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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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29.赤松政則






 すがすがしい、いい天気だった。

 太郎は別所屋敷の庭の片隅に座り込んで、木彫りの馬を彫っていた。

 側では百太郎と加賀守の子供、小笹と小三郎が見ていた。小笹は十歳の女の子で、小三郎は百太郎と同い年の三歳だった。三人は仲がよく、小笹は姉さんらしく、よく二人の面倒を見ていた。

 太郎は昨日の昼過ぎ、楓御料人様の御主人として威風堂々と城下に入って来た。城下の町人たちの歓迎は物凄いものだった。大通りの両脇は太郎を一目見ようと人々で埋まっていた。

 太郎たち一行は大谿寺を出て西に進み、加古川を渡った。その晩は、そこで夜を明かすつもりでいた。ところが、加古川を渡った所で、天神山城主の櫛橋豊後守(クシハシブンゴノカミ)の使いの者が待っていた。

 櫛橋豊後守は赤松家の年寄衆の一人だった。櫛橋氏は代々、赤松家のために働いて来た重臣だった。豊後守の父親、左京亮貞伊(サキョウノスケサダタダ)は嘉吉の変の時、性具入道の嫡男、彦次郎教康と共に伊勢に逃げ、その地で自害して果てていた。

 当時、九歳だった豊後守は身を守るために出家させられたが、応仁の乱になり、赤松家が播磨の国を取り戻すと召し出され、還俗して政則の家臣となった。その後、活躍して、以前のごとく年寄衆の一人となり、天神山城の城主となっていた。

 豊後守はその頃、別所加賀守と一緒に置塩城下にいたが、加賀守に頼まれ、天神山城に戻って太郎が来るのを待っていたのだった。

 太郎は河原者たちを引き連れて、堂々と城下に入って来ると言ったが加賀守は心配だった。お屋形様の兄上として恥ずかしくない立派な姿で入場してもらわなければならない。加賀守は櫛橋豊後守に、もし、太郎がみっともない姿だったら直し、また、兵の方も豊後守の兵を使ってでも、立派な姿にして城下に入れてくれ、と頼んだのだった。

 太郎は豊後守の天神山城下の屋敷で、丁寧な持て成しを受けた。豊後守は、太郎の連れて来た兵たちが河原者だと知ってはいても、一応、武士として、太郎の家来として扱ってくれた。河原者たちもすっかり武士になりきり、豊後守の家臣たちとうまくやっていたようだった。

 豊後守は自ら騎馬武者二十騎と太鼓や法螺貝を持った兵二十人を率いて、太郎たちの先頭に立ってくれた。豊後守が先頭にいるため、置塩城下に入る前に、小寺藤次郎の庄山(ショウヤマ)城下、小寺藤兵衛の姫路城下、守護所の坂本城下などでも太郎は歓迎を受けた。

 豊後守の隊の後には、申之助と源次郎の率いる三十九人の散所者が槍を担いで続き、その後ろに、八兵衛率いる三十六人の川の民が弓を担ぎ、その後ろに、京介率いる皮屋二十五人が槍を担いで続いた。彼らは皆、真っ黒な甲冑を身に着け、堂々と行進していた。

 その徒歩武者の後ろに、別所造酒祐率いる正規の騎馬武者五十騎と堀次郎が京から連れて来た十二騎が続いた。造酒祐率いる騎馬隊は浅葱(アサギ)色(緑色がかった薄い青)の甲冑に統一していた。堀次郎の隊は様々な色の甲冑だった。真っ黒の中に彼らの甲冑は目立っていた。

 正規の武士たちの後ろに、八郎坊、風光坊、探真坊の三人が黒の甲冑に身を固め、馬に乗っていた。三人とも真剣な顔をして、すっかり武将気取りだった。そして、藤吉、医者の磨羅宗湛、吉次が続き、伊助と次郎吉が大将である太郎の両脇を固め、その後ろに阿修羅坊、甚助、弥平次と続いた。それなりに皆、大将である太郎を守っている武将たちに見えた。

 その後ろには、朝田新右衛門率いる浪人十二人と桜之介率いる三十三人の馬借が馬に乗って従い、その後ろには徒歩武者、勘三郎率いる金掘りが二十四人、辻堂率いる乞食五十二人、弥次郎率いる紺屋二十三人が続いていた。そして、最後尾に、夢庵と銀左、金比羅坊の三人が馬に乗って付いて来ていた。総勢三百六十一人、寄せ集めの軍勢だが戦に行くわけではなく、ただ、太郎を京から置塩城下に送るだけの軍勢なら、これ位の人数で充分だった。知らない者が見たら、充分に立派な軍隊に見えた。

 太郎は、その立派な軍隊を率いて、置塩城下に堂々と乗り込んで行った。

 太郎たちが城下に入る前に、櫛橋豊後守が先触れを送っていたので、城下の入り口の大門には、太郎を見るために集まった人々で埋まっていた。

 その人々の中を、太郎たちの一隊は、法螺貝と太鼓を賑やかに吹き鳴らす豊後守の楽隊を先頭に、堂々と行進して行った。大通りには、ずっと人が出ていた。

 小野屋の辺りに金勝座のみんなの顔もあった。みんな、手を振りながら喜んでいた。

 太郎たちは大通りを真っすぐ進み、お屋形様の屋敷につながる通りへと右に曲がった。正面にお屋形様の屋敷の門が見え、両側に並ぶ武家屋敷からも、太郎を一目見ようと武士や使用人たちが大勢出ていた。

 太郎たちはそのまま真っすぐ、お屋形様の屋敷へと入って行った。全員が中に入ると門は閉められた。

 そこは屋敷の中といっても、細長い広場のようになっていて塀で囲まれていた。お屋形様の屋敷は、その塀の向こうにあった。広場の両側に大きな蔵があり、門の両脇に門番の小屋が建っていた。

 町が、ようやく落ち着いた頃、堀次郎が十二騎を連れて、父親の屋敷に帰り、櫛橋豊後守も家臣を連れて、自分の屋敷に戻った。別所造酒祐が率いていた武士たちも、それぞれ帰って行き、そして、太郎たちは別所屋敷へと移った。

 別所屋敷に入ると、皆、元の姿に着替え、暗くなってから解散となった。

 みんな、よくやってくれた。大成功だった。

 太郎は一人一人、御苦労様と言って見送った。

 たった四日だけの付き合いだったが、何となく別れがたかった。彼らが本当に自分の家来だったら、どんなにいいだろう、と太郎は思っていた。

 河原者たちが去り、浪人たちも去り、最後に、『浦浪』に泊まっている仲間たちが帰って行った。

「疲れたのう」と金比羅坊が首を回した。

「ようやく、終わりましたね」と伊助が言った。

「うまく、行ったな」と夢庵が笑った。

「良かったのう」と阿修羅坊が言った。

 太郎はみんなに礼を言って別れた。

 これで、ようやく、太郎は晴れて、楓の主人と認められたのだった。

 太郎が、この播磨の国に来てから丁度、一月目だった。

 色々な事があって、長かった一月だったが、この一月で、随分と色々な事を知る事ができたと思った。





 太郎が子供たちと遊んでいると、楓が太郎を呼びに来た。

 加賀守が、太郎と楓の二人を呼んでいると言う。

 何だろう、と執事の織部祐の後に付いて加賀守の書斎に行くと、見知らぬ山伏が加賀守と一緒にいた。

 山伏の名は空厳坊(クウゲンボウ)といい、御嶽山清水寺の山伏だと言う。

 加賀守が太郎と会う前、太郎の素性を調べるため、太郎の故郷、五ケ所浦に送り、今、戻って来た所だった。

「そなたは故郷でも、なかなか有名だそうじゃのう」と加賀守は笑いながら言った。

「そなたの始めた剣術が大層、流行っているそうじゃ。わしも一度、その陰流とか言う剣術を見てみたいものじゃ」

「はい、そのうちに‥‥‥」と太郎は答えた。

「五ケ所浦という所は風光明媚な所でございました」と空巌坊は言った。

 空巌坊は五ケ所浦に着くと、まず、港にある熊野の山伏の宿坊に入った。そして、そこにいた山伏に、それとなく、愛洲の一族で、何か問題を起こして、ここから出て行った者はいないか、と聞いてみた。

 答えはすぐに返って来た。二年半程前、水軍の大将、隼人正殿の伜殿が急に城下から消えたと言う。その伜殿は近江の国の甲賀に二年間、修行に行って『陰流』という剣術を編み出して帰って来た。その時、綺麗な嫁を連れて来たと言う。その伜殿は水軍の者たちに剣術を教え、戦に出ても活躍した。その噂が殿様の耳にも入り、御前試合を行なう事となり、相手は百戦錬磨の騎馬武者だったが見事に勝った。その御前試合の後、すぐに城下からいなくなったと言う。不思議な事に、その御前試合の時の相手も同時に城下から消えていなくなった。詳しい事情はわからんが、どうも、普段から仲の悪かった水軍と陸軍の争い事が絡んでいたようだ、と熊野の山伏は言った。

 その伜というのは、今、どこにいる、と聞いたが、熊野の山伏は知らなかった。そして、剣術の道場の場所を教えてくれ、そこに、その伜殿の爺さんがいるから聞いてみろ、と言われた。

 さっそく、空巌坊は剣術道場に向かった。

 道場の入り口には『陰流武術指南所』と大きく書いてあり、広い敷地の中で、若い者たちが武術の修行に励んでいた。その道場の片隅に建てられた小屋の中で、空巌坊は太郎の祖父、白峰と会った。

 空巌坊が孫の事を聞くと、逆に白峰の方が、太郎は今、どこにいるのか聞いて来た。

 空巌坊は、それを捜しに来たのだと答えた。自分は播磨の別所殿に仕えている者だが、甲賀に行った時、太郎の剣術の噂を聞き、その噂を殿に話したら、是非、捜して連れて来いと頼まれた。うちの殿は剣術好きで、是非、陰流を習いたいと言う。そこで、太郎を捜しに、ここまで来たのだと適当な事を言った。

 そうだったのか、と白峰は空巌坊をうちに連れて行き、その晩は御馳走になったと言う。「祖父は元気でしたか」と太郎は聞いた。

「はい、それはもう、若い者相手に剣術を教えているくらいですから‥‥‥なかなか、できたお人です」

「他に、家族の事は何か聞きましたか」

「はい、妹殿がお嫁に行ったとか」

「お澪さんがお嫁に?」と楓が言って、太郎の顔を見た。

「はい、同じ水軍の家だそうです」

「そうですか、澪が嫁に行きましたか‥‥‥」太郎は懐かしそうに妹を思い出していた。

 最後に会った時、澪は十六歳だった。知らないうちに綺麗な娘になっていた。今年はもう十八、嫁に行くのが当たり前の年齢になっていた。相手が誰だかわからないが、幸せになってほしいと願うしかなかった。

「それと、弟殿がお爺様の所にいらっしゃいました」と空厳坊は言った。

「弟というのは、三郎丸の事ですか」

「はい、そうです。三郎丸殿も剣術の修行に励んでおりまして、なかなか、お強いようです。来年、元服するそうです」

「三郎丸も、もう元服ですか。早いものですね。家族の者たちは皆、元気でしたか」

「はい。皆、お元気の様子でした」

 太郎は満足そうに頷くと、「戦の方は、どんな具合でしたか」と聞いた。

「膠着状態のようでした。愛洲氏としては志摩の国に攻めて行きたいようですが、志摩の国の豪族たちが皆、北畠氏と同盟を結んでしまったので、攻めて行けないようです。それに、長引いている戦のお陰で、お伊勢参りや熊野詣での旅のお客が減り、財政の方も苦しくなっておる様でした」

「そうですか‥‥‥」

「しかし、剣術道場の方は流行っておりましたよ。そうですね、百人はいましたかね」

「百人も」と太郎は驚いた後、「みんな、子供ばかりですか」と聞いた。

「いえ、皆、立派な若者たちですよ」

「そうですか。わたしが五ケ所浦を出た頃は子供たちばかりでした。もっとも、あの頃、若者たちは皆、戦に行っていましたけど」

「今は、もう、ほんとに若者たちばかりでした」

 よかったわね、と言うように楓が太郎を見て笑った。太郎も笑って楓に頷いた。

「そなたは、どうして故郷を出て来たのじゃ」と加賀守が聞いた。「聞けば、愛洲水軍の大将の伜殿だと言うではないか。故郷にそのままいれば、そなたの事じゃ、立派な大将になったものを」

「はい。空巌坊殿の言った通り、水軍と陸軍の争い事のためです。普段から仲の良くなかった水軍と陸軍が、御前試合において、二つに分かれてしまったのです。わたしが殿の御前で、陸軍の者を倒してしまったため、水軍の者たちは思い上がり、陸軍の者たちも黙ってはいません。あちこちで戦が始まっている時期に、愛洲家が二つに分かれてしまったら、愛洲家自体が危なくなります。わたしがいなくなれば、争いも治まるかもしれないと思いまして、五ケ所浦を出ました」

「身を引いたというわけか」

「それだけではありません。自分もまだ修行が足りなかったのです。あの頃のわたしは自惚れていました。回りの状況も調べずに、自分勝手な事をしたために、あんな結果になってしまったのです。もう一度、修行をやり直そうと思っておりました」

「成程のう。それで山伏になったのか」

「はい」

「夢庵殿から聞いたが、そなたは仏師でもあると言っておったが」

「はい。わたしが甲賀にいた時、不思議な老山伏に出会いました。その人は百歳を越えていましたが、とても、そんな年には見えない程、元気でした。わたしはその人から、武術を始め、色々な事を教わりました。わたしが会った時は、その人は智羅天という名の山伏でした。しかし、その人には、もう一つの名前がありました。それが三好日向という名の仏師てした。その人が亡くなってから、わたしはその事を知りました。わたしは、その人から彫り物も教わりました。わたしは勝手ながら三好日向の二代目を名乗ったのです」

「三好日向‥‥‥もしかしたら、その人というのは元は武士だったのではないのですか」と空巌坊が聞いた。

「はい。武士です。戦にも何回か出た事があると言っておりました」

「やはり、そうですか」

「三好日向というのを知っておるのか」と加賀守が空巌坊に聞いた。

 空巌坊は頷いた。「阿波の細川讃岐守(サヌキノカミ)殿の家臣に三好日向守殿という方がおられます。もしかしたら、その方とつながりがあるのかと‥‥‥」

「三好日向に三好日向守か‥‥‥確かに似ておるのう。その御仁は阿波の国の出身なのか」

「さあ、わかりません。昔の事はあまり喋りませんでした」

「その御仁、百歳も生きておったとすると、その日向守の爺様かも知れんのう」

「そうかもしれません」

「御苦労だった。もう、下がってもいいぞ」と加賀守が空巌坊に言うと、空巌坊は頭を下げて去って行った。

「実は、そなたの名前の事なんじゃが」と加賀守は太郎と楓を見ながら言った。「美作守が、そなたの名を京極次郎右衛門高秀と言ってしまったため、重臣たちは皆、そう信じ込んでしまっておるんじゃよ。今更、違うとも言えんしな。かと言って、京極氏に断りもなしに、京極を名乗るわけにもいかん」

「愛洲を名乗るわけにはいかないのですか」と太郎は聞いた。

「そうすると、美作守が嘘をついた事になる。事実、嘘をついておるんじゃが、それを表沙汰にしてしまうと、それこそ、赤松家が二つに分裂してしまう。今、そんな派閥争いなどしておったら、それこそ、赤松家は潰れてしまうんじゃよ」

 執事の織部祐が加賀守を呼びに来た。

「ちょっと、失礼する」と言って加賀守は出て行った。

「ねえ、どうするの」と楓が小声で聞いた。「このまま、ここに残るの」

「いやなのか」

「いやじゃないけど‥‥‥」

「とにかく、今は弟と会う事だけを考えよう。その後の事は、それからだ」

「でも、会ってしまったら、もう、ここから出られないような気がするわ」

「何とかなるさ。現に、俺は殺されずに済んだ。どうしても、ここから出たくなったら、その時、考えればいい」

「そうね‥‥‥話は変わるんだけど、あたしね、ここから出たいのよ」

「えっ、弟に会う前に、ここから出るのか」

「違うわよ。ただ、外に出たいのよ。あたし、この国に来てから、ここから一歩も出てないのよ。御城下が見てみたいわ」

「そうか。お前たちは、まだ、ここから一歩も出ていなかったんだな。そいつは可哀想だ。加賀守殿に頼んでみよう」

「うん、そうして」

 加賀守は重大な知らせを持って戻って来た。

 お屋形様の赤松政則が、明日、城下に帰って来ると言う。

 二人にそう知らせると、忙しくなるわ、と言って、また出掛けようとした。

 太郎は楓の外出の事を加賀守に頼むと、少し考えていたが、目立たないようにすればいいだろうと許可をくれた。そして、織部祐と一緒に行ってくれと付け加えた。





 太郎は楓と百太郎、そして、加賀守の子供、小笹と小次郎を連れて城下見物に出た。

 付き添いとして、執事の織部祐と別所屋敷の侍女、小松、楓の侍女、春日と日吉が付いて来た。楓としては親子三人だけで、のんびりと気楽に城下を歩きたかったのだが、こんなに大人数付いて来ては、のんびりどころではなかった。

 生憎、今日は市の日ではなかったので、太郎たちはぞろぞろと賑やかな性海寺の参道を一通り見てから、河原に出て芸人たちを見て、屋敷に戻った。

 河原では丁度、金勝座の舞台が上演中だった。凄い人気だった。竹矢来の中は人で埋まっていた。太郎たちは金勝座の舞台は見ないで、他の芸人たちを見て歩いた。

 一旦、別所屋敷に戻った太郎は、改めて、みんなにお礼を言って来ると言って、木賃宿『浦浪』に向かった。

 浦浪には誰もいなかった。

 金勝座の連中がいないのは、まだ、舞台が終わっていないからだろうが、他の連中が誰もいないのはおかしな事だった。金比羅坊も三人の弟子もいない。伊助や次郎吉たちも、夢庵もいない。阿修羅坊もいないし、松阿弥までもがいなかった。部屋には荷物があるので、城下にいるに違いないが一体、みんな、どこに行ったのだろう。

 もしかしたら、昨日の後片付けに、小野屋か銀左の屋敷に行っているのかもしれなかった。小野屋にもお礼を言わなければならないので、太郎は小野屋に向かった。

 小野屋の裏門から入って行くと、庭に、太郎たちが使った甲冑が干してあった。蔵の所で仕事をしていた手代に、主人はいるか、と聞くと、主人は楓御料人様の披露式典の会場の方に行っていると言う。お屋形様が明日、帰って来るので、披露式典の会場作りが忙しいのだろう。次郎吉は来ていないか、と聞くと、午前中に来て、そこにある甲冑を片付けていたが、もう帰ったと言った。

 太郎は改めて出直すと言って、小野屋を後にした。

 河原に出ると、すぐ側にある金勝座の舞台は終わっていた。竹矢来の筵が跳ね上げられ、座員たちが後片付けをしていた。太郎は助六に声を掛けた。

 助六は驚いたような顔をして太郎を見て、急に嬉しそうに笑うと、「おめでとうございます」と言った。

 太郎も助六の顔を見たら自然と笑みがこぼれた。「ありがとう。これも、みんなのお陰です」

「もう、浦浪には戻って来ないのですか」と助六は太郎を見つめながら聞いた。

「いえ。今さっき、行った所です、そしたら、誰もいませんでした。みんな、どこに行ったのか知りませんか」

「誰もいません?」と助六は首を傾げた。

「ええ、松阿弥殿もいませんでした」

「ああ、松阿弥さんは今朝、但馬の国に帰りました」

「但馬へ?」

「ええ。知り合いがいるんだそうです」

「そうですか。帰りましたか‥‥‥」

「太郎様に、お世話になりました、と伝えてくれと言っていました。剣を捨てて、もう一度、やり直すと言っていました」

「剣を捨てて、もう一度やり直す? 一体、何をやり直すんです」

「わかりません。でも、新しく生まれ変わったつもりで、やり直すと言っていました」

「そうですか‥‥‥剣を捨てましたか‥‥‥」

「はい。顔付きも、初めて浦浪に来た時と、全然、変わっていました。きっと、松阿弥さんの心の中で、何かが変わったんでしょうね」

「そうですか‥‥‥」

「もしかしたら、みんな、お頭の銀左さんの所に行ったんじゃないでしょうか」

「ええ、俺もそう思います。色々と片付ける事があるでしょうからね」

 太郎は金勝座の頭、助五郎を初め、みんなにお世話になった事のお礼を言うと、銀左の屋敷へと向かった。助六が一緒に付いて来た。

「抜け出して来て、大丈夫なんですか」と太郎は聞いた。

「だって、太郎様がお屋敷に入ってしまったら、もう、なかなか会えなくなるでしょ。今のうちに会っておきたいのよ」

「そんな事はないさ。俺は堅苦しい所は好きじゃないから、ちょくちょく抜け出すさ。山伏や仏師に化けてね。そういえば、助六さん、いや、奈々さんの方は、そろそろ甲賀に帰るんだろ。飯道山の秋祭りに出なけりゃならないんだろ」

 助六は頷いた。「来月の初めには帰るらしいわ」

「そうか、金勝座のみんなが、いなくなると淋しくなるな」

 助六は太郎を見て笑った。「でも、また、ここに戻って来ると思うわ。旅をしているよりも、ここの方が稼ぎになるもの」

「是非、戻って来て下さい。帰る前に、また、みんなで飲みたいですね」

「そうね。みんなで大騒ぎしたいわね」

 銀左の屋敷に向かう途中で、二人は走って来る藤吉と出会った。

 藤吉は丁度、別所屋敷に、太郎を迎えに行く所だったと言う。

「何かあったのですか」と太郎が聞くと、「太郎坊殿に頼みがあるのです」と藤吉は言った。

「頼み? 藤吉殿がですか」

「いえ、我々、みんなです。とにかく、銀左殿の屋敷まで来て下さい」

 藤吉に付いて銀左の屋敷の広間に行くと、みんな、揃っていた。

 金比羅坊、風光坊、八郎坊、探真坊、そして、阿修羅坊、伊助、次郎吉、吉次、それに、別所屋敷の侍部屋にいるはずの弥平次までもいた。そして、夢庵、銀左、医者であり禅僧の磨羅宗湛。それと、朝田新右衛門を初めとした浪人十二人、馬借が友造、茂次(シゲジ)、墨之介(スミノスケ)の三人、金掘り人足の頭の勘三郎、乞食の蛾次郎(ガジロウ)、散所者の頭の源次郎が、広間に顔を揃えていた。

「一体、何事です」と太郎は藤吉に聞いた。

「まあ、どうぞ」

「あたし、何か、場違いみたいね」と助六が広間の中を覗いて言った。

 確かに、助六の言う通り、いつもと違う厳粛な雰囲気だった。

「そうですね。助六殿は少し、別の部屋で待っていて下さい」と藤吉は言って、助六をどこかに連れて行った。

 太郎は金比羅坊に呼ばれて、広間の上座に座らせられた。

「一体、何事です」と太郎は隣の金比羅坊に聞いた。

「実は、おぬしに頼みがあるんじゃ」

「さっきも藤吉殿から聞きましたけど、一体、みんな、どうしたんです」

「実はのう、これじゃ」と金比羅坊は太郎に一枚の紙を渡した。

 その紙は、熊野の牛王宝印(ゴオウホウイン)の押された起請文(キショウモン)だった。ここにいる者たちの名前が、ずらりと並び、血判が押してあった。そして、最後に、右の者、愛洲太郎左衛門尉久忠殿の臣として忠誠を誓うものなり、文明六年甲午(キノエウマ)八月吉日、と書いてあった。

「それを受け取ってくれ」と金比羅坊は言った。

「みんな、俺の家来になるという事ですか」

「そうじゃ。銀左殿と夢庵殿と宗湛殿は見届け人じゃ」

 太郎は全員の顔を見回した。皆、真剣な顔をして、太郎を見つめていた。

「わかりました。一応、みんなの気持ちだけは預かっておきます。しかし、答えを出すのはもう少し待って下さい」

「なぜじゃ。お屋形様の兄上として、この城下に迎えられたからには、おぬしはれっきとした武将じゃ。家来が必要じゃろう」

「はい。わかっています。みんなが、わたしの家来になってくれるなんて、ほんとに嬉しい事です。しかし、もう少し待って下さい。明日、お屋形様が帰って来るそうです。一目、お屋形様と会ってから、これからの事を決めたいのです」

「お屋形様次第では、ここから出て行くという意味か」

 太郎は頷いた。

「しかし、楓殿にとっては実の弟じゃぞ」

「勝手な事を言ってすみませんが、もう少し待って下さい。お屋形様と会ってから、その後の事を決めたいのです。決まりましたら、改めて、わたしの方から皆さんに頼みに参ります」

「そうか‥‥‥」金比羅坊は太郎を見つめてから皆の顔を見回した。「みんな、そういうわけじゃ、もう少し待ってやってくれ」

「なに、わしらは、おぬしの今までのやり方を充分に見て来た。わしらは、おぬしという男になら付いて行けると思って起請文を書いた。わしらの命はおぬしに預けたんじゃ。何事もおぬしに任せる」と阿修羅坊が言った。

「そうじゃ、そうじゃ」という声が、あちこちから聞こえた。

 太郎はみんなに頭を下げた。

「大将がそう軽々しく頭を下げるものではないぞ」と金比羅坊が言った。

「はい、わかっています。でも、みんなにお礼を言いたいのです」

 太郎は立ち上がって、皆の顔を一人一人見回した。誰もが真剣な顔付きで太郎を見ていた。

「皆さん、今回は色々とありがとうございました。うまい具合に事は運びました。これも、みんな、皆さんのお陰です。そして、また、これからも皆さんのお世話になるかもしれません。その時はまた、よろしくお願い致します。この起請文ですが、もう少し待って下さい。はっきりと決心が着きましたら、改めて、受け取りに参ります。その時は、太郎坊としてではなく、赤松家の一武将として正式に受け取りに参ります。その時まで、見届け人の銀左殿に預かっておいて貰います。皆さん、本当にお世話になりました」

 太郎は皆に頭を下げると腰を降ろした。

 銀左が金比羅坊に、「どうする」と聞いた。

「前祝いという事にするか」と金比羅坊は言った。

「もう、用意しちまったしのう」

「どうしたんです」と太郎は二人に聞いた。

「この日を祝おうと思っての、酒の用意がしてあるんじゃ」

「それなら、今回の行軍がうまくいった事を祝ったらどうです」

「そうじゃのう。そうするか」

「金勝座のみんなも呼んだらどうです」

「そうじゃの」

「皮屋と紺屋も呼ぶか」と銀左は言った。

「城下にいる関係者はみんな呼びましょう」と太郎は言った。

「そうじゃの、パーッとやろう、パーッと」

 そして、太郎の仲間たちは全員が集まり、夜更けまで飲んで騒いだ。





 今にも雨の降りそうな曇り空の下、赤松兵部少輔(ヒョウブショウユウ)政則は凱旋(ガイセン)して来た。

 空はどんより曇っていても、城下は朝から、お祭り騒ぎだった。

 太郎は銀左の屋敷で目を覚ますと、早朝の河原に出た。

 まだ、朝早いというのに、河原には河原者たちが集まって賑やかだった。銀左もすでに起きていて、河原者たちを指図していた。太郎は銀左の側まで行った。

「早いですね」と太郎は銀左に声を掛けた。

「おう、起きたか。昨夜はよく飲んだのう」

「ええ、御馳走様でした。朝から何か、始まるのですか」

「おお、今日、お屋形様が帰って来るじゃろう。城下の大掃除じゃ」

「大掃除?」と太郎は怪訝(ケゲン)な顔をして銀左を見た。

「ああ。道を清めなければならんのじゃ。わしら、河原者の一番重要な仕事なんじゃよ」

「そうだったのですか。それは大変ですね」

「まあな。ここだけじゃない。お屋形様が移動するとなると、お屋形様の通る道はすべて、わしらが清めなければならんのじゃ」

「えっ」と太郎は思わず声を挙げた。「という事は、美作の国から、ここまでの道が全部、河原者たちによって清められるのですか」

「ああ。河原者だけじゃないがな。散所者や巷所者(ゴウショモノ、道の者)もおる。それぞれ、縄張りが決まっておってな。その範囲内の清めを担当しておるんじゃよ」

「へえ、凄いですね。と言う事は、河原者たちや散所者たちは、みんな、つながりがあるのですか」

「つながりとは?」

「つまり、常に、連絡を取り合っているというわけですか」

「まあ、そういう事じゃのう」

「この播磨の国中?」

「播磨だけじゃない。全国的に連絡網があるんじゃよ」

「全国的に?」

 太郎にはとても信じられなかった。この世の中には武士や百姓、漁師、商人、職人などの他に、まだまだ、太郎の知らない世界があった。

「わしらの先祖は武士よりもずっと古いんじゃよ。もっとも、武士たちのように、一々、先祖など調べる奴はおらんがのう。おぬしも早く帰った方がいいんじゃないのか。武士は武士なりにお屋形様を迎える準備があると思うがな」

「ええ、そうですね」

「それじゃあな」と銀左は手を振ると河原を北の方に向かった。

 太郎は別所屋敷に向かった。

 帰る道々、太郎は町の人たちの声を色々と聞いた。誰もが、お屋形様、政則の凱旋を喜んでいた。お屋形様の悪口や陰口など一言も聞かなかった。城下の者たちに慕われ、人気のあるお屋形様のようだった。

 別所屋敷に帰ったが、加賀守はいなかった。

 執事の織部祐に、お屋形様を迎えるに当たって、何か、する事がありませんか、と聞いたが、今日は別にないと言った。多分、明日あたり、お屋形様との対面があるかもしれないが、今日は別に何にもないから屋敷でのんびりしていてくれとの事だった。

 昨日の夕方、黙って出て行ったまま帰らなかったので、楓が怒っているだろうと思ったが、楓は笑顔で、お帰りなさいと迎えた。

「昨日、急に飲み会が始まっちゃってね。みんなには色々と世話になったし、断るわけにはいかなかったんだ」と太郎は言い訳をした。

「知ってるわよ。藤吉さんが知らせに来てくれました」

「えっ、藤吉殿が‥‥‥いつの間に抜け出したんだろ」

「ねえ、頼みがあるんだけど」と楓は太郎に甘えるように言った。

「何だい」

「あたしからもお礼を言いたいの。あたしをみんなのいる木賃宿に連れて行って」

「また、みんなをぞろぞろ引き連れてか」

「違うわよ。二人だけで」

「抜け出すのか」

 楓は笑いながら頷いた。

「百太郎は大丈夫か」

「遊んでいるから大丈夫よ。それに、多分、加賀守様は今日は遅くならないと帰って来ないと思うわ。織部祐様も用がなければ、ここには来ないし、桃恵尼さんに頼んでおけば、少し位、いなくなっても平気よ」

「そうだな。抜け出すか」

 楓は嬉しそうに笑った。

 桃恵尼から着物を借りて、楓は尼僧に化けて別所屋敷から抜け出した。

 前にも楓の尼僧姿は見た事あるが、これがまたよく似合っていて、誰が見ても尼僧だった。前は気づかなかったが、尼僧姿になると、育ての親、松恵尼によく似ていた。

 太郎の方は相変わらず、いつも通りの職人姿だった。職人と尼僧が一緒に歩いていても、別に怪しむ者はいなかった。

 大通りに出ると、大勢の河原者たちがゴミ拾いをし、奉行所の侍がうろうろしていた。

 木賃宿『浦浪』には、ほとんどの者がいた。昨日、飲み過ぎたのか、みんな、部屋でごろごろしている。

 太郎はみんなの部屋を回って楓を紹介した。

 金勝座の者たちも今日は舞台がないので、のんびりしていた。楓は、この間の舞台のお礼を言ったが、尼僧姿だったので、初めの内は誰だかわからず、太郎が紹介しても、あの時の御料人様と、目の前の尼僧が同じ人だとは、なかなか納得できないようだった。

 金比羅坊でさえ、どこの尼僧を連れて来たんだ、というような顔をして楓を見ていた。すぐに、楓だとわかったのは阿修羅坊だけだった。

 助六が楓に対して、どんな態度を取るだろうと心配だったが、楓は助六たちの部屋に上がり込み、仲良くやっているようだった。

 太郎は金比羅坊と夢庵の部屋に上がり込んだ。阿修羅坊も入って来た。

「太郎坊、いや、太郎坊殿」と阿修羅坊は言った。

「太郎坊でいいですよ」

「いや、太郎坊殿じゃ。おぬしにはまだ話してなかったんじゃが、情けない事に、わしは瑠璃寺から破門を食らったらしい。まあ、考えてみれば当然の事と言えるがのう。瑠璃寺から破門になった、わしなど美作守も用がないと言うわけじゃ。正明坊の奴を使って、わしを殺しに掛かって来た‥‥‥わしはのう、この年になって初めて、今まで、わしは何をして来たんじゃろうと思うようになったわ。いつも、わしは自分で正しいと思った事をやって来た。しかしのう、今、振り返ってみると、それは、わしの自惚れに過ぎなかった。わしは、おぬしを殺せと頼まれた時、やりたくはなかった。しかし、誰かがやらなければならないし、それをやる事は正しい事だと判断し、わしは決行した。しかし、その事が正しいと思ったのは美作守とわしだけじゃろう。おぬしの方から見たら正しいどころではない‥‥‥振り返ってみれば、すべての事がそうだと言える。わしから見れば正しい事だが、相手から見れば、まったく、その逆じゃ。この世の中には本当に正しいという事はないのかもしれんのう。わしにはよう、わからなくなって来たわい」

「正明坊とかいう山伏は、阿修羅坊殿の命をまだ、狙っているのでしょうか」と太郎は聞いた。

「わからんのう。美作守は、わりと、しつこい所があるからのう」

「武士になりきってしまえばわからんじゃろう」と金比羅坊が言った。

「それに、阿修羅坊殿が太郎殿の家臣になってしまえば、浦上美作守も手が出せないでしょう」と夢庵は言った。

「だといいんじゃがな」と阿修羅坊は力なく笑った。「正明坊の奴は何をするかわからん奴じゃからのう」

 太郎たちは昼頃まで浦浪で過ごしていた。楓は久し振りに自由の身になったせいか、浮き浮きしていた。何を話しているのか知らないが助六たちと話が弾んでいた。

 昼頃、藤吉が、お屋形様がもうすぐ帰って来ると知らせに来た。

 藤吉はずっと北の大門の側の市場にいて、お屋形様が来るのを待っていたと言う。つい先程、先触れの騎馬武者がやって来た。もうすぐ、お屋形様の軍勢が入って来るから見に行こうと、みんなを誘った。

 お屋形様は北の大門から入場すると、大通りを南下し、仁王門をくぐって東に曲がり、真っすぐ大円寺に入る。大円寺において戦勝報告をして、そこで解散となる。城下に住む者は各屋敷へ、他の者たちはそれぞれ自分の城へと帰って行く事になっていた。

 政則が美作平定のために引き連れて行った兵の数は約一万人だった。しかし、置塩城下に入るまでに、それぞれの城に帰って行った者も多く、お屋形様と共に城下に帰って来るのは約三千五百人だった。三分の一に減ってはいるが、かなりの軍勢だった。先頭から最後尾まで、十五町(約一、六キロ)近くも続いていた。

 太郎と楓は浦浪のみんなと一緒に、仁王門の方に向かった。大通りは、すでに人が一杯で、仁王門の側にも行けない有り様だった。正装した警備の者たちが綱を張って、通りの中央に入れないようにしている。

 藤吉が、大門の方が空いていると言うので、河原を通って大門の方に行ってみたが、すでに、市場から大門まで見物人で埋まっていた。

 これじゃあ、しょうがない。城下から出て、大門の向こうに行けば、いくらか空いているだろうと行ってみたが、やはり、そこも人で一杯だった。もっと先まで行きたかったが、それより先へは行けなかった。

 そこから大通りは夢前川にかかる橋を渡って、向こう側に続いている。橋向こうには人があまりいなかったが、その橋は通行止めされ、先に行く事はできなかった。川を渡るには渡し舟の所まで戻るしかない。そんな所まで戻っていたら、そのうちに、お屋形様の軍勢は来てしまうだろう。仕方がない、ここからでも馬に乗っているお屋形様の顔はわかるだろうと諦めた。

 その時、風光坊が橋の上で警備している男を見ながら、「あれは、銀左殿ではありませんか」と言った。

「どれ」と金比羅坊が言って、その男を見た。

 太郎も見た。正装をしているので気がつかなかったが、確かに銀左だった。

「確かに、銀左殿じゃ」

「銀左殿たちが警備してたんですね」

「そうじゃのう。武士にしては変じゃとは思っていたが、河原者たちだったとはのう。なかなか、銀左殿も大変な事じゃのう」

 太郎たちは銀左に頼んで、特別に橋を渡らせてもらい、川向こうの空いている所に行く事ができた。

 しばらくして、法螺貝や太鼓の音が聞こえて来て、凱旋の軍勢が近づいて来た。

「先頭は番城(バンジョウ)の間島左馬助殿じゃ」という声がした。

 軍勢は長旅に疲れた様子もなく、整然と隊列を組んで進んで来た。

 城下の者たちは物凄い歓声と拍手で、凱旋軍を迎え入れた。

 太郎たちが城下に入って来た時も賑やかに迎えてくれたが、今回はそれ以上だった。

 みんなが拍手をしながら、何かを叫んでいた。何を言っているのかわからなかったが、みんながお屋形様の帰りを心から喜んでいる事は太郎にも良くわかった。それだけ、城下の者に慕われているお屋形様というのを、早く見てみたかった。

 間島左馬助を先頭に、赤松備前守、嵯峨山(サガヤマ)土佐守、鯰尾玄審助(ネンオゲンバノスケ)、妻鹿(メガ)伊豆守、中村弾正少弼、赤松下野守、富田備後守、馬場因幡守と続き、千人位過ぎてから、ようやく、お屋形、赤松兵部少輔政則の軍勢の登場だった。

 政則の軍勢は、皆、真っ赤な甲冑を身に着け、目立っていた。その真っ赤な甲冑の中で、お屋形様の政則だけは真っ黒だった。真っ黒な甲冑に身を固め、真っ黒な馬に乗り、悠然としていた。兜をかぶっているので顔は良く見えなかったが、何となく、面影が楓に似ているようだった。そのお屋形様がちらっとだが、こちらを見たような気がした。

 千人近くの政則の軍勢が過ぎると、次に、喜多野飛騨守、上原対馬守、小寺藤兵衛、神吉(カンキ)摂津守、依藤(ヨリフジ)豊後守と続き、最後に小荷駄隊がずらりと続いていた。
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