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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
20.観智坊露香2






 賑やかな飯道山の祭りも終わり、秋も深まって行った。

 観智坊がこの山に来て、すでに一年が過ぎていた。長かったようで、短かった一年だった。この山に来て観智坊は色々な事を学んだ。今まで考えてもみなかった様々な事を知った。体付きや顔付きまでも、すっかりと変わり、もう、どこから見ても立派な山伏だった。

 観智坊はすっかり生まれ変わっていた。

 若い者たちから『親爺、親爺』と慕われ、今の生活に充分に満足していた。棒術の腕も自分でも信じられない程に上達して行った。若い者たちの面倒味がいいので、先輩の山伏たちからも、このまま、この山に残らないかと誘われる事もあった。今のまま修行を積んで行けば、ここの師範代になる事も夢ではないとも言われた。

 観智坊もすでに四十歳を過ぎていた。先もそう長いわけではない。加賀の事は気になるが、果たして、自分が加賀に戻ったとして、一体、何ができるのだろうか、裏の組織を作るといっても、そう簡単にはできないだろう。自分がしなくても、誰かがやるに違いない。加賀の事は門徒たちに任せて、自分はここで新しい人生を送ろうと考えるようになって行った。やがて、師範代になる事ができれば、家族を呼んで、この地で暮らそう。そして、息子をこの山に入れて鍛え、加賀に送ってもいい。自分がこれから何かをやるより、若い息子に託した方がいいかもしれないと思うようになって行った。

 若い者たちに囲まれて、観智坊は毎日、楽しかった。若者たちは観智坊を頼って色々な相談を持ちかけて来た。観智坊は親身になって相談に乗り、解決してやった。観智坊は若者たちから、一年間の修行が終わったら、是非、うちに来てくれと誘われたり、一緒に酒を飲もうと誘われたり、女遊びをしようと誘われたり、引っ張り凧だった。観智坊も皆のために、どうしても師範代にならなければならないと稽古に励んでいた。

 観智坊の一日は夜明け前の修徳坊の掃除で始まり、本尊の阿弥陀如来の前での法華経(ホケキョウ)の読経をし、朝飯を食べると矢作りの作業場へと行き、午後は棒術の稽古だった。

 十月の初めの事だった。観智坊がいつものように読経を済ませ、自分の部屋に戻ろうとした時、仏壇の片隅に見慣れた字の書かれた紙切れが目に付いた。一瞬、誰の字だったか分からなかったが、その字に懐かしいものを感じた。観智坊は仏壇に近づいて、その紙切れを手に取って調べた。それは蓮如の書いた『御文(オフミ)』だった。勿論、蓮如の自筆ではない。誰かによって写されたものだった。よく見れば、全然、蓮如の筆跡とは違った。しかし、観智坊には一瞬、それが蓮如の自筆のように見えた。目の錯覚だったかと観智坊は思い、その御文を読んでみた。

 御文は今年の七月に書かれたものだった。どこの誰が写したのかは分からない。内容は、いつもの御文と同じような事が繰り返し書かれてあった。観智坊はその御文を読みながら、胸の奥に熱い物を感じていた。自然と涙が溢れ出て来て止める事はできなかった。涙で目が曇り、最後まで読めなかった。観智坊はその御文を読みながら、蓮如と初めて会った時から、別れた時までの事を一瞬の内に思い出していた。

 観智坊はその御文を握ったまま、棒術の道場へと走って行った。

 道場には誰もいなかった。

 観智坊は片隅に建つ武具小屋に入って、思いきり涙を流した。

 様々な事が急に思い出された。

 若くして死んだ母親‥‥‥

 本覚寺に奉公に出て、こき使われた事‥‥‥

 本泉寺の如乗との出会い‥‥‥

 娘、あやの病死‥‥‥

 そして、蓮如との出会い‥‥‥

 今の観智坊がいるのは蓮如のお陰だった。蓮如と会わなければ、自分は本願寺の一門徒として終わっていたに違いない。蓮如あってこその自分だった。

 蓮如はすでに六十歳を越えている。六十歳を過ぎても蓮如は門徒たちのために戦っていた。それを四十歳を過ぎたから、そろそろ、楽をしようと考えていた自分が恥ずかしく思えた。自分は蓮如よりも二十歳も若いのだ。加賀の事も、誰かがやるから、自分がやらなくてもいいと思っていた自分が恥ずかしかった。誰かがやるからではなく、自分がやらなければならないのだった。自分はその事をやるために、この山で修行しているのだった。やれるかどうかが問題ではなかった。やらなければならない事をやれる所までやり通す事が重要なのだ。特に、本願寺の裏の組織を作るという事は山伏となった観智坊にしかできない仕事だった。辛い事も色々とあったが、この山で若者たちに囲まれて暮らしているうちに、いつの間にか、その事を忘れて、楽な方、楽な方へと考えるようになってしまっていた。

 観智坊はその日、小屋の中で、加賀で起こった事をすべて思い出し、決心を新たにした。

 修徳坊に帰って、御文を誰が持って来たのか聞いて回ったが、誰もそんな事を知らなかった。みんな、それが蓮如の御文という事さえ知らない。結局、誰か信者が持って来たのだろうという事となり、観智坊はその御文を貰う事ができた。誰がここに持って来たのか分からないが、観智坊は、その誰かに感謝した。もし、その御文を見なかったら、観智坊の一生が変わってしまったかも知れなかった。観智坊はその御文を今後の戒(イマシ)めとして、常に、肌身離さず持っている事に決めた。

 その日から、観智坊は今まで以上に稽古に励んだ。この山で師範代になる事は諦め、加賀に戻るために稽古に励んだ。この山を下りるまで後三ケ月もなかった。三ケ月のうちで、身に付けられる事はすべて身に付けたかった。

 今まで棒術の稽古をする時、相手も棒術だった。しかし、山を下りて敵と実際に戦う場合、相手も棒で掛かって来るとは限らない。刀の事もあるし、槍の事もあるし、薙刀の事もある。あるいは弓矢や手裏剣のような飛び道具の事もあるだろう。山を下りたら、すべての物を相手にしなければならない。

 観智坊は稽古が終わった後、他の組の修行者たちに頼み、稽古を付けて貰う事にした。剣術組の大久保源内、槍組の牧村右馬介(ウマノスケ)、薙刀組の西山左近の三人がよく付き合ってくれた。三人共、同じ武器同士で稽古するより、ためになると言って喜んで付き合ってくれた。

 剣術を相手に戦うのは棒術とそれ程は変わらなかったが、槍や薙刀を相手にするのは難しかった。また、木剣を相手にするのと真剣を相手にするのとでは全然、違った。木剣なら棒で受けても切られる事はないが、真剣の場合、下手をすれば棒を切られる事も考えられる。切られる事を想定した上で戦わなければならなかった。切られないようにするためには樫の棒を鉄板か鉄の棒で補強するか、樫の棒のままで使うなら、絶対に刀の刃を受け止めない事だった。敵が打とうとして来た瞬間に刀の横面、鎬(シノギ)を払うか、敵の太刀筋を見極めて避けるしかなかった。槍や薙刀の場合も、真剣だと思って稽古に励んだ。

 観智坊は山を下りるまで、一時も無駄にしたくはなかった。眠る時間も惜しんで武術に熱中した。休みたいと思ったり、怠け心が起きると、蓮如の御文を読んで心を励ました。

 四十を過ぎた親爺が頑張っている姿を見て、若い修行者たちもやる気を出していた。毎年、夜遅くまで稽古に励んでいる者が何人かいたが、今年は異例だった。どこの道場も十人以上の者たちが夜遅くまで稽古に励んでいる。そして、今まで、組が違うと余り交流もなかったが、今年は違う組同士の者たちがお互いの腕を磨くために協力し合っていた。

 武術総師範の高林坊もこの現象には驚いていた。夜遅くまで稽古に励んでいる若者たちを見ながら、自分たちの若かった頃の事を思い出していた。高林坊が四天王と呼ばれていた頃、修行者の数は今程、いなかったが、師範も修行者も皆、若く、夜遅くまで稽古に励んだものだった。あの頃は道場も一つしかなく、剣術も棒術も槍術も薙刀術も皆、一緒になって稽古に励んでいた。違う得物(エモノ)を使う者と稽古をする事は、同じ得物同士で稽古をするよりも、ずっと学ぶものが多かった。高林坊自身も風眼坊、栄意坊、火乱坊らを相手にして腕を磨いて行った。その事は分かっていたが、修行者の数が多くなるにつれて、自然と組に分かれて修行するようになり、それが当然の事のようになってしまった。

 高林坊は観智坊が他の組の者と稽古しているのを見て、その当時の事を思い出した。そして、これは是非ともやらなければならないと思った。月に一度位は他の組の者と稽古ができるようにしようと高林坊は思った。高林坊は観智坊に、忘れてしまっていた重要な事を思い出させてくれた事に陰ながら感謝していた。

 観智坊は太郎坊とは違って、格別な強さというものはないが、若い者たちを引っ張って行く、何か不思議な魅力を持っているのかもしれないと高林坊は思った。風眼坊が観智坊を自分の弟子にすると言った時、はっきり言って、風眼坊がふざけているのだろうと思っていた。百日行をすると言った時も、観智坊が歩き通すとは思ってもいなかった。観智坊が見事に百日行をやりとげ、棒術組に入って来た時も、ただ、一年間、頑張れと思っただけだった。まあ、一年間、稽古に励めば、人並み程には強くなれるだろうと思っただけで、別に何も期待はしなかったし、一々、気にも止めなかった。ところが、観智坊がこの山にいる事によって、山の雰囲気は変わって行った。若者たちが皆、やる気を出して修行に励んでいるのだった。こんな事は今までにない事だった。毎年、何人かの者が遅くまで修行に励んでいた。太郎坊がそうだったし、太郎坊の弟子となった、光一郎、八郎、五郎がそうだった。毎年、二、三人はそんなのがいた。しかし、今年は二、三人どころではなかった。修行者の半分近くの者たちが、観智坊に影響されて遅くまで稽古に励んでいる。

 高林坊は改めて、観智坊という男を見直した。自分には見抜く事ができなかったが、観智坊という男には、風眼坊が弟子にするだけの何かがあるのかもしれないと思うようになって行った。

 高林坊はその日から観智坊という男を陰ながら見守る事にした。





 早雲と小太郎が駿河にて活躍して、竜王丸をお屋形様にする事に成功した頃、観智坊は下界の事とはまったく隔離(カクリ)されて、武術だけに熱中していた。

 十一月になり、枯葉も散って、寒さも厳しくなって来ると、観智坊はこの山にいる時間が短くなった事を気にして、やたらと焦り始めていた。山を下りるまで、もう二ケ月もなかった。時はどんどん過ぎて行くが、まだまだ、身に付けるべきものは色々と残っていた。気持ちが焦れば焦る程、厳しい稽古を積んでいるのにも拘わらず、上達はしなかった。持ち慣れている棒までが重く感じ、自分の思うように振れなかった。

「観智坊殿、疲れが出て来たんですよ」と野村が言った。

「稽古ばかりではなく、時には休む事も重要です」と小川は言った。

「いや、休む暇などない。もう、時がないんだ」

「観智坊殿、これは聞いた話ですけど、武術の稽古をしていて行き詰まった時は、何も考えないで座り込むのがいいそうですよ」と黒田が言った。

「座り込む?」

「はい。座禅と言うんですか、静かに座って、無になるんだそうです」

「無になる?」

「はい。何もかも忘れて座るんです。そうすると、何かがひらめくそうです」

「ひらめくのか‥‥‥」

 観智坊は以前、風眼坊から、そんなような事を聞いた事があった。何かが分からなくなった時は、すべてを忘れて座っていると自然と心が落ち着き、物事が解決する事もあると風眼坊は言っていた。観智坊は自分が焦っているという事を自覚していた。焦ってはよくないという事も以前の経験から知っている。しかし、この焦りを止める事はできなかった。焦るな、焦るな、と思えば思う程、さらに焦っている自分を感じていた。このままでは駄目だった。こんな気持ちのままで、この山を下りる事はできなかった。

 観智坊は黒田の言うように、しばらく、何も考えないで座ってみようと思った。黒田に座り方を教わると、観智坊はすぐに、その場に座り込んだ。

「観智坊殿、こんな所に座っては体を冷しますよ。部屋に帰ってから座って下さい」

 黒田がそう言ったが、観智坊は返事をしなかった。仕方なく、その場にいた野村、小川、黒田、西山の四人は観智坊に従って、寒い道場内に座り込んだ。半時程して、寒さに耐えられず、四人は帰って行ったが、観智坊は一人で座り続けた。

 何も考えるな、と言っても無理だった。次々に頭の中に考えが巡った。一つの考えを打ち消すと次の考えが出て来て、それを打ち消すと、また、違う考えが現れた。

 最初に出て来たのは、観智坊が実際に今、答えが出ないで焦っている武術の事だった。木剣を構えている大久保の姿が頭の中に浮かび、大久保に対して、どう戦おうかと考えを巡らした。大久保の事は忘れろと打ち消すと、今度は薙刀を構えた西山の姿が浮かび、観智坊はまた、薙刀に対して、どう戦おうか考えた。それを打ち消すと、今度は槍を構えた牧村が現れ、次には、棒を構えた西光坊が現れた。次々に色々な相手が現れ、ついには、太郎坊も現れ、師の風眼坊までもが現れた。観智坊はそれらを皆、打ち消して行った。

 武術の事から、ようやく離れる事ができたと思ったら、今度は加賀の本泉寺に置いて来た家族の事が頭に浮かんだ。本泉寺にいる妻や子供たちの姿が、実際に見ているかのように浮かんだ。息子の乗円(ジョウエン)が娘のすぎと一緒に、蓮如の作った庭園の掃除をしていた。やがて、妻の妙阿(ミョウア)が勝如尼(ショウニョニ)と一緒に出て来て庭園を眺めていた。丁度、庭園の向こうに日が沈む時で、蓮如の作った庭園は極楽浄土のように美しかった。その光景を頭に浮かべ、いい気持ちになっていた観智坊だったが、それも慌てて打ち消した。

 無になるん、無に‥‥‥

 しかし、それは難しかった。

 次に現れたのは妻の姿だった。肌衣(ハダギヌ)姿の妻は布団の中で観智坊を誘っていた。観智坊は妻の体に飛び付いて行った。やがて、妻の顔は若い娘に変わった。それは、観智坊が加賀を離れて蓮如と共に近江の大津にいた頃、観智坊が囲っていた娘だった。娘は大胆な姿態で観智坊を誘った。女は次々と違う女に代わって行き、あられもない姿で観智坊を誘った。観智坊はニヤニヤしながら女たちに挑んで行った。

 観智坊は我に返って、頭を振ると頭の中の思いを断ち切った。

 わしは何を考えておるんじゃ。確かに、女には飢えている。しかし、今はそんな事を考えてはいられないんだ。山を下りれば、女なんて好きなだけ抱けばいい。今は、そんな事を考えている暇はないんだ‥‥‥

 とにかく、何も考えるな‥‥‥

 考えるな、考えるな、と思っても、頭の方は言う事を聞かない。

 蓮如の顔が浮かんで来た。蓮如は息子たちに囲まれて笑っていた。大津の順如(ジュンニョ)がいた。波佐谷(ハサダニ)の蓮綱(レンコウ)がいた。山田の蓮誓(レンセイ)がいた。そして、実如(ジツニョ)、蓮淳(レンジュン)、蓮悟(レンゴ)がいた。そこが、どこなのか観智坊には分からなかったが、蓮如は幸せそうだった。慶覚坊(キョウガクボウ)と慶聞坊(キョウモンボウ)と下間頼善(シモツマライゼン)が現れた。そこでは一揆は起こらないのだろうか、皆、和(ナゴ)やかな顔をしていた。

 蓮如の幸せそうな顔をもっと見ていたかったが、場面は急に変わった。そこには痩せ衰えた子供たちの姿があった。女たちが泣いていた。男たちは武器を持って戦の支度をしていたが、絶望的な顔色だった。そこは、越中の瑞泉寺(ズイセンジ)の横にある避難所だった。木目谷(キメダニ)の高橋新左衛門の姿があった。何だか急に老け込んだようだった。以前のような精悍(セイカン)さはなく、死んだような情けない目付きだった。新左衛門は本願寺の裏の組織を作るために頑張っているはずだった。それなのに、これは一体、どうした事なんだ‥‥‥

 場面はまた変わった。次に浮かんで来たのは吉崎御坊だった。観智坊は北門をくぐって懐かしい御坊への坂道を登っていた。本堂が見えた。そして、御影堂(ゴエイドウ)、庫裏(クリ)、書院が見えた。観智坊は庫裏の側で遊んでいた蓮如の子供たちを思い出した。観智坊は庫裏に入った。蓮如はいなかった。また、旅に出たんだなと思った。書院に顔を出した。執事(シツジ)の下間玄永がいるだろうと思ったが、玄永はいなかった。書院では本覚寺蓮光(ホンガクジレンコウ)と超勝寺(チョウショウジ)の三兄弟、浄徳寺慶恵(ジョウトクジキョウエ)、定地坊巧遵(ジョウチボウギョウジュン)、善福寺順慶(ゼンプクジジュンキョウ)が何やら密談を交わしていた。観智坊は超勝寺の者に近づいては駄目だと蓮光に言ったが、お前は何者だ、と言われ、吉崎御坊から追い出されてしまった。蓮崇だと言っても、蓮崇は破門された。のこのこと、こんな所には来られまいと言って相手にされなかった。観智坊は「上人様!」と叫んだ。

 知らず知らず、観智坊は本当に叫んでいた。

 目を開けると、もう、夜が明けようとしていた。

 東の空がうっすらと明るくなりかけていた。どの位、座っていただろうか、結局、心を無にする事はできなかった。様々な思いが頭の中に浮かんでは消え、何の解決にもならなかった。観智坊は東の空を見つめながら、どうしたらいいのだろうと考えていた。その時、人の気配を感じて、観智坊は振り返った。

 高林坊が道場に入って来た。こんな早くから、何で、高林坊がこんな所に来るのだろうと不思議に思いながら見ていると、高林坊は観智坊の側まで来て座り込んだ。

「どうじゃ、答えは見つかったか」と高林坊は言った。

「いえ‥‥‥」と観智坊は首を振った。

 今まで、高林坊と二人だけで言葉を交わした事はなかった。時折、道場に出て来ても、直接に話した事はなかった。どうして、高林坊がこんな朝早くから自分に声を掛けて来たのか、観智坊には分からなかった。

「壁にぶつかったようじゃのう」と高林坊は言った。

「壁?」と観智坊は聞いた。

「武術というのは不思議なもんじゃ」と高林坊は言った。「稽古を積めば積む程、強くなるというのは事実じゃが、ある程度の強さまで行くと、誰でも必ず、壁に突き当たる」

 観智坊は黙って、高林坊の顔を見つめた。

「太郎坊の奴も壁に突き当たって悩んでおった。そして、その壁を自力で突き破って行った‥‥‥強くなれば強くなる程、その壁というのは大きくなって立ちはだかるもんじゃ。観智坊、そなたも今、その壁にぶち当たったんじゃよ。何としてでも、その壁を突き破らん事には、それ以上強くはなれんぞ」

「壁ですか‥‥‥どうして、強くなると壁に突き当たるのですか」

「どうしてかのう‥‥‥うまく説明する事はできんが、武術というものは、ただ、技術だけでは敵に勝つ事はできんと言う事じゃな。技術というのは教える事はできる。ある程度、技術を身に付けてしまえば、それから先の事は、決して誰からも教わる事はできんのじゃ。自分で身に付けて行くしかないんじゃ‥‥‥武術というのは人と人との戦いじゃ。敵にも心はあるし、自分にも心はある。刃(ヤイバ)を交わして、構える。誰もが怖いと思う。それは当然の事じゃ。負ければ死ぬ。誰でもその事は考える。敵に勝つためには、その恐れを克服(コクフク)しなければならん。恐れを克服して敵に勝てるようになったとする。敵に勝って満足する。しかし、そこでまた壁にぶつかるんじゃ。敵に勝った。しかし、敵を殺してしまった事に対しての悔いが残るんじゃよ‥‥‥わしも今までに何人かの人を殺した。未だに悔いておる。何であんな事をしてしまったのじゃろうとな。武術というのは、確かに人を殺すための技術じゃ。しかし、わしはそれを越えた所に、本当の武術というものがあるような気がするんじゃ。矛盾かも知れんが、争い事を無くすための武術というものがあるような気がするんじゃよ」

「争いを無くすための武術‥‥‥」

「ああ。よく分からんが、武術には使う者の心というものが多分に作用する事は確かじゃ。心の修行も大切だという事じゃ‥‥‥わしは太郎坊と二度、立ち合った事があった。一度目は完全にわしの勝ちじゃった。太郎坊はその後、再び、百日行をやり、山の中に半年程、籠もった。何をやっておったのかは知らん。山から出て来た時、わしは太郎坊と二度目の立ち合いをした。お互いに構えただけで終わったが、わしは心で太郎坊に負けたと思った。言葉ではうまく説明できないが、太郎坊の大きな心にふわっと包み込まれたように感じたんじゃ。心というのは決して見る事はできないが、武術においては、心の動きというものは大きく作用するんじゃよ。わしが見た所、そなたも今、心の問題で悩んでおると思う。心が何かに囚われておると、体まで自由に動かなくなるもんじゃ。そんな時は稽古を離れて、そうやって座り込む事が一番じゃ‥‥‥わしは、そなたの事を風眼坊から頼まれておった。しかし、わしは今まで、そなたの力にはなれなかった。矢作りの作業の事じゃが、もう、充分に身に付けたじゃろう」

「はい‥‥‥」

「今日から作業はしなくてもいいようにしてやる。思い切り、その壁にぶち当たってみろ」

 そう言うと高林坊は立ち上がった。

「ありがとうございます」と観智坊は頭を下げた。

「なに、そなたがやるだけの事をやったからじゃ」と高林坊は笑った。「精一杯、努力をすれば、必ず、誰かが力を貸すもんじゃ」

 高林坊は去って行った。

 観智坊は、もうしばらく座り続けてみようと思った。ただ、この道場では邪魔になる。観智坊は修徳坊の裏山の中で座り込む事にした。そこで座り込んでみても様々な思いが頭に巡った。それを打ち消しながら観智坊は座り続けた。日差しを浴びて、そのうちに気持ちよくなって、いつの間にか眠ってしまった。目が覚めたら、もう日暮れ近かった。こんな事では駄目だと思い、気持ちを引き締めて座り続けたが、今度は腹がぐうぐう鳴って来た。考えてみたら今日は何も食べていなかった。食べずに座り続けるか、食べてから、また座ろうか考えたが、腹が減っては戦もできないと思い、修徳坊に帰って飯を食い、また裏山に登った。

 三日目になって、ようやく、無の境地というものが少しづつ分かり掛けて来た。何も考えないでいる事の快感というものが分かり掛けて来た。何となく、自分が自然の中に溶け込んで行くように感じられた。以前、自分は自分で、自然は自然だったものが、自分も自然の中の一部で、自然という大きな力に優しく包み込まれているような、何とも言えない、いい気持ちになって行った。もしかしたら、この自然というのは蓮如上人の言う阿弥陀如来様の事ではないのだろうか、と観智坊は思った。

 阿弥陀如来様に優しく包まれている事に気づけば、自然と感謝の念は起きて来る。観智坊の心の中から、自然と『南無阿弥陀仏』という念仏が起こって来た。それは本当に自然な事だった。その念仏には何の欲も絡んでいなかった。純粋な感謝の気持ちだった。

 観智坊は目を開けた。

 見慣れた自然の姿が、まるで、極楽浄土のように感じられた。観智坊はまた、知らずのうちに念仏を唱えた。まったく無意識の念仏だった。

 観智坊には、ようやく、蓮如が繰り返し、繰り返し言っていた念仏の意味が分かったような気がした。今まで、観智坊が唱えていた念仏は本物ではなかった。蓮如は、阿弥陀如来様の偉大なる心が分かれば、自然と感謝の念仏が心の底から涌き出て来ると、何度も御文で言っていた。頭では分かったつもりでいたが、本当に分かってはいなかった。今、無意識のうちに出た念仏こそが、蓮如が言っていた念仏だったのだと観智坊は思った。

 観智坊は自然に対して合掌をした。本当に阿弥陀如来様に抱かれているような感じだった。

 観智坊は静かにその場を離れると道場に向かった。道場では皆がいつものように稽古に励んでいた。

 観智坊は棒を手にした。井戸掘りが終わった時のように、その棒は体の一部のように感じられた。不思議な事だったが棒も自由に使う事ができた。高林坊の言っていた『壁』というものを乗り越えたようだった。

 稽古が終わり、夜になって、剣術や槍術や薙刀術を相手にしても棒は思うように使えた。心が何かに囚われていると体も自由に使えなくなると高林坊は言っていた。観智坊は剣、槍、薙刀という得物(エモノ)にこだわり過ぎていたのだった。敵がこう来たら、ああやって、ああ来たら、こうやろうというような細かい事にこだわり過ぎていたのだった。剣、槍、薙刀をそれぞれ別に考えて、剣でこう来たら、ああやる、槍がこう来たら、ああやる、薙刀でこう来たら、ああやらなければならないと色々と考えた結果、頭の中は混乱し、体の自由が利かなくなったのだった。剣も槍も薙刀も、刃の通る道はただ一つだった。その事さえ見極めれば、皆、同じ事だった。敵の出方によって臨機応変に応えればいいのだった。観智坊はやっと、その事に気がついた。

 壁を乗り越えた観智坊は、また一段と腕を上げて行った。壁を乗り越えた日から七日後、観智坊は上級に上がった。
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