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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
15.蓮台寺城1






 いつの間にか、雁(カリ)の飛ぶ季節となっていた。

 山々の樹木は色づき始め、朝夕はめっきりと肌寒くなって来た。

 紅葉に映える山の中を、風眼坊は休む暇もなく、本泉寺に向かっていた。

 甲賀に行った風眼坊と豊次郎は、小野屋の手代、平蔵と新八の二人を連れて、吉崎に戻って来た。とりあえず、豊次郎と手代二人を蓮崇の多屋に預け、風眼坊は抜け穴を通って御坊に顔を出した。蓮如の妻、如勝に会うと、蓮如を二十五日の講までに戻してくれと頼まれた。今日は十八日だった。ゆっくりしている暇はなかった。風眼坊はすぐに、その足で本泉寺へと向かった。

 途中、大勢の本願寺門徒が待機している野々市の守護所に寄って蓮崇と会い、蓮崇と共に馬に乗って本泉寺に向かった。本泉寺に着いたのは二十日の日暮れ時だった。

 西の空が今回の戦で流れた出た血のように真っ赤に染まっていた。

 蓮崇はあまりにも早い、風眼坊の帰りに驚き、また、武器が何とかなりそうだと聞くと、なお一層、驚いた。武器が手に入るのは早くても二ケ月は掛かるだろうと覚悟していた。

 籠城戦に入って、もうすぐ一月になり、蓮台寺城を囲んでいる門徒たちの間に厭戦(エンセン)気分が現れ出ていた。彼らは正式な武士ではないので、何もしないで、ただ敵を囲んでいるという事が、よく理解できず、辛抱できなかった。何もしないで、こんな所にいるのなら、さっさと帰って仕事をした方がずっとましだと思っている。せっかく実った稲は、すべて刈り取られ、兵糧米として取り上げられてしまい、戦が終わったとしても、この先、どうしたらいいのだ、という不安を誰もが感じていた。その不安は戦の士気にも影響して来た。

 蓮崇は武器の事は諦め、犠牲者がかなり出る事を覚悟して、早いうちに総攻撃を掛け、戦を終わらせなければならないと考えていた。しかし、風眼坊から、武器が十月の中頃までには着くだろうと言われ、それまで待ってみる事にした。

 風眼坊、蓮崇、蓮如、お雪、十郎の一行は舟で森下川を下って日本海に出ると、大型の船に乗り換え、海路、吉崎に向かった。

 二十四日の晩には無事に吉崎御坊に戻り、蓮如は書斎に籠もり、蓮崇は小野屋の手代と会っていた。お雪は如勝を手伝い、明日の講の準備に忙しく働き、十郎は長い船旅に疲れて気分が悪いと休んでいる。風眼坊は蓮如の書斎の隣の部屋に控えていたが、風眼坊もいささか船旅に疲れていた。やはり、海よりも山の方が風眼坊には合っていた。

 籠城戦に入って一月が過ぎていた。

 包囲している本願寺方は何もしないで、ただ包囲していただけではなかった。やるべき事は充分にしていた。まず、倉月庄の郷士たちによる寝返り作戦は順調に進み、北加賀の国人や郷士たちは、ほとんど蓮台寺城を抜け出して本願寺門徒となっていた。

 七月の末の決戦の時は三万近くの兵がいた蓮台寺城も惨めなもので、今は一万余りに減っていた。囲む次郎、本願寺連合軍は五万人を越していた。確かに、兵力には問題なかったが、一つの城を落とすのは、そう簡単にできるものではなかった。挑発して外におびき出して戦おうと試みたが、敵は矢を射るのみで外に出て来ようとはしなかった。また、金掘り衆を使って、穴を掘って城に潜入し、敵の兵糧米を燃やしてしまおうとも考えたが、この辺りは地盤が緩く、穴を掘っても、すぐに崩れてしまった。

 籠城する敵方は、寝返り者が続出しているとはいえ、残っている者たちは団結を固め、後詰(ゴヅ)めが来る事を信じ、士気が落ちているようには見えなかった。

 二十五日の講が過ぎると、次の日に蓮如は本泉寺に戻ろうと言い出した。

「また、庭園造りですか」と風眼坊は聞いた。

「やはり、まずいかのう」と蓮如は覗くように風眼坊の顔色を窺った。

「蓮如殿が本泉寺で庭園を造っておる事は、ほんの数人しか知りませんから大丈夫だとは思いますが、そう、ちょくちょく出歩かれたのでは、ここを守っておる近江の門徒たちに悪いような気がして‥‥‥」

「そうじゃのう。わざわざ近江から、わしを守るために来ておるのに、わしがここにおらんのではのう」

「せめて、今月一杯は、ここにいましょう」と風眼坊は言った。

「ほんとか、来月になったら行ってくれるか」

「ええ、どうせ、その頃になれば、お雪や十郎が騒ぎ出すでしょうから」

「そうしてくれるか、ありがたい‥‥‥ところで、戦の事じゃが、まだ、終わりそうもないのか」

「はい。籠城戦というのは長引くものです。力攻めをして落とせない事もないでしょうが、かなりの犠牲者が出てしまいます」

「どの位じゃ」

「力攻めしたとしてですか」

「ああ」

「そうですね。一万は出るでしょうね」

「一万もか‥‥‥」

「下手をすれば、それ以上出るかも知れません。力攻めの場合、一気に大軍を以て総攻撃を掛けます。敵が矢を放って来ようとも、構わず前進しなければなりません。逃げようにも、後ろからは味方がどんどん来ますから前に進むしかないのです。そして、味方がやられても、その味方を乗り越えながら前進するのです。確かに敵の数倍の兵力があれば、その作戦は成功して勝利を収めるでしょう。しかし、一万人の敵を倒すのに、一万人以上の犠牲者を出したのでは勝利とは言えません」

「ひどいのう。絶対にそんな事はしてはいかん。風眼坊殿、蓮崇に、力攻めはいかん、と言って来てくれ」

「大丈夫です。蓮崇殿はそこの所は充分に分かっております」

「そうか‥‥‥それじゃあ、やはり、敵の兵糧が無くなるまで待つのか」

「そんな、悠長な事もしてられません。敵の様子からして兵糧米はたっぷりあるでしょう。そして、多分、敵は雪の降るのを待っておるのでしょう」

「雪?」

「ええ、そうです。雪が降って寒くなれば、長く陣を敷いておられません。包囲網を解いて、兵力を分散させなくてはならなくなります。一度、分散してしまったら、もう終わりです。今のように門徒たちを集める事ができなくなります」

「どうしてじゃ」

「大義名分がなくなるからです。それは蓮如殿が一番御存じのはずです。今回の戦の敵は富樫幸千代ではありません。高田派門徒です。確かに蓮台寺城に高田派門徒は籠もっております。しかし、すでに高田派の寺院は本願寺門徒によって破壊され、彼らの拠点とする場所はありません。蓮如殿は、富樫幸千代を倒せと、門徒たちに命ずる事はできますか」

「いや、それはできん」

「蓮如殿が命じなければ、今回のように門徒たちは動きません。ばらばらになった門徒たちは幸千代に攻められるでしょう」

「雪が降る前に、あの城を落とさなければならんのか‥‥‥」

「はい。後一ケ月ちょっと、というところでしょうか」

「何か、いい手はないのか」

「色々と作戦を考え、やっておるようですが、うまく行かないようです」

「そうか‥‥‥雪の降る前に何とかせんとな‥‥‥敵はそんなにも兵糧米を溜め込んでおったのか‥‥‥」

「寝返りをして、あの城から出て来た者の話を聞くと、飯だけは毎日、腹一杯食ったというから相当あるんでしょう。それに寝返り者が続出して、一時は三万近くもおったのに、今は一万余りですからね。三倍は食いつなげます」

「そうか‥‥‥敵の兵力は減ったが、それが逆に、敵の籠城を伸ばす事になったのか」

「そういう事です」

「いっその事、ねずみが敵の兵糧米をみんな食ってくれればいいのにのう」

「そうですね。ねずみの大軍でも敵の城に攻め込ませますか」と風眼坊は笑った。

 風眼坊は笑ったが、蓮如は真面目な顔をして風眼坊を見ていた。

 風眼坊は蓮如の前から去ると、十郎と交替して庫裏の客間に戻った。

 通り掛かりに、お雪の部屋を覗くと、お雪がぼうっとして坐り込んでいた。

「どうした、疲れたのか」と風眼坊は声を掛けた。

「えっ?」と振り返るとお雪は笑って、首を振った。

「先生、戦はいつになったら終わるのでしょう」

「雪が降る頃には終わるさ」

「雪? そうね。もうすぐ、雪が降るのね‥‥‥」

「本泉寺にいた孤児たちの事を考えておったのか」

「えっ、いえ‥‥‥先生は戦が終わったら、ここから出て行くのですか」

「うむ、分からんのう。しかし、そうも行くまい」

「どうしてです」

「入っても構わんかな」

「はい。どうぞ」

 風眼坊はお雪の部屋に入ると縁側に行って腰を下ろした。

 数人の坊主が荷物を担いで裏門から入って来るのが見えた。その裏門から七曲と呼ばれる坂道を降りて行くと南門があり、そこは北潟湖に面した船着き場だった。以前は、一般門徒もその船着き場を利用していたが、直接、本坊につながっているため、一般門徒の使用は禁じられ、主に、本坊で使用する物資類を運ぶ時だけ利用されていた。一般門徒の船着き場は新たに門前町の方に作られ、門徒たちは門前町を通り、北門をくぐって表の山門から入らなければならなかった。

「戦の後というのは物騒でのう」と風眼坊は言った。「戦が終わったからといって、すぐに元には戻らんのじゃよ。医者として負傷者の手当もしなければならんしのう」

「それじゃあ、まだ、当分はここにいるのですね」

「ああ、多分な。お雪はどうする。これからの事は決まったのか」

「いえ。あの、あたしは先生のお手伝いをして負傷者の手当をします」

「おう、そうか。そうして貰えると助かるわ」

「先生は本願寺の門徒さんにはならないのですか」

「わしか‥‥‥わしはならん。お雪はなるのか」

 お雪は首を振った。「ただ、裏方様に、ならないかって言われているの」

「なればいい。蓮如殿の教えは素晴らしい教えじゃ。門徒になって損はないぞ」

「それじゃあ、先生はどうして、ならないのですか」

「わしは長い事、山伏をやって来たからの、みんなで集まって何だかんだするのは、どうも性に合わんのじゃ」

「あたしもそうかもしれない」

「そんな事はない。蓮如殿から聞いたぞ。本泉寺で子供たちの面倒をよく見ておったそうじゃないか」

「そんな、ただ、あそこには負傷者がいなかったから、子供たちの面倒を見ていただけです」

「まあ、いい。自分で決めればいい。わしは少し昼寝するわ」

 風眼坊は隣の部屋に帰った。

 お雪は、また、ぼうっとして外を見ていた。

 以前は綺麗な景色が見えたのに、今は高く土塁が築かれ、ここからは景色が見えなかった。

 お雪は一人になると、いつも、不安に駆られていた。今までは親の仇討ち一筋に生きていたため、自分の事など考えた事もなかったが、仇討ちの事をすっかり忘れた今は、この先、どうやって生きて行ったらいいのか分からず、不安だった。叔母の智春尼は蓮如に帰依(キエ)して、禅宗から改宗して本願寺の尼僧となり、生き生きとしていた。今まで色々と迷惑の掛け通しだったので、もう、これ以上、叔母を頼るわけにも行かず、今、お雪が頼れるのは風眼坊ただ一人だった。その風眼坊はお雪の事を自分の娘のように見るだけで、一人の女として見てくれなかった。確かに年齢は倍以上も離れているが、お雪は風眼坊の事を一人の男として見ていた。風眼坊にどう思われようとも、お雪はこの先、風眼坊に付いて行こうと決めた。風眼坊がこの加賀の国から出て行く時は、何と言われようとも一緒に行こうと決心した。





 十月になって、風眼坊は蓮如たちを連れて、また、本泉寺に来ていた。蓮崇も一緒だったため、今回は避難という形で、堂々と蓮如のままで海路を通って来た。

 小野屋との武器の取り引きの話はうまく行き、十月の十日前後には、第一陣が本泉寺に着く手筈になっていた。

 蓮崇は本泉寺に戻ると、休む間もなく、豊次郎と一緒に野々市の守護所に出掛け、数日後に一隊の兵を引き連れて戻って来た。

 蓮如は十郎と一緒に庭園造りに励み、お雪は孤児たちの面倒を見ていた。風眼坊だけは、ここに来てもやる事がなく、庭園造りを手伝ったり、お雪の所に行って、子供たちと遊んだり、毎日、ブラブラと暮らしていた。

 戦の方の変化はあまりなかった。ただ、敵が城から出て来る気配がまったくないので、包囲網は縮まり、完全に、蓮台寺城の周囲は本願寺門徒の大きな輪によって囲まれた。厭戦気分になっている兵の士気を高めるため、大規模な土木工事を行い、濠を掘り、土塁を築き、蓮台寺城は長大な土塁に囲まれているという状況となっていた。

 また、国境を守っている河北郡の門徒たちの連絡によると、越中の方で、加賀に進攻して来そうな動きがあるというので、守りを固めるため、野々市の守護所に待機していた兵一千人余りを湯涌谷(ユワクダニ)の石黒孫左衛門が率いて、越中の国、砺波(トナミ)郡井波の瑞泉寺(ズイセンジ)に向かわせた。越中の門徒たちの指揮をしていたのは蓮乗だった。蓮乗は一軍の大将として、甲冑に身を固め、馬に乗って颯爽と走り回っているという。

 冷たい雨が降っていた。

 朝晩の冷え込みも厳しくなり、徐々に寒さが増していた。

 庭園造りができず、蓮如は部屋に籠もって何かを書いていた。十郎は雨に感謝して、ゆっくりと体を伸ばして休んでいた。蓮如のお陰で腰が痛くてしょうがなかった。十郎は、このまま、二、三日、雨が振り続いてくれたらいいと願っていた。お雪の方は雨が降ろうと関係なく、子供たちの世話に忙しかった。

 風眼坊は下間玄信の多屋で蓮崇と会っていた。

「蓮崇殿、慶覚坊の奴は、今、どこにおるんじゃ」と風眼坊は聞いた。

「慶覚坊殿は本蓮寺と松岡寺の間にある山の上におります。山の上から蓮台寺城を睨んでおりますよ」

「ほう、あの上におるのか‥‥‥で、蓮台寺城は落ちそうか」

「難しい。しかし、今月中には何とかせんと‥‥‥」

「策はあるのか」

「ある。あるが誰かが死ぬ事になります」

「誰か、というのは有力門徒の誰かがか」

「そうです。総攻撃を掛けるには、ただ、外から攻めただけでは犠牲者を多く出し、落城まで漕ぎ付けるかどうか難しい。もし、失敗してしまえば、門徒たちの間に不安と恐れが残り、士気は低下してしまう。絶対に成功させるには城の中に誰かを潜入させて、城内を混乱させ、それと同時に外から総攻撃を掛けて一気に潰すしかない。ただ、その作戦だと、城内に潜入した者たちは全員、死ぬ事となるでしょう」

「うむ。最小限の犠牲者で城を落とすには、その方法しかあるまいのう。しかし、今、城内に入るのは難しいじゃろう。七月頃なら、各地から逃げて来た高田派門徒を城内に簡単に入れておったようじゃが、今となると難しいんじゃないかのう」

「はい。確かに難しい事です。しかし、籠城に入って、すでに一月半、敵も疲れと油断が出て来ておると思います。大手口の方から夜襲を掛けると見せかけて、搦手(カラメテ)から潜入させようと考えております」

「夜襲か‥‥‥」

「はい。松明(タイマツ)を持たせた兵を大手口に攻め寄せます。そして、城内に火矢を射続けます。その隙に搦手から百人程の兵を潜入させ、城内に火を点けて回ります。城内から火の手が上がったら、城の四方より総攻撃を掛けます。どうでしょう、この作戦は」

「うむ、搦手の百人は死ぬ覚悟で行くわけじゃな」

 蓮崇は厳しい顔付きで頷いた。

「城内から火の手が上がらなかったら、この作戦は中止というわけか」

「はい。また、やり直しです。しかし、かなりの矢を損失する事になるので、やり直しが効くのも一回だけでしょう」

「ふーむ。決行は夜明け前じゃな」

「はい」

「搦手の百人を率いるのが誰か、というのが問題となるわけじゃな」

「そうです。武器が到着次第、わしは松岡寺に行くつもりです。そこで皆を集めて戦評定を行ない、この作戦を告げます。もし、誰もおらなかったら、わしが行くつもりです」

「蓮崇殿が行くのか」

「はい。どうせ、あの時、死ぬ覚悟をしました。あの時に比べたら今回の死は立派な討ち死にです‥‥‥雪が降る前に何とかしないと、せっかく、ここまで来た事が無意味になってしまいます」

 風眼坊は蓮崇の顔を見ながら、「富樫次郎の武将にやらせたらどうじゃ」と聞いた。

 蓮崇は首を振った。「先の事を考えると、これは本願寺門徒がやらなければなりません」

「今回の戦は本願寺門徒のお陰で勝てた、という恩をきせるわけか」

「そうです。次郎が改めて守護に収まったとしても、この加賀の国を次郎の思い通りにはさせません」

「今回の戦が終わったら、今度は、次郎を相手に戦をするというのか」

「多分。きっと、そういう成り行きになるでしょう。この先、守護と本願寺がうまく行くとは思えません」

「しかし、わしが思うには、蓮如殿は、守護を倒せ、とは絶対に言わんぞ」

「わしもそう思います」

「守護と戦うという事は、幕府も敵に回すという事じゃ。何があっても蓮如殿がそんな事はさせまい」

「分かっております。しかし、この戦に勝ってしまえば門徒たちの心構えも変わって来ます。わしは、門徒たちは守護と対立する方向に向かって行くと思います」

「うむ、それも確かじゃ。この戦に勝てば門徒たちは力を合わせれば何でもできると思うに違いない。武士を武士とも思わなくなって行くじゃろう」

「そして、それは、たとえ、上人様といえども止める事はできないでしょう」

「蓮如殿は益々、辛い立場に追い込まれる事になるのう」

「時の流れです。時の勢いというものは、決して止める事はできません」

「確かにのう。時の勢いか‥‥‥」

「今、時代は早い速さで変わりつつあります」

「時代は変わるか‥‥‥ところで、豊次郎の奴はどこに行ったんじゃ」

「ああ、あいつは今、寝返った者たちを連れて、次郎のいる軽海の守護所に行きました。門徒になったとはいえ、武士ですからね。やはり、守護職の次郎の存在は無視できないのでしょう」

「そうか、軽海に行ったか‥‥‥武士は恩賞がないと動かんからのう。本領は、すでに本願寺によって安堵されたので、新たな恩賞目当てに、次郎のもとに駈け付けたというわけか、奴らもやる事はやるのう」

「そういうものですか」

「奴らは本願寺門徒であり、次郎の被官となるわけじゃのう。戦が終わった後、苦しい立場に追い込まれる事になりそうじゃ」

「ええ。特に豊次郎は苦しくなるでしょう」

「まあ、奴の事じゃから、うまい事やって行くとは思うがの。それより、わしには、あれだけ大勢の門徒たちが戦に参加しておるというのが、よく分からんが、門徒たちは戦をして何の得があるんじゃ」

「そこの所なんです、問題は」と蓮崇は言った。「初めのうちは高田派門徒に攻められておる松岡寺を救うために、皆、勇んで戦に出て行きました。憎き高田派を倒せ、と意気が揚がっておりました。誰もが損得など考えず、ただ、本願寺のためにと戦っておりました。ところが、こう戦が長引くと、だんだんと何のために戦をしておるのか分からなくなって来てしまっておるんです。今回の戦に勝って、一番、得するのは富樫次郎ですからね。武士の家督争いに、何で、本願寺が戦わなければならないのだ、と思う連中も出て来ております。かと言って、今更、本願寺が手を引くわけにも行きません。早いうちに、何とか、けりをつけなければ‥‥‥」

「そうじゃのう。しかし、よく、門徒たちは戦陣から抜け出さんのう」

「戦陣から抜け出したら、生きて行けなくなるからです」

「生きて行けなくなる?」

「はい。門徒として生きて行けなくなるのです。戦が終わってから村八分にされ、後ろ指さされ、村から出て行かなくてはなりません」

「破門か」

「いえ、正式に破門されるわけではありませんが同じ事です」

「成程のう。それは厳しいのう。戦となると武士も百姓も皆、同じと言う事じゃのう」

「はい。武士と同じで、戦で活躍して死ねば、各道場において、後々までも語り継がれる英雄になるでしょう」

「そうか‥‥‥寒くなって来たのう、今年は雪が早いかもしれんのう」

 風眼坊は外の雨を眺めていた。

 蓮崇も雨を見つめていた。

 同じ雨を見ながら、考えている事はまったく違っていた。

 風眼坊は播磨に行ったという息子、光一郎の事を思い、蓮崇は蓮台寺城を囲んでいる門徒たちの事を思い、早く武器が届かないか、と考えていた。





 武器は来た。

 何艘もの船を連ねて森下川を上って来た。当然の事だが、警固の兵の数も多かった。彼らが、すべて松恵尼の手下だとすると、松恵尼は相当の軍事力も抱えているという事になる。楓のために、赤松家を相手に戦をすると言ったのも、あながち嘘ではなかったのかも知れなかった。

 堺にある『小野屋』の主人、伝兵衛がその一隊の指揮を執っていた。吉崎にいた手代の平蔵と、吉崎まで風眼坊と共に来て、打ち合わせの後、一度、帰って行った手代の新八も一緒にいた。そして、驚いた事に茶人の村田珠光(ジュコウ)も一緒に来ていた。

 武器は船から上げられると、そのまま蓮崇が野々市から連れて来た兵によって運ばれて行った。蓮崇も武器と共に前線へと向かった。

 武器を運んで来た者たちは本泉寺門前の多屋に分散して入り、今晩はここに泊まり、明日の朝、帰る事となった。

 風眼坊は珠光の姿を見つけると近づいて行って声を掛けた。

「風眼坊殿、そなたも、こちらにおられたか」と珠光はニコニコしながら言った。

「まさか、珠光殿が一緒に来られるとは思いませんでしたよ」

「なかなか、こんな遠くまで来られんからのう。いい機会じゃと思って、一緒に来る事にしたわ。吉崎に行ったら蓮如殿はこちらだと聞いたものでな、こうして、やって来たんじゃよ」

 風眼坊は話をしながら珠光を本泉寺の庭園まで連れて行った。

「ほう、庭園造りですか‥‥‥うむ、素晴らしい庭になりそうですな」

 蓮如と十郎の二人は泥だらけになって池を掘っていた。

「あれは、やはり、京から来た山水河原者かな」と珠光が聞いた。

「いえ、あの方が蓮如殿です」

「は?」

「蓮如殿、お客様です」と風眼坊は蓮如に声を掛けた。

 蓮如は風眼坊の方を向くと、隣にいる珠光に軽く頭を下げて近づいて来た。

「村田珠光殿です」と風眼坊は紹介した。

「なに、村田珠光殿‥‥‥これは、これは、ようこそ、こんな所まで」

「初めまして、一休殿より、お噂はよく存じております」

「そうですか‥‥‥一休殿はお元気でいらっしゃいますか」

「はい。相変わらずです」

「しかし、驚きですな。村田殿がこんな所まで来るとは‥‥‥信じられんのう」

「いえ、この間、近江の甲賀で風眼坊殿に会いまして、上人様のお噂を聞きましたら、ぜひお会いしたくなりまして、小野屋さんに頼んで一緒に連れて来て貰ったのです」

「小野屋さん?」

「わしの知り合いの商人です」と風眼坊は言った。

「そうですか‥‥‥しかし、風眼坊殿も顔が広いですな。村田殿を御存じだったとは」

「いえ、わしも、この間、甲賀で初めてお会いしたのです」

「そうか、まあ、こんな所では何じゃから、風眼坊殿、村田殿を客間の方に御案内してくれ。わしも着替えてから、すぐに行くわ」

 風眼坊は珠光を庫裏の方に案内した。

「やあ、驚きましたよ」と珠光は坊主頭を撫でた。「まさか、本願寺の上人様ともあろうお方が自ら、庭造りをしておるとは思ってもいませんでした。一休殿と気が合うわけが分かるような気がします」

「一休殿も庭園を造ったりするのですか」

「いえ、庭園こそは造りませんが、上人様と同じに格好など一向に気にしません。知らない人が見たら、ただの百姓の親爺としか見ないでしょう」

「そうですか‥‥‥一休殿もあんな感じですか」

「はい‥‥‥実際に会ってみないと人というのは分からないものですね。京や奈良で聞く噂では、上人様は吉崎の地に大層な寺院を築き、大勢の門徒たちに囲まれ、贅沢に暮らしておる。しかも、本願寺では妻帯肉食を許しておるので、上人様は何人もの妻を持ち、本願寺の講に出てみれば、豪華な料理が並び、酒池肉林(シュチニクリン)の騒ぎだと聞きましたが、いいかげんな事を言うものじゃのう」

「わしもその噂は聞きました。わしも初めて上人様を見た時は驚きましたよ。噂とはまったく違いました。大したお人です」

 客間に通されると話好きの勝如尼は珠光を質問攻めにして困らせた。勝如尼は珠光の事を知らなかった。京から武器を持って来た商人だと思い、京の事などを聞き、珠光の口から将軍の話が出ると、将軍様を御存じですかと、一旦は恐縮したが、戦が始まる前の都の様子などをしきりに聞いていた。

 蓮如が法衣に着替えて現れても、まだ色々と訪ねていたが、やがて、ごゆっくりしていらっしゃいませと言って引き下がって行った。

「なかなか、豪快な尼御前(アマゴゼ)ですな」と珠光は勝如尼の去る姿を見送りながら言った。

「わしの叔母です」と蓮如は言った。

「そうでしたか‥‥‥」

「はい。もう亡くなりましたが、ここの叔父には色々とお世話になりました。わしが、この北陸の地に出て来たのも、ここの叔父が布教を広めてくれたお陰です」

「そうだったのですか。わたしは上人様が急に北陸に行かれたと聞き、また、どうして、あんな所に行かれただろうと不思議に思っておりました。こちらにも多くの門徒さんがいらしたわけだったのですね‥‥‥それにしても今回はとんだ事になりましたね。奈良や堺で加賀の国に大規模な一揆が起こったとの噂は聞きましたが、わたしは吉崎に行って驚きました。吉崎の御坊は完全なる城塞と言ってもいい程でした。詳しい戦況までは知りませんが大変な事になったものですね」

「ええ。早く、終わって欲しいものです」と蓮如は庭園の方を見ながら言った。

 蓮如は戦の事から話題を変え、一休の事を珠光より聞いた。二人は最近の一休の様子や、珠光が初めて一休の門に入った当時の事などを楽しそうに話していた。

「村田殿、そなたが始めたという『佗び茶』というのが、京にいる武士たちの間で流行っておると聞いておりますが、一体、どんなものなのでしょうか」と蓮如は聞いた。

「はい。上人様は闘茶(トウチャ)というのを御存じでしょうか」と珠光は聞いた。

「いえ。聞いた事はありますが、どんなものやら知りません」

「闘茶というのは何種類かのお茶を飲み比べて、いくつ飲み当てるかを競うものです。景品なども用意され、皆で、わいわい騒ぎながら行なう一種の遊び事です。この闘茶は南北朝の頃より起こり、今では下々の間にまで広がって楽しまれております。奈良で流行っている『淋汗(リンカン)茶の湯』というのも闘茶の一種です」

「淋汗茶の湯?」

「はい。風呂上がりに闘茶をやり、みんなで騒ぐものです。わたしも奈良で育ったため、若い頃、その淋汗茶の湯に没頭して寺を追い出された事もございました。しかし、今、思えば、あの頃の事が、今のわたしに充分、役に立っております」

「そうですか‥‥‥」

「わたしの佗び茶は闘茶とはまったく違います。闘茶とは別に、将軍様の回りにいる同朋(ドウボウ)衆たちによって、書院の茶の湯というものが発達して来ました。書院の茶の湯というのも、元々は闘茶から始まったものですが、やがて、娯楽性が薄れて行き、書院を飾る立て花や能狂言などの様式美が加わり、伊勢流の礼法も加わって洗練されて行きました。その書院の茶の湯に、わたしは禅による精神を入れました。お茶を点てる事、そして、そのお茶を飲む事に、座禅のような厳しく冷めた境地を取り入れたのです。いわゆる『佗び』と言われる境地です。そして、広い書院ではなく四畳半の座敷で行なう茶の湯を勧めて来ました」

「ほう‥‥‥という事は、今、流行っておるというのは、その四畳半の茶の湯というものですか」

「はい。何も四畳半にこだわる事はありませんが、『佗び』を出すには、あまり広くない方がいいのです」

「そういうものですか。わしは茶の湯というものを見た事もないので分かりませんが、闘茶というのが流行るというのは、わしにも分かります。しかし、座禅のような佗び茶が流行るというのはどういう事なのでしょう」

「佗び茶が流行っておるといっても、それはほんの一部の人たちだけです。ある程度余裕のある人たちです。武将とか僧侶とか大きな商家の主人とかです。彼らは娯楽という娯楽はほとんどやり、茶の湯にたどり着いたというわけです。これは、今の世の中が乱世だからかもしれません。明日も知れない、この世の中、誰もが遁世(トンゼイ)したいと願っております。しかし、そう簡単に俗世間を捨てる事はできません。そこで、一時的に遁世の気分を味わうのが、茶の湯なのです。茶の湯の席は俗世間の中にありながら、俗世間から隔離された場なのです。その席では俗世間での身分の差もありません。ただ、亭主とお客と言う対等な立場があるだけです。たとえ、将軍様でも、茶の席では上座に坐る事なく、対等でなければなりません。そして、その席では俗世間に関する事は話してはならないと決まっております。一時的にも俗世間から解放され、嫌な事も忘れ、落ち着いた静かな気持ちになって、再び俗世間に出て行くというのが、皆に受けておるのだと思います」

「成程のう。分かるような気もする。時折、わしも本願寺の法主というのが嫌になる事があります。わしはそんな時、旅に出ております。山の中を歩き、嫌な事はみんな忘れてしまいます。茶の湯というのは、どうやら、わしの旅のようなものじゃな」

「そうかも知れません。それに、上人様がやっておられる庭園造りも共通するものがあると思います」

「わしの庭園造りか‥‥‥」

「しかし、正直に言いますと、残念な事に、まだ、わたしの考えているようには実施されてはおりません。上下関係で成り立っている武士の世界において、急に身分差をなくすといっても、なかなか、うまくは行きません。将軍様は四畳半の座敷においても、相変わらず上段の間に坐ります。それを見習って、他の武将たちも上段の間に坐って、茶を点てております。わたしは徐々に将軍様をお客と同じ座に坐ってもらうようにするつもりですが、難しい事です」

「そいつは難しい事じゃのう。下手をしたら首が無くなるかもしれんのじゃないのかの」

「かもしれません。でも、わたしはやるつもりです。それをやらなければ、わたしの『佗び茶』は完成しないのです」

「う~む」と唸りながら、蓮如は頷いた。

 風眼坊は、珠光という、この男が、こんな途方もない事を考えていたとは夢にも思っていなかった。『佗び茶』という芸事を考え、一休禅師のもとで修行したにしろ、所詮、遁世者に過ぎないと思っていた。ところが、そんな甘い男ではなかった。将軍様を上段の間から引きずり降ろすという事を本気で考えている程、自分が始めた『佗び茶』に命を賭けていた。たとえ、芸事の中の事にしろ、将軍様と他の大名が同席するという事は考えられない事だった。物事は何でも些細な事から徐々に進行して行く。茶の湯の座敷から、身分というものが崩壊して行く可能性がないとは言えなかった。

 蓮如と珠光、この二人はやっている事はまったく別だったが、片や阿弥陀如来のもとでは、片や茶の湯の席では、人々は皆、平等だと考えていた。風眼坊は目の前にいる二人を見ながら、二人の巨人を見ているように感じていた。

 しはらく、沈黙が続いていた。

 勝如尼が客を二人連れて来た。

 小野屋伝兵衛と手代の平蔵だった。二人は蓮如への手土産を持って来た。

 小野屋からは応永備前の太刀一振り、珠光からは宇治の茶が一壷、蓮如に贈られた。

 さっそく、蓮如の所望により、お茶会が行なわれる事となった。茶道具などなかったが、有り合わせの物で間に合わせた。茶の湯では、物にこだわる事も大事だが、物に囚われない事も大事だった。

 即席に作られた床の間に花が飾られ、蓮如の書いた墨蹟(ボクセキ)が壁に掛けられた。

 有り合わせの道具で、未完成の庭園と、雲の掛かった上弦の月を眺めながら、珠光を亭主として、まさしく『佗び茶』の茶会は始まった。
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