキン)和歌集に没頭しております。まだ、修行中だからと言って、弟子を取ろうとしないのです。夢庵殿は何とか一番弟子になろうと宗祇殿の側に仕えております」
「一番弟子ですか」
「はい。不思議な事ですが、宗祇殿にはまだ、お弟子さんがおらないそうです」
「え、そうなんですか。宗祇殿はもうかなりのお年だと伺っておりますが」
「はい。五十五、六になっておるでしょう。それでもまだ、修行を続けておるのです。大したお人です」
「宗祇殿にまだ、お弟子さんがいらっしゃらなかったなんて、とても信じられませんわ」
「はい。あれだけ有名でしたら、普通、お弟子さんの数十人おっても不思議ではありません。わたしも実際に会ってみて驚きました。たった一人で書物に没頭しておりました」
「そうですか‥‥‥宗祇殿というお方は、そんなお人だったのですか。五条殿が昔、お弟子になりたいと言って断られたのも無理ない事だったのですわね」
「そうですね」と言って早雲はお茶を飲み、庭の方を眺めてから、「ところで、お屋形様の戦(イクサ)の方は、何か知らせはございましたか」と北川殿に聞いた。
「はい。うまく行っているそうです。詳しくは分かりませんが、敵方のお城を三つ落として、今、掛川のお城で準備を整えているとの知らせが、一昨日、届きました。今頃は丁度、見付城を攻めているところだと思います。遅くても十日頃には、敵を退治して凱旋(ガイセン)して来るだろうとの事でした」
「そうですか。それはよかったです。もうすぐ、お屋形様とも再会できるわけですね」
「はい。もうすぐ桜の花が咲きます。今年は盛大にお花見をすると言っておりました」
「恒例のお花見ですか」
「はい。でも、今年はいつも以上に盛大にやるそうです。駿河の武将たちは勿論の事、遠江の武将たちも招待すると言っておりました」
「各地の武将たちを駿府に招待するのですか。それは大変な事ですな」
「はい。備前守(ビゼンノカミ)殿と天遊斎(テンユウサイ)殿がお奉行(ブギョウ)になって、お花見の準備を進めておりますが、大変のようです」
「備前守殿と言うと、河合殿ですか」
「はい。河合備前守殿(義忠の弟)です」
「そうですか。それは大変でしょう。お屋形様もなかなかお忙しい事ですな」
「でも、今回の戦が終わって、お花見も無事に終われば、しばらくは、のんびりできるだろうと言っておりました」
「お花見が無事に終わる事を祈っております」
「兄上様もお花見には是非、参加して下さいね」そう言ってから北川殿は春雨を見て、「春雨さんもよ」と言った。
「はい、喜んで‥‥‥」と春雨は頭を下げた。
「春雨さん、兄上様が帰っていらしてから、何だか、とても嬉しいそう」
「そんな‥‥‥」と春雨は恥ずかしそうに俯いた。
北川殿は春雨から早雲に視線を戻すと、「兄上様、いつまでも、お一人でいらっしゃるのはよくありませんよ」と言った。「そろそろ、お嫁さんをお貰いになって、ここ駿河の国に落ち着いて下さい」
「北川殿までが、そんな事を‥‥‥」早雲は少し慌てて、首を振った。「わしは禅僧ですよ。妻を貰うなんてできません。それに、この年になって嫁を貰うなんて」
「何を言ってらっしゃるんですか、兄上様はまだお若いですよ。それに風間殿だって、あんなお若い奥様がいらっしゃるんですもの。兄上様だって‥‥‥わたし、何となく不安なんです。兄上様がいつか、駿河から離れてしまうのではないかと‥‥‥とても心細いのです。兄上様が時々、訪ねてくれるのを、わたし、とても楽しみにしております」
「何をおっしゃいます。あんなにいいお屋形様がいらっしゃるじゃありませんか」
「はい。お屋形様はわたしに優しくしてくれます。でも、わたしはお屋形様のお屋敷ではなくて、ここで暮らしております。お屋形様から御家来の人たちのお話はよく伺いますが、ほとんどの人を知らないのです。時々、ここに訪ねていらしても、形式的な挨拶をするだけで、お話らしいお話なんてした事がありません。わたしが心を開いてお話できるのは、お屋形様と兄上様だけしかいないのです」
「そうだったのですか‥‥‥五条殿もよく見えるのでは」
「はい、よく見えます。でも、御自分から進んでお話にはなりません。わたしが聞けば答えてくれますが‥‥‥」
「春雨はどうです」
「春雨さんは色々と話してくれます。娘に踊りを教えて貰っておりますけど、本当は、わたしのお話相手としてお呼びしているのです。春雨さんが来る日は娘と二人で楽しみに待っております」
「そうだったのですか。それなら、月に三日だけじゃなくて、もっと増やしたらどうですか」
「そんな、春雨さんだって色々と御用がおありでしょうし、悪いわ」
「いえ、そんな事はございません」と春雨は言った。
「ほんと?」
「はい」
「嬉しいわ、そうしていただけると」北川殿は喜び、早雲を見ると、「それと、さっきのお話ですが駄目ですか」と聞いた。
「はあ?」と早雲はとぼけた。
「お嫁さんの事です。兄上様がお嫁さんをお貰いになって、お子さんでもできれば、ずっと駿河にいてくれそうだし、わたしとしても安心なんですけれど」
「北川殿、わたしが坊主だから、こうして身分の差もなく、お屋形様ともお会いする事ができるのです。今更、浪人に戻ったら、とても、ここには出入りできません」
「兄上様、何をおっしゃいますの。兄上様はわたしの兄上様ですのよ。浪人なんてさせませんわ。京にいた頃のように立派な武将になってもらいますよ」
「今川家の家臣になれと?」
北川殿は頷いた。
「お屋形様も、いつも言っておられます。兄上様が出家したのは勿体ない事だと。兄上様が今川家に仕えてくれたら、とても助かるって言っております。兄上様、考えてみて下さい。そうすれば、春雨さんもとても喜びますわ」
早雲は北川殿を見て、春雨を見て、仕方なさそうに、「考えてみます」と答えた。
「それと、風間様にも時々、顔を見せるようにお伝え下さい」と北川殿は言った。
「小太郎に何か用でも?」
「いいえ、せっかく近くにいらっしゃるのですから、時々、遊びにいらして欲しいのです」
「しかし、それはちょっと難しいですよ。小太郎の奴はただの町医者ですから、ここに出入りするというのは、ちょっと無理だと思いますが」
「そうですか‥‥‥でも、春雨さんみたいにお屋形様のお許しを得ればいいんでしょう」
「まあ、そうですが、町医者のままでは無理でしょうな」
「そうですか‥‥‥」北川殿は急にがっかりしたような顔付きになった。
「小太郎がわたしのように頭を丸めれば、出入り出来るとは思いますが、あいつが頭を丸めるとは思えませんし」
「何もそこまでしなくても‥‥‥」
「そうじゃ。山伏に戻ればいいんじゃ」と早雲は思い出したように言った。
「山伏?」
「はい。小太郎は大峯山(オオミネサン)の山伏だったのです」
「大峯山というのは聞いた事あります。凄いお山だとか」
「はい。山伏の中でも大峯山は格が違います。あらゆる山の山伏たちが大峯山に修行に参ります。ここの富士山の山伏でさえ、大峯で修行をしないと偉くはなれないはずです。小太郎はその大峯山の大先達(センダツ)という位(クライ)を持っております」
「大先達というのは偉いのですか」
「一般の信者さんたちではなく、大峯山に修行に来る山伏たちの修行を指導する役目です。富士山におる山伏たちも、大峯に修行に行った者なら風眼坊(フウガンボウ)という小太郎の山伏名を知っておるはずです」
「風間様はそんなに偉い行者(ギョウジャ)様だったのですか‥‥‥どうして、また町医者なんかに」
「心境の変化とでも言いましょうか」
「心境の変化? 兄上様のお知り合いの方は、みんな、変わったお人ばかりですのね。兄上様は幕府をおやめになるし、銭泡(ゼンポウ)さんは大きなお店を潰してしまうし、富嶽(フガク)さんていう絵画きさんも元はお侍だったのでしょう? 春雨さんは京の都で有名な踊り子さん。そして、風間様は大峯山の偉い行者さん。これだけのお人が兄上様の早雲庵を出入りしているなんて凄い事ですよ」
「そう言われてみると色々なのがおりますね」
「風間様が大峯山の行者様でしたら、お屋形様にもお許しを得る事はできますわね」
「はい、多分。北川殿の御祈祷師(ゴキトウシ)として、出入りする事はできるかと思います」
「よかったわ」と北川殿は嬉しそうに笑った。「もっと、色々なお方に出入りして貰いたいわ。わたし、色々な事が知りたいのですの。お屋形様の戦の事も本当は詳しく知りたいのですけど、わたしには詳しい事を教えてはくれません。女がでしゃばる問題ではないんでしょうけど、わたしも、もっと色々な事が知りたいのです。そして、兄上様のように色々な所も見てみたいですわ‥‥‥そんな事はできないのは分かっております。せめて、兄上様や皆様の旅のお話を聞くのが、とても楽しみなのです」
「分かりました。小太郎に山伏に戻るように言っておきます。あいつも色々な所を旅しておりますから、色々と面白い話が聞けると思います」
「お願いします」
お茶の後、軽い食事を御馳走になると、早雲と春雨の二人は北川殿と別れた。今まで気づかなかったが、二人を見送ってくれた北川殿の笑顔は何となく寂しそうだった。
小太郎夫婦は町医者を開業していた。しかし、予想外に客の入りは思わしくなかった。吉崎ではうまく行っていたので、ここでも大丈夫だろうと簡単な気持ちで始めたが、そんなにも世間は甘くはなかった。吉崎では蓮崇たちが宣伝してくれたお陰もあったが、まさか、こんなにも暇だとは二人とも思ってもいなかった。暇なので毎日、薬ばかり作っているが、その薬を使ってくれる者は現れなかった。
浅間神社の門前町は、参道に面して神社に所属する大手の商人たちの店が並び、神社前の広場には一年中、市が立っていた。参道の西側には歓楽街があって、遊女屋や飲屋が並び、阿部川の辺りには宿屋が並んでいる。参道の東側には町人たちの長屋があり、小さな店が並び、さらに奥の方は神社に奉仕している職人たちの町になっていた。
小太郎夫婦の家は、その職人たちが多く住んでいる一画にあった。左隣は筆結いの職人、右隣は蹴鞠(ケマリ)の鞠を作る職人が住み、道を挟んで正面には紙漉(ス)きの職人が住んでいる。さらに右斜(ハス)向かいには蒔絵師(マキエシ)、轆轤師(ロクロシ)、鋳物師(イモジ)、鍛冶師(カジシ)、経師(キョウジ)、絵師(エシ)などが住んでいた。職人たちには怪我が付き物なので、開業する前、二人で挨拶に回ったが、今の所、効果はなかった。ただ、都合がよかったのは医者に一番肝心な薬草類を売る店が、わりと近くにあった事位だった。
「ねえ、遠江(トオトウミ)の国に行かない?」とお雪が小太郎の作った薬を紙に包みながら言った。
「戦場に行くのか」と小太郎は顔を上げた。
また、始まったかと、小太郎は思った。
「だって、ここにいたって誰も来ないじゃない。戦場に行けば苦しんでいる人たちを助けられるわ」
「それはそうじゃが、ここは加賀の国とは違う。加賀では、わしらの後ろには蓮如殿を初めとして本願寺のお偉方がおったんじゃ。だから、戦場を行き来する事ができた。ここでは、わしらはただの町医者に過ぎん。ただの町医者が戦場をウロウロしていたら、間者(カンジャ)だと間違えられて捕まり、首を撥(ハ)ねられるだけじゃ」
「ここのお屋形様に頼めばいいんでしょう」
「お屋形様の許しがあれば戦場に行く事はできるじゃろう。しかし、わしらはただの町人じゃ。直接、お屋形様に会う事はできんし、早雲に口添えして貰わなけりゃならんじゃろう。お屋形様が帰って来るまではどうする事もできんわ」
「あ~あ。つまんないわ」
「つまらなくてもしょうがない」
「ねえ、ここにも貧しい人たちはいるんでしょ」
「貧しい人?」
「ええ。うちもなくて河原とかに住んでいる人たち」
「そりゃあ、おるじゃろう」
「ねえ、そういう人たちの中には、必ず、病人がいるわ」
小太郎は薬研(ヤゲン)の手を止めて、お雪を見た。
お雪の顔は本気だった。言い出したら何を言っても聞かないお雪だった。小太郎は仕方ないと諦めた。
「今から行くのか」と小太郎は聞いた。
「そうよ」
「もう夕方になるぞ。明日にしよう」
「今、苦しんでいる人がいるかもしれないでしょ」とさっそく、お雪は準備を始めた。
「やれやれ」と小太郎も作っていた薬を片付け始めた。
荷物をまとめて、出掛けようとした時、早雲と春雨がやって来た。
「あら、お出掛け?」と春雨が声を掛けた。
「あら、いらっしゃい」
「今日は美鈴殿の踊りのお稽古があったんでな」と早雲は言った。
「おう、そうか、今日は一日か」
「どこかに行くのか」
「いや、いいんじゃ」と小太郎はお雪を見ながら、「明日にしよう」と言った。
仕方ないわね、というような顔をしていたが、お雪もどうやら諦めて、二人を迎え入れた。
部屋に上がって火鉢にあたると早雲は、「おぬし、山伏に戻る気はないか」と小太郎に聞いた。
「何じゃい、急に」
「実はのう。北川殿が、おぬしたちに遊びに来てほしいと言うんじゃ」
「何か用なのか」
「いや、用はない。ただの話し相手じゃ」
「話し相手?」
「ああ。わしも今日、初めて気づいたんじゃが、北川殿には気楽に話ができる相手がおらんらしい」
「お屋形様がおるじゃろう」
「お屋形様はおるが、何かと忙しい。戦に行ってしまえば、たったの一人じゃ」
「大勢の侍女(ジジョ)や家来がおるじゃろう」
「侍女や家来はおるが、奴らにしてみれば、北川殿は御主人様の奥方様じゃ。気楽に無駄話などしておったら首が飛ぶわ。それに、侍女たちとは同じ屋根の下で暮らし、毎日、顔を合わせておるから話題も少ないんじゃろ。わしらが顔を出すと、北川殿はとても喜ぶんじゃ。そして、おぬしたちにも時々、訪ねて来て欲しいと言うんじゃよ」
「ほう‥‥‥わしらは別に構わんぞ。近くにおる事だし、今の所、毎日、暇を持て余しておる」
「客は来んのか」
「さっぱりじゃ」と小太郎は首を振った。
「そうか‥‥‥そこでじゃ。おぬしが今の町医者のままでは、北川殿には出入りできんのじゃ」
「身分か」
早雲は頷いた。「町人のままで、お屋形様の奥方の屋敷に出入りする事はできん。また、できたとしても同座はできん」
「土下座(ドゲザ)せにゃならんわけじゃな」
「そういう事じゃ」
「山伏に戻れば大丈夫なのか」
「多分な。おぬしは大峯の大先達じゃろう。お屋形様のもとに出入りしておる富士山の山伏たちよりは偉いはずじゃ」
「まあ、そうじゃろうのう」
「北川殿の御祈祷師にしてもらうんじゃ」
「成程」
「あのう」とお雪が言った。「先生が山伏に戻ってしまったら、あたしはどうなるんですか」
「お雪殿、心配はない」と早雲は言った。「山伏は妻帯しても構わんのじゃ。今のまま、小太郎の奥さんでおればいい」
「そうですか、それなら、また、風眼坊様に戻ればいいのに」
「また、山伏に戻るのか‥‥‥」
「北川殿に出入りする時だけでいいんじゃ」
「もう、山伏には戻るまいと思っておったんじゃがのう」
「北川殿は子供の時、京の伊勢家の養女になって、屋敷の奥の方で育てられ、駿河に来てからは、ずっと、あの北川殿におる。友達というものがおらんのじゃ。心を割って何でも話し合える人というのがおらんのじゃよ。春雨を娘の踊りの師匠にしたのも、実は話し相手が欲しかったんだそうじゃ」
「そうか、子供らしい思い出もないんじゃな」と小太郎は言った。
「そうじゃ。わしらのように野や山で遊んだ事もあるまい」
「おぬしにもう一人、妹がおったが、あの娘とはよく遊んだのう」
「そうじゃったな。北川殿も備中におれば、ああやって遊ぶ事も出来たが、京の伊勢家では、そんな事はさせなかったじゃろう」
「あたしたちを見送る時の北川殿、とても寂しそうだったわ」と春雨が言った。
「あんな凄い御殿の中で何不自由なく暮らしておるように見えるが、実際は好きな事もできずに寂しいのかもしれんのう」
「そうじゃ。わしらはこうやって集まっては馬鹿な事を言って騒いでおるが、北川殿にはそんな真似はできん。どこかに出掛ける時も大勢の供に囲まれておって、好きな所にも行けん‥‥‥わしは罪な事をしてしまったのかもしれん」
「罪な事?」
「ああ。北川殿は子供の時から今のような暮らしをして来た。はっきり言って世間の事など何も知らん。今の暮らしが当然の事と思っておったに違いない。そこに、わしが現れて北川殿の知らない世界の事を色々と話してしまった。北川殿が喜ぶので、わしは色んな事を話した。それが悪かったのかもしれん。北川殿は色々な世界を知り始め、実際に自分もそういう世界を見てみたいと思った。しかし、そんな事ができないのは分かっておる。そこで、せめて、もっと話だけでも聞きたいと色々な人に会いたがっておるんじゃ」
「知らない世界か‥‥‥」
「ねえ、あたしたちもお話をしに伺いましょ」とお雪は言った。「あたしも独りぼっちだったから、北川殿の気持ちはよく分かるわ。本当に心を許して話し合える人がいないって、とても辛い事だわ」
「小太郎、せっかく、気分を一新にして町医者になった所を悪いが、北川殿のために、もう一度、山伏に戻ってくれ」
「あなた、お願い」とお雪も頼んだ。
早雲、春雨、お雪の三人が、小太郎を見つめた。
「しょうがないのう‥‥‥また、風眼坊に戻るか」
「悪いのう」と早雲は小太郎の膝をたたいた。
「山伏になるのは構わんが、支度がない。全部、飯道山に置いて来てしまったわ」
「そんなもの、何とでもなるじゃろう」
「まあ、そうじゃがのう。こんな事になるなら錫杖(シャクジョウ)だけでも持ってくればよかったのう」
「おぬしの師匠の形見とかいう例の錫杖か」
小太郎は頷いた。「あれ程の錫杖は今時、なかなか、ないからのう。あの錫杖を持っておるだけで、そこいらの山伏は恐れ入るわ」
「ほう。あの錫杖はそんな凄い物じゃったのか」
「ああ。真新しい錫杖を持っておったんじゃ、様にならんのう」
「そうか‥‥‥いや、待て、この間、お屋形様の蔵の中に貫禄のある錫杖があったぞ」
「お屋形様の蔵の中に?」
「ああ。去年の正月、銭泡殿とお屋形様の蔵の中を整理したんじゃ」
「おぬしがか」
「銭泡殿がお屋形様の持っておるお宝の鑑定をしたんじゃ。その時、埃(ホコリ)だらけの錫杖があった。銭泡殿も錫杖の鑑定まではできなかったんで、そのままにして置いたが、あれは、かなりの値打物に違いない」
「ほう、そんな錫杖までお屋形様は蔵にしまっておるのか」
「今のお屋形様ではあるまい。先代か、またその先代のお屋形様じゃろう」
「ふうん。しかし、お屋形様の蔵にしまってある錫杖など、どうする事もできまい」
「いや、わしがそいつを貰って来てやる」
「なに、貰う?」
「ああ。お宝の鑑定をしたお礼に、お屋形様は、何でも好きな物を一つやろうと言ったんじゃ。その時、銭泡殿もわしも何も貰わなかった。お屋形様は、いつでもいいから、欲しい物があったら持って行っても構わんと言ったんじゃ」
「ほう。随分、気前がいいんじゃな」
「お屋形様も驚いたんじゃろう。蔵の中に、あんなにもお宝が眠っておったとは、思ってもおらなかったに違いない。初めから自分の物だったにしろ、銭泡殿に見て貰わなかったら、埃にまみれて未だに眠っておった事になるからのう」
「そんなにも豪華お宝が眠っておったのか」
「わしにもよく分からんが、将軍家でも、喉から手が出る程、欲しがる物もあるそうじゃ」
「ふうん。それで、その錫杖はそのお宝の中に入らなかったというわけじゃな」
「そうじゃ。わしがそいつを貰って来るわ。今日はもう間に合わんから、明日にでも行って貰って来る」
「お屋形様がおらなくとも大丈夫なのか」
「ああ、蔵奉行(クラブギョウ)がその事は知っておる」
「それじゃあ、その年期の入った錫杖を持って山伏に戻るかのう」
「あのう、あたしはこの格好のままでいいの」とお雪が聞いた。
「ああ、構わんよ」と小太郎は答えた。
「しかし、北川殿に出入りするのに、山伏と普通の町人の娘というのも変じゃのう。かといって、巫女(ミコ)の格好までしたら大袈裟じゃしのう」
「北川殿のお医者様になればいいんじゃない」と春雨は言った。
「それが駄目じゃから、小太郎に山伏に戻って貰うんじゃろ」と早雲は言った。
「そうか、身分が違い過ぎるのね‥‥‥あたしみたいに何かを教えれば、身分は関係ないのね」
「関係ないという事はないが、お屋形様が春雨の踊りを認めたから出入りができるんじゃ。男の芸人なら出家して阿弥号を名乗らなければならんが、女の芸人に対しては昔から甘いらしいのう。もっとも、公式の場では、たとえ、踊りを教えておったとしても同席する事はできんがな」
「お雪さんも医術を教えたらいいんじゃない」
「馬鹿な事を言うな。そんなものを教えてどうする」
「あのう、笛でしたら教えられますが‥‥‥」とお雪は言った。
「そうじゃ、笛があったわ。お雪の笛は天下一品じゃ」と小太郎は手をたたいた。
「笛が吹けるの」と春雨は聞いた。
「はい」
「お雪、聞かせてやれ」
お雪は頷くと立ち上がり、隣の部屋に行った。笛を持って戻って来ると、音慣らしをして吹き始めた。小太郎もお雪の笛を聞くのは久し振りだった。何度、聞いてもいい音だった。心に染み込む、快い音色(ネイロ)だった。
早雲と春雨の二人もうっとりとしながら聞いていた。
お雪の吹いた曲は、今の季節、春にぴったりの曲だった。春の暖かい日差しの中で、気持ち良くまどろんでいるような感じがした。桜の花弁(ハナビラ)がひらひらと舞う中を天女が華麗に舞う姿が想像された。
小太郎は笛の調べを聴きながら春雨の反応を見ていた。踊り子である春雨は笛についても、かなりの耳を持っているはずだった。春雨の耳にかなえば、お雪の笛も一流であると言える。春雨の表情からは小太郎の満足の行く答えが得られた。
お雪が静かに笛を口から話すと、春雨は、「凄いわ」と言いながら手をたたいた。
「見事じゃ」と言いながら、早雲も手をたたいていた。
「それ程の腕を持っていれば、どこに行っても通用するわ。ほんと、凄いわね‥‥‥」
春雨はたまげて、それ以上、声がでないようだった。
「芸人だったわけでもあるまいに、よく、それ程までに吹けるようになったものよのう」と早雲は感心していた。
「はい‥‥‥」と笑ったまま、お雪は答えなかった。
仇(カタキ)討ちをするために、真剣になって学んだとは言えなかった。
「一体、誰から習ったの」と春雨は聞いた。
「叔母です。叔母は若い頃、京のお公家さんのもとに奉公(ホウコウ)しておりました。その頃、笛を習ったそうです。叔母はお仕えしていた御主人様がお亡くなりになると、出家して加賀に帰って参りました。あたしはその叔母から笛を初めとして読み書きやら色々と教わりました」
「その叔母というのは智春尼(チシュンニ)殿の事か」と小太郎は聞いた。
お雪は頷いた。
「あの人も笛の名人じゃったのか、知らなかったわ」
「そのお公家さんていうのは何というお方なの」と春雨が聞いた。
「さあ、そこまでは分かりませんけど」
「そう、でも大したものね。余程、小さい頃からやってたんでしょうね」
「はい。習い始めたのは七歳頃でしたけど、本格敵にやり始めたのは十歳頃からです」
「そうでしょうね。それだけの腕を持っていながら隠しておくなんて勿体ないわ」
「別に隠しておいたわけでは‥‥‥」
「今度、あなたの曲で踊らせてね」
「ほう、そいつは面白そうじゃのう」と早雲はお雪と春雨を見比べた。
「小河(コガワ)の長者殿に言えば、さっそく、舞台の用意をしてくれるわ」
「うむ、是非、見たいものじゃ」
いつの間にか、暗くなっていた。
お雪と春雨は慌てて、夕食の支度を始めた。
小太郎は明かりを灯し、火鉢に炭を入れた。春とはいえ、夜になると、まだまだ冷え込みは厳しかった。
「はい。うまく行っているそうです。詳しくは分かりませんが、敵方のお城を三つ落として、今、掛川のお城で準備を整えているとの知らせが、一昨日、届きました。今頃は丁度、見付城を攻めているところだと思います。遅くても十日頃には、敵を退治して凱旋(ガイセン)して来るだろうとの事でした」
「そうですか。それはよかったです。もうすぐ、お屋形様とも再会できるわけですね」
「はい。もうすぐ桜の花が咲きます。今年は盛大にお花見をすると言っておりました」
「恒例のお花見ですか」
「はい。でも、今年はいつも以上に盛大にやるそうです。駿河の武将たちは勿論の事、遠江の武将たちも招待すると言っておりました」
「各地の武将たちを駿府に招待するのですか。それは大変な事ですな」
「はい。備前守(ビゼンノカミ)殿と天遊斎(テンユウサイ)殿がお奉行(ブギョウ)になって、お花見の準備を進めておりますが、大変のようです」
「備前守殿と言うと、河合殿ですか」
「はい。河合備前守殿(義忠の弟)です」
「そうですか。それは大変でしょう。お屋形様もなかなかお忙しい事ですな」
「でも、今回の戦が終わって、お花見も無事に終われば、しばらくは、のんびりできるだろうと言っておりました」
「お花見が無事に終わる事を祈っております」
「兄上様もお花見には是非、参加して下さいね」そう言ってから北川殿は春雨を見て、「春雨さんもよ」と言った。
「はい、喜んで‥‥‥」と春雨は頭を下げた。
「春雨さん、兄上様が帰っていらしてから、何だか、とても嬉しいそう」
「そんな‥‥‥」と春雨は恥ずかしそうに俯いた。
北川殿は春雨から早雲に視線を戻すと、「兄上様、いつまでも、お一人でいらっしゃるのはよくありませんよ」と言った。「そろそろ、お嫁さんをお貰いになって、ここ駿河の国に落ち着いて下さい」
「北川殿までが、そんな事を‥‥‥」早雲は少し慌てて、首を振った。「わしは禅僧ですよ。妻を貰うなんてできません。それに、この年になって嫁を貰うなんて」
「何を言ってらっしゃるんですか、兄上様はまだお若いですよ。それに風間殿だって、あんなお若い奥様がいらっしゃるんですもの。兄上様だって‥‥‥わたし、何となく不安なんです。兄上様がいつか、駿河から離れてしまうのではないかと‥‥‥とても心細いのです。兄上様が時々、訪ねてくれるのを、わたし、とても楽しみにしております」
「何をおっしゃいます。あんなにいいお屋形様がいらっしゃるじゃありませんか」
「はい。お屋形様はわたしに優しくしてくれます。でも、わたしはお屋形様のお屋敷ではなくて、ここで暮らしております。お屋形様から御家来の人たちのお話はよく伺いますが、ほとんどの人を知らないのです。時々、ここに訪ねていらしても、形式的な挨拶をするだけで、お話らしいお話なんてした事がありません。わたしが心を開いてお話できるのは、お屋形様と兄上様だけしかいないのです」
「そうだったのですか‥‥‥五条殿もよく見えるのでは」
「はい、よく見えます。でも、御自分から進んでお話にはなりません。わたしが聞けば答えてくれますが‥‥‥」
「春雨はどうです」
「春雨さんは色々と話してくれます。娘に踊りを教えて貰っておりますけど、本当は、わたしのお話相手としてお呼びしているのです。春雨さんが来る日は娘と二人で楽しみに待っております」
「そうだったのですか。それなら、月に三日だけじゃなくて、もっと増やしたらどうですか」
「そんな、春雨さんだって色々と御用がおありでしょうし、悪いわ」
「いえ、そんな事はございません」と春雨は言った。
「ほんと?」
「はい」
「嬉しいわ、そうしていただけると」北川殿は喜び、早雲を見ると、「それと、さっきのお話ですが駄目ですか」と聞いた。
「はあ?」と早雲はとぼけた。
「お嫁さんの事です。兄上様がお嫁さんをお貰いになって、お子さんでもできれば、ずっと駿河にいてくれそうだし、わたしとしても安心なんですけれど」
「北川殿、わたしが坊主だから、こうして身分の差もなく、お屋形様ともお会いする事ができるのです。今更、浪人に戻ったら、とても、ここには出入りできません」
「兄上様、何をおっしゃいますの。兄上様はわたしの兄上様ですのよ。浪人なんてさせませんわ。京にいた頃のように立派な武将になってもらいますよ」
「今川家の家臣になれと?」
北川殿は頷いた。
「お屋形様も、いつも言っておられます。兄上様が出家したのは勿体ない事だと。兄上様が今川家に仕えてくれたら、とても助かるって言っております。兄上様、考えてみて下さい。そうすれば、春雨さんもとても喜びますわ」
早雲は北川殿を見て、春雨を見て、仕方なさそうに、「考えてみます」と答えた。
「それと、風間様にも時々、顔を見せるようにお伝え下さい」と北川殿は言った。
「小太郎に何か用でも?」
「いいえ、せっかく近くにいらっしゃるのですから、時々、遊びにいらして欲しいのです」
「しかし、それはちょっと難しいですよ。小太郎の奴はただの町医者ですから、ここに出入りするというのは、ちょっと無理だと思いますが」
「そうですか‥‥‥でも、春雨さんみたいにお屋形様のお許しを得ればいいんでしょう」
「まあ、そうですが、町医者のままでは無理でしょうな」
「そうですか‥‥‥」北川殿は急にがっかりしたような顔付きになった。
「小太郎がわたしのように頭を丸めれば、出入り出来るとは思いますが、あいつが頭を丸めるとは思えませんし」
「何もそこまでしなくても‥‥‥」
「そうじゃ。山伏に戻ればいいんじゃ」と早雲は思い出したように言った。
「山伏?」
「はい。小太郎は大峯山(オオミネサン)の山伏だったのです」
「大峯山というのは聞いた事あります。凄いお山だとか」
「はい。山伏の中でも大峯山は格が違います。あらゆる山の山伏たちが大峯山に修行に参ります。ここの富士山の山伏でさえ、大峯で修行をしないと偉くはなれないはずです。小太郎はその大峯山の大先達(センダツ)という位(クライ)を持っております」
「大先達というのは偉いのですか」
「一般の信者さんたちではなく、大峯山に修行に来る山伏たちの修行を指導する役目です。富士山におる山伏たちも、大峯に修行に行った者なら風眼坊(フウガンボウ)という小太郎の山伏名を知っておるはずです」
「風間様はそんなに偉い行者(ギョウジャ)様だったのですか‥‥‥どうして、また町医者なんかに」
「心境の変化とでも言いましょうか」
「心境の変化? 兄上様のお知り合いの方は、みんな、変わったお人ばかりですのね。兄上様は幕府をおやめになるし、銭泡(ゼンポウ)さんは大きなお店を潰してしまうし、富嶽(フガク)さんていう絵画きさんも元はお侍だったのでしょう? 春雨さんは京の都で有名な踊り子さん。そして、風間様は大峯山の偉い行者さん。これだけのお人が兄上様の早雲庵を出入りしているなんて凄い事ですよ」
「そう言われてみると色々なのがおりますね」
「風間様が大峯山の行者様でしたら、お屋形様にもお許しを得る事はできますわね」
「はい、多分。北川殿の御祈祷師(ゴキトウシ)として、出入りする事はできるかと思います」
「よかったわ」と北川殿は嬉しそうに笑った。「もっと、色々なお方に出入りして貰いたいわ。わたし、色々な事が知りたいのですの。お屋形様の戦の事も本当は詳しく知りたいのですけど、わたしには詳しい事を教えてはくれません。女がでしゃばる問題ではないんでしょうけど、わたしも、もっと色々な事が知りたいのです。そして、兄上様のように色々な所も見てみたいですわ‥‥‥そんな事はできないのは分かっております。せめて、兄上様や皆様の旅のお話を聞くのが、とても楽しみなのです」
「分かりました。小太郎に山伏に戻るように言っておきます。あいつも色々な所を旅しておりますから、色々と面白い話が聞けると思います」
「お願いします」
お茶の後、軽い食事を御馳走になると、早雲と春雨の二人は北川殿と別れた。今まで気づかなかったが、二人を見送ってくれた北川殿の笑顔は何となく寂しそうだった。
2
小太郎夫婦は町医者を開業していた。しかし、予想外に客の入りは思わしくなかった。吉崎ではうまく行っていたので、ここでも大丈夫だろうと簡単な気持ちで始めたが、そんなにも世間は甘くはなかった。吉崎では蓮崇たちが宣伝してくれたお陰もあったが、まさか、こんなにも暇だとは二人とも思ってもいなかった。暇なので毎日、薬ばかり作っているが、その薬を使ってくれる者は現れなかった。
浅間神社の門前町は、参道に面して神社に所属する大手の商人たちの店が並び、神社前の広場には一年中、市が立っていた。参道の西側には歓楽街があって、遊女屋や飲屋が並び、阿部川の辺りには宿屋が並んでいる。参道の東側には町人たちの長屋があり、小さな店が並び、さらに奥の方は神社に奉仕している職人たちの町になっていた。
小太郎夫婦の家は、その職人たちが多く住んでいる一画にあった。左隣は筆結いの職人、右隣は蹴鞠(ケマリ)の鞠を作る職人が住み、道を挟んで正面には紙漉(ス)きの職人が住んでいる。さらに右斜(ハス)向かいには蒔絵師(マキエシ)、轆轤師(ロクロシ)、鋳物師(イモジ)、鍛冶師(カジシ)、経師(キョウジ)、絵師(エシ)などが住んでいた。職人たちには怪我が付き物なので、開業する前、二人で挨拶に回ったが、今の所、効果はなかった。ただ、都合がよかったのは医者に一番肝心な薬草類を売る店が、わりと近くにあった事位だった。
「ねえ、遠江(トオトウミ)の国に行かない?」とお雪が小太郎の作った薬を紙に包みながら言った。
「戦場に行くのか」と小太郎は顔を上げた。
また、始まったかと、小太郎は思った。
「だって、ここにいたって誰も来ないじゃない。戦場に行けば苦しんでいる人たちを助けられるわ」
「それはそうじゃが、ここは加賀の国とは違う。加賀では、わしらの後ろには蓮如殿を初めとして本願寺のお偉方がおったんじゃ。だから、戦場を行き来する事ができた。ここでは、わしらはただの町医者に過ぎん。ただの町医者が戦場をウロウロしていたら、間者(カンジャ)だと間違えられて捕まり、首を撥(ハ)ねられるだけじゃ」
「ここのお屋形様に頼めばいいんでしょう」
「お屋形様の許しがあれば戦場に行く事はできるじゃろう。しかし、わしらはただの町人じゃ。直接、お屋形様に会う事はできんし、早雲に口添えして貰わなけりゃならんじゃろう。お屋形様が帰って来るまではどうする事もできんわ」
「あ~あ。つまんないわ」
「つまらなくてもしょうがない」
「ねえ、ここにも貧しい人たちはいるんでしょ」
「貧しい人?」
「ええ。うちもなくて河原とかに住んでいる人たち」
「そりゃあ、おるじゃろう」
「ねえ、そういう人たちの中には、必ず、病人がいるわ」
小太郎は薬研(ヤゲン)の手を止めて、お雪を見た。
お雪の顔は本気だった。言い出したら何を言っても聞かないお雪だった。小太郎は仕方ないと諦めた。
「今から行くのか」と小太郎は聞いた。
「そうよ」
「もう夕方になるぞ。明日にしよう」
「今、苦しんでいる人がいるかもしれないでしょ」とさっそく、お雪は準備を始めた。
「やれやれ」と小太郎も作っていた薬を片付け始めた。
荷物をまとめて、出掛けようとした時、早雲と春雨がやって来た。
「あら、お出掛け?」と春雨が声を掛けた。
「あら、いらっしゃい」
「今日は美鈴殿の踊りのお稽古があったんでな」と早雲は言った。
「おう、そうか、今日は一日か」
「どこかに行くのか」
「いや、いいんじゃ」と小太郎はお雪を見ながら、「明日にしよう」と言った。
仕方ないわね、というような顔をしていたが、お雪もどうやら諦めて、二人を迎え入れた。
部屋に上がって火鉢にあたると早雲は、「おぬし、山伏に戻る気はないか」と小太郎に聞いた。
「何じゃい、急に」
「実はのう。北川殿が、おぬしたちに遊びに来てほしいと言うんじゃ」
「何か用なのか」
「いや、用はない。ただの話し相手じゃ」
「話し相手?」
「ああ。わしも今日、初めて気づいたんじゃが、北川殿には気楽に話ができる相手がおらんらしい」
「お屋形様がおるじゃろう」
「お屋形様はおるが、何かと忙しい。戦に行ってしまえば、たったの一人じゃ」
「大勢の侍女(ジジョ)や家来がおるじゃろう」
「侍女や家来はおるが、奴らにしてみれば、北川殿は御主人様の奥方様じゃ。気楽に無駄話などしておったら首が飛ぶわ。それに、侍女たちとは同じ屋根の下で暮らし、毎日、顔を合わせておるから話題も少ないんじゃろ。わしらが顔を出すと、北川殿はとても喜ぶんじゃ。そして、おぬしたちにも時々、訪ねて来て欲しいと言うんじゃよ」
「ほう‥‥‥わしらは別に構わんぞ。近くにおる事だし、今の所、毎日、暇を持て余しておる」
「客は来んのか」
「さっぱりじゃ」と小太郎は首を振った。
「そうか‥‥‥そこでじゃ。おぬしが今の町医者のままでは、北川殿には出入りできんのじゃ」
「身分か」
早雲は頷いた。「町人のままで、お屋形様の奥方の屋敷に出入りする事はできん。また、できたとしても同座はできん」
「土下座(ドゲザ)せにゃならんわけじゃな」
「そういう事じゃ」
「山伏に戻れば大丈夫なのか」
「多分な。おぬしは大峯の大先達じゃろう。お屋形様のもとに出入りしておる富士山の山伏たちよりは偉いはずじゃ」
「まあ、そうじゃろうのう」
「北川殿の御祈祷師にしてもらうんじゃ」
「成程」
「あのう」とお雪が言った。「先生が山伏に戻ってしまったら、あたしはどうなるんですか」
「お雪殿、心配はない」と早雲は言った。「山伏は妻帯しても構わんのじゃ。今のまま、小太郎の奥さんでおればいい」
「そうですか、それなら、また、風眼坊様に戻ればいいのに」
「また、山伏に戻るのか‥‥‥」
「北川殿に出入りする時だけでいいんじゃ」
「もう、山伏には戻るまいと思っておったんじゃがのう」
「北川殿は子供の時、京の伊勢家の養女になって、屋敷の奥の方で育てられ、駿河に来てからは、ずっと、あの北川殿におる。友達というものがおらんのじゃ。心を割って何でも話し合える人というのがおらんのじゃよ。春雨を娘の踊りの師匠にしたのも、実は話し相手が欲しかったんだそうじゃ」
「そうか、子供らしい思い出もないんじゃな」と小太郎は言った。
「そうじゃ。わしらのように野や山で遊んだ事もあるまい」
「おぬしにもう一人、妹がおったが、あの娘とはよく遊んだのう」
「そうじゃったな。北川殿も備中におれば、ああやって遊ぶ事も出来たが、京の伊勢家では、そんな事はさせなかったじゃろう」
「あたしたちを見送る時の北川殿、とても寂しそうだったわ」と春雨が言った。
「あんな凄い御殿の中で何不自由なく暮らしておるように見えるが、実際は好きな事もできずに寂しいのかもしれんのう」
「そうじゃ。わしらはこうやって集まっては馬鹿な事を言って騒いでおるが、北川殿にはそんな真似はできん。どこかに出掛ける時も大勢の供に囲まれておって、好きな所にも行けん‥‥‥わしは罪な事をしてしまったのかもしれん」
「罪な事?」
「ああ。北川殿は子供の時から今のような暮らしをして来た。はっきり言って世間の事など何も知らん。今の暮らしが当然の事と思っておったに違いない。そこに、わしが現れて北川殿の知らない世界の事を色々と話してしまった。北川殿が喜ぶので、わしは色んな事を話した。それが悪かったのかもしれん。北川殿は色々な世界を知り始め、実際に自分もそういう世界を見てみたいと思った。しかし、そんな事ができないのは分かっておる。そこで、せめて、もっと話だけでも聞きたいと色々な人に会いたがっておるんじゃ」
「知らない世界か‥‥‥」
「ねえ、あたしたちもお話をしに伺いましょ」とお雪は言った。「あたしも独りぼっちだったから、北川殿の気持ちはよく分かるわ。本当に心を許して話し合える人がいないって、とても辛い事だわ」
「小太郎、せっかく、気分を一新にして町医者になった所を悪いが、北川殿のために、もう一度、山伏に戻ってくれ」
「あなた、お願い」とお雪も頼んだ。
早雲、春雨、お雪の三人が、小太郎を見つめた。
「しょうがないのう‥‥‥また、風眼坊に戻るか」
「悪いのう」と早雲は小太郎の膝をたたいた。
「山伏になるのは構わんが、支度がない。全部、飯道山に置いて来てしまったわ」
「そんなもの、何とでもなるじゃろう」
「まあ、そうじゃがのう。こんな事になるなら錫杖(シャクジョウ)だけでも持ってくればよかったのう」
「おぬしの師匠の形見とかいう例の錫杖か」
小太郎は頷いた。「あれ程の錫杖は今時、なかなか、ないからのう。あの錫杖を持っておるだけで、そこいらの山伏は恐れ入るわ」
「ほう。あの錫杖はそんな凄い物じゃったのか」
「ああ。真新しい錫杖を持っておったんじゃ、様にならんのう」
「そうか‥‥‥いや、待て、この間、お屋形様の蔵の中に貫禄のある錫杖があったぞ」
「お屋形様の蔵の中に?」
「ああ。去年の正月、銭泡殿とお屋形様の蔵の中を整理したんじゃ」
「おぬしがか」
「銭泡殿がお屋形様の持っておるお宝の鑑定をしたんじゃ。その時、埃(ホコリ)だらけの錫杖があった。銭泡殿も錫杖の鑑定まではできなかったんで、そのままにして置いたが、あれは、かなりの値打物に違いない」
「ほう、そんな錫杖までお屋形様は蔵にしまっておるのか」
「今のお屋形様ではあるまい。先代か、またその先代のお屋形様じゃろう」
「ふうん。しかし、お屋形様の蔵にしまってある錫杖など、どうする事もできまい」
「いや、わしがそいつを貰って来てやる」
「なに、貰う?」
「ああ。お宝の鑑定をしたお礼に、お屋形様は、何でも好きな物を一つやろうと言ったんじゃ。その時、銭泡殿もわしも何も貰わなかった。お屋形様は、いつでもいいから、欲しい物があったら持って行っても構わんと言ったんじゃ」
「ほう。随分、気前がいいんじゃな」
「お屋形様も驚いたんじゃろう。蔵の中に、あんなにもお宝が眠っておったとは、思ってもおらなかったに違いない。初めから自分の物だったにしろ、銭泡殿に見て貰わなかったら、埃にまみれて未だに眠っておった事になるからのう」
「そんなにも豪華お宝が眠っておったのか」
「わしにもよく分からんが、将軍家でも、喉から手が出る程、欲しがる物もあるそうじゃ」
「ふうん。それで、その錫杖はそのお宝の中に入らなかったというわけじゃな」
「そうじゃ。わしがそいつを貰って来るわ。今日はもう間に合わんから、明日にでも行って貰って来る」
「お屋形様がおらなくとも大丈夫なのか」
「ああ、蔵奉行(クラブギョウ)がその事は知っておる」
「それじゃあ、その年期の入った錫杖を持って山伏に戻るかのう」
「あのう、あたしはこの格好のままでいいの」とお雪が聞いた。
「ああ、構わんよ」と小太郎は答えた。
「しかし、北川殿に出入りするのに、山伏と普通の町人の娘というのも変じゃのう。かといって、巫女(ミコ)の格好までしたら大袈裟じゃしのう」
「北川殿のお医者様になればいいんじゃない」と春雨は言った。
「それが駄目じゃから、小太郎に山伏に戻って貰うんじゃろ」と早雲は言った。
「そうか、身分が違い過ぎるのね‥‥‥あたしみたいに何かを教えれば、身分は関係ないのね」
「関係ないという事はないが、お屋形様が春雨の踊りを認めたから出入りができるんじゃ。男の芸人なら出家して阿弥号を名乗らなければならんが、女の芸人に対しては昔から甘いらしいのう。もっとも、公式の場では、たとえ、踊りを教えておったとしても同席する事はできんがな」
「お雪さんも医術を教えたらいいんじゃない」
「馬鹿な事を言うな。そんなものを教えてどうする」
「あのう、笛でしたら教えられますが‥‥‥」とお雪は言った。
「そうじゃ、笛があったわ。お雪の笛は天下一品じゃ」と小太郎は手をたたいた。
「笛が吹けるの」と春雨は聞いた。
「はい」
「お雪、聞かせてやれ」
お雪は頷くと立ち上がり、隣の部屋に行った。笛を持って戻って来ると、音慣らしをして吹き始めた。小太郎もお雪の笛を聞くのは久し振りだった。何度、聞いてもいい音だった。心に染み込む、快い音色(ネイロ)だった。
早雲と春雨の二人もうっとりとしながら聞いていた。
お雪の吹いた曲は、今の季節、春にぴったりの曲だった。春の暖かい日差しの中で、気持ち良くまどろんでいるような感じがした。桜の花弁(ハナビラ)がひらひらと舞う中を天女が華麗に舞う姿が想像された。
小太郎は笛の調べを聴きながら春雨の反応を見ていた。踊り子である春雨は笛についても、かなりの耳を持っているはずだった。春雨の耳にかなえば、お雪の笛も一流であると言える。春雨の表情からは小太郎の満足の行く答えが得られた。
お雪が静かに笛を口から話すと、春雨は、「凄いわ」と言いながら手をたたいた。
「見事じゃ」と言いながら、早雲も手をたたいていた。
「それ程の腕を持っていれば、どこに行っても通用するわ。ほんと、凄いわね‥‥‥」
春雨はたまげて、それ以上、声がでないようだった。
「芸人だったわけでもあるまいに、よく、それ程までに吹けるようになったものよのう」と早雲は感心していた。
「はい‥‥‥」と笑ったまま、お雪は答えなかった。
仇(カタキ)討ちをするために、真剣になって学んだとは言えなかった。
「一体、誰から習ったの」と春雨は聞いた。
「叔母です。叔母は若い頃、京のお公家さんのもとに奉公(ホウコウ)しておりました。その頃、笛を習ったそうです。叔母はお仕えしていた御主人様がお亡くなりになると、出家して加賀に帰って参りました。あたしはその叔母から笛を初めとして読み書きやら色々と教わりました」
「その叔母というのは智春尼(チシュンニ)殿の事か」と小太郎は聞いた。
お雪は頷いた。
「あの人も笛の名人じゃったのか、知らなかったわ」
「そのお公家さんていうのは何というお方なの」と春雨が聞いた。
「さあ、そこまでは分かりませんけど」
「そう、でも大したものね。余程、小さい頃からやってたんでしょうね」
「はい。習い始めたのは七歳頃でしたけど、本格敵にやり始めたのは十歳頃からです」
「そうでしょうね。それだけの腕を持っていながら隠しておくなんて勿体ないわ」
「別に隠しておいたわけでは‥‥‥」
「今度、あなたの曲で踊らせてね」
「ほう、そいつは面白そうじゃのう」と早雲はお雪と春雨を見比べた。
「小河(コガワ)の長者殿に言えば、さっそく、舞台の用意をしてくれるわ」
「うむ、是非、見たいものじゃ」
いつの間にか、暗くなっていた。
お雪と春雨は慌てて、夕食の支度を始めた。
小太郎は明かりを灯し、火鉢に炭を入れた。春とはいえ、夜になると、まだまだ冷え込みは厳しかった。
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