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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
5.夕顔






 木枯らしが鳴いていた。

 太郎は一人、酒を飲んでいた。

 十一月も半ば、日に日に寒さが厳しくなって行った。

 太郎がいるのは『とんぼ』という小さな居酒屋だった。狭い店内は客で一杯で騒がしかった。太郎は一人、何かを思い詰めているかのように黙々と酒を飲んでいた。

 もと山伏だったという無口で無愛想な親爺が一人でやっている店だった。自然、山伏の客が多かった。今も、太郎の知らない数人の山伏たちが愚痴や人の悪口を飛ばしながら、騒がしく飲んでいる。

 太郎がこの店に来る時はいつも一人だった。店の隅に座って一人で黙って酒を飲んでいた。初めて、この店に来たのはもう、ずっと前の事だった。

 初めて、この山に連れて来られた時、師匠の風眼坊と栄意坊、そして、高林坊と飲んだのが、この店だった。一晩中、飲んでいて、朝になって高林坊と一緒に参道を駈け登ったのを覚えている。その後も、太郎が五ケ所浦から戻って来た時、高林坊と金比羅坊と飲んだのも、ここだった。それ以来、来た事はなかったが、今年の夏、何気なく、ちょっと一杯飲むつもりで寄ったのが始まりだった。それからは毎日のように、この店に顔を出すようになって行った。まっすぐに家に帰らないで、一杯飲んでから帰るという習慣が付いてしまっていた。

 まっすぐ、家に帰っても楓はいなかった。当然、息子の百太郎もいない。戦が長引いているお陰で、この甲賀の地にも戦の影響が広がっていた。花養院では戦で両親を亡くした孤児たちを引き取って世話をしていた。

 孝恵尼と妙恵尼という尼さんが担当して孤児たちの世話をしていたが、孤児の数が多くなり過ぎて、二人だけではどうしようもなくなって来た。そこで、今まで寺の寺務と村娘たちに薙刀を教えていた楓に手伝ってもらう事になった。初めの頃はほんの手伝いだったので、帰りが遅くなるという事もなかったが、孤児の数が増えるにしたがって楓の帰りは遅くなって行った。

 楓にしてみれば、一児の母親として、また、自分も孤児だったので、孤児たちを放っては置けなかったのだろう。今では二十人近くいる孤児たちに夕飯を食べさせ、後片付けをしてから帰るので、どうしても帰りが遅くなってしまう。

 初めは太郎も真っすぐに帰って、楓の帰りを待っていたが、そのうち、誰もいない家に帰っても面白くなく、ちょっと一杯、飲んでから帰るようになって行った。それだけなら、まだ良かった。この店でちょっと一杯飲んで、真っすぐ家に帰れば、楓と百太郎が待っていた。初めの頃はそうだった。しかし、だんだんと太郎の方も家に帰るのが遅くなって行った。一杯が二杯になり、三杯になり、やがて、店を変えて飲むようになる。お決まりの過程を太郎もたどって行った。

 剣術師範代として、付き合いで太郎も色々な所で飲んではいた。若い娘たちがいる遊女屋で飲んだ事もあった。そういう所には仲間たちとは一緒に行くが、一人で行った事はなかった。まして、遊女を買った事もない。仲間たちが一緒に飲んでいた遊女を連れて別の部屋に移っても、太郎はただ酒を飲むだけで帰って来た。それが、最近では遊女を平気で買うようになっていた。今も、これから、『夜叉(ヤシャ)亭』という遊女屋に行こうか、真っすぐ帰ろうか、迷いながら飲んでいるところだった。

 太郎には自分という者がわからなくなっていた。

 遊女を抱いた後は、いつも、楓に申し訳ないと思った。楓に合わす顔がなかった。どんなに遅く帰っても、楓は寝ないで待っていた。そんな楓に太郎は嘘をつく。悪いと思うが本当の事は言えなかった。もう二度としないと心に誓うが駄目だった。酒を飲むと、『夕顔』という名の遊女の顔が浮かび、それを打ち消すように酒を飲んでも、結局は夕顔に会いに行ってしまう。

 太郎が夕顔に会ったのは秋の初めの頃だった。いつものように、ここで酒を飲み、ちょっと、遊女でもからかってから帰るかと、金比羅坊たちとよく行く『おかめ』という遊女屋に行った。金比羅坊たちと一緒に行った時は遊女を抱きはしなかったが、その後、一人で行って『とき』という名の娘を抱いた。別嬪(ベッピン)といえる程の娘ではなかったが、愛嬌があって話し上手で一緒にいると楽しかった。その日は、ただ、一緒に酒を飲もうと思って行ったのだったが、生憎、ときは先客がいて出て来なかった。それではと、『七福亭』という遊女屋に行った。そこにも、『布袋(ホテイ)』という馴染みの娘がいたが、その娘も駄目だった。それで、諦めて帰れば良かったものを、酒の勢いで、たまには知らない店に入ってみるのも面白いと『夜叉亭』という店に入ってみた。そこで会ったのが、『夕顔』だった。

 どこか、淋しそうな影のある、色白のおとなしい娘だった。体付きも華奢(キャシャ)で、強く抱いたら折れてしまいそうな感じだった。ただ、ちょっと年増だった。年増といっても二十歳前後である。当時は十六、七が娘盛りで、遊女たちも十六、七の娘が最も多く、また、人気もあった。この時、十九歳だった夕顔は遊女たちの中でも年長の方だった。

 太郎はしばらくの間、この夕顔と一緒に酒を飲んだら帰るつもりでいた。ところが、夕顔と話をしているうちに、太郎は彼女に惹かれて行った。彼女と別れがたくなり、とうとう、その日は泊まってしまった。

 あれから、一月に二度は『夜叉亭』に通うようになっていた。

 一体、俺はどうして、しまったんだろう‥‥‥

「毎日、くそ忙しくて、いやになるな」と太郎の後ろで飲んでいる若い山伏たちが言っていた。

「ああ、どこか、のんびりできる所にでも行きてえな」

「どこに行ったって、戦はやってるさ」

「いっその事、戦が終わるまで、山奥にでも籠もるかな」

「アホ言え。おぬしにそんな事ができるか」

「まあ、二日ももたんじゃろのう。里が恋しくて、すぐ、飛び出して来るわ」

「女子(オナゴ)、女子が欲しいって喚きながらな」

「アホぬかせ。それは、おぬしじゃろう」

 確かに、毎日が忙しかった。

 戦のお陰で、午前中の作業は毎日が土木作業だった。山内に濠(ホリ)を掘って土塁を築いたり、櫓(ヤグラ)を立てたり、山内ならまだいいが、里まで下りて行って作業をする事もよくあった。作業が長引いて午後の武術修行が中止になる事もある。皆、泥だらけになって働き、誰もが疲れていた。

 太郎がこの山に戻って来て、すでに、一年が経っていた。

 初めの頃は、太郎も真剣になって、一生懸命、修行者たちに剣術を教えていたが、今ではもう、ただの惰性で教えているようなものだった。

 かつて、太郎自身が修行者だった頃は、毎日がもっと生き生きとしていた。一つの目的を持って、それに向かって脇目も振らず、突っ走っていた。ところが、今は何の目的もなく、毎日、毎日、同じ事を繰り返している。

 やりたい事はいくらでもあった。いくらでもあるが、それをやる時間はなかった。

 もうすぐ、『志能便の術』を教えなければならない。まだ、完成していなかった。去年、教えた時から少しの進歩もなかった。人に教えるばかりで自分の修行をする暇など全然ない。後ろで飲んでいる山伏の言うように、山奥にでも籠もって自分の修行に専念したかった。以前の太郎だったら、何のためらいもなく、そうしていただろう。しかし、今の太郎にはできなかった。楓と百太郎をほったらかして山奥に籠もるなんて、とても、できなかった。

「もう、一本、いきますかい」と親爺が言った。

 太郎は頷いた。

 あと一本飲んだら帰ろうと思った。

 楓もそろそろ帰っている頃だろう。最近は百太郎とも遊んでいなかった。そのうち、休みを取って、三人でのんびりとどこかに行こうと、いつも、楓と言っているが実現はしなかった。

 親爺が酒を持って来て、太郎の前に置いて去って行った。必要以外の事は何も喋らない無愛想な親爺だった。太郎にとっては、それが良かった。静かに飲める店だった。

 親爺がここに店を出してから、もう二十年にはなるだろう。師匠の風眼坊がこの山にいた頃、ここで、よく飲んだと言っていた。この辺りの事なら、山伏の事から遊女たちの事まで何でも知っている事だろう。しかし、親爺は何も喋らなかった。

 後ろで飲んでいた山伏たちはニヤニヤしながら、ぞろぞろと『遊女屋』に繰り出して行った。急に静かになったような気がした。店に残ったのは、太郎ともう一組、近くの百姓たちが三人だけになった。

 静かだったのは、ほんの一時だった。親爺がまだ片付け終わらないうちに、また、どやどやと山伏たちが入って来た。名前までは知らないが見た事のある連中だった。多分、棒術組の奴らだろう。

 太郎はちらっと見ただけで、山伏たちに背中を向けた。今は誰とも話をしたくなかった。

 太郎は酒を飲み干すと『とんぼ』を後にした。山伏たちは、高林坊の事を何だかんだと好き勝手な事を言っていた。

 外は寒かった。

 北風が冷たかった。

 なぜか、酒を飲んでも酔えなかった。

 太郎は背中を丸め、木枯らしの中を歩き出した。





 太郎の足取りはふらふらしていた。杖を突きながら、よたよたと歩いている。

 太郎が突いている杖は錫杖ではなかった。金剛杖でもない。

 棒術に使う六尺棒を使い易いように、一尺短くして五尺にした物だった。太郎が自分で枇杷(ビワ)の木で作ったもので、最近は、その棒を常に持ち歩いていた。

 刀は多気の都以来、持ち歩かなくなっていた。どこに行くにも、小刀だけを腰に差して五尺の棒を突いていた。

 風が強かった。

 冷たい風に吹かれるままに、太郎は歩いていた。

 家に帰ろうと思って、『とんぼ』を出た太郎だったが、足は家と反対の方に向き、ふらふらと知らないうちに『夜叉亭』の門をくぐっていた。

 夕顔は嬉しそうに太郎を迎えてくれた。

 夕顔の顔を見ると、やはり、来て良かったと思う太郎だった。

「外は寒いでしょうに」と夕顔は太郎をさっさと暖かい部屋に引っ張って行った。

 夕顔は自分の事はあまり喋らなかった。太郎も無理に聞きはしなかったが、太郎が通うにつれて、少しづつ話すようになって行った。

 夕顔は小椋谷という山の中で生まれたらしかった。小椋谷は鈴鹿山脈の山奥にあり、昔、文徳(モントク)天皇の皇子、小野宮惟喬親王(オノノミヤコレタカシンノウ)が隠れ住んでいたという伝説を持つ山村だった。木地師の発生の地とも言われ、全国に散らばる木地師たちの棟梁的存在だった。

 夕顔の父親も当然の事ながら木地師だと言う。

 小椋谷では主に、多賀大社が無病息災のお守りとして配っている杓子(シャクシ)を作っていた。その杓子は参詣者に配るだけでなく、大社に所属する山伏たちによって全国各地に配られて行った。

 多賀大社は伊勢神宮の祭神である天照大神の両親、伊邪那岐、伊邪那美の二神を祀り、縁結び、及び長寿延命の神として信仰されていた。

『お伊勢参らば、お多賀へ参れ、お伊勢、お多賀の子でござる』

『伊勢へ七度、熊野へ三度、お多賀様には月参り』などと歌われ、当時、全国的に信仰を集めていた。参道はいつも、各地からの参詣者で賑わい、土産物屋を初め、茶屋、飯屋、居酒屋、旅籠屋、遊女屋などが、ずらりと並んでいた。

 夕顔は十三歳の時、そんな多賀大社の門前町にある遊女屋に売られた。売られたと言っても、それ程、気にならなかったと言う。小さい頃より一人前になれば、賑やかな『お多賀さん』の門前町に行って、綺麗な着物を着て、綺麗に化粧して、仕事をするのだと言い聞かされていた。また、遊女屋に行ったのは夕顔一人ではなく、幼なじみの娘たちが何人もいたと言う。小椋谷では古くから、娘たちを多賀大社に送っていたらしい。古くは大社に仕える巫女として娘たちを出していたらしいが、いつの頃からか、遊女になってしまったのだろう。

 夕顔も古くからのしきたりによって、十三の春、親たちと別れ、幼なじみの娘たちと一緒に多賀大社の門前町に行った。色々と辛い事があったに違いないが、夕顔はそういう事は一言も喋らなかった。ただ、賑やかに栄えている門前町の事や盛大な春のお祭りの事など、懐かしそうに話してくれた。

 夕顔の話によると、多賀大社にも山伏たちがかなりいるようで、夕顔のいた店にもよく来ていたと言う。飯道山から来たという山伏も何人かいたらしい。

 太郎は剣術師範代なので、この山から離れる事はないが、飯道山の山伏たちの多くは皆、全国各地を旅して信者を集めたり、信者たちを飯道山に連れて来たりしていた。飯道山は全国各地に拠点を持っていて、そこを中心に山伏たちは活動している。多賀大社にも飯道山の拠点があり、そこを中心に活動している飯道山の山伏が何人もいたのである。

 夕顔は六年間、多賀の門前町の『月見亭』という遊女屋にいて、今年の秋になって、ここ、飯道山の『夜叉亭』に移って来た。太郎と知り合ったのはこちらに来て、まだ三日目だったと言う。初めて会った時、どことなく淋しそうに見えたのは、そのせいだったのかもしれない。付き合ってみると、さっぱりとしていて素直で明るい娘だった。

 夕顔が木地師の娘だと聞いて、太郎は今まで忘れていた小春の事を思い出した。太郎が初めて本気で好きになった娘だった。夕顔と小春は境遇がよく似ていた。小春が伊勢神宮の門前町、宇治の遊女屋に売られたのは、確か、彼女が十六の頃だった。それを知った時、太郎は宇治の遊女屋まで行って小春を取り戻そうと思った。しかし、師匠に止められ、ここに連れて来られ、修行に励んでいるうちに、いつしか忘れてしまっていた。

 今頃、どうしているのだろう。幸せになってくれればいいと祈るしか、今の太郎にはできなかった。

「お山は相変わらず、忙しいですか」と夕顔が酒の支度をしながら聞いた。

「ああ、毎日、忙しいよ。もうすぐ、雪が降るからな。雪が降る前にやらなきゃならん事が一杯ある」

「大変ですね」

「まあな」と言いながら、太郎は夕顔の酌してくれた酒を飲んだ。

 うまかった。冷え切っていた体が急に暖まるような気がした。やはり、一人で、つまらない事をくよくよ考えながら飲んでいるより、こうして、夕顔と二人で飲んでいる方がずっと良かった。夕顔と二人きりで酒を飲んでいる時が、今の太郎にとって、一番、心が安らぐ時だった。何もかも忘れて、のんびりと落ち着く事ができた。

「今日は、ゆっくりして行けるんでしょう」と夕顔が太郎の顔を覗き込むようにして聞いた。

「ああ」と太郎は答えた。

「まあ、嬉しい」と夕顔は太郎の手の平を両手で握った。

「あたしね、今日は、きっと、火山坊様が来てくれるような気がしたの」と夕顔は太郎に甘えるように、もたれ掛かってきた。

「どうしてだい」と太郎は夕顔の腰を抱いた。

「勘よ。あたしの勘ってよく当たるのよ。丁度、お昼頃だったわ。火山坊様がこちらに歩いて来る姿が見えたの。これは、今晩、きっと、来てくれるなって、あたし、ずっと待ってたのよ」

 夕顔は太郎の指を弄んでいた。

「へえ、そいつは凄いな」と太郎は夕顔の細い手を握った。

「ねえ、お昼頃、ここに来ようって思ったでしょう」

「お昼頃か」

「絶対、思ったはずよ。ぴんと来たんだから、あたし」と夕顔は笑って太郎に酌をした。

「よく、わかるな」と太郎も笑って酒を飲んだ。

「やっぱり、そうだったのね。嬉しい」と夕顔は本当に嬉しそうに笑った。

 そして、前にもこんな事があったのよと、自分の勘が当たった時の事を話し始めた。

 本当は、昼頃、太郎はそんな事は思わなかった。昼頃は作業に追われて、それどころではなかった。実際、ここに来るまで、来ようと思ってはいなかった。足が自然とこちらに向いただけだった。しかし、夕顔に会いたいと思っていた事は事実だった。もしかしたら、夕顔の言う通り、昼頃、無意識のうちに、ここに来ようと決めたのかも知れない。ここに来てはいけないと思う意識がそれを打ち消し、家に帰ろうと思っていたが、無意識の方が勝って、ここに来てしまったのだろうか‥‥‥

 太郎の心は今、ばらばらになっていた。自分で自分の心がわからなかった。

 太郎は酔っ払った。

 酒に酔った。そして、女に酔った。

 とうとう、家には帰らなかった。

 朝になり、夕顔の笑顔に送られて、太郎は山に戻って行った。





 花養院は朝から晩まで、子供たちの声で賑やかだった。

 楓は、その子供たちの世話で一日中、忙しかった。

 今日も、新しい孤児が蒲生から二人やって来た。

 三歳の男の子と七歳の女の子だった。男の子は泣きっ通しで、女の子は黙ったまま、一言も話さなかった。連れて来たのは飯道山の薬売りだった。

 去年の秋の事、旅の僧侶が戦で両親を亡くし、身寄りのない一人の女の子を連れて来たのが始まりだった。可哀想だからと花養院で預かって育てる事になった。それが、一人増え、二人増えとだんだんと増えて行った。

 孤児を預かってくれるとの噂が広まっているのか、よく、旅の僧侶や旅の商人たちが、孤児たちを花養院に連れて来た。また、近所の者も遠い親戚の子供だが両親を亡くし、うちで育てる事ができないので預かってくれと連れて来たり、夜中のうちに、黙って花養院の門の所に赤ん坊を置いて行く者もあった。

 わずか一年ちょっとで、預かる孤児の数は二十人にもなってしまっていた。

 子供たちが増えるにしたがって、今までの僧坊だけでは間に合わなくなり、今年の夏、境内を広げ、新しく孤児たちのために立派な施設が建てられた。

 松恵尼は本格的に孤児たちを引き取って育てるつもりになっていた。

 初めのうちは、孝恵尼と妙恵尼という二人の尼僧に任せっきりでいたが、孤児が多くなるにしたがって、松恵尼は自分から進んで、孤児たちの世話をするようになって行った。

 今まで、どこと無く元気のなかった松恵尼も、最近は生き生きとして孤児たちの世話をしている。まるで、孤児たちの世話をするのが楽しくてしょうがないかのように、毎日、張り切っていた。松恵尼が先頭になって張り切って世話をしているのに、楓が手伝わないわけにはいかなかった。

 花養院は朝早くから夜遅くまで、孤児たちに振り回されていた。

 子供たちが二十人もいると食事だけでも大変だった。

 当時は一日、三食、食べるという習慣はまだ一般化されていなかった。京の都辺りでは、ある程度、普及していたが、普通は朝と夕の二食が当たり前だった。朝は巳(ミ)の刻(午前十時)頃、夕は酉(トリ)の刻(午後六時)頃、食べていた。ただ、武士たちは戦の最中は三食取る事になっていた。また、飯道山でも修行が厳しいため三食取っていた。やがて、戦国時代となり、戦が日常茶飯事になると一日三食というのが一般にも浸透していく。

 花養院はまだ、一日二食だった。一日二食でも二十人分の食事を毎日、用意するのは大変な事だった。

 楓は太郎に朝食を食べさせ、送り出してから、素早く家事をやり、百太郎を連れて、花養院にやって来る。そして、子供たちの朝食の用意をして食べさせ、後片付けをしてから寺の寺務をやる事になっていた。しかし、なかなか寺務はできなかった。ほとんど、子供たちに付きっきりになってしまう。かつての楓の教え子たちや近所のおかみさんたちも手伝いに来てくれるが、子供たちの世話はなかなか大変だった。

 昼過ぎ、未(ヒツジ)の刻(午後二時)になると、村の娘たちが楓に薙刀を習いにやって来る。こちらの方も、物騒な世の中になって来ているので人数が増えていた。前は、多くても二十人程度だったのに、最近は倍の四十人近くもいる。かつての教え子たちが手伝ってくれるので助かるが、こちらも大変だった。

 楓は太郎から教わった天狗勝の技をわかり易いように、娘たちに教えて行った。

 さすがの楓も疲れていた。教え子たちに形の稽古をさせ、楓はボーッとしていた。ただ、疲れているだけでなく、最近の太郎の事も気になっていた。

 昨日も太郎は帰って来なかった。最近になって、帰って来ない事が多くなった。

 どうしたのか聞くと、いつも、山での仕事が忙しいから帰れなかったと言う。それなら、それで仕方のないのだが、最近、飲む酒の量が多くなっているのが心配だった。

 酔っ払って帰って来ては、愚痴ばかりこぼすようになっていた。

 以前は、あんな事はなかったのに‥‥‥

 やっぱり、あたしの帰りが遅いのが悪いのかしら‥‥‥

 松恵尼はいつも、早く帰った方がいいと言ってくれるが、みんなが忙しそうにしているのに、一人で先に帰るのは気が引けた。そして、いつも、帰りが遅くなってしまう。

 どうしたら、いいのかしら‥‥‥

 楓がボーッと考え事をしている時、一人の僧侶が花養院の門をくぐって入って来た。一番最初に孤児を連れて来た旅の僧侶だった。

「やってますな」と僧侶は楓に手を上げて挨拶した。

「いらっしゃい」と楓も頭を下げた。

「子供たちは、元気かな」と僧侶は重そうな頭陀袋(ズタブクロ)を肩から下ろした。

「はい、お陰様で。でも、ちょっと、お梅ちゃんが風邪をひいたみたいで‥‥‥」

「ほう、そいつはいかんな。最近、急に寒くなって来たからの。気を付けんとな」

「はい」と楓は僧侶を孤児院の方に案内しようとしたが、僧侶は、「いいから、薙刀を教えていなされ」と、さっさと孤児院の方に向かった。

 この僧侶、京都、妙心寺の禅僧で遊渓宗瑛(ユウケイソウエイ)と言うが、誰もが『血止め和尚』と呼んでいた。禅僧でありながら医者でもあった。旅をしながら村々を歩き、病人や怪我人の治療をして回っている。戦が始まってからは戦場にも出掛け、傷付いた兵士の治療もしていた。

 当時は、怪我の治療といっても大した事はできなかった。せいぜい傷口の血を止め、薬草などで消毒するのが精一杯だった。傷口からの血が止まらず、出血多量で死ぬという場合も少なくなかった。まず、血を止める事が先決だった。和尚はその血を止めるのがうまかった。それで、いつの間にか、『血止めの和尚』と呼ばれるようになっていった。中には『膿(ウミ)止め和尚』『毒消し和尚』などと呼ぶ連中もいた。

 当時、専門的な医者はいても上流階級にいるだけで、一般庶民には全く縁のない存在だった。庶民たちは山伏や巫女(ミコ)、遊行聖(ユギョウヒジリ)の加持祈祷(カジキトウ)や呪(マジナ)い、彼らが売りに来る薬などに頼るしかなかった。医者のいなかった庶民たちにとって、『血止め和尚』の存在は皆から喜ばれていた。

 血止め和尚は花養院に孤児院ができてからというもの、ちょくちょくと顔を出した。ちょくちょくといっても、旅をしているので一月に一度か、二月に一度位だったが、子供たちの具合を良く見てくれた。お陰で、皆、病気もしないで元気だった。そして、いつも、子供たちに珍しいお菓子を持って来てくれるので子供たちにも人気があった。和尚が言うには仏様のお供え物だと言うが、庶民たちには、とても手の届かないような高価なお菓子ばかりだった。

 楓は薙刀の稽古を済ますと、孝恵尼たちと一緒に子供たちの夕食の支度をして食べさせ、さっさと片付けると百太郎を連れて家に帰った。

 珍しく、太郎は先に帰っていた。一人で酒を飲んでいた。

「遅くなって、御免なさい」と楓は太郎に謝ると、太郎の顔を見て笑った。「すぐ、ご飯の用意するわ」

 百太郎は楓の背中で、すでに寝ていた。

 楓は百太郎を寝かせると、夕食の用意を始めた。

「夕べは、また、会合(カイゴウ)があったの」と楓は聞いた。

 太郎はただ、「ああ」とだけ答えた。

「大変ね」

 太郎は楓が帰って来たら、まず、夕べ、帰らなかった事を謝ろうと思っていた。しかし、楓の顔を見たら、なぜか、言えなくなってしまった。

「寒くなって来たわね」と楓は言った。

「ああ」と太郎は答えた。

「もうすぐ、『志能便の術』が始まるわね。早いもんね。今年も、天狗のお面を付けてやるんでしょう」

「ああ‥‥‥早いもんだな。宮田や風間がお山に来てから、もうすぐ、一年になるんだな」

「そういえば、あなたのお師匠さんの風眼坊様、今、大峯山にいるらしいわよ」

「えっ、師匠が」と太郎は驚いて楓を見て、「大峯山に」と呟いた。

「ええ」と楓は太郎を見ながら頷いた。「この間、吉野から来たという行者(ギョウジャ)さんが、松恵尼様に、そう言ったそうよ。夏の間、ずっと、大峯山のお山の上にいたんですって。よく知らないけど、大峯山も、ここのお山と同じように、お山の上にお寺があるんですって。そこのお寺にいたんですってよ」

「師匠は大峯山にいるのか‥‥‥」

「ええ、でも、今は大峯山は雪で入れないから、お山を下りているらしいけど、きっと、熊野辺りにいるんじゃないかって、松恵尼様が言ってたわ」

「ふうん‥‥‥」

 師匠に会いたかった‥‥‥

 しかし、師匠が今の自分を見たら、何と言うだろうか‥‥‥

 師匠にごまかしは効かない。すべて、見破られるだろう。思い切り、叩きのめされるに違いない。それでも良かった。思い切り叩きのめされたい心境だった。まったく、自分が情けなかった。

「風眼坊様も息子さんが一人前になったので安心したのね」と楓が言った。「松恵尼様の言う通り、やっぱり、お山に戻って来たわね」

 楓が作ってくれた暖かい料理を食べながら、心の中で楓に詫びている太郎だった。





 『志能便の術』の稽古が始まっていた。

 宮田八郎、風間光一郎、そして、探真坊見山の三人は当然のごとく、最後まで残っていた。修行者の全員が太郎坊に会える日を楽しみに待っていたが、この三人は特に、そうだった。

 志能便の術の稽古は、それぞれの稽古が終わってから、七ツ時(午後四時)から、始まった。いつもだと稽古は六ツ時(午後六時)までだったが、志能便の術が始まってからは、早く終わり、その後、六ツ半時(午後七時)までが志能便の術の稽古だった。

 志能便の術も、今年で、もう四年目になる。

 初めの年は修行者たちにせがまれ、太郎の知らないうちにできてしまった『陰の術』を皆に教えた。あの時は確か、五人の修行者に頼まれ、簡単な気持ちで引き受けて木登りなどを教えていたが、次々と人が集まって、結局、五十人にも増えて行った。そうなると、いい加減な事を教えるわけにもいかないので、毎日、毎日、その日に教える事を考えていた。

 術の名前の方が先にできて、内容がその後を追いかけるという形で大変だったが、何とか一ケ月足らず、やり通した。一期生の中では杉谷与藤次、多岐勘八郎、池田平一郎の三人がよくやっていたのを覚えている。

 次の年から、太郎は正式に『陰の術』の師範として、十一月二十五日から一ケ月間、教える事になった。その年は、故郷、五ケ所浦に帰っていたが、わざわざ戻って来て、皆に教えた。二期生では、初めの頃、太郎に逆らっていた杉山八郎、そして、小川孫十郎、葛城五郎太、野尻右馬介などが目立っていた。

 去年からは名前が『志能便の術』と変わり、太郎自身は有名になり過ぎて、皆の前に姿を現す事ができなくなり、天狗の面を付けたまま教えた。去年の教え子では大河原源太、高山源太、大原源三郎、頓宮四万介、西山弥助、山中十郎の六人が、よく身に付けてくれた。

 太郎は毎年、新しい工夫を考えて最後まで残った修行者たちに教えていた。今年は考える暇もなく、教える内容は去年とまったく同じだった。太郎を手伝って教えてくれる師範たちも去年と同じく、金比羅坊、中之坊、竹山坊、一泉坊の四人だった。四人とも初めの頃から『陰の術』に付き合っているので、『陰の術』はほとんど身に付けていた。

 初日の日、太郎は天狗の面を付け、黒装束に身を固めて木の上から突然、現れた。そして、教え終わるとまた、飛ぶようにどこかに消えて行った。まるで、本物の天狗のようだった。

 次の日も次の日も、太郎は突然、どこからか現れ、突然、どこかに消えて行った。

 宮田八郎は太郎坊を初めて見て、凄い、凄いとやたら感心していた。

 あんなに凄い人が、このお山にいたのか‥‥‥

 皆の噂は本当だった。皆が太郎坊の事を『天狗太郎』と呼んでいる訳もわかった。

 実物に会ってみると、確かに、天狗そのものだった。とにかく、身が軽く、猿のように木に登り、鳥のように木から木へと飛んで行った。あれが同じ人間だとは、とても思えなかった。

 あの太郎坊殿が名前を変えさせられた訳も充分にわかった。こんな凄い人が太郎坊を名乗っていたら、あの酔っ払いが、同じ太郎坊を名乗れるはずがなかった。

 八郎は、多気で、今は火山坊を名乗る太郎に憧れて飯道山に来た。実際に来てみると、この山には、火山坊程の腕を持つ者はいくらでもいた。それに、火山坊はいつも酔っ払っていて酒臭かった。火山坊の弟子になろうと思って、この山に来た八郎だったが、今では、火山坊の弟子になろうとは思ってもいない。そして、今、本物の太郎坊を見て、この人より他に師匠と仰ぐべき人はいないと思った。

「おらも太郎坊殿のようになりてえ。よーし、びっしり、志能便の術を習って強くなるぞ!」と八郎は決心を固めた。

 風間光一郎も太郎坊を見て、凄いと思った。

 この人が親父の弟子の太郎坊か‥‥‥

 確かに、噂は聞き飽きる程、聞いていたが、まさか、これ程、凄いとは思わなかった。

 こんな弟子がいるなんて親父も大したもんだと、親父の大きさを改めて感じていた。

 親父は、後の事は飯道山に行って太郎坊に教われと言って、光一郎を送り出した。光一郎は太郎坊に会うまでは、一年経ったら、この山を下りようと決めていた。この山を下りて旅に出ようと思っていた。親父のように、あちこちを旅して回りたかった。特に、天下一高いという駿河の国の富士の山が見てみたかった。親父から、あの山の神々しさは、よく聞かされていた。

 しかし、考えが変わった。

 太郎坊の弟子になろうと決めた。弟子となって、太郎坊の持っている技を全部、身に付けてやろうと心に決めた。

 探真坊見山も同じく、驚いていた。

 やっと、父親の仇に会えると、今日の日を誰よりも待ちに待っていた探真坊だったが、実際、仇の太郎坊に会ってみて、ただ、呆然とするばかりだった。

 今まで、捜していた仇、太郎坊は人間ではなかった。天狗だった。どうやってみても、今の探真坊が敵う相手ではなかった。

 探真坊は、太郎坊が現れる、この一ケ月間のうちに仇を討つつもりでいた。そのつもりで、今まで修行を積んで来た。勝つ自信はあった。もし、勝ってしまったら、『志能便の術』の師範がいなくなってしまうが、それは仕方のない事だ。皆には悪いが、俺は太郎坊を倒すと心の中で勝手に決めていた。

 しかし、太郎坊を一目見た途端、それは、不可能だと悟った。

 絶対に無理だと思った。探真坊が今まで、会って来た誰よりも太郎坊は強いという事が、一目見ただけではっきりとわかった。

 決闘をすれば、探真坊は間違いなく負けるだろう。負けるというのは死を意味していた。今まで、死を意識した事はなかった。仇討ちのために生きて来た探真坊だったが、その仇討ちで自分が死ぬなどと考えた事もなかった。絶対に勝つ、という自信を持っていた。それが、実際に太郎坊を見た途端、崩れ去って行った。

 やれば、負ける‥‥‥

 やれば、死ぬ‥‥‥

 しかし、この機会を逃したら、後一年、待たなければならない。後、もう一年、死ぬ気で修行すれば太郎坊に勝つ事がてきるか‥‥‥

 それも、難しかった。

 どうしたら、いいのだろうか‥‥‥

 死ぬ気でやるか。

 それとも、もう一年、延ばすか‥‥‥

 探真坊は迷っていた。

 太郎坊は、毎日、どこからともなくやって来て、志能便の術を教えると、また、どこかに去って行った。

 探真坊は太郎坊の去って行く後を追ってみようとしたが無駄だった。素早いし、人が通れそうもないような所を平気で通って行く。

 太郎坊を追ったのは探真坊だけではなかった。誰もが試みたが後を追う事はできなかった。どこから来るのか、さっぱりわからない。里から来るのではなかった。いつも、飯道山の山頂の方から来て、また、山頂の方に帰って行った。

 山頂の向こうは奥駈けの道である。阿星山、金勝山、太神山へと続いている。すでに、それらの道は雪で覆われていた。暗くなった雪道を普通の者が歩けるわけはなかった。

 昼間になってから太郎坊の足跡を追って行く者もあったが、それも、失敗に終わった。いつも、足跡は途中で消えていた。切り立った崖の所で止まっていたり、大きな岩の前で消えていたり、また、何もない所で急に消えていたりする事もあった。そこから、空を飛んで行ったとしか考えられなかった。

 太郎坊の存在は益々、不思議がられて行った。





 太郎は一人で酒を飲んでいた。久し振りの酒だった。

 『志能便の術』を教えている一ケ月間は一滴も飲まなかった。

 普段だと、剣術の稽古が終わるのが六ツ時(午後六時)なので、家に真っすぐ帰っても、楓はまだ帰っていないが、『志能便の術』が終わるのは六ツ半時(午後七時)なので、真っすぐ帰っても、楓は帰って来ていた。

 太郎は毎日、酒も飲まず、真っすぐ家に帰った。また、酔っ払ってもいられなかった。

 太郎坊の正体がばれないように細心の注意を払わなければならなかった。見ず知らずの連中に教えるのとはわけが違う。『志能便の術』を習う者たちの中には、今まで、ずっと、太郎が剣術を教えて来た者が三十人もいる。そいつらに、もしかしたら、太郎坊の正体は火山坊ではないか、と、少しでも疑わせてはならなかった。

 太郎坊は飽くまでも、どこからともなくやって来て、どこかへ去って行く天狗のような存在でなければならなかった。それには毎日、皆を、あっと言わせるような事をしなくてはならない。太郎は色々と考えた。そして、色々な事をしてみせて皆を驚かせて来た。

 結構、毎日が楽しかった。久し振りに充実した日々を過ごしていた。

 昨日、それも、やっと終わった。

 正体もばれずに無事に済んだ。誰一人として、太郎坊と火山坊が同一人物だと疑った者はいないだろう。

 太郎坊は益々、伝説上の人物になって行ったはずだった。

 今日は打ち上げの宴があった。毎年、一年間の修行者を送り出した後に行なわれる恒例の宴会だった。今年も無事、一年間の武術稽古は終わり、修行者たちは皆、山を下りて行った。一年間、よくやったと、剣術、槍術、棒術、薙刀術、すべての師範、師範代が集まって、うまい物を食べて、酒を飲み、大いに騒いで、忙しい年末年始を乗り越え、また、来年、頑張ろうという宴会だった。

 『湊(ミナト)屋』という料亭に、師範と師範代二十人が集まり、遊女たちも大勢混ざって賑やかな飲み会となった。

 一時(イットキ)程(二時間)、食べて、飲んで、騒ぐと、皆、それぞれ好きな所に散って行った。

 太郎は金比羅坊と中之坊に『おかめ』に行こうと誘われたが、疲れたから帰ると言って皆と別れた。そして、こうして、一人で飲んでいた。

 『たぬき』という名の飲み屋だった。たぬきのような女将が一人でやっている小さな店だった。太郎の他に客は五人いたが山伏はいなかった。

 この店は狸汁がうまいというので有名だった。狸など食ったら汚れるというので、山伏はこの店には来なかった。山伏だから獣を食べないと言うわけではない。ただ、飯道山の膝元だから憚られるだけの事だった。

 太郎は今、山伏の格好ではなかった。仏師、三好日向の格好をしていた。

 太郎はいつも、着替えをある所に隠していた。ある所とは松恵尼が持っている農家だった。そこにいる義助という年寄りと仲良くなり、時折、一緒に飲む事もあった。

 家を出る時は三好日向として出て、その農家で着替え、山伏となって山に登り、また、着替えてから帰って行った。面倒臭かったが仕方がなかった。どんなに酔っ払っていても、山伏の格好のまま、家に帰るような事はなかった。

 今日は『湊屋』を出て、もう帰ろうと思って着替えたのだったが、久し振りに酒が入ったせいか、途中で気が変わって、また、町に戻って来たのだった。

 やっと終わった、と太郎は一人、酒を飲みながら、しみじみと思った。

 一ケ月の間、正体はばれずに済んだが厄介な問題を抱えてしまった。

 探真坊見山、風間光一郎、宮田八郎、この三人は、まだ、山にいた。他の者は皆、山を下りたのに、この三人はまだ、山に残っていた。

 探真坊は太郎が予想した通り、最後の日の稽古が終わる頃、名乗りを上げ、太郎を仇として、六尺棒を振り回し、飛びかかって来た。

 太郎は竹の棒切れで探真坊の相手をした。

 探真坊の振り回す六尺棒を何度もかわし、「もっと、修行を積め」と言い残して太郎はその場を去った。

 探真坊は太郎の後を追って来た。探真坊だけではなかった。風間光一郎も宮田八郎も後を追って来た。太郎は三人を振り切って逃げるつもりでいた。

 ところが、光一郎がふいに、父親、風眼坊の名を叫んだ。今まで、一言も父親の名前など出さなかった光一郎が、その時、ふいに口に出した。

 太郎は立ち止まって振り返った。

 光一郎はひざまずいて、太郎の方を見ていた。八郎も光一郎の隣にひざまずいた。

「太郎坊殿、わたしを弟子にして下さい。お願いします」と光一郎は言った。「父上に言われました。これからは太郎坊殿に教われと‥‥‥どうか、弟子にして下さい」

「おらも弟子にしてくだせえ。お願いしますだ」と八郎までも言った。

 まさか、そんな事を言われるとは思ってもいなかったので、太郎は何と答えたらいいのかわからず、ただ、黙って二人を見ていた。

 自分の修行も中途半端なのに、弟子など取れるわけがなかった。

「お願いします」と二人は雪の中に土下座していた。

 すると、今度は探真坊までもがひざまずき、弟子にしてくれと言い出した。

「わしはお前の仇だぞ、仇の弟子になるというのか」と太郎は聞いた。

「このまま修行していても仇が討てるとは思えません」と探真坊は言った。「いっその事、弟子になって修行を積めば、いつの日か、仇が討てるかもしれません」

 太郎はどうしたらいいものか迷っていた。答えは、すぐに出なかった。

 三人は雪の中に両手を付き、太郎を見上げていた。皆、思い詰めたような真剣な目付きだった。

「みんなの言う事はわかった」と太郎は三人に言った。「わしは来年の正月の十日に、また、このお山に来る。もし、気が変わらなかったら、それまで待っているがいい」

 そう言い残して、太郎は山の中に消えた。

 さて、どうしたら、いいものか‥‥‥

 弟子か‥‥‥

 そんな事、考えてもいなかった。

 駄目だと言っても、あの三人は諦めはしないだろう。来年、太郎坊が来る十一月まで飯道山に残り、また、弟子にしてくれと言うに違いない。それまで、太郎の方が三人を騙し通せるか自信がなかった。いつか、ばれるなら早いうちに、ばらしてしまった方がいいかもしれない。その方が、太郎にすれば気が楽だった。

 三人の弟子か‥‥‥

 三人共、弟子にするには悪くない連中だった。三人共、素質がある。伸ばせば、いくらでも伸びるだろう‥‥‥

 弟子を取るという事は、俺は奴らの師匠になるという事か‥‥‥

 この俺が師匠か‥‥‥

 太郎は酒を飲みながら、一人、ニヤニヤしていた。

 酔っ払って、いい気分になると、太郎は夕顔に会いに『夜叉亭』に向かった。





 年が明けて、十日の日、天狗の面を付けた太郎坊が山に登ると、風間光一郎と宮田八郎と探真坊見山の三人は吹雪の中、雪の上に座り込んで待っていた。

 太郎坊を見ると、三人は一斉に頭を下げ、「弟子にして下さい」と叫んだ。

 太郎坊は頷いた。「弟子にしてやってもいい。ただし、条件がある」

「条件?」と八郎は光一郎と探真坊の顔を窺った。

「何ですか。何でもします」と光一郎は言った。

「百日間の奥駈け行をする事だ」と太郎坊は三人に言った。「無事に百日間、歩き通す事ができたら、わしの弟子にしてやる。歩き通せないようだったら、黙って、このお山を下りて行け」

「えっ、百日間も山の中を歩き通すんですか」と八郎は驚いた。

 八郎は去年の一ケ月間の山歩きの事を思い出した。一ケ月間でも、やっとの思いで歩いた。それを百日間もやるなんて‥‥‥

 気の遠くなる話だった。百日間と言えば三ケ月以上も歩き通さなければならない。

 果たして、できるだろうか‥‥‥

「やるか」と太郎坊は聞いて、天狗の面の中から三人の顔を見つめた。

「わけない」と光一郎は力強く言った。

「百日間か‥‥‥」と探真坊は呟いた。

「いやなら、やめても構わんぞ」と太郎坊は八郎に言った。

「やる。百日間、歩き通すだ。死んでも、歩き通すだ」と八郎は太郎坊を見上げながら、きっぱりと言った。

「俺もやってやる」と探真坊も太郎坊をじっと見つめながら言った。

「よし。十六日から始めろ。百日行が終わる頃、わしは、もう一度、ここに来る」

 太郎坊はそう言うと、吹雪の中に消えて行った。

「百日も歩くのか‥‥‥」と八郎は太郎坊が消えると小声で呟いた。

「百日間なんて、すぐさ」と光一郎は立ち上がりながら言った。

「この雪の中、百日も歩くのか‥‥‥」と探真坊は雪の中に六尺棒を突き刺した。

「いやならやめればいい。俺一人でもやってやるさ」光一郎は薄ら笑いを浮かべて、二人を見た。

「誰もいやだとは言っていない」と探真坊は光一郎を睨んだ。

「そうや、おらだって、百日位、平気や」と八郎は叫んだ。

 八郎はまだ、雪の上に座り込んだままだった。

「口では何とでも言えるさ」光一郎は袴の雪を払った。

「絶対に、百日、歩いてやるわ」八郎は立ち上がると、吹雪いている雪の中、木剣を振り回した。

「人から聞いた話だがな、あの太郎坊殿は二回、百日行をやっているそうだ」と光一郎が二人の顔を見比べながら言った。

「えっ、二回も‥‥‥二回っていう事は、二百日か」と八郎は目を丸くした。

「当たり前だろ」と探真坊が八郎に言った。

「二百日も山歩きしてるのか‥‥‥そうか、山歩きをしなければ、太郎坊殿のようにはなれねんやな。天狗のようになるには、やっぱり、山歩きをしなくちゃなんねんやな。そんなら、おらもやんなきゃなんねえわ」

「山歩きだけじゃない。太郎坊殿は真冬に滝に打たれたり、半年の間、山奥に籠もって、厳しい修行をなさっているんだ」光一郎は自慢げに二人に説明した。

「へえ、やっぱり、凄え人なんやな」と八郎は感心する。

「どうして、お前、そんな事まで知っているんだ」と探真坊は不思議がった。

「聞いたんだ」

「誰に」

「熊野の山伏だ」と光一郎は言った。

「へえ、熊野まで有名なのか、太郎坊殿は」

「まあ、そういう事だ」



 三人の百日行は、新入りの修行者たちと一緒に十六日から始まった。

 去年と同じく、五百人余りの新入り修行者たちに混ざって、三人は歩き始めた。

 今年は去年のような大雪はあまりなかったが、吹雪いていて寒い日が多かった。

 三人は第四隊の最後尾を火山坊を名乗る太郎と共に歩いていた。

 三人はまだ、一緒に歩いている火山坊が太郎坊だとは知らない。

 八郎は火山坊に、太郎坊の事など話しながら気楽な気持ちで歩いていた。太郎は話を聞きながら、こいつは百日間、歩き通せるのだろうかと不安を感じていた。太郎としては、八郎にも歩き通して欲しかった。あとの二人は心配なかった。きっと、歩き通せるだろう。ただ、この調子者の八郎だけが心配だった。

 今日で十五日目だった。すでに、新入り修行者たちの半分以上は消えて行った。あと半分の十五日間、我慢して、やり通せば、新入り修行者の山歩きは終わるが、三人にとっては、まだ、まだ、始まったばかりだった。

 百日間というと、冬が終わって雪が消え、桜の花が咲き、山々が新緑に変わるまで歩き通さなければならない。太郎がかつて経験したように、それぞれがそれぞれの幻想と戦いながら歩く事になるだろう。

 雪の日も雨の日も風の日も、たとえ、体の具合が悪くても歩き通さなければならない。辛い修行だが、三人がこれから先、武術の道に生きて行くつもりなら、この位の事は耐えなければならなかった。

 太郎は山歩きが終わると久し振りに夕顔に会いに行った。去年、打ち上げの時、行ったきりで今年になって初めてだった。

 年末年始は忙しく、その後、三日間の休みを貰って、毎日、百太郎と遊んでいた。そして、新入り修行者がどっと入って来て、何かと忙しく、遊んでいる暇はなかった。

 今日は天気も良かったし、修行者たちも山歩きに慣れて来たせいか、以外と早く終わった。太郎は山を下りると真っすぐ、『夜叉亭』に向かった。素面(シラフ)で行くのは初めてだった。

 夕顔はいなかった。宴会に呼ばれて出ていると言う。

 太郎は一人、酒を飲みながら待っていた。

 半時(一時間)近く、待っていただろうか。

「待った? 御免なさいね」と夕顔は現れた。

「少しな」と太郎は言った。

「ずっと、待っていたのに、全然、来てくれないんですもの」と夕顔は太郎を睨んだ。

「忙しかったんだ」と太郎は言い訳をした。

「会いたかったわ」と夕顔は言って太郎に向き合って座り、太郎の顔を見つめた。

「今日はゆっくりしてってね。お願いよ」夕顔は太郎に甘えるように笑いかけた。

「ああ、そのつもりさ」と太郎も笑った。

「まあ、嬉しい」と夕顔は太郎に飛び付いて来た。

「酒がこぼれるよ」

「あら、御免なさい。だって、会いたかったのよ」

「俺だって、会いたかったさ」

「本当?」

「ああ、宴会に出てたんだって?」

「ええ、何とか講っていう信者さんたちよ。伊勢の方から来たらしいわ。中に酒癖の悪いお客がいてね、あたし、頭に来たから、さっさと先に帰って来ちゃった」

「いいのか、そんな事をして」

「いいのよ。若い娘がお目当てなんだから、あたしみたいな年増はさっさと消えた方がいいの」

「そんな事はないだろ」

「でも、良かったのよ。あなたが待っていてくれたんだもの」

「今日は、いつもの勘は働かなかったのかい」

「そうね、でも、早く帰って来たんだから、無意識のうちに働いていたんじゃないの」

「無意識のうちにか‥‥‥」

「そうよ。ね、今日はゆっくり、飲みましょう。やっと、あたしにもお正月が来たわ」

 太郎と夕顔は二人だけの甘く長い夜を、ゆっくりと過ごして行った。
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