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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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16.蓮台寺城2






 文明六年十月十四日の未明、本願寺門徒による蓮台寺城の総攻撃が始まった。

 それより五日前に、武器を手に入れた蓮崇は武器を野々市の守護所に運び、そこに待機していた河北郡の門徒、一万人に武器を持たせて松岡寺に向かった。

 三日前には松岡寺に着き、次の日、蓮崇は各地にいる武将たちを集めた。

 蓮台寺城の正面、大手側に陣を敷き、敵と対峙している越前門徒の藤島定善坊(ジョウゼンボウ)と和田長光坊。

 木場潟の水路をふさいでいる柴山八郎左衛門。

 軽海(カルミ)への街道を押えている専光寺慶念(キョウネン)。

 蓮台寺城の北側を固めている浄徳寺慶恵(キョウエ)と蛭川(ヒルカワ)新七郎。

 搦手側を固めている山之内衆を率いる河合藤左衛門と大杉谷川流域の門徒を率いる宇津呂備前守。

 南側を固める熊坂願生坊(ガンショウボウ)と黒崎源五郎。

 松岡寺と本蓮寺の中程にある山の上に陣する慶覚坊と安吉(ヤスヨシ)源左衛門。

 本蓮寺で待機している庄四郎五郎。

 浄徳寺に待機している笠間兵衛(ヒョウエ)。

 倉月庄の郷士の代表として山本若狭守。

 そして、松岡寺に待機している慶聞坊の十六人が集まった。

 白山中宮八院の一つ昌隆寺に待機している白山衆徒にも、戦評定(イクサヒョウジョウ)に来るように呼びかけたが出て来なかった。

 越前門徒らと共に、大手正面に陣を敷く富樫次郎政親にも声を掛けたが、用があるなら、そっちから来い、というような高飛車な返事だった。それでも、本願寺の動きが気になるのか、少し遅れて、次郎の重臣の一人、山川三河守(ヤマゴウミカワノカミ)がやって来た。

 戦評定は、富樫次郎の家臣や門徒ではない山之内衆が加わっているため、上座なし、席次なしで行なわれた。本願寺方では蓮綱を総大将としていたが、この評定に蓮綱は出なかった。蓮綱が出ると当然、序列が決まってしまう。そうなると、次郎の名代として来ている山川三河守を蓮綱よりも上にするか下にするかで、つまらない争いになってしまう。そんな事をしている暇はなかった。

 評定は蓮崇の進行によって行なわれた。

 まず、蓮台寺城周辺の見取り図を前にして、各部署の現在の状況をそれぞれが説明した。そして、蓮崇が、大量の武器が届いた事と河北郡からの援軍の事を話し、これからどうするか、各自の意見を聞いた。

 一通り、皆の意見を聞いたところ、雪が降る前に、けりを付けなければならないという思いは一致していた。そして、士気が低下しているため、早いうちに片を付けなければならないと誰もが思っていた。しかし、その作戦となると意見は一致しなかった。

 やはり、犠牲者を覚悟の上での力責めを支持するものが多かった。特に、次郎の重臣、山川三河守は時を同じくして一斉に攻めかかる事を主張した。国人門徒たちも、それ以外はないと山川の意見に同意した。

 その意見に反対したのは、頭を丸めた坊主たちだった。力攻めをすれば、確かに勝てるだろうが犠牲者が多数でる。その犠牲者というのは歩兵で成り立つ本願寺の門徒たちだった。本願寺は他の寺院と違って荘園を持っていない。門徒だけが本願寺の財産といってよかった。その門徒を大勢、死なせたのでは、戦に勝ったとしても、この先、布教を広めて行くのに差し障りとなる。かと言って、力攻め以外にいい案は出て来なかった。

 蓮崇は皆の意見を一通り聞くと、一同を見回し、「それでは、明後日の未明に総攻撃を掛ける事に致しましょう」と言った。

「あさってか‥‥‥」とそれぞれが皆の顔を見回した。

「いいじゃろう」と山川三河守が大きく頷いた。

「しかしのう‥‥‥」と和田長光坊が身を乗り出した。

「ただ、力攻めだけでは多数の犠牲者が出てしまいます。そこで、総攻撃の前に、小人数で城内に潜入し、城に火を掛け、敵を混乱させてから総攻撃を掛ければ、それ程の犠牲者を出さなくても済むかもしれません」と蓮崇は言うと皆の顔を見渡した。

「確かにそうかもしれんが、城内に潜入などできるのか」と山川は蓮崇を睨んだ後、一同の顔を見回した。

「難しいでしょう」と蓮崇は言った。「しかし、死ぬ気でやれば何とかなると思います。敵も籠城に入って、すでに一月半になります。疲れておるに違いありません。何とか夜中に忍び込み、未明に火を掛け、敵を混乱させます」

「まあ、言うのは簡単じゃがな、誰が、その役をするかじゃな。下っ端を使ったのでは勤まるまい」と山川は蓮崇を問い詰めた。

「この中の誰かが犠牲になるという事か」と慶覚坊が山川に言った。

「その作戦を実行に移すとすればじゃ。うまく、行っても死ぬ事は確実。失敗すれば、ただの犬死にじゃ」山川は身を乗り出し、皆を見回しながら言った。

「しかし、成功すれば、総攻撃の方も確実にうまく行くのう」と安吉源左衛門は腕を組み、半分、眠ったような顔付きで言った。

「皆さん、どうですか、この作戦は」と蓮崇は一人一人の顔を見ながら言った。

「作戦はいい。だが、その大役をやる奴がこの中におるのか」と山川は皮肉っぽい口調で言った。

 蓮崇はまた、皆を見回した。

 誰も自分がやるとは言い出さなかった。

「その大役、わしが引き受けます」と蓮崇は言い放った。「わしは今回、まだ、戦らしい戦をしておりません。見事に成功して最後に花を咲かせましょう」

「蓮崇殿、おぬし‥‥‥」と慶覚坊は蓮崇の顔を見つめた。「おぬし、初めから自分でやるつもりで、この作戦を披露したな」

「口に出した者がやらなければ、しょうがないでしょう」

「それでは」と蓮崇が作戦の説明を言おうとした時、藤島定善坊が声を掛けた。

「蓮崇殿、蓮崇殿が行くのは、まずい」と定善坊は言った。「蓮崇殿がいなくなれば、本願寺をまとめて行く者がいなくなってしまう‥‥‥わしが、その役を引き受けよう」

「なに、おぬしがやる?」と定善坊の兄、浄徳寺の慶恵が驚いた。

「ああ、蓮崇殿が死んだら困るが、わしなら兄上もおる事だし、これだけ名誉な大役を引き受けて、死ねるのなら本望じゃ」

「定善坊殿、引き受けてくれるか」と蓮崇は努めて平静をよそおって聞いた。

 定善坊は自分を見つめている皆の顔を見回し、蓮崇の方を向くと大きく頷いた。

「定善坊‥‥‥」と和田長光坊は何かを言おうとしたが言葉にならなかった。

 その後、詳しく作戦を立て、話がまとまると、各自、明後日の準備のため、それぞれの陣地に帰って行った。

 蓮崇と慶聞坊と慶覚坊の三人が残った。

「いよいよ、明後日か‥‥‥」と慶聞坊は伸びて来た坊主頭を撫でた。

「長かったのう」と慶覚坊は言った。

 蓮崇は綺麗に剃っていたが、慶覚坊も慶聞坊も髪は伸び、髭も伸びていた。

「上人様が高田派打倒を宣言してから、もうすぐ、四ケ月じゃ」と蓮崇は言った。

「しかし、面白い作戦を考えたものじゃのう」と慶覚坊が絵図面を見ながら言った。

「いや、わしが自分で城内に潜入するつもりじゃったからのう。自分でやるとなると、何とか成功させるために色々と考えるものじゃよ」

「やはり、自分でやるつもりじゃったのか」

「定善坊のお陰で、命拾いしたわ」

「しかし、よく、定善坊も覚悟を決めたもんじゃのう」

「あそこも兄弟が多いからのう。定善坊は末っ子じゃろう。子供の頃から兄貴たちに頭が上がらなかったんじゃろう。何か、あっと言わせるような事をしたかったに違いない」

「確かにのう。成功すれば、たとえ、死んでも名は残るからのう。超勝寺の一族は、ますます、本願寺の中で勢力を伸ばす事になるのう」

「そうですね。ところで、富樫次郎ですが、よく出て来ましたね」と慶聞坊は言った。

「ああ。わしも、てっきり来ないものじゃと思っておった」と蓮崇も言った。

「次郎としても、早く、この戦を終わりにしたいのじゃろう。そこで、いつまでも敵を包囲してないで、総攻撃を掛けるよう、檄を飛ばすため、家臣を送ってよこしたのじゃろう」

「それと、本願寺の武将たちの顔を見に来たのかもしれん」と蓮崇は言った。「すでに、戦の後の事も考え、本願寺の有力者の顔触れを偵察しに来たのでしょうな」

「成程、それもあるかもしれんのう。これだけの顔触れが一度に揃うという機会は、なかなか、ないからのう。この先、敵になるにしろ、味方のままでおるにしろ、本願寺内の実力者を知っていて損はないからのう」

「やはり、この先、次郎とは敵同士になるのでしょうか」と慶聞坊は聞いた。

「多分な。うまく行くはずはない」

「まあ、先の事は後にして、そろそろ、わしらも準備にかかりますかな」

「慶聞坊、ここの事は頼むぞ」

「はい。蓮綱殿の事は任せといて下さい」

 蓮崇は慶覚坊と共に、蓮台寺城を一望のもとに見渡せる山の上へと登った。





 十月十四日の丑(ウシ)の刻(午前二時)頃、蓮台寺城の東側、搦手(カラメテ)を守る城兵は眠気が覚めてしまったかのように、敵陣が動くのをじっと見つめていた。

 搦手には二つの軍が陣を敷いていた。今まで、じっと動かず、昼間のように篝火(カガリビ)を焚いて蓮台寺城を睨んでいた。それが、こんな真夜中に松明(タイマツ)を持った兵がぞろぞろと移動していた。左側に陣を敷いていた軍は左に移動し、右側に陣を敷いていた軍は右側に移動している。

 一体、何を始めるつもりか、と城内の兵はじっと敵の動きを見つめていた。左右に移動し始めた軍勢は、そのまま真っすぐに蓮台寺城から離れて行き、搦手側は篝火も消え、真っ暗となった。

 次に、蓮台寺城の南に盛り上がる山の軍勢が動き出した。松明がぞろぞろと山を下りて行き、松岡寺の方に向かい、山の上から、やはり篝火は消えた。そして、山の下を固めていた二つの軍勢も陣を払い、それぞれ、松岡寺、本蓮寺へと向かい出した。南側も篝火がすっかり消え、真っ暗となった。

 同じ頃、北側でも異変は起きていた。北側にも三つの軍勢が陣を敷いていたが、それらは皆、陣地を払い、北へと移動して行った。北側も真っ暗になってしまった。

 三方が真っ暗になり、大手にあたる木場潟に面している西側だけが、多くの篝火が焚かれて明るかった。

 敵の異常な動きを知った城内では、真夜中だというのに重臣たちが集まり、緊急の評定が行なわれていた。守護代の額熊夜叉(ヌカクマヤシャ)を中心に十数人の武将が集まり、敵の行動を分析検討していた。

「仲間割れじゃな」と熊夜叉は言った。「本願寺は次郎殿と手を組んで戦って来た。しかし、本願寺と次郎殿は一つの敵を相手にしておったのではない。本願寺の敵は高田派の門徒で、次郎殿の敵は幸千代殿じゃ。本願寺は各地の高田派の寺院を破壊し、高田派門徒をこの城に追い込んだ。この中に高田派門徒や坊主たちがおるので本願寺はこの城を囲んだ。次郎殿としては、本願寺門徒の数を頼んで、一気に、この城を落としたいと思っておるが、本願寺としては、多くの犠牲者を出してまで、この城を落とす気などない。本願寺は持久戦に持ち込み、こちらが干乾しになるのを待っておるつもりだったのじゃろう。しかし、次郎殿は早いところ戦のけりを着けたい。味方にあれだけの兵がおれば力攻めをするのは当然の事じゃ。あれだけの兵がすべてが武士だったら、すでに、この城は落城しておったじゃろう。それが、今まで無事でおったのは、奴らが正規の武士ではなく、百姓たちの集まりだからじゃ‥‥‥多分、その事で次郎殿と本願寺の意見が分かれ、本願寺は手を引く事に決め、ああして陣を引き払ったんじゃろう」

「しかし、何も、こんな夜中に引き払わなくても‥‥‥」と高田派の坊主が言った。

「昼間だったら、追撃される恐れがあるからじゃ」

「しかし、敵の罠かもしれませんぞ」と北加賀守護代の小杉但馬守が言った。

「罠? あれだけの軍勢がおって、何で罠など掛けるのじゃ。罠というのは味方が不利の時、敵を欺くために使うものじゃ」

「そうかも知れんが、一応、物見を出して調べた方がいいんじゃないかのう」

「うむ。勿論、それは調べる。六郎、誰か、物見に出してくれ」

「はっ」と六郎と呼ばれた武将は出て行った。

「さて、どうするかじゃ」と熊夜叉は一同を見渡した。

「もし、本願寺が引き上げたとすれば、まず、あの山を取り戻さなくてはなるまい」と狩野伊賀入道は言った。

「そうじゃのう。本願寺も馬鹿じゃ。あの山を取られたら、松岡寺も本蓮寺も簡単に潰せる。やはり、考える事が甘いのう」

「あの山を取るのなら今のうちじゃ。夜が明ける前に、あの山の上に陣を敷き、夜明けと共に、松岡寺と本蓮寺をたたき潰すのじゃ」

「伊賀殿、あの山の事は、そなたに任そう」

 その時、大手側を見張っていた兵が新しい情報を持って来た。

 木場潟に浮かんでいた船が皆、松明を灯しながら引き上げて行き、前面に陣を敷いていた三つの軍勢のうち二つが陣を払い、本蓮寺の方に移動して行った。この蓮台寺城を囲んでいた軍勢の内、今、残っているのは、正面に陣を敷いている富樫次郎政親軍だけで、そこだけが篝火を燃やしていて明るく、後は、どこも真っ暗になってしまったという。

「やはりのう、間違いないわ。仲間割れじゃ。本願寺は次郎殿に愛想を尽かし、全員、退却したんじゃ。雪が降るまで、じっと我慢と決め込んでおったが、どうやら、我らに運が向いて来たらしい。本願寺が消えれば、次郎殿の兵など五千もおるまい。城から打って出て、たたき潰してくれるわ。しかも、次郎殿の後ろは木場潟じゃ。自ら、逃げ場のない所に陣を敷いておる。多分、次郎殿は夜中に本願寺が引き上げた事など知るまい。今頃、高鼾をかいて寝ておる事じゃろう。よし、明日の朝、夜明けと共に出撃じゃ。皆を起こして、準備させい!」

 城の中は戦の準備に慌ただしくなった。本願寺が消えたという事で士気は上がり、富樫次郎の陣の篝火に吸い寄せられるように、兵は皆、大手口に集中して行った。

 敵陣を探るために放った物見は帰って来なかった。しかし、誰も、そんな事には気づかず、戦の準備に忙しく動き回っていた。物見を出した松村六郎左衛門は物見の事など、すっかり忘れ、一番槍を務めようと兵を引き連れ山を下り、最前線まで進出していた。

 一方、狩野伊賀入道は五百の兵を引き連れ、松岡寺と本蓮寺の中央に位置する山を目指して、松明を掲げて進んでいた。

 山の上の敵の陣地には空濠が掘られ、土塁が築かれていたが誰もいなかった。柵で囲まれた陣地の中には小屋が幾つか建ち、高い井楼(セイロウ)が立っていた。

 狩野伊賀守率いる五百人は陣地の中に入り、夜明けを待った。

 狩野伊賀入道の頭の中には、すでに、今回の戦に勝利した後の事が浮かんでいた。次郎を倒し、幸千代殿がこの国の守護となれば、守護代の熊夜叉殿は幸千代殿と共に京に移り、自分は正式に南加賀の守護代となるだろうと思っていた。自分がこの手で、この辺りを治める事となる。そうなると邪魔なのは本願寺だった。次郎を倒した後、松岡寺、本蓮寺を倒し、そして、吉崎を倒せばいい、と簡単に思った。しかし、よく考えてみると、この先、本願寺を敵に回して戦をするよりも、本願寺と手を結んだ方がいいかもしれない、とも思った。あれだけの門徒のいる本願寺を敵に回して戦をするよりも、手を結んだ方が絶対によかった。本願寺にしてみれば、この国の守護は次郎だろうと幸千代殿だろうと、どっちでもいいはずだ。成り行きで、次郎と組んでいるが、幸千代殿を敵にしているわけではない。こっちが高田派と手を切れば、本願寺も幸千代殿を恨むまい。高田派には悪いが高田派の坊主共を本願寺に引き渡し、手を結んだ方が得策だと思った。熊夜叉殿も、そう思うに違いない。次郎を倒したら、さっそく本願寺に使いを出した方がいいだろう、と思った。

 そんな事を考えている時、一人の兵が大変だ、と言って、伊賀入道のいる小屋に走り込んで来た。

「城が、城が燃えています」

「何じゃと」

 伊賀入道が外に出て、蓮台寺城の方を見ると、確かに城が燃えていた。

「一体、どうした事じゃ。馬鹿もんが慌てて、火事でも起こしたのか‥‥‥」

 すでに、明るくなりかけていた。

「何じゃ、あれは」

 誰もいないはずの、蓮台寺城の回りには兵が溢れていた。旗を靡(ナビ)かせながら、数万の軍勢が蓮台寺城目指して、一斉に攻めていた。

「図(ハカ)られたか‥‥‥」

 その時、山の回りから鬨(トキ)の声が上がり、敵が攻め寄せて来た。

 皆、呆然として、蓮台寺城を見ていたため、戦うどころではなかった。ほとんどの者は弓矢で射られ、敵に立ち向かって行った者も、皆、やられた。

 伊賀入道は二、三人の敵を倒したが、数には勝てず、討ち死にした。

 山の上の五百人を全滅にした本願寺勢は、そのまま、山づたいに蓮台寺城に攻め込んで行った。

 一方、蓮台寺城では戦の準備も調い、後は夜が明けるのを待つだけだった。搦手や南の方の守りを固めていた兵たちも、ほとんどが出撃のため大手口に集まっていた。

 夜が明ける、ほんの少し前だった。突然、南にある曲輪(クルワ)から火の手が上がった。しばらくして、搦手の曲輪からも火が出た。

「曲者(クセモノ)じゃ!」と誰かが騒いだ。

「敵じゃ!」とまた、誰かが怒鳴った。

 城内は混乱に陥った。

 この時、最前線にいた兵たちは、山の上の城の騒ぎを聞き、鬨の声と勘違いした。

 すでに、明るくなりかけていた。

 最前線にいた松村六郎左衛門は二千人余りの兵を引き連れ、富樫次郎の陣を目指して突撃して行った。

 額熊夜叉は幸千代と共に本丸にいた。火事が起きたとの知らせを聞き、「馬鹿者めが、こんな時に火事を起こしおって」と敵の侵入に気づいていない。

 やがて、物見櫓(モノミヤグラ)にいた兵が慌てて部屋に飛び込んで来た。

「敵です」とその兵は言った。

「敵がどうした。はっきり言わんか」

「回り中、敵に囲まれております」

「なに」

 熊夜叉は物見櫓に登って回りを見回した。確かに、回り中、敵だった。しかも、その敵は一斉に、こちらに向かって来ていた。

 大手口の方を見ると、城から打って出た軍勢が、その数倍もの敵に囲まれている。全滅は時間の問題だった。城内の方を見ると、あちこちで城が燃え、すでに、城内に敵が入っており、戦いが始まっていた。

「くそ! 本願寺め」

 熊夜叉は櫓から下りると、幸千代のもとに戻り、「やり直しじゃ」と幸千代の側近の小杉新八郎に言った。

「逃げるのですか」と新八郎は聞いた。

「逃げるのではない。改めて、再起を図るのじゃ」

「畏まりました」

「ただ、この城から抜け出すのは容易な事ではないぞ。数万の大軍が押し寄せて来ておる」

「やはり、罠だったのですか」

「敵にしてやられたわ」

 熊夜叉は幸千代と新八郎を連れ、本丸から出ると、物陰に隠れながら山の中に落ちて行った。

 城内は極度の混乱状態に陥っていた。

 夜が明け、数万の敵が攻めて来る事を知った兵たちは、信じられない事が起こったかのように自分の目を疑った。

 敵の数は、昨日の昼とまったく変わっていない。

 誰もが数万の敵は引き上げ、敵は富樫次郎の軍、五千余りだと信じ込んでいた。そして、味方の勝利を思い、心の中に安心感が生まれていた。ところが、敵は減ってはいなかった。しかも、攻めて来る敵に対する守りは全然、固めていない。皆、なす術(スベ)を知らず、おまけに城は燃え、敵は、すでに城内に潜入していた。

 この時、場内に潜入していたのは藤島定善坊率いる百人だけだった。しかし、混乱している兵たちは、すでに、数千の敵がいるものと思い込んでいた。

 やがて、大将の幸千代と守護代の熊夜叉がいない事が城内に知れると、戦をする気力もなくなって行った。かと行って、数万の敵に囲まれては逃げる事もできず、城内の兵は、ばらばらになったまま、攻めて来る大軍の前に散って行った。

 城に合図の火の手が上がってから、わずか、一時(二時間)で、蓮台寺城は陥落(カンラク)した。

 城は、すべて、燃えて無くなり、城内には死体の山が築かれて行った。ただ、いつもの戦と違う事は、それらの死体には、ほとんど首が付いたままだった。次郎の家臣の武士たちは武将の首を掻き切っていたが、本願寺の門徒たちは敵の首などに用はなかった。用があるのは、見事に討ち死にして行った門徒たちの死体だった。

 この時、五千人以上が負傷し、一千人近くが戦死した。中には武士も何人かいたが、ほとんどの者が名もないの本願寺の門徒だった。夜中の内に、搦手から城内に潜入した藤島定善坊も全身に傷を負い、戦死していた。彼が率いていた百人の内、負傷しながらも生きていたのは、わずかに十六人だった。

 焼け跡から木場潟を眺めていた蓮崇に、慶覚坊が近づいて来て言った。

「うまく、行ったのう」

「ええ。ようやく、終わった」

「思い通りじゃったな」

「はい。しかし、これからが大変じゃ」

「そうじゃな。とにかく、早いとこ、上人様に戦が終わった事を伝えた方がいいな」

「はい。それは、もう、慶聞坊が飛んで行きました」

「ほう。あいつめ、もう出掛けたのか。早い奴じゃのう。ようやく、これで風眼坊もお払い箱じゃな」

「そうは行きませんよ。風眼坊殿は今、医者をやっておりますからね。これから、しばらくは負傷者の手当に忙しい事でしょう」

「奴が医者?」

「ええ。なかなか、評判がいいみたいですよ」

「ほう‥‥‥あいつも何を考えておるんだか分からん奴じゃのう」

 慶覚坊も木場潟を眺めた。

 木場潟の向こうに今江潟と柴山潟が見え、その向こうに海が見えた。

 いい眺めだった。

 幸千代はこの眺めが気に入って、この地に城を築いたのだろうか‥‥‥

 平和な時代に生まれたら、ここの城主として、のんびり、景色を見ながら暮らせたのかも知れなかった。

 慶覚坊は、そんな事を考えながら景色を眺めていた。

 戦のあった次の日、初雪が降り、辺り一面、ほんのりと雪化粧をした。





 戦は終わった。

 後に、この戦は、加賀文明の一向一揆と呼ばれ、本願寺門徒による一揆の始まりであった。

 一般に、一向宗といった場合、その中には、一遍智真(イッペンチシン)の始めた時宗、一向俊聖(イッコウシュンショウ)の始めた一向宗、そして、浄土真宗が含まれていた。念仏一つに専念している宗派は、すべて、一向宗と呼ばれ、一々、区別されなかった。蓮如は浄土真宗本願寺派が一向宗と呼ばれるのを嫌い、門徒たちにも、一向宗と呼ぶな、と何度も言っていたが、蓮如の思惑通りにはならず、以後、本願寺門徒による一揆の事を、一向一揆と呼ぶようになって行った。

 蓮台寺城の攻城戦が、あれだけの短時間で決着が着いたのは、蓮崇の考えた芝居じみた作戦のお陰だった。

 蓮崇は自ら小人数を引き連れて、搦手から城内に潜入するつもりでいた。しかし、敵の守りは堅く、簡単に潜入できそうもなかった。敵の目をそらせ、搦手の守りを薄くしなければならない。蓮崇は色々と考えた。野々市から引き連れて行く一万余りの兵を何とか使って、敵の目をごまかせないかと考えた。そこで思い付いたのが松明による移動だった。

 一万の兵を分散し、夜中に松明を持たせて移動させる。初め、蓮崇は、それらの兵を皆、大手口に集めようと思った。大手口に松明を集中させ、その他は篝火を消して真っ暗にする。大手口に兵が集まるのを城内から見れば、搦手の守りは、いくらか手薄になるだろうと考えた。蓮崇は、その作戦を松岡寺の評定の場で披露した。そして、みんなで検討し、大手口に集めるよりも陣を引き払うように見せた方がいいだろうという事に決まり、そのように実行した。敵はまんまと引っ掛かり、本願寺方が陣を払ったと錯覚して城の守りを解き、富樫次郎の軍に総攻撃を掛けるべく大手口に集合した。

 定善坊率いる百人は、楽々と搦手から城内に潜入し、城に火を掛け、作戦は大成功に終わった。ただ、敵の大将の幸千代と守護代の額熊夜叉の姿がどこにも見当たらず、討つ事ができなかったのは残念な事だった。あれだけの包囲陣を突破して逃げる事は至難の業だった。しかし、城内、しらみ潰しに捜してみたが、死体もなければ隠れてもいなかった。

 後で分かった事だが、城の南面から攻め登っていた兵が、山中で、三人のかったい(癩病)乞食と出会っていた。顔や手に汚い布を巻き付け、ぼろぼろの着物を纏っていたと言う。兵たちは乞食に気づいたが、皆、城を落とす事に真剣だったので、乞食の事など誰も気に止めなかった。後になって考えてみて、あんな所に乞食がいるわけがないと気づき、あの三人が、幸千代たちだったに違いないと思ったが後の祭りだった。

 冷静に考えてみれば、一月半も数万の兵に包囲されていた山の中に、乞食がウロウロしているはずはなかった。しかし、その時は、誰もその事に気づかず、かったいが山の中に隠れているな、としか思わなかった。

 幸千代と額熊夜叉と小杉新八郎の三人は、無事に京まで逃げて行った。

 蓮台寺城が落城してから、各地で残党狩りが行なわれ、無事に城から抜け出した者たちも数多く捕まって行った。幸千代の重臣で、新八郎の父親、小杉但馬守も捕まり、切腹して果てた。

 本泉寺にいた蓮如のもとに落城の知らせを持って来たのは慶聞坊だった。慶聞坊はその日のうちに馬を飛ばして本泉寺に駈け付けた。

 蓮如は村田珠光(ジュコウ)と風眼坊と十郎の四人で庭園造りをしていた。庭園はほぼ完成していたが、肝心な植木と庭石がなかった。

 慶聞坊が戦の終わりを告げると蓮如は手を止め、「そうか‥‥‥」と一言、言った。

「蓮台寺城が落ちたのか」と風眼坊は聞いた。

「はい。今朝未明より総攻撃が始まり、一時余りの攻撃で、城は見事に落ちました」

「そうか‥‥‥ようやく、落ちたか‥‥‥蓮崇殿の作戦がうまく行ったのじゃな」

「はい。うまく、行きました」

「それで、蓮崇殿は無事なのか」

「蓮崇殿は無事です。しかし、藤島の定善坊殿が亡くなりました」

「なに、定善坊が死んだ?」と蓮如が聞いた。

「はい。搦手より百人を引き連れて城内に潜入し、城に火を掛け、敵を混乱させ、総攻撃を助けましたが討ち死にしました」

「そうじゃったのか‥‥‥あいつが討ち死にか」

「はい。傷だらけでした」

「そうか‥‥‥犠牲者はどれ位じゃ」

「城が落ちて、すぐに、わたしはこちらに向かったので、詳しくは分かりませんが、予想以上に少ないと思います」

「それでも、数百人は死んだじゃろうな」と風眼坊が言った。

「多分‥‥‥」

「上人様、そろそろ、吉崎に帰られた方がいいと思いますが」と慶聞坊は言った。

「ああ、分かっておる」

 次の日、蓮崇が戻って来て、戦の詳しい状況を蓮如に知らせた。

 門徒たちは皆、陣を払って引き上げて行き、富樫次郎は野々市の守護所に入った。負傷者も軽い者たちは皆、家に帰って行ったが、重傷者が一千人近く、松岡寺と本蓮寺の多屋に収容されていると言う。

 蓮如は珠光を連れ、蓮崇、慶聞坊、十郎と共に、船に乗って吉崎に帰って行った。

 風眼坊はお雪を連れて、負傷者のいる松岡寺に向かった。

「忙しくなるぞ」と風眼坊はお雪に言った。

「はい」とお雪は頷いた。何となく嬉しそうだった。

 初雪の散らつく中、風眼坊とお雪は並んで本泉寺の門前町の中を歩いて行った。
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