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陰流の開祖であり、忍びの術の開祖でもある愛洲移香斎の物語です。
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27.鞠子屋形2






 花見は大盛況だった。

 浅間(センゲン)神社の門前町は二日の間、静まる事なく騒ぎが続いていた。

 小太郎の家にも、石脇の早雲庵にいる早雲の家来や村人たちが大勢押しかけて騒ぎ続けていた。小太郎もお雪もいる場所がなくなり、二日目には、とうとう、お屋形内の北川衆の屋敷に避難する有り様だった。

 終わってみれば、小鹿(オジカ)新五郎の評判が上がり、竜王丸(タツオウマル)の影はまったく薄くなっていた。新五郎自らは、自分が新しいお屋形様だとは口にしなかったが、国人たちに対して、常にお屋形様らしく振る舞っていた。竜王丸は初日の花見が始まる前に国人たちの前に現れて、お屋形様として紹介されたが、ただ、それだけで、後はまったく出番はなかった。

 国人たちは昼間、浅間神社に行き、満開の桜を見ると共に様々な芸能を見物して、夜には豪勢な宴会に招待された。その宴会は、お屋形様の屋敷ではなく、客殿である望嶽亭(ボウガクテイ)や清流亭で行なわれた。奉行となったのは福島越前守(クシマエチゼンノカミ)と三浦次郎左衛門尉(ジロウザエモンノジョウ)の二人で、新五郎の人気集めのための宴会と言ってもよかった。三浦次郎左衛門尉は一時、竜王丸派となってはいたが、それは本拠地が危険にさらされたためで、元々、新五郎がお屋形様になる事には賛成だった。越前守にうまく丸め込まれて、今では、完全に小鹿派に戻っていた。

 今川家の六人の重臣、朝比奈氏、岡部氏、福島(クシマ)氏、三浦氏、葛山(カヅラヤマ)氏、天野氏のうちで、竜王丸派と言えるのは、今、岡部美濃守(ミノノカミ)、ただ一人だった。

 美濃守は中原摂津守(セッツノカミ)をお屋形様にしようと竜王丸派と争っていたが、早雲を知る事によって、今では完全に竜王丸派になっていた。元々、真面目で冷静な男だったが、あの時は欲に目が眩(クラ)んで、魔が差したかのように判断を誤ったと後悔していた。その事に気づいた今では、今川家のためには、絶対に竜王丸がお屋形様にならなければならないと主張していた。

 以前、竜王丸派の中心だった朝比奈天遊斎は隠居して長老の座からおり、代わりに弟の朝比奈和泉守(イズミノカミ)が朝比奈氏の中心となったが、この和泉守は、はっきり言って何を考えているのか分からなかった。天遊斎が隠居する前は確かに竜王丸派だったのに、今、やたらと小鹿新五郎に近づいている節があった。

 和泉守は今まで、いつも兄の天遊斎に頭を押えられて、何事も兄に従っていた。しかし、兄が隠居して政治の舞台から消えると、子供のためには小鹿派になった方がいいかもしれないと考えるようになっていた。天遊斎の跡継ぎは先代のお屋形様と共に戦死した。天遊斎の孫が跡を継ぐ事になったが、孫はまだ十一歳、その孫を後見する天遊斎の三男、左京亮(サキョウノスケ)は二十一歳だった。次男の備中守(ビッチュウノカミ)は遠江(トオトウミ)にいる。天遊斎もすでに五十歳を過ぎている。先はそう長くはないだろう。そうなると、朝比奈家を背負って立つのは、自分の息子である新太郎の他にはいないと考えた。新太郎は二十九歳になっている。新太郎のためにも、朝比奈家のためにも、小鹿派になって、新五郎を応援した方がいいかもしれないと和泉守は思うようになっていた。

 葛山播磨守は早雲と出会ってから竜王丸派となったが、これも本心の程は分からなかった。やたら、早雲殿、早雲殿と言って近づいて来るが、実際、播磨守にとって、今川家のお屋形様が誰であろうと関係ないという感じだった。領地が駿府から離れているため、そう、ちょくちょく駿府には来られない。本人は竜王丸派だと主張してはいるが、当てにはできなかった。もう一人、当てにできないのが天野氏だった。まったく、何を考えているのか分からなかった。今川家が阿部川を境に二つに分かれた時、天野氏は竜王丸派となった。遠江の者たちが皆、竜王丸派となり、天野氏の本拠地を襲うと言ったら簡単に寝返った。ところが今、何かをたくらんで、越前守とつながっているような感があった。越前守とつながり、何をしようとしているのか分からないが、竜王丸派ではない事は確かだった。

 福島越前守と三浦次郎左衛門尉は完全に小鹿派だった。彼らは本拠地にはほとんど帰らず、駿府にいて、小鹿新五郎の機嫌を取りながら好き勝手な事をやっていた。

 花見の終わった夜、早雲は久し振りに小太郎の家に来ると愚痴をこぼした。

「小鹿派にうまく乗せられたわ」と早雲は言った。

「そんな事は初めから、分かっておった事じゃろうが」と小太郎は言った。

 二人は葛山播磨守から貰った江川酒を飲んでいた。

 播磨守はわさわざ、小太郎にも一樽、持って来てくれた。播磨守は突然、馬に乗って現れ、家の中に酒を運び入れると、言いたいだけの事を一人で喋りまくり、いつか、葛山に来てくれと言って帰って行った。何人かの患者もいたが、そんな事はお構いなしに、台風のようにやって来て、さっさと帰って行った。皆、あっけに取られたように呆然(ボウゼン)として播磨守を見ていた。変わった男だったが、どこか憎めない男だった。

「確かに分かっておったがのう。まだ、新しい今川家ができて半年しか経っておらんというのに、この有り様じゃ、十年後はどうなっておる事やら‥‥‥」早雲は口をへの字に曲げて、首を振った。

「何事も竜王丸殿次第じゃ」と小太郎は言った「新五郎の奴には好きにやらせておけばいいんじゃ。竜王丸殿が立派に成人なされば、皆、竜王丸殿に付いて行く事になるんじゃよ。今から、そんな事をくよくよと気にしておっては十年など持たんぞ。竜王丸殿が成人なさる前に、ぽっくり行ってしまうかもしれん」

「縁起(エンギ)でもない事を言うな」

「実際問題として考えてみろ。わしらは今、四十六じゃ。十年後は五十六じゃぞ。わしの親父は五十二で死んだ。兄貴は四十九で死んでおる。わしも五十六まで生きられるか分からんわ」

「そう言われてみると、わしの親父も五十五で死んでおるのう。義理の親父も五十四じゃ。世話になっていた伊勢守殿も五十七じゃったのう。十年後は五十六か‥‥‥」

「世の中には長生きする者もおる。わしも詳しくは知らんが、禅僧というのは長生きする者が多いんじゃないかのう」

「禅僧か‥‥‥そう言えば、一休殿は八十を過ぎておるのう。大応国師は七十四、五とか聞いた事あるのう」

「そうじゃろう。禅の修行をして、心を静かにしておれば長生きするんじゃ。おぬしも禅僧の端くれじゃろう。還俗(ゲンゾク)した途端に禅の事は忘れてしまったのか」

 早雲は苦笑した。「面目(メンボク)ないわ。確かに、この所、忙しくて、禅の事など忘れておった。自分ながら情けないわ。本物の禅者になると豪語していた癖に、俗界に浸った途端に、禅の事などすっかり忘れておった。やはり、ここに来てよかったわ。本来無一物(ホンライムイチモツ)じゃ。小さい事にくよくよしてはいかんのう」

「そうじゃ。おぬしがそんな様(ザマ)じゃ、竜王丸殿のためにならん。おぬしは何事があっても、でんと構えておらなけりゃならんのじゃ。子供というのは、大人たちを見ながら成長して行くもんじゃ。口先だけでどんなに偉そうな事を言っても、子供は見抜いてしまうもんじゃよ。父親を亡くした竜王丸殿にとって、おぬしは父親と同じじゃ。いつも、でんとしておらなくてはならんのじゃ」

「うむ、そうじゃな。泣き言を言っている場合ではないのう。それにしても、最近、おぬし、妙に落ち着いて来たようじゃのう」

「実は、わしも我ながら少し変わって来たような気がしておるんじゃ。お雪のお陰かもしれんのう」

「お雪殿の?」

 小太郎は頷いた。「こうやって町医者を始めるようになったのは、お雪のお陰じゃ。わしは以前も薬を売ったり、病人を診たりして旅を続けて来た。しかし、それは自分が生きて行くためにやっておったに過ぎん。それが、お雪と出会ってから、わしは銭のためでなく、苦しんでおる人たちのために医者になろうと決心したんじゃ。加賀では戦の負傷者を治療して回った。ここに来てからも町医者を開いた。初めの頃は誰も来なかったが、あの騒ぎがあってからは患者たちも集まって来た。しかし、その頃、集まって来た患者たちは皆、銭があり、それ程、重症な者はおらなかったんじゃ。ある日、身なりのひどい男が飛び込んで来た。重傷の怪我人を助けてくれと言って来た。もう、店じまいをした後で、わしらは飯を食っておった。わしは断ろうと思ったが、お雪は出掛ける準備を始めた。わしも仕方なく、行ったんじゃ。行った所は門前町のはずれの散所(サンジョ)の住む一画じゃった。実際、ひどい所じゃった。怪我人は庭作りの人足で、昼頃、庭石の下敷になったと言う。わしらが行った時は、すでに手遅れじゃった。奴らは銭もなく、薬も買えず、医者に見せる事もできなかったそうじゃ。奴らは銭も貰えずに、境内(ケイダイ)の掃除やら墓守(ハカモ)りやら、毎日、こき使われておるそうじゃ。まるで、地獄のような有り様じゃった。その日は、そのまま帰って来た。次の日、お雪はもう一度、散所の所に行こうと言った。困っている人が他にもおるはずだと言うんじゃよ。お雪が一度、言い出したら、たとえ、一人でも出掛ける事は分かっておったんで、わしも行く事にした。病人だらけじゃったわ‥‥‥わしはのう。今の世の中、どこか間違っておるような気がするんじゃ。同じ人間に生まれて、一方では贅沢な花見をし、一方ではひどい所に住んで、病気になっても薬も買えない者がおる。そういう貧しい者たちの病気を治してやる事も必要じゃが、もっと、根本的な世の中を変えなくてはならんと気がついたんじゃよ。しかし、わしの力で何ができる、と思うと、病人の治療をするしかなかったんじゃ。一人でも多くの病人を治すしかできないと思った‥‥‥わしは、おぬしに言われて、ようやく気づいたんじゃよ」

「わしに言われて? わしが何か言ったか」

「この前の事じゃ。おぬしはわしに陰の組織を作ってくれと言った」

「ああ、言ったが、それと病人とどう関係あるんじゃ」

「わしは医者として、世の中の治療をしようと決心したんじゃ」

「世の中の治療?」

「そうじゃ。わしが、おぬしを一国の主にすると言ったのを覚えておるじゃろ」

「ああ、そんなような事を言っておったのう」

「あれは本気じゃ」

「何じゃと」

「わしはおぬしと一緒に、差別などない、人々が皆、平等に暮らせる国を作るつもりじゃ」

「何じゃと」

「まずは、竜王丸殿じゃ。竜王丸殿を立派なお屋形様にして、この駿河の国をもっと住み易い国にする。急に身分を無くす事は無理じゃ。しかし、徐々に少しづつでも差別を無くす事じゃ。竜王丸殿が立派なお屋形様になったら、次はおぬしの番じゃ。おぬしに理想の国を作ってもらう。わしは裏で協力をする」

「おいおい、何を考えておるんじゃ。五十六を過ぎてから理想の国を作るじゃと。一体、そんな国をどこに作るんじゃ」

「それはこれから決める。陰の組織を作って情報を集めれば、きっと手頃な国が見つかるじゃろう」

「夢みたいな事を言うな」

「夢じゃ。まさしく夢じゃ。しかし、わしはその夢を実現させるつもりじゃ」

「本気か」

「ああ。わしは初めて、本気でやる気になっておる。そのためには、おぬしには長生きして貰わなくてはならん」

「おぬしもな」

「わしは八十まで生きるつもりじゃ」

「八十か‥‥‥後、三十四年も生きるのか」

「そうじゃ。その三十四年で、おぬしを一国の主にする。しかも、ただの一国ではない。そこは差別のない、みんなが平等に生きられる国じゃ」

「みんなが平等に生きられる国か‥‥‥」

「どうじゃ、一緒にやらんか」

「夢じゃのう」

「おぬしも一度、加賀に行って来い。蓮崇が何をやろうとしておるかを見れば、わしの言う事が夢でない事がわかる」

「本願寺か」

「そうじゃ。おぬしがどう思おうとわしはもう決めた。おぬしもきっと、わしの言う事を信じてくれるじゃろう」

 お雪が顔を出した。

「聞いたわよ」とお雪は笑った。

「旅の支度はできたのか」と小太郎はお雪に聞いた。

 お雪は頷いた。「あなたがそんな事を思ってたなんて知らなかったわ」

「お雪はどう思う」

「勿論、賛成よ。そんな国ができたら最高だわね」

「お雪も手伝ってくれるか」

「当然よ。あたしね、あなたが陰の組織を作るって聞いた時ね、あたしも陰の術を習おうと決めてたの」

「何じゃと、お前が陰の術を?」

 お雪は頷いた。「この間、播磨に行った時、あたし、太郎様の奥さんから聞いたの。奥さん、陰の術を習うって言ってたわ」

「楓殿がか」

「そう。陰の術を習って、女だけで色々な情報を集めるんだって言ってたわ」

「楓殿のやりそうな事じゃな」と小太郎は笑った。

「あの楓殿が、そんな事を考えておったのか」と早雲は聞いた。

「松恵尼殿の娘じゃからな。親の真似がしたくなっても当然じゃ」

「松恵尼殿がそんな事をやっておるのか」

「そうか、おぬしは知らんのか。松恵尼殿は商人たちを使って情報集めをしておるんじゃよ」

「何のために」

「さあな、詳しい事はわしも知らんがのう。どうも、北畠氏のためだったような気がするのう」

「伊勢の国司、北畠氏のためにか」

「多分な。楓殿も詳しい事は知らんじゃろうが、松恵尼殿が裏で何かをやっておるという事は知っておるんじゃろうのう。それで、自分もやりたくなったに違いないわ」

「それでね」とお雪が言った。「もし、奥さんが、もう、陰の術を身に付けていたら、あたしも習おうと思ったの」

「お前が陰の術をねえ」

「女だって陰の術を身に付ければ、きっと、色々な情報を集められると思うわ」

「まあ、そうかも知れんがのう」

「あなたの今の話を聞いたら、あたし、絶対に陰の術を身に付けて、夢の国を作るために頑張るわ」

「参ったのう」と早雲は坊主頭を撫でた。「お雪殿までが、そんな夢のような話を信じるとは」

「新九郎よ。昔に戻って考えてみろよ。わしらがまだ若く、国を出た時の気持ちに返ってみろ。あの時は何をやったらいいのか、わしらには分からなかった。今、ようやく、何をやるべきかが分かったんじゃ。後はただ、やるだけよ」

「やるべき事か‥‥‥」

「そうじゃ。命懸けでやるへき事が見つかったんじゃよ」

 早雲は、その晩、小太郎の家に泊まった。小太郎の言った事が、何度も頭の中を巡っていたが、夢のような事を本気になって考える事はできなかった。そんな先の事より、今は、竜王丸の事で一杯だった。





 山桜の花弁(ハナビラ)の散る鈴鹿峠を、山伏と巫女(ミコ)と禅僧という奇妙な三人が越えていた。

 小太郎夫婦と銭泡だった。

 駿府を出てから六日が経っていた。

 今回の旅は久し振りに歩きだった。銭泡は贅沢な旅はしたくはないと言うし、小太郎夫婦にしても、陰の術を習いに行くのに、船に乗って贅沢な旅をしていたのでは意味がなかった。旅籠屋にも泊まらず、毎日、野宿をしながらの旅だった。しかも、旅の途中で必ず、町はずれの貧民窟(ヒンミンクツ)に立ち寄って、病人や怪我人たちの治療もして回った。

 どうして、そんな事をするのか不思議に思っていた銭泡も、わしらの仕事だと言う小太郎夫婦の様子を見守っているうちに、是非、自分も医術を身に付けたいと思うようになって行った。

 銭泡は長い事、乞食坊主として旅を続けていた。

 珠光のもとで全財産を使い果たして無一文になり、早雲庵にたどり着くまでの六年間、乞食旅を続けていた。それは、何物にも囚われずに、ただ、さすらうだけの旅だった。

 銭泡は珠光のもとで禅の修行もしていた。茶の湯の『佗び』を表現するには、禅の修行も必要だと珠光に言われていた。銭泡は自らの生き方で禅を実行するつもりだった。そして、実行して来たつもりでいた。しかし、心の奥の方で、こんな事をしていても、ただの自己満足に過ぎないのではないかと思う事も時折あった。

 それは、旅の途中で何度も目にした時宗(ジシュウ)の僧たちの行為が気になっていたのだった。彼らも銭泡と同じように乞食坊主として、さすらっていた。ただ、銭泡と違うのは、彼らは自分というものを捨てて、利他行(リタギョウ)に専念している事だった。戦で死んで放ったままの死体を埋めて成仏(ジョウブツ)させてやったり、医術を以て人助けをしている者たちも多かった。

 そんな彼らを見ながら、わしは禅僧じゃ、そんな事はやらんと銭泡は思っていた。心の中で、知らずのうちに同じ乞食坊主をやってはいても、時宗の僧より禅宗の僧の方が偉いんだと思う事によって、自分を正当化しようとしていた。しかし、心のどこかで、彼らを羨(ウラヤ)ましいと思っていた事も事実だった。

 小太郎夫婦と一緒に旅をして、小太郎夫婦が貧しい者たちの病気の治療をするのを見て、どうせ旅を続けるのなら、少しでも人のためになる事をやった方がいいと思うようになって行った。銭泡は小太郎に医術を教えてくれと頼んだ。小太郎は喜んで教えると答えた。

 鈴鹿峠を越えた三人が向かう先は夢庵(ムアン)のいる飛鳥井屋敷だった。もしかしたら、五条安次郎もいるかもしれない。安次郎も北川殿母子の事が気になっている事だろう。

 夢庵はいたが、安次郎はいなかった。

 小太郎たちは夢庵から、安次郎が今、一休のもとで修行をしている事を聞いた。

 夢庵は宗祇の弟子となる事はできたが、宗祇は相変わらず、古典の研究に没頭しているらしかった。それでも、今年になってから度々、京に行っては連歌会に出るようになったと言う。

 夢庵は小太郎から銭泡を紹介され、驚いていた。二人は共に珠光のもとで、茶の湯の修行をした仲だった。当時、銭泡は商家の主だったのに、今は無一文になって乞食坊主をしていると聞いて、信じられない事だと驚いていた。

 小太郎の方も、夢庵から、今、丁度、観智坊(カンチボウ)と洲崎(スノザキ)十郎左衛門が飯道山に来ていると聞いて驚いた。さっそく、小太郎たちは夢庵と一緒に観智坊が滞在している旅籠屋『伊勢屋』に向かった。

 行く道々、小太郎は夢庵から、観智坊の一年間の修行の模様を聞いて、驚くと共に喜んでいた。

 観智坊は伊勢屋にはいなかった。

 夢庵の話によると、観智坊は志能便の術を身に付けた若い者を加賀に連れて行くために、戻って来たのだと言う。小太郎と同じ事をしようとしていたのだった。小太郎たちは荷物を伊勢屋に預けると、まず、花養院に挨拶に行った。

 松恵尼から播磨の太郎の事や珠光の事などを聞いた。

 松恵尼は一休のもとで修行している安次郎の事も知っていた。勿論、松恵尼は一休の事も知っている。小太郎は改めて松恵尼の顔の広さを感じていた。

 夕方、伊勢屋にて小太郎と観智坊は再会した。

 観智坊は師匠に会えた事を心から喜んでいた。観智坊から、播磨の太郎のもとで陰の術の修行をした事や蓮如とも会って、改めて本願寺の門徒となった事、加賀の今の状況などを聞いた。

 小太郎は観智坊に、駿河にて、観智坊と同じように陰の組織を作る事になり、観智坊と同じように飯道山の修行者を駿河に連れて行くつもりで、こうしてやって来たと告げた。

 小太郎と観智坊は夢庵にも手伝って貰って、加賀や駿河に行くという修行者たちを捜し回った。捜し回るうちに、すでに太郎坊のもとに行っている者たちがいるという事を小太郎は知った。一足早く、弟子の太郎が播磨にて同じ事をやっていたとは、さすが、太郎だと感心した。

 十郎の同期の者や観智坊の同期の者たちの中から、加賀、駿河に行くという者たちが見つかった。とりあえずは、小太郎も観智坊も十人づつ連れて行く事となった。

 修行者捜しの間、小太郎は栄意坊とも会い、栄意坊に小太郎の夢を話して、是非、駿河に来て手伝ってくれと頼んだ。栄意坊も乗り気になって、今、すぐに行く事はできないが、自分の代わりになる師範を捜して、絶対に駿河に行くと言ってくれた。高林坊もその話を羨ましそうに聞いていて、わしも数年後には、ここをやめて行くかもしれん。その時は仲間にいれてくれと言った。小太郎は喜んで歓迎すると答えた。

 観智坊は十人の若者を連れて、加賀に帰って行った。彼らを師範として門徒の若者たちを鍛え、陰の組織を作ると張り切っていた。

 小太郎たちはこの先、播磨まで行かなくてはならないので、一ケ月後にもう一度来るから、それまでに、さらに腕を磨いておけと十人の若者と別れた。

 小太郎たちはまず、薪(タキギ)村の一休のもとに行って、安次郎と再会し、続いて、奈良に向かって村田珠光と再会し、その後、河内の出口御坊に行って、蓮如や慶覚坊たちと再会した。

 どこに行っても小太郎たちは歓迎された。贅沢な旅はしないはずだったが、飯道山を出てから出口まで、贅沢な旅となってしまった。

 出口からは、また、乞食旅をしようと決めて出掛けたが、その晩、有馬の湯に着くと、せっかく有馬の湯に来たのだから、温泉に入って、のんびりしようという事になり、旅籠屋に泊まって贅沢をしてしまった。次の晩は加古川の河原で野宿をし、次の日、ようやく、太郎の大河内城下に到着した。駿府を出てから、すでに二十日が過ぎていた。

 太郎も突然、師匠が訪ねて来るとは夢のようだと喜んでくれた。しかも、夢庵と兄弟弟子である銭泡という茶の湯の名人を連れて来てくれるなんて本当にありがたいと喜んだ。

 太郎も最近、人前でお茶を点(タ)てる程の腕になってはいても、まだ、分からない事が色々と多かった。年末に夢庵と会う度に、その疑問を質してはいたが、それでも疑問は次々と現れた。そんな時に、師匠が茶の湯の名人を連れて来たのだから喜ばずにはいられなかった。

 さらに、師匠が自分に『陰の術』を教えてくれと言ったのには、さすがに驚いた。師匠に教える事などできないと太郎は断ったが、陰の術に関しては、お前は専門家だ、わしは剣術ではお前の師匠だが、陰の術に関しては、お前がわしの師匠だとまで言われ、教える事となった。ただ、太郎は付きっきりで教える事はできない。弟子の五郎に頼む事にした。

 お雪も楓から陰の術を教わる事となった。

 太郎は銭泡から茶の湯を習い、小太郎は太郎から陰の術を習い、銭泡は小太郎から医術を習うという事となり、一ケ月の間、それぞれが、それぞれに熱中した。

 小太郎は五郎から実技を教わっていたが、夜になると楓、お雪と一緒に、太郎から陰の術に付いての講義を聞いた。観智坊が加賀において陰の組織を作るに当たって、太郎と相談して決めた事なども詳しく聞いた。太郎が今、陰の二十一人衆を使って、どのように情報集めをしているかも聞いた。

 太郎としても、師匠に陰の術を教えるだけでなく、師匠と共に陰の術を完成させようとしていた。こういう場合にはどうしたらいいだろうかと四人で話し合いながら、陰の組織作りを完成させようとしていた。

 一ケ月が経つのは早かった。

 小太郎もお雪も陰の術を完全に身に付けていた。さらにお雪は楓から陰流の薙刀術も教わった。

 太郎は銭泡の指導によって本物の茶の湯を身に付け、珠光流の四畳半茶室の絵図面も教わった。さっそく、太郎は金勝座(コンゼザ)の甚助と相談しながら、庭園の一画に茶室を作る準備を始めた。

 銭泡は小太郎から薬学と医術を学んだ。しかし、医術というものは実際に自分で経験しなければ分からない事が色々とあった。薬草に関しては小太郎と一緒に裏山に登って、色々と教わったが、薬草は季節によって異なるので、すべてを教わる事はできなかった。薬草に関しては太郎も知っているので、茶室が完成するまで、銭泡はここに滞在して、引き続き、太郎から教わる事となった。

 小太郎夫婦は銭泡を残して、大河内城下を後にした。

 帰りは小野屋の船に乗って市川を下り、飾磨津(シカマツ)からも船で堺に向かい、堺から奈良に向かい、奈良から飯道山に向かった。

 飯道山にて待っていた十人の若者たちを連れ、伊勢の安濃津(アノウツ)から小野屋の船に乗って一気に駿河小河津(コガワツ)まで向かった。

 十人の若者たちは、とりあえず、石脇の早雲庵に入った。
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