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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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10.太郎坊移香






 枯葉を相手に太郎の修行は続いていた。

 毎日、刀を振り回しながら、跳びはねていた。

 何とか、四枚目まではできるようになったが、最後の一枚は難しかった。立木を相手に、風眼坊から教わった三つの技の稽古も怠りなくやっていた。

 冬はもうすぐ終わろうとしている。

 太郎と風眼坊は木剣を構えていた。

 風眼坊は八相に構えた。太郎がよくする構えであった。

 太郎は中段に構えた。そして、風眼坊の目と肩を見ながら進み出て、風眼坊の左腕を狙い打つために木剣を上げた。

 風眼坊は太郎の動きに合わせ、右足を大きく踏み込み、腰を落とし、構えていた剣を右側に回し、下からすくい上げるように太郎の左上腕を打った。

「よし、次だ」と風眼坊は木剣を目の高さに水平に構えた。

 右手で柄を持ち、左手は剣先から五寸程の所を手の平にのせるように構えていた。まるで、剣を捧げ持っているかのようだった。

 太郎は中段に構え、水平に構えられた風眼坊の木剣を見つめた。

 狙う所は胸から下しかなかった。

 太郎は中段から、上段の構えに変えた。

 上段のまま風眼坊に近づくと、上段から風眼坊の右腹を狙って木剣を横に払った。

 風眼坊は柄を握っている右手を軸に、左手を下に下ろし、剣を垂直にして太郎の剣を受け止めた。

 太郎はすかさず、受け止められた剣を上段に上げ、風眼坊の左腕を狙って打ち下ろした。

風眼坊は元の構えに戻り、太郎の剣を受け、右側にすり落とすと左足を深く踏み込み、左手は剣の先の方を押えたままで、太郎の喉元を突く、寸前に剣を止めた。
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11.飯道山






 太郎の飯道山での修行が始まった。

 吉祥院の中の修徳坊、そこが太郎の寝起きする宿坊となった。

 次の朝、太郎は西光坊元内という先達に連れられて行場に連れて行かれた。

 下から山を見上げた時は岩山のようには見えなかったのに、山頂の近くには、かなり大きく奇妙な形をした岩々がそそり立っていた。

 行場はちょうど本堂の裏あたりにあった。

 『西の覗き』『平等岩』『蟻の塔渡り』『胎内くぐり』『不動登り岩』『鐘掛け岩』などの行場があり、絶壁の上から逆さ吊りにされたり、絶壁をよじ登ったり、岩壁に張り付くように横に進んだりする行だったが、赤目の滝の行場を経験した太郎には何でもなかった。

 一番高い岩の上に立てば琵琶湖まで見えると西光坊は言った。生憎、今日は霧が巻いていて何も見えなかった。

 行が終わると西光坊は山内の案内をしてくれた。

 飯道寺の本堂、観音堂、飯道神社、修験道の開祖、役の小角(エンノオヅヌ)を祀る行者堂、武術の守り本尊である摩利支天(マリシテン)を祀るお堂、その他の寺院や宿坊を見て回った。

 武術の道場にも案内されたが、まだ、誰もいなかった。

 午前中はそれぞれ作業をやり、武術の稽古は午後からだと言う。

 武術は、剣、槍、棒、薙刀の四つの部門に分かれている。自分の好きなものを選ぶ事ができた。太郎は勿論、剣術を選んだ。

 この山で武術の稽古に励んでいるのは山伏ばかりではなく、甲賀はもとより伊賀の郷士たちも多くいるとの事だった。皆、太郎と同じ位の若い連中ばかりだと言う。

 一通り、案内が終わると、「今日はこれで終わりだ。のんびりと休んでおけ」と西光坊は言った。「明日からは休む暇もない位、厳しいからな」

 西光坊は不動院に太郎を連れて行った。
12.金比羅坊






 蝉が喧しく鳴いていた。

 朝から、暑い一日だった。

 百日間の長かったような、短かったような山歩きも終わり、今日からいよいよ、剣術の修行ができると太郎は楽しみにしていた。しかし、そう、うまくは行かなかった。朝食が済むと西光坊元内が待っていた。

 いやな予感がした。

 剣を握る前に、また何かをさせられるのか、また百日間も何かの行をさせられるんじゃないだろうな、と太郎は思った。

「ついて来い」と西光坊に言われ、ついて行った所は本堂から大分離れた、竹藪の中にひっそりと建つ智積院という僧坊だった。

「これも風眼坊殿のやり方だ。まあ、頑張れ」と西光坊は言った。

 太郎は智積院で、天台宗の教理をみっちりとたたき込まれる事になった。

 太郎は今まで、宗教などに興味を持った事はなかった。山を歩くのが好きだったし、剣の修行をするために、何の抵抗もなく山伏になる事はできた。でも、本格的な山伏になるつもりはない。あくまでも自分は武士で、山伏の姿は剣を習うための仮の姿にすぎないと思っている。

 師匠は俺を本当の山伏にするつもりなのだろうか‥‥‥
13.天狗騒動






 暑かった。

 日が暮れたというのに少しも涼しくならない。じっとしていても汗が流れ出た。

 稽古が終わった後、五人は木陰に隠れ、相談していた。太郎と望月三郎、そして、芥川左京亮、三雲源太、服部藤十郎の五人だった。

「本当にやるのか」と芥川が難しい顔をして言った。

「やる」と太郎は皆の顔を見回した。

「大丈夫か。本当に明日の朝までに戻れるのか」と服部は不安げだった。

「大丈夫だ。竜法師まで二里はない。半時(一時間)もあれば行ける。ちょっと偵察して、帰って来るだけだ」と望月は自信を持って言った。

「行きたくなければ行かなくてもいい」と太郎はもう一度、皆の顔を見回した。

「俺は行くぜ。面白そうじゃねえか」と三雲は言った。

「そうだな、もう山も飽きて来たしな。たまには里に下りるのもいいだろう」と芥川。

「じゃあ、抜け出すか」と服部も頷いた。

「よし、決まった」と太郎は低い声で言った。「それじゃあ、夜のお勤めが終わったら行者堂の裏の大杉の下に集合だ」

 四人は頷くと修行者の宿坊に帰って行った。
14.陰の五人衆






 九月十五日の盛大な飯道山の祭りも終わり、秋も深まって冬が近づいて来ていた。

 五人の特訓は続いていた。

 木登りは五人とも、すでに身に付けていた。特殊な鉤(カギ)を縄の先に付け、それを投げて木の枝に引っかけ、縄を伝わって登って行く。初めのうちは、鉤を投げても枝に引っかけるのがうまくいかなかったが、毎日の訓練で皆、うまくできるようになった。

 望月家の見取り図も皆の頭の中に入っている。望月三郎の友、杉谷与次郎のお陰で、兵力もおおよそわかった。手ごわいのは望月が言った通り四人だけだった。薙刀を使う望月又五郎、槍を使う池田甚内、剣を使う山崎新十郎と高畑与七郎、その他に雑魚(ザコ)が十四人いるとの事だった。

 望月三郎が薙刀の望月又五郎、芥川が槍の池田甚内、三雲が剣の山崎新十郎、服部が剣の高畑与七郎を、それぞれ相手にする事に決まった。太郎は雑魚十四人を受け持つ事になった。

 望月三郎は薙刀組に移り、芥川は槍組に移り、それぞれ研究していた。太郎は大勢を相手にするため飛び道具の手裏剣の稽古を始めた。どうしたわけか、金比羅坊が五人を何かと助けてくれた。

 ある日の夜、五人が木登りの練習をしている所を金比羅坊に見つかった。

「また、お前らか。今度は何をやるつもりだ」

「ただ、剣術の稽古をしているだけです」と太郎は言った。

「ほう、猿の真似をするのが剣術の稽古か」

「身を軽くするためです」

「まあ、いいだろう」と金比羅坊は機嫌よさそうに笑った。「お前らが何をするのか知らんが、まあ、わしにできる事があったら助けてやるぞ」

 太郎は金比羅坊に手裏剣の名手、橋爪坊道因を紹介してもらった。

 そして、夜になると金比羅坊は薙刀を持って、槍の円行坊義天と一緒に稽古を付けにやって来てくれた。五人の腕はみるみる上達していった。

 太郎はまず、手裏剣の基本の技を身に付けると、次には、どんな体勢から投げても百発百中になるように訓練した。早打ちの稽古もした。勿論、手裏剣だけでなく、剣の修行の方も怠りなかった。まだ、三人の師範代に勝つ事はできないが、師匠の風眼坊と模範試合をした望月彦四郎とは互角の腕になっていた。三雲と服部も太郎程ではないが、同期の者たちに比べるとずば抜けて強くなっていた。
15.高林坊






 年が改まり文明二年(一四七〇年)、太郎は十九歳になった。

 年末年始は忙しかった。

 信者たちが続々と山に登って来て、山の中の樹木よりも人の方が多いと思える程だった。

 太郎も信者たちの接待をさせられ、雪の積もった山の中を走り回っていた。剣の修行をしているよりもかえって疲れた。三箇日が過ぎると信者の数も減ってはいったが、それでも山に登って来る者は絶えなかった。

 ようやく、山も静かになり始めた七日の日、太郎はこっそりと山を抜け出した。

 目指す所は勿論、楓である。

 去年、望月又五郎を襲う前に会ったきり十日以上も会っていない。太郎は会いたくて会いたくてしょうがなかった。山では修行のためには女は近づけてはならないと教えるが、太郎にとって楓の存在は剣の修行以上に大きかった。楓に会うとかえって剣の修行の励みにもなった。

 太郎は楓に会うために山の中を駈け下りた。

 年が明けて初めての対面である。いつか、塀の外から覗くのはやめてくれと楓に言われてから、太郎はそっと寺の中に忍び込む事にしていた。そして、木の陰や庭石の陰に隠れ、小石を投げて楓にだけにわかるように合図をする。今日は楓を驚かしてやろうと企んでいた。

 太郎は花養院の裏の塀を乗り越えると、持って来た鉤付き縄を利用して寺の本堂の屋根に登った。天狗の面をかぶって屋根の一番上に座り込むと下を見下ろした。

 予想に反して、境内には誰もいなかった。楓たちも薙刀の稽古をしていない。

 太郎は回りに建ち並ぶ寺の屋根を見回し、遠くに見える山々を見渡した。山々は皆、雪をかぶって白く輝いていた。去年の夏の山歩きの事が懐かしく思い出された。

 今日は冷たい風もなく、天気がよく暖かかった。楓が自分の姿を見つけてくれるまで、屋根の上で、ちょっと昼寝をする事にした。

 本当に眠ってしまうつもりはなかったが、疲れていたせいと、暖かくて気持ちが良かったせいか、つい、うとうとと眠ってしまった。
16.百日行、再び






 太郎はまた、百日間の奥駈け行を始めた。

 あの日、弘景老人の草庵を去ってから、太郎は道場に行き、剣を振ったが、やはり、うまく行かなかった。

 根を張るとは、どういう事なのか‥‥‥

 そういう時には、何もかも忘れてみるのもいいもんだと老人は言った。

 このまま毎日、こうやって独りで稽古していても、高林坊の壁は乗り越えられないかもしれないと太郎は思った。老人の言ったように、しばらく、剣の事は忘れて、もう一度、山歩きに専念してみるかと思った。今から、百日といえば、山を下りるはずの三月を過ぎてしまう。しかし、このまま、山を下りるわけには行かなかった。

 次の日から、太郎は錫杖を突き、できるだけ、剣術の事は考えないように、走るような速さで雪の山道を歩いた。

 阿星山から金勝山に行く途中の岩に囲まれた道を通った時、ふと、この前の百日行の時に出会った老山伏の事を思い出した。あれから、毎日、剣の修行に明け暮れ、すっかり、忘れてしまっていた。あの老山伏は、もう、この山にはいないのだろうか‥‥‥

 なぜか、もう一度、会いたいような気がした。あの老山伏が、今の太郎の問題を解決してくれるような気がした。

 太郎は、いつも、老山伏が座り込んでいた岩に近づき、下から見上げた。あの時は、こんな岩に登れるわけないと思っていたが、よく見てみると、手や足をうまく岩に引っ掛ければ登れるかもしれなかった。

 太郎は登ってみる事にした。

 切り立った岩をよじ登り、そのてっぺんまで辿り着くと、老山伏を真似て座り込んでみた。思っていたよりも高く、眺めも良く、気持ち良かった。太郎はしばらくの間、岩の上に座り込んで雪をかぶった阿星山を眺めていた。阿星山から、こちらに向かう道が岩の間や木の間から見えた。その道を大勢の人が歩いて来るのが見えた。
17.太郎と楓






 百日行が終わると、太郎は自由の身となった。

 一応、一年間の修行というのは、すでに終わっていた。これで、大っぴらに山を下りる事もできるようになった。今までも、山を下りたい時は勝手に下りてはいたが、これからは堂々と表参道を歩ける身分となった。

 百日行が終わった次の日の朝、太郎は高林坊のもとに行き、立ち合いを願った。高林坊は快く受けてくれた。

 二人は、まだ誰もいない道場に行き、高林坊は棒、太郎は木剣をそれぞれ構えた。

 太郎は木剣を百日振りに持ったのだったが、違和感はまったくなかった。木剣がまるで、自分の体の一部のように感じられた。

 高林坊はこの前と同じように、自分の目の前に杖を突いたような格好に構えた。

 太郎は力まず、自然な形で中段に構えた。

 以前のように、高林坊の姿が大きく見える事はなかった。

 二人はしばらく、構えたまま動かなかった。

 森の中で閑古鳥(カッコウ)が鳴いていた。

 時が止まってしまったかのように、太郎も高林坊も動く事はなかった。

「これまでじゃな」と高林坊は言うと、構えを解いて六尺棒を引いた。

 太郎も木剣を引いた。

「良くやった」と高林坊は笑った。「とうとう、わしを追い越したな。今のお前にかなう奴はいないじゃろう。たった一年で、これ程になるとはのう。大した奴じゃのう、おぬしは‥‥‥それで、これから、どうするつもりじゃ。もう、お山を下りても構わんのだぞ」

「はい‥‥‥もう少し、このお山で修行したいと思っています」

「うむ、それもいいじゃろう。修行に終わりというものはないからの」
18.智羅天






 空がどんよりと曇っている。

 今にも雨が降りそうだった。

太郎は阿星山と金勝山との間にある岩場の上に座り込み、智羅天が出て来るのを待っていた。心を沈め、目を閉じ、耳を澄ませた。

 どこかに隠れているはずだ、と太郎は思っていた。

 ほんの一瞬だったが、左の方から誰かが自分を見ているような感じがした。目を開け、左を見ても、岩が連なっているばかりで智羅天の姿はなかった。

 太郎はまた目を閉じて、心を澄ませた。

 今度は後ろから気配が感じられた。太郎は体を動かさないようにして、岩のかけらを右手で拾うと、素早く振り返って、気配の感じた所に向かって投げ付けた。

 岩の陰から智羅天が顔を出し、「待っておったぞ」と言った。

「待っていた?」

「そうじゃ」と智羅天は岩の上に座った。

「なぜ、俺が、ここに来る事がわかる」

「わかる。お前の考えている事など、わしには、すべてわかる」

「嘘だ。わかるわけない」

「本当じゃ。人間、百年以上、生きてみると色んな事がわかって来るものじゃ」

「百年以上?」

「ああ。わしは今年、百十六になった。いや、十七かのう。あまり長く生きてるんで、自分の歳もはっきりわからんが、百歳を過ぎてる事は確かじゃ‥‥‥今、おぬし、また、わしが嘘をついてると思ったじゃろう‥‥‥だが、本当の事じゃ」

「人間、百歳以上も生きられるものなんですか」

「生きられる‥‥‥自然に逆らわずに生きていれば、百でも二百でも生きられる‥‥‥しかし、百歳までも生きているもんじゃない。もう、人間として生きられなくなってしまう。人が何を思っているかがわかってしまうというのは、とても、耐えられるものではないぞ。表面では優しい仏様のような顔をしていても、心の中では鬼のような事を平気で考えている奴ばかりじゃ。とてもじゃないが、そんな奴らの中で暮らせるもんではないわ。山の中に隠れて生きて行くしかないんじゃよ‥‥‥人間と話をしたのも何年振りかのう‥‥‥お前は、わしが一体、何者なのかを見極めるために、わしに会いに来たんじゃろう。一体、人の正体というものは何なんじゃろうかのう‥‥‥わしも昔は戦に何度も出て活躍した事もあった。しかし、それがどうだというんじゃ。昔、あれをした、これをしたと自慢してみても、人間は過去に生きる事はできん。結局、人間というのは、今という瞬間にしか存在する事ができんのじゃ。わしの正体は、今、おぬしの目の前にいる、これがすべてじゃ。ただの白髪爺いじゃよ」

 太郎は智羅天という老人を観察しながら話を聞いていた。

「ただのう、わしの命もあと半年しかないんでのう。死ぬ前に、わしの技を誰かに残したいんじゃよ。どうじゃ、おぬし、わしの技を受け継がぬか」

「技?」

「気合の術とでも言ったらいいかのう。おぬしの剣術にも、きっと役に立つものじゃ」

「どうして、俺に」

「おぬしの心が綺麗だからじゃ。武術というものはまず、第一に心じゃ。心が正しくない者に武術を教えても、ただの凶器になるだけじゃ。どうじゃ、この年寄りの最後の頼みを聞いてくれんかの」

 太郎は智羅天をじっと見つめてから、「お願いします、教えて下さい」と頼んだ。「でも、あと半年の命というのは本当なんですか」

「本当じゃよ‥‥‥百十七まで生きたとしても、やはり、死ぬというのは辛い事じゃ。また、その死ぬ日まで、はっきりとわかってしまうというのは、なお辛い‥‥‥そうと決まれば、さっそく始めよう。わしの知っている事は、お前にすべて、たたき込んでやる」

 太郎は智羅天の後をついて行った。
19.陰の術






 太郎は智羅天が残した岩屋で寝起きしながら、飯道山に通っていた。

 この岩屋はまったく住み良かった。夏は涼しく、冬は暖かい。冬になっても、岩壁から滲み出る、うまい水は凍る事もなく、毎日、流れ出していた。

 半年振りに飯道山に戻った太郎は久し振りに金比羅坊に会った。

 金比羅坊は目を見張り、「おぬし、どんな修行をしてたのか知らんが、まるで、仙人のようじゃのう」と言った。

「どうして、仙人なんです」と太郎が聞いても、金比羅坊にはうまく答えられなかったが、「おぬしの回りには神気のようなものが漂っているようじゃ」と首を傾げながら言った。

 太郎は金比羅坊と高林坊に頼まれて、剣術の師範代をする事になった。

 久し振りに道場に向かうと木剣の響きが懐かしく感じられた。去年の今頃は、自分もこうやって稽古に励んでいたのだった。もう、ずっと昔の事のように思えた。

 今年もあと一月で終わりだが、今年、一年間の修行者で、今まで残っているのは剣術だけでも二十三人いた。去年と比べれば倍である。入って来る時の人数も多かったが、残っている者も多かった。それだけ、世の中が乱れ、強くなければ生きて行けない世の中になって来ていた。

 太郎が道場に入って行くと皆が稽古をやめて太郎の方を見た。そして、仲間と何やらコソコソ話し始めた。『天狗太郎』という声が、あちこちから聞こえて来た。

 太郎は師範の勝泉坊善栄、師範代の浄光坊智明、中之坊円学に挨拶をした。

 金比羅坊は手を休めて話をしている修行者たちに、「真面目にやれ!」と怒鳴った。

 修行者たちは慌てて稽古を続けた。

「太郎坊か」勝泉坊は太郎をじっと見ながら、「大分、修行したとみえるな」と満足そうに頷いた。「まあ、あいつらを鍛えてやってくれ」

「天狗殿がいよいよ、山から出て来たか」と中之坊は笑った。

「お前は知らんだろうが、お前はこの山の名物男だぞ。お前の事をみんなが『天狗太郎』と呼んでおる」と浄光坊は言った。「まさしく、今のお前は天狗のようじゃのう」

 太郎は師範代として、若い者たちに稽古をつけてやった。
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歴史小説を書いています。
酔雲の著書












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