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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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10.松岡寺1






 吉崎御坊の城塞化は日を追って進んで行った。

 各地から武装した門徒たちが吉崎を守るために集まり、要所要所に陣を張って、濠を掘り、土塁を築き上げ、逆茂木(サカモギ)を組み、夜ともなれば篝火(カガリビ)が焚かれて、蟻の入り込む隙もない程の警戒振りだった。

 それでも、蓮如を殺そうとする刺客(シカク)は蓮如のすぐ側までやって来た。

 風眼坊は目医者に成り済まし、蓮崇の多屋から本坊の庫裏(クリ)に移って、蓮如の側近くに仕えていた。

 蝉(セミ)がうるさく鳴いている暑い昼下りだった。

 二俣の本泉寺から来たという尼僧が蓮如に会いたいとやって来た。

 その尼僧は本泉寺の勝如尼からの書状を手にしていた。その書状には、蓮崇が本泉寺に来て、戦をしろと門徒たちを煽っているので、やめさせるように言ってくれ、という内容の事が長々と女文字で書かれてあった。その文字は確かに勝如尼の字にそっくりだった。蓮如はすっかり信じてしまった。そして、勝如尼に何と返事を書いたらいいのか悩んだ。

 風眼坊は、その尼僧と蓮如が会う場に控えていた。風眼坊は、その尼僧が気に入らなかった。どことなく落ち着きのない目付きをしていた。年の頃は三十前後、女のわりには背が高く、痩せていて、よく日に焼けていた。

 蓮如は尼僧に、今日はもう暗くなるから、泊まって行けと言った。

 風眼坊はお雪に、それとなく、その尼僧を見張ってくれと頼んだ。お雪は喜んで引き受けてくれた。風眼坊の勘が外れたのか、その夜は何事も起こらなかった。

 夜が明け、いつものように蓮如が水を浴びている時だった。すでに起きていたのか、尼僧が庭の方から現れた。しかし、庫裏(クリ)の中から蓮如を見守っていた風眼坊には尼僧の姿は見えなかった。

 その時、「危ない!」と言うお雪の声がした。

 風眼坊は飛び出し、蓮如の体を庇うのと同時に、尼僧に向かって手裏剣を投げた。尼僧は吹矢で蓮如を狙っていた。その尼僧の後ろにお雪がいた。

 風眼坊の投げた手裏剣は尼僧の左肩に刺さり、尼僧の吹いた矢は井戸の側に積んであった薪(タキギ)に刺さった。風眼坊は素早く移動すると尼僧を捕えた。

 吹矢の矢の先には、思った通り猛毒が塗ってあった。

 尼僧は何も喋らなかった。喋らなくても、差し向けた相手は高田派に違いなかった。

 風眼坊は尼僧を長光坊に引き渡した。

 お雪のお手柄だった。

 お雪は一晩中起きていて、尼僧を見張っていたと言う。

 風眼坊が、よく吹矢なんていう武器を知っていたなと聞くと、照れ臭そうに、実は、わたしも、あれで富樫次郎の命を狙っていたと言った。その言い方は遠い昔の思い出話をしているかのようだった。

 その捕物騒ぎがあった日の夕方、甲冑に身を固めた若武者が風眼坊を訪ねて来た。

 若武者の名は洲崎(スノザキ)十郎左衛門久吉、慶覚坊の息子だった。十郎左衛門はまだ十七歳の若者で、まるで、若き日の慶覚坊を見ているかのようだった。

 十郎左衛門は風眼坊を助けて、上人様を守るようにと親父に命じられて吉崎に戻って来たのだった。十郎としては父と一緒に戦に出たかったのだが、今回の戦は多分、長引く事になろう。焦るな、お前の出番というのが必ず来るはずじゃ。今回は上人様の命を守る事が、お前の成すべき事だと思って励め、と言われたと言う。

 十郎は生まれた時からの本願寺門徒だった。念仏を子守唄代わりに育てられたと言ってもいい程、本願寺の教えにどっぷりと浸かっていた。また、物心付いた頃から本願寺と叡山の争い事を経験して、強くならなければならないと武術の修行に励んでいた。

 十四歳の時、家族と共に山田光教寺の多屋に移り、十五歳より今まで慶聞坊の多屋に住み込んで吉崎の警固隊の一人として働いていた。蓮如が戦の宣言をした後、父と共に一度、山田に帰ったが、また戻って来たのだった。

 風眼坊にとっては十郎が来てくれたのは有り難い事だった。蓮崇から頼まれて、蓮如を守る事を引き受けたが、今朝のような事が起こっては、とても一人では難しいと思っていたところだった。朝から晩まで、そして、一晩中、蓮如を見張っているのは、とても一人では無理だった。ゆっくり休む事もできない。二、三日なら何とかなるだろうが、五日も寝ずにいたら風眼坊の方が参ってしまうだろう。

「腕の方は自信があるか」と風眼坊は十郎に聞いた。

「一応」と十郎は自信ありそうに頷いた。

「得意なのは、薙刀か」

「いえ、弓です。そして、剣です」

「ほう、弓か‥‥‥そして、剣か」

「風眼坊殿、風眼坊殿は剣の達人だと父より聞いております。いつか、お手合わせをお願いします」

「ああ、そのうちな」

 蓮如は十郎の事を知っていた。それでも、吉崎に来てからは会うのは初めてだと言う。

 蓮如は十郎の甲冑姿を見て、少し淋しそうな表情を見せたが、それでも、随分、立派になられたもんじゃと言って笑った。

 蓮如の膝元に二年もいて、今まで会わなかったというのは、風眼坊にとって不思議に思えたが、わざわざ、伜が吉崎の警固隊にいるというのを、蓮如に言わなかった慶覚坊の気持ちは風眼坊にもよく分かった。

 十郎が来てから風眼坊は十郎と交替で蓮如を見守った。十郎は生意気な所もあるが、なかなか頼もしい奴だった。

 あの時の尼僧騒ぎから、これと言った事件もなく時は流れて行った。

 六月二十五日、蓮如が法敵打倒を宣言して、翌日、坊主たちは各地に散って行った。

 二十八日、越前一乗谷に潜んでいた富樫次郎がようやく腰を上げて、加賀の国に進攻して来た。その兵、五千人とも一万人とも言われていた。

 次郎は越前超勝寺の門徒と共に加賀に入ると、途中にある幸千代方の支城を攻め落としながら松岡寺へと向かって行った。その行動は一乗谷において朝倉弾正左衛門尉に骨抜きにされていた次郎の軍とは思えない程、迅速で確実だった。次郎方の重臣たちも、ただ無為に日々を送っていたわけではなく、裏に回って色々と画策していたに違いなかった。

 やはり、朝倉弾正左衛門尉は動かなかった。甲斐八郎も動かない。しかし、朝倉は加賀に兵は送らなかったものの、白山衆徒に次郎に味方するように呼びかけ、平泉寺の僧兵を密かに加賀に送り込んでいた。

 二十九日、次郎方が動き出した事を知ると、幸千代方もようやく決心を固め、高田派門徒と共に先手を取って松岡寺に総攻撃を掛けた。幸千代方を味方にした高田派門徒は勢い付き、攻めに攻め、松岡寺は危うく落とされるかに見えたが、江沼郡の本願寺門徒と次郎の連合軍が、幸千代、高田派門徒の後方から攻めかかり、何とか持ちこたえていた松岡寺も盛り返した。

 三十日には本願寺方から総攻撃を仕掛け、一進一退だったが、日の暮れる頃には本願寺方は押しまくり、高田派、幸千代連合軍は蓮台寺城まで引き上げて行った。

 この段階では両軍の兵力はほぼ互角と言えた。しかし、立場が逆になっていた。今までは、高田派門徒が本願寺門徒の籠もる松岡寺を包囲していたが、今度は、本願寺門徒が高田派門徒の籠もる蓮台寺城を包囲する形となっていた。

 この戦に慶覚坊は参加していなかった。

 慶覚坊は精鋭な騎馬武者を引き連れて、高田派の寺院を片っ端から攻め、破壊して行った。慶覚坊だけではなかった。石川郡では手取川の国人門徒、安吉源左衛門が、能美(ノミ)郡では板津(小松市)の国人門徒、蛭川(ヒルカワ)新七郎が、河北郡では砂子坂の国人門徒、高坂四郎左衛門が、それぞれ、精鋭を引き連れて高田派の寺院を攻め落としていた。

 七月になると、それぞれ石川郡からの援軍が到着し、両軍は対峙したまま、各地で小競り合いはあったが、大規模な戦にはならなかった。

 七月四日、赤野井の慶乗坊(キョウジョウボウ)率いる近江門徒一千人が武装して吉崎に到着した。入れ代わるように、吉崎を守っていた越前門徒が松岡寺へと向かって行った。

 蓮如はほとんど毎日、書斎に籠もって、親鸞聖人の残した書を読んだり、御文を書いたりしていた。この頃、書いた御文にも戦の事には一切触れず、ただ、信仰上の事を何度もかみ砕いて教えるように書いていた。そして、時折、お雪の吹く笛を聞く事が、ただ一つの慰みとなっていたようだった。





 墓場の中だった。

 墓場の隅に苔むした古井戸があり、その井戸から、突然、生首が現れた。

 夜中に、誰かがこの光景を目にしたら悲鳴を上げただろうが、今は真っ昼間、そして、人影はなかった。出て来た生首は辺りを見回すと井戸の外に飛び出した。勿論、その生首には体も足も付いていた。風眼坊であった。

 風眼坊は吉崎御坊の庭園にある抜け穴を通って、ここに出て来たのだった。ここを通るのは初めてではない。山門を通って、一々、本願寺のうるさい坊主連中に何だかんだ言われるのは煩わしいので、町に出る時にはいつも、この抜け穴を利用していた。

 この抜け穴は庭園のすぐ下にある浄得寺(ジョウトクジ)の裏の墓場の古井戸へと続いていた。よく、こんな穴を掘ったものだと通るたびに感心していた。この墓場から庭園までは険しい崖で、とても人が登る事のできないものだった。そこを、この抜け穴を使うと簡単に登り降りができた。しかも、この墓場から浄得寺の裏を通り抜けて行くと、大聖寺川に面した船着き場へと出る事ができ、もしもの事があった場合、そこから、すぐに逃げ出す事ができた。

 風眼坊が蓮如と共に吉崎御坊に閉じ込められて半月が過ぎていた。いい加減、飽きて来たところ、蓮如がとうとう、ここを抜け出そうと言い出した。門徒たちが命を賭けて、本願寺のために戦っているというのに、こんな所で、のうのうとしてはいられない。わしは松岡寺に行くぞ、と言い出した。風眼坊は、待っていましたと、この抜け穴からの脱出の準備を始めた。

 蓮如をここから出すには、まず、変装させなければならない。薄汚れた、継ぎだらけの古着を調達して、それから、安全な逃げ道を見つけなければならなかった。

 町の中を抜けて行くのは難しかった。近江から来た門徒たちがあちこちに陣を張って、通る者たちを調べていた。町の外に出るまでに、少なくとも、三ケ所の陣を抜けなければならない。近江の門徒たちは蓮如の顔を知っている者も多いだろう。いくら、変装したからと言っても見破られる可能性は高かった。

 残るは船着き場から舟で大聖寺川を渡り、川向こうを通って松岡寺まで向かう方法だった。勿論、船着き場にも近江門徒の陣はあった。

 この船着き場は加賀の国からの物資が入って来る重要な場所で、蔵が幾つも並び、この地を敵に占拠された場合、吉崎は干乾しになると言えた。当然、ここの警固は厳重だった。

 ここを守っていたのは山賀の道乗坊という大坊主率いる二百人の兵士だった。蓮如に書状を書いて貰えば、目医者として、下男に化けた蓮如を連れて、向こうに渡る事はできるだろうと思った。山田光教寺の蓮誓が目を患ったという事にすれば怪しみはしないだろう。

 作戦が決まると風眼坊は墓場に戻って、古井戸の中に消えた。古井戸とはいえ、井戸としての機能は持っていた。水面より三尺程上に横穴が空いていて、その穴が、上の庭園まで続いている。誰も、この古井戸の中に横穴があるとは思うまい。誰が考えたのか、通るたびに大したものだと感心していた。

 蓮如は風眼坊が持って来た古着を着て、浮き浮きしていた。

「わしはのう。若い頃、河原者や人足たちの中に入って行って、教えを広めた事があった。わしは奴らの中に入って、しばらく一緒に暮らしたが、どうしても、奴らに溶け込む事ができなかった。法衣(ホウエ)を脱ぎ捨て、奴らと同じ物を着て、同じ物の考え方をしなければ、本当に奴らを理解する事はできない、と分かっておりながら、わしにはできなかった。あの頃は、外見とか形に囚われておったのじゃろう。ようやく、この年になって、その執着から離れる事ができたわ。どうじゃ、奴らのように見えるか」

「ふーむ、その頭が、ちょっとのう」と風眼坊は首を傾げた。

「これか、こんな事なら、昨日、剃らなければ良かったのう」

 風眼坊は笑いながら、「手拭いでも被れば、何とかなるじゃろう」と言った。

「そうじゃな」と蓮如は頷き、「それで、いつ、出掛ける」と聞いた。

「今から行きますか」

「なに、今からか‥‥‥まあ、それもいいが、如勝には一言、言って行かんとのう」

「ええ。しかし、大丈夫ですか。蓮如殿がここから消えても」

「その事じゃが、何とかごまかす法はないものかのう」

「難しいですな。病気にでもなって寝込んでもらうしかないんじゃないですか」

「うむ、病気か‥‥‥」

「しかし、ばれるじゃろうな」と風眼坊は首を振った。

「ばれたら、ばれたじゃ。誰かに、わしの代わりに寝込んでもらうしかあるまい」

 蓮如がもとの法衣に着替えた時だった。松岡寺の慶聞坊からの伝令が到着した、と取り次ぎの坊主が伝えに来た。

 伝令は杉谷孫三郎だった。孫三郎は汗と埃にまみれて真っ黒だった。出て来た風眼坊を見ると、「師匠!」と一言、言って、風眼坊を見上げたまま黙り込んだ。

「どうした。実戦の中で立派な死に方ができそうか」

「はい‥‥‥」

「あちらの様子はどうじゃ」

「はい」と孫三郎は懐から書状を出すと風眼坊に渡した。

 風眼坊は書状を受け取り、蓮如のもとへ戻って渡した。

 書状には慶聞坊の字で、決戦のあった六月二十九日からの戦況が詳しく書かれてあった。そして、今は小康状態が続き、戦場は松岡寺周辺から蓮台寺城周辺へと移ったが、松岡寺では改めて守りを固めていると言う。

 孫三郎は一休みすると馬にまたがり、松岡寺に戻って行った。

 初めて会った時とは、まるで別人のように生き生きとして、顔付きまでもがすっかり武者面になっていた。戦というのは人を変えるものだと改めて思った。しかし、お雪のような犠牲者が現れるのも事実だった。慶聞坊の書状には、そんな犠牲者の事は一々書いてなかったが、門徒の中にも敵にも、死んで行った者たちが何人もいるはずだった。その者たちには当然、家族がいるだろう。まだ幼い子供たちが突然の父親の死に悲しんでいる事だろう‥‥‥

 蓮如が一番見たくなかった門徒たちの悲しむ姿が、あちこちに出現する事になろう。旅に出れば、それを直に見る事になる。風眼坊は一瞬、そんなものを蓮如に見せてもいいのだろうか、と思ったが、蓮如は本願寺の法主だった。法主として、それは見なければならない事だった。門徒たちを戦に向かわせた責任が、すべて蓮如にあるとは言えないが、それを命じた者として、蓮如には門徒たちの悲しみを直に触れなければならない義務があった。

 蓮如は書斎に、妻の如勝を呼んだ。

「これから、ちょっと、風眼坊殿と一緒に蓮綱の所に行って来る。留守を頼むぞ」と蓮如はいつもの口調で言った。

「はい。どうぞ、留守中の事は御心配なさらずに行って来て下さいませ」と如勝の方も普段と変わらぬ口調だった。

 風眼坊は側で、そのやり取りを見ていた。こんな状況の中、蓮如が旅に出ると言い出せば、如勝は絶対に止めるものだと思っていた。そうなったら風眼坊が蓮如の身は絶対に守るからと言って納得させるつもりでいたが、そんな心配は要らないようだった。

「上人様が、いつか旅に出ると言い出す事は分かっておりました。止めても無駄だという事も分かっております。どうぞ、お気を付けて行ってらっしゃいませ」

 蓮如は頷くと、「子供たちの事を頼むぞ」と言った。

「はい」と如勝は頷き、しばらく蓮如を見つめていた。そして、風眼坊の方を向くと、「風眼坊様、どうぞ、上人様の事、よろしくお願いいたします」と頭を下げた。

 風眼坊も「はい」と言って、頭を下げた。

 風眼坊は蓮如と十郎の着替えと用意した薬を持って、抜け穴の入り口のある小屋へと向かった。

 小屋の前に、お雪がいた。すっかり旅支度をしていた。

「わたしも行きます」とお雪は風眼坊に言った。

「どこへ」

「松岡寺に」

「何しに」

「‥‥‥わたしも連れて行って下さい」

「わしらは戦場に行くんじゃぞ。物見に行くわけじゃない」

「分かっております」

「また、地獄を見る事になるぞ」

「分かっております‥‥‥よく、分かりませんが、その地獄の中に、わたしの生きる道があるような気がするんです」

 風眼坊はお雪の目を見つめた。

 お雪なりに、何か覚悟を決めているようだった。

「連れて行かなかったら、後を追って来そうじゃな」と風眼坊は笑った。

 お雪は頷いた。

「しょうがないのう」

「御一緒してもいいのですね」

「蓮如殿にお願いしてみよう。しかし、どうして、わしらが出て行く事が分かったんじゃ」

「十郎様が教えてくれました」

「なに、十郎が教えた。あのおしゃべりが‥‥‥」

「わたしが頼んだのです。どこかに出掛ける事になったら教えてくれと」

「成程のう、お雪殿に頼まれれば、十郎に限らず、男なら誰でも断る事はできまいのう」

「そんな‥‥‥」

 しばらくして蓮如と十郎が来ると、小屋の中で着替え、抜け穴の中に入って行った。

 目医者の風眼坊、そして、その下男に扮した蓮如と十郎、お雪は風眼坊の娘という事にした。

 一行はとりあえず、蓮誓のいる山田光教寺を目指して船着き場から舟に乗った。

 蓮如が書いた書状を見せると、山賀の道乗坊は一行をちらっと見て、「御苦労」と一言、言っただけだった。

 蓮如の演技もなかなかのもので、誰が見てもただの下男だった。

 抜け穴から出る時、井戸に落ちそうになって袴(ハカマ)が濡れ、おまけに墓場で躓(ツマヅ)き、泥だらけになった事が返って良かったのかもしれなかった。

 一行は舟で大聖寺川をさかのぼって加賀の国の二の宮、菅生(スゴウ)の石部(イソベ)神社まで行き、そこから陸路で山田光教寺へと向かった。

 光教寺も吉崎と同じく変わっていた。

 武装した門徒たちに守られ、蓮誓も豪勢な甲冑に身を固めていた。

 蓮如はそんな伜の姿を遠くから見ただけで、会いに行こうとはしなかった。一行は武装した門徒たちのたむろする慶覚坊の多屋に泊まり、次の日の朝早く、松岡寺に向かった。

 下男に化けた蓮如は誰にもばれる事はなかった。

 初めのうち、蓮如は自分の演技に凝り、ばれない事が得意気だったが、光教寺まで来て、門徒の誰一人として自分が上人様であるという事に気づかず、ただの下男としてしか見てくれない事に、幾分、がっかりしているようだった。

 以前は自分が現れたというだけで、人々が殺到して来たというのに、今は見向きもされなかった。その違いは、ただ法衣を着ているか、ぼろを着ているか、だけだった。着ている物の違いだけで人々の反応というのは、こうも違うのだろうか、と蓮如は何となく切ない気持ちになっていた。
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