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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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28.婆裟羅党






 太郎坊、風光坊、探真坊、八郎坊の四人が、見事に銀山を見つけ出し、置塩城下に戻って来たのは、十八日の昼過ぎの未(ヒツジ)の刻(午後二時)頃だった。

 木賃宿『浦浪』に戻ると、京から戻った藤吉が待っていた。今日は舞台がないので、金勝座の者たちもごろごろしていた。

 太郎は待っていた金勝座の者たちに旅の成果を知らせた。皆、大喜びだった。そして、こちらの方の準備の具合を聞くと、順調に行っていると言う。武器、武具、馬も、みんな揃い、人数も二百五十人集まっている。夢庵はすでに、武器や武具を積んだ荷車を五台率いて、紺屋(コウヤ)二十三人と共に、先に大谿寺(タイケイジ)に向かったと言う。

 馬に乗れる者も馬借(バシャク)が三十三人と浪人者が十二人集まった。荷車はあと十五台あり、いつでも出発できるようになっていると言う。

 太郎は左近からの話を聞き終わると皆にお礼を言って、今度は、藤吉から京の浦上美作守の様子を聞いた。

「美作守は思った通り、太郎坊殿の偽者を仕立てました。その偽者というのは京極氏の伜です」

「京極氏?」と探真坊が聞いた。

「近江の佐々木氏の一族です。六角氏と同族で、赤松氏と同じく四職家の一つです」

「家格が合うと言うわけですね」と太郎は言った。

「はい、そうです。ただ、どうも、そいつも臭い。わたしが思うには、そいつも偽者のような気がします」

「どういう事です」

「詳しくはわかりませんが、どうも話がうま過ぎます。伊助殿が、その辺のところは調べるとは思いますけど。それと、美作守が夜、こっそりと阿修羅坊以外の山伏と会っていました。誰だかはわかりませんが、何かをたくらんでいるようです」

「阿修羅坊以外の山伏か‥‥‥」やはり、新しい敵が現れたかと太郎は思った。

「その偽者ですけど、今日、京を立ったはずです。こっちに着くのは二十二日の予定です」

「二十二日か‥‥‥となると、播磨の国境を通るのは早くて、二十日の午後、遅くても二十一日の昼までには通るな。偽者はどこを通って来ますか」

「有馬街道です」

「やはり、そうですか。夢庵殿の勘が当たったわけですね」

「はい。ところで、もし、太郎坊殿に化けているのが本物の京極氏だとしたら、美作守は殺すでしょうか」

「わかりません。殺さなかった場合は、また、後で考えましょう。とりあえずは、大谿寺で待機して相手の出方を見ましょう」

「そうですね」

 太郎は三人の弟子を連れて小野屋に向かった。裏口から入ると、庭に荷車が十五台も並んでいた。そして、次郎吉が荷車に積んだ荷物を直していた。

「おお、やっと、戻ったか」と太郎の顔を見ると次郎吉は笑った。「どうじゃ、宝は見つかったか」

「はい。運よく見つかりました」

「なに、見つかったのか。そいつは良かった。やはり、生野に銀山はあったか」

「ええ、ありました。しかし、とても、素人にわかるような物ではありませんでした」

「そうじゃろうのう。しかし、よく見つけられたな」

「運が良かったとしか言えません」

「そうか。まあ、とにかく良かった」

「こっちの方はどうです」

「おう。こっちも準備完了じゃ」

 次郎吉はニヤッと笑うと、見せたい物があると言って、太郎たちを小野屋の一室に連れて行った。

 部屋の中に見事な鎧兜(ヨロイカブト)が飾ってあった。

「どうじゃ」と次郎吉は鎧兜を見ながら言った。

「凄え!」と八郎坊が声を上げた。「こんなん着けるのは、よっぽど偉えお侍さんやな」

「まあな」と次郎吉は頷いた。「国持ち大名位じゃないと、こんなのは着けられん」

 確かに、豪華で渋くて、凄い物だった。五ケ所浦にいた頃、愛洲の殿様の甲冑(カッチュウ)姿を見た事があるが、こんな立派な物ではなかった。見た事はないが、まるで、将軍様が身に着ける鎧のようだった。

「おぬしのじゃよ」と次郎吉は太郎に言った。

「はあ?」

「はあ? じゃない。おぬしが、これを着けるんじゃ」

「この俺が?」

「そうじゃ。おぬしは、ここのお屋形様の兄上になるんじゃぞ。この位、立派なのを着けんと国人たちに笑われる」

 太郎は赤松家の武将になる事に決めてはいたが、お屋形様の兄上になるという自覚はまだなかった。確かに、次郎吉の言う通り、赤松家の武将になるという事は、ここのお屋形様の義理の兄になるという事だった。改めて、大変な事になったもんだ、と実感した。

「おぬしらのも立派な奴が用意してあるぞ」と次郎吉は三人に言った。

「おらのもか」と八郎坊は聞いた。

「ああ、これ程じゃないが、かなり立派じゃ。鎧に負けるなよ」

「おらも侍か‥‥‥」八郎坊はうっとりとしながら太郎の鎧を見ていた。

「お前、馬に乗る訓練をした方がいいんじゃないか」と探真坊が笑いながら言うと、「大丈夫や」と八郎坊は憮然として言った。

「そうそう、馬は今、馬場に預けてある」と次郎吉は言った。「鞍もみんな揃っておる。馬も立派なのを五十頭、揃えた。馬場にいる連中が皆、馬を見ながら羨ましそうな顔をしておったわ。一応、別所殿の名前で、京に送る馬という事で預かってもらっておる」

「えっ、馬も揃ったのですか」と太郎は驚いた。太郎たちが銀を捜している間、ここに残った人たちも必死にやるべき事をやってくれた。立派すぎる鎧を眺めながら、皆に感謝しなければならないと太郎は思った。

「ところで、小野屋さんは」と太郎は聞いた。

「あの人も、やり手で、なかなか忙しい人じゃよ」と次郎吉は笑った。「武具集めに奔走しておるかと思ったら、今度は釘(クギ)集めに奔走しておる。朝から出掛けたまま、どこに行ったのか戻って来ん」

「釘集めですか」と太郎は首を傾げた。

「何でも、新しい城下を作るそうで、大量の釘がいるんだそうじゃ」

「釘は鍛冶屋じゃないんですか」

「城下の鍛冶屋じゃ間に合わんのじゃと」

「へえ、小野屋さんは釘も扱ってるんですか」

「銭になれば、何でもやるんじゃろう」

 次に、次郎吉は旗差物を見せてくれた。真っ黒な旗だった。

「上の方に、紋でも入れたかったんじゃかな。おぬしの紋もわからんし、そんな事をしてたら間に合わなくなるんで、真っ黒にしたんじゃよ。甲冑の方も黒だし、みんな、黒に統一したわけじゃが、どうじゃろう」

「いいんじゃないですか。黒備えなんて、凄みがあって、いいと思いますよ」

「うむ。ただのう、問題はそれを着る人間じゃ。いくら、甲冑が立派でも、着ている者がだらし無かったらどしようもないからのう。返って、みっともなくなるわ。びしっとしてもらわにゃあな」

「できれば訓練したいけど、そんな時間もないみたいですね」

「大谿寺に着いたら、やれるだけ訓練した方がいいな」

「そうですね」と太郎は頷いた。

 次郎吉にお礼を言って別れると、太郎たちは銀左の屋敷に向かった。

 屋敷に行くと、金比羅坊が待っていた。

「おお、帰って来たか。丁度いいところじゃ。今、主だった者を集めて、これからの事を相談しておったところじゃ。おぬしも来てくれ」

 金比羅坊の後について行くと、玄関を上がった正面にある広間に、男が十人集まって絵地図を見ていた。

 銀左以外は見た事もない男たちだった。太郎は金比羅坊によって、それらの癖のありそうな男たちを紹介された。

 まず、馬借の頭の桜之介。馬借というのは、馬を使って物資を運ぶ運送業者の事であり、彼は城下にいる馬借たちの頭だった。名前は桜だが、睨まれたら、桜の花も一遍に散ってしまいそうな怖い顔をした男だった。右目の下に引きつったような目立つ傷があり、さらに凄みを増している。甲冑を身に着けたら貫禄のある武将になりそうだ。桜之介は三十二人の男どもを引き連れて来てくれた。勿論、全員、馬に乗れる。

 次に、五十一人もの乞食を引き連れて来たという辻堂(ツジドウ)という名の乞食の頭。どう見ても乞食には見えない体格のいい赤ら顔の男だった。体も大きいが顔がやけに大きく、その顔に付いている目や鼻や口もすべて人並み以上に大きかった。その大きな部分品が髭の中に埋まっていた。

 次に、金(カネ)掘り人足の頭、勘三郎。一見したところ、どこにでもいるような百姓の親爺だった。勘三郎は金掘り人足を二十三人連れて来ていた。砂金を探して山々を歩いているが、最近は砂金もなかなか見つからない。食うのにも困る有り様で、銀左が銭になる仕事があると言うので、二つ返事でやって来たと言う。

 太郎は、もしかしたら知っているかもしれないと、鬼山(キノヤマ)左京大夫という名の山師を知っているかと聞いてみた。勘三郎は名前だけは知っていた。昔、鬼山一族という山師集団がいて、高度な技術を持っていたと言う。しかし、嘉吉の変の時、赤松家と共に滅んでしまい、今は、もう、その技術を知っている者は一人もいないとの事だった。

 太郎は、その高度な技術というのは一体、どんなものだ、と聞いてみた。詳しくは知らないが、鬼山一族の者たちは岩の中から金や銀を取り出す事ができると言う。勘三郎たちには、それができない。金を取るには砂金を採集するしかなく、銀の場合は露頭に出ている鉱脈を掘って製錬するが、不純物のかなり混ざった銀しか作る事ができない。鬼山一族の作る銀とは比べものにならない程、お粗末な代物(シロモノ)しか作る事ができないと言う。

 この仕事が終わったら、そのまま勘三郎たちを雇って、生野の銀山に連れて行こうと太郎は思った。

 次は、浪人十一人を連れて来たという朝田新右衛門。新右衛門を含め、十二人は全員、馬に乗れるし、腕の方も立った。彼らは京から流れて来たと言う。それぞれが戦で主家を失い、浪人の身となり、一度は京に出たものの、足軽なら雇ってくれるが、武士として雇う者はなく、仕方なく、当てもないまま京を出た。しばらく、摂津の国をうろろしていたが、ここの城下がまだ新しく、景気もいいと聞いて、やって来たと言う。やっては来たが、なかなか機会がつかめず、懐の方が淋しくなって来たので、この仕事を引き受けたと言う。

 新右衛門は見るからに腹を減らした浪人という感じだった。こんな浪人を雇う所などあるまいと思ったが、腕の方はかなり強そうだった。それだけの腕を持ちながら腹を減らしているという事は、武士としての誇りはまだ、持っているようだった。

 次は、金剛寺の散所者(サンジョモノ)十七人を連れて来た申之助(サルノスケ)、猿というよりは狸親爺という言葉が、ぴったり当て嵌まるような男だった。

 散所者というのは、貴族や寺社の荘園の片隅に住み、雑役などをしている者たちだった。荘園制度が崩壊するにしたがって彼らは解放され、百姓や商人、職人、芸人、運送業者などになって行った。申之助は雪彦山(セッピコサン)の山中にある金剛寺の荘園に属していた。この頃になると寺社や貴族の荘園の散所には、浪人者や浮浪者たちが入り込んで来ては寄生し、浮浪者の溜まり場と化していた。

次の源次郎も散所者だった。源次郎は大猿というか、猿顔の大男だった。口がやけに大きく、唇もまた分厚かった。源次郎は雪彦山の手前にある七種山(ナグサヤマ)の金剛城寺に属する散所者で、二十人を連れて来ていた。

 次は八兵衛、川の民の頭で、三十五人を連れて行くと言う。蓬髪(ホウハツ)で顎の尖った目の細い男だった。八兵衛たちは、この城下に住んでいるわけではなく、夢前川の上流の方に住んでいた。城下にいる川の民は川による運送に携わっているが、八兵衛が率いて来た者たちは川漁をしたり、竹細工をしたりして生計を立てていた。

 次にいる京介は、この城下にいる皮屋だった。京介も他の皮屋と同様に目付きの悪い男だった。人を見る時、顔を上げて正面から見ないで、下から覗くようにして見る変な癖を持っていた。長い間、人々から蔑視されていたので、自然に身に付いてしまった他人を警戒する態度なのだろうか。

 太郎は海辺で育ったせいか、皮屋とか紺屋とか蔑視されている人たちを知らなかった。五ケ所浦に彼らがいなかったわけではないが、別に気にも止めなかった。太郎から見れば、彼らも職人の一人だと思うが、城下の者たちは、彼らを穢れた者たちとして軽蔑の眼差しで見ていた。太郎は昔、師匠から言われた『身分などはない。人間は皆同じだ』という言葉を信じていた。

 京介は二十四人、連れて行けると言った。

 最後に磨羅宗湛(マラソウタン)という、ふざけた名前の坊主がいた。医者だと言うが、ただの乞食坊主にしか見えなかった。源次郎の所に居候していて、この話を聞くと、怪我人が出そうじゃの、わしが行くしかあるまい、と言って、のこのこ一緒に付いて来たと言う。

 もう一人、この城下の紺屋二十二人率いている弥次郎というのがいるが、すでに、夢庵と一緒に、大谿寺に向かって先に行ったと言う。

 全部で二百四十五人。うち、馬に乗れる者が四十五人。あと、太郎と風光坊、探真坊、八郎坊、次郎吉、藤吉、弥平次、吉次、そして、夢庵と金比羅坊が加わると二百五十五人が集まった事になった。

 太郎は、藤吉の言った事を皆に知らせ、明日からの打ち合わせをした。

 大体の打ち合わせが済むと、三人の弟子たちを明日の準備のため、金比羅坊のもとに残し、太郎は一人で別所屋敷に向かった。





 夕焼けが綺麗だった。

 あちこち行っているうちに、とうとう日暮れ時になってしまった。

 太郎は一旦、浦浪に戻り、職人の姿になると別所屋敷に向かった。

 別所屋敷の裏門の辺りで執事の織部祐がうろうろしていた。織部祐は太郎を見つけると、太郎の方に駈け寄って来た。

「太郎殿、一体、どこに行ってらしたのです。殿がお待ちです」

 裏門から入ると、太郎は織部祐に書斎に案内された。庭で、百太郎と加賀守の息子、小三郎が桃恵尼と遊んでいたが、太郎には気づかなかった。太郎はそのまま縁側から書斎へと上がって行った。

 書斎では加賀守ともう一人の侍が話をしていた。太郎の顔を見ると織部祐と同じように、どこに行っていた、と聞いてきた。

「人集めです」と太郎は答えた。

「うむ、それは夢庵殿から聞いている。美作守が送り込む、そなたの偽者が途中で殺された場合、偽者が引き連れて来た兵たちも四散してしまう可能性がある。そこで、そなたは二百五十人の兵も集めているそうじゃのう。どうじゃ、集まったのか」

「はい、何とか二百五十人、集める事ができました」

「なに、二百五十人も集めたのか。そいつは大したもんじゃのう。まあ、座ってくれ」

 太郎が座ると、「これは、わしのいとこの別所造酒祐(ミキノスケ)じゃ」と加賀守は侍を紹介した。

 そして、加賀守は造酒祐に太郎の事を、楓殿の御主人、愛洲太郎左衛門殿と紹介した。

 造酒祐は三十前後の体格のいい侍だった。

「造酒祐がそなたの供として騎馬武者五十騎を引き連れて行く事となった」と加賀守は言った。「わしとしても何もせんではおられんのでな、騎馬武者五十騎は引き受ける事にした」

「ありがとうございます」と太郎は二人に頭を下げた。「そうしていただければ、本当に助かります」

「それとな、つい、今しがた、京から使いの者が来おったわ」と加賀守は言った。

「美作守からですか」と太郎は聞いた。

「おお、そうじゃ。おぬしの偽者は京極次郎右衛門高秀と言うそうじゃ。そして、その偽者は十八日、今日じゃな、京を出て、二十二日に、この城下に入るそうじゃ」

 藤吉の持って来た情報と同じだった。

「京極次郎右衛門? 聞いた事ないですね」と造酒祐が言った。

「わしも知らん」と加賀守も首を振った。「何でも、大膳大夫殿の四男だそうじゃ」

「四男なんていたのですか」

「さあな。長男は応仁の戦で死んでおる。そして、次男と三男は東西に別れて、家督争いをしておったが、三男の方は去年だったか、亡くなったのう。四男の次郎右衛門は次男と共に東軍だったそうじゃが、近江の国は今、西軍が押えておるからのう。美作守を頼って、京に逃げて来たのか、よくわからんが‥‥‥」

「その京極氏が赤松家に乗り込んで来るわけですか」と太郎は聞いた。

「そこが、よく、わからん。美作守が何を考えて、京極氏を送って来るのか‥‥‥」

「京極氏も偽者という事も考えられますね」と造酒祐が言った。

「ああ、もし、偽者だとすれば、ここに入る前に消す事は確実じゃ」

「本物だとすれば?」

「まさか、殺しはすまい。美作守はそなたが死んだものと思っているからの、そいつを楓殿の御主人にするつもりかのう。しかし、そうまでするには事前に工作をする必要があるが、どうも、そんな事をしている気配はない。浦上派の重臣たちも動いている気配はないようじゃ。もっとも、そなたが死んだと聞いて、慌てて、偽者を仕立てた位じゃから、そんな事をする暇などなかったろうがのう」

「という事は、やはり、偽者ですかね」と太郎は聞いた。

「多分な‥‥‥途中で、そなたが入れ代わって、城下に入って来る事になるじゃろう」

 太郎は浦浪で相談した計画を二人に話した。

 二人とも、それでいいだろう、と言い、大谿寺には、すでに、夢庵が加賀守の書いた書状を持って、先に行ったと言う。

 大谿寺に泊まるのは、造酒祐率いる騎馬五十騎と太郎たちの騎馬五十騎、それと、荷車二十台を運ぶ者、数十人で、残りの者たちは近くの河原に泊まる。大谿寺に泊まる武士たちは、武器を運んで京に向かうという事になっていた。

 出発は明日の朝、太郎たちの騎馬隊も武士の姿になり、造酒祐の五十騎と共に隊列を組んで行き、その日は加古川の河原に一泊して、次の日の昼頃に大谿寺に到着する。

 荷車十五台は一台を四人で運び、騎馬隊の後に付いて行く。残りの者たちは、ばらばらに城下を出て、次の日の昼までには大谿寺に到着する、という具合だった。

「馬も五十頭、集めたのか、大したものよのう。一体、そなたの後ろにいる商人というのは誰なんじゃ」と加賀守は聞いた。

「小野屋さんです」

「なに、小野屋か」

「御存じですか」

「ああ、知っておる。あの馬面の男じゃろう。あの男が、そなたの仲間じゃったのか」

「はい」

「あの男、なかなかのやり手じゃ。そうか、あの男か‥‥‥うむ、今度、城下を広げる事に決まったんじゃが、小野屋に稼がせてやるかのう」

「お願いします」と太郎は言った。

「その小野屋というのが、楓殿の育ての親と関係あるのか」

「はい。楓殿の育ての親、松恵尼殿が小野屋を作ったそうです。本店は伊勢の多気にあり、今では、出店が、ここと奈良と伊賀と伊勢の安濃津(津市)にあるそうです」

「ほう、そいつは凄いのう。女手一つで大したもんじゃ」

「しかし、わたしがその事を知ったのは、つい最近です。楓はまだ、その事を知らないでしょう」

「楓殿が御存じない?」

「はい。松恵尼殿は、わたしたちに商人としての姿を隠して来ました。わたしたちも、うっすらと松恵尼殿が尼僧以外に何かをやっているという事は気づいていましたが、まさか、そんなに出店を持った商人だったとは、全然、知りませんでした。楓は今でも知らないはずです」

「そうじゃったのか‥‥‥どうして、また、松恵尼殿は隠しておったのかのう」

「わかりません。しかし、あれだけの商人になるには、かなり、あくどい事もやったのかもしれません。その事を楓に知られたくはなかったのではないでしょうか」

「うむ、そうかもしれんのう」

「小野屋の本店は、伊勢の多気にあると言いましたね」と造酒祐が聞いた。

「はい」と太郎は頷いた。

「多気と言えば北畠氏の本拠地ですが、松恵尼殿は北畠氏とも取引きをしておるのですか」

「さあ、わかりません。よくは知りませんが、先代の殿様がいた頃は、よく、多気の方に行っていたようです。けど、最近はあまり行ってないようです」

「先代というと教具卿じゃな」と加賀守が言った。「嘉吉の変の後、教具卿を頼って行った彦次郎殿を殺したという‥‥‥まあ、昔の事じゃ。ところで、松恵尼殿は今、どこにおるんじゃ」

「甲賀にいると思いますけど」

「そうか。お屋形様が戻って来たら、楓殿とそなたの披露式典を大々的にやる。その時には、ぜひ、松恵尼殿も招待したいと思っておる。そなたから松恵尼殿に連絡して欲しいんじゃ。はっきり日取りが決まってからでいいがな」

「はい。松恵尼殿も喜んで来てくれるでしょう」

「さっきの話じゃがのう。もしもじゃ、京極次郎右衛門というのが本物で、美作守が途中で殺さなかった場合じゃが、そうしたらどうする」

「その時は、城下からの迎えとして、その京極氏とやらの後ろに付いて来るつもりです」

「うむ、それがいいじゃろう。なるべく、騒ぎは起こさないでくれ」

「はい。わかりました」

「頼むぞ。こっちでも、そなたを盛大に迎えるよう、準備をしておく」

 太郎は書斎から出ると、楓のいる客間に向かった。

 昨夜のおきさとの事が思い出され、楓に対して後ろめたさを感じていた。女の感は鋭い。見つめられたら、ばれてしまうかもしれない、と太郎は平静を装いながら恐る恐る楓の待つ客間へ向かった。

 楓は侍女たちを相手に薙刀の稽古をしていた。

 長い髪を後ろでしばり、白い袴をはいて薙刀を振っていた。昔の楓を見ているようだった。楓は春日を相手に稽古をしていた。日吉と住吉の二人は息をハァハァさせながら地面に座り込んでいる。伊勢と賀茂の二人は縁側に座って、笑いながら三人が楓にやられるのを見守っていた。

「やってるな」と太郎は笑った。

「あなた!」

 楓が太郎の方を向いた隙に、春日が打って来たが、楓はうまく避けた。

「お帰りなさいませ」と侍女たちは立ち上がり、太郎に挨拶をした。

 太郎は住吉の持っていた稽古用の薙刀を手に取ると、「今度は、俺が相手だ」と楓に向かって薙刀を構えた。薙刀を構えた途端に、おきさの事は頭の中から消えていた。

 太郎は久し振りに薙刀を振った。楓は、以前に太郎が教えた『陰流、天狗勝』の技は、すべて身に付けていた。

 二人の稽古を侍女たちは目を丸くして見守っていた。太郎が目にも止まらない速さで薙刀を打つと、楓がそれをうまく避けて、太郎に打ち込む。太郎がそれを避け、楓を打つ。楓がまた避ける。それは、まるで、華麗な舞を見ているようだった。侍女たちはうっとりしながら、ふたりの稽古を見つめていた。

「やるじゃないか」と、一通り稽古が終わると太郎は楓に言った。

「まあね」と楓は笑った。

「こんな御殿で、のんびりやってるから、いくらか腕も落ちたと思ったけど、そんな事はなかったな」

「そうよ。ちゃんと、お稽古してたのよ」楓は自慢気に言って汗を拭いた。

「凄いわ」と賀茂が言った。

「ほんと、凄いわね」と伊勢も言った。

「あたしも習おうかしら」と賀茂が言った。

「あなたには無理よ」と伊勢が言った。

「そうよ、賀茂様には無理ですよ」と春日と日吉も言った。

「そんな事ないわ。あたしだって、ねえ、楓様、あたしにもできますよね」

「ええ、賀茂さんにもできます」

 賀茂はさっそく着替えて来ると楓に薙刀を教わった。

 ほっと一安心して、太郎は別所屋敷の豪華な風呂に入って、旅の疲れを癒した。





 二十日の昼前に予定通り、全員が大谿寺、あるいは、その近くの広場に到着した。

 途中、河原者たちの間で喧嘩騒ぎが何度かあったらしいが、銀左、弥平次、甚助らが中に入って、うまくやってくれた。

 金勝座からは甚助だけが一緒に来ていた。みんな来たがったが、舞台があるので来られない。甚助だけは手が空いていると言って付いて来てくれた。太郎としても、何かあった時、甚助の弓があれば心強かった。それに、河原者の頭、銀左衛門も来てくれた。これだけ、荒くれ者どもが揃ったら、わしが行かなきゃ始末に終えんじゃろうと言って、一緒に来てくれた。確かに、銀左が睨みを利かしていれば連中をまとめるのもやり易かった。

 さて、武士になって城下に乗り込むに当たって、騎馬隊は問題なかった。別所造酒祐の率いる五十騎は勿論の事、朝田新右衛門の率いる浪人組も、桜之介の率いる馬借の連中も甲冑姿が様になり、武士らしく整然としていた。問題は徒歩(カチ)武者だった。重い甲冑など身に着けた事のない河原者たちが、武士らしく行軍してくれるかが問題だった。しかも、秋とはいえ、まだ暑い。普段、胸をはだけて足丸出しの連中が、きちんと甲冑を身に着け、槍を担いで、一日中、歩いてくれるだろうか心配だった。

 太郎は三人の弟子を連れて、馬に乗り、皆より先に大谿寺に来て、近くに行軍の訓練をやる適当な広場はないかと捜した。うまい具合に、大谿寺の裏山を越えた所に広い草地が見つかった。

 太郎は荷車と河原者たちを、その草地に連れて行き、武装させて行軍訓練を始めた。それぞれの頭を中心にして、次郎吉、弥平次、吉次、甚助、朝田たち浪人組、そして、夢庵と銀左が指導に当たった。

 太郎自身は三人の弟子と金比羅坊を連れて敵の偵察に出掛けた。もし、敵が摂津と播磨の国境辺りで偽者を殺すとすれば、太郎たちと同じように、今頃、この近くまで来ている可能性があった。

 足の速い藤吉は、すでに摂津の国に入っていた。太郎の偽者、京極次郎右衛門と阿修羅坊たちは早ければ国境の近く、遅くても有馬の湯の辺りに来ているはずだった。偽者がどこまで来ているか調べるためと、偽者の後を付けているはずの伊助と連絡を取るために、藤吉は街道を走っていた。

 太郎たち五人は国境まで行き、刺客(シカク)が出そうな所を確認して、それぞれ、分かれて山の中に入って行った。

 太郎は摂津の国の山の中まで入り、敵を捜し回ったが見つからなかった。

 やはり、美作守は偽者を殺すつもりはないのだろうか。殺さないなら、それでもいい。その時は偽者の後に付いて、堂々と城下に入ればいい。もしかしたら、毒殺するという事も考えられたが、毒殺の場合は防ぎようがない。その時に応じて対処するしかなかった。

 日の暮れる頃、太郎が大谿寺に帰ると、僧坊の一室に頭たちが集まって、太郎の帰りを待っていた。皆、甲冑を身に着け、何やら楽しそうに話している。馬子(マゴ)にも衣装と言うか、皆、良く似合っていて一角(ヒトカド)の武将に見えた。知らない者がこの光景を見たら、幹部連中が戦評定(イクサヒョウジョウ)をしていると思うだろう。

 武将たちは行軍の方は何とかなりそうだと口々に言った。

 金比羅坊も探真坊も風光坊も帰って来ていて、やはり、甲冑を身に着けていた。皆、山の中を捜し回ったが、怪しい連中には会わなかったと言う。八郎坊はまだ、戻っていなかった。

「誰か見なかったか」と太郎が聞いたが、誰も知らなかった。

「敵にやられたかな」と銀左が言った。

「いや、迷子になってるんだろう」と探真坊が言った。

「いや、どこかで眠りこけてるんだろう」と風光坊は言った。

「あいつの事じゃ、やられる事はあるまい。風光坊が言うように、朝早くから乗馬の稽古をしておったから、疲れて、どこかで寝てるのかもしれんのう」と金比羅坊は笑った。

「相変わらず、のんきな奴じゃ」と夢庵も笑った。

 そのうち、戻るだろう、と話を先に進めた。

 敵が偽者を殺すにしろ、殺さないにしろ、明日は行軍して城下に戻る事になるだろうと話している時、藤吉が情報を持って戻って来た。

 偽者は今、国境から二里程離れた小さな村の寺に泊まっていると言う。明日の朝には国境を通るだろう。人数の方は加賀守が言った人数より少なく、騎馬武者が二十騎と徒歩武者百人だと言う。

 伊助とも会い、その後の京の様子を聞くと、美作守が会っていたという山伏は正明坊という瑠璃寺の山伏で、美作守と会って以来、京から姿を消している。京極次郎右衛門と名乗る男は本当に京極氏なのか、偽者なのか、はっきりとわからない、と言う事だった。それと、摂津の国側の国境あたりで、村人たちが五十人近くの山賊が山の中に入って行ったと噂しているのを聞いたと言う。

「それは、いつの事じゃ」と金比羅坊が聞いた。

「日が暮れる頃です」

「藤吉殿はその山賊というのを見ましたか」と太郎が聞いた。

「いえ、見てません」

「さては、山賊に襲わせるつもりのようじゃな」と金比羅坊が太郎を見た。

「ええ、半分の人数しか送らないというのも、おかしいですね」と太郎は言った。

「二百五十人もの赤松家の武士が山賊にやられたなどと噂になったら、まずいからのう。半分に減らしたんじゃろう」と夢庵が言った。

「明日の朝、国境を越えて播磨に入り、人気のない山の中で襲うつもりですね」

「多分な」と金比羅坊が言った。

「こっちで、その山賊とやらを逆に襲ったらどうじゃ」と銀左が言った。

「それは、まずいじゃろう」と金比羅坊が言った。「偽者には死んでもらわなけりゃならんからな」

「それに、浦上美作守にはうまく行ったと思わせておいた方がいいじゃろう」と夢庵が言った。「おぬしが無事に城下に入るまではな」

「そうですね。偽者には悪いが死んでもらうしかないな。偽者が死んで山賊たちが引き上げたら、死体を片付け、入れ代わって城下に向かおう」

「死体を片付ける?」と銀左が聞いた。

「はい。俺の偽者が山賊に襲われたという事実を消さなくてはなりません」

「成程のう。何事もなく、無事に城下に入ったという事にするんじゃな」

「そうです。ところで、阿修羅坊はどうしてます」と太郎は藤吉に聞いた。

「阿修羅坊は偽者と一緒にいますよ」

「襲われる事を知っているのですか」

「いえ、知らないようです」

「知らない? 浦上から聞いていないのですか」

「浦上は阿修羅坊には、そんな事、一言も言ってないようです」

「という事は、浦上の奴、阿修羅坊も一緒に消すつもりかのう」と金比羅坊が言った。

「可能性はあるぞ」と夢庵が言った。「阿修羅坊はおぬしを殺るために、かなりの山伏を死なせている。あれだけの事をやれば、いくら、瑠璃寺でも黙ってはいまい」

「破門ですか」

「多分な。破門になった阿修羅坊など浦上にとっては用がない。用がないと言って、生かしておくわけにもいくまい。色々な事を知り過ぎておるじゃろうからな」

「それで、殺すのか‥‥‥」と探真坊が言った。

 阿修羅坊がそう簡単に死ぬとは思えないが、見殺しにはしたくなかった。

「阿修羅坊か‥‥‥」と金比羅坊が呟いた。

 その時、八郎坊が、「大変だ!」と叫びながら飛び込んで来た。

「山賊がいた。山賊がいた」と八郎坊は太郎の側に駈け寄って来た。

 八郎坊は目を丸くして甲冑姿の皆を見回した。「凄えなあ。おらも早く着てえ」

「心配するな、お前のもある。それより、山賊がどこにおったんじゃ」と金比羅坊が聞いた。

「はい、山の中です」

「成程のう。そりゃあ、山ん中じゃろうのう」と金比羅坊が八郎坊をなだめるように言うと、みんなが笑った。

「おらはこの目で見たんや、その山賊どもを」と八郎坊は言って詳しく話し始めた。

 八郎坊は国境を越えて摂津の山の中を歩いていた。敵らしいのはどこにも見当たらないし、高い所に登れば何か見えるかもしれないと木の上に登った。眺めは良かったが敵は見つからなかった。丁度、いい枝振りだったので、八郎坊はしばらく、この上にいて、敵が現れるのを待とうと思った。そう思っているうちに、いつの間にか木の上で眠ってしまった。ここの所、あまり寝ていなかったので、木の上で気持ち良くなって眠ってしまったらしい。目が覚めたら、もう、辺りは暗くなっていて、木から降りようと思ったら、人の話し声がした。すぐ近くに人がいた。よく見ると二人の山伏と三人の野武士のようだった。八郎坊は木の上から五人の話を聞いた。

 話の内容は、まさしく、明日の襲撃の事だった。

 明日の朝、辰(タツ)の刻(八時)頃、目当ての者たちが、この下の街道を通る。奴らに気づかれん程の距離を取って後をつけろ。奴らが国境の関所を越えたら、『婆裟羅(バサラ)党のお通りじゃ!』と叫びながら関所を破り、奴らに襲い掛かれ。真ん中にいる偉そうな格好をしている奴と、その側にいる山伏は絶対に殺せ。逃げる者は一々追うな。片づけたら金目の物を奪い、速やかに散って例の場所に集まれ。うまく成功したら残りの金は渡す。山伏がそう言うと野武士たちは頷き、やがて、五人はどこかに消えた。

 八郎坊は静かに木から降りて五人の後を追った。すぐ近くに山賊どもがいた。山賊どもが火を囲みながら酒を飲んでいた。五十人近くはいそうだった。さっき、山伏と話をしていた山賊の頭らしい男が、山賊たちに明日の事を話していた。山賊たちは景気よく返事を返した。その時、すでに、二人の山伏の姿はなかった。

 八郎坊はその場を離れ、大谿寺に戻って来た。

「どこでも寝る奴じゃのう、おぬしは」と夢庵が言った。

「どうします」と八郎坊が太郎に聞いた。

「やはり、敵は阿修羅坊も殺す気じゃったのう」と金比羅坊が言った。

「今、奴らを襲えば、うまく行きますよ。どうせ、酔っ払って寝ています」と八郎坊は言った。

「しかしのう。奴らをやっつけてしまったら、偽者を片付けてくれる者がいなくなるからのう」と金比羅坊は言った。

「どうする」と今まで、黙っていた次郎吉が太郎に聞いた。

 太郎は皆の顔を見回してから、「やりますか」と言った。

「そう来なくっちゃな」と次郎吉はニヤリと笑った。

「山賊どもをやるのは簡単じゃが、この先の予定が狂っちまうぞ」と金比羅坊が言った。

「成り行きに任せましょう。とりあえず、見て見ぬ振りはできません。俺の偽者が誰だか知りませんけど、どうせ、浦上に銭で頼まれたのでしょう。銭で頼まれた奴なら、後で何とでもなります。それに、阿修羅坊が殺されるのを知っていながら、放っておくわけにも行きませんし」

「そうじゃのう」と金比羅坊は頷いた。「阿修羅坊の奴は敵ながら大した奴だしのう。おぬしに負けた事を認めて、おぬしの事を色々と考えていたようじゃ。殺すには惜しい男じゃな」

 山賊退治に、今すぐに出掛けようという声もあったが、暗い中、戦って、同士討ちにでもなったら、まずいというので、決行は明日の夜明けという事に決まった。





 夜明け前のまだ暗いうち、八郎坊と金比羅坊と銀左を先頭に、太郎たち三十四人は山の中に入って行った。

 金比羅坊と銀左の後ろには、朝田新右衛門率いる浪人組十二人が意気揚々と続いている。彼らは今後の活躍によっては、赤松家に仕官できるかもしれないと皆、張り切っていた。浪人組の後ろには、桜之介率いる馬借が十一人従っていた。皆、喧嘩っ早く、腕っ節に自信のある、ごつい連中だった。その後ろに、次郎吉と弥平次、藤吉と吉次、風光坊と探真坊、そして、一番後ろに、太郎と甚助がいた。

 皆、念のために甲冑の腹巻きだけを身に着け、それぞれが使い慣れた武器を持っていた。

 太郎も黒光りする立派な胴丸(ドウマル)を着け、いつもの杖をついていた。こんな物を着けるなんて何年振りの事だろう。もう二度と、甲冑など着ける事はないだろうと思っていたのに、まったく、以外の事になってしまったものだ、と動き辛くて邪魔な胴丸を着け、山の中を歩いていた。

 山賊の溜まり場に着いた時には、すでに明るくなっていた。山賊どもはまだ、気持ち良く眠りこけていた。

 皆殺しにするのは簡単だったが、囲まれているのも知らず、いい気になって眠っている姿を見ると殺すのも可哀想だった。全員、縛ってしまえという案も出たが、こいつらを縛ってもしょうがなかった。結局、奴らを取り囲み、一旦、起こしてから追い払おうという事になった。

 三人の山賊が弥平次の石つぶてによって、快い眠りから起こされた。起こされた連中は、顔から血を流しながら悲鳴を上げて跳び起きた。

 悲鳴を聞いて、「何事だ!」と他の者も皆、起きた。慌てて武器を構えるが、すでに取り囲まれている事に気づき、掛かって来る者はいなかった。

「何者じゃ」と山賊の一人が喚いた。

「婆裟羅党じゃ」と金比羅坊が言った。

「なに、婆裟羅党?」

「ここはわしらの縄張りじゃ。速やかに出て行け」

「いやじゃ、と言ったら」と山賊の親玉らしい男がふてぶてしく言った。ようやく目が覚めたらしい。

 親玉がそう言い終わるのと同時だった。矢羽根の音がヒューと鳴ったかと思うと、親玉の右腕に矢が深々と刺さった。その矢は腕を突き抜け、後ろの木に刺さった。親玉は後ろの木に縫い付けられた格好となった。

 矢を射たのは甚助だった。

「いやならいやでも構わん。血が多く流れるだけじゃ」と金比羅坊が言った。

「わかった、わかった」と親玉は腕の痛みをこらえながら言った。

「情けねえ」と親玉の隣にいた男が唾を吐きながら言った。

 その男は太刀を抜くと構えた。

「血を流して貰おうじゃねえか」と、その男は低い声で言った。どうやら、こっちの男が本物の親玉らしい。

「おい、野郎ども怖じけづいてるんじゃねえ。頭数はこっちの方が多いんじゃ。いい加減に目を覚ましやがれ!」

「おう!」と山賊たちは親玉に威勢を付けられると、空(カラ)元気を出して一斉に武器を構えた。

 その機先を制するかのように、茂みの中から悲鳴が聞こえた。そして、茂みの中から、弓と矢を構えた山賊が体を反らすようにして倒れた。その山賊の右肩に手裏剣が刺さっていた。

 手裏剣を投げたのは太郎だった。太郎は山賊たちを見下ろす木の上にいた。太郎だけでなく、三人の弟子たちは皆、木の上から山賊どもの動きを見張っていた。

 気を取り直して武器を構えた山賊どもは、また、仲間が一人、飛び道具にやられたのを見て怖じけづいた。

 親玉はまた唾を吐くと、「情けねえ!」と言った。「恐れるんじゃねえ、てめえら、掛かれ!」

 親玉に言われて、長巻(ナガマキ、刀の柄を長くした武器)を構えた三人が覚悟を決めて掛かって行った。掛かって行った場所が悪かった。さっきから暴れたくて、うずうずしていた馬借たちの所だった。敵が掛かって来るのを見ると馬借たちも一斉に掛かって行った。それから乱闘が始まった。もう、止める事はできなかった。しかし、浪人の一人が苦戦の末に親玉を倒すと、山賊どもは皆、逃げて行った。木に縫い付けられた男もいつの間にか消えていた。

「おい、みんな、大丈夫か」と金比羅坊が言った。

 浪人組の若い者が一人と馬借が一人、傷を負ったが、それ程、深い傷ではなかった。

 敵の方は親玉が横腹を刺されて死んでいただけで、あとは皆、逃げていた。

 死んでいる親玉を見ながら、「こいつも元は武士だったんじゃろうな」と浪人の一人が呟いた。

 浪人たちは死体を草むらの中に運んだ。

「これで、おぬしの偽者も阿修羅坊も殺されなくて済んだな」と金比羅坊は太郎に言った。「ええ。しかし、正明坊とかいう山伏はいませんでしたね」

「山賊を雇っただけで、京で結果を待ってるんじゃないのか」

「かもしれませんね。そんなに難しい仕事じゃないですからね」

 山賊どもを追って行った次郎吉たちが戻って来た。

「みんな、行っちまったわ」と吉次が言った。

「奴ら、慌てて、馬を忘れて行きおった」と次郎吉が言った。

「馬?」と金比羅坊が聞いた。

「ああ、山の下におる」

「何頭位じゃ」

「かなり、おるぞ。奴らの頭数はおるんじゃねえか」

「すると、五十頭近くもおるのか」

「ああ。大した馬じゃねえがな」

「何でもいい。貰って行くか。夢庵殿が馬が何頭か足りんと言っておったからのう」

 来る時は山の中を歩いて来たが、帰りは全員、馬に乗って街道を帰って行った。国境の関所を通らなくてはならなかったが、別所加賀守がくれた書き付けを見せたら、無事に通る事ができた。見るからに山賊のような一団でも、書き付けは確かに加賀守の字だったので、関所の責任者は見て見ぬ振りをして通した。また、通さないわけにはいかなかった。いくら、不審な点があっても相手が多すぎた。太郎たちを止めるだけの兵力をこの関所は備えていなかった。

 この関所は、播磨の国に入る通行人を調べるというだけのもので戦力は持っていない。もし、敵が責めて来た場合は速やかに関所を捨てて、近くの城に知らせるというだけの機能しか持っていなかった。また、敵が責めて来るという事も考えられなかった。隣は摂津の国だと言っても、赤松氏の一族の有馬氏の領土だった。有馬氏だけは嘉吉の変の時も生き残り、ずっと、この地を守り通して来たのだった。

 太郎たちは大谿寺に戻ると、さっそく行軍の支度を始めた。そろそろ偽者が来る頃だった。





 騎馬武者は大谿寺で、徒歩武者は大谿寺の裏山の広場で、それぞれ支度をして待機していた。偽者が大谿寺の前の街道を通ったら合流し、偽者を率いている堀次郎に別所造酒祐が、そちらのは偽者で、こちらが本者だと告げ、楓殿の御主人の命を狙っている者がいるとの情報が入ったので、二手に分けて京を出たと言う。そして、そのまま偽者の後を付いて行くつもりでいた。

 準備が完了すると、金比羅坊は風光坊、探真坊、八郎坊の三人を偵察に送った。三人は甲冑を身に着けたまま、馬に乗って出掛けて行った。

「なかなか、あの三人も様になっておるのう」と金比羅坊は三人の後姿を見送りながら言った。

「わしも出迎えに行ってくるか」と次郎吉も馬に乗って後を追った。

「わしは銀左殿の方を見てくるわ」と金比羅坊は銀左たちのいる広場の方に馬に乗って出掛けた。

「みんな、一角の武将に見えますね」と太郎は隣にいる夢庵に言った。夢庵も勿論、甲冑を着ていた。

「そうじゃな。皆、今から、おぬしの部下になるわけじゃのう」

「えっ」と太郎は夢庵を見た。

「このまま城下に入ったら、おぬしは赤松家の武将じゃ。そうなれば、みんな、おぬしの家来という事になる」

「そんな‥‥‥そんな事まで、まだ考えてませんよ」

「大丈夫じゃよ。おぬしが大将になれば、みんな、喜んで付いて行くわ。おぬしには生まれながらにして人徳というものがある。おぬしが何もしなくても人が集まって来るんじゃ」

 家来か‥‥‥確かに、彼らが自分の家来になってくれれば心強い連中ばかりだった。しかし、金比羅坊は飯道山の山伏で、太郎の先輩だった。次郎吉や伊助たちは松恵尼の下で働く者たちで、太郎の家来になるはずはなかった。今、本当に太郎の家来と言えるのは三人の弟子しかいなかった。武将になるのはいいが、これから、また、家来を集めなくてはならなかった。

「どの位の家来が必要なんでしょうか」と太郎は夢庵に聞いた。

「そうじゃのう。おぬしはお屋形様の義理の兄になるわけじゃからのう。かなりの家来を持つ事になるじゃろうのう。まず、城と領土を与えられるじゃろう。どれ位与えられるかわからんが、少なくとも二千貫の土地は貰えるじゃろうな」

「二千貫?」

「ああ。二千貫文分の年貢が取れる土地じゃ。広さにして四百町位かのう」

「四百町?」

 四百町の広さの土地と言われても、太郎には、どの位の広さなのか見当も付かなかった。一町というのは約百メートル四方である。四百町と言えば、約二キロメートル四方の土地だった。ただし、それは質のいい水田の場合である。質の悪い水田や畑だったら、二千貫文の年貢を得るためには、もっと広い土地が必要となった。

「その位の土地はくれるだろうという事じゃ。まあ、二千貫だとして、大体、騎馬武者五十騎に徒歩武者二百人という所かのう」

「五十騎に二百人‥‥‥加賀守殿が言った数と同じじゃないですか」

「そういう事じゃ」と夢庵は笑った。「だから、少なくとも二千貫はくれるじゃろうと思ったんじゃよ」

「この兵力というのは、二千貫文の領土を持った武将の兵力だったのですか‥‥‥」

「そういう事じゃ。だから、このまま、みんながおぬしの家来になれば、丁度、勘定が合うんじゃよ」

「そう、うまい具合には行きませんよ」

「まあな、みんな、職を持っておるからのう。しかし、少なくとも、あの浪人十二人はおぬしの家来となるじゃろうな」

「なってくれれば、ありがたいですけど‥‥‥」

「何を言っておるんじゃ。おぬしは赤松家のお屋形様の兄上だぞ。奴ら、浪人者から見たら雲の上にいるようなお人なんじゃ。そのお人の家来になれるなんて夢のような話じゃ。飛び付いて来るに決まっておる」

「それにしても、改めて、家来を集めなければならないんですね」

「心配するな。どうせ、お屋形様が土地だけじゃなく、兵もくれるじゃろう」

 城と土地を貰うのはいいが、家来までも貰いたくはなかった。お屋形様の家来に囲まれていたのでは監視されているようなものだった。家来だけは自分で集めようと思った。

 金比羅坊や伊助、次郎吉のような者が見つかればいいが、ああいう人たちが、そう簡単に見つかりそうもなかった。これから、また、人捜しが大変だ、と太郎は思った。

「お屋形様は、おぬしにどこの城をくれるかのう」と夢庵は言った。「楓殿はただ一人の姉じゃからのう。置塩城からそう遠くない所じゃろう。おぬしが水軍の出じゃから飾磨津(シカマツ、姫路港)辺りに置いて、赤松の水軍でも作るかもしれんのう」

 その時、馬の蹄(ヒヅメ)の音が近づいて来た。

「とうとう、偽者が現れたと見えるのう」と夢庵が言った。

 知らせに来たのは八郎坊だったが、八郎坊の様子は普通ではなかった。

 慌てて馬から降りると、八郎坊は、「やられました」と言った。

「誰が」と太郎は聞いた。

「偽者です」

「何だと、誰にやられたんだ」

「山伏と山賊です」

「詳しく話してみろ」と夢庵が言った。

 八郎坊が慌てて戻って来るのを見て、朝田ら浪人たちと桜之介ら馬借の連中が集まって来た。他の連中は皆、広場の方に行っていて、この場にはいなかった。

 八郎坊の話によると、八郎坊たち四人は国境の関所まで行き、偽者の来るのを待っていた。ようやく偽者が来たので、堀次郎に、別所加賀守殿の命により楓殿の御主人の迎えに来た、本隊はもう少し先で待っていると告げて合流した。

 探真坊と風光坊は、その隊の後ろに付いて行き、次郎吉と八郎坊は後ろに伊助がいるはずだと、そのまま、伊助が来るのを待っていた。

 しばらくすると薬売り姿の伊助が来た。関所で、伊助から話を聞いていると、先に行った偽者の隊から騒ぎが起こった。

 偽者に従っていた徒歩武者たちが、慌てて、こちらの方に逃げて来た。

 次郎吉、伊助、八郎坊が急いで行ってみると、堀次郎が、「曲者(クセモノ)じゃ!」とわめきながら山賊たちと戦っていた。

 偽者は足を弓矢に刺され、落馬した所を首を掻き斬られて死んでいた。他にも何人かが弓矢にやられ、落馬した所を殺されている。阿修羅坊は正明坊と思われる山伏と戦っていた。まだ、右手が思うように使えないので苦戦しているようだった。

 次郎吉たちが向かって来るのを見ると、正明坊は、「引け!」と怒鳴り、皆、山の中に逃げて行った。

 風光坊と探真坊は山賊らを追って山の中に入った。八郎坊も追って行こうとしたが、次郎吉に言われて、真っすぐ、ここに飛んで来たのだと言う。

 八郎坊の話が終わらないうちに、朝田と桜之介は仲間を連れて現場に向かった。

 太郎は別所造酒祐に訳を話し、もう少し、ここで待っていてくれと言うと、夢庵と八郎坊を連れて現場に向かった。

 太郎たちが着いた頃には騒ぎは治まっていた。敵は二十人位だったと言うが、二人を捕まえただけで、あとは逃がしてしまった。その中に山伏が五人いて、中の一人は正明坊だったと阿修羅坊は言った。

 奴らにやられたのは十人、そのうち、死んだのが太郎の偽者も入れて七人だった。堀次郎の率いていた武士のうち六人が死に、二人が怪我をしていた。阿修羅坊も正明坊に左足を、それ程、深くはないが斬られていた。

 足軽の寄せ集めだった徒歩武者は全員、どこかに逃げてしまっていなかった。

 捕まえた二人は例の山賊だった。話を聞くと、思っていた通り、奴らはただ雇われただけだった。山伏に雇われたと言ったが、その山伏の名前までは知らなかった。勿論、狙った相手の事も何も知らない。ただ、いつ頃、こういう連中が通るから襲い掛かれと言われただけだと言う。今朝、太郎たちに襲われて山を下りた山賊たちは、頭を殺され、仕事の事は諦めて、また京に戻ろうとしていた。しかし、途中で正明坊とばったり会ってしまい、銭に釣られて、また戻って来たのだと言う。

 捕まえた二人は、このまま連れて行ってもしょうがないので、死体を埋めるのを手伝わせて逃がしてやった。

 街道を片付けると、関所の者たちに、今起きた事を口止めし、とりあえず、全員、大谿寺に戻った。

 堀次郎は楓御料人様の御主人を見殺しにしてしまった責任を感じ、真っ青な顔をしていた。大谿寺において別所造酒祐と会い、死んだのは実は偽者だったと聞き、ようやく、生気を取り戻したが、気持ちは複雑だった。

 改めて、大谿寺で隊列を整えると、総勢三百二十人に守られ、楓御料人様の御主人、愛洲太郎左衛門は置塩城下を目指して出発した。
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