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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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13.小野屋1






 懐かしかった。

 飯道山の山頂を風眼坊は感慨深げに眺めていた。

 ここに来るのは、実に四年振りの事だった。

 あの時、弟子の太郎と花養院にいた楓の祝言を行なった。早いもので、あれから四年という歳月が流れていた。あの後、二人は故郷の五ケ所浦に帰ったが、また戻って来た、というのは風の便りで聞いていた。

 きっと、もう子供もいるに違いない。どんな子供だろう、会うのが楽しみだった。

 中でも一番の楽しみは、何と言っても、息子、光一郎の成長振りを見る事だった。太郎のもとで、どれだけ腕を上げたのかを見るのが一番の楽しみだった。

 風眼坊がそんな事を思いながら飯道山を眺めている時、連れの疋田豊次郎は息を切らしながら、ようやく風眼坊に追い付き、景色を楽しむどころではなかった。

 五日前に二俣本泉寺を出て来た二人は、かなり、きつい旅をして来ていた。豊次郎は風眼坊に付いて行くのがやっとだった。それでも、風眼坊にしてみればのんびり歩いているつもりだった。

 昨日、琵琶湖を舟で渡り、目的地が目と鼻の先の距離になると、風眼坊は知らず知らずのうちに急ぎ足となって行った。

 風眼坊は琵琶湖側から阿星山(アボシサン)の山頂を目指した。かなり急な山道を風眼坊は走るような速さで登って行った。豊次郎にはとても付いて行けなかった。風眼坊は少し登っては豊次郎を待ち、また歩き始めた。飯道山へと向かう奥駈け道まで来て、飯道山を眺めていたのも豊次郎を待っていたのだった。豊次郎が来たので先に進もうとしたが、豊次郎が少し休ませてくれと頼んだので少し休む事にした。

 実に懐かしかった。

 何度、この道を行ったり来たりした事だろう。光一郎もこの道を一ケ月間、歩き通した事だろう。もしかしたら、太郎と一緒に百日間、歩いたかもしれなかった。ひょっとしたら、今、この道を歩いているかもしれない。どこかで、ばったり出会うかもしれない。何となく照れ臭いような気もするが、早く、光一郎に会いたかった。

「先生、まるで、山伏のようじゃのう」と息を切らせながら豊次郎は言った。

「そうか、おぬしにはまだ言ってなかったのう。わしは医者でもあるが、大峯の山伏でもあるんじゃ」

「何だって! それならそうと言って下さいよ。わしは先生がただの医者だと思っておったから、医者なんかに負けるものかと今まで付いて来たけど、先生が山伏なら、かなうわけない。もう、くたくたで足は棒になってますよ」

「もうすぐじゃ。頑張れ」

「付いて来るんじゃなかったわ」

「そう言うな。このお山はのう、有名な武術道場なんじゃよ」

「武術道場?」

「ああ。おぬしも、かなり使いそうじゃが、このお山には、おぬし程の腕を持っておる奴らは、ごろごろおる。そういう所を見ておくのも、この先、何かのためになろう」

「飯道山とか言ったか、この山は」

「ここは、まだ阿星山じゃが、あそこに見えるのが飯道山じゃ。おぬし、越前の一乗谷で武術指南をしておる大橋勘解由(カゲユ)というのを知っておるか」

「ええ、名前だけは」

「奴も若い頃、ここで修行をしておるんじゃ」

「へえ。わさわざ、あんな所からも来ておるのか」

「ああ、最近はかなり遠くからも来ておるらしいの。実はのう、わしの伜もここにおるんじゃよ。ちょっと一目会いたくてのう」

「へえ。先生にそんな大きな子供がおったんですか」

「まあな。おぬしの方はどうなんじゃ。子供はおるのか」

「ええ、十歳になる男の子がおります」

「ほう。おぬしにもそんな大きな子がおったのか」

「はい。この間、久し振りに会ったら驚く程、大きくなっていました」

「そうか、子供の成長は早いからのう。そうじゃ、おぬしもその子が十七、八になったら、このお山に入れるがいい。これからは加賀も大変じゃ。まず、強くなければ生きて行けんようになるぞ」

「ええ、確かにそうですね」

「まあ、ここで、どんな事をやっておるか見て行けばいい」

 二人は飯道山の山頂から飯道寺へと下りた。

 飯道寺に近づくにつれて、修行者たちの掛声や木剣のぶつかり合う音が勇ましく聞こえて来た。

 飯道山も四年前とは変わっていた。この山も、山そのものが城塞と化していた。加賀の国だけでなく、今の時勢、どこに行っても戦から逃げる事はできなかった。

 二人はまず、水本院に高林坊を訪ねた。高林坊はいなかった。不動院の方だろうというので、そちらに向かった。

 高林坊はいた。風眼坊を見ると目を丸くして、「おい。一体、どうしたんじゃ」と風眼坊の姿をまじまじと見ていた。

 風眼坊は町人の格好のままだった。

「久し振りじゃのう」と風眼坊と高林坊はお互いを見ながら同時に言った。

「その格好は、どうしたんじゃ」

「これか。今、ちょっと、加賀でな、町医者をやっておるんじゃよ」

「町医者?」

「ああ。加賀の国はのう、本願寺の勢力が強くてのう、山伏は嫌われておるんでな、町医者になったんじゃ」

「ほう。それで、また、何で加賀なんかにおるんじゃ」

「それなんじゃよ。まあ、話せば長くなるがのう。早い話が火乱坊が本願寺の坊主になって加賀におるんじゃ」

「なに、火乱坊が加賀におるのか」

 風眼坊は高林坊に、火乱坊との出会いから、今までの成り行きを簡単に説明した。

「成程のう。あいつが本願寺の坊主にのう‥‥‥」

「おう。二十年という月日は人を変えるもんじゃ、としみじみと思ったわ」

「うむ。確かにのう」

 風眼坊は高林坊に頼み、豊次郎に道場の見学をさせた。豊次郎は師範代に案内されて道場を見て回った。

「高林坊。ところで、わしの伜じゃが、まだ、このお山におるんじゃろう」

「いや。ここにはおらんが」と言って、高林坊は風眼坊の顔を見て、「そうか、おぬし、まだ、あの事を知らんのじゃな」と言った。

「あの事? 何かあったのか、光一郎に」

「いや、おぬしの伜に何かあったわけではない。伜の師匠に、とんでもない事が起きたんじゃよ」

「伜の師匠?」

「おお、太郎坊じゃ」

「なに、光一郎は太郎坊の弟子になったのか」

「そういう事じゃ」

「あいつが太郎坊の弟子にか‥‥‥」風眼坊は、そうか、そうかと満足そうに頷いてから、「それで、今、どこにおるんじゃ」と聞いた。

「播磨じゃ」

「播磨? 何で、そんな所におるんじゃ」

「それがのう、話せば長くなるが、早い話が、まず、楓殿の正体が分かったんじゃ」

「楓の正体? 何じゃ、そりゃ。楓は孤児(ミナシゴ)じゃなかったのか」

「ところが、とんでもない所の遺児じゃった」

「遺児?」

 高林坊は頷いた。「驚くなよ。赤松の遺児だったんじゃ」

「赤松? あの播磨の赤松か」

「そうじゃ、あの赤松じゃ。幕府の侍所(サムライドコロ)の赤松家じゃ」

「楓が、赤松家の遺児‥‥‥」

 風眼坊は備中の国(岡山県西部)に生まれたので、当時、まだ子供だったが、赤松家によって将軍が殺されたという嘉吉(カキツ)の変を知っていた。そして、赤松家が滅び、やがて、政則によって再興されたという事も噂で知っていた。風眼坊にとって、赤松家というのは、たとえ、一時は滅びたといえ、中国地方における名族に違いなかった。

「それで、楓はどうしたんじゃ」

「赤松家にさらわれたんじゃ」

「さらわれた?」

「ああ。そこで、太郎坊は弟子たちを連れて楓殿を取り戻しに播磨に乗り込んで行ったんじゃよ」

「赤松家を相手に乗り込んだのか」

「そうじゃ。金比羅坊の奴まで一緒に付いて行きおったわ」

「金比羅坊まで‥‥‥それはいつの事じゃ」

「確か、七月の初め頃じゃったかのう」

「二月前じゃな‥‥‥それで、向こうに行ってから、どうなったのか分からんのか」

「分からん。しかし、花養院の松恵尼殿なら何か知っておるじゃろう。わしにはよく分からんが、今回、松恵尼殿も動いておるらしい」

「松恵尼殿か‥‥‥松恵尼殿は楓の正体を知っておったのか」

「知っておったらしいのう」

「そうか‥‥‥じゃろうのう」

「しかし、どうして、松恵尼殿が赤松家の遺児を預かっておったのか、ちょっと分からん事じゃがのう」

「ああ、そうじゃのう‥‥‥楓が赤松家の者だったとはのう‥‥‥今の赤松家のお屋形とは、どういう間柄になるんじゃ」

「実の姉らしい」

「実の姉か‥‥‥楓がお屋形の姉か‥‥‥そいつは赤松家も放ってはおくまい‥‥‥もしかしたら、太郎坊たちは消されたかもしれんのう‥‥‥」

「うむ」と高林坊は頷いた。「いくら、あれだけの腕を持っておったとしても相手が赤松家ではのう。相手が悪すぎるからのう‥‥‥」

「そうか‥‥‥光一郎の事じゃが、このお山ではどうじゃった」

「強かったよ。去年の修行者は今まででも一番強かったじゃろう。その中でも強かった者、三人が太郎坊の弟子となって、今年も残っておったんじゃ」

「太郎坊の奴、三人も弟子がおるのか」

「ああ。太郎坊としては、まだ、弟子なんか取りたくなかったんじゃろうが、三人共、見事に百日行をやってのう。太郎坊の弟子になったわ」

「そうか、光一郎も百日行をやったか‥‥‥」

 豊次郎が戻って来た。興奮しているようだった。

 風眼坊は花養院に行こうと思った。もしかしたら、太郎と一緒に行った光一郎は、すでに死んでいるかもしれなかった。そんな事を聞きたくはなかったが、事実を確かめなくてはならなかった。もし、まだ生きているとしたら、風眼坊も播磨に行かなければならなくなるかもしれなかった。

 風眼坊は高林坊に、また来る、と言うと不動院を後にした。

「おい、風眼坊」と高林坊が呼んだ。

「何じゃ」と風眼坊は浮かない顔のまま振り返った。

「おぬし、何か、用があって、ここに来たんじゃなかったのか」

「用‥‥‥おお、そうじゃ。忘れておったわ」と風眼坊は不動院に戻った。

「おぬしらしくないのう。加賀から、わざわざ、伜に会いに来たわけではあるまい」

「実はのう、武器の調達に来たんじゃ。このお山に余った武器はないかのう」

「余った武器などないわ」

「じゃろうな。矢も余っとらんか」

「矢か。余ってない事もないがのう。うちも取り引き先があるからのう」

「銭はいくらでも出す。相手は本願寺じゃ。取り引き先としては文句ないとは思うがのう」

「本願寺か‥‥‥本願寺と言えば叡山の敵じゃのう」

「まあ、天台宗の敵じゃが、本願寺はこの先、叡山相手に戦はせんじゃろう。敵とするのは武士たちじゃ」

「武士?」

「ああ。やがて、本願寺は加賀の国を取るじゃろう」

「なに! 本願寺が加賀の国を取る。そんな事ができるか」

「まあ、見てろ。火乱坊は取る気でおる。わしも、そうなるような気がする。この先、武器はいくらでも欲しいはずじゃ。今、ここで本願寺と取り引きをすれば、この先、損はないぞ」

「うむ。本願寺か‥‥‥まあ、わしの一存では決められん。話だけはしてみるがのう」

「頼むわ」

 風眼坊は豊次郎を連れて山を下りた。

 豊次郎は興奮して、道場内での修行を見た感想をしきりに言っていたが、風眼坊の耳には入らなかった。





 風眼坊の足取りは重かった。

「どうかしたんですか」と豊次郎が聞いても、風眼坊は上の空だった。

「祭りでもあるんですかねえ」と豊次郎が言うと風眼坊は、「祭り‥‥‥」と言って回りを見回した。

 あちこちに飾り付けがしてあり、山の下の大鳥居のある広場の一画では舞台を作っていた。

「今日は何日じゃ」と風眼坊は聞いた。

「十二日ですが」

「そうか。九月の十二日じゃな。あさってから三日間、ここの祭りじゃ」

「へえ、丁度いい時に来ましたね」

「さあ、それはどうかな。武器がここで見つからなかったら、大和まで足を伸ばさなくてはなるまい。のんびり、祭り見物などできんじゃろう」

「そうですね。早く、武器を集めて帰らないと‥‥‥」

 この時、広場で舞台を作っていたのは金勝座(コンゼザ)の甚助だった。金勝座は五日前に播磨の国、置塩(オキシオ)城下から戻って来ていた。

 風眼坊は金勝座の事を知らなかった。金勝座が結成された二年前、風眼坊は熊野の山の中で家族と共に過ごし、光一郎に剣術を教えていた。

 花養院の門をくぐった所で風眼坊は足を止めた。花養院の境内の中は子供たちで一杯だった。子供たちがキャーキャー言いながら遊んでいた。

「何ですか、これは」と豊次郎が子供たちを見ながら聞いた。

「知らん」と風眼坊は首を振った。

 一体、どうなっているのか風眼坊にも分からなかった。

「孤児たちですかね」と豊次郎は言った。

「孤児?」

「ええ、戦の孤児です。本泉寺にも孤児を預かっている所がありました」

「本泉寺にか」

「ええ。多屋の娘たちが面倒を見ておりました」

「ほう‥‥‥」

 風眼坊と豊次郎が門の所に立ったまま子供たちを見ていると、一人の娘が近づいて来て風眼坊に声を掛けて来た。

「あの、もしかしたら、風眼坊様ではありませんか」

「ああ、わしは風眼坊だが‥‥‥」と風眼坊は娘を見たが、見覚えはなかった。

「あたし、ちいです。分かりませんか」

「ちい?」

「金比羅坊の娘です」

「なに、あのおちいちゃんか‥‥‥随分、大きくなったのう。そうか、ここで働いておったのか」

「お久し振りです」と、おちいは頭を下げた。

「おちいちゃんは、ここで、子供たちの面倒を見ておるのか」

「はい」

「そうか、偉いのう‥‥‥親父は元気か」

 風眼坊は金比羅坊が太郎と一緒に播磨に行った事は知っていたが、おちいに、ちょっと探りを入れてみた。太郎たちに何かが起こったとすれば、この娘が何らかの反応を示すに違いなかった。松恵尼から事実を聞く前に、少しでも予備知識が欲しかった。

「はい。元気です」と、おちいは言った。その表情には少しの曇りもなかった。

 風眼坊は、ほんの少し安心した。

「でも、父は今、播磨の国に行っています。向こうで活躍したと言っていました」

「そうか、元気か。そいつはよかった。しかし、誰がそう言ったんじゃ。誰か、播磨に行って、戻って来た者がおるのか」

「はい。金勝座の人たちです」

「金勝座?」

「はい。金勝座の人たちは、向こうで、父や太郎坊様たちとずっと一緒だったそうです」

「それじゃあ、みんな、向こうで無事なんじゃな」

「太郎坊様は赤松家のお殿様になられたそうです」

「なに、お殿様?」

「はい。あたしの父は太郎坊様の家来になって、もうすぐ、あたしたちを迎えに来るそうです」

「そうなのか‥‥‥ところで、松恵尼殿はおられるか」

「いえ。祭りの事で、ちょっと出掛けています」

「そうか‥‥‥ところで、その金勝座の人たちというのは、どこにおるのか知らんか」

「助六さんたちは、ここにいますけど」

「その助六さんと言うのは金勝座の人なのか」

「ええ、踊り子さんです。とっても綺麗で、いい人です」

 風眼坊は、まず、その助六と会う事にした。

 おちいの話は、はっきり言ってよく分からなかった。分からなかったが、光一郎を初め、皆、無事らしい事は分かった。無事だという事が分かれば、後は、向こうで何がどう起こったのか早く知りたかった。

 風眼坊は花養院の客間で、助六、太一、藤若、千代の四人の娘たちと会った。踊り子だけあって、皆、綺麗な娘たちだった。風眼坊は自分を光一郎の父親だと説明した。

 四人の反応はなかった。四人は光一郎を知らないようだった。仕方がないので、太郎坊の師匠だと言った。すると、太一が、「もしかしたら、風光坊様のお父上ですか」と聞いて来た。

「そう言えば、何となく似ているわね」と助六が言った。

「多分、そうじゃろう。わしは伜が山伏になったのは知らん。ただ、伜が太郎坊の弟子になったと聞いておるから、多分、その風光坊が光一郎じゃろう。それで、その風光坊の事じゃが、まだ、無事でおるのか」

「はい。大丈夫、御無事です」と太一が言った。

「そうか、よかった。わしはまた、赤松家を相手に播磨に乗り込んで行ったと聞き、もしや、死んでしまったのではないかと心配じゃったわ」

「御安心下さい」と助六が言った。「皆、御無事です。危ない事も何度かありましたが、太郎坊様のお陰で何とか乗り切り、今は、太郎坊様は赤松日向守(ヒュウガノカミ)と名乗って、赤松家のお屋形様の義理の兄上として、一城の主(アルジ)におさまりました。太郎坊様と共に戦った者たちは皆、太郎坊様の家臣となって仕えています。風光坊様も太郎坊様の側近の武将になっています」

「光一郎が武将に‥‥‥」

「はい」と太一が頷いた。「鎧兜(ヨロイカブト)に身を固めて、置塩の城下を行軍した時は、皆、立派でした。風光坊様も太郎坊様を守る立派な武将でした」

「城下を行軍までしたのか」

「はい。とても素晴らしい行軍でした」と藤若は言った。

「そうか、すまんが、わしに事の成り行きを話してくれんか。どうして、太郎坊が殿様になったのかを」

 四人の踊り子たちは、この花養院に皆が集まり、播磨の国に向かって旅立って行った時から、順を追って風眼坊に話してくれた。

 太郎たちが瑠璃寺(ルリジ)の山伏たちと城下の外れで戦う所まで来た時、松恵尼が帰って来た。

 松恵尼は風眼坊を見ると嬉しそうに笑い、「あらあら、やっと、お山から出て来たようね」と言った。「それにしても、その格好はどうしたの。もう、山伏はやめたの」と聞きながら、松恵尼は風眼坊の隣に坐った。

「ちょっとな」と風眼坊も嬉しそうに笑った。「訳あってな、今は医者をやっておる」

「へえ。お医者様ねえ。それもいいかもしれないわね」

「なかなか、医者というのも忙しいもんじゃよ」

「そうねえ。今の御時勢は、お医者様は大変でしょうねえ」

「松恵尼殿、とんでもない事が起きたものよのう」

「そうね。世の中、とんでもない事が起こるから、また面白いのよね。風眼坊殿もようやく、お山から出て来て、何かを始めたようね」

「いや、わしはまだ何も始めとらん。今回、ここに来たのは火乱坊に付き合っているだけじゃ」

「火乱坊殿?」

「おう。今、奴と一緒におるんじゃ。奴は確かに何かを始めておる」

「火乱坊殿は、前に本願寺と関係しているって聞いたけど、今は何をしてるの」

「今も本願寺の坊主じゃ。それも、蓮如殿にかなり信頼されておる」

「蓮如殿?」

「ああ、本願寺の法主じゃ」

「へえ、そうなの。本願寺ね‥‥‥」

「松恵尼殿、その事は後で話すとして、今、丁度いい所なんじゃ。もう少し、播磨の様子を聞かせてくれ」

「そうね。ゆっくりと聞くがいいわ。まるで、お芝居の中の話のように面白いわ。あなたも、大したお弟子さんを持ったものね」

「そう言う松恵尼殿も、大した娘を持ったものじゃわい」

 松恵尼は笑うと客間から出て行った。

 豊次郎は、いつの間にか消えていた。旅の間中、酒抜きだったので酒が欲しくなって町に出たのだろうと、風眼坊は放っておいた。

 踊り子たちは話の続きを始めた。風眼坊は時折、頷きながら、太郎たちの武勇談を聞いていた。





 庭一杯に白い菊の花が咲いていた。

 ここに来たのも久し振りだった。

 懐かしかった。

 風眼坊が、ここ、松恵尼のもう一つの顔、奈美という名で住んでいる家に初めて来たのは、もう二十年近くも前の事だった。風眼坊が一度、火乱坊と共に山を下り、各地を旅して、またフラフラと飯道山に戻って来た時だった。

 確か、あの日も飯道山の祭りの前だった。

 松恵尼に連れられて風眼坊はこの家に来た。たんぼの中にある普通の農家だった。家には誰もいなかった。どうして、こんな所に連れて来たのだろうと、風眼坊は通された部屋で松恵尼を待っていた。

 現れた松恵尼は尼僧ではなかった。長い黒髪を後ろに垂らし、色鮮やかな着物を着ていた。

 風眼坊は目を疑った。

 これは一体、どうした事か。

 風眼坊はこの山に来て、初めて松恵尼に会った時から松恵尼に憧れていた。風眼坊だけではない。山にいる者は誰もが松恵尼に憧憬(アコガレ)の気持ちを持っていた。しかし、松恵尼が尼僧だという事で誰もが諦めていた。それだけでなく、松恵尼には、どこか近づきがたいような所があった。正体がまったく分からず、あの若さで花養院の院主をやっているというのは、余程、身分の高い公家の出に違いないと誰もが思っていた。山で修行している者たちにとって松恵尼の存在は高嶺の花だった。

 その松恵尼が尼僧ではなく、ただの女として風眼坊の前に現れた。

 風眼坊は、これはどうした事か、と訳を尋ねたが、松恵尼は教えてくれなかった。ただ、今のわたしは奈美ですと言い、もう疲れましたと言った。

 風眼坊には、何に疲れたのか、まったく見当も付かなかった。

 奈美と名乗った松恵尼は酒の用意をして、付き合って下さいと言った。

 風眼坊は奈美と一緒に酒を飲んだ。

 静かな夜だった。

 風眼坊が何を聞いても、奈美は首を振るだけで喋らなかった。何も喋なかったが、奈美が疲れ切っているという事は風眼坊にも分かった。何かがあったに違いなかった。風眼坊は、奈美をこれ程までに苦しめている理由を知りたかった。しかし、その事を聞く事を諦め、ただ、奈美と共に黙って酒を飲んでいた。

 お互いに何も話さず、夜が明けるまで一緒に酒を飲んでいた。何も話さなかったのに、不思議と色々な事を一晩中話していたかのように、風眼坊には奈美という女が分かって来たような気がした。

 夜が明けた頃、奈美は、「ありがとう。商売に手を出して失敗しちゃったの。でも、もう大丈夫」と言って笑った。

 あの時以来、風眼坊は飯道山に戻って来ると必ず、この農家に泊まり、松恵尼ではない、奈美という女と一緒に過ごしていた。最後にここに来たのは、太郎と楓の祝言をやった時だった。あれから、もう四年が経っていた。

 この農家は昔、奈美の母親が住んでいた家だった。

 奈美の母親は伊勢の国の関氏のもとに嫁に行き、奈美を生んだ。

 奈美は十六歳の時、今は亡き伊勢の国司北畠教具(ノリトモ)に見初められ、側室となって多気(タゲ)の都に行くが、子供の死産、そして、父親の戦死と不幸が続き、また、側室同士の嫌がらせなどもあり、十八歳で教具のもとを去って実家に帰った。実家に帰っても父親は亡く、母親と共に肩身の狭い思いをして、関氏のもとも離れ、母親の実家へと戻って来た。

 母親の実家は甲賀だった。甲賀と言っても飯道山とは少し離れた池田という所だった。

 教具としても奈美の事を諦め切れず、何度か、使いの者を送って来たが、奈美は戻ろうとしなかった。そして、ついに教具は奈美を連れ戻すため、自ら甲賀にやって来た。奈美は仕方なく教具に会ったが、決心は固く、尼僧になるとまで言い出した。教具も諦め、教具の力によって、奈美は飯道山の花養院の院主となり、母親のために、この農家を用意してくれたのだった。

 その母親も、この家に五年住んだだけで亡くなってしまった。母親が生きていた頃は下女と下男を二人づつ置いて、僅かながら田畑を耕していたが、今は留守を守る下男、義助が一人いるだけだった。

 風眼坊は家に入ると、「義助はおるか」と呼んだ。

 返事はなかった。

 風眼坊は勝手に上がる事にした。

 四年振りに来てみて、何となく雰囲気が変わっている事に気づいた。外見は変わっていないが、家の中がまったく違っていた。

 まず、土間があり、右手に廐(ウマヤ)、左手に台所、正面に囲炉裏のある板の間があり、廐の隣に、使用人の義助の部屋がある。そこまでは変わっていなかった。板の間の向こうに、部屋が四つあり、南側の二部屋が客間で、北側の二部屋が居間と納戸(ナンド、寝室)だった。

 南側の奥の間に囲炉裏があり、その部屋で、太郎と楓の祝言を行なった。以前、その四部屋はすべて板の間だったのに、今は、すべて畳が敷き詰められてあった。しかも、二つの客間には床の間や違い棚まで付けられ、墨蹟(ボクセキ)の掛軸が掛けてあり、以前は屋根裏が丸見えだったのに天井が張られてあった。

 豪勢なもんだ、と風眼坊は思った。外見はただの農家だが、中に入れば武家屋敷顔負けだった。商売の方が余程うまく行っているらしい。

 風眼坊は居間の方に寝そべって、松恵尼、いや、奈美が来るのを待っていた。

 風眼坊は横になりながら、播磨に行った息子たちの事を思っていた。

 世の中、色々な事が起こるものだと、しみじみと感じていた。あの楓が赤松家の娘だったとは驚くよりほかなかった。

 奈美は、その事を知りながら、ここで、太郎と祝言を挙げさせ、太郎の故郷、五ケ所浦に送った。太郎は五ケ所浦において、親父の跡を継いで水軍の大将となり、二人は二度と、この地には帰って来ないはずだった。そうすれば、楓は一生、自分の素性を知らずに、太郎の妻として一生を終わっただろう。ところが、二人はひょっこりと戻って来てしまった。そして、楓は播磨にさらわれ、太郎は楓を連れ戻すために弟子たちを連れて播磨に乗り込んだ。向こうで色々とあったらしいが、今は、正式に赤松家の武将だという。

 太郎は故郷を去るにあたって、水軍の大将という地位も捨て、多分、武士も捨てようとしていたに違いない。それが、運命の巡り会わせによって、また、武士に戻ってしまった。しかも、愛洲家よりも、さらに大きな大名の一族となってしまっている。

 まあ、結局はそれが、あいつの運命だったのかもしれんのう、と風眼坊は思った。

 加賀の戦のけりが着いたら、太郎の武将振りと息子の武者振りでも見に播磨まで出掛けるか、と思った。そう言えば、金比羅坊の奴も、また武士に戻ってしまったな。

 今の世は、はっきり言って武士で生きた方がいいのかもしれない。

 風眼坊は加賀で山伏をやめて以来、自分の生き方をもう一度、考え直してみる方がいいかもしれないと思っていた。

 風眼坊は一緒に来た豊次郎の事を思い出し、また、どこかで酔っ払っているな、と思い、自分も酒が飲みたくなって来た。このうちに酒はないのかと台所を捜したら、すぐに、とっくりが見つかった。中を覗いてみると、まだ、かなり入っている。義助が独りで飲んでいるのだろう。

 風眼坊はとっくりとお椀を持って居間に戻って来た。何となく、部屋が以前と比べて、狭くなったような気がした。

 客間の方に行ってみた。こっちも狭くなっているが、それは床の間を作ったからだった。居間の方には床の間はない。しかし、狭くなったような気がした。

 畳を敷いて天井を張ったから、そう見えるのかもしれない、気のせいだろうと思い、酒を飲み始めたが、やはり気になった。

 風眼坊は廊下に出てみた。廊下の突き当たりに厠(カワヤ)があるが、部屋よりも廊下の方が三尺程長かった。部屋と厠との間に、三尺程の空間があるに違いなかった。よく、武家屋敷にある隠し部屋だった。

 風眼坊は板壁を調べた。よくできていて、なかなか分からなかったが、ようやく細工が分かった。壁の一部が回転し、中に入れるようになっていた。これなら、一々、はずしたり、はめたりしなくても、すぐに元の壁に戻す事ができた。誰が考えたのか大したものだった。

 その狭い部屋は暗かった。

 やがて目が慣れると、上の方から光が入って来ていて部屋の中の様子が分かった。階段があった。登って行くと二階に出た。

 二階にも下と同じように四つの部屋があった。勿論、床の間や囲炉裏はないが、八畳の部屋が四つあり、見事な絵の描いてある襖(フスマ)で区切られていた。

 部屋の両脇にある廊下はかがまなければ通れないが、部屋の方は立てるだけの高さがあった。丁度、廐と義助の部屋の上あたりの板の間に幾つも荷物が置いてあった。そして、三方にある格子窓からは外の景色がよく見え、板の間に面している壁には、あちこちに隙間があって、板の間から土間、台所、入り口まで丸見えだった。

 風眼坊は、ただ大したもんだ、と驚くばかりだった。

 ここは、吉崎の蓮崇の多屋にある例の蔵のようなものだな、と思った。奈美も商人として、やはり、こういう場所で密談を行なうのか、と信じられない気分だった。

 風眼坊は二階の隠し部屋から戻ると、落ち着いて酒を飲み始めた。

 やがて、下男の義助が戻って来た。

 義助は、奈美がこの地に来てから、ずっといる使用人で、すでに六十歳を過ぎた老人だったが、体はまだまだ達者だった。義助は家に入って来ると、居間で酒を飲んでいる風眼坊を見て、「誰じゃ!」と言って、手に持った鎌を構えた。

「わしじゃ」と風眼坊は言った。

「わしじゃ分からん。勝手に人様のうちに上がり込んで、酒を食らっているとは、ふてえ野郎じゃ、とっとと出て行きやがれ」

「義助、わしじゃ、風眼坊じゃ」

「は? 風眼坊様‥‥‥」

「そうじゃ」

 狐につままれたような顔をして風眼坊を見ていた義助は、ようやく、照れ臭そうに笑うと鎌を下ろした。

「これは、どうも、風眼坊様で‥‥‥そんな成りをしてたもんで‥‥‥これは風眼坊様、随分とお久し振りで‥‥‥」

「おう。四年振りじゃ。四年も経つと色々と変わるものじゃのう」

「へい。近頃、世の中、どんどん変わっちまって、わしなんか、とても付いて行けやせんよ」

「ああ、まったくのう。山の中におったら、ほんと、世の中から置いて行かれるのう。おぬしも知っておろう。ここで祝言を挙げた、あの二人が今では播磨で城を持つ武将になったそうじゃ」

「はい。聞いておりますとも、わしは楓殿の事は、まだ小さい頃より存じておりました。あの楓殿が播磨の赤松殿の本当の姉上様だったとは、とても、とても信じられません」

「そうじゃろうのう。わしでさえ、そんな夢のような話は信じられんわ。義助、そんな所に立ってないで、まあ、上がって飲もう。おぬしに聞きたい事もあるしのう」

「へい。ちょっとお待ち下さい」

 義助は足を洗い、顔を洗い、手を洗い、野良着を着替えて現れた。

「本当にお久し振りです」と義助は改めて言って、頭を下げた。

「相変わらず、達者なようじゃのう」

「へい、お陰様で‥‥‥」

「まあ、飲め」風眼坊は義助にお椀を差し出した。

「へい、それじゃあ、一杯だけ」

 風眼坊は義助に注いでやった。

「飲め、なんて偉そうに言ったが、この酒はおぬしのじゃったな。勝手に飲んで悪かったのう」

「いえ、どうぞ、たんと召し上がって下さい」

「おう、いただくわ。ところで、どうじゃ、奈美殿は忙しそうか」

「へい。子供さんを預かるようになってから、毎日、忙しそうです」

「一体、いつから、あんなに子供だらけになったんじゃ」

「へい。もう一年になりますだ。戦のお陰で、親を亡くした子供たちが、どんどん集まって来ました」

「困った事よのう。戦の犠牲者というのは、いつも、何の罪のない弱い子供や女、年寄りばかりじゃのう」

「はい。ここも、いつ、戦になるやら分かりません」

「まったくのう。どこへ行っても戦をやっておる。嫌な世の中になったものよのう。ところで、奈美殿の商売の方はどうじゃ、忙しいのか」

「へい。最近、よく京の方に行かれます。もしかしたら、京にもお店を出すのかもしれません」

「なに、京に店を出すのか」

「わしにはよく分かりませんが、何となく、そんな気がしますだ」

「そうか、京に店をか‥‥‥今、奈美殿は、いくつ店を持っておるんじゃ」

「へい。六つですじゃ」

「六つ? と言う事は、また、新しく二つ店を出したのか」

「へい。播磨の置塩城下と和泉(イズミ)の堺にお店を出しました」

「なに、もう、播磨に店を出したのか」

「へい」

「しかし、太郎たちが播磨に行ったのは七月じゃろう。もう、播磨に店を出したのか」

「いえ。播磨にお店を出したのは、もう二年も前の事でございます」

「ほう。太郎たちとは関係なく、すでに播磨に店を出しておったのか」

「へい」

「播磨にのう。堺にはいつ出したんじゃ」

「播磨に出してから、すぐでございます。播磨からの荷を置く中継地になっておるそうですじゃ」

「成程のう。奈美殿もやるのう」

 義助は頷き、「大したお人です」と言った。

「なあ、義助、おぬしに聞きたいんじゃがのう。奈美殿は一体、何者なんじゃ。赤松家の遺児を預かるなど、ただ者ではあるまい。正体は一体、何なんじゃ」

「風眼坊様は御存じではなかったのですか」

「わしは知らん。教えてはくれなかった」

「そうだったんですか。わしの方こそ、その事を風眼坊様より聞きたかったのです」

「おぬしも知らんのか」

「へい、知りません。風眼坊様なら知っておると思っておりました」

「わしは知らん‥‥‥ただ、奈美殿の後ろに誰かがおるという事は気づいておったがのう。それが誰なのかは分からん」

「へい。確かな事は分かりませんが、わしが思うに、どうも、伊勢の殿様が関係あるような気がします」

「伊勢の殿様‥‥‥北畠殿か」

「へい」

「そう言えば伊勢の都の多気に『小野屋』の本店があったな‥‥‥しかし、北畠殿と赤松殿と言うのは、何かつながりがあるのかのう」

「そういう難しい事は、わしには分かりませんが、御主人様のお店を任されているお人は皆、伊勢出身です」

「そうか‥‥‥北畠殿とつながりがあるのか‥‥‥」風眼坊は腕を組んで考えた。

 義助は酒を一口飲むと、「風眼坊様は今まで、どちらの方にいらしておったのですか」と聞いた。

「わしか、わしは大峯の山の中に、ずっと、おったわ」

「そうですか‥‥‥もう、今だから言いますけど、わしは風眼坊様と御主人様は御一緒になるものとばかり思っておりました」

「何じゃと!」

「お許し下さい。しかし、わしが思うに、御主人様があれだけ商売に真剣になったのも、風眼坊様への思いを断ち切るためだったと思います」

「義助、何を言うんじゃ」

「いえ、これは本当の事でございます。風眼坊様がここに来て、御主人様と一緒の時、御主人様は本当に嬉しそうでした。風眼坊様が帰ってしまうと、それは気の毒な位に淋しそうでした。その淋しさを紛らすため、御主人様は商売に熱を入れて行ったのだと思います」

「そんな事があったのか‥‥‥しかし、奈美殿は松恵尼というもう一つの顔を持っておる。わしと一緒になんか、なれるはずはないじゃろ」

「へい。それは分かっております。しかし、あの頃、御主人様は若かったし、見ていて気の毒でした」

「確かに、若くて綺麗じゃったからのう」

「それに、御主人様がもう一つの顔を見せたのは、商売関係の身内以外では風眼坊様お一人だけです」

「そうか‥‥‥」

 その御主人が小女(コオンナ)を連れて帰って来た。

 すでに尼僧ではなかった。上品な着物を着て、旅籠屋の女将という感じだった。もう四十歳になったはずなのに、奈美はどう見ても三十代前半に見えた。

「あら、さっそく、やってるのね」と奈美は言って小女たちに指図して、夕食の用意を始めた。

「風眼坊殿、お連れの方があったそうですね」

「ああ、そうじゃ、忘れてたわ。どうせ、そこらで飲んでるじゃろう。酒好きの酔っ払いじゃからのう」

 奈美は料理を運んでいる義助の方を見ると、「悪いけど風眼坊殿のお連れの方を捜して来ておくれ」と言った。

「へい」と義助は頷いた。

 風眼坊は義助に豊次郎の年格好を教えた。

「義助、無理に連れて来なくもいいぞ。どうせ、奴の事じゃ。一晩中、飲んでおるじゃろう。どこにおるかだけ調べてくれ。明日、迎えに行くわ」

「へい。畏まりました」

 義助は出て行った。

 小女も客間にお膳を並べると出て行った。

「まったく、あなたは、いつも忘れた頃に突然、現れるのね」と言うと、嬉しそうに笑って風眼坊の前に坐った。

「ほんとはもっと早く来たかったんじゃがのう。どうも、伜がここにおるとなると照れくさくてのう」

「風眼坊殿も人の親ですねえ。息子さんは息子さんで一生懸命やっておりますよ」

「らしいのう。今晩は久し振りに、奈美殿と一緒に夜が明けるまで飲もうかのう。積もる話も色々あるしのう」

「そうですわね。二人っきりで朝まで飲みましょう。でも、その前にやる事があります」

「やる事?」

「ええ。まず、あなたが今回、ここに来た目的があったんでしょう。わたしに頼みって一体、何なの」

「ああ、そんな事は明日でいいわ」

「いいえ。その事を片付けてから、ゆっくり、楽しみましょ」

「そうか‥‥‥じゃあ、そうするか」

 風眼坊は奈美の顔を見つめながら、義助から聞いた事を考えていた。
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