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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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27.庭園2






 本泉寺の庭園は最後の仕上げに掛かっていた。

 蓮如、慶聞坊、風眼坊、お雪、勝如尼の見守る中、十人の人足によって四つの池に水が溜められつつあった。

 庭園は本泉寺の南西の角、十五間(ケン)四方のおよそ二百坪(ツボ)の地に造られた。

 南西の一番奥に築山(ツキヤマ)があり、その右隣に竹林があり、その隣の小高い丘の上に阿弥陀三尊になぞらえた三つの石を置いた。その三つの石を中心に様々な形の石が散在し、右端には桜の木が植えられた。三尊石の前に、中の島のある大きな池があり、中の島には太鼓橋が架けられてある。池は心という字を模していた。一番大きな池の手前には砂が撒かれ、砂浜のようだった。中の島に鶴を現した石を置き、池を挟んで左側には、枝振りのいい松の木の下に亀を現した石が置かれた。

 その庭園を眺める南東の隅の小高い所に、小さな東屋(アズマヤ)が建てられてあった。

 蓮如、慶聞坊、風眼坊、お雪、勝如尼の五人は、その東屋から池に水が注がれるのを眺めていた。蓮如の造った庭園を眺め、極楽浄土とはこのような所かと皆、感心していた。

 蓮如が言うには、池に水が入り、その池に蓮(ハス)の花が咲き、あちこちに置いた石が苔(コケ)むしてくれば完成だと言う。そして、この庭園を見るのに一番いい時刻は夕暮れ時で、しかも、夕日が丁度、三尊石の後ろに沈む、春分か秋分の頃が一番いいと言う。

 蓮如の話を聴きながら、皆、蓮の花と苔むした石と夕暮れ時の庭園を頭の中に浮かべ、その素晴らしい光景に酔っていた。

 庭園は無事に完成したが、蓮如とは別の所で行なわれた守護の富樫との戦は、本願寺の完敗で終わっていた。

 十四日未明に行なわれた善福寺、聖安寺、専光寺の夜襲及び放火の後、野々市の兵は木目谷に向かって出陣した。

 蓮崇が本泉寺に向かい、慶覚坊が専安寺に向かい、善福寺では子供を亡くした順慶が悲しみにくれている時だった。守護勢の三千の兵は焼け落ちた善福寺を踏み潰すように攻め、勢いに乗って木目谷城を包囲している本願寺勢を追い散らした。今まで城から出て来なかった木目谷城の高尾若狭守も、山川城の山川亦次郎の兵も、野々市の兵に呼応して城から打って出た。本願寺勢は三方から挟まれ、多くの死傷者を出しながら、陣を立て直す事もできずに湯涌谷に逃げ帰った。守護勢は湯涌谷までは追って来なかったが、完敗した事に違いはなかった。

 誰もが勝てると思って、勇んで出掛けた戦だった。守護の富樫を攻め滅ぼし、木目谷衆は木目谷に戻れるはずだった。ところが、先手先手と守護側にやられ、富樫を滅ぼすどころか、多数の死傷者を出しただけで、木目谷を取り戻す事もできなかった。

 木目谷衆の心は動揺していた。もう、木目谷に戻る事はできないのかもしれないと思う者も多く出て来ていた。木目谷衆の頭、高橋新左衛門も、今の状況では木目谷に戻る事は難しいと思っていた。やはり、本願寺の門徒が一丸とならない限り、守護、富樫を倒す事は不可能だし、富樫を倒さない事には野々市に近い木目谷を取り戻す事は不可能だった。

 新左衛門は、このまま湯涌谷衆に迷惑を掛けるわけにもいかないので、また、越中の瑞泉寺の避難所に行き、しばらくは木目谷の事は諦め、越中に根を張って、時期を待とうと考えていた。

 蓮崇と慶覚坊は、風眼坊とお雪と共に聖安寺から専光寺に向かい、専光寺の悲惨な状況を見て、順慶に今回の作戦の中止を告げるため、善福寺に帰って来た。すでに、善福寺は野々市の軍勢にやられ、焼け残っていた門前町の多屋も破壊されていた。

 善福寺の焼け跡にいた門徒から、何があったのかを聞くと、蓮崇と慶覚坊は敵兵を避けながら湯涌谷に向かった。敵兵は木目谷の先の一瀬辺りに陣を敷いて湯涌谷を睨んでいた。

 湯涌谷の蓮崇の屋敷の広間にて、順慶、慶恵、石黒孫左衛門、高橋新左衛門、越智伯耆守、高坂四郎左衛門、松田次郎左衛門らが集まって、今後の対策を練っていたが、いい考えは浮かばなかった。今まで中心になっていた順慶は、子供を失った悲しみと完敗した悔しさとで反狂乱の状態となり、今回の戦に負けたのは門徒の中に間者(カンジャ)がいたと言い出し、その間者は倉月庄の国人たちに違いないと言い張っていた。

 途中から加わった蓮崇と慶覚坊は、倉月庄の国人たちは裏切ってはいないと言い、今は門徒同士で争っている時ではないと言ったが順慶は聞かなかった。

 兄の慶恵が見兼ねて、順慶を広間から連れ出した。

 二人が出て行った後、「時期が、少し早かったんじゃ」と慶覚坊は言った。

「敵を甘く見過ぎていた」と蓮崇は言った。「今回の作戦は敵に筒抜けだった事は確かじゃ。しかし、順慶殿が言ったように、門徒の誰かが裏切っておったわけではない。敵が我々のもとに間者を入れておったんじゃ。多分、ここにもおったのかもしれん。今回、夜襲を受けた善福寺、聖安寺、専光寺は勿論の事、越中の避難所にも敵の間者は侵入しておったに違いない。そして、我々の動きはすべて、守護代の槻橋近江守のもとに伝えられたのじゃろう。我々が攻める事を知っておったからこそ、木目谷も山川城も厳重に守りを固めておったのじゃろう」

「しかし、敵にそれだけの事ができる奴がおるかのう」と石黒が言った。

「それがおるんじゃ」と慶覚坊は言った。

「槻橋の本拠地は本宮の近くじゃ」

「白山の山伏か」と高橋が聞いた。

「そうじゃ。槻橋は山伏を使って、わしらの動きを探っておったに違いない」

「成程のう、敵もやるもんじゃのう」

「それに比べ、わしらは三月の負戦の時もそうじゃが、今回も勝つ事ばかりを考え、敵の動きを調べようともしなかった。敵の動きが分かれば敵の裏をかく事もできるし、敵の出端を挫(クジ)く事もできる。わしらも、これからは敵に負けずに敵の事を探らなければ、何度やっても負戦じゃ」

「しかし、敵の中に潜入させるとなると、誰でもいいというわけにはいかんのう。山伏のような特殊な術を身に付けなければなるまい」と高橋は言った。

「それだけでなく、情報を素早く伝えるためには新しい組織も作らなければなりません」と蓮崇は言った。

「組織?」

「ええ、各道場に少なくとも一人はそういう役目の者を置いて道場と道場をつなぎ、さらに寺と道場もつなぎます。たとえば、野々市に潜入している者は野々市で起こった事を一番近くの道場に知らせ、その道場から次々に道場に伝わり、その日のうちに吉崎に伝わるようにするのです」

「その日のうちに吉崎にか」

「それは吉崎でなくても構いません。中心となるべき所をどこかに決め、その中心となるべき所には充分な人員を置き、何かが起こった場合、各地にすぐ指示を与えられるようにします。それだけの組織ができれば、敵の動きはすべて分かり、敵を倒す事もできるでしょう」

「話は分かるが、それだけの組織を作る事ができるのか」と石黒は聞いた。

「作らなければならないのです」

「誰が作るんじゃ。蓮崇殿が作ってくれるか」

「わしが作りたいが、残念な事に、今すぐに吉崎を離れるわけにはいかんのです」

「わしも、今すぐに山田を離れるわけにもいかんのう」と慶覚坊は言った。

「わしがやろう」と高橋が言った。

「本当ですか」と蓮崇は聞いた。

「ああ。当分、木目谷には戻れそうもないしのう。その役をやるのは、わししかおるまい」

「高橋殿がやってくれますか。それは助かります」と蓮崇は頭を下げた。

「わしも出来る限り、手伝うわ」と慶覚坊は言った。

「わしも手伝う」と石黒も言った。

 その後、情報網作りの具体的な話が進んで行った。中心をどこに置くかで色々な意見が出たが、結局、門前町のすべてが破壊されてしまった善福寺の門前に新たに建てる多屋を中心とする、という事に決まった。そして、これからは敵の間者に充分注意し、怪しい者はすぐに引っ捕らえ、こちらの動きが敵に伝わらないようにしなければならないと皆で誓い合った。

 蓮崇と慶覚坊の二人が湯涌谷を下り、本泉寺に顔を出したのは六月十八日だった。

 二人は庭園造りに熱中している蓮如に挨拶をすると、そのまま吉崎に帰った。帰る前に、勝如尼に、充分に守りを固め、日夜、見張りを怠らないようにと注意を与えた。本願寺の大寺院が守護の軍勢によって、一夜のうちに三つも攻め滅ぼされたので、さすがに勝ち気の勝如尼も気が動転していた。蓮崇と慶覚坊は勝如尼に適切な指示を与えた。

 その日、高橋新左衛門は、湯涌谷にいる一千人近くの木目谷衆の女子供、年寄りたちを百人の兵と共に瑞泉寺の避難所に移した。

 同じ日、負傷者の治療をして回っている風眼坊とお雪は、数人の元、時宗の門徒を連れ、専光寺を後にして善福寺に向かっていた。二人が負傷者の手当を終え、本泉寺に帰って来たのは二十日の夕方だった。

 そして、次の日、蓮如による庭園が完成したのであった。その次の日、蓮如は本泉寺において門徒を集めて説教をして、門徒たちに庭園を公開した。その日は各地から門徒たちが集まり、本泉寺は祭りさながらの賑わいだった。

 庭園に門徒たちが多数、押しかけて来たため、せっかく完成した庭園が壊されないよう、庭園の回りに綱を張って、中に入れないようにし、何人もの見張りを置かなければならない有り様だった。蓮如の説教はその日、一日たけだったのに、庭園の見物人の数は次の日も次の日も減らなかった。蓮如もそういつまでも庭園の番をしているわけには行かなかった。二十五日には吉崎の講がある。

 二十三日の早朝、蓮如の一行は吉崎に向かった。





 吉崎の講が賑やかに行なわれた翌日、守護の富樫次郎からの書状が、軽海の山川三河守を通して蓮如のもとに届けられた。

 その書状には、徒党(トトウ)を組んで、本願寺の寺院を占拠していた不埓(フラチ)な国人連中は追い出した。残念な事に、寺院まで焼けてしまったが、悪いのは守護に楯突く国人たちである。懲りずにもまた、悪党らが本願寺の寺院を占拠するような事があれば、守護の力を持って、必ず退治してみせるので安心されたし、という意味の事が書かれてあった。

 蓮如はその書状を読むと、顔を少し歪めながら書状を持って来た蓮崇に渡した。

 蓮崇も一読すると苦笑した。敵ながら、うまい事を言うものだと思った。本願寺の寺院にいた国人たちが、門徒だという事を知りながら、寺院を占拠していた悪党だと言い、寺院を燃やす事が初めからの目的だった癖に、偶然に燃えてしまったかのように言っている。もし、蓮如も蓮崇も事実を知らなかったら、すっかり騙(ダマ)されてしまう所だが、蓮崇は現場にいたし、蓮如も本泉寺にて事実を聞いていた。

「もう、わしにはどうする事もできん」と蓮如は言った。

 蓮崇は何も言えなかった。

「守護側がそういう考えで寺を焼いたのだとすると、この吉崎も危ないぞ。集まって来ている門徒たちを早く、地元に帰した方がいい」

 三寺が焼かれて以来、吉崎御坊の警固も厳重になっていた。すでに、去年の戦が始まって以来、吉崎御坊は城塞と化し、武装した門徒たちが交替で守るという事になっていた。蓮如は門徒たちに、もう戦は終わったのだから武装を解いて吉崎から去れ、と命ずるが門徒たちは聞かなかった。

 門徒たちにして見れば、上人様のいる吉崎御坊を守るというのは名誉ある任務だった。門徒たちの誰もが希望し、話し合いによって加賀江沼郡と越前坂井郡の各道場が交替で行なうという事になっていた。そして、今回の事件が起き、門徒たちは武装して続々と吉崎に集まって来た。蓮崇も彼らを何とか説得して帰したが、それでも、警固の兵の数は以前の倍になっていた。

「それは無理です」と蓮崇は言った。「門徒たちが自主的に吉崎を守ろうと集まって来るのです。彼らは本気で上人様の事を心配しております。彼らは純粋な門徒たちです。ここに来て、吉崎を守ったからといって褒美(ホウビ)が出るわけではありません。誰かに命ぜられて、ここにおるのではないのです。無償の行為なのです。一晩中寝ないで警備する夜警は誰もが嫌がるものですが、門徒たちは進んで夜警をしております。命ぜられてする夜警は嫌々ながらしておるため、皆、居眠りをしておりますが、彼らはそんな事はありません。みんな、一睡もせずに夜警をしております。誰に誉められるわけでもありませんが、一生懸命やっておるのです。そんな彼らに、帰れなどとは、とても言えません」

「わしのためにか‥‥‥」

「上人様は、本願寺の上人様です。加賀や越前の門徒たちだけの上人様ではありません。彼らは近江や三河やその他に国々におる門徒たちを代表して、上人様を守っておると自負しております。吉崎の地におる限りは、上人様は自分たちの手で守らなければならないと堅く心に決めておるのです」

「そうか‥‥‥」

 蓮如はこの時、吉崎を去る決心を固めていた。しかし、その事はまだ誰にも話していなかった。蓮如はまず行動してから、その後で考えるという型の人間ではなかった。行動を実行に移すには、彼なりに充分な下準備が必要だった。

 近江から、この吉崎に移った時も、蓮如は充分な下準備をしていた。御文では、気の向くままに吉崎に来て、この地が気にいって別院を建てたと書いているが、実際は、吉崎に移る三年前、東国への旅の途中、吉崎の地に初めて立った時より着々と準備を進めていたのだった。

 今回も、行くべき所をはっきりと決め、その地を納得するまで調べないと移る事はできなかった。蓮如ただ一人が移動するのなら、どこだろうと構わないが、家族を連れて移動するとなると、どこでもいいというわけには行かない。新しい御坊が完成するまで、安心して家族が滞在できる場所でなくてはならなかった。

 できれば、その地を捜しに旅に出たいと思っていた。そして、冬が来る前に、ここを去る事ができればいいと思っていた。今は六月の末、後三ケ月のうちに移動すべき所を捜し、家族を連れて吉崎を出ようと決めていた。

 蓮如のそんな思いなど知らず、蓮崇は、蓮如が吉崎にいるうちに、何としてでも守護の富樫を倒そうとたくらんでいた。情報網をしっかりと張って敵の情報を確実につかめば、守護を攻める口実が見つかるに違いない。蓮如が納得できる口実を見つけ、蓮如に攻撃命令を出してもらえば、守護の富樫を倒す事など簡単な事だった。蓮崇は、蓮如は後二、三年は吉崎にいると勝手に決め込んでいた。そして、その二、三年のうちに守護を倒すと決めていた。

 蓮崇は講が終わると、さっそく、吉崎に来ていた慶覚坊と一緒に湯涌谷に向かった。高橋新左衛門を助け、本願寺の裏の組織を作るためだった。

 蓮如は夕食を済ませると、夕闇の中、例の抜け穴を使って風眼坊の家に向かった。

 丁度、風眼坊とお雪が食事をしている時だった。

 蓮如は縁側から部屋の中を覗いた。お雪が気づいて蓮如に声を掛け、縁側の方に向かった。

「一体、今頃、どうしたのです」風眼坊は、お雪と共に部屋に入って来た蓮如に聞いた。

「食事中、すまなかったのう」

「上人様も、いかがですか」とお雪は勧めた。

「いや。わしは今、食べて来たばかりじゃ」

「さては、もう、どこかに行きたくなったのですね」と風眼坊は箸(ハシ)を置いて笑った。

「いや、まあ、そなたに頼みがある事はあるんじゃが、今回は旅じゃないんじゃ。まあ、先に飯を食べてくれ。わしは縁側の方で待っておる」

 蓮如は部屋から出て行った。

「一体、何かしら」とお雪は風眼坊に聞いた。

 風眼坊は首を振った。

 食事を済まして、風眼坊は蓮如の待つ縁側に行った。

「毎日、蒸し暑いのう」と蓮如は縁側で扇子を扇いでいた。

「ええ。まったく暑いですね。わしはいつも、暑い夏は山の上におるんじゃが、今年はそうもいかん。まったく、この暑さには参るわ」

「山か‥‥‥そなたは色々な山を登った事じゃろうのう」

「ええ。有名な山はほとんど登ったといってもいいでしょう」

「越中の立山もか」

「ええ。登りました」

「まさか、駿河の富士山は登ってはいまい」

「いえ。登りました」

「なに、富士山にも登ったのか」

「はい」

「凄いのう。山伏というのは富士山にも登るのか」

「ええ、登ります。しかし、山伏でも登れない山というのも、かなり、あります」

「登れない山もあるのか」

「はい。越中と信濃の国境や信濃と甲斐の国境辺りに連なる山々は、かなり険しく、まだ、誰も登った事がないといわれる山がかなりあります」

「ほう。そんな山もあるのか‥‥‥そなたでも登れん山がのう」

「蓮如殿、また、山に登りたくなったのですか」と風眼坊は聞いた。

「ああ。白山の頂上に登った時は、本当に気持ちよかったからのう。あの時の感激は今でもはっきりと覚えておる。もう一度、登ってみたいものじゃ」

「その事で、わざわざ、こんな遅くになって、ここに来たというわけですか」

「いや、そうじゃない。実はのう、さっき、蓮崇から吉崎を警固している門徒たちの事を聞いてのう。この目で、それらの者たちを見たくなったのじゃ」

「わざわざ、警固の状態を見て回るのですか」

「わしは今まで、多屋衆たちが門徒たちに命じて、ここを守らせておるんじゃと思っておった。しかし、蓮崇の話によると、門徒たちの方が自主的にここを守ろうとして集まって来ると言うんじゃ。わしはそんな事、全然知らなかった。その話を聞いたら、どうしても、それらの者たちに会って、一言、礼を言いたくなったというわけじゃよ。付き合ってくれんか」

「付き合っても構いませんが、上人様として見回るわけですか」

「そのつもりじゃ」

「しかし、上人様が直々に、そんな事をしたら門徒たちは感激して、益々、ここを守るために集まって来る事になりますよ」

「うむ。それはまずいのう。しかし、庭師に化けて、夜中にウロウロしておったら捕まってしまうじゃろう」

「蓮崇殿か、慶聞坊殿に頼んだらどうです。そして、蓮如殿は、その連れという事にして、一緒に回った方がいいと思いますが」

「連れとしてか‥‥‥それしかないかのう」

「わしは門徒ではないから無理です。見回りのできる立場の者でないと、真剣に吉崎を守っている門徒たちを見回る事などできないでしょう」

「じゃろうのう。慶聞坊の奴に頼んでみるかのう」

「わしも、一緒に行っても構いませんか」と風眼坊は聞いた。

「一緒に来てくれるか。そなたが一緒なら心強い」

 風眼坊は蓮如と共に慶聞坊の多屋に向かい、その夜、吉崎を夜警している門徒たちを見て回った。

 気の荒い連中が多かったが、皆、真剣な気持ちで、上人である蓮如を守っていた。

 蓮如は心の中で、彼らに礼を言いながら見て回った。

 総門を警護していた門徒の中に、風眼坊が剣術を教えた九谷道場の杉谷孫三郎の姿があった。孫三郎は見違える程、逞(タクマ)しくなっていた。風眼坊は孫三郎に気づいたが、孫三郎は気づかなかった。風眼坊はあえて声を掛けなかった。

 蓮如は慶聞坊の後ろに隠れるようにして門徒たちを見ていた。見回りの間、蓮如は一言も喋らなかった。

 一回りして、寝ずの番をしている門徒たちを見て回ると、風眼坊と慶聞坊は蓮如を御山まで送り、それぞれ、うちに帰った。

 南の空から細い三日月が下界を見下ろしていた。
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